黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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本編
1話 ただ何よりも強く


「はああああッ!!」

 

 張り詰めた空気を切り裂いて甲高い叫び声が上がる。床板を蹴り出す擦過音が断続的に聞こえ、竹刀のぶつかる音が激しく打ち鳴らされていく。多くの門弟が固唾を呑んで見つめるその先では、二人の少年少女が刃を交えていた。

 

 一人は黒髪の少年、黒鉄王馬。

 黒鉄本家の嫡男であり、魔力値は世界でも有数のAランクを誇る。剣士としての才能にも恵まれ、彼自身、何よりも強さを追い求める生粋の求道者。将来この国随一の騎士になることが約束された、誰もが認める天才サラブレッドである。

 

「はあッ!!」

 

 今も、八歳とは思えない動きで相手の懐へ飛び込み、残像すら生じる速度で竹刀を振るっていた。同年代どころか大人でも、下手をすればプロの騎士ですら不覚を取るかもしれない。

 そんな必殺の一撃が少女の矮躯へ叩き込まれようとし――

 

「……遅い」

「なっ!? ――ぐぁッ!?」

 

 寸前、少女は事もなげにそれを打ち払い、逆に王馬の胴を激しく打ち据えた。攻撃直後の無防備な腹を撃ち抜かれた彼は、まるで車に撥ね飛ばされたような勢いで吹き飛び、道場の壁へ叩きつけられた。

 再起不能になってもおかしくないほどの苛烈な一撃。その惨状を見た門弟の一人が慌てて彼に駆け寄り助け起こす。

 

「お、王馬様ッ!! ご無事ですか!?」

「カホッ! ゴホッ! よ、余計な真似を……するな!」

「で、ですが……」

 

 気遣う手を振り払い立とうとする王馬。しかしダメージが大き過ぎるのか、足腰が震えてなかなか身体を起こせずにいた。当然そのままやらせるわけにはいかず、かと言って切り上げて勘気を被るのもたまらず、やむなく門弟は一時中断を宣言した。

 その様子を遠目に見ながら、壁際に並んだ者たちがヒソヒソと言葉を交わし始める。

 

「……な、なんて強さだ。あれがもう一人のAランク、刹那様……」

「なぜ鍛錬に参加されないのか、これまで疑問に思っていたが……」

「多分、力の差があり過ぎたからだろうな。あんなの誰も相手になれねえよ」

「無理もない……。神童・王馬様ですら、あのザマなんだから」

 

 王馬に相対する白髪の少女、名を黒鉄刹那という。彼らの主家たる黒鉄家の長女であり、本来ならば敬意と崇拝を以って接すべき相手だ。

 しかし――

 

 

 

「――そこ」

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 瞬間、弛緩していた空気は一瞬で張り詰め、その場にいる全員が口を噤んだ。彼らが少女を見る目は皆一様に恐怖によって彩られていた。

 

「静かに……して」

「も、申し訳ありません、刹那様!」

「ご無礼をいたしました!」

 

 ……異様な光景だった。

 彼らは何れも、黒鉄の門弟となることを許された実力者たち。相応の強さとそれに付随するプライドを持った一廉の武芸者である。仮にも二回り年下の少女に見下されて、何も感じないような腰抜けではない。

 

「ど、どうか……ご容赦を……ッ」

 

 しかし、彼らがそれを表に出すことは決してない。口にしたが最期、自分の命はここで終わるのだ――と。

 そんな荒唐無稽な予感に押さえつけられ、ただ従順に頭を垂れるしかなかった。今この瞬間この場の全ては黒鉄刹那という怪物に支配されていた。

 

「王馬様……、やはり今日は、このくらいで……」

「二度も言わせるなッ……邪魔だ!!」

 

 ――否、ただ一人だけ、その支配に抗う者がいた。

 彼は震える膝に拳を叩きつけ、竹刀を杖代わりになんとか立ち上がる。

 

「大したことないッ。この程度……すぐに治まる!」

 

 黒鉄王馬は、どんな強者が相手でも決して膝を屈しはしないのだと、眼前の姉を睨み付けた。

 刹那はそんな弟の勇ましい姿を見ながら、三日月のごとく口元を吊り上げる。

 

「……うん、……かなり……手加減した……。立てなきゃ……おかしい……フフ」

「ッ! 貴様……!」

「早く、来て……。時間の……無駄」

「舐、めるなあああッ!!」

 

 王馬は怒りに歯を食いしばり、薄笑いする姉へ突貫していった。その身体は今にも倒れそうなほどボロボロで到底勝ち目があるようには思えない。王馬自身もそれは痛いほど分かっていた。しかしだからと言って、無抵抗に敗北を受け入れることなどできはしない。

 

 今朝方刹那がフラリと道場へ現れたとき、王馬は当初鼻で笑っていた。

 ――『これまで鍛錬から逃げていた臆病者が、今さら何をしにきた?』と。

 

 王馬の価値基準は徹頭徹尾戦いのみに置かれている。

 伐刀者(ブレイザー)として生まれたのなら、武の頂を目指して然るべき。ゆえに、才があるにもかかわらず戦いから逃げた姉のことなど、彼は侮蔑の対象としか見ていなかった。

 

 

「はああッ!!」

「隙、だらけ」

「ガ――ッ!?」

 

 それが、いざ蓋を開けてみればこの結果だ。

 これまで必死に鍛え上げてきた心・技・体、その全てが姉には通用しなかった。岩をも砕く剣技も、残像を生じる足さばきも、魔力による身体強化も、切り札である風の能力すらも……。あらゆる攻撃が受けられ、いなされ、切り払われた。

 自分と同い年の子どもで、鍛錬する姿など見たこともなくて、今も闘争心の欠片も感じられないこの姉が、どうしてこんな力を身に付けているのか?

 何もかもが……理解不能だった。

 

「貴様……、それほどの力……一体どうやって手に入れたッ!」

「??」

 

 フラフラの状態で竹刀を構えながら、王馬は目の前の姉へ叫ぶ。

 

「俺はこれまで、ずっと己を鍛え続けてきた! 毎日毎日、血反吐を吐いて努力し続けてきた! そうしてここまで強くなったんだ! それなのになぜッ、お前は俺よりも強い! なぜ圧倒的強者としてそこに立っている!? 答えろ、黒鉄刹那ああッ!!」

 

 王馬は慟哭しながら竹刀を叩きつけた。そうしなければ自分の中の何かが折れてしまいそうだったから……。

 その必死な姿を見て僅かに考え込んだ刹那は、やがて鍔迫り合いの中、ポツリと呟いた。

 

 

 

「……見て……、覚えた……」

 

 

 

「…………は?」

 

 思わず王馬は竹刀を取り落としそうになる。

 気にする様子もなく刹那は続ける。

 

「鍛錬は……自分一人で、やっていた。……他人と一緒に……やらなかったのは、……一人の方が……上達が早いから。……剣術も魔術も……見て……覚えた。……やったら……すぐ、できた……」

「な……にを……」

「……それで今日は……ちょっと、暇になったから……遊びにきた。……弟が……付き合ってくれて……とても楽しかった。…………王馬は、どう? ……“遊び”、楽しかった? フフ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 なにを……言っている……?

 

 見て……覚えた?

 やってみたらできた……だと?

 自分がプライドを捨てて頭を下げ、教えを乞い、必死の思いで手に入れたそれを――否、それ以上のものを――見様見真似で身に付けたというのか?

 

 さらには言うに事欠いて、暇になったから“遊び”に来た……だと?

 強くなるため必死で足掻く自分の姿を、こいつはただの“遊び”と言い捨てたのか?

 己以外の有象無象の戦いなど全て下らないお遊びであると、そう見下して笑っているのか、この女は!!

 

「……ざ……るな……」

「……?」

「ふざけるなああああッ!!!!」

 

 叫びとともに王馬の身体から大量の魔力が立ち昇り、二人の竹刀が粉々に砕け散った。そうして柄だけになったものを、王馬は忌々しげに投げ捨てる。

 互いの武器が同時に消失するという結果。本来ならばここで試合は終わりである。

 

「来いッ、《龍爪》!!」

「おっ……と。……フフ……まだ、元気……」

 

 しかし王馬は固有霊装《龍爪》を顕現させると、躊躇いなくそれを一閃、刹那の身体を大きく弾き飛ばした。

 ざわり、と道場内の空気が揺れる。着地した彼女の胴衣の裾は大きく斬り裂かれ、額からは一筋の血が流れていた。それは幻想形態であれば決して起こり得ない事態。王馬は逆上のあまり、霊装を実像で展開して姉に襲い掛かったのだ。

 

「お、王馬様ッ!? 何をなさいますかッ!?」

「おやめください! こんなところで固有霊装(デバイス)を、それも実像形態で使用するなど!」

「御父上に知られればどうなるか! 若ッ、すぐに消し――」

「邪魔をするなああッ!!」

「があああッ!?」

 

 諫言は一蹴され、門弟たちは吹き飛ばされた。全員が道場の壁に激しく叩きつけられ、中には少なくない血を流している者さえいた。

 しかし王馬はそれを一瞥すらしない。門弟の惨状も父の叱責も、今の彼にとっては些事でしかなかった。他の何を捨ててでも眼前の姉を打倒する、今頭にあるのはその一念のみ!

 

「もっとだ! もっと……力を……!」

 

 その想いに呼応するように、王馬の身体から大量の魔力が溢れていく。先ほどまでの彼とは一線を画す圧倒的な魔力の奔流。それは室内を暴れ回り、うねりを生じ渦となり、ついには巨大な竜巻となって道場の屋根を突き破った。

 心が折れるどころか、ここにきて王馬は限界を乗り越え、新たな能力に目覚めたのだ。

 

 竜巻を発生させ、周囲全てを弾き飛ばす《風神結界》

 風の鎧を纏い、相手の攻撃から身を守る《天竜具足》

 不可視の刃を飛ばし、敵を幾重にも切り刻む《真空刃》

 

 そして――

 

「俺はッ、貴様などには絶対負けん! 武を愚弄する貴様などに、俺の刃が破れてなるものか!」

 

 激しい風を纏いながら、王馬は両手に持った野太刀《龍爪》を頭上へ掲げた。霊装が輝き、周囲を旋回していた暴風が共鳴・収束していく。

 半径数十メートルに渡り吹き荒れていた竜巻は徐々にその範囲を狭めていき、やがては巨大な力を秘めた風の柱となって王馬の全身から立ち昇った。

 

 発動すれば辺り一帯が確実に吹き飛ぶ必滅の一撃。

 人の身では決して抗えない、大いなる力の具現。

 瓦礫と化した道場に倒れ伏す門弟たちは、皆一様に空を見上げ絶望の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「…………クヒッ!」

 

 

「……ッ!?」

 

 だが忘れるなかれ。ここにはもうひとり人外が――――否、埒外の生物が存在していたのだ。

 額から流れる血もそのままに、刹那は顕現した弟の力を見て笑っていた。

 

「あはッ……すごい、すごい……! なに……それ! 負けるのが悔しくて……急に強くなった……の!? ……すごい、王馬! ……よく、頑張った! クヒヒッ!」

 

 それは、歓喜だった。

 触れただけで肉片と化す圧倒的暴威に曝されながら、その顔には欠片の恐怖も浮かんでおらず、少女は心底嬉しそうに嗤っていたのだ。

 まるで、『ようやく面白くなってきた』と言わんばかりに……。

 

「ッ……この期に及んでも、なお侮るか!」

 

 限界を超えた力をも見下され、彼の心に残っていた最後の枷が解き放たれる。もはや一片の慈悲すら与える必要なし!

 

「良かろう! ならば最期までその驕りを抱いたまま、塵となって消えゆくがいいッ!! 黒鉄刹那ッ!!」

 

 そして王馬は、天高く掲げられた風の大剣を、力の限り振り下ろした。

 

 

 

 

月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)ッ!!!!」

 

 

 

 

 ――轟ッ!!

 

 50メートルを超える極大の刃が、たった一人の人間に向けて振るわれる。大気を引き裂き、暴風を巻き込み、少女に向かい真っ直ぐに突き進んでいく。着弾した瞬間、一帯は真空の刃によって全て切り刻まれるだろう。

 もはや何をもってしても防御など不可能!

 王馬はそう確信し、自身の勝利を想って口の端を吊り上げ――

 

 

 ――――ッ。

 

 

「…………?」

 

 そのとき彼の耳は、確かにその音を捉えていた。

 ……眉をひそめる。

 吹き荒れる暴風によって周囲は轟音に包まれている。そのような小さな音が聞こえてくるはずがない。

 しかし彼の耳には、間違いなく“それ”が届いていたのだ。

 

 

 

 ――キ…………ン……ッ!

 

 

 

 刀の鯉口を切る、冷たく重い金属音が……!

 

「――ッ!」

 

 王馬の背すじがゾクリと震えた。

 それは彼が生まれて初めて感じる、本能が発する恐怖であった。

 

 

 

 

「来て――――■■」

 

「あ……」

 

 その声が聞こえた直後、“それ”は唐突に始まり――そして、瞬きの間に終わっていた。

 いつの間にか刹那の手元に現れていた霊装。

 鍔も鞘も刀身も、全てが白一色に染まった刀が、彼女の手で抜き打たれた瞬間。

 

 音は――――聞こえなかった。

 ただ王馬の意識のみが、この上なく流麗に振られた抜刀の軌跡を、朧気ながら捉えていた。

 そこから生じた剣閃は、彼の全力たる伐刀絶技(ノウブルアーツ)とぶつかり合い、何ら拮抗することなくそれを食い破る。白の刃はそれでもなお止まらず、雨も風も残らず薙ぎ倒し、やがて少年の視界いっぱいまで迫った直後、

 

 

 ――――カッッッッ!!!!

 

 

 内包する力の全てを炸裂させたのだ。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ッ…………ハッ!!!?」

 

 次に王馬が目を覚ましたとき、視界に映るのは抜けるような青空だった。自身が創り出した嵐などすでになく、当然ながら右手の霊装も掻き消えていた。身体は力なく大地に横たわり、自由に動かせる箇所など一つもない。

 そこまで把握したところで、ようやく彼にも理解が及んだ。

 

 ――自分は敗けたのだ、と。

 

「――ッ! ……ちく……しょう……ッ!」

 

 久しく感じることのなかった苦い敗北感。王馬は唯一動く口の端を歪め、血を吐くように呻きを上げた。

 ……ただ負けたことのみが悔しいのではない。

 何より今彼が腹立たしいのは、結局最後まで、姉に“戦い”をさせられなかったことだ。

 

 実像で放ったクサナギを押し退けた以上、刹那の攻撃もまた実像であったことは間違いない。……にもかかわらず、まともにくらった王馬の身体は五体満足で残っていた。

 これはつまり、刹那が彼の攻撃を破る、ギリギリの強さで技を繰り出したことに他ならない。王馬の力量を正確に測り、突発的な成長すらも読み切り、身体を撫でる程度に調節した一撃をあの一瞬で放った。結果として王馬の肉体には傷一つなく、意識のみを飛ばされる程度に収められたのだ。

 それはすなわち――

 

(結局、最初から最後まで、奴の掌の上だったということか……ッ!!)

 

 その気になればあの姉はいつでも自分を倒せたのだ。

 まさに先の言葉通り、姉にとってこの戦いなど単なる“遊び”に過ぎなかった。王馬が必死に足掻き、喰らい付いている最中、刹那は力の半分すら出さず、全てを笑い混じりにあしらい愉しんでいたのだ。

 彼女にとっての“戦い”など、まだ始まってすらいなかったのだ!

 

 あまりの屈辱感に王馬の身体は打ち震えた。

 ……しかし、その怒りを刹那にぶつけることなどできない。できるはずがない。

 戦いは結果のみが全て。敗者に文句を言う権利など有りはしない。見下され、遊ばれたことにどれほどの憤りを覚えようと、結局悪いのは弱かった王馬自身なのだから。

 

 ……ゆえに、敗北者たる彼に今できることは、この怒りを呑み込むことと、悔しさを糧とすること。

 そして――

 

 

「ッ――いいか黒鉄刹那ッ!! 俺はいずれ必ず、貴様を叩きのめす!! 貴様がどれほど強大であろうとも……、どれほどの化け物であろうとも……、俺は俺の全てを以って、必ずそれを越えてみせるッ!!」

 

 ――有り余るこの激情を忘れぬように、憎らしい姉へ宣言することだけだった。

 

「いつか俺が力を付け、再び貴様に挑んだとき! そのときこそが貴様の最期だ! 首を洗って待っておけッ!」

「…………」

 

 刹那は何も言わない。その闇色の瞳からは何の情動も感じられなかった。

 おそらくこの天才の姉は、不出来な弟になどもう何の興味も無くなったのだろう。

 ……構わない。もとより返事など求めていない。

 これは彼が彼自身のために行う、己が魂への誓いなのだから。

 

「お前は、必ず……俺が倒す! ……せいぜい、それまで……誰にも、殺されないよう…………気を付ける……こと…………だ…………な……ッ」

 

 ゆえに王馬は、内心などおくびにも出さぬよう、最後の最後まで憎まれ口を叩きながら、その意識を落としたのだった。

 すまし顔のいけ好かない姉を、いつか絶対打倒してやることを心に誓いながら……。

 

 

 

 ……後に《風の剣帝》と呼ばれ、世界に名を轟かせる修羅の男・黒鉄王馬。

 彼の長きに渡る求道の人生は……、最強の姉を追いかける果てのない茨の道は、今この瞬間に始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 そして、その弟からラスボス認定された姉の方はといえば……、

 

 

 

(……おかしい……。あまり……仲良くなれた……気がしない……?)

 

 

 

 更地に一人佇み、不思議そうに首を捻っていた……。

 

 

 

(なんで……だろう? 強くなれば……仲良く、なれるんじゃ……ないの? ……なんだか、王馬……怒ってた?)

 

 数年ぶりに顔を合わせた弟と、出会って五秒で戦いとなったことについて思い悩む。

 ……いや、別に戦ったこと自体は良いのだ。刹那だって戦いは嫌いではないし、無視もせずあちらから誘ってくれたことは素直に嬉しかった。

 しかしどうにも、王馬の機嫌が悪そうだったことが気にかかる。一言喋るごとに眉間にしわが寄っていたし、……最後は険しい顔で『叩きのめす』なんて言われてしまったし……。

 

「うー……ん」

 

 刹那は暫し考え込む。一体何がいけなかったのだろう、と。

 しかし結局最後までその答えは分からず、仕方なく彼女は次善の策に出ることにした。

 

(…………よし。……とりあえず……手当てして……あげよう。……戦いの後の……友情は……ジャ〇プでも……定番。……きっと……仲良く……なれる……はず……)

 

 彼女はグッドアイデアとばかりに嗤いながら、弟に手を伸ばそうとした。

 

 

 

「せ、刹那様……ッ!!」

「……ぅん?」

 

 だがそこへ、後ろから見慣れぬ大人――確か門弟の一人だったか?――が、蒼い顔で話しかけてきた。否、叫んでいた。

 まるで何か恐ろしいものでも目にしているように、ガタガタと身体を震わせながら。

 

「…………な……に?」

「あ、あの! こ、これ以上はもう……。……えっと……あ、あとは我々が、お世話しますので……、その、今日のところは……!」

「…………」

 

 どうやら彼は王馬の手当てをしてくれるつもりらしい。なるほど、弟への親切はとてもありがたい話。普段であれば諸手を挙げて歓迎するところだろう。

 ……が、できれば今だけは遠慮して欲しかった。彼女はこれから弟と数年来の隔絶を埋めようとしているのだ。今この機を逃してしまえば、次などいつになるか分からない。

 

 ……え? 『また改めて誘いに行けば良いじゃん』って?

 馬鹿野郎、コミュ障が自分から声をかけられるわけがないだろう。こういうイベントや切っ掛けがなければ会話なんて無理なのだ。何気ないお喋りができるのなんてリア充だけなんだよ、チクショウめ!

 刹那はそんな想いを込めて視線を送った。

 

「…………(ジーーー)」

「ひ、ヒィぃ!?」

 

 

 ――お、おいッ、あいつヤバイんじゃないか!? こ、殺され……ッ。

 ――さ、さすがに……それはないだろ……。結果として、助けてくれたわけだし……。

 ――いや……ただ戦いに夢中だっただけじゃ……。

 ――おい、やめろッ。聞こえるぞ!

 

 

「どどッ、どうかお願いします、刹那様ッ! お、お慈悲をッ!!」

「………………。はぁ……」

 

 どうやら駄目だった模様……。確かに彼らの方が、刹那よりずっと王馬との付き合いは長い。ならばこの反応もむべなるかな。傷付いた仲間の世話を、ポっと出の女に任せたいとは思うまい。

 刹那は溜め息を吐きつつ、軽く手を振った。

 

「……わかっ……た。…………早く……連れ、てって……」

「! ははッ、はいぃッ!!」

 

 門弟たちは慌てて王馬を担ぐと、凄まじい速さで走り去っていった。

 ときおり蒼い顔で刹那の方を振り返りながら、

 

『な、なんと恐ろしい……』

『やはり黒鉄の血は異常』

『姉弟どっちもヤバイ』

『さっきの見る限り、王馬様も危険では?』

『いや、アレに比べればよほどマシ』

 

 などと……、よく分からないが、そこはかとなく失礼なことを叫びつつ、彼らは一目散に駆けていってしまった。

 その姿を見送りながら刹那は軽く落ち込む。

 どうやら王馬だけでなく、家人全員から自分への印象は悪いようだ。これはなんともマズイ事態である。おそらく自分に何か至らない点があり、それが王馬と彼らの好感度を著しく下げているのだろうが……。

 

「なんで……だろう……?」

 

 このままでは今後の行動にも差し障りがある。そこで刹那は、ここまでの自分の行動指針を振り返ってみた。

 その概要は、大まかに以下の通りである。

 

 

※ 口下手で弟妹とうまく話せない。

 → でも仲良くなりたい。

 → 会話以外に良い方法はないか?

 → 黒鉄は武門の家。

 → 強い者が尊ばれる。

 → 強くなれば、人気者になれる?

 → 弟妹たちとも……、仲良くなれる……!

 (ミッションコンプリート!)

 

 

 過去に三徹して練り上げたこの計画。

 改めて考えてみて、刹那はう~んと首を捻った。

 

「…………やっぱり……間違っては……いない……はず? ………………いや、ダメ……ここで思考停止……しちゃ、いけない……。常識にとらわれず……発想を……変えてみる……」

 

 他人に話せば間違いなく、『まずお前は常識を学べ』と言われるところであるが、自分の思い込みを疑うことができた点は、彼女の確かな進歩であった。

 

 ゆえに、刹那は考えた。

 深く深く、考えた。

 考えて、考えて、考え抜いて……。

 やがて、普段大して使わない頭が煙を吹き始めたとき、

 

「ッそ……そう……か……! 強くなれば……即、人気者になれる……なんて……安直過ぎる……考え……だった!」 

 

 

 ――刹那はようやく、自分が酷い思い違いをしていることに気が付いたのだ。

 

 

「要するに……! この程度の……強さじゃ! ……人気者には……なれないんだ……!」

 

 

 ――しかしそれは、全くの的外れだった!

 

 

「ならもっと! ……強くなるしか……ない、よね……! ……血なんか……流さないくらい、強く……! 伐刀絶技(ノウブルアーツ)を……素手で、殴り返せるくらい……強く……! そして……この世界の誰よりも……強く、なれば……!」

 

 そうなればきっと、長男だけでなく、『100メートル先の竹藪から見ていた次男』とも、『500メートル先の屋敷で震えていた次女』とも、絶対に仲良くなれるはず! 刹那は期待に鼻息を荒くした。

 

 ……え? 両親? いやー、あっちはちょっと……。多分話とか通じそうにないし、今のところ期待薄……。

 それよりも刹那はまず、()(さら)で純粋な兄妹たちとこそ友誼を結びたかった。

 そのためにも今はとにかく、修行、修行、修行!

 子どもは強いヒーローに憧れるもの。ならば自分は最強の騎士となって、世界一頼れるお姉ちゃんとして慕われてやる。そしてそれを達成したときこそ、仲良し黒鉄四姉兄弟妹(よんきょうだい)爆誕の、記念すべき日がやって来るのだ!

 

「クフフフッ……待ってて……ね……、マイブラザー&シスター……。私は、絶対……あなたたちと……仲良くなって……みせる、からッ!」

 

 こうして黒鉄刹那は、ますます間違った方向へ向け、全力で爆走を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 ――これは、圧倒的コミュ障を患ったアホの子が、弟妹たちと仲良くなるため修行に励み……、修羅と化し……、やがて最強のラスボスとなっていく、ハートフル残念ストーリーである……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……先に会話能力磨けよ、とか正論を言ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:『主人公の言語解説』

「……そこ(の人たち)……(集中して)静かに(観戦)して。(よそ見すると危ないよ?)」

「うん……(念のため)かなり……手加減した……。(だから、王馬ほどの力があれば)立てなきゃ……おかしい……(さあ、応援してるから頑張って)フフ」

「早く、来て……。(寝ていたら、せっかくの交流)時間の……無駄」

「鍛錬は……(寂しいけど)自分一人で、やっていた。……他人と一緒に……やらなかったのは、……(コミュ障なのでむしろ)一人の方が……上達が早い、から。……剣術も魔術も……(道場を遠くから)見て……覚えた。……(毎日10000回反復練習)やったら……すぐ、できた……(頑張った)」

「……それで今日は……(一段落ついて)暇になったから……(勇気を出して)遊びにきた。(忙しそうだったから帰ろうとしたけど)弟が……(わざわざ時間作って)付き合ってくれて……とても楽しかった。……王馬は、どう? …………(お姉ちゃんとの)遊び、楽しかった? フフ」


(注)
刹那にとって『鍛錬』とは苦しいものではなく『楽しいこと』。
楽しいことであれば、それはすなわち『遊び』。
ゆえに彼女にとって、『鍛錬』=『遊び』という認識。
何の苦も無く、24時間365日全力鍛錬が可能な頭ヤバい子。


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