今回は前回の春希君と繋がったお話、ちょろっとまた別の作品ともつながりが発生いたしました
八王子駅から桑並木通りをまっすぐ北に進むと、市内を東西に貫く国道20号線にぶつかる
そこから浅川方向に右折、数分もしないうちに見えてくるのは、平屋建て、ロッジ風のお洒落な外観の喫茶店『Coffee Spot Tiger's Eye』
新宿で地元民に愛される喫茶店Cat's Eyeの姉妹店で、コーヒーとスイーツの味にうるさく、洗練された八王子市民の味覚を唸らせる名店である
午後16時過ぎ、暇を持て余す八王子マダムたちも家事と子供の迎えに出払って閑散とする店内には、かぐわしいコーヒーの香りとマスターの青年が吟味した店内放送のジャズの音色だけが広がっている
「ピース・ヘイターか……また面倒な連中を相手にしているな、お前は」
「はは。どうも厄介ごとに愛されてる家系のようで」
今店内にいる客は二人、筋骨隆々の肉体、サングラスにスキンヘッドと言ういで立ちの偉丈夫と、それに寄り添うパーマヘアーの美女
向かい合うカウンターには、エプロン姿の店長と店員の二人。黒髪の青年、この店のマスター劉信宏は厨房に向かって食器類を片付け、もう一人の店員、北郷白夜はサイフォンでコーヒーの準備をしている
「思想や利益の為じゃない、自分たちの破滅願望を満たすためだけに活動するテロリスト。目的の為なら手段を択ばないだけあって一番厄介だわ…白夜君、本当に大丈夫?」
「油断はしていないつもりです。それに、何かあれば皆さんにも頼りますから」
「ホントかなぁ?白夜は無理をするところがあるからなあ。ねえファルコン?」
「フン。昔のお前たちよりはよっぽど柔軟に物事を考えているぞ、こいつは」
「ぐっ…」
女性客の美樹、海坊主と呼ばれた男、そして背中越しに首をすくめているマスターの信宏
彼等には表向きの喫茶店経営者とは別の、もう一つの顔がある
それは暗殺、探偵、ボディーガード等銃規制の厳しい日本で敢えて裏街道を進みながら弱者を悪党から守るスイーパー
――つまりは始末屋
海坊主、ファルコンと呼ばれるこの男。伊集院隼人は裏稼業の人間では知らぬものはいない凄腕のスイーパーだ
銃火器の扱いに戦闘術、サバイバル術を極め、たった一人で一国の軍隊とも渡り合うと言われている
同席している美樹は彼のパートナー、信宏は紆余曲折の末に出来た彼の弟子に当たり
白夜自身もバリスタとして、戦闘技術のアドバイザーとして彼らの世話になり、実質的な孫弟子になる
「それよりも、です。こちらの味見を最優先してください。わざわざファルコンと美樹さんにお越しいただいたんですから」
3人の前に白夜がカップを置く。そこには湯気を立てるカフェオレが注がれていた。雲の様なふわりとしたミルクが浮かび、柔らかいコーヒーの香りが浮かび上がってくる
「カフェオレか」
「はい。頑張ってる皆に差し入れを、と思いまして」
「水筒に入れて持ち歩くのは感心せんぞ」
「用具一式は車に入れて現地で淹れます。本当ならお店で飲むのが一番ですけど、スタジオ港区なので」
「私達もいただいていいのかしら?」
「どうぞ」
白夜に促され、三人はカップを手に口に運ぶ
喉を通り抜けるキレのある苦みと、それを包み込むまろやかなミルクの甘さ。果実を思わせる香りが鼻に抜ける
「美味しい…!」
「うん、確かにおいしい。味わいが丸くて苦みがすぐに抜けるから、女の子にも飲みやすそうだ」
信宏と美樹の感想は好評で、一方海坊主だけは水で口を漱いではカップに口を付けるを何度も繰り返し、より深く慎重に白夜のコーヒーの味の構築を探ろうとしている
それを見守る白夜の目に浮かぶ熱も強い
海坊主は屈強かつワイルドな見た目に反してフードとドリンクの味の追求には非常にストイックだ
日々研鑽を怠らず、時には素材の原産国にまで直接赴く行動力を持ち、だからこそ彼は新宿の一等地で30年以上の長きにわたって、自身の店を持ち続けることが出来ている
紳士的な性格ゆえ物腰は孫弟子の白夜にも柔らかいが、ことコーヒーに関しては妥協は一切なく、幾度となく彼が作ったブレンドの味に厳しい感想を下している
だがそれは白夜からすれば願ってもいない環境だ。母月、父一刀共に向上心が強い人間であり、成長する為に厳しい環境に身を置くことに抵抗はない
2人の血を引く白夜も同等だ。厳しいが適切な海坊主のアドバイスは白夜にとっては紛れもない金言なのである
「…果実に似た香り、ミルクに負けない味の主張がありながら喉の奥にすっと味が消えていくキレの良さ…バリアラビカにニカラグアを5:5、と言ったところか」
「……流石ですねファルコン、当たりです。女の子が飲むカフェオレなので、後味とコクが強すぎても喉の奥が重くなってしまうと思ったので、味のキレを重視したブレンドにしてみました。どうでしょうか…?」
一杯分を飲み干すだけで自身会心のブレンド比率と豆の原産国を読み取った海坊主に白夜は感服する
海坊主は腕を組み、顎に指をあててしばし逡巡した後、白夜に判定を下した
「70点ってとこだな。豆の焙煎時間、ブレンドの比率、どの牛乳を使うか、湯の温度。まだまだ詰められるところはあるだろうが、上等だろう」
「あ、ありがとうございます!」
深々頭を下げる白夜、その顔に浮かぶ高揚した笑み
低く思えるだろうが、海坊主の下す評価として大分甘いものだ
実際もっと追及、改善できる点はいくつも海坊主の頭には浮かんでくる、だが飲んで欲しいと思う相手の好み、ニーズを正確に把握する白夜のセンスを評価するべきと彼は判断した
コーヒーそのものの味はやや薄め、甘さはしっかり。飲んだ後味がすぐに消えていく飲みやすさは、苦みを嫌うことが多い10代女子の子の身にも合致し、全身を動かし疲労するアイドルと言う職業を鑑みれば、疲れを取るための甘味補給としても最適だ
「早速スタジオに持って行って皆さんに差し入れしてきますね」
「頑張るわねえ…無理して体壊したら駄目よ?」
「体調管理もプロの義務だ。味覚も肉体のコンディションも、妥協できない世界にいると言うことは忘れるな」
「はい。自分の体も大事に出来ない人間が、誰かの人生を支えるなんてできませんからね。ボディガードもバリスタも、そこだけは同じだって理解しています」
人間は自分への行いを他者へも施す動物だ。自分を蔑ろにしてしまう人間は、何れ誰かを救えなくなり壊れていくだろう
特に海坊主たちの様な、直接的に人の生き死にに関わる人間は猶更だ
身近な大切な人を思っての行動が出来ない人間に、見知ったばかりの依頼者を守り救うことなど出来るはずがない
かつて母月から何度も言われたことを白夜は思い出す。自分は何度も無茶をして一刀や詠に迷惑をかけたから、あなたはそうならないように、と
「それに、僕にもファルコンにとっての美樹さんの様な、しっかりお尻を叩いてくれる人はいますから」
サイフォンを笑顔で片づける白夜の言葉が終わるが早いか、大きく鈴の音を鳴り響かせながら店の玄関が開く
「お邪魔します」
全員が視線を玄関に向けると、灰色のカーディガンに制服姿の少女の姿が
灰色がかった栗色の髪が腰まで延び、意志の強さを感じさせるキリっとした綺麗な黒い釣り目
身長は平均的だがYシャツの袖が余り気味で、指の第一関節がやっと見え隠れしている
北郷亜彩。一刀と亞莎の間に生まれた一人娘で、八王子市内の私立フェネリア女子高等学校に通っている
「いらっしゃい」
「こんにちわ、信宏さん。伊集院さんに美樹さんも」
「こんにちわ亞彩ちゃん」
「……亞彩、海坊主でいいと言っているだろう」
「駄目です。兄の恩人をそんな失礼な名前で呼ぶなんて出来ません」
「むう……」
「ふふっ。もう恒例行事ですね、ファルコンと亞彩のこのやり取りは」
「駄目ですよ白夜兄さん。恩がある年上の人を呼び捨てにするなんて」
「いや、それは俺がいいとだな……」
強面の海坊主相手でも亞彩は一歩も引くことはない
真面目な性格らしく懇々と正論で説教する亞彩と小さくなってそれに甘んじる海坊主の姿に他の面々も思わず破顔してしまう
「伝説の傭兵も、亞彩ちゃんの前では形無しか…っと、亞彩ちゃんも来た事だし、そろそろスタジオ向かった方がいいんじゃない?」
「あ、もうこんな時間か…もうすぐ片付くのですぐに」
「あーいいよいいよ。後は俺がやっておくから、せっかく亞彩ちゃん迎えに来たんだし、行った行った」
「…宜しいんですか?」
「困ったときはちゃんと頼る、自分で言ったんだろ?」
ぐしぐしと信宏に頭を撫でられる白夜の顔は少しだけ赤くなっている
20を超えて頭を撫でられることなど殆どなく、小さい頃に兄たちがしてくれた時の記憶が蘇り、くすぐったい恥ずかしさの中に嬉しさがにじんでいた
「では、お言葉に甘えて」
「すみません信宏さん。ほら白夜兄さん!早く着替えて、車車!」
「はいはい」
カウンターから出てきた白夜を亞彩が引っ張ってバックヤードに消えていく。彼女もここでバイトしており店内の地理は慣れたものだ
「相変わらず、亞彩ちゃんが相手だとここの男どもは誰も勝てないわね」
「控えめに見えて押しの強さは香さんレベルですからねえ…このファルコン相手に強く出れるなんて、あの子招来大物に痛え!?」
「…一言余計だ。黙って夜の仕込みを始めるぞ」
「え?手伝ってくれるんですか?」
ここTiger's Eyeは、夜になるとお酒と料理をメインとしたバルとしての顔を見せる。夜シフトに入るスタッフの数は昼よりも多く、静かでのんびりとした時間が流れる昼と違い、常連客と評判に惹かれてやってきた新規客のお酒と料理を楽しむ笑顔があふれる騒がしい店へと変わる
「今日はあのバカ共も来るからな、好き放題騒がれてはお前だけでは荷が重いだろう」
「あ~…冴羽さん高いお酒も頼んでくれるのは嬉しいんだけどなあ……」
「Cat's Eyeの方は丸一日お休みにしてあるし、今日は信宏君がどれだけ成長したか見せてもらうとするわね」
「うわー責任重大…白夜戻ってこないかな…」
「泣き言を言うんじゃない。自分だ選んだ道だ、突き進んで見せろ。白夜も同じころには戦っているんだからな」
海坊主に首根っこを掴まれて厨房に引きずられて行く信宏、それを美樹は笑顔で見送っていた
その日の夜、2つのプロダクションが合同で行われるライブイベントのトレーニングが行われているスタジオの裏手
数人の日本人には見えない男たちがある者は地面に倒れ、ある者は車の上に叩きつけられ、意識を喪ったりうめき声を上げていた
「ブラボーよりセントラル。5人処理しました、全員制圧しています。対応要員をお願いします。ええ、僕は大丈夫です、怪我なんてしていませんよ、亞彩」
その中央には白夜がいた。右手には髪の毛と同じうす紫色の、ポケットチーフと同じ大きさの布が握られており、それを手首のスナップに合わせて一回振るうと、慣れた手つきで胸ポケットに畳んでしまいこむ
今白夜が打ち倒した男たちはピース・ヘイターの構成員だ。顔立ちから推測される国籍は中東欧米アジアとまちまちで統一性がなく、噂通りあちこちの過激派が混ざり合っているのだろう
どうやったのかアサルトライフルやサブマシンガンを持ち込んでおり、意気揚々とアイドル達を相手に不埒を働こうとした末、白夜達ホワイトタイガーセキュリティの網に引っかかり一網打尽となったのだ
「まったく、性懲りもなく騒動を持ち込んで……あんなに月が綺麗な夜だと言うのに」
白夜が見上げる先、薄青い満月が都会の街明かりにも負けずに優しく地上を見守っていた
お読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想などお待ちしております