下位の騎士であっても常人では全く歯が立たず、上位の実力者ともなればその力は最新の軍事兵器にも匹敵する。優秀なブレイザーの保有数がそのまま国家のパワーバランスになるという、なんともトンデモビックリ人間なのだ。
当然、そのような存在を首輪もなく野放しにはできないため、各国は“魔導騎士制度”という枠組みを作り、彼らを国家の下に統制した。認可を受けた学校を卒業した伐刀者に限り、免許と魔導騎士という立場を与え能力の使用を許可するというものだ。
そしてここ日本国において、騎士制度を管理・運用している元締めこそが“黒鉄家”であり、その黒鉄家を現在主導している人物が彼女の目の前にいるこの男……。
「何の用だ、刹那。……手短に話せ」
刹那の父、黒鉄家現当主・
相も変わらず血も通っていないような冷たい態度。しかし別に刹那が殊更に嫌われているわけではない。この父は誰に対してもだいたいこんな感じなのだ。
……これで組織の長が務まるのかは
「……聞きたい……ことが……ある」
刹那の方も特に文句を言うでもなく質問事項のみを淡々と問いかけた。親子二人、仲良く語り合いたいわけでもない。
……というか不可能だ。この無愛想二人が揃ったところで盛り上がるビジョンなど欠片も浮かばない。……ほら、秘書の人もすごく居心地悪そう。
「なんだ? 稽古については好きにしろと言っただろう」
「……ち、がう……、別件……」
「王馬のこともお前の裁量でやって構わん。死なない程度に鍛えてやれ」
「そのつもり……だけど、……それも、違う」
「お前が徹底的に潰したことで解放軍も大人しい。しばらく任務は白紙だ」
「その話……でもない……。もっと、別……」
「……では、一体何だ?」
その都度話を否定していると、ようやく父が顔を上げ刹那の方を見た。仕事中に時間をとられたせいかその眉は煩わしそうに顰められているが、そこは我慢してほしい。
なにせこれから話す内容はお互いにとっての最重要事項なのだから……。
「聞きたい、のは……一輝の……こと……」
「……なに?」
ピクリと厳の眉が動く。
「さっき……一輝が、……分家の連中に……いじめられてるのを……見た。……何か、知ってる……?」
「………………詳しく話せ」
「ん……」
刹那は問われるままに先ほど見聞きしたことを説明していった。
虐めのシーンを思い返すことで危うく怒りまで再燃しそうになったが、同時に刹那の心には微かな安堵も生まれていた。
一輝の名前を出した途端、厳の空気が明らかに変わったからだ。
これはおそらく、彼が一輝について真剣に考えている証拠。
いろいろと性格に難のある父だが、やはり息子が害されたとなれば心中穏やかではいられないのだろう。
(よかっ、た……。『親に捨てられた』……なんて……、やっぱり……あいつらの……妄言……だった)
そうしてたどたどしくも刹那は状況を説明していき、
「――――で、――――と、いうことが……、あった」
「………………。そうか」
全てを聞き終えた厳は、やがて顔を俯かせ思索に耽り始めた。その様子を見ながら刹那は誰にも分からないくらいに微かな笑顔を浮かべる。
やはり父は息子について真剣に考えてくれているようだ。
いじめの件を把握していなかった点は少し頂けないが、それもこれからはキチンと対応してくれるだろう。
なんといっても彼は――『秩序』を何より重んじる男なのだから……。
……。
…………。
………………。
「――――放っておけ」
「……………………、は?」
ホッと気を抜いていた刹那にかけられたのは、予想外の言葉だった。
「…………え? ……や……、父上……? …………なん……て……?」
思わず間の抜けた声が漏れ、脳内で言葉を反芻。そんなはずないだろうと思い直し、今一度問いかけてみる。
――が、返ってきたのは無情のダメ押しだった。
「放っておけ、と言ったのだ。特に意図していたわけではないが、あいつが大人しくなるのならむしろちょうど良い。分家の者たちについては後で戒めれば問題なかろう」
「は……ぁ?」
言葉もなく刹那はただ呆気に取られていた。目の前の男が何を言っているのか、本気で分からなかったのだ。
一方で厳の方は、『これで説明は充分』とでも言うように話を切り上げ仕事に戻ろうとしていた。慌てて刹那はそれを止め、さらに詳しい説明を促す。
返ってきたのは『は? なぜこれで分からんのだ?』と言わんばかりの呆れ顔……。そこへ右拳をブチ込みたくなる衝動をなんとか抑えつつ、刹那は冷静に話を聞き出していった。
――父曰く、一輝の魔力はFランク相当であり、魔導騎士になるには才能が全く足りない。ゆえに稽古は付けずに一般人として生活させる予定だった。だが本人は魔導騎士になることを強く望んでおり、一人でも己を鍛えようとしている。
……これがただの子どもならば問題ない。いずれ才能の壁に行き当たり、自ずと諦めることになるだろう。
しかし厄介なことに一輝は武芸について天性の才を持ち、さらには自身を追い込む精神力まで持ち合わせていた。もしこのまま鍛え続けていけば、将来的に才ある騎士を凌駕する可能性は十分にある。
それはきっと、とても聞こえの良いサクセスストーリー。おそらく万人が憧れる輝かしい英雄譚となるだろう。
――だからこそ、そんなものを認めるわけにはいかない。
一つや二つならまだしも、最低のFランクが高ランクを上回るなど、秩序に真っ向から反する異常事態だ。もしそんな光景を見てしまえば、安易にそれを真似しようとする者が際限なく現れるだろう。
だが実際にそんなことをやれる者などほんの一握り――才能とはまた別の何かを持った“異常者”だけだ。ほとんどの者は無謀な壁に挑戦した挙句、ことごとくが破滅の道を歩むだろう。
それは“魔導騎士制度”という秩序の崩壊だ。黒鉄の長として、日本国の秩序を守る公人として、断じてそのような真似を許すわけにはいかない。
――ゆえに一輝には、なんとしても騎士の道を諦めさせなければならないのだ。
「しかし当人が思いのほか頑固でな。いくら『何もするな』と言っても全く聞き入れず、ほとほと手を焼いていたのだが……。こうして周り全てから否定されれば諦めるかもしれん。ゆえに、それまでの間は放置で構わん」
……。
…………。
………………。
「…………あ、の……!」
「む?」
あまりの衝撃に呆けていた刹那は、僅かな言葉をなんとか絞り出す。
もしかしたら……、万が一…………、那由他の向こうにある可能性にかけて……。
「……その……こと……、一輝に……言った……? ……二人、だけで…………話し、た……?」
「? わざわざ言うまでもないことだろう。黒鉄の家に生まれた以上、私を滅して公に尽くすのは当然のこと。あいつも今は子どものように駄々をこねているが、その内自分で気付いて自重するだろう」
………………。
「……お前もこんな些事を気にしていないで、己の為すべきことを為せ。その暴れたがりの精神性は褒められたものではないが、きちんと制御できている点については評価している。定期的に戦いの場は用意してやるから、これからも黒鉄としての役目を十分に果たせ。……いいな?」
そう言って厳は話を締め括り、『これ以上説明することはない』と再び視線を落としてしまった。
その不動の佇まいはまさに“鉄血”。
黒鉄の長として、日本の国防を担う者として、誰が何と言おうと己の信念を貫き通す鋼の精神性を感じさせた。
「…………ッ」
偉大なる父の揺るがぬ姿を見せつけられ、刹那は力なく俯いた。
……震える少女の胸に去来する想いは、ただ一つ。
そう、この瞬間彼女は、自身の父親に対して、心の底からこう思っていたのである……。
――――こいつ……! 超、コミュ障じゃねえか……ッ!!!?
――と。
(な……なんて……こった……。偉大は……偉大……でも……、父は……“偉大なるポンコツ”……だった……!)
前々からズレた父だとは思っていたが、まさかここまでとは予想外。
そういう裏事情があるのなら、まずはきちんと腹を割って話し合うべきなのに、それを一言罵っただけで放置とか!
ただでさえ分かり難い意図だというのに、この状況で冷静に考えて真意に気付けなどと、まだ年齢一桁の子どもに何を期待してやがるのだ、この父はッ。
……あと、しれっと付け加えられたせいで流してしまったが、なぜに自分が“暴れたがりのバーサーカー”扱いされているのかッ!
自分はただ、命のやり取りに少しばかり興奮するってだけで、相手を傷付けたり殺したりすることが好きなわけではない! いくら付き合い薄い親子だからってこの誤解はあんまりではないか!
「ぐ……ぐぬ……ぬ……ッ」
などと、言いたいことは次から次に湧いていたが、それをそのまま伝えたところでおそらく無駄だろう。
昔から父は一度決めたことは絶対翻さない。どんなに理不尽であろうとも、それが必要だと認めれば何が何でも断行する。親子の情など二の次・三の次の、冷血鉄血関白親父なのだ。
ゆえに――
「……そ、う。…………よく……わかった」
「そうか。……ならばもう行け。私は忙しい」
「ッ――失礼、します……ッ」
ゆえに刹那は決めた。
――もはやこの父に頼ることなどしない、と。
――弟を助けるため、自分がやれることをやってやる、と。
そんな断固たる決意のもと、彼女は荒々しく父の書斎を飛び出したのだ。
「よ、よし……。まずは一輝から……、詳しい話を、聞い――――ッッ!?」
行動を開始しようとしたその矢先、無意識に広げていた彼女の探知網に不穏な反応が引っかかった。
それはここから遠い、敷地の端辺り……。
見覚えのある魔力反応の周りを、複数の個体が取り囲んでいるのを察知したのだ。
「…………一、輝ッ……!」
瞬間、刹那は走り出していた。
一歩で床を踏み砕き、二歩目で家具を吹き飛ばし、三歩で窓ガラスを突き破って屋外へ飛び出す。そして足裏に魔力壁を創り出すと、一刻も早く現場に到着すべく、全力で飛翔を開始した。
「~~ッ! ッんとに……もうッ! ……どいつ、も……こいつ……もッ!」
その過程で刹那のイライラは最高潮へと達していく。
何しろ今日は、朝から不満と鬱憤が目白押しだったから……。
――門弟たちは揃って冷たいし、王馬は会話もしてくれないし、悪ガキどもは弟を虐めるし。……そして極めつけに、父は相変わらずの冷血人間だしッ!
全員こっちの気も知らず、自由気ままにやりたい放題!
だったらもうッ……自分だって――
「好き勝手……やっても! 許される……よね……!!」
――そうだ。
何もお行儀良く、社会の流儀に合わせる必要などなかった。
そもそもの話……最初に“虐め”という違法行為を――強引で暴力的な力技を吹っ掛けてきたのはあいつらの方なのだ。
ならば、こちらだけ一方的に遠慮する理由などどこにもないではないか!
そう……つまりは結局……最終的に、
導き出される結論は――!
「力尽くで……、解決すれば……良いんだッ!!!」
――論理など捨て去った、100%ゴリ押しの答えだった!
「……み、見て……ろよ、……父上……! ……そっちが……その気なら……、こっちに、だって……“考え”が……ある、からな……! 子どもがいつまでも……従順だなんて……思う、なよ……ッ! …………フ、フハ……、フハハッ……、フハハハッ――――――クハーッハッハッハッハッ!!!!」
己の神がかり的発想に高笑いを上げながら、少女は音速の壁をブチ抜いて全力で空を翔けたのである。
……なお、進行方向の窓ガラスは全て割れた。(悪評一つ追加)
◇◇◇
……黒鉄一輝にとって、自分の家とは“檻”だった。
古くから日本の国防を担ってきた名門・黒鉄家。この名家において、平均の十分の一の魔力しか持たない劣等性の彼に居場所などなかった。
物置部屋に押し込められ、出来損ないと罵られ、親族全てから見下され嘲笑される日々。まだ幼い少年の心がどれだけ傷付いてきたかは想像に難くないだろう。
しかしそれでも、大人たちの態度はまだ幾ばくかマシだった。見下す対象とはいえ相手はまだ幼い子供。無視をしたり嫌味を言ったりする程度はあれ、それ以上の迫害などはそうそう起こらなかった。……一応は彼らも、最低限の分別はつく大人ではあったからだ。
……だがそれも子どもに関しては当てはまらない。
大人の空気というものは、彼らが思う以上に敏感に伝わるものだ。まだ理屈では分からずとも、一輝という少年が家全体から軽んじられていることは幼い心にも容易に理解できた。
そして幼さとはときに驚くほどの残酷さを発揮する。一輝が分家の子どもたちから虐めの標的とされるのに、さほど時間はかからなかった。
「オラッ、くらえ!」
「うぐッ……!」
頬に衝撃を受け、地面に倒れ込む。額を強く打ち付け、口の端からは血が滲んでいく。
それを痛いと思う間もなく、今度は背中側を蹴られた。できるだけ衝撃を和らげようと身体を丸めるも、周囲の笑い声は一層酷くなり、ますます勢いを付けて蹴り付けられる。
「あ……ぐぅ……ッ」
与えられる痛みに耐えながら、一輝は自身の迂闊さを悔いていた。
……今日はもう、大丈夫だと思っていた。
一度リンチを受けた後なのだから、しばらくの間は迫害されることはないだろうと、そう思っていたのだ。
……甘かった。
一輝に対して害意を持つ者は先ほどの連中以外にも大勢いる。人目を気にせずノコノコ出歩いていれば、再びこうなるのは必然の流れだった。
(……そうだ。もっと慎重に……、用心深く行動すべきだった)
今さら悔いるももう遅い。すでに周りを十人以上に囲まれており、味方のいない一輝には誰かに助けを求めることもできない。
今の彼にできることはただ一つ。
とにかく耐え忍び、嵐が過ぎるのを待つことだけだった。
……幸いと言うべきか、耐えることには慣れていた。
『何もするな』と父に告げられ、昨日までの友が全て敵に変わったあの日から、一輝はずっと耐えてきた。
身体の痛みだけではない。嘲笑の視線にも、言葉の刃にも、あらゆる理不尽な扱いにも、今日までずっと耐えてきたのだ。
……だから、今更この程度で心を揺らしたりはしない。
しばらくの間ジっとしていればそれで終わり。多少の痛みは残るが、それだけのこと。……いつものことだ。
いつも通りなけなしの魔力を振り絞って、一人静かに耐え続ける。それが今の彼にできる唯一の抵抗だった。
……そう。
ここには彼に手を差し伸べてくれる味方など、もう誰もいないのだから……。
――『…………一、輝……?』
(――ッ!? 違うッ! そんなもの、僕は望んでいない! 期待なんて……、していないッ!)
脳裏に一瞬だけ浮かんだ少女の姿……。一輝は慌ててその像を振り払う。
――黒鉄刹那。これまで話したことすらなかった、一つ年上の姉。
何度か話には聞いたことがあった。自分たち兄妹には、王馬の上にもう一人、会ったことのない姉がいるのだと。
王馬と同じくAランクの伐刀者であり、その実力は天才揃いのAランクの中でもさらに次元違いの化け物。
・僅か三歳にしてプロの騎士を圧倒した。
・解放軍の高ランク伐刀者をまとめて蹂躙した。
・戦いにおいて本気を出したことはない。
・それでも生涯無敗である。
等々、信じがたい噂を挙げれば枚挙に暇がなく、それを裏付けるように、先日は神童・黒鉄王馬を一刀のもとに叩き伏せたという。
まさに、全てを持って生まれてきた天才。
一輝とは何もかもが異なる、違う世界で生きる選ばれた人間。
そんな雲の上の存在が、自分のような落ちこぼれを助けるとはとても思えない。いや、そもそも伝え聞く性格からして、他人を助けるような人物だとは考え難かった。
そうだ。あれは単に目の前の埃を掃っただけ。
進む方向に邪魔なものがあったから、ただ煩わしくて排除しただけのこと。
自分のような不出来な弟をわざわざ助けてくれるはずが――
――『…………大……丈夫……? ……痛く……ない……?』
(ッ!? 違うッ! こんなのはただの幻だ! 僕の弱い心が見せた、都合の良い妄想だッ!)
こんな温かい手など、自分は知らない。
こんな優しい声など、自分は聞いていない。
己を慈しんでくれる相手など、もうこの家にいるはずがない……。
……いつの間にか腕に巻かれていたこのハンカチも、無意識の内に自分で巻いただけ……、ただそれだけのことなんだ!
「聞いてんのかよ、てめえ!」
「あぐッ!?」
考えに没頭するあまり無視してしまったのか、大柄な男子がいきり立って背中を蹴り付けてきた。
衝撃に息が詰まり、一輝は激しく咳き込む。
泥だらけで地面に転がる痛ましい姿。普通なら良心が咎め、思わず躊躇することだろう。
しかし彼らの心にそんなものはない。痛みに悶える様を見て、楽しくてたまらないと笑い、囃し立てる。
……そうだ、現実はこんなものだ。
都合良く助けてくれるヒーローなんて存在しない。
騎士になりたいと望んでも、誰も聞いてくれない。
友達になりたいと願っても、誰も受け入れてくれない。
助けてほしいと叫んでも、誰もその手を取ってはくれない。
この数年で思い知らされた、受け入れざるを得ない冷たい現実……。
(――ッ……でも、……それ、でもッ!)
このままただ負けるだけじゃ、あまりに悔し過ぎるから……。
だからせめて、情けない声だけは上げてやるものかと、少年は強く拳を握り、グッと歯を食いしばった。
「アハハハッ、ほら食らえよ、無能野郎がッ!!」
(――ッ……ああ……、これが当たったら、さすがに怪我じゃ済まないだろうなぁ……)
眼前に迫る木刀を冷静に観察しながら……、しかし幼い身ではやはり恐怖は拭えず、一輝は最後にギュッと目を閉じ、そのときを待ったのだ。
……そして一秒後。
聞こえてきたのは予想通り、骨が砕ける鈍い音――
ではなく、
「……間に…………合った……!」
「……え?」
いつか夢の中で聞こえた、優しく囁くような声だった……。
次いで、カランッと地面を叩く音と鼻腔をくすぐる甘い香り……。
慌てて一輝が目を見開いてみれば、そこにあったのは切り落とされた木刀と、そして――息を呑むほどに美しい後ろ姿。
淡く光る白髪を風に靡かせながら、振り切った右腕をゆっくり下ろしていくその少女は、
――――紛れもなく彼の姉、黒鉄刹那であったのだ。
「……な、……なん……で……」
「…………」
闖入者は彼の疑問には答えず、その場にいる者たちを
しかし彼らの引きつった顔と、そして、少女の全身から立ち昇る魔力光を見れば、何を目にしているのかは想像が付く。
「な……。だ、誰だよ、お前……。邪魔すんなよ!」
「そ、そんな奴助けんのかよ! お前も同じ目に遭わせるぞ! ど、どけよッ!」
「………………」
動揺する彼らの誰何の声にも刹那は何も答えない。勢いを増していく白光を身に纏ったまま、静かに相手を睨み据えている。
……怒っていた。
黒鉄刹那は今……、この場で明確に怒っていた。
一体何に対して?
………………。
……いや、まさか、そんなことは有り得ない。……あるはずがない。
自分とは何もかも違う天才が……、
全てを持って生まれてきた、選ばれた人間が……ッ。
(――落ちこぼれの弟を殴られたことに、憤りを覚えるなんて……!)
「…………お前、たちは……」
「「「――ッ!」」」
「…………やってはならない、……ことをした……」
重々しく空気を震わせた声は、紛れもない怒りに満ちていた。滅多に動かぬその表情を憤怒の形に歪め、少女は侮蔑を込めて吐き捨てる。
「どこまでも……醜い、奴ら……」
「な、なに……ッ」
「抵抗できない相手を……虐げて……悦に入る。……集団で他者を害し……、自分は強いのだと……思い上がる……。なんて、醜い……“弱者”の姿……!」
「て、てめえッ、俺らが弱者だと!?」
「ちょっと魔力が強いからって、調子に乗ってんじゃ――ッ」
「――黙れ」
――ズ…………ンッ!
「あグぁッ!!?」
ただ一言。
それだけで格付けは終わっていた。圧倒的な魔力の圧により、彼らは一人残らず地面に叩き付けられ、苦しげに息を吐いた。
「……もう、何も……喋らなくて良い……。反省など……求めていない……。……ただ恐怖と……絶望だけ感じて……、ここで、死んでいけ……ッ!!」
「う……ッ、うあ゛ぁああぁあ゛ああッッ!?」
……そこからは、あっという間の出来事だった。
悲鳴を上げて逃げようとする彼らを、刹那は一人も逃さず魔力の鎖で捕縛、砂砂利の上に投げ捨てた。
謝罪を繰り返す言を冷然と無視し、淡々と、無感情に……。蹴倒し、殴り倒し、順に地面へ沈めていく。命乞いする子どもを無慈悲に踏み付けるその姿は、まさしく暴君そのものであった。
「ひッ、ひぃィいッ!!?」
「ごめんなさい!! ごめんなさい! ゆ、許してえええッ!!」
「…………フン」
やがて全員を地面に蹴り転がした刹那は小さく鼻を鳴らす。
何人かはまだ意識があるようだったが、もはや興味も無くなったのだろう……。苦しげに呻く彼らを路傍の石のように捨て置くと、少女は自身の背後を振り返った。
そして視線の先にいる相手をジッと見る。
「………………」
「………………ッ」
それは朝の光景の焼き増しだった。
姉弟二人……。互いに言葉もなくただ相手のことを見つめている。一輝にはここからどうして良いのか分からない。
――この人は本当に、自分を助けてくれたのか?
――まだ自分にも味方がいると、希望を抱いて良いのか?
――信じた相手にまた……、裏切られはしないのか?
疑問と期待と恐怖が、頭の中をグルグル回っていた……。
「……ケガ」
「え……?」
気付けば姉は触れ合うほどの距離から彼を見つめていた。
「……ケガ…………大、丈夫……?」
「……ぁ」
ジッと目を合わせたまま、ポツリと告げられた一言。
……それだけで、充分だった。
ぶっきらぼうに放られた、飾り気のない簡素な言葉。しかしそこには確かに、弟の身を案じる姉の優しい想いが滲んでいた。
今まで幾度となく心無い言葉をぶつけられてきた彼だから分かる。
この人は間違いなく、自分を助けるために駆けつけてくれたのだと――そう心から確信できたのだ。
(……僕の、姉さんは……、こんなにも、優しい人……だったんだ……)
数年ぶりにかけられた温かい言葉に、一輝の心が柔らかく解きほぐされていく。
……同時に彼は無責任な噂を信じた自分を恥じた。
確かに噂通り、姉には苛烈な一面もあった。けれど本当の彼女はとても慈悲深く、不器用で、そして温かい人だった。初めて顔を合わせる弟を何の見返りもなしに救ってくれるような、優しい心の持ち主だったのだ。
……それなのに自分は安易に噂を信じ込み、この人を否定しようとした。二度も助けられておきながら、意固地になって礼を言うこともしていなかった。
風評だけで悪く言われる辛さを、誰よりも知っていたはずなのに……。
(ッ……いや、……今からでも、遅くない……ッ)
姉はこうして自分を助けてくれた。
目の前にやってきて、優しく手を差し伸べてくれた。
ならば今度は……自分が返そう。
姉弟二人、改めてここから始めよう。
(僕に何ができるかは分からない……、けれど今はまず……、この『ありがとう』の気持ちを、素直に言葉にして伝えよう!)
想いを新たにした少年は、差し出された手を強く握り、二本の足で立ち上がった。
幼い姉と弟が見つめ合い、手を取り合って並び立つ。
今ここに、姉弟による愛と勇気の英雄譚が始まりを告げたのだ。
「ね、姉さんッ! 助けてくれて、本当にありが――
「黙れ!! この愚弟がッ!!!」
――スパアアアーーンッ!!
「ブフェえッ!!?」
否、始まることはなかったッ!!
紡がれた言葉は、キャッチされることなく即座にリリース!
一輝は頭部に強烈な横Gを受け、激しく地面を転がっていた。
「~~~~ゲ、ゲホッ! エホッ! ……えッ!? な、何ッ!? ……何が起きて――ッ」
突然の状況変化に一輝の混乱は極みに達する。
(……な、なんで僕……地面に倒れて……ッ。……えッ? ……も、もしかして今、姉さんに張り飛ばされたッ!?)
そう……、真相はなんとも驚き。
感謝とともに彼が口を開いた直後、刹那は目にも止まらぬ速さでビンタを振り抜き、弟の顔面をブッ飛ばしたのだ。
あまりに唐突過ぎる姉の奇行。
助けた相手に追い撃ちをかけるという予想もできない非道。
それを正面から食らい、一輝の心に湧き上がった感情は、
――『信じたのに裏切られた!』という恨み言でもなく、
――『やっぱり僕に味方なんていないんだ!』という泣き言でもなく、
ただただ純粋に――
「いや、普通この流れでビンタしますか!? 姉さん!」
――という至極真っ当なツッコミだった!
「いやおかしいでしょ!? あそこでアレはないでしょ!? もうハッピーエンド目前だったじゃん! 不器用で優しい姉に助けられて、そこから新しいストーリーが始まる流れだったじゃん! なのになんでビン――」
「黙れと言っている、バカちんがッ!!」
「ブヘらあッ!?」
返答は無情の踵落としだった。いたいけな少年の顔が激しく地面にめり込む。
負傷した弟に対して、致命打必至のヤベえ一撃。
そのあまりの暴虐ぶりに、倒れたまま見ていた虐めっ子たちすらドン引きしていた。
――あ、上げてからまた叩き落とすとか……、こいつ俺たちよりヤバくね?
――ああ……、行動の意図がわかんねえよ。純粋に怖えよ……。
――だ、だよねッ? 一体何がしたいのさ、この人!
「……弱者は、……許せない……」
「「「え……?」」」
被害者と加害者がなぜか通じ合っていると、不意に、本人の口から答えが語られ始めた。
地面から頭を引っこ抜いた一輝は、
もしかしたら何か怒りの原因が分かるかもと――
「自らを……鍛えることなく……、他者を害して……悦に入る……弱者ども……。……そして、……何より――ッ!」
カッと目を見開き、刹那は目の前の弟を睨んだ。
「碌に抵抗もせず……ッ、ただ虐められるだけの……軟弱者ッ! ……真に私が気に入らないのは……お前だッ、一輝……ッ!!」
「ええッ!? むしろメインは僕だった!!?」
愕然として叫ぶ一輝。
ここにきてようやく彼にも理解が及んだ。
……つまりこの姉は、『虐げられる弟を救いに来てくれた』わけではなく、『いじめられるような弱者が気に入らなくて、ただ蹴っ飛ばすためにやって来た』のだ!
自分を高めない弱者は許せないし、そいつに虐められるような軟弱者は輪をかけて許せない。
誰よりも強いがゆえの苛烈なる主張。完全無欠の、超・上から目線であった。
「諦める……なよッ……。もっと……強くなれよッ!! ……いじめっ子なんて……肋骨の五・六本も折ってやればッ……、大人しくなるよ!!」
「「「え、えぇぇ……」」」
この場に集う面々の想いは今、立場を越えて完全に一致した。
――あ……こいつ関わっちゃダメな奴だ――と。
「……鍛えてやる」
「……へ?」
「軟弱なお前を……、私が……根性ごと……叩き直してやる……! 明日から……いや、……今から早速、特訓開始だ……ッ!」
「ッッ!!? いやいやいやッ! せ、せっかくだけど姉さんッ、僕自分のペースで自主練してるから! 忙しい姉さんの手を煩わせるなんて申し訳ないから! いや、もうホント気にしないでッ!!」
……今、自分の目の前には、地獄の釜の入り口が開いている。
それを本能で察知した一輝は、全身全霊でお断りの言葉を繰り返した。
「ケガがなくて……本当に良かった……。今すぐ……特訓を……開始できるッ!」
「さっきの“心配”ってそういう意味!?」
「――と、いうわけで……、コレはしばらく……私の方で、“遊ぶ”から……、お前たち……手出し無用……な?」
「ッ!? は、はいッ!! もう何もしません! ち、誓いますッ!!」
「ほ、他のヤツらにも言い聞かせますので! だ、だからどうかッ、命だけは……ッ!」
しかし姉は全く聞いてくれない。そんなもの知らんとばかりにグイグイ話を進めていく。
……当然である。
なぜなら彼女は、黒鉄刹那だから。
何物にも縛られない、絶対の暴君であるから。
弟の境遇も感情も、彼女の知ったこっちゃないのである!!
刹那はノッシノッシと一輝に近付くと、弟の襟首を掴んでニンマリと嗤った。
「さあ……一輝……? 楽しい……楽しい……、お姉ちゃんとの
「ッい…………、いやああああッ!! だだッ、誰でも良いからお願いッ、助けてえええええーーーッ!!!!」
……秋晴れの爽やかな空に少年の悲鳴が木霊する。
父に突き放されてより二年と少々。
一度も弱音を吐くことのなかった心強き少年は、本日久方ぶりに声を上げて泣いたのであった。
――黒鉄刹那考案:
『被害者も加害者もボッコボコ! & こいつ俺のオモチャだから手出し無用な?』作戦、これにて無事完了である!!
※なお、弟からの好感度については考慮しないものとする。
・弟を助けたい。
→ だけど自分の評判は最悪。
→ 仲間と思われたら余計にいじめられるかも?
→ じゃあ『助けた』と思われなければ良い。
→ 全員無差別にボッコボコ & 弟をオモチャ扱い。
→ ドン引きして誰も関わらなくなる。
→ いじめそのものが無くなる!(ミッションコンプリート)
……以上、ポンコツお姉ちゃんによる『弟救出悪役ロール作戦』でした。
仲良し姉弟への道はやや遠のきましたが、弟を助けられた上、直接話すこともできたので、本人的には大満足です。
※おまけ:【オリ主の伐刀絶技紹介】
【
インパクトの瞬間、自身の魔力で相手の身体を覆い、その上からブン殴るという、無駄に高度な打撃技。全身を覆う防護膜の働きによって、術者の設定した衝撃と痛みしか通らなくなり、対象は滅多なことでは死ななくなる。……というか死ねなくなる。
刹那がいじめっ子を粛清するため新たに習得した伐刀絶技であり、殺しちゃいけない相手をボコボコにするにはうってつけ。
……ただしあまり感度を上げ過ぎると、勢い余ってショック死するので気を付けよう。
※その他、使用例
・演劇で相手を安全に吹き飛ばせる。
・痛覚最大で自分を殴ることで精神力を鍛えられる。
・戦闘訓練の事故を予防できる。
・疲れて気絶するまで無限に特訓を続けられる。
・安全に拷問できる。……etc.