黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

13 / 14
楽しい破軍学園生活 ~異文化交流を添えて~

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 黒鉄一輝(くろがねいっき)の朝は早い。幼少期から行われてきた早朝の鍛錬は、16歳となった今も途切れることなく継続されていた。軽い準備運動から始まり、10km単位で行われる高速ランニング、重りを用いた筋力トレーニング、ミリ単位で修正を繰り返す素振り・型稽古・シャドースパーリング等々。一年毎にブラッシュアップされてきた鍛錬内容を黙々と消化していく。

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

「ゼハァ、ゼハァ、ゼハァ……!」

 

 一般人なら見るだけで吐きそうな高負荷トレーニング。しかし一輝からしてみればこの程度、本格的な鍛錬前のウォームアップに過ぎない。努力という段階はとうの昔に通り過ぎ、これらのルーティンはもはや食事や呼吸に等しい彼の日常の一部となっていた。

 ゆえに――

 

「ゲッフ……! ゲホッ……ぜぇ、ぜぇ!」

「さてと、アップはこのくらいでいいかな」

「へぁッ!? ア、アップ!? これがッ!?」

 

 この修羅のごとき少年が、自らをさらに追い込む鍛錬に臨むことは必然であり、

 

「初日から無理し過ぎると危ないし、ステラは少し休んでから追って来てね? ――じゃあ、また後で!」

 

 ――ドンッ!!

 

「ッ! ハアッ、ハアッ……、待っ、イッキ……うォぇ……! あ、アタシも……ハァッ、ハァッ……アタシも……いっしょに、行…………k……ウッッッ!!!?」

 

 

 

 

 

 ――う゛オロrΔ♯×%&●♪$Λ§~~~ッ!!!!

 

 

 今日初参加の初心者(ステラ)虹色の光(竜王の焔)を解放することもまた、必然であったのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「『死ぬ気で鍛える』って言ったって、限度ってモンがあるでしょうよ……、おぇッぷ!」

 

 入学式直後の一年の教室にて、ステラは今朝に引き続き蒼い顔のまま机に突っ伏していた。原因は言わずもがな、彼女のこれまでの自主練を遥かに上回る運動量、プラスその後に見せられた尊敬すべきルームメイトの頭おかしい鍛錬内容である。

 準備運動(?)の段階ですでに一流アスリートを嘲笑うほどの強度だったにもかかわらず、ステラを置き去りに開始されたメインの鍛錬はさらに常軌を逸していた。

 ただ漫然と走るだけでなく、全力疾走とランニングを交互に繰り返すことで心肺を鍛える高負荷走行――――を、一輝は学園に隣接する雑木林の中で行っていた。地面以外に木の幹や枝の上まで不規則に飛び回り、高所落下の衝撃や三半規管へのダメージにも耐えるという、クレイジー極まるロードワーク。加えて、時おり木陰からナイフや矢が飛んで来るので一時も気が抜けない、という素敵仕様だ。(※自作の罠。鍛錬後は取り外しています)

 何よりおかしいのは、それを()()()()()()()で行っているという点だった。

 ……おかしい。自分はルームメイトの鍛錬に同行していただけであって、決して自殺に付き合っていたわけではないのに。

 

『ひょっとして見た目に反して簡単なのだろうか?』と試しにやらせてみてもらったところ、ステラは開始十秒で木の幹に激突して鼻血を噴き出した。

 ――良かった。やはり普通にやっているライバルが頭おかしいだけだった。

 ステラは安心して素振りに戻りながら残りの鍛錬を見守り続け、何度血反吐を吐こうと全力疾走を止めない一輝の様子にドン引きし続け……。そして鍛錬開始から一時間後、ハードトレーニングを終えて文字通り力尽きた一輝の身体を抱き起こした際、その体重が普段の4倍近い(※服の中に重り200kg)ことに気付いて彼女は考えるのをやめた。

 

 

 

「でもまあ……あれくらいやらないと、クロガネ姉(あの女)には追い付けないのよね」

 

 しかしながら、やはりこの少女も天才――否、怪物と呼ばれることに疑いのない逸材だった。ライバルの鍛錬内容に常識を破壊されつつも、強くなるためには必要なことだと思い直し、まだまだ覚悟が足りなかったと内心で反省する。

 

 そもそも魔導騎士とは進んで困難に立ち向かい、自らの力でそれを打ち破っていく者。

 ――命がけ上等。

 ――頭おかしい上等。

 肉体を虐め抜くことで強くなれるのなら、ぜひ自分もその道行きに同行させてもらおうじゃないか。ステラは友への尊敬と憧憬をさらに深め、己もまた修羅の道に飛び込むことを決意したのであった。

 ……娘が異国でヤバイ男に引っかかってしまったと知ったら故郷(くに)のお父さんはさぞ嘆き悲しむことだろう。だが生憎そんな些事を気にする者など日本(ここ)には存在しないため、皇女様は進んで地獄へ堕ちていくのだった。……黒鉄家当主の胃腸についても心配されるところである。

 

 

『新入生の皆さ~ん、入学おめでとう~。皆さんの担任、折木有里(おれきゆうり)で~す♪』

「おっと、ガイダンスの途中だったわね。集中、集中」

 

 聞こえてきた担任の声に反応し、ステラは宙ぶらりんだった意識を教室前方へ戻した。教壇の上ではやや顔色の悪い女性教師がマイク片手に元気良く(?)生徒へ呼びかけている。

 

『みんな、入学式での理事長先生のお話は覚えているよね? 我が破軍学園での七星剣武祭代表選考は、生徒全員参加による実戦方式だよ!』

 

 かつて破軍学園では能力値によって大会出場者を決めていたが、今から()()()に実戦による選抜へと変更されていた。無作為に選ばれた生徒たちが一対一で戦っていく学内選抜戦。戦績上位者六名が学園の代表となる、シンプルにしてフェアなやり方だ。

 

『学内戦は来週から開始だよ。日程や相手は生徒手帳にメールで送られるからこまめにチェックしてね?』

「なるほど、誰と当たるかは完全なランダム。相性の悪い相手や上級生なんかと戦う可能性もあるわけね。フフ、面白いじゃない」

 

 同年代の伐刀者(ブレイザー)たちと忖度なく全力で戦える機会など、皇女という立場では滅多に体験できなかった。

 しかしここではステラも一生徒。周りも代表入りするため死に物狂いで挑んでくるだろう。激闘の予感を今からヒシヒシと感じ、ステラは紅蓮の髪を高揚に輝かせた。

 

『戦いたくない人は棄権しても大丈夫、成績に影響したりはしません。だけどね、誰にでも平等にチャンスがあるって、とっても素敵なことだと先生思うの。不幸にも去年は大惨事になっちゃったけど、今年は新宮寺理事長もいてくださるし、きっと平等かつ平和的に決められるわ。だからぜひ頑張ってみて!』

 

「…………大惨事?」

 

 高揚の中、聞こえてきた物騒な単語と折木女史の苦笑い。

 気になったステラは優等生らしくピシッと手を上げた。

 

「あの、先生」

『ノンノン! ユリちゃんって呼んでね?』

「…………ユ、ユリ、ちゃん?」

『はぁ~い! 何かしらぁ?』

「…………」

 

 話の腰をヘニャリと圧し折られつつ、ステラは気を取り直して質問する。

 

「……えっと、去年の“大惨事”って何の話ですか?」

『あ、そっか、留学生のステラちゃんは知らないわよね』

 

 留学生は知らない? とすると国内では有名な話なのだろうか?

 

『去年の六月頃だったかな? 前理事長が『やはり代表は能力値で選出する!』って言い出して選抜戦を突然切り上げて、自分が推薦した高ランク生徒を代表に捻じ込んじゃったのよ』

「な、なんですか、それ!」

 

 ステラは憤慨して立ち上がる。せっかく平等に実力で決められていたというのに、そんな理不尽な横紙破りが罷り通っていたとは!

 そういえば前理事長といえば一輝の虐めを主導していたクズでもあったか。なるほど、その結果実力の伴わない生徒が代表となって大会成績が“大惨事”に……、

 

『で、二年生だった黒鉄さんがキレて、『ランクだけの木偶の坊なんぞ要らん!』ってその子たちを病院送りにしちゃってね』

「……え?」

『さらに勢い余って『自分の攻撃を受けて立っていた者が代表だ!』って、残りの候補者たちに襲いかかっちゃってね』

「…………え?」

『それで生徒会メンバーを中心とした実力者たちが一皮むけてさらに強くなって。結果としてウチの去年の成績はかなり良くなった、っていう冗談みたいなお話なのよ~』

「…………一体何やってんのよ、あの女」

 

 そんなアホな……と思いつつ、昨日のあのヤベー女の一連の行動を思い返してみれば十分ありえる話だった。ついでに模擬戦の最後の一撃まで脳裏によみがえり、ステラは二重の意味で頭が痛くなった。

 

『まあ、結局優勝は二年連続で彼女が掻っ攫っちゃったから、最高成績は変わらなかったんだけどね? 全国放送の表彰台で詰まらなそうに『去年と同じ景色で飽きた』って言い放ったときは、さすがに先生たち一同肝が冷えたわ~』

「…………本当に何やってんだ、あの女」

 

 戦いに生きる者の常として、伐刀者という人種は基本的にプライドが高い。若くして頭角を現した剣武祭代表者ともなればなおさらである。そんな連中を軒並み打ち負かした直後、生放送で何の遠慮もなく煽り散らかすとは……。

 おそらく今年は各校が死に物狂いで黒鉄刹那の首を狙って来るだろう。そのついでに『坊主憎けりゃ袈裟まで』とばかりに他の破軍生徒まで目の仇にされるかもしれない。控えめに言って由々しき事態である。

 

『ま、去年の黒鉄さんはあの時期なぜか不機嫌だったからあんなことになっちゃったけど、今年は最高学年になったことだし、さすがに危険な行動は慎んでくれるでしょう。だからみんなも安心して選抜戦に挑んでね~?』

「………………」

 

 腕組みするステラ氏……、担任教師の楽観論を頭の中で吟味してみる。

 

 ――あの女が?

 

 ――立場を自覚して?

 

 ――己の行動を自重する?

 

 ………………。

 

「……ないない。ありえない。絶対いろいろやらかす。そして揉める」

 

 ボコボコにされた昨日の記憶を思い起こし、ステラは約束された軋轢の予感に今から頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「さて黒鉄さん、なぜこうして呼び出されたか……分かっていますね?」

「? 特に心当たり、ないけど?」

「~~ッ」(ピキッ)

 

 爆速でフラグ回収する女・黒鉄刹那、新年度初日にして生徒会室へと呼び出されていた。当人のボケっとした顔とは裏腹に、室内に佇む役員たちは一様に緊張、もしくはピリついており、とても平和的とは言えない状況であった。

 

「相も変わらずふてぶてしいッ」

 

 茶髪少女が奥歯を噛み締めるのに呼応し、空中でバチリと紫電が弾ける。まさに一触即発状態だった。

 

「落ち着いて、刀華。あくまで冷静に、冷静に、ね?」

「わ、分かってるわ、うたくん……ンン゛ッ」

 

 破軍学園生徒会長・東堂刀華(とうどうとうか)は、額の青筋を揉み解しながら引き攣った笑顔を浮かべた。会長としてなんとか威厳と平静を保とうとしているが、この時点ですでに限界は近そうだった。……ほら、こめかみがピクついている。

 

「オホン……、新宮寺理事長の方針で、代表選抜が実戦式に戻ったことは聞いていると思いますが」

「ん、知ってる……。今から、楽しみ……ンフフッ」

「聞いているとは思いますがッ!」

 

 不穏さしか感じない相槌を大声で押し流し、刀華は両手で机をブッ叩いた。

 

「今年は変な横槍や越権行為などは入らないようになっています! だからくれぐれも……く、れ、ぐ、れ、も! 去年みたいなことはしないようにお願いしますね! 今日はそのことを念押しするためにお呼びだてしたんですッ!!」

 

 同級生の激しい物言い、プラス鬼気迫る表情。さすがの刹那も『ここは真面目に答えなければ……』と腕を組んで考え、

 

「去年……? 何か、したっけ?」

「~~どッ、どの口がぁ――!」

「会長、どうか冷静に」

「私は落ち着いてるよ、カナちゃん!!」

「なら霊装(デバイス)から手を離そうね、刀華」

「そうだ、そうだ……。暴力、反対ー」

「Δ♯×%&●♪$Λ§~~~ッ!!」

「君も少し黙っててくれるかなぁッ、黒鉄ちゃん(#^ω^)」

 

 血走った目で刀に手をかける東堂刀華(ミニスカおさげ眼鏡っ娘)を、幼馴染二人が――生徒会会計・貴徳原(とうとくばら)カナタと副会長・御祓泡沫(みそぎうたかた)――が必死で押さえている。

 

(! あ……あのときのこと、か)

 

 その尋常でない様子に、ようやく黒鉄刹那(白髪ジャージ女)のポンコツCPUも該当する記憶を探り当てた。

 

 ――去年の七星剣武祭代表選抜戦における事件。

 一昨年の刹那の優勝と世間からの称賛に味を占めていた前理事長は、当時さらなる功名心を刺激されていた。

『個人優勝の次はぜひ学園全体での名声も欲しい。できるならそこに自分の手腕も加わればなお良い!』と分不相応な夢を抱き、自分の伝手でCランク以上の優秀な伐刀者を多く入学させ、代表メンバー枠を独占しようと画策したのだ。そうすれば連盟からの評価もさらに上がると期待して……。

 しかしコネで入ってきたランクだけの連中が強いわけもなく、早々に選抜戦で負けが込み代表枠から弾き出されてしまう。

 

 これに焦った前理事長は強権を発動して彼らを代表に捻じ込もうとし……、

 その横槍にキレた刹那が連中を軒並み病院送りにしてしまい(※前理事長含む)……、

 さらに止めようと駆け付けた生徒会メンバーを巻き込んで大乱戦に発展し……、

 最終的に、勝ち残っていた代表候補者たち全員が刹那の手にかかって大惨事に至る。

 

 ――と、こういう経緯であった。

 なぜ出場停止にならなかったのか不思議なくらいの不祥事である。

 

「確かに……去年のあれは……良くなかった、かもしれない」

「「「ッ!?」」」

 

 生徒会メンバーたちの怒りを理解し、自分の失態を認めた刹那は素直に頭を下げた。

 去年のあの時期、選抜戦への横槍に加えて、前理事長による一輝への授業妨害まで重なり、刹那の機嫌はかつてないほどに悪かった。それゆえ、あの傲慢な者たちを粛清したところまでは、まあギリギリ擁護できなくもなかっただろう。

 しかしその後、無関係の生徒たちにまで手を出したのは明らかなやり過ぎ、八つ当たりにも等しい行為だった。

 

「いきなりみんなに、襲い掛かったのは……確かに、良くなかった」

「く、黒鉄さん……。ほ、本気で、言ってます?」

「ン……反省」

 

 そうだ。犯罪者相手ならばともかく、気まぐれで無辜の民へ襲い掛かるなど、かつて刹那が嫌った無軌道な暴力に他ならない。弟が受けてきた理不尽(ソレ)を無くすため昔からいろいろ頑張ってきたのに、刹那本人が同じことをやったのでは本末転倒である。

 

「く、黒鉄さん……やっと!」

 

 ゆえに刹那も、心の底から反省の弁を述べて――

 

 

 

 

 

 

「次からは、ちゃんと……断り入れてから……攻撃するね?」

「…………は?」

 

 反省した結果、低容量の脳みそからアホみたいな提案を捻り出したのである。

 

「いきなり手を出すのは……確かに、マナー違反。……戦いはやっぱり……互いに了承してないと……楽しくないよね? フヒヒ」

 

 この脳筋女、程度の差はあれ基本的に『伐刀者はみんな戦い好きだ』と思い込んでいる。問答無用だとさすがに嫌がる者もいるだろうが、礼儀正しく『へい、殺ろうぜ!』と誘えば、いかなる時でも皆喜ぶと思っているのだ。……馬鹿じゃねえの?

 そんな頭おかしい連中なんて、自分の弟たちや、武者修行に来た皇女様や、実は戦闘狂の会長や、道場破りが趣味の剣士殺し、後はかつての悪童に、不屈の槍バカに、解放軍の連中に、他にはKOKリーグや闘神リーグの…………結構いるじゃねえか。どうなってんだ、この世界。

 

「あ、せっかくだし……詫び代わりに……、私がみんなを……鍛えようか?」

「は?」(二度目)

「大丈夫……いくら血反吐吐いても……私がちゃんと、修復する(治す)から……。安心安全で……みんな強くなれるよ? やったね」

「~~ッ」

「刀華……れ、冷静に(いった)ぁ!?」

 

 肩にかけた泡沫(うたかた)の手がバチリと弾かれる。まるで激発寸前の電気ネズミのごとく。

 

「あっ、まずは刀華ちゃんから……鍛えて、あげようか? だって君……まだまだ全然、伸び代大きいし(弱っちいし)

「~~~~ッ」

「か、かいちょー、ストップ! ここで眼鏡を外さないで! ちょ、待っ、止まってえええ!!」

兎丸(とまる)……諦めろ。それよりもみんな、急いでタイムマシンを探すんだ。去年の事件前まで戻って過去改変ををををWOヲぉ」

「あらあらどうしましょう、久しぶりに砕城(さいじょう)君のトラウマが」

「ちょっ、カナタ! こっち手伝って! もう刀華の我慢が限界に……!」

 

 もはや収拾が付かなくなった生徒会室にて、ポンコツ剣王からトドメの一撃が放たれる。

 

「今からちゃんと、鍛えれば……今年は、三位くらいには……なれるんじゃない?」

 

 

 ――ブチリ。

 

 

「轟けッ【鳴神(なるかみ)】いいいいいッ!!!!」

 

 

 生徒会室は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ザワ、ザワ、ザワッ!

 

 

 

 

 

                     告示

 

 以下の生徒二名について、無許可で私闘行為を行ったため、本校規則に基づき三日間の停学処分とする。

 

 

 ・三年一組 黒鉄刹那

 

 ・三年三組 東堂刀華

 

 

                          四月六日 破軍学園理事長 新宮寺黒乃

 

 

 

 

「おおぅ、もう……」

「や、やっぱりあの女やらかしたーーッ!」

 

 校舎入口に設置された掲示板前で、少年少女二人が頭を抱えていた。

 

「ちょっとイッキ、これって大丈夫なのッ? 生徒会長と七星剣王が私闘で停学とか、スキャンダルで本戦出場停止、なんてことに……!」

「う゛、う~~~ん。……まあ……たぶん大丈夫だと、思うよ? 奇跡的に怪我人は出なかったわけだし、物損事故も起きていないし」

 

 

 ………………実はもう10回目くらいだし(ボソッ)

 

「え?」

「い、いやッ、うん! きっと問題ないはず! 校内で終わった出来事だし、姉さんさえ素直に謹慎していればきっと!」

「そ……そうよね! あいつが部屋で大人しく三日間だけ過ごせば、特に問題なんて起きずに一件落着……」

「「…………」」

 

 

 ――あの姉が?

 

 

 ――大人しく謹慎?

 

 

 ――反省の意を示す?

 

 

 ………………。

 

 

「ないわね」

「うん、ないない。あるわけない」

 

 昨日の姉の哂い顔がフラッシュバックして、二人は頭が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……酷いと、思わない? 最初に襲ってきたのは……刀華ちゃんなのに……私までまとめて、停学処分とか」

 

 手にした塊を放り投げ、次の一個をヒョイと持ち上げる。

 

「そりゃ、途中から楽しくなって……、いろいろ壊しちゃったのは……事実だけど……。でも終わった後で……ちゃんと全部、修復したのに……。むしろ備品は……新品なみに、綺麗にしてあげたのに」

 

 余計なことができないように意識をオトし、手足と口にも念のため荒縄を巻き付ける。

 

「なのに連帯責任で、処分とか……アレ絶対、日頃の恨みが……入ってるよ。あのドS理事長、め」

 

 十個ほど重なったそれらを最後に壁際へ放り投げ、少女は残りの敵へと向き直った。

 

「ねえ、そこんとこ……どう思う? 人生の先達として……ぜひアドバイスを、求めたいな」

「ひいいッ! く、来るな! 来るなあああああ゛!?」

「近寄るんじゃねえッ、化け物があああッ!!」

 

 返答は複数からなる鉛玉の嵐。――が、魔力も通っていない文字通りの豆鉄砲が彼女に通じるはずもない。

 

「公共施設を……破壊、するな」

「ぷべえ!?」

「あぶふ!?」

 

 黒鉄刹那は何ら気にすることなく突き進み、残像すら見えない速度で右手を振り抜いた。左右に動かすこと都合四回。乾いた音が一度だけ鳴り響き、アサルトライフルを乱射していた男たちは残らず壁にめり込んだ。

 ……お前が一番破壊してるだろ、とか言ってはいけない。

 

「ふぃー……。これで……終わり、かな?」

 

 ここは破軍学園から30kmほど離れた街の市庁舎、その二階にある大会議室である。体育館ほどの広さの室内には市民と思しき者たちが拘束され、その周りには銃で武装した男たちが10人余り、ボコボコになって床に転がされていた。

 

「おーい、人質の皆さん……。怪我とか、してない?」

「ッ……は、はいぃ! みみ、みんな、ぶ無事ですぅ!」

「で、ですからどうか、命ばかりは……!」

 

 なぜ刹那が平日の昼間から縁も所縁もない街のお役所にいるのかというと……見ての通り、犯罪者潰し(かつての日課)再びであった。

 謹慎生活二日目。暇潰しのダンベルカール(※バーベル300kg使用)にも飽きてきた刹那は、気分転換に広域魔力探査網(※7話参照)を起動し、久しぶりの犯罪者探しを行った。

 すると5分ほど前、何ともちょうど良いタイミングで不穏な反応を検知したので、即現地へ急行。庁舎の壁をブチ破って乗り込んだところ、どう見ても立てこもり中の事件現場を発見し、とりあえず犯人らしき連中を叩きのめしたのがつい今しがたのことである。……謹慎とは一体何だったのか。

 

「あ、ちょっと……聞きたいん、だけど」

「ッ!?」

「なな、な、なんでしょうッ?」

「この連中って……どういう立場の奴らか、分かる? どこに所属とか、言ってた?」

「は、はい! は、話しますからどうか、命だけは……!」

 

 ……テロリスト以上に怯えられているのはいつものことなので今さら気にしてはいけない。むしろ最近停滞気味だった悪評のプラスになるので好都合というものだ。

 刹那は気にせず犯人たちを壁から引っこ抜き、雑に蹴り転がしながら嗤いかけた。

 親たちは子どもの目を塞いだ。

 

「え、えっと……本当かどうか分かりませんけど、『自分たちは解放軍(リベリオン)所属だ』って、言ってました」

「世界を変えるために……せ、政府に何か要求する、みたいなことも」

「ほう、ほう。他には?」

「あとは……、『我らは選ばれし使徒だ』とか、『愚民は大人しく従え』とか、『糧となれることをありがたく思え』とか何とか……」

「おぉ、こりゃ当たりだ……。フヒヒッ、ラッキー」

「「ひぃッ!?」」

 

 この香ばしさ満天のセリフは本物の解放軍でなければありえない。あまりの手応えの無さに木っ端犯罪組織かとガッカリしていたが、どうやら逆転で“当たり”を引いたようだ。

 

「ありがとう……。じゃあお礼、ね?」

「へ?」

 

 ゆえに刹那はにこやかに人質たちに歩み寄ると、その喜びを表すように右手を振り上げ、

 

「あ、あの、なにk」

「そぉい!」

 

 ――ブチィッ!!

 

 目の前の女性の頭を、芋掘りのごとく引っこ抜いたのである。

 

 

 

 

 

 

「「「………………え?」」」

 

 痛いほどの静寂。

 

 ざわつくような困惑。

 

 そんなまさかという逃避。

 

 しかし目の前の惨劇は変わらず。

 

 やがて理解が及び――

 

 

 

「う……うわあああああーーーッ!? こ、ころッ、殺し……ッ!」

「なんでッ、なんでだよおッ!?」

「いやあああああ助けてええええッ!!」

「やっぱりあいつの方がやべえじゃねえかッ!!」

「逃げろおお! 早くッ!!」

 

 恐怖と混乱が弾け、人質たちは全力でその場から逃げ出した。不格好に走りながら、転がりながら、這いずりながら、出口を目指して大人も子供も我先にと雪崩れ込んでいく。

 

「あ、しまった。……インパクトが、強過ぎた」

 

 断面から()()()()が零れる首を持ったまま刹那はぼやく。()()()()()()()()()なら遠慮なく捩じ切って良いと思ったのだが、一般人には猟奇殺人にしか見えない点を失念していた。

 これはとっとと釈明しないと面倒なことになる。別に恐れられるのは全然構わない、というか望むところだが、この混乱で怪我人でも出たら父親辺りからどんな嫌味を貰うか分からない。

 

「というわけで……何か喋って、くれない? このままじゃ私……殺人犯って……ネットで、炎上しちゃう」

『………………、ク』

 

 両手に持った死体(?)を揺すること数秒、観念したかのように生首が震えだす。

 

『クッ……クフフフ! アハハハハ! いやいや、もっと気にするところがあるでしょうに。誤解で捕まってしまうなどとは考えないのですか?』

「その場合は……脱獄して……犯人の首を取ってくれば、問題ない」

『ンフフ、なるほど、なるほど、“公認テロリスト”の名は伊達ではありませんね。我々よりよほど破壊者やってますよ、あなた。……どうです? 良ければ破軍からウチに移籍しませんか? 歓迎しますよ』

「すこぶる心外……。撤回と謝罪を、要求す――るッ!!」

 

 ペラペラ喋り続ける首と胴体を高々と放り投げる。力なく宙を泳いでいたそれらは何かに引っ張られるようにバランスを取ると、人質たちの眼前へ綺麗に着地してみせた。

 進路を塞がれた人々が驚愕に目を見開く。

 

「な……!? 何よ、コレ!? なんで、死体が動いて……ッ!」

「死んでなかっ……ていうか、人間じゃないのかよ!」

「ば、化け物ッ!?」

「あ、あれも……解放軍の、メンバーなの?」

 

『Exactry! その通りでございますよ!』

「「「ッ!?」」」

 

 千切られた生首を抱えたまま、女性の身体は人々へ拍手を送った。

 

『初めまして、善良なる市民の皆様。当方は解放軍所属のしがない人形使いでございます。機密の関係上名乗ることができないのが心苦しいところですが、お別れまでの暫しの間、どうぞ良しなに』

 

 殺人以上に奇っ怪な状況を目の当たりにし、一周回って冷静になった人質たち。その様子を揶揄するように、死体(?)は自らの頭を放り上げつつ優雅に一礼した。

 

「ひっ!」

「な、なんだよ、こいつッ」

『おや? あまりこういった芸はお好きでない? 残念、私も道化師としてまだまだ精進が足りないようです』

「……ッ」

 

 本物の人間でないのは分かっている。

 今の行動にも手遊び以上の意図はないのだろう。

 しかし、自らの首をお手玉のように弄ぶ姿からは、隠そうとしても隠しきれない生命への冒涜が感じられた。

 単純な暴力などとは一線を画す、言い知れぬ不気味さと恐ろしさ。おそらく声の主がほんの気まぐれを起こすだけで、一般人など虫けらのように殺されるのだろう。いや、下手をすると死よりも恐ろしい何かに一生弄ばれるかもしれない。

 それを理屈ではなく肌で理解させられて、市民たちは銃で狙われたとき以上の恐怖に身を震わせ――

 

「そおおおいッ!」

『ごふうううッ!?』

 

「「…………え?」」

 

 そんなシリアスな空気など知らんとばかりに、刹那は首無し死体に拳を叩き込んでいた。

 この少女にとって、相手が快楽殺人鬼だろうと居直り強盗だろうと国家転覆犯だろうと関係ない。犯罪者退治による黒鉄ポイント(※世間から黒鉄家への評価)の獲得。そして強者との戦いで自らの力を高めること。重視するのはこの二点のみである。

 特に後者に関しては久しぶりに期待している。これほど高性能な人形を遠隔操作可能な伐刀者となれば、解放軍でもかなりの実力者に違いあるまい。ひょっとすると十二使徒の一人という可能性すらあるかもしれない。

 

「だから本体さん……? 早く出て来て、ね!」

『ごふっ!? ちょ、待ちなさ――へぶしッ』

 

 人間にしか見えないモノの肉体を、刹那は容赦なくバラバラにしていく。

 右ストレートで胴体部をブチ抜き、内臓(モツ)らしきものを掴みまとめて引っこ抜く。両手両脚は手刀で斬り飛ばし、小細工ができないよう空中で指まで切り刻む。

 最後に呆けたままの頭をむんずと掴み、胴体の大穴へ向けて思い切りシュート! 空気が弾ける音に乗せて赤い物質が四方へ飛び散り、その場はさながら屠殺場もかくやという有様になった。

 この間、わずか二秒の出来事である。

 

「おーい……終わったよー。……まだー?」

『…………』

 

 血溜まりのようになった床を足裏でコツコツ叩く。

 返事はない。

 ……いや、声が出ていないだけで、正確には“困惑”のような気配は感じ取れるのだが。

 と、そこで空間全体に声が響いてきた。

 

『く……くふふふふッ。……なんともはやまあ、容赦がありませんね? リアリティを出すため臓器に見立てたギミックも仕込んでいたんですが、気にもなりませんでしたか。う~ん、人形師としては自信を失っちゃいますねぇ』

 

 傀儡を失ったのに本人はまだ出てきてくれない。

 直接戦っても面白くなさそう、と思われたのだろうか?

 ならば助言の一つでもして興味を引いてみよう。

 

「ン……確かに、今のままだと……クオリティ不足……。もう少し、工夫した方が……良いと思う」

『……は?』

「温かさも鉄臭さも、感じられないし……鼓動や呼吸も、一定過ぎて……明らかに、人工物……。これじゃ……土塊(つちくれ)にしか、見えないよ? ……あと、単純に弱い」

 

 沈黙。

 数秒。

 空気の震え。

 

『ッ……フ、フフフ。なるほど……なるほど。これは何というか、貴重なご意見でしたねぇ?』

 

 ちょっとは喜んでくれたようだ。

 最後に応援の気持ちも伝えておこう。

 

「ン……もっと、精進すると良い……。そうすれば……テロリストなんかやめて……、サーカスとかに、就職できる……。真っ当な社会復帰……頑張れ、若人。じゃすと・どぅーいっと」

『…………』

 

 再びの静寂。

 困惑する人質。

 頑張れポーズの刹那。

 直後――

 

『では、大道芸の一つもお見せしましょうか?』

「ん?」

 

 ――パチン。

 

 指の鳴る音が響いた直後、会議室の床が広範囲に渡って弾け飛んだ。

 派手な破砕音と振動の中、(ひら)けた大穴からユラリと姿を現したのは――

 

『ヴ…………オ゛オオオオオーーーッ!!!!』

 

「ひっ!」

「な、なんだよ、コイツら!」

 

 身の丈は3メートル以上、手足は丸太のように太く、ヒト一人程度なら容易く握り潰せる威容。それらが合計50体以上、人質たちを取り囲むように隙間なく展開されていた。

 

『ホホホホッ、皆様には驚いていただけたようで何よりです! 私の伐刀絶技(ノウブルアーツ)で作り出した、土と石からできた人形――いわゆるゴーレムというやつですよ! ……と言ってもまぁ、おっしゃる通りこんなものはただの土塊(つちくれ)。殴る蹴るしかできない不完全な人工物です。……ええ、そう、人間を叩き潰す程度のことしかできない、稚拙極まる大道芸ですがッ』

 

『ヴ、オオオオオオ゛ーー!!』

 

「ひぃい!?」

「だ、誰か……ッ」

 

 ただの人間には抗うことも叶わない暴力の化身――それらが大群となって人々に襲い掛かってくる。身一つしかないただの伐刀者ではとても守り切れる状況ではない。

 

『さあ皆様! 私ごとき未熟者の舞台で恐縮ですが、最期までたっぷりお楽しみください! ああ、御代の方は結構ですよ? 演目が終われば自動的に徴収される仕様となっておりますので、どうぞごゆるりとお楽しみを、クククククッ! アハハハハハ!!』

 

 ゆえに刹那は――

 

 

 

 

 

 

 

「――止まって」

 

 つま先で地面を叩き、ただ一言だけ命令を発したのだ。

 

『……は?』

 

 瞬間、まるで時間が止まったかのように。

 

 走っている途中の姿で。

 跳び上がろうと踏み込んだ体勢で。

 今まさに人質に腕を伸ばそうとした状態で。

 全ての石人形たちがその動きを止めていた。

 

『なっ? これは……何が』

「ンン~~? こんな、感じ?」

 

 刹那は片目だけを閉じながら、何かを探るように虚空に視線を彷徨わせていた。整った顔立ちの少女が、左右に頭を揺らしながらムムムと唸っている。一見すれば可愛らしくも見える行動だ。

 しかし正面からそれを見る一人にとっては、どこまでも不気味で恐ろしい光景だっただろう。

 

『あ、貴方! 一体何をやったんですッ!?』

「おー……。君、人形使いというか……糸使い、だったんだね?」

 

 伐刀者としての刹那の能力。

 それは以前にも述べた通り、周囲の魔力を自在に支配・隷属させるというもの――これはすなわち、超精密な魔力操作能力とも言い換えられる。

 彼女が普段用いる鎖による遠隔攻撃もこの人外レベルの技術を遺憾なく発揮した結果であり、知覚範囲の魔力捕捉や物体操作において刹那の右に出る者は現状一人もいない。

 少なくとも彼女のこれまでの人生で、任務や私闘まで含めても自分以上に魔力操作を得手とする伐刀者に出会ったことはなかった。

 ゆえに――

 

「……この辺りに魔力を……通す感じ、かな?」

『!? まさか……ッ!』

 

 

『『ヴ……ヴオオオオオーーーッ!!』』

 

 

 

 ――高々50体程度の人形を操るなど、彼女にとっては造作もないことだったのだ。

 

 

 

「おっ、いけた」

 

 先ほどと同じく雄叫びを上げた石人形たちは、しかし先ほどとは全く逆の行動を取り始める。仲間どうしが二体一組となり、互いの身体に拳を打ち付け始めたのだ。

 

『あ、貴方まさかッ、私から傀儡の支配権を奪ったのですか!?』

「おー。単純命令なら……マルチタスクも、要らないんだね、これ。土塊なんて……卑下することないよ。超便利」

 

 何の躊躇も恐怖もなく、文字通り操られている動きでひたすらお互いを打ち砕いていく石人形たち。いかに頑丈に造られているとはいえ、同じ硬度の相手と手加減なしに殴り合えば遠からず限界はやってくる。

 

『オオオッ……オォォ、ォ……ォォぉ……ォォ……』

 

 見る見る内に石人形たちは原形を喪い、膝をつき、手足を落としていき……。やがて1分後、殺人兵器たちは一体残らず地に倒れ伏していた。

 全ての土塊から魔力が抜けたのを確認すると、刹那は人形に挿していた魔力糸を引き上げ、今度はおもむろに窓際へと移動する。

 

「じゃあそろそろ……こっちから、呼んじゃうね?」

『は? 何を……』

 

 その姿は、例えるならロッドを構える釣り人のごとく。

 狙いは庁舎の向こう側500メートルほど。魔力の線が目印のように延びているため、少し目を凝らすだけで容易にその場所を教えてくれる。ちょうどこの建物を見張れる位置にある、古びた雑居ビルの一画だ。

 

「せーーのッ…………そおおおーーーいッ!」

 

 右腕が勢いよく振り切られ、白く輝く鎖が高速で撃ち出された。不可解過ぎる行動に傍で見ている市民には何をしているのか分からない。

 だが――

 

『は……? う、おぉおッ、なんだコレ!? ま、まさか――ぅおあああああーーーーッ!!!?』

 

 通信(?)の先から聞こえてくる焦りを含んだ声。

 次いで、硬い何かが砕けるような音。

 

 ――ド…………ン。

 

 ――ボゴ…………ン。

 

 ――バゴォ……ン。

 

 ――ドガッ…アアアン。

 

 そして、この場にいる人間の耳にも直接聞こえてきた、徐々に大きくなってくる謎の破壊音。

 

「な、なんだ、この音?」

「なんか……だんだんこっちに、近付いてきてないか?」

「え? ま、まさかコレ……!」

 

 

 ――ドゴオオオーーーンッ!!!!

 

 

『ウゴアアアあッ!?』

 

「ひゃああああッ!?」

「こ、今度は何だあ!?」

 

 一際大きな衝撃音が響き、会議室の天井をブチ破って人間大の何かが現れた。それは頭から地面へ突き刺さると、首に巻き付いた鎖によって容赦なく段差を引き摺られ、最後に机の角で大きくバウンドして反対側の壁に叩きつけられた。

 

『おごっフぅ!!!?』

 

 本日何度目になるか分からない派手な土煙が会議室全体を覆う。しかし数秒もすれば、壁に開いた大穴からビル風が吹き込み、視界を遮る灰色の煙を晴らしていった。

 

「! あっ、あれは」

「ひ、人……なのか?」

 

 その人物は、なんとも表現に困る出で立ちをしていた。

 どこぞの学ランのような紺色の衣服を身に纏い、手足には同色の手袋とブーツをはめて肌全体を隠している。首回りには30cmほどの巨大な襞襟(ひだえり)が巻かれ、頭上には二又に枝分かれした特徴的な帽子――いわゆるジェスターハットが乗っている。そして極め付けは、笑顔の形に彫られた不気味な表情の白仮面。

 その外観を一言で言い表すなら、“パチモンくさい似非(エセ)道化師”といったところであろうか。

 人を煙に巻くこれまでの言動といい、隠れて傀儡を操る戦い方といい、他者を害して悦に入るやり口がこの上なく似合う風貌。まさに、“人々を弄ぶ邪悪な黒幕”といった佇まいだった。

 

「おいっすー……。今度こそ、初めまして……糸使いさん?」

『こ、こッ、この小娘がぁ……!』

 

 ……まあ今は黒幕というより、“絞首刑を待つ哀れな罪人”のようになっているので、恐怖を感じるのは些か難しいのだが。

 

『お、おのれぇッ……なんと風情のない女でしょう! 私みたいな暗躍キャラが相手のときは、正義側は力を発揮できず劣勢に陥り、人質を庇ってピンチを招き、最後は脅迫からの屈辱的扱いでジ・エンド!ってのがお約束の流れでしょうが!? ――それなのにあなたときたら、空気も読まずに力技で台無しにしてくれて! それでも一端(いっぱし)の伐刀者ですか! 美少女騎士の端くれですか! “くっ殺”こそが時代の求めているものだとなぜ分からないんですか、このけしからん小むすブへああッ!?』

 

 長々とした口上が強制的に切り上げられた。刹那が人の頭ほどの岩石を拾い、顔面目掛けて投げ付けたからだ。頭の半分が仮面ごと抉り取られ、断面から赤いナニカが激しく噴き出していく。

 

『ぐぉおああ!? な、なんて残虐な真似を! 人の心とかないんですか、この悪魔め!!』

「むぅ……これも、傀儡。もしかして本体……かなり、遠い?」

 

 ゴーレム(傀儡)を操っていた女術師(傀儡)を、さらに後ろから操っていた術師が、これまたさらに傀儡であったとは……。どうやら本体である人形使いはかなり用心深い性格をしているらしかった。

 再三に渡るハズレくじの連発に、ついに刹那は諦めたように溜め息を吐く。

 

「しょうがない……。今回はもう……(バラ)しちゃおう……。次のチャンスに……期待、だ」

『ッ!?』

 

 ――メキメキッ、バキボキッ。

 

 無表情で拳を鳴らしながら下手人のもとへ歩み寄っていく。

 相手は残虐非道な犯罪者。一匹残らず鏖殺すべし、慈悲はない。

 

『~~ッ……く……く、くふふふふッ! い、いいんですかぁ? もうそんな風に勝った気になっちゃって!』

「ン?」

 

 しかしながら、やはり腐っても解放軍のテロリスト。ここで大人しく諦めるような殊勝な性格はしていなかった。

 折れ曲がった腕で彼奴が懐から取り出したのは、新たな武器でも目くらましの道具でもなく、無骨な黒塗りの通信無線だった。

 

『この作戦に参加したのがここにいる連中だけだと、私が一言でも言いましたか? これを使って一声命令すれば、別の場所にいる部下たちが市内各所で一斉に爆弾を起爆します!』

「「――なッ!?」」

 

 衝撃の告白に市民たちの間に動揺が走る。

 幾人かは慌てて出入口へ駆け出そうとするが……。

 

『おっと! 余計な真似はしないでくださいね? この庁舎にも同じ物を仕掛けてありますから、逃げようとすればその瞬間ドカンですよ』

「そ、そんなッ!?」

「嘘だろ!?」

『フフフッ、ご覧の通りこちらは傀儡の身ですからねぇ。安心して自爆テロと洒落込めるわけですよッ!』

 

 人々が絶望の表情を浮かべるのを見て、人形使いは目に見えて喜色を取り戻した。

 最後の最後、策で上回ったのはこちらだ!――と、無言で佇む刹那をここぞとばかりに煽り散らしていく。

 

『ホホホホ、分かりましたか、お嬢さん? 切り札とはこうやって最後まで取っておくもの。相手を倒すのに真正面から堂々と挑むなんて、頭の足りない馬鹿のやることなんですよ』

「……ほーん?」

『まあ? 爆発までの僅かな時間でこちらの工作員を見つけ出し、爆弾を全て解体処理できれば話は別ですがね。ああ当然、小細工を察知すればその瞬間全て吹き飛ばしますので悪しからず。せいぜい我々の目を掻い潜って慎重に捜査してくださいね! 今からほんの数分の間に、あなた一人でそれができるならの話ですが! あはははははッ!!』

「……ねえ? その部下ってさぁ」

『市民に擬態して潜入工作を行う特殊構成員たち! 爆破だけでなく、各所で銃撃や立てこもりも行うよう指示を出しています! それをあと数分で見つけ出すなど、国の諜報機関でも絶っ対に不可能な「こいつらのこと?」って見つかってるううううッ!!!?』

 

「ひ、平賀さんッ! た、助けッ」

「こ、この女ッ、一体何も――はぎゅぅ!?」

 

 人形使いがあんぐりと口を開けたときには全てが終わっていた。会議室の宙空には老若男女様々な人間が鎖で縛り上げられ、関節を逆側に捻られ呻きを上げていた。

 所要時間、僅か30秒足らずの早業である。

 

『な、なぜッ!? どうやって!? この短時間で全員の正体がバレるはずがない! いやそれ以前にッ、彼らは市内全域に無差別に解き放っていたんです! 場所を見つけるだけでも数日はかかるはず! それを一体どうやって!?』

「どうって……。市内全てを……魔力で走査、しただけだよ?」

『…………へぁあ?』

 

 取り繕う余裕もなく動揺する人形に対し、刹那は淡々と告げる。

 

「だから……魔力の線を、街全体に伸ばして……怪しい奴らを……片っ端から、捕縛したの」

『はぁ!? ……なっ……そんな……馬鹿、あ、ありえな……ッ』

「というか、君の部下……銃火器持ってるの、バレバレだったし……同じ周波数の無線機あったし……おまけに目が、カタギじゃなかったし……すごく、分かり易かったよ? ……君もだけど……本当に訓練受けた、工作員?」

 

 素で煽るような物言いにも、平賀氏(推定)は言い返す余裕もない。

 折れた腕を振り乱し、掻き毟り、口角泡を飛ばす。

 

『あぁあ、ありえない! ただの学生騎士ごときがッ、これほど広範囲に魔力を広げるだけでなく、同時に数百カ所で操作しながら対象を見つけ出す!? それもほんの数十秒足らずで!? ――ありえない! フカしにしたってもう少し控えめに言うものです! 本当は一体どんな手を使ったんですか、小娘ッ!!』

「? 何、言ってるの?」

 

 心底分からないという様子で刹那は首を傾げた。

 

 

 

 

「――君にできるくらいなら……私にだってできるよ。……結構簡単、だったよ?」

 

 

 

 

『なッ、なッッΔ♯×%&●♪$Λ§~~~ッ!!!?』

 

 もはや声帯がブッ壊れてしまった人形師の元へ、今度こそ刹那はゆったりと歩み寄る。

 ……その右手の先に、崩落した天井の一部を引き摺りながら。

 

「じゃ、今回はこの辺で……さよなら、ってことで」

『ッ!?』

 

 ただの仮面のはずなのに、その目が大きく見開かれたように見えた。

 ……たぶん光の加減による目の錯覚だろう。

 なにせ彼の眼前には、五メートル越えのコンクリート片(※推定15トン)が高々と屹立していたのだから。そりゃ影くらいできたって仕方ない。

 

「次は本体で……相手してね? ……えっと…………平賀、君?」

 

 

 そして、必殺のコンクリート剣が振り下ろされた。

 

 

「N…………NOOOOOOOOーーーーッ!!!!」

 

 

 

 ……さすがに糸じゃ防ぎようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 ブツリ……と回線が途切れる音が響き、脳内の映像が遮断される。

 少年は薄暗い部屋の中で目を開き、直前まで戦っていた相手に思い切り渋面を浮かべた。

 

「……えぇぇ? ……何アレ、ありえなくない? 平和ボケした国の学生(アマチュア)チャンピオンじゃなかったの? ガチもんの化け物じゃん」

 

 傀儡でない生の顔に浮かぶ表情は恐怖というよりも、どちらかと言えば“引いている”と言った方が正しいか。全ての能力を力技で破られ、最後はコンクリートで丸ごと叩き潰されたとなれば、その反応も無理はないが……。

 

「言っただろう? アレを相手に油断するな、と。この十年で何人が奴の手にかかってきたか、知らないわけじゃあるまい」

「……いやー、そりゃ噂には聞いてたけどさぁ。五歳の頃からテロリストを狩って遊んでた子ども――なんて与太話、実際見るまで信じられるわけないじゃん? それもスラムのある国ならともかく、あの日本(温い国)の子どもがさぁ」

「なら今回で正しく理解できて良かったな。次は精々気を付けることだ」

「あー、つめたーい。もっと慰めてよー」

 

 隣に立つ壮年の男が揶揄するように笑う。

 対して少年の方も特に怒るでもなく、むしろ同調するかのように愉快げに嗤った。

 その顔には傀儡を潰されたことへの怒りも、敗北したことへの悔しさもない。

 所詮、平賀玲泉としての感情など傀儡に宿っただけの紛い物。娯楽として味わうために造った模造品に過ぎない。一たび同調を解いてしまえば、記憶ではなくただの記録に成り下がる程度のものでしかなかった。

 

「ま、少しは面白い相手ってことが分かったし、リクエスト通りまた会いに行ってあげるさ。どうせ日本にはその内遊びに行くんでしょ?」

「ああ、どこぞの政治家自らのご指名らしい。それなりの大仕事になるだろうから、こちらの方も一段落させておけ」

「はいはい、りょうかーい。こっちもこっちで結構面白いからね。手を抜くつもりはないよ。どんなに小さな仕事でも、コツコツ真面目にってね、フフフ」

 

 ――全ては他者を破滅させ、絶望する表情を眺めるため。

 ただそのためだけに、少年は人を殺し、国を滅ぼし、気まぐれに誰かの人生を弄ぶ。

 そこに何か大それた理由があるわけでも、ありがちな悲しい過去があるわけでもない。

 ただ愉しいから。

 ただ()()()()()()()に生まれついてしまったがために、少年は退屈な人生に彩を加えるべく、今日もせっせと謀略に興じ、誰かの不幸に快哉を上げるのだ。

 そして今新たに、遊びがいのありそうな玩具が手元に転がり込んできた。要注意人物として渡された資料の一枚を光に透かしながら、少年は実に愉しそうに口元を歪める。

 

「ふふふ……待っててね、黒鉄さん? 僕の手で最高に楽しいショーにしてあげるからさ。そのときは精々、愉快に踊ってよね?」

 

 遠い異国の少女に恋するかのように、少年は悪意も殺意も感じさせない、無邪気な笑顔で嗤うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 …………やめときゃいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、先生? そんな走ってどこ行くの? …………ん? なんだ、コレ? 僕の糸が……光って? …………え? これって、日本に伸ばしてたブラックウィド――

 

 

 

 ――カッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、某国にある解放軍のアジトが一つ、地上から消え去ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて黒鉄さん? なぜ私が怒っているか……理由は分かりますね?」

「? 何か、やったっけ?」

「~~ッ」(ピキキッ)

「と、刀華……抑えて、抑えて」

 

 救急車とパトカーのサイレンが響く市街地の一画に、破軍学園の生徒たちが勢揃いしていた。その内訳は、

・怒りの生徒会長一名。

・胃痛の副会長一名。

・微笑の会計一名。

・白目を剥く庶務と書記が各一名。

・そして最後に、元凶たるアマチュアテロリストが約一名。

 要救助者(※犯人のみ)が次々と搬送されていく傍らで、彼らはいつも通り姦しいやり取りを繰り広げていた。

 

「ええ、ええ、では一から説明してあげますとも! ――まず前提として、あなた停学食らって謹慎していたはずですよねッ?」

「ン……お揃い、だね」

「~~ッ」(ビキキッ)

 

 青筋、二本目。

 

「刀華……冷静に、冷静に」

「ンン゛! ……そして今も停学期間は継続中。本来なら寮の自室で大人しくしておく義務があるッ」

「それも、お揃い」

「ッ~~~にもかかわらず、あなたは無断で学園を抜け出し、テロリストと勝手にドンパチやっていた!」

「刀華ちゃんも、お疲れ……。アッチの方から元気に……“雷切”の音、聞こえてたよ?」

「我々は理事長から正式に要請を受けています!! あなたの傍迷惑な日課といっしょにしないでください!!」

「刀華! ステイ! ステイ!」

 

 青筋、三本目。

 もはやいつゴングが鳴ってもおかしくない。

 

「ハァ、ハァ、そしてッ――何よりも!!」

 

 刀華は怒りを(ギリギリで)抑え、自分たちの傍らにある()()()()をビシリと指差した。

 

「テロリストを捕縛するついでに! 他所様の市庁舎を解体しているとはどういうわけですかッ! 納得できる理由があるなら言ってみなさいッ!!」

 

 そこに鎮座したるは、無惨に破壊し尽くされた建物の残骸と、その天辺に突き刺さるこの市のシンボルマークだった。

 巨大なコンクリートブロックによる衝撃は、軍事施設でもない一般の建物には(こく)過ぎたようだ。平賀何某(なにがし)を叩き潰したトドメの一撃は、勢いそのまま背後の支柱と鉄骨まで粉々に打ち砕き、中心部の支えを失った市庁舎は自重により見事圧壊してしまったのである。

 

「なんでテロリスト連中より大きな被害を出してるんですか!? 幸い死傷者は一人も出ませんでしたけど、一歩間違えればとんでもないことになっていたんですよ!?」

「ね……? まさか行政のハコモノが……こんなに脆いとは」

「建物の造りにケチ付けてるわけじゃありませんッ!! いい加減にしとかないとあなた本気でブッタ斬りますよッ!?」

「痛い、痛い……刀華ちゃん、電流漏れてる」

 

 綺麗なおさげ髪が静電気で逆立ち、ヘッドロックを掛けられた頭からガンガン電撃が流れてくる。

 ――ヤベえ、こいつは久しぶりのマジギレだ、早く弁明しなければ。

 

 別に空母や島を沈めたわけでもないのに少々怒り過ぎな気はしないでもないが……、そこはまあそれ、個々人によって価値観の違いがあるのだろう。刹那は異文化に対する寛容さを身に着けた。

 

「待って、待って……。正当な、理由がある」

「む?」

 

 一瞬拘束が緩んだところでグリンッと首を回し、刹那は立て板に水の勢いで自己弁護を始めた。

 ――曰く、敵の傀儡術で庁舎の大部分は穴だらけになっており、あの時点でおそらく解体するしかなかった。

 ――曰く、ヤツを釣り上げるには建物の被害を度外視する必要があり、そうでなければあのまま逃げられていた。

 ――曰く、人形である平賀に拘束など無意味であり、無力化するなら完全に破壊するしかない。そのためには圧倒的破壊力の一撃が必要だった。

 ――曰く、それでも人質を傷一つなく助ける自信があり、事実、自分は全員を連れて無事に脱出している。

 

「つまりこれは、コラテラルダメージ……。目的のための、致し方ない倒壊(犠牲)……。全員を助けるためには……他に方法など、なかったということ」

「ぬっ、ぐぅぅ……ッ」

 

 手を変え品を変え虚実を織り交ぜ、自分しか見ていない状況を最大限都合良く解釈し、己の責任を最小限に留める。

 シラーっとした顔の副会長の視線は無視だ。

 

「あ、それと……学園近くのモールでも……新たにテロが、起きてるっぽい」

「な、なんですって!?」

「そっちは現場にいたイッk――オホン! ウチの後輩たちが……対応してる、みたい。……無駄話、してないで……早く行った方が、良いんじゃない?」

「どうしてそれを早く言わないんですかあッ!?」

 

 仕上げに、より重大な情報をブン投げて話をすり替える。人の良い刀華ならば必ず後輩の身を案じて救援の方を優先するだろう。

 実際、怒り心頭であった少女は瞬時に感情を鎮めて理事長に確認の連絡を取っている。さすがは頼れる生徒会長、私情で優先順位を間違えるような愚は犯さない。

 後はドサクサ紛れに話自体を有耶無耶にし、最終的に事後処理を全て親父殿へ押し付ければ万事解決である。自身の目論見がうまくいったことを察し、刹那はヘッドロックの腕の中でニヤリと笑った。

 この女、戦闘狂の部分を除いても中々にクズであった。

 

 

 

(さて……。じゃあ、一輝たちの様子でも……見てみよう、かな?)

 

 おそらくこの後、自分たちも急行するよう指示を受けるだろうから情報の収集は必須である。刹那は地面の下の魔力糸を操作し、件のショッピングモールの様子を覗き見た。今回は自分以外の面々もいるため、特別サービスで空中に映像を投影しての生中継だ。

 

「相変わらず凄いよね、黒鉄ちゃんのその魔術。……ホント、どういう超絶技巧(変態技術)なんだい、ソレ?」

「変態とは、失敬……。修練と執念の、賜物」

 

 弟妹たちの可愛さを記録するため、血反吐を吐く想いで修得した光学魔術だ。完璧な精度で脳内保存できるだけでなく、空中に投影しての映像再生や、今のようなリアルタイムでの中継も可能である。

 

(機会があれば……上映会でも、してみようかな? ……そうすれば一輝の評判も、珠雫(しずく)の人気も……あっという間に、鰻登りになるはず……。フフフ、そのときが楽しみだ)

 

 そんな、若干気持ち悪い内心などおくびにも出さず、刹那は現地とこちらで映像を繋げる。まずは生徒会メンバーを相手に試験的上映会。一輝と珠雫が華麗にテロリストを捕縛する姿を見てもらい、あの子たちの人気上昇のための第一歩となってもらおう。

 

「繋がった。……さぁて、愚弟たちの様子は~~」

 

 魔力で形作られた85インチ画面に、緊迫の事件現場が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 ――この腐れテロリストが! その指一本ずつ切り落としてやりましょうかッ!

 ――ひいいいッ、お助けえええ!!

 ――ス、ステラ、落ち着いて! 捕虜に拷問とかしちゃダメだよ!

 ――問題ないわ! 死んだテロリストだけが良いテロリストなのよおおお!

 

 ――このド腐れ狩人が! お兄様への侮辱、万死に値します!

 ――ぐあああッ、黒鉄くん、助けてえええ!  と、友達じゃないかぁッ!

 ――珠雫、冷静になって! スカートでロメロ・スペシャルはダメだよ!

 ――そのときは目撃者も消しますから大丈夫ですッ!

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

「…………どういう状況?」

 

「あ、新たな問題児が二人もッ!?」

 

 

 生徒会長の胃痛の種が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物紹介

東堂刀華(とうどうとうか)
 破軍学園三年、伐刀者ランクB。
 生徒会長にして学園序列第二位の刀使いの少女。同じ養護施設で育った子どもたちを勇気付けるため日々頑張る努力家であり、入学後も厳しい鍛錬を重ねてメキメキ実力を伸ばしてきた。学業成績も優秀で、生活態度も品行方正。多方面から将来を嘱望される、まさに騎士の鑑というべき少女である。
 ……が、何の因果か、あの黒鉄刹那(ヤベー女)と同学年になってしまったのが運の尽き。
 入学直後から様々な騒動に巻き込まれ、生徒会に入ってからその頻度はさらに増加。事件収拾のために奔走する姿が学園のそこかしこで目撃され、付いたあだ名が“黒鉄刹那被害者の会・会長”。……無論、これは非公式な名称なので本人の前で口にするのは厳禁である。雷切される。
 優しい性格なのは原作と変わらないが、刹那関連に限り血の気が多くなってしまうため、生徒会長なのに停学経験が豊富――という訳の分からない状態になっている。卒業後の進路に悪影響を及ぼさないか……とても心配されるところである。


御祓泡沫(みそぎうたかた)
 破軍学園三年、伐刀者ランクD。
 因果干渉系能力者であり、自身の力や行動で可能な範囲の事象を自在に操れる、という割とチート染みた能力の持ち主。
 ……が、残念ながら刹那(あのバグ)相手にはほとんど有効に作用したことがない。単に”遠くから偵察する”程度のことですら容易に気配を察知されて躱され、逆に背後から『……何か用?』と肩ポンされたのは密かなトラウマとなっている。
 最近のもっぱらの悩みは幼馴染(刀華)の性格がだんだん苛烈になってきていること。一般の生徒には今も変わらず優しいが、刹那が相手となると初手で霊装を抜いて襲い掛かることもしばしば。
 ――『え? だってこの方が早いし』とは、苦言を呈された際の本人の言葉。
 冷徹な態度でもなく、むしろ普段通り穏やかな顔で語っているあたりが余計に恐怖を感じさせ、確実に刹那(アレ)の影響であることがうかがえる。
 彼の胃痛が治まる日はいつになるのか、それは誰にも分からない。


兎丸恋々(とまるれんれん)
 被害者その三。
 伐刀絶技【マッハグリード】によって音速越えで動く自分の横を、ただの身体強化のみで並走された過去を持つ。そのときの恐怖は筆舌に尽くしがたく、特に至近距離からジーっと観察してくるベンタブラックの瞳は今でもたまに夢に見る。
 その幻影を振り払うべく鍛錬に打ち込み、結果として七星剣武祭本戦で好成績を残せたのは怪我の功名か。一応は成果に繋がっている分、被害者の中ではまだマシな部類である。


砕城雷(さいじょういかずち)
 被害者その四。
 伐刀絶技【クレッシェンドアックス】の一撃を額で受け止められ、さらに固有霊装を頭突きで粉々に破壊された。舞い散る斬馬刀と視界を覆う白髪が瞳の奥に焼き付き、以降彼は白い物がかなりの苦手となってしまう。
 たまに自分の制服にすら恐怖を感じることもあり、もはやトラウマというよりPTSDのレベル。精神科かお祓いに行った方が良いかもしれない。


貴徳原(とうとくばら)カナタ:
 昨年の大乱闘事件の日に所用で休んでいたため、生徒会メンバーで唯一直接の被害を受けていない。それ以外でも危険がありそうなときは敏感に察知して距離を取るため、大きな被害に遭うこともほとんどない。
 要領の良さは大事だ――という当たり前のことをみんなに教えてくれる得難い人材。会長はぜひ見習うべき。



謎の人形使い:
 傀儡を使って世界中で騒ぎを起こしている迷惑系ブレイザー。『日本に凄い学生騎士がいるらしいぞ』と聞いて興味を持ち、テロリズムがてらちょっと遊んでみてやることに……。
 結果は、何もさせてもらえずの完封負け。さらには自身の傀儡術を初めて他人に乗っ取られ、内心ちょっとヒヤリとしていた。
 それでも『ま、所詮は傀儡越しだし~』と余裕を見せていたら、最後に糸を伝って魔力爆弾をプレゼントされて病院送りとなった。久方ぶりに“怒り”という感情を思い出し、『いつか絶対痛い目見せてやる!』と鼻息を荒くしている。

 ――退屈だったはずの僕の人生が、君との出会いで色づいた。
 字面だけ見れば完璧なボーイミーツガールなのが笑いどころ。
 実際はクレイジーどうしの衝突事故なのに。













 お読みいただきありがとうございました。番外編第二話でした。
 今回は生徒会の皆さん(+1名)が初登場です。彼らもオリ主との関わりのせいで性格とかちょこちょこ変わっています。キャラ崩壊とまでは行かないくらいの変化を目指してみたんですが、うまく描写できていたでしょうか?

 ラストでプロレス技を披露していた妹も描写ミスではありません。この世界線ではこんな感じになっています。
 詳細については次話で書けたら良いなぁと思いますが、書けるかどうかはやっぱり未定です。気長に見守っていただければ幸いです。(2023/01/25)





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。