黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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番外編(原作突入)
獅子は我が子を千尋の谷に落とし、上から伐刀絶技をブチかます


 

「もう一度言ってみなさいッ!!」

「……聞こえなかった? 『箱入りお嬢の実力なんて、高が知れている』って、言ったの……。分かったら、とっとと部屋に戻って……ストリップの続きでも、していたら?」

「ッこ、こいつ……コロスッ!!」

「わあああッ!? ま、待って、ヴァーミリオンさん! 一旦冷静になって!!」

「どいてクロガネ弟! そいつ殺せない!!」

「落ち着け、ヴァーミリオン! まだ試合は始まっていない!」

「なら早くして理事長! そいつ殺せないッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ステラ・ヴァーミリオンは憤慨していた。つい先だって故郷から日本へたどり着いた彼女の留学生活は、その一歩目から波乱の幕開けとなっていた。

 

 事の発端は今から30分ほど前、ステラが寮の自室で着替えていたときまで遡る。

 なんと彼女はいきなり部屋に入ってきた少年に裸を見られ、さらには理事長から『その少年と相部屋になる』などというふざけた宣告をされてしまったのだ。おまけに『断れば即退学』という理不尽な脅し付き。

 ステラは早速、日本に来たことを後悔しそうになった。

 

 ――が、この時点では彼女もそこまで怒っていたわけではなかった。

 自分の着替えを覗いた少年――黒鉄一輝は、ステラの姿を見ると即座に部屋を飛び出し、扉の先から誠心誠意の謝罪を行った。加えてその後の彼の話から、そもそも『この部屋は一輝の自室であり、彼は単に一人部屋に戻ってきただけだった』という事実も判明する。

 つまりこの行き違いの原因は、自分たちを同室にした上でそれを伝えていなかった理事長にあり、彼自身に何ら落ち度はなかったのだ。

 

 ……まあそれでも、乙女の柔肌を見られたことに思うところがないわけではないし、彼が裸そのものには大して動揺していなかった点も、ちょっと悔しい気がしないでもなかったが。この時点で彼女の怒りはほとんど収まっていた。

 ゆえに、理事長から提案された『親善のための模擬戦』を終えた後は、全て水に流して仲良くやって行こうと、前向きに考え始めていたのだ。

 

 

 

 ――試合直前に現れたこの女が、ふざけたセリフを言い放つまでは……。

 

 

 

『一輝とその皇女様が……同格? ……冗談、でしょ? 確かに愚弟は、未熟もいいとこだけど……さすがにその雑魚ちゃんよりは……マシな部類、だよ?』

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

『…………は?』

 

 この女は今……なんと言った?

 まさか『このFランクが私よりも強い』と言ったのか?

 さらに言うに事欠いて、この私のことを有象無象の雑魚であると……そう言ったのか?

 

 ……いや、愚弟という言葉から察するにこの女、一輝少年の姉なのか。

 なるほど、つまりさっきのは自分の弟を擁護したいという身びいきから出た言葉なのだな?

 ははーん。なんだ、口の割に弟想いなところがあるじゃないか。

 よし、気に入った、殺すのは最後にしてやる。

 

『は……はは……お姉さん? 弟さんを想ってのこととはいえ、言葉には気を付けた方が良いわよ?』

『? 何を、言ってる? 半人前が、雑魚よりはマシって……純然たる事実を、言ったまでだよ? ……もしや皇女様……頭まで弱い?』

『ッ! ……フ……フフフッ』

 

 落ち着け。

 物の道理も分からない女のただの妄言だ。こんなことで心を乱すようではヴァーミリオン皇国第二皇女の名が泣くぞ? 平常心を保つんだ、ステラ・ヴァーミリオン!

 

『ちょ、ちょっと姉さん! 何をいきなり失礼なことを! ご、ごめんね、ヴァーミリオンさん! この人、口も態度も悪い問題児でッ』

『そうだぞ、黒鉄姉、もう少しオブラートに包め。初日から国際問題を起こされてはさすがに私も困る』

 

 そうだ、二人もこう言ってくれている。ここは王者の度量を以ってカラリと笑い飛ばしてやるべきだ。それこそがヴァーミリオン皇女として相応しい、エレガントな振る舞いと言えるだろう。

 そう思ったステラが無理矢理に笑顔を作ってみせたところで――

 

 

『才能に胡坐をかいた愚者に……事実を告げただけ……。何の問題が、ある?』

 

 

 ――彼女の堪忍袋の緒は、爆炎によって焼き切れた。

 

 

『ふっざけんなああああーーーーッ!!!!』

 

 

 かくして事態は急転直下。ステラは弟ではなくなぜか姉の方と模擬戦を行うこととなり、物語は冒頭のシーンへと至るのである。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

「さあ理事長先生、早く試合を始めて! このふざけた女をアタシの炎で消し炭にしてやるわ!」

 

 第三訓練場のリング上にて、ステラは目の前の女――黒鉄刹那を睨み付け気炎を上げていた。なんとしてもこいつを公衆の面前で叩き伏せ、泣いて謝らせないと気が治まらない。

 この女はよりにもよってステラのことを、“才能に胡坐をかいた愚者”と言い放ったのだ。それは祖国のことを一心に想い、身を焼かれながらも必死の努力を続けてきた彼女にとって、最大級の侮辱であった。

 

「おい、ヴァーミリオン。あまり無茶な真似は……」

「止めたって無駄ですよ! 先に売ってきたのはあっちの方なんだからッ!」

 

 傍らにいた破軍学園理事長・新宮寺黒乃がやんわり宥めようとするも、ステラはにべもなく撥ねつけた。その頑なな態度に黒乃は頭痛を堪えるように額に手を当てていたが、やがては諦めたように溜め息をつく。

 

「はぁ、これは一回やらせんと収まりそうもないな。……黒鉄姉よ、お前の発言が発端なのだ。責任を持って収拾しろよ?」

「ン。どうせ愚弟を……揉んでやる予定だったし……、準備運動と思えば、悪くない」

「~~~ッ、言ってくれるじゃない。後で吠え面かいても知らないわよ!」

「……くれぐれも穏便に、な?」

 

 最後に一応の忠告を述べて黒乃は舞台上から退いていく。その先には一足早くリング脇に移っていた一輝の姿があった。あまりにしつこく模擬戦を止めようとしたため、鬱陶しがったステラによって無理矢理放り出されていたのだ。

 

「い、良いんですか、理事長? あのまま二人をやらせちゃって」

「仕方あるまい。ここで止めたらヴァーミリオンの奴、闇討ちでもしそうな勢いだったからな」

「そ、それは確かにそうですけど……。でもこのままじゃ、闇討ち以上の惨事になりそうな気が」

「それを防ぐために、わざわざ私とお前が待機しているんだろう? いざとなったら頼むぞ?」

「えぇぇ……」

 

 理事長の無茶振りに一輝の表情は渋く歪む。そりゃ全体の監督役は彼女だから、止めるのは自分の役目になるんだろうけども。

 

「はぁぁ、わかりましたよ。もしものときは僕が代わりに死んできます。さすがに僕も、姉が国際問題を起こすのは勘弁してほしいですからね」

「……済まんな」

「はは、気にしないでください。もう慣れたもんですから」

「…………済まん」

 

 

 

「…………」

 

 遠くから微かに聞こえてきた二人の会話。ステラは敢えてそれらを聞き流し、憮然としたまま身体を解し続ける。

 だがそれもひと通り終わって手持ち無沙汰になったのか、一つ深呼吸をすると、目の前に佇む女へ向き直った。

 

「ねえアンタ。アタシに何か、恨みとかあったりするの?」

 

 一応……そう一応ッ! あの女の暴言にも、何か真っ当な理由があるのではないかと思ったからだ。

 

「?? そもそも、君なんて知らないから……恨みを抱きようも、ないけど? 常識で考えて?」

「~~ッ」

 

 これは理由があった場合でもボコボコにして許されるんじゃないだろうか? 一瞬浮かんだ野蛮な考えをなんとか抑え込み、問いを重ねる。

 

「ッ……じゃあ、次の質問。アンタ魔力のランク、いくつよ?」

「? 戦う前に……敵へ能力を明かす馬鹿が、どこに? ……あぁ、君のこと?」

「~~~~ッ!」

 

 全自動で罵倒が返ってくる素敵仕様に何かが弾けそうになるが、培ってきた忍耐力でなんとか耐える。熟してきた模擬戦は多々あれど、試合前にこれほどの体力を使うなどステラの人生で初めてだった。

 さすがは神秘の国ニッポン、新鮮な体験が目白押しである。

 

「いいからッ! さっさと答えなさいッ!」

「ンー……。とりあえず……大したことは……ないとだけ」

「ッ! …………そう」

 

 しかしその甲斐あってか、ステラにはこの短時間で分かったことがいくつかあった。

 

・ひとつ、黒鉄刹那はステラ・ヴァーミリオン個人に対して恨みなどない。

・ひとつ、初対面から妙に突っかかり、ステラを“才能だけ”と揶揄する。

・ひとつ、Fランクの弟がAランクよりも強いなどと嘯く。

・ひとつ、極めつけに本人の魔力量は“大したことはない”と言う。

 

 これらの情報をまとめ上げステラは一つの結論に至る。僅かに残っていた相手を慮る気持ちも消え去り、彼女は目の前の女へ冷たい視線を向けた。

 

 ――結論。

 要するにこの黒鉄刹那という女は、才能豊かな者が憎くて仕方がない手合いらしい。

 ここまでの口ぶりから察するに、おそらく騎士として相応の実力はあるのだろう。それを磨き上げるために少なくない努力も重ねてきたに違いない。

 しかしそれよりも先、才ある者のみが行き着く領域には決して届かない程度でしかなかった。そのことに気付いてしまった彼女はいつしか自分の才能に絶望し、可能性を持つ者を忌み嫌い――妬み、僻み、扱き下ろし、そうして己の自尊心を保つようになったのだ。

 中途半端に実力を持ってしまった、ある意味可哀そうな者たちの一人と言えるだろう。

 

 

 ――ああ、本当に、……本当になんて……ッ、

 

 

 

「なんて、下らない連中……ッ!!」

 

 ステラは不快気に吐き捨てた。

 故郷にいた頃、山ほど遭遇したこの手の軟弱な輩を思い出す。

 誰も彼もが、『才能がなければ努力で補う』なんて、何の覚悟もなく言い放つ。自分は何でもできるんだと、希望に満ちた顔で努力を重ねていく。

 そのくせ結局は力及ばず夢を諦め、最後には非難めいた目でこう言い捨てていくのだ。

 

 

 ――いくら努力しても、結局は才能に負けるのか……!

 

 

「……ッ!」

 

 まるでこっちが悪いみたいにッ。

 まるでこっちが、努力してないみたいにッ!

 幾度も見てきたその光景を思い返し、ステラは苦渋の顔で奥歯を噛む。

 

「どうしたの、お姫様……? 何か気に障ることでも……あった?」

「ッ……なんでもないわよ。それより、早く始めましょう。あまり長くこの場にいたくないわ」

「えらく、ご機嫌ナナメ……。ストレスの溜め過ぎは……良くないよ?」

「~~~~どの口がッ」

 

 己の力を高めんがため希望を持ってやってきた憧れの国。そこでの記念すべき初試合が、よりによってこんな不快なものになるとは思わなかった。

 

 ……いや、これはこれで一つの修行と言えるのか。

 この先多くの敵と戦っていけば、その内どうしてもいけ好かない相手というのは出て来る。最初に一番不快な思いを体験できたことを逆に幸運と捉えよう。

 きっとこの後は上がっていくだけ。そう思わなければやってられなかった。

 

「理事長先生! 開始の合図を!」

「わかった……。ではこれより模擬戦を始める! 言うまでもないが、模擬戦は肉体的ダメージを与えず、体力のみを削り合うことを基本とする。固有霊装(デバイス)は幻想形態で展開すること。両者とも異存はないな?」

「ええ!」

「…………。分かっているよな、黒鉄姉?」

「ン。問題、なし」

 

 念を押されて刹那が頷いた直後、館内の照明が落ちる。正面スクリーンに両者のパーソナルデータが表示され電子音が鳴り響く。

 

 

 ――Let’s Go Ahead !!

 

 

「傅きなさい! 妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!!」

 

 叫びに呼応しステラの魂が顕現する。吹き荒れる炎とともに具現化した固有霊装は、身の丈ほどもある美麗な大剣。彼女の尋常でない魔力量を象徴するような圧倒的な力の塊だった。

 ステラはその切っ先を地面に付け、いまだ動かない対戦相手を睨む。

 

「さあ、どうしたの? 早く固有霊装(デバイス)を展開しなさい! そのくらいの時間は待ってあげるわ!」

「…………」

 

 しかし刹那は無表情で両手を下ろしたまま微動だにしない。

 訝しげに見るステラをそのままに、十秒が過ぎ、二十秒が過ぎ、それでも彼女は動かず……。やがて数少ない観客がざわつき始めた頃、ようやく刹那はポツリと呟いた。

 

 

「私は、素手のままで良いよ。……早くかかってきて?」

「…………は?」

「十分な、ハンデじゃないけど……これ以上だと、試合が成立しなくなるから。……我慢してね、お姫様?」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「…………ハハッ」

 

 ステラは生まれて初めて自分の堪忍袋が弾け飛ぶ音を聞いた。

 

「――ぶっっ潰すッッッッ!!」

 

 石の舞台を蹴り砕きステラは突貫した。未だに構えすら取っていない刹那に肉薄し、容赦なく大剣を振り下ろす。

 

「ハアアアアーーッ!!」

「おっと、危ない」

 

 刹那が半身を引き、空振った霊装がリングへ叩きつけられた。大型車どうしが激突したような轟音が響き、石板が粉々に砕け散る。

 あまりの威力に観衆が息を呑んだ。技でもなんでもないただの振り下ろしが、下手な伐刀者(ブレイザー)伐刀絶技(ノウブルアーツ)にも匹敵する。Aランクの天才という前評判に偽りなし、並みの相手なら即座にボロ雑巾にされるだろう。

 

「せえええいッ!!」

 

 観客の驚愕を他所にステラの第二撃が振るわれる。目の前の砂礫を振り払うように右上へ斬り上げ、返す刀で左胴。バックステップで距離を取られるも、即座に追い縋り、心臓を狙って突きを放つ。

 相手が左へ跳躍。袈裟斬りでさらに追い撃つ。ダッキングで躱されたところへ返しの斬り払い。

 

 重量級の大剣がまるで小枝のような身軽さで振るわれていく。その魔力量から大雑把なパワー型と思われがちなステラだが、技の冴えは一流の剣客と比べても何ら遜色ない。幼い頃から鍛錬を重ね、血反吐を吐く想いでモノにした皇室剣技だ。半端な力量のスピードタイプなど、その日輪の如き軌道によって絡め捕り幾人も粉砕してきた。

 この女も大口を叩いただけあってそこそこやれるが、もう動きは読めてきた。おそらくあと十数手以内には剣の檻に捉えられるだろう。そうなれば無手のこいつに抵抗の術などない!

 

「はああああッ!!」

 

 裂帛の気合とともに霊装を振り下ろす。刹那の肩口を大剣の切っ先が掠めていく。間髪入れずに横薙ぎ。風圧で長い白髪がはためく。

 明らかに最初よりも躱す距離が近い。余裕がなくなってきている証拠だった。刹那は今になって焦ったのか、左腕を伸ばし何かをしようとしているが、そんな暇など与えない。

 突き刺し、斬り下ろし、薙ぎ払い、その都度身体のギリギリを大剣が通り過ぎていく。もはや当たるのは時間の問題だった。

 

 ――そして数えて30回目の攻撃。再びバックステップで逃げた相手に対し、ステラが選択したのは下段からの斬り上げ。切っ先の一部をリングに掠め、砕いた砂礫を巻き上げて前方へ飛ばす。

 

「むっ?」

 

 着地直後の動きを阻害し、さらに相手の視界をも奪う。攪乱できる時間はほんの一瞬に過ぎないがステラにはそれで十分だった。

 

「ハアッ!!」

 

 刹那の懐へ一瞬で潜り込む。次の行動への出足が急に止められたことで、刹那は回避どころか咄嗟のガードすらできていない。

 

「これで――とどめよッ!!」

 

 特大の隙に最大の攻撃を叩き込むべく妃竜の罪剣(レーヴァテイン)を振りかぶった。

 

「アタシの誇りを舐め腐ったことを、存分に後悔しながら逝きなさいッ!!」

 

 そしてステラは獄炎を纏った大剣を刹那の身体に振り下ろし――!

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

「――――ハッ!!?」

 

 気付けばステラの視界には白い光が広がっていた。

 一瞬の困惑の後、彼女はそれが訓練場の天井だと気付く。

 

「あ、あいつは、どこッ――痛づぅッ!?」

 

 咄嗟に起き上がろうとするも手足すら動かせず、頭部を襲った鈍痛でようやく自分が倒れていることを理解した。

 しかしそれ以外がどういうことなのかさっぱり分からない。

 

「……な、何が、……どう、なって…………?」

 

「あ、起きた?」

「ッ!?」

 

 不意に眩しさが遮られる。天井の照明よりなお白い髪を垂らしながら己を覗き込むのは、憎き仇敵のすまし顔だった。日焼けなど一片もない白い肌には、傷どころか埃の一つすら付いていない。

 

「あ、アンタ……!」

 

 試合前と寸分違わぬ詰まらなそうな顔。

 それを一目見ただけで試合の結果など明白だった。

 

「ダウンまで、1分22秒。……想像より、長くもったね? よく頑張った、お姫様」

「~~~ッ」

 

 決まり手を誇示するように、魔力を纏った左手を振る刹那。

 その舐めた態度にステラは何か怒鳴り返してやりたかった。

 ヴァーミリオン皇女の力を舐めるな!と今すぐこの女の胸倉を掴み上げてやりたかった。

 けれど……彼女はそれができるほど愚かにはなれない。

 

 ――なにせこの女の手には、最初から最後まで霊装が握られることすらなかったのだから。

 

 試合開始直後からステラは果敢に攻め続け、何度も相手の身体に攻撃を掠め、ついには追い詰めたと思っていた。

 

 ……けれど、全ては演出に過ぎなかった。

 刹那はステラの力量を正確に見抜き、常に追い付けるギリギリの速度で攻撃を躱し続けた。そうしてステラが勝てると確信した瞬間、今までを嘲笑うような動きで彼女の視界から消え去り、死角から顎への一撃を見舞ったのだ。

 ステラの圧倒的な魔力防御を撃ち抜くほどの力で……。

 そのくせ過度の怪我はさせない、気絶程度に収める力加減で……。

 つまり両者の間には、それができるほどの力量差があったということだ。

 

(結局ッ、全てはこいつの掌の上だった……!)

 

 霊装が要らないという発言も、ハンデが足りないという揶揄も、何一つとして間違っていなかった。刹那は事実に基づいてステラを高みから見下ろし、なんの意外性もなく格下を一蹴しただけ。

 試合前に告げられた『大した魔力量じゃない』というのは、つまるところ――『お前ごときに大量の魔力など必要ない』という意味だったのだ!

 

「じゃ、お姫様? まだダウン、しただけだから……ちゃんと決着、付けちゃうね?」

「ッ!」

 

 左手を振り上げた刹那が軽い調子のまま告げる。

 ステラがすぐに倒れたことを嘲笑しているのか、それとも敗者に鞭打つことに愉悦を感じているのか、その顔は薄く嗤っていた。

 ステラは屈辱に歯を食いしばるも、投げ出された手足には身じろぎする程度の力も入らない。

 

「じゃ、これで終わり」

「ッ!?」

「黒鉄ッ、待――」

 

 理事長が静止する暇もなく、刹那は何の気負いもなく致命の一撃を振り下ろした。

 風切り音すら聞こえない速度に乗せて、ギロチン(手刀)がステラの首に迫る。

 

 

 寸前。

 

 

「そこまでだよッ!」

「ッ!?」

 

 ――ガギンッ!!

 

 人体から発したとは思えない音を響かせ手刀が弾かれた。

 視界に飛び散った火花に目を見開くステラ。

 視認すらできない速度で彼女の眼前に躍り出たのは、絶望の純白に唯一届き得る漆黒の一刀だった。

 

「愚弟。……邪魔しないで、くれる?」

「その命令は聞けない……かな? さすがにこれ以上はやり過ぎだよ、姉さん」

「…………、そう」

 

 刹那が困ったように身体の力を抜く。それを見て観客は『危険な試合がようやく終わった』と、諦観と安堵が入り混じった息を吐いた。

 例外はほんの数人だ。黒鉄刹那を良く知る新宮寺黒乃と、至近距離で相対する黒鉄一輝は、彼女が()()()()()()()()を誰よりも早く察していた。

 黒乃は予想される負傷者の救出準備を……。

 そして一輝は静かに……死線を潜る覚悟を決めた。

 

「ねえ、愚弟?」

「……ッ!」

「一体いつから……、私に指図できるほど……」

 

 

 

 

 

 

 

 ――偉くなったの?

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 前触れはなく。

 溜めも構えも解号すらなく、刹那の右手には純白の長刀が握られていた。

 音を置き去りに振られた斬撃は瞬間の九閃。

 

「グッ!?」

 

 この場の観客は全て伐刀者であるにもかかわらず、それを視認できた者は片手の指にも満たなかった。その数少ない内の一人――黒鉄一輝は戦慄とともに黒刀・陰鉄を構え直す。

 ステラを狙った三閃を弾き返し、自身の心臓と両手足を狙った五閃をいなし、最後に首を狙った一閃をギリギリで回避した。

 危ういところでなんとか二人分の命を拾う。しかし八合を受けきった一輝の両腕は、まるでフルラウンドを戦い終えたボクサーのように震えていた。

 たかだか小手調べの斬撃がなんと凄まじい威力か!

 

「フフッ……。よく、防いだ、ね……。訓練の成果、あり?」

「はは……アレが訓練? 拷問の間違いじゃない?」

「クヒッ……、どっちも似たような、ものでしょ?」

「いや、全然ちが――のわああッ!?」

 

 刹那が地を蹴り、刃を合わせた一輝をリングの端まで吹き飛ばした。

 

「さあ……行く、よ?」

「くっ、今日こそやってやるさッ!」

 

 そのままなし崩しに始まった姉弟間での殺し合――もとい訓練。喜悦と反骨心を以って、二人の姿はその場から掻き消えた。

 置き去りにされたステラは状況についていけずただ息を呑むしかない。

 一輝が自分の代役として戦い始めたこともそうだが、何よりその戦いの内容が彼女の常識の埒外だった。

 

「はああああッ!!」

「クヒッ!」

「ッ!?」

 

 倒れ伏すステラの前で展開されているのは、常軌を逸した速度で繰り広げられる極限の斬り合い。

 ……否、ステラには“斬り合い”と断定することすらできなかった。リング上を躍動する姉弟の姿が、彼女にはほとんど視認できなかったのだ。鋭い金属音と打撃音だけが断続的に聞こえ、ときおり影のようなナニカが視界の端に映ったと思えば、次の瞬間にはリングの逆側から同じ音が聞こえてくる。

 恐ろしいまでの疾さに視線どころか意識すらも追い付かない。

 

 何より恐ろしいのは、どこまでも洗練された二人の技の冴えだった。

 

 踏み込み、

 斬り結び、

 飛び退き、

 縦横に駆け巡る。

 

 あらゆる戦闘動作において一切の無駄や遊びがない。

 

 踏み込みでリングを蹴り砕く?

 斬撃の余波で外壁を斬り裂く?

 外した攻撃が観客に当たる?

 

 ――あり得ない。

 そんなB級映画のような無駄な破壊など微塵も起こさない。

 持てる力の全てを、ただ相手を殺す(倒す)ためだけに十全に振るう。

 そこにはステラの今までの努力を嘲笑うかのような、研ぎ澄まされた“武”があった。

 

(これが、日本の学生騎士の最高峰……!)

 

 知らずステラは唇を噛み締め、総身を震わせていた。

 

 それは歓喜か?

 

 恐怖か?

 

 否。

 

 それは己への不甲斐なさであった。

 強くなるために故郷を飛び出し、遠い異国までやってきたというのに、一体自分は何をやっているのか?

 相手の見た目と言動だけで力量を決め付け、格下であると舐めて安易に手を出し、結果は何もできないままの惨敗。自分より強い者を求めていたくせに、実際にそんな相手がいることなど本気で想定していなかった。Aランク伐刀者としての自分の立場に無意識の内に驕っていたのだ。

 

 ――Fランクの落ちこぼれが自分に勝てるわけがない?

 どれだけ節穴だったのだ、この目は! 眼前の試合を見せつけられて、お前はまだそんな妄言を吐けるのか?

 霊装も無しにステラ(Aランク)を翻弄し、一撃で勝負を決めた刹那。

 その怪物に対し、魔力に頼ることなく純粋な体術だけで渡り合う一輝(Fランク)

 もはやどんな言い訳も利かない。才能も、努力も、経験も、実力も、……この姉弟によって全て上回られてしまった。

 

(なんて無様……! なんて、愚か……!)

 

 ステラは悔しさに奥歯を噛み締めた。

 しかし悲しいかな……、溢れんばかりの激情に身体はついてきてくれない。霊装を起動して無理矢理身体を起こそうとするも、魔力そのものが全く反応してくれなかった。

 顎への一撃の際に、体内の魔力にまで干渉されたのだろうか?

 だとすればなんという神業か!

 そしてなんと絶妙な嫌がらせ具合か!

 

(ちくしょうっ……立ち上がりたいのにッ! 立ってあいつをブチのめしたいのに……! どうしてアタシは、こんなに弱いのよ……!)

 

 俯いたまま無力感に苛まれる。

 生まれて初めて味わうどうしようもない挫折感に、少女の心はヒビ割れる寸前だった。

 

 

 

 

「――――があああ゛ッ!?」

「え?」

 

 ……だが、折れかかった騎士の心(それ)を再び燃え上がらせたのも、彼ら姉弟の姿だったのだ。

 

「カハッ……ぁ、ぐぅ!」

「ク、クロガネ……?」

 

 それは偶然だった。

 項垂れ顔を背けていたステラの視線が、偶然二人が切り結んでいた場所に向いたためそれが見えた。そこにあった有り得ない光景を目にして、彼女は先ほどの挫折感すら忘れ、呆けた声を零す。

 見開かれたステラの目に飛び込んできたのは……、自分を庇ってくれた少年が、身体を踏み付けにされ苦しむ姿だった。

 

「まったく……、いつまで経っても、進歩がない。……踏み込みが、甘い……腕の振りが、緩い……状況判断が、遅い。……総じて全ての技術が……なっちゃいない。こんなザマで……一体誰を、倒すつもりなの?」

 

 一輝は傷だらけの状態で床にうつ伏せ、その口の端からは少なくない量の血が流れていた。誰がどう見ても勝敗はすでに決している。

 にもかかわらず――

 

「な、……何をやってるのよ、アンタッ!?」

「ン? あぁ……まだ喋る元気が、あったの? ならさっさと……リングを降りて? そこで寝たままだと……邪魔、だから」

 

 相も変わらず神経を逆撫でする言い回し。しかし今のステラにはそんなものを気にする余裕などない。自分を助けてくれた少年をとにかく助けたい一心で叫ぶ。

 

「は、早くその足をどけなさいよ! 試合が終わったのに、それ以上痛めつける必要ないでしょう!?」

「? まだ勝負は……ついてない、よ? ……ほら……まだ霊装を、手放してない。抗う(戦う)意思が……残っている証拠……。この諦めの、悪さだけは……愚弟の数少ない、取り柄だ――ねッ!」

「ぐああッ!?」

 

 刹那はニヤリと笑うと弟の背に乗せた足へさらに力を込めた。硬い石の床にヒビが入り一輝が苦しそうに顔を歪める。

 およそ肉親に対しての行動ではなかった。情に訴えかけても無駄と悟ったステラは、今度は理詰めでの説得を試みる。

 

「あ、アンタ、そんな騎士道に(もと)る行為をしてるとタダじゃ済まないわよ! 教師の前でそんな非道をして、選抜戦の出場資格が取り消されても良いって言うのッ!?」

「あぁ、私の風聞を……気遣ってくれてるの? フフ……ありがたいけど、無用の心配だよ? ……何せこの愚弟には……何をしても一切……罰せられないことに、なってるから」

「なッ……何よ、それ!? そんな馬鹿な話があるわけないでしょッ!!」

「……ンン?」

 

 有り得ないと叫ぶステラを見て、刹那は今日初めて“嘲笑”以外の表情をその顔に乗せた。

 

「! ああそうか。まだ、聞いてないんだ……? フフ。じゃあ、不肖の弟に代わって……私が教えてあげる」

「おい、黒鉄! それ以上はッ」

「邪魔しないで……理事長」

「ッ!?」

 

 見かねてリングに上がろうとした黒乃に対し、刹那は左手の指をパチリと鳴らす。その瞬間彼女の指先から凄まじい魔力が放出され、一瞬でリング全体を覆ってしまった。

 基本の魔術ですらない、ただ魔力を放出して固めただけの結界術(小技)。しかしその薄壁一枚が、一流の伐刀者の伐刀絶技すら上回る圧を内包していた。おそらくプロの魔導騎士であっても短時間で破ることは難しいだろう。

 

「これは、ウチの家族の問題……。それに、遅かれ早かれ……この学園にいれば……嫌でも耳に入る、話だよ? ねえ……学生の風紀一つ、改善できない……理事長先生?」

「……ッ」

「な、何よ? 何の話だって言うの?」

 

 苦虫を嚙み潰したような黒乃にステラは困惑する。あのように悪し様に揶揄されてなぜ理事長は何も言い返さないのか?

 そして、黒鉄弟には何をしても良い、とは一体……?

 

「簡単な話、だよ……。落第騎士(ワーストワン)・黒鉄一輝……。こいつは学園全体から……寄って集って虐められている……、とてもかわいそうな、男なんだ」

「…………え?」

「……ッ」

 

 ビクリと、少年の身体が震える。

 

「黒鉄家は一応……名家って、やつでね……。優秀な伐刀者を、代々輩出してきた家で……日本の騎士の元締め……みたいなこともやっている。……で、そんな古い家ともなると……ベタなあれが起こるわけ。――『我々は選ばれし優秀な一族。伐刀者の才無き者は黒鉄にあらず!』……ってね」

「……!」

「そんな勘違い一族に……Fランクが生まれたもんだから、さあ大変! 偉大なる黒鉄家に……落ちこぼれが生まれるなんて、末代までの恥! 親族連中は……徹底して一輝を、いない者として扱い……伐刀者としての訓練を、受けることも許さなかった……。もちろん、両親もね? ……ていうかそれの筆頭が、あの父親なんだけど。……『無能は何もするな』って、直接一輝に言い放って……。確か……五歳の頃、だったかな?」

「! そんな……ッ」

 

 生まれ持った能力が足りないだけで、幼い子どもが実の親から排斥され、心無い言葉を投げつけられる。それは、両親からたくさんの愛を注がれ育ってきたステラには、想像も付かない恐怖だった。

 

「でも愚弟は、頑固でね……? そんなんじゃ諦められずに……自分で努力して、密かにこの学園に入っちゃった。……そしたら……後はもう、分かるでしょ? 実家から学園側へ、圧力をかけて……ひたすら学生生活を、妨害だよ。モラルのない生徒を扇動して……喧嘩や虐めを誘発したり、……こいつが授業に出られないように、規定を変更したり」

「な、何よ、それ! 学園が悪意を持ってそんなことをしたの!? クロガネ弟一人を標的にして!?」

「フフ……私も、驚いたよ……。特別招集から、帰ってみれば……いつの間にか、『低ランクは危険だから授業を受けさせない』なんて……新制度が、できているんだもの。……くふ。前理事長は、本当に勤勉だったなぁ。……もう引退したけど」

「……ッ」

 

 ステラは身体の痛みも忘れてリング外の黒乃へ視線で問うた。

 はっきりとした返答はない。

 けれど苦汁を舐めたような彼女の表情を見れば、事の真偽は容易に察せられた。

 

 

 

「まっ! そんなことは……どうでも良いんだけどッ!!」

 

 ――ドゴンッ!!

 

「ぐぁあ!!」

「ッ!? な、何やってんのよ、アンタ!」

 

 ショックを受けるステラを現実へ引き戻したのは、石床から伝わってきた激しい振動だった。弟を蹴り飛ばした姿に唖然とするステラを横目に、刹那は愉しそうに話を続ける。

 

「実家の見栄も、学園の腐敗も……私にとっては、全てどうでもいいんだ。…… 私はただ……見苦しい弱者を蹂躙できれば、それでいい。……父の企みも、弟の苦悩も……戦いの愉しさに比べれば、どうでもいい些事でしかない」

「ッ!? アンタ、本気で言ってるの!?」

「本気も本気……、あぁ、揉め事は戦いのタネになり得るから……スパイス程度の価値は、あるかもね……? そのために、留年させられそうだったコイツを……無理矢理二年に、上げてやったわけだし……。まぁ、今のところ……サンドバッグか、練習台代わりにしか……なってないけどね? クヒッ!」

「ッ~~~~!」

「まあ、弟が姉の奴隷なのは……紀元前から続く、摂理だから。特に心配しなくて……大丈夫だよ? クヒヒヒッ!」

 

 そう言って刹那は心底愉しそうに身体を震わせ、俯くステラへ嗤いかけた。

 

「…………そう。……よく、分かったわ」

「――お? なんだ……まだ、元気?」

「ええ……おかげさまでね」

 

 気付けばステラはその場に立ち上がっていた。

 身体は今も鈍痛が続き、手足もガクガク震えて立ち眩みも酷い。

 けれど、それらを遥かに上回る激情が痛みを忘れさせていた。

 

「姉が(下の子)を……奴隷にして当然……? ふざけんじゃないわよッ、この野郎ッ!!」

 

 歯を強く食いしばり、震える膝を殴り付けて、ステラは嘲笑う刹那を睨みすえる。

 こんなにも大きな怒りを内包できた己の心に彼女自身が驚いていた。

 震える両手で大剣を構え、嗤う怨敵へ切っ先を向ける。

 

「アンタみたいなヤツに、絶対に負けるもんかッ!!」

 

 それは自分の弱気へ向けた言葉でもあった。

 このような巨悪を前にして、お上品に挫折している場合か――と。

 思い出せ、なぜ自分は騎士の道を志した?

 家族を……、祖国を……、理不尽な暴力に晒される弱き人々を守るためだろう!

 

 相手が強いからどうした?

 ならばこっちも強くなればいい!

 

 一度負けたからどうした?

 その程度で心折れるほど、ヴァーミリオンの女はお淑やかではないッ!

 

 目の前にいるのはなんだ……?

 己の愉悦のため、家族にさえ苦痛を強いる人格破綻者だ。

 ならばやるべきことは一つだろう、ステラ・ヴァーミリオン!

 

「立ち上がりなさい、妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!! 無法に泣く民を、この手で守るためにッ!!」

 

 折れかけた心に再び火が灯り、紅蓮の皇女(眠れる竜)は高らかに吠えた!

 そして溢れる感情のまま敵を強襲しようとし――

 

 

 

「よく言ったああッ、ヴァーミリオンさん!!」

 

 ――ズガアアーーンッ!!

 

「って、えええええーーーッ!?」

 

 誇りを取り戻した皇女が立ち上がり、さあ巨悪を打ち倒すぞ!と剣を構えた瞬間!

 刹那の視線が一瞬逸れたのを見て取って、黒鉄一輝は立ち上がり斬撃を放っていた。

 

「ええい、クソッ! この程度の不意打ちじゃやっぱり当たらないかッ!」

「ククッ。どうやら……役者の才能は、ないみたいだね……愚弟?」

「うっ……うるさいな!! 僕は剣に生きるから良いんだよッ!」

 

 背後からの一閃を容易く防がれ、一輝は仕切り直しにステラのもとまで後退してきた。

 その軽やかな身のこなしからは、戦闘で受けた傷も、姉の罵倒による精神的ショックも微塵も感じられない。

 

「ぜ、全然無事じゃないの、アンタ!!  あの傷付いたような顔はなんだったの!?」

「ハハッ、あんなの全部演技だよ! ボコボコにされるのも罵られるのも10年以上続く日常だからね! 今さらショックなんか受けようがない!」

「え、えぇぇ……」

 

 なんとも言えない顔で呻きを上げるステラ。

 ……端的に言えば若干引いていた。

 虐げられる弟を悪逆な姉から助ける、という割とヒロイックな場面。

 物語みたいな一幕にちょっとだけワクワクしていたのに、蓋を開けてみれば本人は全く気にしていない上、自分は囮として有効活用されていたという……。

 

「いやー、ありがとう、ヴァーミリオンさん! 君が時間を稼いでくれたおかげで助かったよ。あのままだったらいつも通り、背骨砕きからの内臓クラッシュだったからね! 命拾いした!」

「あ、ウン……どうも」

 

 いや、虐められていた少年が見かけよりずっと逞しかったことは喜ぶべきことなのだが……。

 なんというか、こう……アレだ。

 盛り上がった気分にバケツの水をぶっかけられたみたいで、ステラはちょっと釈然としなかった。

 

「――お話は済んだ?」

「「ッ!?」」

 

 ――ザンッ!!

 

 二人の間を通すように神速の斬撃が駆け抜ける。

 瞬間、少年と少女は弛緩していた空気を切り替え、素早く地を蹴った。

 

「ッ~~~~、ああもうッ!! この際利用されたことも勘違いも水に流すわ!! それよりも今はあの性悪女をブッ飛ばす方が先決よッ!!」

「気が合うね、同感だ!! ってことで、ここは共闘しないかいッ!」

「オーケー! 二人で吠え面かかせてやりましょう!!」

 

 この期に及んで『二対一はフェアじゃない!』と喚くほど現実が見えないステラではない。一人で挑んだところで再度一蹴されることは目に見えている。なら今は、プライドより実益を取る程度の融通は利かせられた。

 

 ――とは言ったものの、

 

「正直! まともにやって勝てるビジョンが思い浮かばないんだけどッ!」

「奇遇だね! 僕もだ!」

「じゃあダメじゃないのッ――ひやああッ!?」

 

 20メートル先から放たれた“飛ぶ斬撃”をステラは慌てて躱す。

 

「な、何よ今の! 魔力を全く感じなかったわよ!?」

「姉さんの遠距離技だよ! 魔術でも伐刀絶技でもない物理的な剣術! 光って飛ぶ斬撃が何もかも切り裂くよ! 注意して!」

「幻想形態なのにどういうことッ!?」

「そういうビックリ人間なんだよ、あの人はッ!!」

 

 本当に同じ人間なのか、あの女は!?

 奇しくも10年前に長男が抱いたのと同じ疑問だった。

 

「そんな化け物みたいな人だからチマチマ戦っても勝ち目がない! ここは短期決戦――いや、二人の全戦力を注ぎ込んだ一撃に賭けるしかないと思うんだけど、どうかなッ!」

「いいわ! アタシには方法なんて思い付かないし、アンタに乗ってやるわ! どうすればいい!?」

「最大火力ならAランクの君の方が遥かに上だ! 僕がなんとか時間を稼ぐから、君は自分に撃てる最強の一撃を練り上げてくれッ! そして準備が完了したら、僕ごとまとめて焼き払って!」

「ええ、分かったわ。じゃあ頑張っ――ってえええ!? 何言ってんのよ、アンタ!」

 

 条件反射で頷こうとして慌ててツッコんだ。

 そんな『買い物ついでにTSUT○YA寄って来て』みたいなテンションで何を言ってやがるのか、この弟君は!

 

「それくらいしないと一発当てることすら不可能だから! 幻想形態なんだし遠慮なくどうぞ!」

「覚悟キマり過ぎでしょ!?」

「死ななきゃ全部かすり傷だよ!」

「ああ、もうッ! 分かったわよ、この死に急ぎマン! 後で寝込んでも知らないからねッ!?」

 

 姉は姉で化け物だが、弟も弟でどっかおかしい!

 極東の異文化に戦慄しながら、ステラはやけくそで魔力を練り始めた。

 

「燃え上がれ! 妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!!」

「良い魔力の圧だ! じゃあ僕も――――【一刀修羅】ッ!!」

 

 一輝の全身から()()()()()()蒼い光が漏れ始める。見た目にはほとんど変化はない。しかし今の臨戦状態のステラには、彼の力が跳ね上がったのが肌で感じられた。

 

「なりふり構わない魔力放出で身体能力を50倍! 制限時間は今のところ約5分! 終わったらブッ倒れるから後よろしくッ!!」

「伐刀絶技までキマってるわね、こいつ! ――良いわ! 勝利宣言で起こしてあげるから安心して死んできなさい!!」

「オーケー!!」

 

 野獣のような笑みで一輝が飛び出した。

 

「うオラアアアーーーッ!! 行くぞ、姉さんんんッ!!」

「クヒヒッ!! いいね、一輝! 付き合ってあげるッ!!」

 

 応じた刹那もまたこの試合で初めて魔力を纏い、その身を宙へ躍らせた。

 そこから始まったのは、今までの攻防が児戯に思えるほどの超次元戦闘。

 リングを縦横に駆けるだけでなく、今の刹那と一輝は空すらも翔けていた。おそらくは魔力で足場を創っての三次元機動だろう。

 一瞬の内の10閃、20閃など当たり前。激突する回数も斬撃の威力も遥かに増し、二人は訓練場の上空に数千に及ぶ火花を咲かせた。

 

(なんて動き……! アタシじゃとても……!)

 

 相も変わらずステラの眼には二人の影すら見えない。

 あまりの実力差を目で見えず(見て)理解させられ、彼女の内心は屈辱ともどかしさで溢れ返る。

 

(ッ……いや、焦るな。今はとにかく、全力で魔力を練り上げろ!)

 

 しかし、これで心折れるほど今の彼女は柔ではない。

 王族としての誇りのため。

 そして命賭けで血路を開いてくれる仲間のため、屈辱も悔恨も投げ捨てて霊装に魔力を込め続ける。

 Aランク騎士としての恵まれた力。

 平均の30倍と言われる魔力量。

 使いきるなら今ここだ!

 

「お手本ならついさっき見せられたでしょ! お前も根性見せろッ、ステラ・ヴァーミリオンッッ!!」

 

 ――轟ッ!!

 

 限界を超えた魔力が身体から溢れ、紅の大剣に吸収されていく。ステラが大技を放つ際のいつもの魔力収束過程。しかしその規模と熱量が段違いだった。

 幻想形態であるにもかかわらず、紅く輝く魔力は確かな熱を帯び、周囲の石床を赤熱・融解させていく。

 ステラにはまだ、魔力を全て無駄なく扱えるほどの技術はない。戦っている二人に比べれば目を覆いたくなるほど稚拙な魔力収束だ。

 

「う、あああああああ゛あ゛ーーーーッッ!!!!」

 

 しかし構わない。

 どうせできないのならもう気にしない。

 代わりに今できる全てを出し切れ。

 試合後に残そうなどと考えるな。

 死が囁くギリギリまで、細胞全てから魔力を捻り出せッ!!

 

 

「――4分30秒ッ! ステラああああッ!!」

 

 残り30秒。ボロボロになった一輝が空から叫ぶ。

 

「いけるわッ!! 動きを止めて、イッキ!!」

「了解! ――第四秘剣・蜃気狼おおおッ!!」

 

 五人に増えた一輝が空中から刹那に殺到する。五方向から同時に振り下ろされた隕鉄。音速を超えた()()()()()()()()リングを粉砕した。

 石板を叩き割り、派手に吹き上がる砂煙。

 微かに目を見張った刹那は自分を半包囲する一輝から逆方向へ跳躍する。

 

「その程度で、私に……」

「――取った!!」

「ッ!」

 

 距離を取った刹那の背後から、本物の一輝が現れ姉の身体を拘束した。

 幻影にまで破壊力を持たせた第四秘剣(隠し球)を囮に、本命は“抜き足”による背後からの強襲。残り全ての魔力を筋力へ回し、一輝は全力で刹那の身体を押さえ込みにかかった。

 刀を持った右腕を握り締め、離されないよう胴体を抱え込み、その場から動けないよう両脚でリングをブチ抜き錨とする!

 

「ステラッ!!!」

「【天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)】ーーーーーッッ!!!!」

 

 そこへ一片の遅れも躊躇もなく、見上げるような獄炎の大剣が振り下ろされた。即席のコンビネーションは完璧に決まり、動けない刹那に致命の一撃が迫る。

 

 命の全てを擲つような一輝の拘束のおかげで、この化け物とて後2秒は動けない。

 それだけあれば十分だ。

 今から大技を撃つことなどもう不可能。

 一輝を引きずって逃げたとしても爆炎の効果範囲からは逃れられない。

 どう足掻いても詰みの状態。

 取るに足らない弱者たちの二刀が、怪物の喉元を食い破ったのだ!

 

 ――会場の誰もがそう確信し、見事なジャイアント・キリングに称賛の声を送った。

 

 

 

 

 

 

 その中心にいる、ただ一人を除いて……。

 

 

 

「ま……、60点って……ところ?」

 

 

「「え……?」」

 

 

 唯一自由な刹那の左腕が――()()()()()

 音も衝撃も引き起こさず、分子の間隙を縫って繰り出された手刀は一瞬の内の100閃。

 魔力を纏って飛び出した白銀の刃たちは、やがて両者の中間点で獄炎の大剣とぶつかり合う。

 拮抗はほんの一瞬。

 数十メートルにも及ぶ極大剣と食い合った極小の刃たちは、実にあっさりと、何の抵抗も受けず、

 

 

 ――巨大な炎竜を1000の欠片に分断したのである。

 

 

「……う……そ」

 

 会場中が息を呑む――否、あり得ざる光景に恐怖する。

 Aランクの天才騎士が、命を削る勢いで繰り出した究極の一刀。

 アレとまともにぶつかり合って防げる者など誰もいないはずだった。

 その渾身の必殺技を……、それも、この土壇場で数段強化された奥義を、素手で切り刻まれたステラの驚愕は如何ばかりか。

 会場ごと時間が止まったように彼女は呆然と動きを止めていた。

 

「じゃ、今度こそ終わり、ね?」

「――ハッ! しまっゴフぇえ!?」

 

 正面に意識を戻した直後、振り切られた左腕から飛んできた鎌鼬に額を強打され、ステラの身体は空中へ巻き上げられた。視界がグワングワンと縦に五回転した後、第二皇女様は見事頭からリングに突き刺さる。

 

「あばフッ!?」

 

 生命力のギリギリまで魔力を出し尽くしていた彼女にとって、それはオーバーキルもいいところのKOパンチだった。もはや指先一つ動かせない轢かれたカエル状態だ。

 

(い゛……イッキ、お願い……! なんとか、最後に……一矢だけでも……!)

 

 視線すら動かせない暗闇の中、ステラは戦友へせめてものエールを送り……、

 

 

 ――で、……お前はいつまで……抱き着いてるの?

 ――ぐわああああーーーッ!?

 

 

(あぁ……、ダメだったかぁ……)

 

 最後に聞こえたギャグみたいな悲鳴で結果を悟り、ステラの意識は闇に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ピッ……ピッ……ピッ……。

 

「…………ケホッ」

 

 消毒液の匂いで目を醒ます。とりあえず嗅覚は無事。

 天井が見えるから視覚もオーケー。

 電子音が聞こえるので耳もまあ大丈夫だろう。

 額に乗せられたアイス○ンはひんやりと心地良く、敗北の苦みも口いっぱいに広がっている。

 命と五感がとりあえず無事なことに安堵した後、彼らは相棒の安否を確認した。

 

「ねえ……生きてる?」

「いや……死んでる」

「奇遇ね、私もよ」

 

 即席の伐刀者コンビは病院のベッドに仲良く並べられていた。

 一輝は身体中の打撲、裂傷、及び一刀修羅の後遺症で……。

 ステラは生命活動に支障が出るほどの魔力放出で、それぞれ完全にダウンしていた。辛うじて減らず口だけは叩けるが、身体は亀よりも遅い速度でしか動かない。

 完膚なきまでの完全敗北であった。

 

「ッ~~~! あ~もう、悔しい、悔しい、悔しいイイッ!!」

 

 敗北を現実として受け入れたところで、悔しさが怒涛の如く押し寄せてきた。

 いや、悔しさだけではない。あの謎生物の理不尽さに改めて怒りが込み上げてきていた。

 

「もうッ、なんなのよ、あいつ! あの技、アタシの切り札だったのよ!? しかも試合中に劇的なパワーアップまで果たしたのよ!? こんなの普通はもう勝ち確の場面じゃない! なのになんでアレを腕の振りだけで消し飛ばせるわけ!? 頭おかしいんじゃないの、アンタの姉さん! ええい、日本の魔導騎士は化け物かあッ!」

「ごめん……。『姉さんだから』としか言えない」

「ものすごい説得力のある解説はやめてッ!」

「い、いやでも、ステラさんは十分凄いよ! 一回目の挑戦で姉さんとちゃんと戦いになったんだから! 僕なんて10秒以上生き残るのに何年かかったことか! ……うん本当に……何百回かかったことか。何度も何度もボコボコにされて、その度に素手で霊装を叩き折られて、頭を踏まれて罵倒されて……。いやもう……負けることに関しては世界一と言っても過言ではないかな、僕はッ。アハハハハッ! ハハハ……ハハ、…………はぁぁ」

「ご、ごめん」

「いや……こっちこそ」

 

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

 

「ン、ンン゛!」

 

 数秒の気まずさの後、ステラは咳払いしつつ問いかける。

 

「……アンタ、本気でアレに勝つつもり?」

「え?」

「だってそうでしょ? 七星剣武祭で優勝するってことは、あの怪物に勝たなきゃいけないってことじゃない。アンタはあいつに、本気で勝つつもりなの? いえ……、“勝てると思えて”いるの?」

 

 ステラは軋む身体を押して傍らへ顔を向けた。

 同時に一輝もそちらを向き、お互いの視線がかち合う。

 疲労と負傷で草臥れた、なんとも酷い顔色だった。

 しかし笑う気にはなれない。きっと自分の顔も似たようなものだから。

 

「そうだね。ここで『絶対に勝つ!』と言えればカッコいいんだろうけど。……正直、どうやれば勝てるのか未だに取っ掛かりすら見えないよ。今日なんてAランクの君と二人がかりだったのに一蹴――もとい、惜敗しちゃったし……」

「気を遣わなくて良いわよ。思い切りの惨敗だったわ。特にアタシなんてほぼ何もできずのお荷物だったし」

「そ、そんなことは……」

「いいの、自分が一番よく分かってるから。Aランクってことに無意識に驕っていたんでしょうね。あなたたちを見ていると、自分の鍛え方なんて全然足りなかったって思い知らされたわ」

「…………」

 

 一輝は何も言わなかった。ステラが自虐ではなく本当にそう思っていることは察せられたし、何より言い分には一輝も同意だったからだ。

 

 ……大丈夫だろうかと心配になる。

 圧倒的な存在を前にするとしばしば人は打ちのめされ、歩みを止めてしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()から大丈夫だったが、彼女がもしここで膝を折ってしまったら……、

 

「大丈夫よ」

「え?」

 

 煤だらけになった顔の中で、紅蓮の少女の笑みは輝いていた。

 

「不思議なの。人生で一番打ちのめされているはずなのに、『諦めよう』とか『もうやめよう』とかは全く思わないのよ。むしろもっと頑張らなきゃ、ってやる気が湧いてるくらい」

「えっと……それはどうして?」

「…………むー」

 

 純粋に疑問に思って一輝が問うと、せっかくの可憐な笑みが消えてジト目になってしまった。……なぜ?

 

「ここでそれを聞くのは野暮じゃないの? ここは無言で頷くとか、訳知り顔で笑うとかそういう場面でしょ?」

「え、えーと……? どういう……?」

「ッ~~~、あぁ、もう!」

 

 それでもやっぱり分からず聞くと少女の顔にサッと朱が差した。

 

「アンタの頑張る姿に心打たれたってこと! 凄い剣士のルームメイトとして、これからアタシもいっしょに頑張っていけたらなあ――って思ったの! 言わせんな、恥ずかしい!」

「へぁ!? ご、ごめん!」

「しかもこれ『Fランクが頑張ってるのに負けてられるか』っていう割と失礼な感想も入ってるんだからね!? 大きな声で言わせないでよ! もうッ!」

「は、はいッ、もう聞きません! ごめんなさい!」

 

 失礼で済まないと宣言されたのに、なぜにこちらばかり謝っているのだろう?

 若干の理不尽みを感じたが、一輝は決して嫌な気はしなかった。

 

「え、えっと……その、ありがとう? この学園じゃ今まで友達なんていなかったから、ルームメイトにそう言ってもらえると……その、嬉しいよ」

「……そうじゃないでしょ?」

「え?」

 

 ベッドの上で起き上がったステラは、仕方のないヤツを見る目で苦笑していた。

 

「これからお互いに切磋琢磨して、あいつを追い掛けようって言うのよ? だったら、アタシたちに相応しい関係は他にあるじゃない」

「ッ! ……あぁ、そうだね。確かに、僕たちの関係はただの“友達”じゃない」

 

 ニヤリと笑い、互いに手を差し出す。

 

「じゃあ、改めて自己紹介しましょうか? アタシの名前はステラ・ヴァーミリオン。才能に胡坐をかいて打ちのめされちゃったけど、何度でも立ち上がって強くなってやろうって決意した諦めの悪い女よ。――今の目標は、あの性悪女を倒すこと!」

「僕の名前は黒鉄一輝。才能が足りなくて絶望していたけど、それでもこの道以外を選ぶことのできなかった諦めの悪い男だよ。――今の目標は、あのムカつく姉さんをブッ飛ばすこと!」

 

 

 

「「これからよろしくね、好敵手(ライバル)さん?」」

 

 

 

 ボロボロの二つの拳が小さく、しかし確かな音をもって打ち鳴らされた。

 後に世界へ名を轟かせる二人の剣士、黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオン。

 彼らの輝かしい英雄譚は、今この瞬間をもって産声を上げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その英雄の卵たちに追い掛けられることになった、件のラスボスは現在――

 

 

「フッ……戦いを経て、新たに結ばれる、友情。……美しい」

 

 

 2km先の公園から病室を覗き見ながら、腕組みして木に背を預けていた。……いわゆる後方師匠面である。

 その満足そうな表情からは、試合中に見せた悪意や嘲弄など綺麗さっぱり消えていた。今の彼女は弟に友達ができたことを喜ぶ、(多少)行き過ぎたブラコン姉ちゃんに他ならなかった。

 

 なにゆえ彼女があんな真似をしたのか?――と問えば、偏に弟のためである。

 心を鬼にして(※それまでも十分鬼)一輝を導くことを決意したあの日から10年。一輝は王馬や珠雫と友誼を育みつつ、武芸者として順調に成長を続けていた。

 ゆえに刹那も、中学以降は当初ほどの悪役ムーブは控えつつ(当社比)、たまに三人に絡んでは訓練して揉んでやる、という“迷惑な親戚の姉ちゃん”くらいの立ち位置に落ち着いていた。

 

 ……しかし今から一年ほど前、ちょっとした計算違いが起こってしまう。

 父・黒鉄厳を仕事量で忙殺するため、刹那は精力的にテロリストを血祭りに上げ続けていたのだが、勢い余って少々頑張り過ぎてしまった。

 国外からの刺客も国内の不穏分子も、犯罪を企図した10分後にはスピード処理していたため、なんと一年前、ついに国内から違法伐刀者がほぼ壊滅しちゃったのである!

 

 世間一般からすれば万々歳。

 しかし刹那からすれば困ったことこの上ない事態だった。ただでさえ父が関係者への謝罪行脚に慣れてきていたのに、よりにもよって一輝が破軍学園へ入学する年にかち合わなくても良いだろうに……!

 案の定、厳は時間的余裕ができた途端、一輝への妨害工作を開始した。権威主義者の前理事長を抱き込んで一輝への虐めを誘発したり、子飼いの教師に命じて一輝にだけ厳しい評定を付けさせたり……。

 

 そんな状況をこのブラコン姉が許しておくわけもなく、高校二年時において、黒鉄さんちのラスボス姉ちゃんは満を持して復活した。活動内容は幼少期と同じく、『コレは私専用のサンドバッグだから手出し無用な?』という、もはや手慣れた手口。

 最初は反発していたクズ教師や不良生徒たちも、刹那が誠心誠意お話すれば快く了承。前理事長も【長女の慈悲(みねうち)】(※3話参照)を使って優しくお願いすれば涙を流して刹那の意に賛同し、辞表を提出して田舎へ帰っていった。

 そうして刹那は何の憂いもなく再びラスボス業に邁進し、今日も元気に弟を特訓(ブチのめ)しているのである。

 

 ……ちなみにステラに対していろいろ当たりがキツかったのは、黒鉄家が送り込んだ刺客や工作員ではないかと疑っていたからだ。

 コミュ障ゆえに直接聞くことができず、また、風聞維持のため事情を打ち明けることもできなかったため、なんとも意地の悪いやり方になってしまった。このポンコツ姉にしては珍しく本気で猛省中である。

 もちろん今では彼女のことは微塵も疑っておらず、弟に優しい友達ができたことに心からの喜びと感謝を抱いている。

 次に会ったときには誠心誠意謝る――――はキャラ的に無理だから、また模擬戦に付き合って限界を超えさせてあげようとお礼を画策している。

 ……世間ではそれを『恩を仇で返す』と言うのだが、生憎ツッコんでくれるような友達は一人もいなかった。

 

 

「クフフ。……これでますます……一輝は鍛錬に、集中できる。……頼もしいライバルも、できたことだし……さらに実力を、伸ばしてくれるはず。……そして来たるべき、七星剣武祭で……本気の私を、打ち負かし……今までお前を馬鹿にしてきた奴らを、一気に見返してやるんだ!」

 

 

 

 ゾワリッ!

 

 ――どうしたの、イッキ?

 

 ――い、いや今……さらに寿命が縮まったような気が……?

 

 ――え? 頭でも打った?

 

 

 

 弟が病室で謎の悪寒に襲われたことなど知る由もなく、今日も今日とてラスボス姉ちゃんは、脇目も振らずに我が道を邁進していく。

 

「さあ……次のトレーニングメニューを、組んでおこう……! 終盤……一刀修羅の制御、甘くなっていたし……、明日はもっともっと、命の危機まで追い込んで……効果時間を延ばさせて、あげよう。……きっとあの子も、喜んでくれるはず……! さあ頑張れ、一輝! じゃすと・どぅーいっと!!」

 

 

 

 ――ひぅッ!!?

 

 ――ッ!?  や、やっぱり顔色が悪いわよ、イッキ! とりあえず横になって! えーと、ナースコールは……ッ。

 

 ――だだだ、大丈夫だよ、ステラぁ! ここ、これくらいの不調で参っていたら、騎士として大成なんてとてもできなろろおぉおお??

 

 バタン。

 

 ――い、イッキいいいいーーーッ!!?

 

 

 

 

 

 これは、最強のポンコツ姉ちゃんが弟を幸せにするために全力で頑張る、hurtful姉弟愛ストーリーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なお、弟の精神状態については考慮しないものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物紹介

黒鉄刹那:
 破軍学園三年。伐刀者ランクA。
 これまで数え切れないほどの違法伐刀者をその手で屠り、同時にそれ以上の一般伐刀者をボコボコにしてきたヤベー女。有名な二つ名は『黒鉄の白髪鬼』、『国家公認テロリスト』、『史上最悪の七星剣王』などなど、そのほとんどが天下に轟く悪名(※事実)。
 何者にも従わず、邪魔するものは力で排除し、それでも功績によって全ての罪を許されてきたその姿は、まさに最強最悪の学生騎士。

 その正体は、弟妹たちのことが大好きで仲良くなりたいだけのポンコツ残念(ざんね)ーちゃん。
 高校二年時、父が頑なに一輝のことを認めず、ついには妨害工作まで開始した姿を見て、『こりゃなんとかしなければ』と悪役ロールを再開。
 加えて、『一輝が七星剣王(最強)になれば皆から尊敬されて虐めも無くなるんじゃね?』という脳筋思考に至り、悪役ロールと並行しながらますます精力的に一輝を鍛える日々が始まった。
 弟ならいずれ自分を上回ってくれると本気で信じているので、本番でわざと負ける気などさらさら無い。来たる七星剣武祭本戦において、一輝が自分を正面から打ち破って名を上げることを夢見て、ワクワクしながら毎日を過ごしている。
 ……重過ぎる期待をかけられてしまった弟君の明日はどっちだ。




黒鉄一輝:
 破軍学園二年。伐刀者ランクF。
 元々覚悟ガン決まりの修羅系男子――が、オリ主によって10年間鍛えられたことでかなり強化されている。たぶん原作の七星剣武祭なら今の時点で優勝できる。
 学園入学後、しばらくは実家の工作による虐めが続いていたが、ぶっちゃけ姉の特訓の方が遥かに過酷だったため、同級生に多少殴られる程度大して気にも留めていなかった。
 むしろ姉の訓練が始まってからの方がキツい。一日最低一回、日課のように死線を潜らされるので『マジふざけんな!』と言いたい。けれど確実に強くなれているのも事実なので、強く文句も言い辛いというジレンマ。
 小学生時代から今まで、姉の優しい時期と厳しい時期と鬼の時期が頻繁に切り替わってきたので、その度に精神を揺さぶられて宇宙猫になることも多かった。最終的に『あの人が何考えているかなんて気にするだけ無駄』と、保留という名の現実逃避に至る。
 今も訓練と称して全身の骨を砕かれた後に、優しく回復魔術をかけられたりしており、その度に情緒が破壊されている。
 ――結局この人って優しい姉なの? 恐ろしい大魔王なの? 全然わかんないよッ!

 精神も肉体も容赦なくボコボコにされる姿が学園の至るところで目撃されるため、結果として不良生徒がドン引きして虐めの件数が減った、というのが原作との相違点。
 ただし受けているダメージ量は遥かに多いので、どっちがマシかは判断に困るところ。




ステラ・ヴァーミリオン:
 破軍学園一年。伐刀者ランクA。
 今話から初登場なので、原作とそこまで大きく変わらないメインヒロインさん。ただし一輝との出会い方にちょっと変化がある。
 姉とはいえ超絶美人の女の子といつもいっしょにいたため、一輝の女性への対応が原作よりややスマートに……。そのため『自分も裸になってフィフティフィフティ事件』も起こらず、二人の出会いは割と友好的なものに収まった。
 そんなわけで、羞恥心や反発心からの恋心昇華というジャンプアップも起こらず、結果、恋人というよりは戦友的コンビとなってしまった二人。ただし、好感度や敬意自体はお互いかなり高いので、今後の動き次第で恋人昇格も十分あり得る間柄。

 ステラから刹那への感情は、強いマイナスと超強いプラスが混在しているといったところ。伐刀者としての突出した実力は素直に認めており、なんなら無意識の内に憧れの気持ちすら抱いているレベル。
 一方で、普段の無礼な言動や弟に対する態度は到底許せず、人間的な評価値は最下点。ただ、当事者である一輝の反応が意外にも明るいので若干の肩透かし感を抱いている。そしてこの後の学園生活においても、一輝が迫害される場面が意外に少ない現状を見て、ますます困惑が深くなっていく。

 ――あれ? そんなに酷い虐めじゃない……? いやでも、陰口や嘲笑は一定数あるし……。でも、直接喧嘩を売られることはあまりないみたいだし。むしろイッキの方が偶にヤバイ目で見られているような……? う~ん、どういうことなの?

 皇女様はしばらくの間、異文化交流に手古摺ることになった。


 ……ちなみにこの世界線の一輝君は『ハラキリしろ』と言われたら割と躊躇なくやれてしまうので、出会いが穏便に終わったことはお互いにとって幸運だったことを記しておく。
『死ななきゃ全部かすり傷だよ!』
『冗談だからやめて!?』














 お読みいただきありがとうございました。
 原作時間軸のお話を書きたいと思い立ち、番外編としてアニメの第1話までを書いてみました。オリ主の存在による変化が無理なく描写できていたでしょうか? 違和感なく楽しんでいただけたのでしたら幸いです。

 今回突発的な思い付きでしたので、続きを書くかは全くの未定です。
 書いたとしても、原作の印象的なシーンを飛び飛びに描写する形になると思いますので、連載にはせず完結マークも付けたままにしております。
 作者にやる気が湧いてまた続きを書く機会がありましたら、暇潰しがてら読んでやってくださいませ。
 ではまたどこかで。








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