時は太正19年、場所はハイカラな紳士淑女の皆々様が集まる帝都東京は一番地銀座
その中心、大十字路に鎮座する日本エンターテイメント業界の最先端大帝国劇場
麗しき女優たちが魅せる夢の舞台は連日満員御礼、夏公演真っただ中の現在、一風変わった演目が演じられていた
題は『三国乙女武将爛漫記』
帝国大学の書生島津剣一は、ある日謎の仙人の手で有名な登場人物が全員女性の三国時代に連れ去られ、そこで劉備、孫権、曹操の三人の女王と出会う
平和を願いながら戦い合う宿命にある三人の女王の友情と葛藤
時代と戦乱、理不尽に揉まれながらも真実と戦いの終わりを目指して青年は足掻いていく
と言ったあらすじだ
聞く限りではかなり奇天烈な内容であり、当初は帝劇の正統派脚本に慣れていた花組フアン達も面を食らったが、意外や意外、これが中々の大当たりであった
理由は何より、物語の主役と言える三国の英傑が女性であったこと
この時代、本来なら女性は社会的弱者の立場にあり、それでありながら国と人々の未来を憂いて、王として立ち上がる
三人の王は同じ平和と言うゴールを夢見ながらそれでいて各々別の道を進んでいく
それ故に時に彼女らは友情を育み、時に刃で、時に言葉でぶつかり合う
そんな姿が女性の社会進出が加速した太正と言う時代背景にマッチした
そしてそこに追加される剣一と言う男の存在
剣一と言う男は優しく前向きで、三人の女王をどんな時も一人の女性として扱う
王としての責務に潰されそうになる彼女らは、当然剣一に恋をする。そして、戦いの動機の中に少なからず剣一と言う存在が入り込んでくる
そこで生まれる友情と恋の争いの中で揺れ動く女王たちの葛藤もまた、メロドラマに飢えた女性たちの心をつかんだと言えよう
そして女王を始めとした女性たちの為に傷つくこともためらわず運命に立ち向かう剣一の姿は、男性層からの支持も厚い
もう一つの理由は、斬新なキャラクター解釈である
三国志の人気キャラである関羽や趙雲にも負けない、慈愛を持った女性として描かれる劉備
偉大な母と姉より国を託され、懸命に国と仲間の為に王であろうとする孫権
支配者と一人の少女の間で揺れる曹操
悪漢の汚名を着せられながらも皇帝を守ろうとする董卓
董卓との友情に応え死地に赴くことも辞さない忠臣呂布
各々のドラマが集結した第二部、三国大乱編のクライマックスと言える赤壁大決戦のパートは、帝劇が誇る技術スタッフが総力を結集し、川の水と燃え盛る炎そして巨大な戦船を再現
まるで本物の戦場さながらの迫力に、観客たちはただただ圧倒され息をのんだ
「これで終わりです。曹操さん」
「兵を下がらせて、聡明な貴女ならわかるはずよ。この場で戦えば、どれだけの兵の命が無駄に散っていくか」
フランスは巴里から今回の特別講演の為に招かれたエリカ・フォンティーヌ扮する劉備、帝劇花形女優の一人、真宮寺さくら演じる孫権が、大敗を喫し力なく座り込む曹操に刃を向ける
「……」
そして二人に庇われるように立つ剣一、演ずるは帝劇花組男役スリートップを務める桐島カンナ
曹操を見つめる愁いを込めた瞳は、普段溌剌とした男子役が多いカンナには珍しく、最前列で観劇する紳士淑女の心をそれだけで魅了する
「ふ、ふふ……我が覇道もこれまで、か。見事なり劉備、そして孫権。我が歩みはここで終わり。首でもなんでも持っていくがいいわ」
ゆらり、と色気ある仕草で立ち上がる覇王曹操、演ずるは花組唯一無二のトップスタァ、神崎すみれ
全身に纏う覇気と色気は、彼女が役者であることを観客に忘れさせ、実際の王の様に傅きたいとすら思わせてみせる
「違うよ曹操。俺達が欲しいのはお前の命でも、首でもない。わからないわけじゃないだろう?」
そこで剣一が劉備、孫権の間をすり抜け、曹操の前に立つ
「今この大陸は、悪意を持った仙人に滅ぼされかけている。俺達が争ったって、あいつらの思う壺だ。俺達は手を取り合って、協力して戦っていかなきゃいけない」
「フン。顔を合わせればいつもそう、劉備も孫権も貴方も理想論ばかり。それで本当に国が救えると?」
「出来るさ!俺達と、曹操!君となら」
剣一が曹操に手を差し伸べる。腕を組んで顔を背ける曹操に、剣一が揚々と歌いかけるミュージカルパートが始まった
皆の為に、未来の為に一緒に歩みたいと語り掛ける剣一
最初はそれを拒絶する曹操、だがやがて、彼女も思いの丈を歌に乗せて剣一に応える
自分も貴方の傍にいたい、でもそれを私自身が口には出せない。だから貴方に、貴方自身の意思で傍に来いと
なら俺は自分の言葉で伝えよう、君が欲しい、君と一緒に歩んでいきたい。俺たちの未来の為に
なら私も答えましょう。王として、一人の女として、貴方の傍で共に生きると
くるくると円を描いて舞う二人
やがて劉備が、孫権が、東京で、巴里で、紐育で一世を風靡する女優達が扮する三国の英傑達が次々に二人の歌に声を重ね、煌びやかな合唱へと物語を紡ぎあげていく
「一応ここが、三国が同盟を組み、仙人達に立ち向かっていくことを決める第二部のクライマックスパートになるんだけど……どうかな?」
観客全員を飲み込む歌と踊りと音楽の最高潮
それを劇場の支配人大神一郎が見下ろしていた、その後ろには、似た顔立ちの三人の女性
「一演劇としてはすごいと思うよ?大神さん。でもまあ……」
「華琳母さんはあんな素直じゃないよねー。特にこの頃は」
「観劇してたら悶えて絶叫するか舞台に怒鳴り込むと思う。と言うか何でこんな仰々しい話になったんですか?正直喜劇にしかならないと思うんですけど、ボク等の両親のネタなんて」
「あはは。赤堀先生がね、君達の原案を読んで大分無茶をしたみたいなんだ……すまない」
かつての両親達をモデルにした舞台を目にして苦笑いする北郷三姉妹の姿がそこにあった
北郷星那、花那、愛那の三姉妹がこの外史に飛ばされたのは半年ほど前の事
ライブツアーを終え、久しぶりの纏まった休みを楽しむために八王子の北郷邸に帰り玄関の門を開けた次の瞬間には、三人揃って帝劇の中庭に倒れていた
帝劇のマスコット犬フントに顔を舐められていた三人を最初に見つけたのは、帝劇の男役3人のうち最年少、フントの世話を主に焼いているレニ・ミルヒシュトラーセと、彼女と年齢が近く仲が良い、フランスの伯爵家の令嬢にして名子役のイリス・シャトーブリアン、通称アイリスの二人
右も左もわからず混乱していた三人を二人はとりあえず落ち着かせると、支配人室にいる大帝国劇場の支配人にしてグリーティング責任者である大神一郎に引き合わせた
混乱していた星那達も、「ある事情」からそう言った手合いの相手には慣れていた大神と会話を交えるうちに大分落ち着きを取り戻し、意外にも話はスムーズに進むことになった
当の大神自身がこういった緊急事態には慣れている事も、彼女らの兄である北郷白夜が務めている機関、森羅と大神に少なからず縁がある事もその一助となっていた
大神の説明を受ける中で、星那達は自分達の境遇を理解することになる
そう、自分達も父やきょうだいたちと同じく、超大規模な迷子になってしまったのだと
そして彼女たちは、大帝国劇場預かりの居候の身となる
当初は遠慮していた三人だが、異世界に伝手などあるはずもなく、大神の好意を受け入れる以外の選択肢など存在しない
困ったときはお互い様、とにこやかに笑う大神を見て、星那は目の前の男性が自分の父の同類、即ちお人好しである事を理解するのだった
「あれから半年かあ、早いものね」
「仕方ないんじゃない?調べてどうにかなるもんでもないだろうしさ」
「それにボク達も、帝劇の暮らしは気に入っている」
今、三姉妹は帝劇で公演中に奏でられる劇中音楽の作曲や音響の仕事を行っている
当初は下積み時代よろしく劇場の事務仕事を手伝っていたりしたのだが、偶々劇場の音楽練習室にあるピアノを星那が弾いている所をソレッタ・織姫に見初められたのがきっかけだった
彼女はオペラの本場イタリアで太陽の貴族と呼ばれたほどの一流の女優でありながら、ピアニストとしても高い実力を兼ね備えている
星那からすればストレス解消に過ぎなかったのだが、その高い音楽的センスを見逃す織姫ではなかった
結果、3人は花組や帝劇のスタッフ一同の前で生歌を披露する羽目となったのである
星那は凛星モノローグ、花那はドリーム・フェザー、愛那はTwilight Flareのそれぞれ3曲
かつて王として生きていた桃香、華琳、蓮華の生きざまをモチーフに作詞担当の花那が作曲したプライマルワールズのラインナップの中でも特に人気の3選だ
星那は普段の姉御肌で底抜けに明るい性格からは思いもしない繊細で透き通った声で歌う、頂点に立ってしまった孤独に負けない覇王の気高さを
花那はどこか冷たささすら感じさせる美貌から、甘くとろけるような歌声で理想を追い求める心優しい王の覚悟を謡う
一見リアリストで自分を前に出さない愛那も、小柄な体の何倍ものパワーを感じさせる熱い歌声で悲しみに立ち向かう、多くの人々を束ね進む王の願いを歌いあげた
この時代の日本人にも判りやすいように、英語の歌詞の部分や現代的な言い回しをアドリブで変更などの工夫をこなしながら、数か月ぶりに全力を傾けた3人の熱唱が終わると、周囲からは拍手が嵐の様に巻き起こる
さくらや紅蘭は興奮した面持ちで3人の歌を絶賛し、厳しく判定しようとしていた織姫も、言葉こそ強いがしっかりとその実力を認めているようで
大神も、3姉妹の歌の熱でドクドクと強く脈打つ鼓動のままに星那達に提案する
君達が元の世界に戻るまででいい、帝劇の舞台に、君達の音楽を加えさせてくれないか、と
それ以来、プライマルワールズは太正時代限定で大帝国劇場のホールミュージシャンとして活躍している
星那が作詞の才能に秀でているならば、花那は作曲、愛那は編曲と演出に優れていた
それは歌唱用とは勝手が違う劇伴の作成でも存分に発揮され、この時代には無い伝統的な楽器をロック調、ポップ調なリズムに合わせて使用すると言う斬新な試みは劇場のファンたちにも好意的に受け入れられた
「あの時、あたし達は帝劇の一員になったんだって思った。私達の音楽が、全く違う世界でも受け入れられて、居場所を作る力を持ってるってわかったのは嬉しかったよ」
「そしてこれからは、受け入れてくれたこの世界の…花組の為に歌う番、か」
「舞台でも、部隊でも」
大帝国劇場の地下深く。何重ものセキュリティを超えた先には、劇場の地下には似つかわしくない、コンクリートで打ちっぱなしとなり、幾つもの複雑で緻密な機械が配置された物々しい空間があった
大帝国劇場にて日夜鍛錬に励み、麗しき極上の舞台を演じる帝国歌劇団・花組。彼女達には知られざるもう一つの姿があった
「来はったな」
「待ってたよ、3人とも。準備はできているみたいだね」
その地下の中でも最重要機密区画に、星那達はやってきた。3人はかつての戦闘機パイロットの飛行服、もしくは乗馬服を煌びやかに染め上げたような衣装に身を包んでいた
星那は桜色、花那は碧色、愛那は藍色。一見すればカラーガードの様にも思えるが、実際には対弾、対刃等の各種特殊処理が施された、戦うための戦衣装だ
「ええ。準備万全!何時でも行けるわ」
「服も誂えてもらえて嬉しいよ。かわいいデザインで好きだなー私」
「気持ちが逸ってくるのが分かる。戦うのは怖いはずなのに、不思議」
大型の機械を置いておく格納庫のようなその場所には、既に大神と花組一のコメディスターであり、劇で使用される大道具を一手に制作している李紅蘭も、普段の目に眩しい深紅のチャイナドレスからくらいオリーヴ色のつなぎ姿になっている
「この中に?」
「ああ。紅蘭、そっちを」
大神と紅蘭は目の前に鎮座している、カバーをかぶせられていたものに向かって歩く
大きさは5m程だろうか、見上げるほどに巨大な何かからカバーをはがすと、そこには一体の巨大な人型ロボット、否甲冑が鎮座していた
1対のモノアイレール。銀色の機体に桜、碧、藍のラインが奔り、背中には大型のバックパックを背負う姿は神々しい神像にも見える
「試製牛型霊子甲冑『麗武』。史上初の3人乗り霊子甲冑や。双武からさらに乗員を増やすことで、個々人の負担を減らしつつ霊力同調の許容誤差も増やした発展試作機。本来なら実戦投入は考慮されてへん子やけど、ウチと整備班の皆で徹底的に整備してあるから、そこは問題あらへんよ」
「最後の確認だ、星那くん、花那、愛那。本当にこれに乗って、俺達と一緒に戦う。その道を選ぶというんだね?」
帝国歌劇団のもう一つの姿。それは急速に発展する文明の負の一面。都市が発展するにしたがって生じる霊的なバランスの崩れから、ひそかに生み出される人ならざる脅威、魔の者達から人々を守るために戦う秘密部隊、帝国華撃団
そして、普段は舞台の上で歌と演技で花を咲かせるさくら達も同じく、有事には霊子甲冑と言う鋼鉄で心まで武装し、悪を切り裂く乙女にして、帝国華撃団の実戦実働部隊・花組なのである!
星那達は一か月ほど前に日本橋で怨念の集合体である降魔に遭遇。逃げ惑う人々を守るために気を練り上げ、3姉妹の能力である気の共鳴を行って巨大な精神力の壁を作り、大神が現れるまで降魔の恐ろしい爪から人々を庇っていた
そして大神が降魔の説明を行い、同時に華撃団の存在を彼女達に示したのだ
「歌で誰かの助けになる。変な事言ってるかもしれないけど、それが夢なのよ。あたし達姉妹の」
「歌で世界が救えるとまでは言わないけど、一人でも多くの人の心に届いて、その人の人生がいい方になればいい。そう思ってる」
「そう言うのに比べるとちょっと武骨な意味合いだけどね。でも歌が関わっていることは変わらないし」
不敵に笑う三姉妹。戦いを前に静かに高揚する精神は、北郷に流れる古き薩摩隼人の血故か
「よし。じゃあ君達は今日から歌劇団だけでなく、華撃団の一員としても一緒に頑張ってもらうとするか。三人とも、改めて皆にも話を…」
瞬間、鋭い警報音が鳴り響き格納庫中のパトランプが赤々と輝きながら旋回を始める
緊急出撃を告げる警報だ
『総員緊急配備、繰り返します、総員緊急配備八王子市高尾山にて霊力測定器が魔力の異常上昇を感知、華撃団各員は緊急出撃体制に入ってください。繰り返します…』
劇場スタッフにして帝国華撃団のメンバー榊原由里のアナウンスが格納庫に木霊する
霊力異常は即ち魔なるものが人々に牙をむいたと言う事、帝国華撃団が本会を遂げる時が来たのだ
「こんな時に…星那くんたちは…」
「出るよ。もうあたし達だって花組の一員なんだ。新人だからってえこひいきは無しだよ、『隊長さん』」
「……わかった。紅蘭、三人を司令室に」
「了解!こっちやで、3人とも!」
紅蘭に連れられ一階上の中央司令室に駆けていく姉妹たち。その後ろ姿を見送った後、再び大神は麗武に振り無く
既に機体はレールに沿って発進待機ポジションに移動し、整備スタッフが直前の最終調節に入っている
この新たな力が帝都に何を呼び込むのか、見えぬ未来に不安と希望を抱き、大神も星那達を追うのだった
八王子市 高尾山
元々は修験道の霊場とされていた都内随一の霊山であり、観光スポットとして開発が進められている今でもその山体に宿す霊力の強さは都市部の気脈の比ではない
「流石は帝国華撃団。銀座から離れておるに手早いわ」
山頂付近の広場、赤い文様が描かれたそこに一人の神仙の姿が
緑と黒と白を基調とした道服は紛れもなく管理者のそれ、年のころは少年にも見えるが、伸びるに任せたボサついた髪は老人のように白く嫌らしい笑みを浮かべている
この男の名は紫虚、李意期と志を同じくし、今様々な外史で暗躍している道士の一人である
「来るが好い英傑どもよ。そしてことと外史を広げていくがいい。ク、ククク……」
乾燥した木の実がはじける様な不快さを感じる紫虚の笑い声。まるでそれに応えるかのように、文様の中心から何かが浮かび上がってきた
それは建物程の大きさがある紫がかった黒い、悪魔の様な獣
降魔。古より人に仇為す負の霊力が具現化した人類の天敵。だがワラスボの様な頭部の下、首の付け根部分からぬるりと何かが付きだしている
それは男の上半身だ。まるで磔刑にかけられた罪人の様に降魔の体に埋まった両腕に体重をかけ、だらりと長い髪を垂らし俯いている
「ふむ、融合は5割と言ったところか。良い良い、宴の余興ならば十分じゃろうて。派手に暴れるのじゃぞ?ク、クククク…」
降魔に融合した男の顎に手をやり顔を上に向かせる。その人相を見れば、華撃団の面々は驚愕したことだろう
その男こそ、かつて太正維新を合言葉に花組を壊滅寸前まで追いやった黒鬼会の首魁。元陸軍卿京極 慶吾であったのだから
「テイコク、カゲキ、ダン……」
お読みいただきありがとうございました。
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