黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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11話 つまるところ全員倒せば問題ない

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「フ、フフ……。……うふふふ…………、……ウフフフフ……ッ!」

 

 

 ――黒鉄本家・敷地内。

 闘技場から2kmほど離れた森の中にて……。

 

 

「~~~~ぃやっっっったああああッ!! FUUUUUUーーー!!」

 

 

 白髪の少女が一人、ハイテンションで跳ね回っていた。両脚に魔力を集中して、高い木々の間を手加減なしに縦横無尽。普段の無表情と違って今は僅かに微笑を浮かべているため、その姿は歳相応にあどけなく可愛らしい。

 

 

「一輝が……立ち上がって、くれた! 私の顔に傷を付けてッ……いつか殺すと、宣言してくれた……! 嗚呼……なんて素晴らしい日ッ!」

 

 

 ……血濡れで物騒な発言を繰り返しているため、傍から見ればホラーも斯くやという恐ろしい光景だったが……。だいたい弟は『倒す』と言っただけで、『殺す』などとは一言も言っていない。なのに少女の脳内では自動で殺伐方向に変換されており、しかもそれを悲しむどころか喜ぶという異常さよ。

 彼女が人並みのコミュニケーション能力を得るには、まだまだ長い時間がかかりそうだった。

 

 

 

 ――閑話休題(それはさておき)

 

 

 あの騒動が終わった後のことを説明しよう。

 一輝が気絶した後、彼の身柄を王馬にポンと預けた刹那は、魔力の翼を展開してさっさと闘技場から飛び去った。あれ以上あの場に留まり続けていれば、般若みたいな顔した妹に襲撃されそうだったし、……何より、あそこで刹那がすべきことは全て終わっていたからだ。

 

 今回の騒動における刹那の狙い。

 模擬戦を行うに当たっての彼女の目的はいくつかあったが、それらは概ね達成されたと言って良かった。

 羅列すると以下の通りである。

 

 

 ① 魔力が少なくても格上に勝てることを証明する。

 :この騒動の一番の目的。魔力皆無の状態で赤座に勝利することで、Fランクの一輝に将来への希望を持たせた。

 

 

 ② 一輝に目をかけていることを大衆の前でアピールする。

 :以前、親戚の子ども連中にやった方法の拡大版。刹那への恐怖が大きくなればなるほど、比例して一輝への手出しは少なくなるだろう。加えて、全国放送で虐めをアピールしたことにより、風評を気にして一輝への迫害が下火になることも狙った。

 

 

 そして③、『自分なんかが騎士を目指してはいけないのでは?』という、一輝の自罰的傾向を払拭する。

 

 :これに関してのみ完全には達成できなかった。あの子が長い間受け続けてきた心的外傷が原因であるため、今すぐ元通りというのは難しい。

 ゆえに今回は、『理不尽に対する怒り&負けん気』という形で立ち上がってもらうことにした。『ムカつく姉をブッ飛ばす』という当面の目標があれば、しばらくは後ろ向きなことを考える機会も減るだろう。

 当然、根本的な解決にはなっていないが、そこは王馬と珠雫の二人に何とかしてもらう予定だ。同じく姉への反発心を持つ兄弟妹(きょうだい)で共に歩んでもらえば、一輝の精神が安定することも充分期待できるだろう。珠雫は元より、今日の様子を見る限り王馬の方も多少は気にかけてくれているようだし、悪いようにはなるまい。

 ……いわゆる丸投げとも言うが。

 

 

「ま……私は今回、で……確実に嫌われた、だろうけど……」

 

 本音を言うなら刹那だって仲睦まじい兄弟の輪に加わりたかった。

 ……しかし他に良い方法も思い付かなかった以上、この際贅沢は言ってられない。いろいろな問題が片付いた後、5年後(?)、10年後(?)、辺りにまた仲良くなれることを期待しよう。

 

「……だから、今は……、最後の仕事を……やらないと、ね」

 

 気配を察知した刹那は興奮を鎮め、正門へ続く道に眼をやった。彼女が昨日列挙した諸条件――弟の未来を開くためにクリアしなければならないハードルはもう一つ残っているのだ。

 

 そう――

 

 魔力が低いことへの諦観と……。

 迫害してくる親族たちの悪意と……、

 自分自身を否定する一輝の心と……、

 そして最後に残っているのが――一番大きなこの案件。

 

 最も困難なその障害を取り除くべく、彼女は再び元凶と対峙したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……厄介なことをしてくれたものだな、刹那」

「お帰り……父上。……ずいぶん……早かったね? ホームシック?」

「答えろ、刹那。なぜこんな真似をした?」

 

 部下の一人も伴わず、帰宅したその足でここまでやってきた父・黒鉄厳。彼は娘の軽口に付き合うことなく、矢継ぎ早に質問を投げかけた。

 出張の予定を切り上げて急遽戻ってきただろうに、そんな焦りを全く感じさせず――それどころか、全身血濡れの娘を心配する素振りさえ見せない。

 

 これは冷徹な性格ゆえの子どもへの無関心なのか……?

 それとも、自分の子ならこの程度の傷は大丈夫、という信頼の証なのか……?

 

 判断に困るところではあったが、もはや刹那にとってはどちらでも良かった。むしろ前者の方が都合が良いと言えるかもしれない。

 ……何しろ彼女はこれから、父親への決別宣言(とんだ親不孝)をやらかそうとしているのだから。

 

「なぜこんなことを……したか? ……あの放送を、見たなら……分かってる、でしょ……? フフッ」

「…………」

 

 顔を顰めてこちらを睨む父に対し、刹那は意識して不遜な表情を浮かべた。

 

「あの小男が……私の所有物に手を出して……ムカついたから……。それと……最近相手になれる奴が、いなくて……退屈、だったから……。二重の意味での……ストレス、解消かな……? もちろんそのままだと……一瞬で、終わっちゃうから……ハンデは付けたよ……? おかげでアレ相手でも……そこそこは、楽しめたかな……。クヒッ」

「ッ……!」

 

 これまで見せたことのない娘の薄ら笑いに、鉄の仮面が微かに揺れた。

 初めて見る父の動揺する姿。狙い通りのその様子を見て取って、少女は外面と同様、内心でほくそ笑んだ。

 

(そうだ……父上。……もっと私を……不気味に、思え。……あなたにとって、……私はもはや、何をするか分からない……、得体の知れない、存在……。そう思われないと、いけない……)

 

 一輝に対する父の妨害を止めるために、刹那は今更、“父子の話し合い”なんて穏便な手段を取るつもりはなかった。

 当然、一輝と厳を直接対面させるつもりもない。どうせこの父は言葉足らずでまた誤解を招くだけだろうし……。よしんば、口下手な刹那がなんとか間を取り持ったとしても、笑えないことに、何の解決にもならないからだ。

 なにせFランク(一輝)が強くなることそれ自体が、父にとって不都合の塊なのだ。正確なコミュニケーションが取れたところで、傷心の一輝を余計に傷付ける結果になるだけ。

 ならば、刹那が今すべきは話し合い(そっち)ではなく脅迫(こっち)

 すなわち――自身の実力と風評を利用し、父と敵対してでも妨害を排除することだった。

 

「…………刹那、……一輝に言っていたあの言葉も、本心か?」

「ンン? どれの、こと? 『黒鉄の門弟なんて、雑魚』って……言ったこと? 『AランクもFランクも、誤差の範囲』って言ったこと? 『さっさと鍛えて強くなれ』って……命令したこと? それとも……、『いつか私を殺しに来い』って、派手に煽ったこと? ……ん~~……たくさんあって……どれだか、分かんないなあ?」

 

 空惚けて笑う刹那の顔を、厳の鋭い視線が射抜く。

 

「全てだ……。あの場でお前が言ったこと、全てが黒鉄の意に真っ向から反している。……以前私が言った言葉を、お前は聞いていなかったのか?」

「ああ……、一輝が下手に頑張ったら……困るって、話……? Fランクが強くなったら……秩序が乱れるとか、なんとか」

「そうだ……。お前の一輝への指導も、『弟の弱さに憤り、最低限の稽古を付けるだけ』と判断したからこそ私は黙認していたのだ。しかしお前の真意があの言葉通りだとしたら、もはや見過ごすわけにはいかん。……これ以降、一輝への指導は全て禁ずる。珠雫や王馬を関わらせることも許さん。そして一輝は元通り、一般人として生活させることとする。……文句は言わせんぞ?」

「…………」

 

 以前父から聞かされた、魔導騎士の秩序に関する話――

 正直、感情面を排して述べるなら、父の言うことも分からないではなかった。

 

 ――才能に乏しい者が枠を超えようと無謀な壁に挑んだ挙句、惨たらしく破滅する。

 ――仮にうまく行った場合でも、今度は増長した者たちが下克上などを企図し、世の調和が乱れる恐れがある。

 

 それらの歪みがいずれこの国に甚大な被害を齎すとすれば、確かに父の言うことも一理あるのだろう。そのために身を捧げる父の姿は立派なもので、刹那としても一定の敬意を抱いていた。

 

 …………。

 

 しかし――

 

 それら全てを理解した上で、しかし――――刹那はその言葉を言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなモン…………私の知ったことか」

 

「…………なんだと?」

 

 考える間もなく自然と声が出ていた。気を張って無理に演じていた先ほどとは違う。ここだけは彼女の、本心から出た言葉だった。

 

「……秩序? ……国の安定? ……ハッ! なんでそんなもののために……やりたいことを……邪魔されなくちゃ、いけないの……? 私は思う通りに……、したいことを、するよ?」

 

 ……そうだ。もっともらしく道理だの秩序だのと、小難しい理屈を並べたてられたところで、結局のところ彼女が動く理由など、たった一つに集約されている。

 すなわち――見知らぬ他人(そんなもの)のために弟が迫害されるなど、我慢ならない!――と。

 

「だいたい、さ……父上? 伐刀者の秩序、秩序って……言うけど……、そんなのすでに……割と崩壊、してるでしょ?」

「? ……どういう意味だ?」

「アハッ! 本気で……言ってるのッ?」

 

 本気で訝しげな厳に対し、刹那は失望混じりの嗤いを叩き付ける。やはり年頃の娘と父の価値観は、どこまでも相容れないようだった。

 

「民を守るはずの騎士や、その卵が……、『強者は何をやっても許される』って、笑いながら……一人の子どもを、迫害してるんだよ……? その上トップに至っては……そんな犯罪行為を……『ちょうどいいから』、なんて……黙認している始末……。――ねえ? これのどこを見て、『秩序が保たれている』なんて、寝言を言ってるの? ……教えてよ、良識ある伐刀者の元締め殿?」

「…………」

 

 刹那は聖人君子などではない。

 どころか、自身の楽しみの方を優先する愉快犯寄りの人間だと自負している。最低限の善性こそあれ、仮に『弟妹とそれ以外のどちらか選べ』と言われたら、躊躇なく弟たちの手を取るだろう。

 ましてや彼女にとって普段関わる“他人”と言えば、弟を虐げる黒鉄の親類たち(クズども)なのだ。そんな連中のために大事なものを犠牲にする奇特さなど、あいにく彼女は持ち合わせていなかった。

 

「……お前が何を思おうとも、黒鉄の方針は決して変わらん。国防を担う責任者として、我々は今後も調和に仇なす者を排除していく。……それがたとえ、ただ強くなりたいと願うだけの子どもであっても」

「ふーん? ……なる、ほど」

 

 それでもなお、父がそれを承服できないと言うのなら…………、仕方がない。

 

「だったら……さ、……父上?」

「……?」

「あなたがそんなに……心配だって言うんなら……、

 

 

 

 

 

 ――代替案を……提示しようか……?

 

 

 

 

 

「……なんだと?」

 

 訝しげな視線を寄越す父に対して、刹那は『会心の方法だ』と言わんばかりに、その秘策を言い放つのであった。

 

 

「――――、~~~~!!」

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 なお余談として……。

 娘がその“代替案”とやらを述べた瞬間、厳格で知られる黒鉄家当主が良いわけねえだろッ!(見事なツッコミ)を披露した、という噂があるのだが……。

 

 生憎その場にいたのが父娘二人(コミュ障)だけだったため、真偽のほどは定かではない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――そしてそれから、数年余りの月日が流れ……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめえら! 死にたくなかったら動くんじゃねえぞッ!!」

 

 休日の昼下がり、とあるショッピングモールのイベント会場に、品のない叫び声が響く。男の手には霊装と思しき大剣が握られ、周囲には青い顔の買い物客が数十人、両腕を縛った状態で座らされていた。さらに壁際では武装した男たちが十人以上、蟻の子一匹逃がさないよう銃口を向け、血走った目を爛々と光らせていた。

 ……紛うことなき、人質立てこもり事件の現場であった。

 

「……あぁ、……最悪だ」

 

 そんな様子を物陰から眺めながら、少年は渋い表情で小さく呟いた。

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 少年は魔導騎士の卵だった。

 とある名門伐刀者家系の分家に生まれた彼は、将来立派な騎士となって人々を守るべく、幼い頃からひたすら鍛錬に打ち込んできた。伐刀者ランクはEランクと低かったが、『努力次第でいくらでも強くなれる』という有名な伐刀者の言葉を信じ、将来のために一歩ずつ着実に努力を重ねていた。

 

 ――が、そんな真っ直ぐな生き方は、ある日突然閉ざされることになる。

 

 少年が十歳になった頃。親戚の子どもたちが一堂に会し、交流会が開かれる機会があった。そこで彼は本家の子息と一対一の模擬戦を行い、完膚なきまでに負かされてしまったのだ。

 まあ、結果自体は順当なものだ。こちらがEランクであるのに対し、相手の子息はCランク。自分の攻撃は大したダメージも与えられず、逆にあちらの攻撃は造作もなく致命傷を刻んでくる。少年は生まれて初めて、ランク(才能)の差というものを実感して涙を飲んだ。

 

 

 ……それだけならば、まだ良かった。

 本家が分家より才能に優れるのは、誰もが知っている常識だったし、現時点で及ばないのは仕方ない。力が足りないのならば、また鍛え直せば良いだけなのだから……。

 

 彼が耐えられなかったのは、本家やその近縁の者たちが見せる、酷い立ち振る舞いだった。自分を特別視し、驕り高ぶることは当たり前。分家の者への暴言や奴隷扱い、理不尽な命令などは日常茶飯事だったし、酷いときには暇潰しに暴力を振るわれることすらあった。

 加えて、周囲の大人たちはそれを注意するどころか、当然とでも言うような態度でおもねり、追従する始末。分家の子が反抗しようものなら、まるで犯罪者を扱うかのごとく押さえ付け、罵倒し、本家のお偉方にペコペコと頭を下げる。そしてその場の誰も、そのことに疑問を抱く素振りすらない。

 おそらくはこの集まりも、分家の子らに自分の立場を理解させるための、親類総出での調教(躾け)のようなものだったのだろう。帰宅後、彼が両親へ不満をブチまけた際も、二人はただ申し訳なさそうに目を伏せるだけだった。

 

 

 

 ……彼は絶望した。

 己の非才にではない。そんな横暴がまかり通る伐刀者という世界に……。自分が憧れ、ひたむきに目指した夢の場所が、見栄と欲に塗れた俗物のように感じられ、心底失望したのだ。

 

 以来彼は、己を必死で鍛えることをやめてしまう。最低限のノルマは熟すものの、それは他人から見咎められないためのポーズに過ぎず、何ら身にはなっていなかった。誰に対して憤っているのかも分からず、空しい愚痴を口癖のように繰り返し、無為な時間を惰性で過ごす日々。

 そしてそれは今、この瞬間ですら変わらない。

 

 

 

「はははは! 勇気あるなあ、坊主! お馬鹿なお友達を庇ってやるなんてよおッ!!」

 

「…………あぁ……最悪だ。――コフッ」

 

 敵の伐刀者に反抗した挙句、一瞬で制圧されてしまった本家のドラ息子たち。彼らを助けようと飛び出し、返り討ちで叩き斬られたこの状況でも、少年は力なく同じ言葉をこぼすしかなかったのだ。

 

 

「(…………お、おいッ、どうすんだよぉ! このままじゃ俺たち殺されちまうぞッ!)」

「(し、知らねーよ! 俺に聞くなッ!)」

「(はあッ!? お前が最初にイベント行こうって言い出したんだろ!?)」

「(オメーだって乗り気だっただろうがッ! 人に責任押し付けんなや、ボケ!)」

「(ンだと!?)」

「(やめろよ、二人とも! 刺激したらヤバイッ!)」

「(うるせえ! 『テロリストくらい余裕!』って言い出したのは誰だよ! 一番の戦犯はお前じゃねえか!!)」

「(はあッ!? ふざけんな、ブッ殺すぞ!)」

 

 

 横たわる少年の後ろでは、ドラ息子たちが互いに責任を押し付け合っている。この状況で小声で叫んで罵倒し合うという、なんとも器用な真似を披露しているのを、笑えば良いのか嘆けば良いのか……。

 

(……いや、何も笑えないよ。……ああもう、なんでこんなことしちゃったかなあ、僕)

 

 そもそも……、助ける気なんぞさらさらなかった。

 少年が彼らと同じ場所に遊びに来てしまったのも偶然であり、幸いなことに存在を気付かれてもいなかった。物陰に隠れてテロリストの目からも逃れられていたので、隙を見てうまく逃げ出せば、誰にも見つからず危機を脱することも充分可能だったろう。

 自分の命を第一に考えるなら、間違いなくそうすべきだった。

 

「いや~~、少年の勇気にオジサン感動したぜ! ご褒美として、そいつらは全員同時に斬り殺してやろう。お友達といっしょなら向こうでも寂しくないだろ? ほら、喜べよ!」

「ヒぃッ!? ――まま、待って! こ、こいつでッ! 殺すんなら、この無能野郎の方でお願いしますッ!」

「そそ、そうっスよ! 俺ら良いトコの生まれなんでッ。い、生かしとけばいろいろ交渉材料になりますよ……!」

 

「………………」

 

 おまけに、助けに来た知り合いまで平気で犠牲にしようとするクズっぷり。こんな連中を命がけで守ってやる義理など、少年には欠片もないはずだった。

 

「お、俺らの家、分家からいろいろ取り立ててるんで、金なら腐るほどありますよ! ……あ! なんなら俺らだけでも解放してくれれば、今から実家に電話して金を――――ガは!?」

「――うるせえんだよ、クソガキども。テロリストが抵抗した人質を生かしとくわけねえだろ。てめえら三人とも、めでたくミンチ確定だ」

「ひ、ヒィッ!? だ、誰か……! 誰か助けてッ!」

 

「………………」

 

 ……そうだ。

 こんな連中を助ける義理など、塵一つだって有りはしない。むしろ消えてくれた方が今後の生活にはありがたい。幸いトドメまでは刺されなかったのだし、ここは大人しく引き下がって、救助が間に合う可能性に賭けるのが最善だ。

 

 

 

 ……そんなことは、……分かりきっているはずなのに。

 

 

 

 

 ………………。

 

「――――何の真似だ、坊主?」

「……へ、……へへへ……」

 

 なぜ自分は、テロリストの足を掴んでいる……?

 なぜ自分は、助かるかもしれない命を捨てようといる……?

 

「ゲホッ……。……ゆ、許してやって……くれませんか?」

「…………はあ?」

 

 ――勝てるとでも思っているのか? 何の抵抗もできず、一瞬で蹴散らされてしまった相手に……?

 ――ヒーローにでもなりたいのか? 情けなく諦めてしまった自分が、性懲りもなく今さら……?

 ――それとも……、本家の人間を助けることで、今後の人生を有利に進めようとでも?

 

 ……分からない。

 朦朧とする少年の頭では、なぜ自分がこんなことをしているのかも判然としない。

 

「彼らも……調子に乗ってただけでッ……、今はすごく……反省していますからッ。……どうか、命だけは……ッ」

「おいおい、本気で言ってんのか、坊主?」

 

 けれど、もしここで行動しなかったら……、

 もしここでまた逃げ出してしまったら……、自分はもうきっと、この場所にすら居られないから……。

 それだけはなぜか、朦朧とした頭でもはっきりと分かったから……。

 

「ッ――――どうかッ、お願いしますッ!!」

「…………」

 

 だから少年は、『今度こそ逃げずに立ち向かいたい!』と、その拳を握りしめたのだ。

 

「……はーあ。……馬鹿にゃ付き合いきれねえなあ。――――とりあえずお前、さっさと死んどけや」

「……ッ」

 

 テロリストは無情にも大剣を振り上げた。少年の苦悩も、命を懸けた抵抗も、男にとっては何の価値もない。おそらく三秒後には、少年の頭は粉々に砕かれるだろう。

 何の勝算もなく無謀に挑み、何の奇跡も起こらず無様に負けた、予想通りのつまらない結末。これではあいつらのことを何も笑えない。……いや、負けると分かっていてやった分、連中に輪をかけて愚かな行為だったろう。

 

「じゃあな、坊主。向こうでも馬鹿同士、ちゃんと仲良くやれよッ!」

「……ッ!」

 

 ――だがしかし、その愚かさを笑うことなかれ。

 何もせずただ俯くだけの軟弱者に、運命を変えることなどできない。どうせ無理だと蹲ったままの敗北者に、勝利の女神は決して微笑まない。

 無様だろうが、愚かだろうが、情けなかろうが……、自分の意志で立ち上がった者にのみその道は開かれる。

 ゆえに――

 

「最後まで、諦めてたまるか……ッ!!」

 

 彼の命を懸けたその数秒は、誰も死なない最善の未来を、確かに手繰り寄せたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よく、つないだ。……君の、勝ちだ』

 

「「…………はっ?」」

 

 瞬間、二人は同じ言葉を発していた。

 少年は、自分の霊装の前で止まった大剣に対して。

 そして男は、己の身体に巻き付いた無数の鎖に対して。

 

「なッ!? ……なんだ! なんだ、これは……ッ!?」

 

 白銀の鎖は男の霊装にも十重二十重と絡みつき、なんとか動かそうと力を入れるも、まるでコンクリートで塗り固められたように微動だにしない。

 

「リ、リーダーッ!? 助け――ッ」

「ッ! お前ら!?」

 

 さらに周囲にいたテロリストたちまでが、同じ鎖で次々と縛り上げられていく。咄嗟に人質を撃とうとするも、指一本動かせないよう全身を雁字搦めにされた上、銃火器類は一瞬でバラバラに切断されて為す術もない。簀巻きで地面に転がされたテロリストたちは、もはや完全な無抵抗状態だ。

 

「…………え?」

 

 ――変化はそれだけに終わらない。

 最初にそれに気付いたのも少年だった。唯一床に横たわっていた彼にだけは、その変化が最初から最後まで見えていた。

 開きっぱなしの口のまま、見上げる視線のその先では――

 

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

 

「は…………はああーーーッッ!?」

 

 否、ずれたのではない。――それは()()()いた。

 イベント会場の周囲、50メートル四方の空間をグルリと囲むコンクリート製の壁が、地上10メートルほどで斜めに輪切りにされていたのだ。景色がずれたように錯覚したのは、モールの天井が斜めにスライドし、隙間から青空が現れたからだった。

 やがて天井は重力に従って滑り落ち、地響きとともに敷地の脇へと落下する。超重量が地面を揺らす振動が、少年の背中をビリビリと震わせた。

 

「な、なんだ!? 一体、何が起こっているッ!?」

 

 誰もが抱いた疑問をテロリストが代弁する混乱の中――

 突如、その人物はそこに現れた。

 

 

『……みんな、……伏せて、いてね……?』

 

 

「「……ッ!?」」

 

 全員が空を見上げた空白の一瞬、彼女はまるで最初からそこにいたかのように、音もなく会場に立っていた。

 少年よりもさらに年下。おそらくは中学に上がったくらいの年頃の少女だろう。その右手には特徴的な髪色と同じく、純白の長刀が握られている。

 

(ま、まさか……! これをあの子がッ!?)

 

 自分よりも幼い少女がこんな真似ができるはずがない! 当然の疑念は行動を以て払拭された。

 

「フン……!」

「ガッふ!?」

「げあッ!!」

「リーダー! 気を付け――ガはあッ!?」

「な、なんだとッ!?」

 

 白の少女が腕を振ったと同時、周囲に倒れていたテロリストたちがまとめて壁に叩き付けられる。リーダーの声に反応できる者は一人もおらず、全員が残らず意識を失っていた。

 一振りで十人以上を倒すという、物理法則を笑い飛ばすような離れ技。そんな非常識な光景を当たり前のように見せ付けながら、少女は明日の天気を尋ねる気安さで問う。

 

「えっと……。あなたが……頭目で、合ってる……? 捕まえに、来たんだけど……」

「て、てめえ! 何モンだッ!? ど、どこから現れやがった!?」

 

 リーダーも彼我の実力差を一瞬で悟っていた。内心の恐怖を振り払うように大声で虚勢を上げるが、しかし彼女は全く取り合わない。

 

「あ……顔写真と……合ってる、ね。――じゃあ、さよなら」

「! ちょ、待っ――げぶらああッ!?」

 

 言葉通り、少女はなんとも軽い調子で右ストレートを叩き込む。当然のごとく、その動きは少年には全く見えない。おそらくは軽く音速を超えていたのだろう。何かが弾けるような音とともに顔面を殴打された男は、鎖で締め上げられたまま血を吐いて気絶した。

 

「……ン。……任務……終了」

 

 人々を恐怖のどん底に叩き落としたテロリスト。

 少年らにとって遥か格上だった歴戦の伐刀者は、こうしていとも簡単に制圧されたのだった。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「ッ…………す、ごい……」

 

 地面に倒れたままの少年は、呼吸をするのも忘れてその光景に見入っていた。

 初めて経験した死への恐怖も、ギリギリで命を救われた安堵感も、今は何も感じられない。

 代わりに心に湧いてきたのは、常識外の力への恐怖でもなく、天上の才能への嫉妬でもなく……、それらを遥かに上回る憧憬だ。

 

 

「…………た、助かっ……た?」

「…………う、うん」

「……犯人は、捕まって……人質も……全員無事? ……もう、終わった?」

「うん…………うんッ! 敵はもういない! ――生きてるんだよ、俺たち!」

 

 

 ――暴力によって相手を蹂躙する。

 本家の人間やテロリストたちが、私利私欲で行ってきた唾棄すべき行為。字面だけを見れば、彼女のやったことも同じ類の行いのはずだ。しかしその行為が今、多くの人々の命を悲劇から救い出していた。

 

 

「~~~~ッ、ぃやっっったああああーーーッ!!」

「こ、これでッ……家に帰れるッ……!」

「私たち助かったんだよ、お母さんッ!」

「うんッ、うんッ! 良かったねぇ……!」

「お姉ちゃん、ありがとうッ!!」

 

 

「…………ッ」

 

 ……ああそうだ。思い出した。

 この光景を見て、自分は騎士の道を志したのだ。

 正義でも悪でも、相手を倒すという行為は変わらない。力そのものに善悪などない。大切なのは、その使い方を間違えないこと。

 あいつらが間違った使い方で他者を害すると言うのなら、それよりもさらに強くなって、正してやれば良いだけのことだった。

 そんな初心も忘れ去り、現実から逃げてくだを巻いて、自分はなんと情けない奴だったのか!

 

「――――けど! ……まだ遅くないッ! ……僕はまだ……もう一度頑張れるッ!」

 

 折れた両腕が激しく痛む。……けれど少年は、より一層強く拳を握った。戦うことから逃げ、痛みを味わうことすらなくなっていた彼にとって、今はこの感覚こそが何より心地いい。

 

 ――たかがランクの差ごとき、努力でいくらでも覆してみせる!

 

 大切な夢を再確認できたこの日。少年は新たな決意を胸に刻むべく、もう一度力強く、拳を空に突き上げたのだ。

 

 

「…………あっ、そうだ! あの子にも、ちゃんとお礼を言わないと……!」

 

 最後に彼は、大切なことに気付かせてくれたあの子に――

 鍛えた力を人々のために振るう高潔な少女に、心から感謝を告げようと顔を上げた。

 

「あ、あの、君……! 助けてくれて、本当にありがと――ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――余計な手間増やしてんじゃねえぞ! このボケどもがああッ!!

 ――あぎゃああああーーッ!?

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「………………え?」

 

 助けたはずの知人たちが、なぜかまた死にそうになっていた。

 ……より具体的に言うと、『人間が鎖で締め上げられ空中で白目をむく』という、まさかの光景が展開されていた。

 

「え…………、えええええッ!? 力の使い方思いっきり間違えてるうううッ!?」

「ああんッ!?」

「ッひぃ!?」

 

 振り返った少女が眼光鋭く少年を睨み付ける。

 光の消えた黒目が滅茶苦茶怖いッ! ――が、このまま放っとくわけにもいかない!

 

「い……いやいやいやなんで!? なんでそんなことになってるの!? 僕らを助けに来てくれたんじゃないの、君ッ!?」

「あぁん!? 理由、なんて! 決まってる、でしょ……!!」

 

 代表して少年がツッコんだが、それはこの場の総意でもあった。歓喜に震えていた人質たちは、今や恐怖に震えながら互いに抱き合っている。

 それをつまらなそうに一瞥(いちべつ)し、少女は見せつけるように本家子息らの顔を引っ叩いていく。

 

「こいつらが、調子に乗って……!」

「へぶッ!?」

「あいつらに、反抗したせいで……!」

「げはッ!?」

「制圧に余計な手間が、かかった……!」

「あぶふッ!?」

「おまけに……注意を引くためッ、……天井を切り落とす、はめになって……! 余計な出費まで……かさんだッ!」

「い、いやッ、それはアンタが勝手に――へぶうッ!?」

「このッ……生まれ持った、才能だけのッ……、怠惰な、クズども……! 貴様らのような、無能は……、せめて他人様に、迷惑をかけないよう……、隅っこで大人しくしていろッ……ボケがあッ!!」

「「「ぐげええッ!?」」」

 

 

「え、えぇぇ……」

 

 少年の口からドン引きの声が漏れる。

 テロ現場に単身乗り込んできた高潔な(はずの)少女が、要救助者を吊り上げて殴る蹴るの暴行を加えている……。しかもその理由が『余計な出費を増やされたから』という、割と理不尽な八つ当たり。

 “正しい力の使い方”とは一体何だったのか……?

 

 

「そ、そこまでだ! ひ、人質を解放して、おお、大人しくしろおお゛お゛!」

 

 そこへ折よく?、武装した伐刀者部隊が突入してきた。全員が鬼気迫る表情を浮かべながら、恐るべき拷問現場へ霊装を構えている。

 少年は安堵の息を吐いた。――『あぁ、良かった。これでとりあえず騒動は収まる。…………ちょっと相手が違うけど』

 

「遅いんじゃ、ボケえええーーー!!」

「「「ぐはああああーーーーッ!?」」」

「えええええ゛ッ!?」

 

 まさかの事態、再びであるッ!

 よもやこの少女、公権力にまで手を出すとは……! 見かけに反してなんというロック・ユー!

 

「……お前らが、グズグズしてるからッ……! 危うく人質が死んでッ……スキャンダルになるとこ、だっただろ!」

「へぶうッ!?」

「普段から、サボってるからッ……こんなことになるんだ……! もっと気合入れて、仕事に励めッ……この、給料泥棒どもッ!!」

「い、いやッ、どこもだいたいこんなモn――ぶフぇえッ!?」

 

 少女の華麗なスマッシュが部下をまとめて吹き飛ばし、芸術的な胴回し回転蹴りが隊長を壁にめり込ませた。これではもう誰がテロリストなのか分からない。

 

「ちょッ! さすがにそれはやり過ぎだって! 君、落ち着い――ッ!」

「最後はお前だッ! 身の程知らずがッ!!」

「ぐべらあ!?」

 

 そしてまさかの三段オチ!

 仲裁に入ろうとした少年は、怒りの頭突きをくらって大の字で地面に転がった。

 

「会話で時間を、稼げば良いのにッ、……馬鹿正直に……正面から戦いやがって……! 何を……『自分はやれるんです!』……みたいな顔してやがるッ! ……ちょろっと決意しただけで……、これまでのツケが、一気に取り返せるわけないだろがッ……、このヘタレ挫折野郎!」

「ぐはあッ!?」

 

 頭部の鈍痛に加え、ぐうの音も出ないド正論。テロリストから受けたダメージも相まって、すでに彼の意識は風前の灯火だ。

 

「う、うぐぐぅ……ッ」

 

 それでも――このまま引き下がっては死んでも死にきれないので、彼は最後の最期、どうしても聞きたいことだけ尋ねることにした。

 

「け……結局……ッ」

「あん?」

「な、なにしに……ここに来たのさ……君……ッ」

「――ハッ。何を……分かり切ったことを……!」

 

『せめて……、せめて理由は、“人助け”であってくれ!』

『この胸の憧憬だけはどうか壊さないでくれ、いやマジでッ!』――という、切なる願いは、

 

 

 ――『気に入らない弱者どもを……! ブっ潰しに来たんだよ……ッ!!』

 

 

「ぐ、ぐふうッ!」

 

 見事粉砕され、少年の精神はトドメを刺されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……後に幾多のテロ組織を壊滅させ、現代の英雄と讃えられた伐刀者の青年。

 彼の在りし日の、忘れがたき思い出(トラウマ)の一ページであった。

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――テロ騒動収束後、崩れ落ちたモールのてっぺんにて。

 

「フ……、フフフフ……! ……ミッション……コンプリーートッ……!」

 

 駆け付けた破壊神(救いのヒーロー)こと黒鉄刹那は、自らの仕事ぶりに右拳を突き上げていた。

 

・迅速な現場急行による、犯行グループの即時捕縛。

・素行が悪い学生伐刀者を、苦言を呈した上でボッコボコ。

・仕事が遅い職業騎士たちへ愛の鞭を入れることもできた。

・そして最後には、将来有望そうな少年に気合を入れてやることにも成功した。

 

 まさに非の打ち所のない完璧な仕事。減点無しの百点満点回答であったと言えよう!(自己採点)

 

「フ……、また世間様からの……評価が上がってしまう……な」

 

 ……そう。

 これら一連の行動こそ、刹那が父に提言した“秩序安定のためのとっておきの秘策”。

 題して――

 

 

『ランクを鼻にかける愚か者も!

 職務を満足に熟せない怠け者も!

 無謀な挑戦で破滅する半端者も!

 能力を悪用して暴れる犯罪者も!

 全てボコボコにすれば問題ない作戦!』――である!

 

 

・黒鉄のクズどものような連中をブッ飛ばせば、素行の悪い伐刀者による被害も減る。

・給料泥棒やってる怠け者の尻を叩けば、業界全体の実力不足も解消する。

・半端な覚悟で枠を超えようとする未熟者を引っ叩けば、いたずらに人材を擦り減らすこともない。逆に、本当に限界を超えられる一握りの者なら、強者に負かされても簡単には諦めず、何度でも上を目指すだろう。むしろこれでふるいにかけられて一石二鳥。

・そして秩序崩壊を謀る者(違法伐刀者)については言わずもがな。殴り倒せば殴り倒しただけ、国の治安は改善する。

 

 これぞまさに十全十美。

 危険な奴は一掃できて、怠け者の尻にも火が着いて、無駄に破滅してしまう凡人も減って、そして本当に強くなれる金の卵は、より確実に強くなれる。父の懸念と国の安全――どちらもマルっと全部解決できる、これ以上ないブレイクスルー的発想であった。

 ついでに刹那個人としても、偶に強い奴と合法的に戦えるのでとても満足。その内何かの間違いで“暴君”や“十二使徒(ナンバーズ)”とも戦えないかなあ?といつもお祈りしているらしい。……やっぱヤベえな、この娘。

 

「……あ、いた! 刹那様ーーーッ!!」

「ン……?」

「はぁ、はぁ、はぁッ……! お、お一人で勝手に突入されては困りますよ! 現場の騎士たちとの兼ね合いもあるんですからッ!」

「ンー……。……でも、あのままだと……多分誰か……死んでた、よ……? それでも良いなら……構わない、けど……」

「うっ……。そ、そうは、言ってませんが……ッ」

 

 当然のことだが、秩序に真っ向から喧嘩売ってるこんな治安維持活動(物理)など、父は全く認めていない。手持ちの端末には事あるごとに掣肘の連絡が届くし(※出ないけど)、こうしてお目付け役の部下(赤座の後釜)まで派遣されてくるし。(※言うこと聞かないけど)

 ……そもそも直接宣言したあのときも、本人からは思い切り否定されているのだ。こんな行動をいくら繰り返したところで、厳が一輝関連のことを認めることは決してないだろう。

 

「あぁ……、また長官殿にお叱りを受けるぅ。なんで私ばっかりこんな目にぃぃ……」

「お気の、毒に……。心中……お察し……」

「誰のせいですか、誰のおッ!?」

 

 しかし刹那としては別段それでも構わなかった。

 そもそも彼女は、この活動で父のポイントを稼ごうだとか、功績によって一輝の自由を認めてもらおうだとか、そんなことは一切考えていなかった。あのとき胸中で決意した通り、これは話し合いではなく脅迫なのだ。

 

 ここ最近彼女が何度も行っている、『横紙破り全方位ブン殴り解決法』。普通こんな真似をしでかせば、多方面から反感を買って軋轢が生じるものだ。

 ――というか、正式な肩書きを持たない少女が勝手にテロ事件へ武力介入すれば、下手をしなくても犯罪者扱いである。すぐさま関係各所に連絡が入り、本人が捕まるか、親が呼び出されるかするだろう。

 

 しかしこの少女の場合、“黒鉄家長女”という立場がモノを言った。

 騎士連盟や警察上層部において、黒鉄の家名が持つ力は絶大だ。彼らは伐刀者の元締めである黒鉄家には頭が上がらないため、その娘を権力で強引に排除することは難しい。

 また現場の人員も、彼女に助けられて恩義を感じている者は少なからずいたし、何より――面と向かって本人に文句を言うのは怖すぎる!!

 

 というわけで……、刹那が何かしらの事件で大暴れした場合、現場からの苦情・陳情は全て黒鉄家へ直接届くのだ。加えて、クレーム対象者が本家の長女であるため、中間管理職や分家の者では立場的に掣肘などできず、必然的に連絡は全てトップへ――当主である厳のもとへ送られる。

 

 

 ――すると一体何が起きるのか?

 

 

 答えは簡単。

 

 

 ――“寝る暇もなくなるほどの、事後処理の嵐!”である。

 

 

 当主自ら関係各所へ頭を下げ、予め命じていたかのように書類や記録を書き変え、施設を破壊した際には黒鉄の財源から費用を捻出し、そして娘の出没場所が発覚した際には、速やかに事態収拾の人員を派遣する。

 長官としての通常業務(※これだけでも十分忙しい)に加え、これら余分な追加仕事も一人で熟さなければならないのだ。

 必然、業務外のことへ割く時間など厳には全く残っておらず……。

 これにより刹那が狙った“一輝の自由な生活”は、ある程度担保される運びとなったのである。最近黒鉄の実家では、幼い兄妹が仲良く鍛錬に励んでいるらしく、その姿を思い出すたび姉はほっこり息を吐いているという。

 

 ――また、もう一つ意外な成果として、『一般人への被害をゼロに抑えていることで、世間からの黒鉄家の評判はむしろ上がっている』という思わぬ副次効果も生まれていた。そのおかげか民間団体との面倒な折衝事も、昔よりだいぶやりやすくなっているとのこと。

 厳からすればまさに痛し痒しの結果であろうが、民意というものを決して侮ってはならないことを、経験豊富な彼はよく理解していた。

 

 ゆえに厳は、黒鉄が享受しているメリットと、無理矢理娘を止めた場合のデメリットとを勘案した上で、最終的に『刹那の活動を家の評判に繋げた方がマシ』と判断し、いろいろと後始末に奔走しているのであった。

 

 

 ……当人からすれば、甚だ不本意な結果であろうが。

 

 

 

 

 

「ンッフフフ……! これでしばらく……一輝の身は、安泰……。作戦、成功だッ……イぇいッ」

 

 薄笑いでダブルピースする娘は、そんなこと欠片も気にしない。むしろ『そのまま寝不足で倒れてしまうがいい!』と言わんばかりに、即座に次なる行動へ移る。

 

「さあ……、この調子で……、午後もどんどん……働いていくよ……! 次の任務の……準備はオーケー?」

「ええッ!? まだやるんですか!? テロ組織を潰したんだから、今日はもういいじゃないですか……!」

 

 部下は必死で異を唱えるが、鬼上司は全く取り合わない。

 

「ダメ、ダメ……。こんなんじゃ……全然、足りない……。最近、父上……謝罪行脚に……、慣れてきた、みたいだし……。今のままだと……、余計なことする……余裕が生まれる」

 

 厳がこれで諦めたなどとは、刹那は全く思っていなかった。現状では止むを得ず妥協を選んでいるが、決して彼が刹那の意に賛同したわけではない。いずれ態勢が整えば再び一輝に目を向け、あらゆる手段を使いその意志を挫こうとするだろう。

 そうならないためにも、刹那としては今後も同じく……いや、より一層ペースを上げて活動に励む必要があるのだ。

 

「クフフフ……、あと三年は……寝る間も、与えんぞ……? 覚悟しておけ、あの分からず屋親父めッ」

「さ、三年ッ!?」

 

 ――親不孝でけしからん……?

 知ったことかい!

 そもそも、最初に息子へ酷い仕打ちを行ったのはあちらの方なのだ。まだ幼い一輝に対して虐待紛いのネグレクト三昧! そのツケの清算だと思えば、この程度の負担など安いもの。

 それに、父が何より優先する連盟や黒鉄家の評判はうなぎ上り、差し引きで考えるならば圧倒的なプラスなのだ。親不孝どころかむしろ最高の孝行状態――つまりは何の問題もないのである!

 

「じゃあそろそろ……、次の場所へ行こうか! 北の方で……不穏な魔力反応を、検知したよ……!」

「え……!?」

「さっきの小物と違って……かなりの、大きさ! ……こいつは久々の、『当たり』だね……ッ! 気合い入れて、行こう……!」

「ひぃい!?」

 

 ガッシリ掴んだ部下の返事を聞くより前に、刹那は翼を展開し大空へと舞い上がっていた。

 気分はとっくに次の戦場へ。青褪める大人の顔色など気にも留めない。

 

「ままッ、待ってくださいッ! 『当たり』ってことは、解放軍とかの強い奴ってことでしょ!? わ、私はたぶん足手纏いになりますから、後でゆっくり合流しますよッ! その方がお互いのためですから! そうしましょ! ねッ? ねッ!?」

「大、丈夫! そのときはちゃんと、見捨てて戦うから……! 気に、しないで!」

「いや気にするわあッ!! 大丈夫なところ一つもないでしょうがッ!!」

「大、丈夫ッ……。ここ数年で……、魔力の扱い、うまくなったからッ……、肉体が欠損しても……ちゃんと、修理()してあげるから……! 死なない、限りは……何度でも組み立てて(救い出して)あげるから……! だから、安心して着いて来てッ!」

「字面が違ああうッ! 何一つ安心できないいッ!! ――って……ちょ、待っ……ほんとマジでッ……、冗談じゃなく命の危機だからッ、……いや本気でこれヤバいやつだからッ! お願いだから刹那さん勘弁してくだs――ッ」

「しゅっぱあああつ!」

「ぃぃいいいやあ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁーーーーー……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――かくして黒鉄刹那は、今日も元気に空を往く。

 東に不良あれば駆け付けては蹴り飛ばし、西に犯罪者あれば飛んで行っては殴り倒す。大切な宝物を守るため、今日も少女は嗤いながら拳を振るう。

 誰に嫌われようが、誰に恐れられようが気にしない。たとえ当人たちから嫌われても、この気持ちは変わらない。

 ……きっと少しくらいは寂しいだろうけど、あの子たちの笑顔を遠くから見られるのなら、それだけで十分幸せだろうから……。

 

 

 

 ――も、もう嫌だあああ! 誰かこの悪魔から助けてえええーーーッ!!」

 

 ――え……、悪魔……? ……違う、よ……?

 

 

 

 なぜならば彼女は――

 

 

 ぶっきらぼうで無愛想で、

 

 

 何考えてるか分からなくて、

 

 

 いつも弟妹たちを好き勝手振り回してくれて、

 

 

 けれども、世界一優しくて頼りになる――

 

 

 

 

 

 

 

「黒鉄さんちのッ、ラスボス姉ちゃん、だからねッ! ――フヒヒッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最後までお読みいただきありがとうございました。
『黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん』、これにて完結です。

 幼少期の一輝に味方がいたらどうなっていたか?――というテンプレな思い付きから始まった本作。もともとは短編一発ネタの予定でしたが、良い反応を貰えたことに気を良くし、あれよあれよとここまで続いちゃいました。
 しかもいろいろ独自色を出そうと節操なく肉付けしていった結果、なんだかヤベえお姉ちゃんが誕生することに……。
『こんなチートオリ主受け入れられるかな?』と不安でしたが、意外にもご好評を頂けたようでホッとしております。皆さまの懐の深さに感謝です。


 そして原作時間軸でのお話を期待してくれた方、申し訳ありません。オリ主がやりたい放題した影響で原作イベントがいくつか潰れたので、書くとしたらがっつりプロットを練り直さないといけません。
 ――おそらく序盤のテロ事件は起きないし、そもそもテロ組織がまた一掃されそうだし、平賀さんの暗躍もオリ主に見つかるだろうし、蔵人君もどこかでオリ主センサーに引っかかりそうだし、王馬はちょくちょく実家に帰ってきそうだし。
 何より、学園での一輝へのいじめが起きるかどうか微妙なところです。学園のクズ教師陣も軒並みいなくなっているでしょうし。厳パパが全力出して妨害工作すれば、ワンチャンあるか?ぐらいでしょうか。
 ……なんか嫌だな、そんなパパの絵面は(笑)。


 ――というわけで、誠に勝手ながら今回はここで完結とさせていただきました。
 いろいろと拙い作品ではありましたが、最後まで楽しんでいただけたのでしたら幸いです。
 それではまたどこかで。(2021/05/14)




 ※番外編を投稿しました。(2022/06/30)






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