しかし結果的に出番が一刀君たちの方が多くなってしまうと言う…
古来より、日本の裏社会では二つの勢力が激しくしのぎを削っている
一方は善忍、公的権力の手足となって治安維持を主目的に活動する隠密集団
一方は悪忍、個人、企業と言った非公的な依頼主の利益を獲得するために暗躍する隠密集団
本来、二つに分かたれた忍は一つであり、敢えて敵味方に別れ、例えどれだけの血を流そうとも互いを研鑽し、強さを高め、ある目的を果たそうとしていた
だが、数千数百年の長い月日の中で当時は高尚であっただろう目的は忘れ去られ、血で錆び付いた善と悪は敵であると言う概念、呪いだけが残された
忍の運命は死の運命
華の如し少女達は華の如く散る定め
美しく死ぬからこそ死の美
だが、本当にそうだろうか?
死に美しさなどあるだろうか?
儚さが至上の美だと誰が決めた?
本当に美しいのは̪夢を持ち、日々を懸命に生きる人の心そのもの
すなわち『
多くの無駄な血が流れ、その中でも今ある世界の危機に気づいた者達が、善と悪、表と裏にも極僅かながら存在する
彼らは異音同義に言う、今の忍の在り方を変えねばならぬ
命の灯を消すなどあってはならぬと
そして、彼らのその目的にとって大きな影響力を持つだろう一人の男は、既に夜の闇の中で活動を開始していたのである
丸の内のオフィス街。都心全域を見下ろす高層ビルの1フロア、そこは浅草にある巨大一貫校国立半蔵学院の経営オフィスとなっている
静かにPCの作業音だけが響くそこは、一見すればただの企業スペースであるが、実際には様々なトラップによって防御された難攻不落の要塞である
何故なら善忍を育成する忍育成学校としての側面を半蔵学院は持ち合わせており、数ある育成校の中でも最高峰の規模を持つ、国家からしても重要な組織、団体であるからだ
そのオフィスの一角にある会議室。そこには数人の老人と一人の男性、そして二人の女性の姿があった
一番奥の上座に座するのは、半蔵学院の名前の元となった伝説的な存在である元忍の老人半蔵
半蔵学院の現学院長である工藤、死塾月閃女学館の学館長黒影、秘立蛇女子学園学長平田、その他にも、川崎市立咲芸大学附属高校、千葉県立志野塚工業高校、私立舞扇大学附属高校、都立薄桜女学院、遠野天狗ノ忍衆、ゾディアック星導会と言った善、悪各忍者勢力の責任者たちが一堂に会している
そして、彼らと向かい合う下座に座る一人の男
スーツ姿、30だてらに見えるこの場では若い部類に入る男は、左右に二人の女性を従えている
2人ともにやや暗い肌色、小柄だが右の女性は鷹の様に眼光は鋭く、左の女性は大きく綺麗な瞳に強い意志を携えているのが分かる
「さて……勢力を超えて、これ程の御歴々に集まっていただけたことまずはこの半蔵、心より感謝申し上げる」
「いや半蔵殿。我ら一同、立場主張は違えど迎えたいと願う未来は皆同じ。こうして雁首をそろえることこそ、本来あってしかるべきでありましょう。招集の声に応えられなんだ儂等の方こそ怠慢であったのじゃよ」
「然り。それに、この集いの発起人が北郷殿であるならば猶の事だ。私は彼に返しきれない恩があるからな」
「うむ。歳を取ると無駄に頑固となり、過ちを認められぬ様になってしまう。彼の様な若者に喝を入れてもらえなければ、こうして貴様と雁首をそろえることも出来んかったろうよ」
深々と頭を下げる半蔵。実際彼らは敵対する勢力の中でも重要な地位に居る要人。主張的にも私的な感情的にも、こうやって全員が招集に応え一堂に会する等本来はまずありえない事である
それこそ戦争中の双方の指揮官が同じ場に集まるようなものだ、即座に戦闘が開始されても不思議ではない
だが、それを成功に導いたのが、下座で恐縮し、左右の女性にくすりと笑われている男、北郷一刀である
「やれやれ、昔から
「ははは……実家が実家だし、かみさんの仕事が仕事だからね。伝手だけは沢山あるよ。それで、こうして集まってくださったと言う事は、俺と半蔵さんの提案……『隠密連合』に、皆さまとも乗ってくださる……と考えてよろしいのでしょうか?」
一瞬で一刀の雰囲気が変化する。すっと細められた目はこの場にいる全員を推し量る用であり、全員が一瞬息をのむ
(むぅ…相変わらず一介の道場主とは思えん。まるでいずこかの国の王の様じゃ)
「私は、半蔵殿と北郷殿の提案に同意する」
「私もだ」
一刀の質問に即答、と言えるほど早く首を縦に振ったのは、黒影と平田であった
それに他の一同は驚く、何せ黒影、平田ともに第一線を退き、後進を育成する立場となって丸くなったとは言え
かつては善忍悪忍双方の過激派急先鋒であった男たちだ、それが融和政策と言える提案に同意するとは思えなかったのである
「ふふ、皆さまともに驚かれておいでだろう……だがな、私はもう疲れたのだ。血で血を洗う善と悪の争いに」
「忍を二つの勢力に別け、命懸けの戦いで互いを鍛え上げ、来るべきシンとの戦いに備える……それがはるか昔に我々の祖先が考えたやり方だったのでしょう」
「じゃが、今や善と悪はその目的を忘れ、互いを罵り、見下し、憎み、倒すことしか考えておらん」
「痛みと血を伴う統制は、その時代だからこそ必須ではあったのかもしれません。ですが、既にそんなものが通用する時代ではない」
「そして、悪辣なる外道共は狡猾に掟と定めを利用し己が私腹を肥やそうと暗躍する。善忍の強烈な風紀を以って政敵を退けんとする政治家、悪忍の自由なるを利用しただただ罪を重ねる忍も数知れず……」
「その全てのしわ寄せは、必ず若い者たちに降りかかる。彼らの未来は貪り食われているのだ」
「既に何のために敷かれた掟なのかを覚えている者すら久しい。時代に取り残された存在程哀れなものもない」
社会と民意は常に変化するものである。情勢を顧みず古い規律と掟に固執すれば、硬直したルールは腐敗の温床となっていく
それは今の忍情勢そのものだ。恣意的な解釈とこじ付けで自らの思い通りに忍を動かす権力者は多く、また過激な思想の免罪符に利用している極論者も数知れない
「じゃから、ワシが声を上げたのだ。今の忍社会を作ってきた者としての最後のけじめ。より良き明日を若者に託してからでなければ死んでも死に切れんからの。はっきりと言う……もういらんじゃろう、善だ悪だなどと言う区分けは」
「なるほど…ならば我々も覚悟を決めると致しましょう。主義主張ではなく、後の世の若者たちの為に」
会議参加者全員から次々と承諾の声が挙がる。誰もが体制への疑問を持ちながらもそれを動かすことが出来ぬままに今に至ったことを内心で後悔していた
多少強引でも今流れを変えなければ、永遠に無駄に血が流れ、多くの悲しみだけが繰り返される
変革の時は今こそ来たれり、との確信が、加齢とともに濁っていた忍達の瞳に澄んだ炎を灯していく
「しかして半蔵殿。音頭はいったい誰が取られるのだ?やはり貴殿か?」
「いいや。善と悪どちらが頂点となってもならぬ。それでは何も変わらぬのだ、一番大事なのは全く新しい、それでいて強烈な印象を持った人物の存在が不可欠」
「確かに…しかしおられるのか?そのような人物が、この閉鎖的な忍の社会に」
「アテならばある。だからこそ、こやつを呼んだのじゃ。のう一坊」
「はい。改めて自己紹介いたします。北郷一刀ともうします。皆様とはそれぞれ面識がありますので細かい部分は省略しますが、今回は隠密連合結成に当たり、妻と共にお手伝いさせていただくこととなりました」
礼して自己紹介する一刀の言葉に次いで、左右に控えていた女性が前に出て一礼する
「姓を北郷、名を思春と申します。ホワイトタイガーセキュリティサービスにてエージェントの任に就いております。此度は夫北郷一刀と皆様の護衛役を任されました、見知り置きください」
「同じく姓を北郷、名を明命と申します!思春殿と同じくホワイトタイガーセキュリティのエージェントを務めさせていただいております!」
「ホワイトタイガーセキュリティ…!」
「最強にして最凶の警備保障会社…」
ホワイトタイガーセキュリティ、通称WTSは正史において孫家4姉妹の長女となった炎蓮と次女の雪蓮が趣味と実益を兼ねて設立した民間の警備保障会社である
現金輸送や施設警備も行っているが、主だった職務内容は重犯罪者や危険思想集団に狙われた人物、団体の警護護衛、敷いては懸賞金付きの重大犯罪者を仕留めて警察に突き出す賞金稼ぎ業で、これまでに数多くのテロ組織やカルト団体を容赦なく壊滅に追いやり、裏の世界からは最凶の護衛集団として恐れられ、現在は華琳が立ち上げた国際人材派遣会社の子会社となっていて炎蓮が取締役を務めている
当然そこの社員となればあらゆる場面において要人警護のスペシャリストであることを意味しており、善忍悪忍関わらず幾度となく返り討ちとなっていることもあって、自らの職務を明かした思春と明命へ向けられる視線には畏敬の感情が混ざるのは当然であった
「そして…明命、あれを着けて見せて」
「はいなのです!」
一刀の言葉に頷いた明命は、スっと顔の前に掌をかざす。するとどうだろう、まるで変面の様に明命の顔に一瞬である仮面が装着される
それは猛々しく顎を開き、牙を輝かせた黒豹の面。そしてここにいる忍達はその姿に見覚えがあった
「そ、その面は…まさか!?」
「……豹子頭!」
豹子頭、それは十数年前の一時期裏の世界で活躍していた伝説的な謎の忍。常に顔に黒豹の面を着けていたことから水滸伝の登場人物になぞらえてその名でよばれていた
性別不明、所属不明、目的不明
ただ善忍と悪忍の犯罪的所業を明らかにしては下手人をとらえて連行し、時には妖魔に敢然と立ち向かい、カグラと呼ばれた最上位忍ですら打倒が難しい凶悪な妖魔すら次々と黒く長い刀で仕留め続けた
非合法な手段で正しい事を成す、悪を以って善を成した忍、それが豹子頭であった
数年前から活動報告が激減し、その正体もつかめないままに伝説となった存在が、今目の前にいる
素性を知っている半蔵以下数人は愕然とした表情のまま固まっている
「はい、私は以前この面を被って皆さまと刃を交えることもございました。でもそれは、不要な戦いを止めようと思っていたからなのです!何のための力なのか、誰と戦わねばいけないのか、はき違えてはいけないのです!」
「……なんと、北郷殿の奥方の一人が豹子頭とは……確かに、豹子頭の雷名は善忍悪忍どちらに対しても多大な影響力を持っております」
「かつて豹子頭に救われた忍はただ正義を成すその姿に感銘を受け、信奉者のようになったと聞きますしな」
「今や彼らの殆どが各派閥の良識派となっている」
「いえ。俺も明命ももちろん協力しますが、台風の目になるのは……俺と明命の息子ですよ」
秘伝忍法帳を巡って激突する半蔵学園と蛇女子学園の忍候補生たち
自分たちの譲れないものをかけて戦う彼女達も、視点を変えてしまえば今ある忍の掟の被害者である
剣と剣がぶつかり合い、叫び声が共鳴する戦場に現れた異形
妖魔
人の本能的な恐怖を具現化したかのような姿の怪物は、少女たちを一蹴する
類まれな性能を持っていたとしても、実戦経験など殆どない少女たちが勝てる道理もなく、地に倒れ伏す彼女達に妖魔の毒牙が迫っていた
異臭を放つ大きな口を開き、不快な肉ひだを蠢かせながら誰を一番最初にかみ砕くかを迷っていた妖魔の身体は、右半分を凍結させられ、左半分を黒い炎が灼いていた
「■■■■■■■■■■■■------ッ!!!」
熱されながら凍らされる痛みに絶叫し悶絶する怪躯、気が付けば妖魔の左右に二人の人影があった
白い和装に身を包み、身の丈ほどもある扇を持った少女と、黒い炎を纏った刀を構える女性
そして、まるで最初からそこに居たかのように、誰にも気づかれないままに妖魔の面前に立っている一人の男
トン、トン、と腰に佩いた長大な刀の柄を人差し指で叩き、呼吸と鼓動を落ち着かせた、次の瞬間
「死になさい。現世に仇為す邪鬼外道」
その場にいる誰もが、一瞬だけその男の刀が光った、そう見えた。そうとしか見えなかった
気が付けば男は太刀を抜刀して振り抜いており、美しい所作で血を払い、静かに納刀する
チン、と完全に刃を納めると同時に、妖魔の全身がバラバラに別け落ちて黒い煙のようになり空気に溶け消えていった
少女たちは戦慄する。たった一瞬の剣閃しか自分たちは近くできなかったのに、その間に何閃したらあんな事になるのか
妖魔を一撃で滅した男は仲間だろう女性二人と一言二言を交わすと、こちらに振り向いて歩きよってくる
その顔には黒い豹の面があり、目の前に立たれ、手を差し出された飛鳥は目を見開いて驚いた
「立てますか?」
「あ、はい……あの、ありがとうございましたっ。えっと…覆面レスラーさん?」
「ふくめ…?あぁ、これは失礼いたしました!無礼ですよね、人前で」
胸の前でパチンと手と手を合わせると、男はその黒い豹の面を外す
日に焼けたような濃い肌の色、紫色の大きな瞳の、人懐こそうな整った顔がそこにあった
「ご無事でなによりです。飛鳥殿も!皆様も!」
「あ、はい…おかげさまで…」
妖魔に向かい合っていた時の剣呑さが全く感じられない、おそらく何歳か年上だろう男の朴訥な雰囲気に、却って飛鳥はあっけにとられる
その間に、ほかの仲間たち、蛇女子学園の生徒たちも青年の仲間の女性に助け起こされ、周囲に集まっていた
「命を救ってくれたことは感謝するが…お前は何者だ?私達と同じ忍なのか?」
「おっと!申し遅れましたね!自分は北郷
「隠密…」
「連合?」
「北郷殿、隠密連合とは、いったい?」
「はい!この度、善忍と悪忍の垣根を取り払い、本当の打倒するべき存在に立ち向かうことを双方の上層部の方々が取り決めました!そして結成されるのが、あらゆる忍を一堂に会した忍の大連合、隠密連合なのです!秘伝忍法帳を巡っての忍び務めはこれにて終了!これ以後忍同士の同士討ちはご法度となります!」
『えええーーーーーーっ!?』
全ての命が、彩ある世界で健やかに生きていけるように
影に血が流れ、悲しい涙を塗りつぶす歴史に終止符を打つために
二代目豹子頭、北郷明楽の戦いはこの日から始まる
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