黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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5話 社会見学へ行こう

 戦いにおいて重要なもの――それは何と言っても“実戦経験”であろう。

 知識や技術も疎かにしてはならないが、最後にモノを言うのはやはり、“本物の戦いを知っているか否か”、これに尽きる。

 

 ――血と硝煙の香り、剣戟と発砲の音、兵たちの叫びと気迫、零れ落ちていく命の温度。どれも映像や口伝だけでは決して実感できないものだ。

 直接目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、触れて確かめ、心で感じ……、ようやくそれらは生きた経験となり、戦士たちの背中を支えるバックボーンとなる。

 支えを持たない新兵たちが呆気なく散る様を、刹那は両手で数え切れないほど見てきた。無慈悲な死は戦場の習いとはいえ、力を出し切れないまま命を落としてしまう姿は、やはりどうにも勿体なく感じる。

 

 ゆえに刹那は常々、『新人には早めに戦場の空気を教えるべき』と、周囲に強く説いているのだ。(※どうでもいいことだが、彼女は現在八歳である)

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 と、いうわけで……。

 

 

 

 

「……王馬。……一緒に、戦場体験(社会見学)……行こう……!」

 

「――帰れ」

 

 現在時刻は午前二時。

 刹那は弟の部屋を電撃訪問し、上記の頭が沸くようなセリフを放っていた。当然アポなし、事前の連絡なし。寝ているところを叩き起こされた王馬の顔には、見事なまでの青筋が浮かんでいた。

 

「何をしに来た。次に会うのは死合う時だと言ったのを忘れたか? …………あと何時だと思っている」

 

 仁王像のごとく眉を吊り上げながら、王馬は姉を詰問する。怒りながらも冷静に言葉を発しようとするその様は、彼の心の確かな成長を示していた。

 ――が、姉はそんなものどこ吹く風。若干ウザいテンションのまま、王馬の目の前で人差し指をチチチと振る。

 

「んふ……んふふふッ……そんなこと、言って……良いのか、なぁ~……? んふふふふッ」

「~~~ッ。……早く、用件を言え……ッ」

 

 思わず霊装を抜きそうになるのをなんとか堪え、王馬は質問を続けた。ここで激情のまま襲いかかったところで、姉を喜ばせるだけだと分かっているからだ。

 ……あと単純に、まだ勝てないから。

 自分で思っておいてなんだが、王馬は頭の血管が切れそうになった。

 

「……今から……、戦いに……行くん、だよ……」

「……なに?」

「……違法伐刀者の、情報が……回ってきた……ので、……戦いに行こうと……思ってる、の……」

 

 告げられた興味深い内容が、王馬の頭に昇った激情を冷ましていく。

 

(……なるほど。“招集”、か)

 

 ――特別招集。それは、学生騎士に治安維持の現場を体験させるための制度。

 インターンと言い換えれば分かり易いだろうか? 本来は騎士学校卒業後でなければ伐刀者として活動できないが、一部優秀な学生に限り、早くから経験を積ませる目的で現場に召集されることがあるのだ。

 刹那はこれを六歳の頃から、本家の命により幾度となく繰り返してきた。もちろん一度も負けなしの全戦全勝。“黒鉄の白髪鬼”と言えば、業界の一部ではつとに有名だ。

『小学一年生は“学生”じゃなくて“児童”じゃね? マズくね?』という声が上がったこともあるが、ぶっちゃけ人材不足ゆえに、こまけぇこたぁいいんだよ!の精神でスルーされてきた。

 ……実際誰よりも強かったので、何の文句も言えなかったのである。

 

「……王馬……『実戦に出たい』って……言ってた、でしょ……? いっしょに……どう……?」

「…………フン」

 

 不機嫌顔のまま鼻を鳴らす王馬。

 確かに、以前から招集(それ)に興味はあった。身を削るような鍛錬を毎日繰り返している王馬だが、その成果を確かめる機会がないことが大きな不満だったのだ。

 実戦に出させてほしいと直訴しても、父からは『お前にはまだ早い』と言われ、家人からは『本家のご子息に危険なことはさせられない』と、全て却下されてきた。

 

 対してこの姉は……、周囲から忌避されていること、そして、認めるのは癪だが圧倒的な実力を有していることから、すでに数え切れないほど任務を熟しているらしい。

 経験と実績の両方において、王馬とは天と地ほどに差があるのだ。それらを埋める機会が得られたと思えば、確かにこれは悪い話ではなかった。

 

 

 ……なかった、のだが――

 

 

「……んふっ……、皆で……現場、体験……ッ。……ウフフフフッ」

「…………、チッ」

 

 楽しそう(?)に鼻息を漏らす姉を見ていると、なんとも言いようのないイライラが込み上げ、つい断りたくなってしまう。

 さらに言えば、後からこれを“貸し”と言われても面白くないし、逆に全く恩に着せられないとしても、それはそれで施しを受けたようで腹が立つ。

 そして何よりも――

 

「おい」

「ぅん?」

 

 王馬は視線を横にずらしながら、刹那の背後をピッと指差した。

 

「……まさかとは思うが、その二人も連れて行く気ではないだろうな?」

「「…………」」

 

 そこに手持ち無沙汰に立っていたのは、四姉弟の残り二人、一輝と珠雫であった。姉以上に話したことのない兄を前に、なんとも気まずそうに視線を彷徨わせている。

 

「……え、えっと、おはようございます、……王馬兄さん」

「……どうも」

「挨拶などはいい。……おい、本当にこいつらも連れて行く気か?」

「?? ……当然……でしょ? ……弟、妹に……経験を積ませる、のが……目的……なんだから……」

「…………チッ」

 

 返答は半ば予想したものだったが、王馬の心は平静ではいられなかった。湧き上がってきた感情は、『ふざけるな!』の一言である。

 

 一方は騎士としての素養が皆無の弟。そしてもう一方は、才能に胡坐をかく怠惰な妹。どちらも戦闘能力において自身より数段劣る存在だ。

 それだけでも充分我慢ならないというのに、さらにこいつらは、戦いに出る心構えもできていないときた。

 両名ともまるで、今から遠足にでも行くかのような気の抜けた顔。『姉の手で鍛えられている』という噂を聞いたこともあるが、この分では期待はできない。おおかた玩具として弄ばれているだけなのだろう。

 そのような足手纏い二人を抱えての戦闘など、断じて御免被るというものだった。

 

「――フン、貴様の下らん遊びに付き合うほど暇ではない。やりたいなら自分たちだけで勝手にやるがいいッ」

 

 覚悟もない者を遊び半分で戦いに連れ出すなど……、やはりこの姉とは全く分かり合える気がしない。

 改めてそう認識しながら、王馬は問答無用で扉を閉めようとしたのである。

 

 ――姉がポツリと零した、その言葉を聞くまでは……。

 

 

 

 

「……そっか……。…………怖い、もんね。……仕方、ないか……」

 

 

 

 

 ………………バキリッ。

 

「……おい待て。…………今……なんと言った?」

 

 手の中のドアノブを握り潰しながら、王馬は硬い口調で問いかけた。

 これまでの比ではないほどの怒気を含んだ声音。しかし姉は顔色一つ変えず同じ答えを返してくる。

 

「……ん? ……だから……(私が離れるときは二人の守りを頼もうと思ってたけど、同意もなく決めるのは確かに勝手だった。それに、不確定要素が発生して二人が危険な目に遭ったら)怖い、もんね……。……うん、仕方ない……って」

「ッ……貴、様……!」

 

 王馬の頭の中で何かが切れそうになる音が聞こえた。

 ……が、どうにかギリギリで持ち堪える。

 ここで勢いのまま暴走しても姉の思う壺だ。初めての模擬戦のときからそうだった。この姉はいつもこうやって相手をおちょくり、その反応を見て楽しんでいるのだ。思惑通り付き合ってやった時点でこちらの負けである。

 ――心を乱さず落ち着いて行動し、いつの日か正攻法で見返してやればそれでいい。

 王馬は冷静にそう考え、気を鎮めるように息を吐いて――

 

「や……気に、しないで……。(私の)考えが甘いって……分かったから……。(今回は私が傍に付いて、二人を)守ってあげる……から……。王馬は……残って(自分の修行して)くれて……いい、よ……?」

 

 ――ブチンッ。

 

「行き先はどこだあッ!! とっとと案内しろッ!!!」

 

 一瞬で前言を撤回していた!

 

「……え? ……良い、の……? 怖く、ない……? 無理、しなくても……いいん、だよ?」

「~~ッ!! 構わんッ! どんな相手だろうと俺が全力で叩き潰してくれるッ!!」

「! ……分かっ、たッ! いっしょに、行こう……王馬! ……あ、……でも今回の相手は……チンピラみたいな……モン、だから……。(一輝たちが危ないかもって)怖がらなくて……良いから、ね……ッ!」

「~~~~ッ!! 早くッ……行くぞ! 俺の自制心が……、効いている内になッッ!!」

「ンッ!」

 

 ポンコツな姉とメンドクサイ兄は、互いに異なる意味で興奮しながら競うように廊下を駆けて行った。

 姉兄弟妹(きょうだい)で初めての社会見学は、こうしてなんとも締まらないまま始まったのである。

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「……お兄様……、あれは、ひょっとして……」

「うん……。多分だけど、いろいろ噛み合ってない気がする」

「…………なるほど。ああいうのを“コミュ障”って言うんですね。ああはならないようにしないと」

「コ、コラッ、珠雫! 家族にそういうこと言っちゃダメでしょッ!? …………た、たとえ事実だとしても!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあって、出発からおよそ二時間後。

 ――()()()()では夕方過ぎ。

 

「さあ、みんなッ、……対ショック態勢、取って……!」

 

 ――ッドオオオオーーーーンッ!!

 

「うにゃああああッ!!?」

「ぐわああああッ!!」

「ぬうううぅ……ッ!?」

 

 四人はなぜか、某国辺境の荒野に立っていた!

 周囲にはテロリストらしき連中が大量に闊歩し、砲弾や魔術を雨あられと降らせてくる。よくよく目を凝らせば、遠くの方では正規軍っぽい集団が攻撃を受けている姿も見える。

 どこからどう見ても、ガチの戦場ド真ん中であった!

 

「チィ……!《風神結界》!!」

 

 初の実戦でクレイジーな現場へ放り込まれながら、王馬は瞬時に動揺を鎮め、風の防壁を展開した。接近する敵の砲弾は全て、高速回転する風の刃によって切り刻まれていく。

 魔術による火炎や毒気もまた同様。素早い空気の流れによって全て周囲へ拡散され、結界内は清浄な空気に保たれていた。

 咄嗟の対応としてはほぼ完璧。あらゆる状況を想定して冷静に対応する、まさにAランク騎士の面目躍如といったところであろう。

 

「……おぉ、……王馬、すごい。……ちゃんと……できてるッ……80点……!」

「~~ッ(イッラアアア!)」

 

 ……いや、あまり冷静とは言えなかった。頭の中の大半は姉への怒気で溢れ返っている。――簡単な捕縛任務? 安全な社会見学? ……そんなわけあるか、この馬鹿姉がッ!

 できればこの場で風の刃をブチ込んでやりたいところだが、今集中を解くと自分が死にそうなのでそれもできない。

 代わりに王馬は、疑問を怒声に乗せて姉へ叩き付けた。

 

「おい貴様ッ、これは一体どういうことだ! “特別招集”でこんな戦場に呼ばれるなど聞いたことがないぞ!!」

「……んえ……招集……? …………何の、話……?」

「……は?」

 

 キョトンとした姉の返答を聞き、王馬の時間が止まる。

 

「…………これ、……“特別招集”じゃ……ない、よ? ……ただの…………え、っと……私用?」

「………………は?」

 

 ……技が途切れなかったのが奇跡だった。それほど王馬は呆気に取られていた。

 戦場のド真ん中に放り出されているこの状況が……、“命じられた任務”ではなく“ただの私用”? 一体何を言っているのだ、このアホ姉は?

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ――ッ!? いや、待てッ!?

 

 冷や汗一つ垂らしながら、王馬は恐る恐る確認する。

 

「……ま、まさかとは思うが、貴様。……よもやこれが公式の任務ではなく、『ただ私的に戦闘に参加しただけ』などと言うつもりでは――」

「?? まさかも……何も……、最初から……そう言ってた、でしょ……?」

「…………」

 

 ――――――ブチン。

 本日二度目の、何かが切れる音。

 

「~~(ひと)ッッ(こと)も言っとらんわッ、このたわけがあッ!! 何が『相手はただのチンピラ』だッ!! よく見ろッ! モノホンの解放軍だ! 生粋の違法伐刀者だッ! 超ド級の犯罪者どもだろうがッ!!?」

「? ……心配……要らない、よ? ……ランクは……高く見積もっても……Dか……精々、Cくらい……。それも……能力に驕って……鍛錬を怠る……怠け者たち……。つまりは……ただの“雑魚”!」

 

 

 ――ぐふうッ!?

 ――し、珠雫!? しっかり! 今のは別にそういう意図じゃないから! 最近の君はすごく頑張ってるからッ!

 ――お、お兄様ぁ……。

 ――珠雫は必ず優秀な伐刀者になれるよ、僕が保証する! むしろ見てよ、僕の方こそホラッ、存在価値もないような落ちこぼれで…………、ぐふうッ!

 ――お、お兄様あああッ!!

 

 

「そもそもここはどこだ!? どう見ても日本ではないだろうがッ!」

「ここ? ……欧州の……片田舎の……岩石、地帯……。日本から飛行機で…………10時間、くらい……?」

「な、なぜそんな場所にあっさり到着しているッ!?」

「…………頑張って……飛んできた、から……? 音速の何倍かで、飛べば……割とすぐ、着くよ……?」

「~~~~、こ、この化け物がぁッ!!」

 

 まさかの地球の反対側、しかも自力で飛行してきたという驚愕の事実。移動中の記憶が王馬にないのは、おそらく衝撃で気絶していたからだろう。

 彼はそろそろ、この姉は人間以外の何かではないかと本気で疑い始めていた。さっきから頭が痛いのは、きっと謎の電波でも発しているからに違いない。

 

「……じゃ、私……敵の殲滅……行ってくる、ね……?」

「な、なにッ?」

 

 弟の混乱を気にすることなく、刹那は三人から離れるとフワリと宙へ浮かび上がった。

 

「みんなは……見学……してて……。――あっ、王馬は……二人を……守ってて、ね? ……フフ、……やっぱり……二人、いると……楽だ、ね……」

「な、おい待っ――ぐおあぁッ!?」

 

 引き止める声も空しく、刹那は全身から魔力を放出しながら、凄まじい勢いで飛び立って行ってしまった。しかもわざわざ、王馬の結界を壊さないようスリ抜けていくというオマケ付き。

 真正面から技術の差を見せ付けられ、彼の頭の血管はそろそろ限界が近かった。

 

「……うぅぅッ、あの人に関わってからこんなんばっかです。……もうやだぁ、珠雫おウチ帰るぅ……」

「し、しっかりして、珠雫! ここで気を抜くと死んじゃうよッ!」

「うえぇぇんッ!」

 

「…………チッ」

 

 その上こんなお荷物どもの世話まで押し付けられて、王馬の機嫌はさらに下降していく。

 出発前の予測通り、二人は慌てふためくばかりで碌に対応できていなかった。そのような状態で放り出していくわけにもいかず、姉が帰って来るまでの間、王馬がその身を守ってやらねばならない。彼がこの場で戦いの経験を積むことはもはや叶わないだろう。

 つまりこの後はもう、ただ結界を維持するだけの退屈な作業しか残っていないのだ。

 

(フン……やはり時間の無駄だったな。実戦の空気を知れたことだけが、唯一収穫と言えば収穫か……)

 

「珠雫、魔術の構成が甘くなってるよ。ほら、王馬兄さんがちゃんと防御してくれてるから、僕らは落ち着いて身体強化を維持しよう?」

「わ、わかってますよぅ、ぐすん……。……ありがとうございます、大兄さん」

「………………フン。貴様ら、死にたくなければそこを動くなよ?」

 

 しかしまあ、一応は血を分けた兄弟どうし。

『最低限命だけは守ってやるか』と、王馬にしては珍しく兄らしいこと考えていた。

 

 ――そんな矢先であった。

 

 

 

 

「――ッ!! 珠雫、下だッ!!」

「ッ!? 《宵時雨》!!」

「貴様ら何を言って――ッ!?」

 

 変化は唐突だった。

 突如、結界内にある地面の一部が隆起、その下から多数の帯状の刃が飛び出し王馬の身体へ殺到したのだ。

 

「……ッ!!」

 

 ……致命的な油断だった。Aランクである自分の防壁を木っ端伐刀者如きが破れるはずがない。そんな根拠のない自信の裏をかき、敵は無警戒だった足元から奇襲をかけたのだ。

 気を抜いていた王馬の意識は全くそれに反応できず。

 あわや、彼の身体が刃に貫かれんとしたそのとき、

 

 

 ――パキ…………ンッ。

 

 

「……な……に……ッ」

 

 その場の全てが停止していた。

 十本以上あった刃は、どれも結晶に覆われた氷のオブジェと化していた。いやそれだけに留まらず、触手に連なる地面すらも広範囲に渡って氷で覆われていたのだ。

 それが誰の手に由るものかなど、確認するまでもなかった。

 

「兄さん! 六時方向に敵ッ!」

「ッ! 《真空刃》!」

 

 ――GUAAAAAッ!?

 

 呆けていたのはほんの一瞬。王馬とて天才と呼ばれた身である。

 弟の声に反応して素早く風の刃を射出し、後方50mほどに隠れていた敵を岩場ごと吹き飛ばした。

 

「……ッ」

 

 倒れた敵兵の身体からは、大量の魔力が霧散していくのが見える。おそらくあのまま気付かなければ、無警戒な後方からさらに追撃を受けていただろう。心を乱した王馬の防壁では、それを防ぎ切れたかは怪しいところ。

 つまり彼は、格下と侮っていた弟妹たちの手で二度も命を救われたのである。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……《凍土平原》 ……なんとか……間に合いましたッ」

「ありがとう、珠雫。文句なしの発動速度だったよ。さすがは魔力制御Aだね」

「え、えへへ……、どういたしまして、お兄様」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「………………なぜ」

「え?」

 

 気付けば王馬は弟へ向かって問いかけていた。

 関係が良くないことなど思考の外。今すぐ聞かずにはいられなかったのだ。

 

「なぜ……、攻撃が来ると分かった? 索敵能力の類は持っていなかったはずだろう、お前は?」

「……え、えっと……、その…………お、音が聞こえたので」

「なに……?」

 

 声をかけられるとは思っていなかったのか、一輝はやや声を上擦らせながら兄の質問に答えていく。

 

「……僕には兄さんたちのように、防壁を張ることも遠距離へ攻撃することもできません。この場でできるのは精々、周囲の様子を窺うことくらいです。はは……、皆知っての通り、ダメダメの落ちこぼれですからね」

「…………」

「でも、だからこそ…………唯一できる観察(そこ)だけは役に立とうと、目と耳に魔力を集中していたんです。そうしたら、地下から何かが迫ってくる音が聞こえて……」

「ッ……この戦闘音の中で、か?」

「……微かに、でしたけどね。半分は当てずっぽうみたいなものです。それに、結局防御自体は珠雫にやってもらったので、自慢できることじゃありません」

「そ、そんなことッ。あのタイミングで合図してもらわなければ、とても間に合いませんでした。あれは間違いなくお兄様の功績ですッ!」

「あはは、ありがとう、珠雫。――で、その後は、敵が追撃しようするのが見えたので、遠距離技を持つ兄さんに攻撃をお願いした――と。……えっと、こういう経緯、なんですけど……」

 

 そう言って恐々(こわごわ)と、……いや、どちらかというと自信無さげに、一輝は兄の顔を見やっていた。その仕草からは“自慢”などの色は欠片も感じられず、『自分のやったことなど大したことない』と本気で思っていることがうかがえた。敵を倒せたのはあなたのおかげ、自分はただ頼んだだけだ、と。

 

「…………ッ」

 

 ――だからこそ王馬は、より一層悔しかった。

 ――だからこそ王馬は、素直に認めるしかなかった。

 

 この二人は、王馬より圧倒的に劣る力しかないにもかかわらず、格上である彼を守ってみせたのだ。

 姉に敗れて以降、王馬が『矮小だ』と見下していた、取るに足らない力。それを使ってこの二人は、見事にAランク騎士を上回ってみせたのだ。

 

 ……認めたくはない。しかし、認めなければならない。

 敗北すらも受け入れられなくなっては、それはもはや敗者以下、戦う資格すら失ってしまうのだから……。

 

 

 

「…………そう……だな」

「え……?」

「……落ちこぼれにしては……、悪くない……読みだった。……連携についても……未熟者にしては……及第点、だろう……」

「え? あ、はい……。恐縮、です?」

「…………」

 

 ……違う、そうじゃない。それで褒めたつもりか、王馬よ。

 まさに、あの父娘にしてこの弟あり。日本の国防を担う黒鉄家は、なんと半数以上がコミュ障だった。……大丈夫なのか、この国の未来。

 

「…………だが、勘違いするなよ? これで俺が小手先の技術に傾倒するわけではない。俺が求めるのはあくまで“圧倒的な力”。それは今後もビタ一文変わらん」

「……は、はあ」

「………………。だがまあ……なんだ……? お前がその道を行くと言うのであれば……特に文句を言うつもりはない。……落ちこぼれが足掻く姿も……まあ、暇潰しの座興程度にはなるだろう……」

「……え……えっと……? ありがとう、ございます?」

「……ああ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………」

「…………」

 

 微妙な沈黙が場を支配する。気の置けない心地良い空気というわけではなく、さりとて気まずいというほど重くもなく……。

 例えるならアレである。仕事漬けで会話もない父親と、ある朝リビングでばったり会ってしまったときの、あの微妙な空気。

 

 …………いや、やっぱ若干気まずいぞコレ。

 

「(……お、お兄様、……お兄様……ッ)」

「(うぇッ!? ど、どうしたの、珠雫?)」

 

 そんな硬い空気を打破すべく動き出したのは、感情の機微に敏い妹であった。彼女は兄の耳元に口を寄せると、導き出した推論を述べ始めた。

 

「(……多分、ですけど。大兄さんは、私たちのことを褒めようとしているんじゃないでしょうか?)」

「(えぇ? で、でも……割と罵倒された気がするんだけど)」

「(きっとアレですよ……素直になれないお年頃ってやつです。ホラ、何て言うんでしたっけ、こういうの? 最近流行りの……えーと……)」

「(あ……それって、テレビとかで偶に聞く……?)」

「(あっ、そうです、それですッ。『最初は面倒くさいけど、真意に気付けば段々可愛く思えてくる』って評判のアレ。――察するに、これまで私たちを見下してきたものだから、今更素直に褒めるのが照れ臭いんでしょう」

「な、なるほど……さっきから歯切れが悪かったのはそれで。……あ、そう考えるとさっきのセリフも、なんだか誉め言葉に聞こえてきたかも。荒いのは口調だけで、見下す単語はあまり入ってなかった気がする」

「でしょ、でしょ? 本音を言うのが恥ずかしくて、つい婉曲表現に走っちゃったってわけですよ」

「なるほど……つまりこれが、あの有名な――」

「ええ、これが今、世間で流行りの――」

 

 

 

「「所謂(いわゆる)……“ツンデレ”……ッ!」」

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「~~~~ッ」(プルプルプルッ)

 

 ……耐えろ。耐えるんだ。

 どれほど屈辱的に評されたとしても、それを甘んじて受け入れるのが敗者の務め。この悔しさを糧としたとき、自分はまた一つ殻を破り新たなステージへと昇華するだろう。だから今は呑み込むんだ、黒鉄王馬! いつの日かまとめて敵にぶつけてやるために!

 結論:今日のことは全部、なんもかんもあの馬鹿姉が悪い!

 

 

 ――ドッゴオオオオンッ!!

 

 

「ッ!?」

「ただ、いま~……」

 

 ようやく心の整理が付いた頃、凄まじい轟音が鳴り響き、上空から(くだん)の姉が舞い降りてきた。

 その全身は当たり前のように無傷であり、戦場どころか、近所のコンビニに行ったときよりも綺麗なままである。

 

「……全員、捕縛して……転がして、きた……。後は正規軍が……回収して、くれるから……、仕事は……終わり」

 

 刹那の指し示す方向を見れば、そこはまさに死屍累々といった有り様だった。

 解放軍が潜んでいたアジトは岩場ごと抉り返され、濛々と立ち込める煙の中に、ロープでグルグル巻きにされた人間が無造作に積まれている。

 皆殺しにした方が早かったろうに、なんと一人も死なせていない上、ご丁寧に個人の携行武器まで全て破壊してあった。

 その向こうに見えるのは敵の用意した戦車だろうか? パーツに分かれて壁にめり込んでいるため判然としないが、とりあえずこの女が、軍事兵器を素手でバラしてしまったことだけは理解できた。

 

「……相変わらずの、化け物め」

「ぅん?」

「フン、……なんでもないッ」

 

 改めて姉との差を見せつけられ、悔しい思いが湧き上がってくる。

 ――が、敗れたあの日ほどに心は乱れていない。

 心の中で(おり)になっているわけではなく、『何クソ』という純粋な負けん気として表情に表れていた。

 あれから多少時間が経ったおかげか……、それとも、己と同じく無謀な道に挑もうとしている同類を見つけたからか……。それは定かではないが、少なくとも今日ここに来たおかげで、自分が一歩前進できたことは確かであった。

『認めるべきことは認めるべき』と、先ほど自戒したばかり。ゆえに王馬は、業腹ではあるが仕方なく、拗らせ男子にしては珍しく、『この馬鹿にも多少の感謝はしてやるか』と殊勝な想いを抱いたのであった。

 

「……おい」

「ン?」

「…………なんだ、その……。…………きょ、今日のことは――」

「あっ、話なら……後で、ね……。一輝と珠雫も……、帰る準備、して?」

「~~ッ、こ、このアマは……ッ」

 

 珍しく素直になろうかと思った途端これである。少しは場の空気というものが読めないのか、このアホはッ。

 

「ほら、王馬も……。あ、忘れ物とか……ない?」

「貴様に叩き込む拳ぐらいだッ。まったくいちいち癇に障る女――んん?」

 

 ――いっそこの場でリベンジマッチでも挑んでやろうか?

 そんな王馬の激情は、視界の先に見えた違和感によって立ち消えとなった。

 先ほど刹那が戦っていた場所。そこでは正規軍がテロリストたちを捕縛している最中だが、その内の何割かがこちらへ向かって近付いていたのだ。

 不可解なことに、彼らはいつでも引き金を引けるよう武器を抱えながら、この距離でも分かるほどに警戒心を募らせている。

 そう、まるで……今からもう一戦、戦いでも始めようとしているような……。

 

「…………。おい、……おい貴様」

「ん?」

「……あの連中に、挨拶等は良いのか? ……あれだ、共に戦った仲なのだから、労いだとか、事後処理の話し合いとか……いろいろあるのだろう?」

「? そんなの……ないよ……? それより……私たちも……逃げない、と……」

「………………」

 

 意味深い沈黙がその場に満ちた。

 ……いや、まだ分からない。もしかしたら今回も、姉の言葉が足りないだけなのかもしれない。

 そんな儚い希望に縋り、王馬は最期の質問を投げかける。

 

「これは……“特別招集”ではないと言ったな?」

「うん」

「そして……ただの“私用”だとも言った」

「うん」

「……つまりこれは、お前が私的に外国の治安部隊とコンタクトを取り、その上で戦いの支援要請を受けた、と。……そういうことなんだな? そうなんだろ? おい、頼むからそう言え、コラ」

 

 必死な問いへの返答は、イラつく笑いと手を叩く音だった。

 

「ン、ンフフフッ……何、言ってるの、王馬? ……私に……外国とコネなんて……あるわけ、ないじゃないッ……。……んフフッ……意外と……早とちり、さんッ」

「~~~~ッ(イッッラアアア!!)」

 

 希望はどこにもなかった。いるのは空前絶後の阿呆だけだった。

 要するにこの姉は、弟と妹に本物の戦場を体験させるため、縁もゆかりもない武力紛争へ飛び入り参加したのだ。

 日本のテロリストは自分が一掃してしまったものだから、『ならば国外へ行くか』と安易に思い付き、コンビニに行く感覚であっさり国境をブッチぎってしまったわけだ。

 しかもメンバーは年齢一桁の子ども四人のみという。

 ……ちょっと頭おかしいとかいうレベルではなかった。

 

「~~本ッッ物の馬鹿なのかッ、貴様はッ!? どうするんだ、これ! 黒鉄の責任問題どころではない! 間違いなく国際問題だ! 明日の世界トップニュースだぞ!!」

「大丈夫、だよ……? 全員に……認識阻害かけて……実在しない人間に……見せてる、から……。ンフフ……、そのくらいの配慮……ちゃんと……してるよぉ」

「配慮する点が違うッ! まずは戦場に殴り込むのをやめろ! 正体不明の武装集団になってるだろがああッ!!」

 

 叫びながら頭を抱える王馬。

 そしてその横では、残る二人が疲れたように溜め息を吐いていた。

 

「ああもう……やっぱり最後はこんなオチですよ」

「ははは……まあ、姉さんだからね」

「ッ!? …………おい、お前たち……。なぜさっきからそんなに、落ち着いている?」

 

 発狂寸前の兄とは対照的に、大して動揺を見せない弟と妹。

 嫌な予感を覚えた王馬が恐る恐る問うてみれば、予想に違わず、聞きたくない答えが返ってくる。

 

「ハハハ……もう何度も連れ出されてますから。えーと、これで何回目だっけ、珠雫?」

「多分、7、8回目だったと思います。途中何度か気絶しっぱなしの回があったので、正確な数字は自信ないですけど……」

「ああ、あったあった! 初回なんか、二人揃って一日中気を失ってたんだよね。いやー懐かしいなあ」

「夢と現実の両方で走馬灯を見たんでしたね。あれは貴重な体験でした」

 

 そう言って楽しげに話す彼らの目は、お約束のように死んでいた。それを見てようやく王馬は理解する。

 

 ――これから戦場へ行くのに、遠足前のような気の抜けた顔?

 当然である。なぜなら二人にとって、こんなものは年中行事だから。大多数が青褪めるような戦場も、彼らにとっては遠足に行くのと変わらないから。

 まさしく常在戦場の精神。齢一桁にしてこの二人は、すでに一端の狂戦士であったのだ。

 チクショウ、なんてことだ。姉だけでなく、弟と妹もすでに頭がおかしかった。黒鉄の未来は一体どうなってしまうんだッ?

 

「じゃ、急いで……帰るので……、皆……しっかり掴まってて、ね?」

「ッ!?」

「あ……、戦闘機にスクランブル……かかってる、みたい。……ちょっと速めに……飛ぶ、ね?」

「ッ!!?」

 

 いつの間にか刹那は魔力の鎖を大量に伸ばし、三人の身体へ巻き付けていた。さらにその外側からは魔力のヴェールが展開し、彼らの身体を羽毛で包むように覆っていく。

 ――なるほど、こうやって風圧や衝撃を軽減していたのか、なんとも器用なモンだなぁ……。

 などと感心している場合ではない。王馬は鎖を振り解こうと暴れながら、なんとか姉を思い留まらせようと声を上げる。

 ……だって魔力チャージ量が、明らかに行きより多いんだもの。

 

「おいッ、おい姉、聞け! やるならせめて往路と同じレベルで良いだろうッ。いやむしろ少し手加減を……!」

「却、下……。さすがに戦闘機は……ちょっとだけ、本気出さないと……振り切れない、から……」

 

 姉の反応はにべもない。

 そして弟たちの反応もどうしようもない。

 

「フフ、それで振り切れちゃうのが頭おかしいんだよなぁ……」

「しかも“ちょっとだけ”って……。クフッ、さすがに草生えますよw」

「だからなぜそんなに落ち着いている貴様ら!? 死が恐ろしくないのか!?」

「兄さん、慣れですよ、慣れ。何回かやってると、その内恐くなくなりますから」

「コツは……なるべく早めに気絶することですね。その分恐怖を感じる時間が短くなるので。……目覚めたとき首が変な方向に曲がってることもありますけど、特に問題はありません」

「大有りだ、馬鹿野郎ども! 貴様らあのアホに毒されて頭がおかしくなっているんじゃないのか!? ――ッ!? おい、馬鹿やめろ! 浮き上がるんじゃない! ステルス系の技とか使えば何とかなるだろ! そんな派手に魔力をチャージするな! エンジンのように後ろで噴かせるな! ちょ、待っ、だから、ホント、やめ――ッ」

 

 そして動き出した四人の子どもたちは――――音を置き去りにした。

 

 

 

 

「ッ~~~~Δ♯×%&●♪$〇ッッ!!?」

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、せり上がる濁流を喉奥で感じながら、王馬は強く心に誓った。

 

 

 

 ――もう二度と、コイツらに関わるものかオロロロロ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那と出会ってから、一輝の生活はガラリと変わった。

 理不尽な暴力は鳴りを潜め、周囲に怯えて暮らすこともなくなった。

 慕ってくれる妹とも会えるようになり、疎遠だった兄とも少しだけ距離が縮まった。

 ……全てはあの日、暴虐な姉の手によって、無理矢理に救い上げてもらったから。

 

 まあ肉体的には、以前より死にそうなことも多いけど……。

 相変わらずあの姉ちゃんは、何を考えているか分からないけど……。

 面と向かって言われた『気に入らないから』という理由も、間近で接すれば接するほど、なんだか疑わしくなってくるけど……。

 それでも、望んでいた稽古も付けてもらえるようになり、今の彼は概ね幸せであった。

 

 どうにも分かりにくい姉のことも、これから時間をかけてゆっくり理解していけば良いだろう。

 そう結論付けて、一輝は答えの出ない悩みを一旦保留にしたのである。

 

 

 ――コン、コン。

 

 

「あれ? 今日は姉さん出かけるって言ってたのに……。もしかして、珠雫かな?」

 

 鍛錬が休みということは聞かされているはずなのに、自分に会いに来てくれたのだろうか?

 だとしたら嬉しい。誰かが訪ねてきてくれてドアを開けることなど、もう何年もなかったから。

 

(フフっ、こういうのを“ボッチ”って言うんだっけ? これからは少しずつ、友達も作っていった方が良いかなあ?)

 

 自分の交友関係の少なさに思わず苦笑しながら、一輝は小走りで扉へ近付いていった。

 

「はいはーい、今開けまーす」

 

 ――ガチャリ。

 

「いらっしゃい、珠雫。今日はどうし…………、え?」

 

 訪問者は、可愛い妹でも、尊敬する兄でも、感謝する姉でもなかった。

 

 

 

 

「ンふふふふぅ~~、お久しぶりですねぇ、一輝くぅん?」

 

 ここ最近は会うこともなくなっていた天敵。それが喜悦に満ちた表情を浮かべながら、一輝を見下ろして立っていたのだ。後ろに多数の手勢を引き連れ、彼を決して逃がさぬように囲って……。

 

「あ、赤座……さん……」

「おほほほ、今日はお姉さんはいないんですねえ? これは好都合ですぅ」

「……何か……御用、ですか?」

 

 一輝が険しい顔で見上げれば、赤座と呼ばれた男は実に楽しそうに、その恵比寿顔を吊り上げたのだった。

 

 

「んっふっふ。ちょ~っと私たちと、お話しませんかぁ~~?」

 

 

 

 ――少年の身に、悪意が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いつの間にか王馬君がツッコミキャラに……。
 クールでカッコいい王馬君ファンの皆様、真に申し訳ありません。
 
 そして次話、ちょっとだけ緊迫回です。


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