北郷一刀の子供達   作:surugana

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予想以上に長くなったので前後編に分けました。
これでいったん序章はおしまいとなります。



序ノ弐 百花爛漫

「……んぁ?」

 

自分でも間抜けだなと思うほどに、情けない音が一刀の口から放たれた

見覚えが微かにある天井。重い頭ごと身を起こして周囲を見回すと、フローリングの床に薄い壁、気に入ったデザインのシーツのベッド、窓から入り込む月明かりに照らされて、買ったばかりの漫画本や参考書が詰め込まれた棚が目に入ってくる

 

「……俺の部屋、だよな………え?は?はあっ!?」

 

何十年かぶりに嗅いだ、文明社会の埃っぽい香りに一気に意識が覚醒し、全身に鳥肌が立つのがわかる

自分は今まで1800年前の中国、に似た外史で暮らし、天にとうとう召されたはずだ

何故こうして正史の、それもピンポイントに学生寮の自分の部屋なんかにいる?

 

ぐるぐると部屋の中を歩き回るうちに、テレビの上に置いてある時計に目が留まる

デジタル式のそれには、現在の時刻だけではなく、今日の日にちや曜日も表示される機能があった

 

「20××年、4月……15、日……?」

 

忘れもしない日にちが目に飛び込んでくる

そう、友人の及川祐に誘われ、フランチェスカ学園の講堂で行われていた三国志展を見に行き

あの男、左慈と出会い、戦い、外史の突端を開いたその日の日付そのままだ

向こうの事を忘れないように、とかつて一刀自身がしっかりと記憶したままの日付

そして時刻は23時過ぎ

 

「え…いや、ちょっと、ちょっと、待てよ……?」

 

思考が飽和して混乱する中で、必死になって状況をまとめようと頭脳をフル回転させる

と、一つのフレーズがフラッシュバックする

 

胡蝶の夢

 

起きている時に見ている現実、夢の中で見ている幻想。果たしてどちらが真実なのか?

 

「じゃ、じゃあ…今までの…あいつらも、戦いも、全部……?」

 

心が冷える、凍り付いていく。最悪の可能性がどんどんと肥大化していくのが分かる

あの時代で築いた絆も、愛も、文字通り血反吐をはかんばかりに願ったあの世界の平和も、何もかも、ほんの数時間の夢に見た、幻に過ぎない、のか……?

 

 

「それはちぃがうわよんご主人様ン♪」

 

背中からやけに野太い声がかけられ、思わず一刀が振り向くと、そこには唇を窄ませて目をつむり、頬を染めたスキンヘッドの巨漢の姿が!!

 

「むっちゅううううん」

 

「ぎぃやああああああああああああああああ!?」

 

一刀は瞬間的に体を捻り、絶叫と共に全体重と筋肉運動を最適に結合させた強力な一撃を放っていた

 

「ぶるぅわああああぃっ!!」

 

横隔膜の近くに直撃を受けた魁偉な男?は空中に吹き飛ばされながらも素早く体勢を立て直し、膝を曲げながら着地する

 

「んっふふふふ~ん♪ご主人様の魂に響く一撃、久しぶりだわさ~♪」

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!って、お前!?貂蝉!!」

 

思わず手が出てしまった一刀だが、普通の男なら意識を失うレベルの一撃を受けながらもほおを紅潮させてクネクネとしているその男?に見覚えがあった

 

いや、見覚えがあるなどと言うレベルではない。外史での長い王としての人生の中で、幾度となく救ってくれた頼もしい親友……向こうからすればソウルラヴァー?らしい相手、それがこの男、いや漢女だった

 

「お前……なんで、ここに?」

 

「そりゃあご主人様に現状を説明するために決まってるじゃなーい。現に大分パニクってたわけだしぃ?」

 

「そう、だな……うん。お前の顔見て大分頭が冷えた。お前がここにいるってことは、少なくとも俺は『夢を見ていた』わけじゃない、って事の証明にはなったからな」

 

貂蝉は外史と正史を管理する管理者の一人で、外史の存在を受け入れる肯定者だ

もし外史の存在が一刀の夢だったのなら、夢の中の登場人物に過ぎない彼?が今ここに存在できるはずもない

 

「そう言う事よん。貴方が開き、その存在を確固たるものにしたあの世界は、ちゃーんと存在し続けているわん。そこは安心してちょーだいねぃ。そ、れ、に。今の一撃だって、ご主人様が凪ちゃんから習った雷獣拳じゃないの。しっかり貴方の身体にはあの世界での経験が蓄積されちゃってるのよん」

 

「ははは……突発的だったから全然自覚なかったよ……でもよかったぁ……」

 

笑顔でうなづく貂蝉に、最低限最悪のオチだけは脱することが確定した一刀は大きくため息をついて脱力する

あの外史はちゃんと存在して、そこではきっと、自分たちの子や孫が、今でも顔を思い出せる人々が生き続けているのだ

 

その前提すら崩れてしまっていたならば、今頃一刀の精神は崩壊していただろう

 

「でだ。俺は確かにあの時、いや今が80年くらい前だから……?まぁいいや、とりあえず俺は、向こうで死んだはずだ。それがなんで、こっちの世界に、あっちに行く前に戻ってきてるんだ?」

 

「そうね。そこをまず説明しないといけないわね。と言っても、理由自体はシンプルなものなのよん」

 

「シンプル?」

 

「そう。外史と言うのはとても不安定で、いつ消滅してもおかしくない儚い泡のようなものなの。でもご主人様や皆が左慈ちゃん達を退けて、その後もずっとずっとあの外史を維持して、育て続けたの。小さな種から芽吹いた頼りない芽も、長い時間をかけて太く立派な幹を持つ巨木に育ったわ……もう一つの正史ともいえる存在にね」

 

「もうひとつの正史……」

 

「外史の存在が安定する事自体はそう珍しい事でもないんだけどね。そこから外史をさらに派生させる新しい正史になる確率なんて、それこそ文字通り天文学的な確率よ。ただ、絶対にありえない事でもないのよん。でね、正史同様にまで育った外史には、ある程度正史にも干渉できる力が生まれるわけ。ここまではいいわねん?」

 

「あぁ、于吉が言っていた外史が正史に影響云々ってそれだろ?」

 

もっとも運命の流れが正しいとされる時空が正史で、そこから派生したもしもの可能性が具現化した世界が外史、と一刀自身は記憶している

正史と複数の外史は一本の木の様な形で表すことが出来る

大地に根を張り、そこから延びる分厚い根幹が幹、そして幹から四方八方様々に伸びていく細い枝こそが外史

そして正史と言う木がまるで森の様に複数存在しているのが、並行世界の在り方なのだと言う

そして時に、大量に派生した外史は正史にも影響を及ぼす、過程と結果が逆転すると言うのだ

その在り方を肯定するのが貂蝉ら肯定者、否定し外史を破壊しようとするのが剪定者であると言う事も

 

「そうよん。そして、あの外史はその力を使って、貴方の魂をこの正史に送ったのよ。戻した、とも言うのかもしれないわねん。ねえご主人様、今わの際にこっちの世界の事……考えたでしょ?」

 

「……あぁ」

 

「だからね、あの外史は自分を育ててくれた恩返しと頑張ったご褒美に、貴方の最後の未練を解消させたくて、コッチの世界での北郷一刀としての人生を歩めるようにしたと言うわけね」

 

「……まるで子供からの恩返しみたいだな」

 

「うふふ。あながち間違いじゃないわねん」

 

事のあらましを聞いた一刀はベッドに身体を投げ出して、ため息をはきながら天井を見つめた

自分が今までやって来たことが無かったことになったわけではなく、むしろ今までの積み重ねがあるからこその今の自分がある

役目を終えて骨を埋めるだけだった自分が、こうしてまた二度と会えなかった家族や友人とやり直す機会を与えてくれたのだ

外史そのものへの感謝の気持ちこそあれ、文句を言うなんて言語道断なのはわかっている

だが……この世界には

 

「……桃香ちゃん達に会いたい?」

 

「……あぁ」

 

そうだ。この世界には、桃香が、蓮華が、華琳が、月が、恋が……

 

みんながいないんだ

 

愛しい女性たちが

 

家族が

 

ここにはいないんだ

 

自分はなんて傲慢なのだろう。満足して死を迎えたかと思えば未練を抱き

それを汲んでもらったと言うのに、また新たな、渇望と言っていい程の欲が胸の奥で猛烈に荒れ狂っている

情けなさと寂しさで目頭が熱くなり、思わず制服の袖で目元を覆う

 

「……ご主人様、そんな顔しないの。さっき言ったでしょう?恩返しとご褒美、って。スマホを見てごらんなさいな」

 

慈愛を感じさせる表情を浮かべた貂蝉は、目を隠し脱力していた一刀を促す

一刀の顔のすぐ近くに転がっているスマートフォン、これを見るのも何年ぶりだろうとぼんやりしていた一刀は、ランプに着信を知らせる青い明かりが灯っていることに気づく

 

「そっか。展示見に行ったからマナーモードにしてたんだっけ……え?」

 

スリープから再起動したスマートフォンには、凄い数のメッセージの着信履歴が残っていた

と言うか、さっきから断続的に振動し続けていて、それが止まらない

 

「え?何これ?イタ電?」

 

調べてみれば、メッセージアプリに『KH』と言う見覚えのないグループがある事に気づく、開けるべきか、消すべきか

恐ろしい勢いで増え続ける未読表示に、ええいままよとタップをしてみれば

 

「ぁ……」

 

白い羽根のアイコンがあった

 

「このアドレス、ご主人様のなんだよね!?お願い!早く声を聴かせて!」

 

赤い紋章のアイコンがあった

 

「夜分遅くに失礼いたします。北郷一刀様のトークアドレスでお間違いないでしょうか?蓮華です……覚えていたら、返信をください。お願いします」

 

銀の髑髏のアイコンがあった

 

「返事の一つもまともに返せないの?……早くしなさいよ、馬鹿」

 

「……ちょうせん、これ……?」

 

「そう言う事♪ネタバラシするとね、外史が貴方と一緒にあの子達も全員こっちに転生させていたのよん。そして貴方が目覚めると同時に記憶を取り戻す仕組みになっていたってわ、け♪あっちのフォローには今卑弥呼が行ってくれてるから、そっちの心配もご無用よん♪あ、そうだわ。そのグループはこうなるだろうって思ってたから私達で勝手に作っておいたの、ごめんちゃいねぃ」

 

「……っ」

 

もはや貂蝉の言葉も届いていないようだった。大きく見開かれた一刀の瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちそうになっている

 

メッセージに既読表示が付いたことで、向こう側も一刀の存在に気づいたのだろう、ビデオチャットへの勧誘が表示され

一刀は震える指でそのボタンをタップする

 

「……ッ!」

 

 

 

 

「ご主人様ぁ……」

 

「桃香……」

 

桃香と、蜀の皆が

 

「一刀っ…!!」

 

「蓮華……」

 

蓮華と、呉の皆が

 

「……っ!かずとぉ!!」

 

「華琳……ッ!!」

 

華琳と、魏の皆が

 

みんなが、みんながいる。ずっと会いたかった、愛おしい皆が、いる

 

「……みんな、みんなぁ…ッ!!」

 

一人残された悲しみ、二度と会えない世界への別離と言う冷え切った絶望が、熱い涙と共に一刀の身体からあふれ出していく

正史に戻ってきたことも少なからず影響していたのだろう

一刀の精伸は老齢の皇帝から、再び17歳の少年のそれに引き戻されていた

俯き、声を上げて号泣する一刀をスマホ越しに、こちらも涙声の恋姫達が声をかけている

 

そんな姿を黙って見つめているほど、貂蝉は自分を無粋な漢女だとは思っていない

 

「どぅふふふふ。ヤボは抜き♪デキる漢女はクールに去るのよぉん。またねぃ、ご主人様♪」

 

 

目じりに感涙の涙を浮かべながら、そっと貂蝉は扉を閉める

これからは、一人の男の子と、沢山の女の子の、それなりに騒がしくて、それなりに日常的な、優しくて幸せな物語

 

自分は再び裏方に徹することにしよう

 

 

 

 

……とまぁ?こぉんな感じでご主人様と、お姫様たちの物語はぁ、ひと段落って感じなんだけどぉ?

 

『あの』ご主人様と、『あの』華琳ちゃんや桃香ちゃん達との子供達でしょう?

 

そりゃあもう、七転び八起き七転八倒酒池肉林天元突破な物語が待ち受けてぇ、いるわけなのよねぃ

 

……見たいかしらん?どぅふふふふ、じゃあ新しい外史を始めましょう!

 

ここからは、あの子達の物語、世界の在り方や、宿命すらも打ち砕く極天の子供達のお話の、始まり始まり~!




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