満開の桜、星が浮かぶ満月の夜。二人きりの空間。今日はお花見をしようって約束している。お昼だと混むから夜に集まることにした。俗に言う夜桜だ。
沙綾たちはまだ来ない。香澄は寝坊して遅れるってメールが来てた。夜桜見るのに寝坊する人って居るんだ。香澄以外からの連絡はまだ来てない。多分時間通りに到着するはず。
「寒くない?」
「はい。大丈夫です」
香澄が代わりを向わせるって言ってたけど、明日香ちゃんからすればいい迷惑だろ。二人きりになるのなんて初めてだし。
何を話せば良いのか分からないし、明日香ちゃんにもきっと気を遣わせてしまってる。
「…………」
こう言うのって好きな人と一緒に見るともっと綺麗に見えるんだろうな。好きな人なんて居ないから分かんねえけど。
「綺麗ですね」
「うん」
「普段何気なく見てる桜よりも遥かに綺麗に見えます」
夜桜は普段見に来ないから新鮮に感じる。見に来て良かった。
「月、綺麗ですね」
「今日は満月だから余計に綺麗だな」
「……そうですね」
会話が止まると聞こえてくる風の音、桜の木々が風で揺れる音。桜吹雪と満月に目を奪われて言葉数が減ってしまう。
「ん? 何か顔に付いてる?」
「あ、いえ……」
じーっと私の顔を見つめている。視線が少し気になる。顔に何か付いてる訳でもないし、何をそんなに見ているんだ?
「前髪に桜付いてますよ」
「え? ん〜と……取れた?」
「取ってあげますよ。目閉じてください」
「ん……んっ!?」
前髪に触れた手の感触よりもくっきりと伝わる唇への柔らかな感触。
「え……え?」
「今日は一段と綺麗ですね。有咲さん」
意地悪気に微笑む顔。今までの会話や仕草を思い返すと全てが伏線だったことに気が付いた。
「〜〜〜っ」
月と桜。みんなで見る夜桜なのに、桜を見ている時間よりも楽しそうに笑っている顔を見つめる時間の方が長かった。
「有咲? どうしたの?」
「……月が綺麗だなって」
「桜じゃなくて?」
「うるせえ」
不意に目線を逸らすと柔らかな微笑みを向けてくる。気付かない訳ないよな。やり返しのつもりだったんだけど、変に負けた気がする。
香澄やおたえの騒がしい声も、沙綾たちやりみの笑い声も。今だけは不思議と静かに感じる。いつも通りにはずなのに、時間がゆっくりと進んでるみたいに感じる。桜吹雪の花弁を一枚手に取って口付ける仕草に心を奪われそうになったのは別のお話。
目も心も奪われた。忘れられないような一生の中の一瞬。
「夜桜も悪くないな」
なんて上から目線で呟いてみたり。