黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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弱い者イジメはやめておけ

 黒鉄珠雫(くろがねしずく)はブラコンである。

 そんじょそこらのブラコンではない。

 敬愛する兄・黒鉄一輝のためならばどんなことでも――それこそ犯罪行為であろうと18禁行為であろうと、彼が望むあらゆることをしてあげたいと願うガチタイプのブラコンだ。兄妹の枠を超えてもっと仲良くなりたいし、むしろとっとと手を出して手籠めにしてくれないかと常々思っている。

 血の繋がり(世間体)なんて何のその。

 有象無象どもが何を言おうが関係ない。

 兄が心から望んでくれるなら全ての障害を打ち払い、この世界の誰よりも幸せにしてみせよう。自らの気持ちを自覚したあの日から一時たりとも変わることのない、彼女の原初の誓いであった。

 

 誓いを叶えるためには“力”が必要となる。想いだけでは……、ただ叫ぶだけでは何も叶えられないことは、赤座の事件の日に十分過ぎるほど思い知らされた。

 伐刀者(ブレイザー)として頂点を目指すという、この先一輝が歩んでいく茨の道。その隣を共に歩みたいと望むなら自分にも大きな力がいる。これまでのような、『ただ兄といっしょにいたいから』という受け身での修行では全く足りない。

 何を犠牲にしてでも強くなる鋼の意思と、どんな相手であっても勝機を見出せる自分だけの強みが必要だ。

 

 珠雫は考えた。

 自分に何ができるのか。

 何が足りないのか。

 勝つためには何が必要なのか。

 その明晰な頭脳で穴が開くほど考え尽くした。

 

 そうしてある日、ついに彼女はその結論に至ったのだ。

 

 

 

 ――そうだ、プロレス技を極めよう――と。

 

 

 

 

「ってことでお話はもう充分ですよね? 早くお兄様たちと合流しましょう、ステラさん」

 

 そう簡潔に呟き、珠雫は化粧室を後にしようとする。

 

「ちょいちょいちょい、待ちなさい、シズク! なんで終わったような空気出してるの!? 何も十分じゃないんだけどッ!?」

「?? 重要なところはもう話したでしょう? 何か不明な点でもありましたか?」

「不明な点だらけよ! どういう経緯でそのエキセントリックな結論に至ったのか、過程のところが丸々すっ飛んでるわ!」

「そのくらい言わずとも分かるでしょう? あなたも筋肉の教えに帰依した一人なのですから」

「そんな謎宗派に入信した覚えはないんですけど!?」

「むぅ、仕方ないですね」

 

 咳払いを一つ零し、珠雫は続きを話し始めた。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 改めて『強くならなければ』と決心した黒鉄珠雫であるが、ここでまた一つの悩みが出てくる。すなわち、“自分はどのような力を身に付ければ良いのか”。より具体的に言うなら、“近接戦においてどのような戦い方をするべきなのか”という悩みである。

 姉や兄の戦いぶりを散々見せ付けられておいて、この期に及んで『武術など重要ではない』と考えられるほど珠雫の頭はおめでたくない。得意とする遠距離魔術を磨くのは当然として、プラスしてクロスレンジでのスキルも身に付けなければあのレベルの相手とはとても戦えないだろう。身体能力および近接戦闘技術の向上は急務であった。

 

「やはり、剣術をもっと磨くべきでしょうか?」

 

 まず候補として浮かぶのは当然、剣術である。生家である黒鉄家でも大半の伐刀者が剣術を修めており、何より、彼女自身の固有霊装(デバイス)宵時雨(よいしぐれ)】も小太刀型なのだ。一見すると悩む余地などないようにも思える。

 

「……剣術で、あの人たちと渡り合う?」

 

 しかし、ここでまた新たな壁にぶつかる。普段の鍛錬から模擬試合に至るまで、一輝・王馬・刹那らの戦いを何度も見た上で理解させられてしまったことがある。一輝ほどではなくとも、彼女にも高レベルで備わっていた戦いの審美眼により判断できてしまった残酷な現実。

 

 曰く――黒鉄珠雫に剣術の才能はない。

 

 もちろん人並み程度には熟せる。騎士の名家たる黒鉄家で幼少から英才教育を施されてきたのだ。一通りの基礎は学んできたし、一般の伐刀者から見れば十分と言える水準で各種技術は修めている。

 がしかし、それはどこまで行っても秀才止まりでしかない。一流である長兄(王馬)、超一流である次兄(一輝)、もはやバグである長女(アレ)らに比べれば、所詮は凡才と変わらないレベルでしかなかった。

 

 珠雫は苦悩した。

 いくら鍛えても亀の歩みでしか向上しない技術。遥か先を飛ぶように強くなっていく姉や兄たち。日々開いていく実力差に焦りばかりが募っていく。形だけをなぞる無意味な鍛錬を繰り返し、心配する兄に下手な笑顔で大丈夫と返し、そんな情けない自分に忸怩たる思いを抱く。

 誰かに相談しようにも、一輝を相手にこんな情けない内心を吐露することは憚られ……。さりとて家付きの教師たちも、魔術だけを磨けと一辺倒に主張するばかりで頼る気も起こらず。ついには悩むあまり、日課である鍛錬をサボって自室に引き籠るまでになってしまう。

 

 珠雫は自己嫌悪に沈んだ。

 ……ああ、なぜ自分はこんなにも弱いのか?

 身体能力だけの話ではない。

 呆れるほどに精神が弱い。

 親族全てから虐げられても決して諦めなかった兄に比べ、こんなことで心揺らいでしまう自分はなんて情けないのか。

 

 もっと強くなりたい。

 身も心も強くなりたい。

 兄を隣で支えられるような、何事にも揺らがない強い女性になりたい。

 でもどうすれば良いのかが分からない。

 

 悩み、藻掻き、苦しみ、懊悩する日々が続いた。

 

 

 

 

 

 ――転機は唐突に訪れた。

 鬱屈する気持ちを切り替えようと出かけたとある休日のこと、何気なく視線を向けた街の一画で、彼女は()()を目にした。

 確かそこは、何かの競技場が取り壊された跡地だったか。だだっ広い原っぱの真ん中に、見慣れない舞台が天幕に囲まれてポツンと建っていた。当時箱入りだった珠雫には、それが格闘技のリングだということは分からなかったが……。

 しかし、何か心惹かれるものを感じた。なぜだかは分からないが、自分を変える何かがそこにある気がして、直感に従うまま珠雫は会場に足を踏み入れた。

 

 

 

「ッ!?」

『ゼヤああああーーーッ!!』

『うおおおおおーーーッ!!』

 

 ――ワアアアアアーーーッ!!!

 

 そうして、彼女は出会ったのだ。

 

 会場に立ち込める熱気に。

 ぶつかり迸る汗に。

 呼応して沸き上がる歓声に。

 そして、それら全てが一身に注がれる――戦場(リングの上)の漢たちに。

 

「な、何……コレ? ……プロ……レス?」

 

 とある新設の団体が、ファンの裾野を広げようと無料で開催したプロレスイベント。野っ原に作られた特設のリング上で、屈強な男たちが雄叫びを上げながら激しくぶつかり合っていた。

 照明もない。テレビカメラもない。ド派手な演出もない。観客だってそう多くはない。脚光とは無縁の小さな闘技場。

 けれども彼らは、そんなことなど知らん!とばかりに咆哮し、躍動し、鍛え上げた肉体と技を競い合う。

 

『うおおおおッ!!』

『おらあああッ!!』

 

 拳が交差する。

 蹴りが叩き込まれる。

 鍛え上げた筋肉が跳ね返す。

 腕を取る。

 肩を極める。

 力づくで振りほどく。

 回り込んで抱え込む。

 投げ飛ばす。

 叩き付ける。

 押さえ込む。

 跳ね起きる。

 引っくり返し、また組み付く。

 逆転し、仕切り直して立ち上がる。

 リング中央で再び組み合う。

 一進一退で繰り広げられる熱い攻防に、いつしか珠雫は見入っていた。

 

「……す……ごい」

 

 それまで珠雫が知っていた“戦い”とは違うものがそこにあった。

 相手の攻撃をあえて受ける。逃げずに真っ向から組み合う。どちらの肉体と根性が強いか、防御など知らんとばかりに殴り合う。伐刀者として珠雫が教えられてきた、相手を倒すためのスマートな戦い方とはまるで違う。

 ともすれば愚かとも揶揄されそうな非効率な戦いがそこにあった。

 

 

『決まったあああッ!! ブレーンバスター炸裂ううう!! これは大ダメージだ! 果たして立てるのかあああ!!』

 

 

 ――ワアアアアアッ!!

 ――立て! 立つんだ、仰木!

 ――油断するな、後藤! 戦闘態勢を崩さずに待て!

 ――呼吸を整えるんだ! あいつは絶対立ってくるぞ!

 

 

「…………ばれ」

 

 

 ――ダメージは大丈夫か!

 ――頼む、勝ってくれええ!

 ――頑張れ! まだやれるぞ!

 ――立って! 立ってえええ!!

 

 

「ッ…………んばれ」

 

 

 倒れても倒れても何度でも立ち上がる姿に、

 

 痛みに耐えて困難に立ち向かうその精神に、

 

 子どもたちの声援に全力で応える彼らの心意気に、

 

 

 

「ッ……がんばれ! がんばれ、仰木いいいい!!」

 

『うおおおおおッ!!』

 

 

 強さというものを体現する彼らの背中に、

 

 

 黒鉄珠雫は――心から憧れたのだ。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 ゆえに――

 

 

 

 

「このクソテロリストめ! 小さな子どもを蹴り付けてんじゃねえですよオラああああ!」(※可憐な東○奈央ボイス)

「ぐああああッ!?」

 

 市民に暴力を振るう解放軍(クズども)の所業など、到底許せるはずもなかったのである。

 

「珠雫ううう!? その人もうタップしてるから! 決着後の攻撃はルール違反だから!」

「いいえ、お兄様! 今の私はダーク魔導レスラー、SHIZUKU! このような無法な連中相手に、守るべきルールなど持ち合わせていません死ねエエエッ!!」

「ぐああああッ!?」

「ダーク魔導レスラーって何!?」

「法で裁けぬ悪を潰すダークヒーローなんですって。可愛い顔して男の子みたいな趣味よねぇ」

「微笑ましそうに見てないで止めてよ、アリス! 妹が闇堕ちしちゃう!」

 

 鍛えられた両脚から繰り出される見事な三角絞めが、モヒカン男の首を締め上げ白目を剥かせる。同時に発動した氷魔術が男の体温を低下させ、締め技と合わせて加速度的に意識を奪っていった。

 

「その技すごいわね、シズク! 後で私にも教えてくれないかしら!」

「いいですよ! レスラー仲間が増えるのは大歓迎です!」

 

 これこそが、悩みに悩んだ末に辿り着いた黒鉄珠雫独自の戦法。小柄な身体とフットワークを活かして相手の懐に潜り込み、組み技で動きを封じると同時に魔術で完全封殺する合わせ技だ。

 今回は首締めと体温低下による気絶という穏便な?方法だが、やろうと思えば関節を凍らせた上で文字通りへし折る残虐ファイトも可能である。かつて参加した特別招集において、沈めた敵の傍らで両手を突き上げ雄叫びを上げていた姿は、“ローレライ”ならぬ“ウォークライ”と一部界隈で呼ばれているとかいないとか……。

 

「ステラさんは脚もガッチリ太いからきっと使いこなせるでしょう!」

「ふ、太いとか大声で言わないでよ!? ちょっと気にしてるんだから!」

「何を気にするんですか! これまで必死に鍛え上げてきた努力の結果でしょう! 誰に憚る必要もありません!」

「うぐぅ……本気で言ってるっぽいから怒るに怒れない。これが“筋肉の教え”か」

 

 自信満々だった解放軍(リベリオン)のテロリスト連中は、一輝たちが駆け付ける前にすでに全員片付けられていた。

 子どもに手を出されてキレた珠雫がDQN野郎をワンパンで沈め、釣られて飛び出たステラが敵の首魁――ビショウを大剣の一撃で吹き飛ばした。選ばれし使徒を自称する男は『罪と罰がなんたら~』と得意げに指輪型霊装を誇示していたが、今のステラがそんな小細工に引っかかるわけもなく。『なんかカウンター技っぽいな』と勘を働かせた結果、横から両腕をバキボコに圧し折って地面に転がしておいた。

 さらに珠雫は、人質の中に潜んでいた敵の伏兵まで即座に看破・捕縛している。幼い頃からの修行で魔力探知がありえないレベルに到達しているため、ショッピングモール程度の規模なら誰がどこにいるのか完全に把握できるのだ。

 

 

 つまり――

 

 

「ハッ!? お兄様、避けてッ!」

「え? ――うわッ!? なんだ、今のはッ」

 

 出番がなかったからと、憂さ晴らしで兄を狙う不届き者の攻撃を見逃すわけがないのである。

 

「い、今のは……矢? まさか、さっきのは……桐――」

「お兄様ッ、そこどいて!」

 

 矢が飛んできた方向から隠れ場所に当たりを付け、珠雫はクラウチングスタートの態勢を取った。

 

「アッハッハ! ごめんね、黒鉄くぅ~ん? つい手元が狂っちゃって狙いが「貴様か、桐原あああッ!!」――うごはあッ!?」

 

 何もない空間から突如姿を現した男、桐原静矢(きりはらしずや)。厭らしい笑みを浮かべる優男の襟首を引っ掴むと、珠雫はそのまま地面へ叩き付けた。

 

「ぐええッ!?」

「このチキン野郎がッ! 救いようのないクズだとは思っていましたが、まさかこのような場で暴挙に及ぶとは!」

「な、何をするんだお嬢さんッ、その手を放し――ぐぼあッ!?」

 

 そのまま倒れた背中にストンピングの一撃。

 流れるように両手脚の関節を極め、相手を宙空へ吊り上げる。

 

「このド腐れ狩人が! 昨年に続いてお兄様への侮辱と加害、万死に値します!」

「ぐあああ、腕がああッ! く、黒鉄くん、助けてぇ! と、友達じゃないかぁッ!」

「珠雫、冷静になって! スカートでロメロ・スペシャルは危険だよ!」

「そのときは目撃者も消しますから大丈夫です死ねエエエッ!」

「ぐあああ!? 脚も折れるううッ!!」

「何も大丈夫じゃないよ珠雫うううッ!」

 

 

 かくして、テロリストに続いて学園の先輩も血祭りに上げながら、前回の引きに至るのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「はい。……はい。では後のことはよろしくお願いします、理事長先生。はい、失礼します」

 

 ――ピッ。

 

「……ふぅ」

 

 理事長との事務処理に関する会話を終え、ステラ・ヴァーミリオンは小さく息を吐いた。

 現場となったモールに伐刀者の特殊部隊が雪崩れ込んだのが30分ほど前のこと。テロリストたちは迅速に捕縛され、人質も大きな怪我がないか確認の後、順次医療施設へ移送されていった。怒れる魔導レスラーによってすでに犯行グループが制圧されていたとはいえ、到着までの早さといい、突入後の手際の良さといい、さすがは世界一と名高いサムライの国の精鋭部隊であった。

 ……蒼い顔の隊員たちが『白髪鬼が……』だの『今回はセーフ……?』だのと呟いていたのは少し気になったが、たぶん触れない方が良い話題な気がしたのでステラは全力でスルーした。

 

 

 ――閑話休題(それはさておき)

 

 

「で? あの男は一体誰なのよ、シズク」

 

 今一番気になること。広場のベンチで一輝と話す軽薄男の正体を問えば、不機嫌顔の友人から答えが返ってくる。

 

「……桐原静矢。破軍学園の二年生で、昨年の七星剣武祭の破軍代表に()()()()()男ですよ」

「――なりかけた? なった、じゃなくて?」

「ええ。去年の選抜戦で途中までは無敗だったそうですが、例の大乱闘事件で」

「あっ……」

 

 察した。

 あいつもヤベエ女の犠牲者か……と十字を切るステラ。

 ――が、先ほどの所業を思い出し、必要ないなとキャンセルする。

 聞こえてくる会話もその行動の正しさを証明していた。

 

 

「まったく、酷い目にあったよ、黒鉄君。あの姉といい今日の妹といい、黒鉄家ってのは物騒な奴しかいないのかい?」

「それについてはちょっと否定しづらいけど……。でも君のやったことも褒められたものではないと思うよ、桐原君?」

「ハッ、格上の僕に対して説教かい? Aランクのお友達ができたからってずいぶん調子に乗ってるようだね?」

「そういう問題じゃないだろう。さすがにさっきのは悪ふざけにしても度が過ぎているよ」

「おいおい、何を言ってるんだい、あれはちょっと目測を誤っただけの事故だよ、事故。警察にも説明して分かってもらっただろう? それをいつまでもネチネチとしつこく根に持って。あーあ、嫌だねFランクは、心まで貧しくなって」

「…………」

 

 

 ………………。

 

 

「なるほど? とりあえず、あまり仲良くなれそうにないタイプっていうのは分かったわ」

「ええ、今からでもへし折りたくなってきました」

 

 実際やっても許される気がしてきた。テロ事件の最中に同級生を背中から撃つなど、一歩間違えばその場で手討ちにされてもおかしくない所業だ。(※端からあの男の証言など信じていない)

 それを遊び交じりの嫌がらせで実行するなど、騎士というよりも人としての倫理観はどうなっているのだろうか?

 ……いじめが横行しているあの学園で、人の道を説いても詮無いことかもしれないが。

 

「まあ良いさ、本題はこんな下らない話じゃない。生徒手帳は見たかい、黒鉄君?」

「え?」

 

 ベンチに座ったまま相手を見下すという器用な真似を見せる桐原。唐突な話題転換に戸惑う一輝だったが、この時期にこれ見よがしに生徒手帳を提示する案件など一つしかない。言われるまま液晶の画面を開いてみれば案の定、

 

 

『黒鉄一輝様。選抜戦第一試合の対戦者は、2年3組 桐原静矢様に決定しました』

 

 

 一輝の初戦の相手が、桐原静矢に決まった旨が通知されていた。

 

「君が……僕の相手」

「ああ。このことを伝えるために、僕の方からわざわざFランクの君に声をかけてあげたってわけさ。感謝してくれよ?」

「……ああ、伝えてくれてありがとう」

 

 どこまでも尊大に相手を見下し、桐原静矢は静かに宣戦布告を行った。

 

「フン、あのときみたいに無抵抗で情けなく震えてくれるなよ、落第騎士(ワーストワン)? 雑魚は雑魚なりに頑張ってくれないと試合が興ざめになってしまうからねぇ」

 

 対するこちらの反応は三者三様だ。

 

「安心してくれ、桐原君。試合では全力を尽くすよ」

 

 黒鉄一輝は静かに闘志を燃やし、目の前の相手を真っ直ぐ見据えた。

 

「ふん、イッキがあんなのに負けるわけないでしょ。楽勝よ、楽勝」

 

 ステラ・ヴァーミリオンは憧れた男の勝利を疑いなく信じた。

 

「ガルルルルッ、キリハラコロスゥ!」

 

 そして黒鉄珠雫は怒りの臨界点を超えて今にも飛びかかろうと――

 

 

「って、ちょ、待ちなさい、シズク! どうどう!」

「離してください、ステラさん。あいつの背骨へし折れない」

「いや折っちゃダメだから。試合が中止になっちゃうから。ていうかアンタだって選抜戦の途中でしょ。違法行為で失格になっちゃうわよ」

「……むぅぅ」

 

 風船のように膨らむ珠雫の両頬。

 ステラは苦笑しながらそっと手を添える。

 

「ほら、むくれないの。あんな奴イッキの敵じゃないわ。試合であの男が叩き斬られるのをドーンと待ってりゃいいのよ」

「それは……そうですけど」

 

 反応こそ違えども、二人に共通しているのは友(兄)の強さに対する絶対的な信頼だった。

 ――あの異次元の強さを持つ剣士が木っ端伐刀者ごときに負けるはずがない。

 慢心でも油断でもなく、確かな実績から一輝の勝利を微塵も疑っていなかったのだが……。

 

「二人とも、ちょっと楽観し過ぎじゃなくて?」

「「え?」」

 

 そこに冷や水を浴びせたのが、珠雫のルームメイトであるアリス――有栖院凪(ありすいんなぎ)だった。

 

「本人の性格はともかく、能力の方はなかなか……侮れないみたいよ?」

 

 彼からの冷静な指摘に、少女らはハタと首を傾げる。

 

「あいつの能力? シズク、何か知ってる?」

「いえ、私も弓を使うということくらいしか……あ、でもさっきは姿を消していたような?」

「アリスの言う通りだよ」

「あっ、お兄様」

 

 桐原との会話を終えた一輝が頷きつつ戻って来る。試合の日程が決まり、モチベーションが高まったその顔には油断など欠片もない。

 

「対人戦に限るなら、彼はこの学園で最も厄介な能力の持ち主だ。僕との相性については……最悪と言っていいだろうね」

「ッ……」

「さ、最悪って……」

 

 戦いにおける観察眼で一輝の右に出る者などいない。その彼がこうまで言い切ったことで、ステラたちの中にあった慢心が一気に消えていく。

 

「というわけで、その辺りのことも含めて作戦会議をしようと思うんだけど、どうかな?」

「……ええ、ぜひ協力させてもらうわ」

「お兄様のお役に立てるならいくらでも」

 

 一輝の助けになれる上に、あの優男をボコボコにできるのなら願ったりである。

 二人は一も二もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

「桐原静矢、破軍学園二年、Cランク。所有する固有霊装(デバイス)は弓型の【朧月(おぼろづき)】。得意戦法は霊装から分かる通り、遠距離から敵を射抜く弓兵(アーチャー)……いや、彼の場合は狙撃手(スナイパー)と言った方が適切かな?」

「スナイパー?」

「うん。桐原君の代名詞とも言える伐刀絶技(ノウブルアーツ)狩人の森(エリア・インビジブル)】がその所以だよ。見てごらん」

 

 ところ変わって一輝とステラの自室にて。学園のアーカイブから去年の選抜戦のデータをダウンロードした一輝たち四人は、その内の一つを鑑賞していた。

 画面に映るのは桐原静矢と対戦相手の女子生徒。鬱蒼と茂った森の中で、剣士と思われる少女が覚束ない手付きで霊装を構えている。

 

『うあッ!?』

 

 そこへ、どこからともなく飛来した光の矢が突き刺さった。少女は桐原の居場所を捉えられていない様子で、動揺のまま落ち着きなく周囲を見回している。

 そこへ一度ならず二度、三度と、次なる矢が着弾する。

 

『あぐ!? うああ!?』

 

 角度と方向を変えながら嬲るように、少女の体表面を削るように何度も何度も攻撃が当てられる。

 

『い、いやッ……どこ……どこなのよ!? 姿を見せなさいよ!』

 

 それは、“戦い”というにはあまりに一方的なものだった。接近戦しかできない少女では姿の見えない桐原に反撃することは叶わず、遠距離からの狙撃でひたすら嬲られる展開が続く。

 当てずっぽうで剣を振るうも、そんなもので状況が打開できるはずもなく。

 

『いや……や、やめて……! もう嫌ぁ!』

 

 最後は抵抗の意志すら挫かれ、震えながら蹲る少女の身体が射抜かれたところで試合は終わった。

 

 

 

 

「……な、何よ、コレ。ただの一方的なリンチじゃない! こんな下衆な真似をするようなヤツが騎士を目指そうっていうのッ?」

「決して戦いの矢面には立たず、姿を隠して一方的に相手を嬲る騎士らしからぬ戦いぶり。付いた二つ名が『狩人』ってわけね」

「そんな上等な呼び名もったいないわ、アリス! こんな奴チキンで十分よ!」

 

 ただ遠距離から攻撃するだけならばステラもこんなことは言わない。判定狙いの塩試合であろうと、それが勝つための戦法なら文句はない。

 この男はその気になればいつでも勝負を決められたにもかかわらず、いたずらに試合を引き伸ばし、相手を嬲ることを楽しんでいた。その非道で卑劣な戦いぶりがひたすら気に食わなかった。

 

「あーもうッ、思い出すだけで腹が立ってきた! アタシの相手だったらボッコボコにしてやるのにぃい!」

「もしステラと戦うことになったら彼は棄権するだろうね。高威力かつ広範囲を攻撃できるステラの伐刀絶技は桐原君にとっては天敵だ。彼は確実に勝てる戦いしかしない主義だから」

「やっぱりチキンじゃない! ますます恐れるに足りないわ!」

 

 なぜこんなヤツが女子にモテているのだろうか? この世界線では代表にもなっていないわけだから、ただの女の子嬲り変態クソ野郎なのに。

 やはりあれか? 年頃の女の子はちょっと悪い男に惹かれてしまうのか? 真面目で優しい平凡男よりも、モブを虐めるヤンキーの方がなぜかモテてしまうあの謎現象なのか? 理不尽過ぎるだろ、チクショウめ。(※個人の感想です)

 

 

 

「ただ、能力が厄介なのは確かですね。お兄様との相性で言えば……確かに最悪に近い」

「あっ……」

 

 口惜しそうに呟かれた言葉にステラも息を呑む。

 ――広大な森を形成し、姿を隠して飛び道具で敵を射抜く桐原静矢。

 ――剣技と体術は超人的とはいえ、接近戦しか選択肢がない黒鉄一輝。

 確かに桐原との相性は最悪と言っていいだろう。下手をすれば最初から最後まで何もできずに嬲り殺しにされる可能性すらある。

 

「それに、弓の威力そのものもなかなか侮れないからね。去年身を以って味わっているし、本番で食らわないように気を付けないと」

「は? 味わったって、どういうこと? ……シズク?」

 

 過去に模擬戦でもやったのだろうかと首を捻るも、珠雫の阿修羅顔を見るにそんな穏やかな話ではなさそうだった。

 そして返答は予想の三つくらい上を行っていた。

 

「去年の今頃、彼に校内で襲撃されたんだ。Fランクってことで目を付けられて背中からひたすら撃たれて……。さすがに幻想形態だったけど、あれは痛かったなぁ」

「は、はあッ!? なんだってそんなことに!?」

 

 ステラは思わず立ち上がる。

 因縁とか確執とかそういうレベルではなかった。

 ――無許可で霊装を展開し、無抵抗の同級生を攻撃して甚振る。

 それはもはや退学というか、逮捕される案件ではないのか……?

 

「入学してからしばらくの間、僕が前理事長から妨害を受けていたって話は覚えてる?」

「そ、そりゃ覚えてるけど、それとなんの関係が――――ッまさか!?」

「なるほど。最初からグルだったってわけね?」

「うん……そういうこと」

 

 こればかりはさすがに一輝の顔にも苦いものが浮かんでいた。

 

「黒鉄本家と繋がっていた前理事長は、ウチからの命令で僕を退学させようとしていた。だから桐原君に話を持ち掛けたんだ。僕を攻撃して反撃を誘発し、退学に足る理由を作り出せって」

 

 そもそもからしておかしいのだ。いくら一輝が落ちこぼれとはいえ、霊装を抜いて同級生に襲い掛かった者がただで済むわけがないし、桐原自身もそれを分かっていないはずがない。

 あの男は下衆な人間だが決して馬鹿ではない。勝てない相手からは臆面もなく逃げ出せる辺り、自己保身には優れているタイプだ。

 つまりあれは、事に及んでも自分は無事で済む確信があったということ。前理事長から依頼なり密約なりがあった上での、後ろ盾がついているからこその暴挙だった。少なくとも一輝はそう睨んでいた。

 

「まあ、彼自身の嗜虐趣味も大いにあったんだろうけどね。相手が無抵抗だと普通は手が緩んでしまうものなのに、彼は最後まで愉しそうにやっていたから。……ある意味大物なのかも」

「……あの野郎、やっぱり今からでも焼き払ってきてやろうかしら」

「それはステラが失格になっちゃうからやめようね?」

「お兄様、ちょっと首圧し折りに行ってきます」

「それは警察案件だからもっとやめようね?」

「う~~~ッ! だからって仕返しの一つもできないのは悔しいわよ!」

 

 抑えきれぬ激情が炎の魔力として発露する。放っておけばこのまま桐原の居室へダイレクトアタックでもかましそうな雰囲気だった。

 憧れた相手の名誉が不当に貶められている現状。それに対して何もできない自分に唇を噛みしめるしかない。

 

「ッ~~イッキ! 明日は絶対勝ってよね! 万が一のことがあればアタシ相手の控室にカチコミかけるかもしれないから!」

「あはは、じゃあそうならないためにも、いっしょに攻略法を考えてくれるかな?」

 

 そう言って一輝が差し出したのは一枚のDVDだった。公式の商品というわけではなく、数売りのディスクに個人的に何かを記録したであろう手製品。おそらく中身は去年の選抜戦か模擬戦のどれかだと思われるが……。

 

「う……またあいつのリンチ映像を見せられるのは嫌なんだけど」

「心配しないで、これはそういうのじゃないから。新聞部の人が個人的に撮影してくれた、ある非公式戦の記録映像だよ。超絶技術の連発だからきっとステラの参考にもなるよ」

「そう? それならまあいいけど」

 

 開いているネットのページを閉じ、ディスクトレイを開けてDVDを乗せる。

 心なしかワクワクしているようにも見えるルームメイトの背中に、ステラの期待も少しだけ高まる。一体どんなすごい戦いなのかとこちらもワクワク。

 

「……まあ、ある意味もっと酷いリンチ映像かもだけど」

「へ? ちょっとイッキ、それってどういう意味――ぅア゛ッ!?」

「どうしたんですか、ステラさん? そんな絞められた鶏みたいな声エゥあッ!?」

「あらまぁ」

 

 最後まで言いきる前に少女たちの口から淑女らしからぬ濁声が漏れた。ついでに顔の方もモザイク必須の形相になってしまっているが、それも無理のないことであろう。

 

「さてと……じゃあいっしょに見て研究しようか?」

 

 なぜなら、白いディスクの表面に記載されていた文字は――

 

 

 

『○○年度学内選抜戦、乱闘事件詳細』

 

 

 

 昨年の選抜戦がブチ壊しとなった原因。

 すなわち、あの女がやらかした例の大乱闘事件だったのだから。

 

「何かアドバイスがあれば遠慮なく言ってね?」

「「ウヴェぇぇ……」」

 

 少女たちはチベットスナギツネみたいな顔になった。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 桐原静矢には才能があった。

 Cランクという、一般家庭出身にしては高めの伐刀者ランクもそうだが、何より固有能力が凶悪だった。彼が有する伐刀絶技【狩人の森(エリア・インビジブル)】は、術者の姿だけでなく匂いや足音、果ては気配までも消し去ることができる完全ステルス能力だ。一対一の対人戦においてこれほど凶悪な能力も他にあるまい。

 事実、小学生時代に出場したリトルリーグの試合では、ただの一度もこの能力が突破されることはなかった。こちらの姿を見失った相手を遠距離からただ撃ち抜くだけで全ての敵を封殺できる。

 さすがに広範囲攻撃を有する相手との試合は棄権していたため全戦全勝とはいかなかったが、逆に言えば出場した試合については全て勝ってきたということだ。

 

 桐原静矢は調子に乗った。

 ただでさえ伐刀者は希少能力者として一目置かれるのに、中でも特に優秀だということで殊更にチヤホヤされるのだ。思春期に入ったばかりの男子が調子に乗るのも無理からぬこと。それはもう、だんじりの頂上に乗るレベルで調子に乗った。

 

 成長し、破軍学園に入学してからもそれは変わらず。

 入学の前年から再開されたという選抜戦においても、彼は対人無敵の固有能力を存分に振るい、労せずして勝ち星を重ねていく。

『能力頼りは止せ』という指導者の苦言もどこ吹く風。

『騎士としての誇りがない』という敗者の負け惜しみなどスパイスにしかならない。

 軽く力を振るえば弱者どもは膝を折る。

 笑いかければ女たちは黄色い声を上げて傅く。

 落ちこぼれのFランクをいたぶってやれば、相手は碌な抵抗もできずに無様に屈する。当然自分は何のお咎めも無し、むしろ雑魚を処理する手際を褒められたぐらいだ。

 

 ――ああ、やはり自分は特別な存在! 人の上に立つべき選ばれし天才! 有象無象のお前たちとは生きるステージが違うのだ!

 

 桐原静矢はこの世の春を謳歌していた。

 

 

 

 

 

『これで……完全ステルス? 名前負けが……過ぎるね』

『ひぃいいい!?』

 

 ――春の終わりは一瞬だった。

『選抜方法を能力値基準に戻す』という前理事長の宣言に端を発する大乱闘事件において、桐原静矢は人生初の挫折を味わうこととなった。

 

『まず……姿を消すのが、遅過ぎる。……今の間に、20回は殺せる』

 

 桐原がいつも通りに姿を消そうとしたところ、他の生徒を蹴り飛ばしていた刹那は即座に彼の行動に気付き、一瞬で近付いてボディブローを叩き込んできた。これまで開幕速攻(似たような真似)を行おうとした対戦相手は多くいたが、文字通り瞬きの間に懐に入られるなど初めての経験だった。

 胃液と涙に濡れて這いつくばり、白髪の戦鬼を見上げる。

 

『ま、いいや……。とりあえず……狩人の森……使ってみて?』

『ひぃいい!? お、おぼろづきいいいいッ!!』

 

 言われるがまま霊装を展開し、桐原は自身の姿を隠してその場を逃れた。

 このまま迷彩に紛れて刹那を攻撃する?

 ――否! こんな頭がおかしい女にこれ以上付き合っていられるかッ。乱闘がお望みなら生徒会辺りの暑苦しい連中と死ぬまでやっていろ!

 心中でそう吐き捨てた桐原の、ステルスを全開にしての逃亡は、

 

『やっぱり……消えが甘い、ね』

『ッッ!? な、なんで僕の位置が分かっ――ぐええッ!?』

 

 後ろから襟首を掴むことであっさりと阻止されていた。片手で吊り上げられたまま至近から顔を覗き込まれ、修羅場を経験したことのない男の全身が震え上がる。

 

『自分の周りだけ、消せても……身体から離れたものが、残ってる。魔力の残滓を、消さないと……地面に足跡を、残してるようなもの』

『ッ!?』

 

 桐原は戦慄した。

 そのような些細な変化を肉眼で捉えられる人間など想定できるわけがない。

 というかまず“魔力の残滓”とはなんだ!? そんなもの聞いたこともない!

 

『……じゃあ、次。……攻撃、してみて?』

『うわ!?』

 

 混乱する桐原に構わず刹那は彼をリングへ放り投げた。その間にも他の生徒たちを魔力の鎖で薙ぎ払いながら、片手を桐原へ向けてクイクイと手招きする。

 無表情でも分かり易すぎる挑発。

 ――攻撃しないでやるから全力で撃ち込んでみろ。

 ――無抵抗な相手じゃないと戦う度胸もないのか?

 そう言外に桐原を煽っているのだ。

 浮足立っていた彼もこれには怒りが恐怖を上回った。

 

『ッ……後悔するなよ、人形女が! ――射抜け、【朧月】!!』

 

 今できる最大まで姿と気配を殺し、生い茂った密林の奥に紛れて刹那の背中を狙い撃つ。亜音速の光矢が空気を切り裂いて着弾、石床を破壊、粉塵が高々と舞い上がった。

 

『まだまだぁ!【驟雨烈光閃(ミリオンレイン)】!!』

 

 一発だけでは終わらない。

 背後から、側面から、頭上から……。時間差で角度も変えながら数え切れないほどの矢を浴びせかける。

 アフリカゾウの群れでもミンチになるほどの飽和致死攻撃だったが……しかし構うものか。なにせ相手は七星剣王様だ、新入生の拙い攻撃など余裕で防いでくれるだろう!

 

『あっはははッ、これならさすがにあいつも――』

『……矢のステルスが、できない……論外』

『なぁああッ!?』

 

 悪意に塗れた自己弁護の言葉は、最強の手であっさり現実のものとなった。

 素手のみで打ち払われた雨矢(うし)の残骸が空気に溶け、その向こうに佇む刹那の指にはいつの間にか四本の矢が挟み込まれている。

 

『返す』

 

 ――ドドドッ!!

 

『ひあああッ!?』

 

 少女の右手がぶれ、何かが飛んできた。避けようとする間もなく顔の横に突き立ったのは、刹那が掴んでいた光の矢だ。

 

『な、なんでッ!?』

 

 姿も見えないのになぜこちらの居場所が分かったのか? ステルスは全力で発動し続けているし、先ほど言われた“魔力の残滓”とやらも辿られないように木の上まで一息に跳躍したのに。

 当てずっぽうか?

 いや、ありえない! それならどうして顔の周りを囲うように正確に狙えたのだ!

 

『揺れと、振動と……後は……熱源? 身体から離れた要素の、制御が甘いから……ちょっと気配を探れば、簡単に追跡できる』

 

 

 

 

 

 

『――ほら、また空気が揺れた』

 

 

 闇色の瞳がこちらをジッと見ていた。

 

 

『ひあ゛あああーーーッ!? ば、化け物ぉお!!』

 

 桐原の混乱が極致に達する。とにかくあの怪物から距離を取ろうと、なりふり構わずその場から逃げ出した。

 足音も、匂いも、呼吸も、気配も、心臓の鼓動さえも! 追跡されないようにあらゆる足跡(そくせき)を消し去り地面を蹴る。

 攻撃など冗談じゃない。とにかく移動しながら攪乱し、隙を見てこの戦場から逃げ出す。その一心でひたすらに森の中を駆け抜けた。

 最後の木の枝を踏み越え、視線の先に会場の入口が見えた……あと少しでここから逃げ出せる。

 

『よ、よし! 生き残っ――』

『じゃあ、ステルスの性能も分かったし、

 

 

 

 ――終わりにするね?

 

 

『がッ!?』

 

 全ての希望が絶望へと叩き落とされた。

 それは文字通りの意味で。空中へ飛び出していた桐原の身体が、重力が倍化したかのような負荷でリングに叩き付けられたのだ。

 

『がっはッ!? ……な、なん……これ……魔力ッ!?  ……動けな……ッ』

 

 全身にかかるあまりの重圧に指一本すら動かせない。それは桐原だけではなかった。リング内外にいる他の生徒たち全て、桐原と同様蒼い顔で地面に縫い付けられ這いつくばっている。

 ――埒外のパワーを誇る砕城雷(さいじょういかずち)も。

 ――音速を越えて動ける兎丸恋々(とまるれんれん)も。

 ――彼らを率いる生徒会長、東堂刀華(とうどうとうか)すらも。

 ありえない!と心で否定しながらも、魔力制御に長けた桐原には理解できてしまった。人一人から溢れ出した魔力の奔流が、その場の人も、物も、伐刀絶技さえも、全てを支配下に置いてしまっていたのだ。

 

『こうやって、魔力で覆えば……位置特定、できる。……人間型の空間があれば……そこが、居場所。…………ン、いたね』

『……ハ……ハハハ』

 

 もはや乾いた笑いしか出てこない。

 闘技場全てをプールのように魔力で覆い満たすなど、人間に可能な芸当ではない。

 確信した。

 目の前のコレは化け物だ。

 Aランクだろうと、Cランクだろうと、Fランクだろうと関係ない。自分のようなただの伐刀者(人間風情)が手を出していい相手ではなかった。

 黒鉄刹那が会場で暴れ始めたとき、彼は何を置いてでもその場を逃げ出すべきだったのだ。全力でステルスを展開し、他の連中が肉壁となっている間にとにかく走って会場の外へ出る。それで確実に逃げられたかは分からないが、少なくともこんな、一対一で化け物と対峙する事態だけは避けられたはずだ。

 

 だがその仮定にももはや意味はない。

 確かな事実は今、この瞬間、桐原静矢の命は眼前の化け物の顎に捉えられているということだ。

 

『じゃあ……ね? もう弱い者イジメ、するなよ? クヒヒッ!』

『お……お前が言うぐわああああーーーッ!?』

 

 最後に口だけでも反撃を、と思ったがそれも叶わず。

 見上げるような魔力の波濤に押し流され、桐原静矢の意識は闇に沈むのだった。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

「………………」

 

 映像が終わり、先ほどよりもさらに静かになった寮の一室にて。

 視聴を終えた面々は各々のやり方で今の戦いを噛み締めていた。

 一輝は相変わらずヤバイと戦慄しつつも対戦相手の攻略法を探り。

 珠雫は桐原ではなくなぜか姉の方の倒し方を模索し。

 アリスはそんなルームメイトに苦笑しながら頭を撫で。

 そして最後に皇女様は――頭を抱えて机に突っ伏していた。

 

「……本ッ当に何やってんのよ、あの女。ありえないでしょ」

「それは能力が? それともやった内容が?」

「両方に決まってんでしょうが!?」

 

 バンっと机を叩き立ち上がる。

 

「そりゃ話には聞いてたわよ!? 選抜戦の途中で生徒たちに襲い掛かったって聞いて、『ああ、あいつならやりそうだなぁ』とは思ってたわよ!?」

 

 しかし話を聞くのと映像で見せられるのでは大違いだった。

 

 ――能力値選抜なんぞ認めない。これからこの場で選抜を行う。

 

 一方的にそう宣言して同級生に襲い掛かり、逃げ惑う生徒を一息に薙ぎ払う様はまさに万夫不当のテロリスト。“史上最悪の七星剣王”の名に違わぬ悪辣ぶりだった。あの穏やかな生徒会長があそこまで目の仇にするのも納得の不良生徒である。

 

「けどやっぱり実力はすごいんだよねぇ。こことか、ほら見てよ、ステラ。桐原君が走り抜けた直後、踏み込みでコンマ何秒か床がたわんでいるんだ。それを見逃さず進行方向に攻撃をしかけて……あ、リングを砕いて粉塵でシルエットが分かるようになって。そういう方法もあるのか。……お、こっちじゃ見もせずに他の生徒たちをあしらって……う~ん、やっぱり八方目とマルチタスクは必須かぁ」

「……(こっち)(こっち)で目を輝かせてるし」

 

 戦闘技術の高さに感心する気持ちは分からないでもないが、毎度骨を圧し折られている相手によくもまあそんな目を向けられるものである。普通だったら確実に負の感情に支配されているところだ。

 

「……相変わらず魔力総量と出力が桁違い。……局所に絞れば魔力放出で相殺できる? ……いや、それよりは氷壁で物理的に防いだ方が効果的? その隙に水蒸気に乗せた魔力を体内に忍び込ませて……でも内臓の防御力も高そうだし……むしろ血液からのアプローチの方がブツブツブツ」

「……(こっち)(こっち)でガチで殺りにいってるし」

 

 姉から始まって妹に至るまでこの調子だ。何なんだろう……やはり黒鉄家とは頭のおかしい奴らの集まりだっただろうか? この分だと残っている長男もどうせヤベエ奴なのだろう。

 桐原君と同じく失礼な感想を抱いてしまった皇女殿下を誰も責められまい。

 

「それで、ステラ。何か攻略の糸口は見つかったかな?」

「…………」

 

 こちらの気持ちも知らずに笑顔で聞いてくる元凶(友人)

 なんかもう疲れが溜まってきていた皇女様は、やさぐれ顔のまま適当なアドバイスを送ることにした。

 

「もうレベルを上げて物理で殴ればいいんじゃない?」

「…………なるほど」

 

 身も蓋もねぇ結論だった。

 

 

 

 

 

 





長くなりましたので前後半に分けます。
皆さんお待ちかねの桐原君の活躍は次回になります。





登場人物紹介

黒鉄珠雫(くろがねしずく)
 破軍学園一年、伐刀者ランクB。
 自他共に認めるブラコンであり、血の繋がった兄と○○○○することも辞さないヤベエ一途な妹。愛する兄のためなら自分にできるあらゆること(※非合法含む)を為す覚悟があり、一輝を幸せにすることが彼女の人生における至上命題。
 そのために力を付けようと幼くして決心したが、自分には剣術の才が乏しいことに気付いて早々に挫折。一時は道を見失って迷走するも、街角でプロレスイベントを観戦したことで近接格闘に光明を見出した。

 ――結果、誕生したのがグラップラー珠雫である。

 素早い身のこなしで敵に近付いて関節を締め上げ、そのまま氷の能力で封殺するのが基本戦術。幻想形態であれば意識を失わせる程度で済むが、実像で行えば“関節部を凍らせて力尽くで捩じ切る”という割とえげつない絵面が展開される。生で見ると大抵の人がドン引きするが、当の本人は『闘いが命がけなのは当然では?』とあっけらかんと語った。
“黒鉄の血族は全員ヤバイ”という業界の共通認識が生まれた瞬間だった。

 入学後に出会ったステラは良き友人。原作と違って一輝に恋心を抱いていないため敵愾心も生まれておらず、純粋に兄の実力を認めてくれたことから好感度はとても高い。幼い頃から肉体を鍛える喜びに目覚めているため、ステラの鍛えられた太い脚や肉付きの良い身体もプラス評価。自分もあれくらい立派な身体になりたいなぁと憧れており、今後も良い関係を築いていけたらと願っている。



ただし、兄に恋愛感情を抱いた場合はこの限りではない。 






有栖院凪(ありすいんなぎ)
 破軍学園一年、伐刀者ランクD。
 珠雫のルームメイトであり心は乙女のイケメン男子。心の機微に敏感で人との距離の取り方が抜群にうまい。その社交性は人間嫌いの原作珠雫とも良好な関係を築けるほどだが、本作の珠雫は割とイケイケの性格になっているため、逆に自分から距離を詰めていってアリスの方がちょっと驚いた。『あらやだ、この子見かけによらずグイグイ来るタイプだわ』

 見た目は儚い美少女なのに趣味が男の子みたい(※プロレス、特撮ヒーロー物)、けれど服や小物は可愛いものが好きという珠雫の性格は、実はアリス的に好感度大。性別によるステレオタイプな区分けに囚われず、好きな物を好きと言い切る姿勢には一人の乙女としてシンパシーを感じている。もしかしたらこれが後の○○○に何らかの影響を及ぼす…………かもしれない。
 たぶん呼び戻すときには拳やサブミッションが飛び出すので、今の内に身体を鍛えておくことが推奨される。





桐原静矢(きりはらしずや)
 破軍学園二年、伐刀者ランクC。
 みんな大好き自称天才系噛ませ犬、桐原君。一巻に登場して以降長らく本編に出ていないにもかかわらず、なぜかカルト的人気を誇る嫌味キャラ。悪役として清々しいほどの下衆っぷりもそうだが、たぶん中の人の熱演によるところも大きいと思われる。――松〇さんは神と言わざるを得ない。
 前理事長の依頼で一輝を虐めるなどやりたい放題だったが、能力を恃みに調子に乗っていたところを化物(刹那)にボコボコにされて鼻っ柱を圧し折られた。以降一年ほどは大人しく目立った動きも見せなかったが、今回テロに便乗して一輝たちにちょっかいをかけて、早速逆襲されて酷い目にあった。
 目に見えた地雷には手を出さなきゃいいのになぜ人はやらかしてしまうのか?
 もしかしたら作中で最も一輝のことを好きなのは彼なのかもしれない。







 後半もなるべく早く更新できるよう頑張ります。





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