黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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6話 策など力で粉砕する

 赤座守。黒鉄の分家・赤座家の当主であり、連盟日本支部では倫理委員会の代表を務めている。

 役職に就くだけあってそれなりに優秀な男ではあるが、その性格は陰湿の一言。常に他人の粗を嗅ぎまわり、チャンスがあれば追い落として自分が上に行こうと画策している。倫理委員という仕事柄、情報収集が癖になるのは仕方ないことであろうが、それを差し引いても下衆・下世話と言わざるを得ない男であった。

 また極端なランク至上主義者でもあり、非伐刀者や低ランクの騎士をあからさまに見下している。一輝に対しても会う度に嫌味の言葉を吐いており、『Fランクは恥』という風潮を、黒鉄家全体に強く広めてきたのもこの男……。謂わば一輝にとって、怨敵・天敵と呼べる存在であったのだ。

 

 

 そんな人間が配下を引き連れて行う“お話”が、まともなものであるはずがなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうッ!?」

 

 打撃音とともに幼い身体が宙を舞い、地面へと叩き付けられる。激しい痛みに蹲りそうになりながらも、一輝は根性で態勢を立て直し、襲い来る敵を正面から見据えた。

 途端、視界いっぱいに迫ってくる拳。ダッキングにより紙一重で躱す。

 そこへすくい上げるように下段蹴り。身体ごと捻って地面へ倒れ込む。

 頭上から連続で襲ってくる踏み付け。形振り構わず地面を転がり、全身のバネを使って跳ね起きる。

 そこでようやく追撃が途切れ、一輝は大きく距離を取って息を吐いた。

 

「ッ――はあッ、はあッ、はあッ……!!」

「んフ~~、どうしたんですか一輝くん? 動きが悪くなってきましたよぉ? ホラ、もっと頑張って、私たちと“お話”しましょうよ~」

「……ッ!」

 

 荒い呼吸を落ち着けようとする一輝に、神経を逆撫でする声が投げかけられる。

 久しぶりに感じる理不尽に怒気を発しそうになるが、寸でのところで一輝は堪えた。今は余計なことに体力を使っている場合ではない。まだまだ敵は目の前にたくさん残っているのだ。

 

「さあ、お前たち! この落ちこぼれ君にキッチリ稽古を付けてやりなさい! 徹底的にね!」

「「「はっ!」」」

 

(くっ……! 落ち着け……まだ身体は動く。できることを冷静に、確実に実行するんだッ)

 

 赤座の命令で部屋から連れ出された後、突如襲い掛かってきた黒服の男たち。自分をリンチして一体何を企んでいるのか知らないが……、今はとにかくこの場を切り抜けなければならない。

 幸い彼らは伐刀者ではないらしく、動きそのものは一般人の範疇だ。姉による地獄の特訓に比べれば、スピードも威力も大したことはない。

 

(訓練を思い出せ。アレに比べればこのくらいッ)

 

 フラつきながらも一輝は冷静に思考する。

 こちらを侮り、連中は一直線に近付いてくる。相手は子どもで自分たちは大人、おまけに多勢に無勢だ。全員が油断しきり、反撃の可能性も考えずに大振りを繰り返してくる。付け入るスキは充分にあった。

 

(ギリギリまで引き付けて――――ここだッ!)

 

 

「これで終わりだ、小僧――ッ!?」

 

 振りかぶられた拳が当たる直前、一輝は全力で地面を蹴った。繰り出されたパンチを全て紙一重で躱し、男たちが驚愕に動きを止める。

 

「な!? どこへ「ハッ!!」ガッ!?」

 

 その隙を見逃すことなく、一輝は横から手刀を一閃した。無防備に顎を撃ち抜かれた三人の男たちは、くぐもった呻き声を上げながら崩れ落ちていく。

 ……残心。……警戒。……しばしの間。……そして沈黙。

 勝利を確信したところで、一輝もまたその場で膝を着いた。

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ! ケホッ!」

 

 乱れ切った呼吸をなんとか整える。多人数からの攻撃を延々と捌き続け、体力もすでに限界が近かった。

 それでも勝つことができたのは、偏に地獄の特訓の賜物であろう。伐刀者相手ではないとはいえ、碌に魔力もない子どもが体術だけで大人を倒すなど、本来ならば有り得ないことだ。姉による日々の指導は、一輝の中で確実に実を結び始めていた。

 

「チィッ、意外に粘りますね……」

「フッ、フッ、フゥッ、…………フゥゥゥ……ッ」

「でもまあ、その様子ではここらが限界でしょう。所詮はFランクの悪足掻き、倒されるまでの時間をほんの少し伸ばせただけでしたねェ?」

 

 赤座から揶揄の言葉が投げかけられるが、一輝はそんなものには取り合わない。相手がペラペラ喋ってくれているなら回復する絶好のチャンスだ。挑発など全て無視し、次の戦いに備えて呼吸を整えていく。

 

 ――走れない戦士に勝利などない。たとえ足が動かなくても根性で走り続けろ。

 

 訓練中に何度もブッ飛ばされながら、その都度言い聞かされてきた姉の言葉。

 己の中に息づく教えに従い、一輝は心を律し、冷静に戦いを継続していた。今の彼にとって、姉の言葉以上に心に響くものなど有りはしないのだから……。

 

「フフフッ、それにしても、非伐刀者相手にこの体たらくとは……。一体彼女はこんな落ちこぼれのどこを気に入ったんでしょうねえ? 玩具は多少不格好な方が良いというタイプなんでしょうか?」

「――ッ!」

「まあ……素行のせいで孤立して、誰でも良いから相手をしてほしかったってとこなんしょうが……。ンフフフッ、嫌われ者どうしつるんだところで、余計に評判が下がるだけだって分からないんですかねえ? 相変わらず頭の足りてない小娘ですよ、まったく」

 

 しかし、だからこそその言葉は――

 

「……せ……て……さい」

「…………はい?」

 

 

 ――恩人を揶揄するその言葉だけは、決して許容できなかったのだ。

 

 

「訂正してくださいッ!!」

「う、おッ!?」

 

 叫ぶと同時、一輝は立ち上がった。感情の高ぶりとともに魔力が溢れ出し、燐光のように周囲へ散っていく。

 自発的な放出すら困難な一輝の魔力が漏れ出すなど、本来ならばあり得ないこと。それほどまでに彼は今、激しい怒りを覚えていた。

 

「……確かにあの人は強引で……、何を考えているかよく分からない人です……。いつもいつもこっちを振り回す、トラブルの塊みたいな人です!」

「な、何を……」

 

 ……理性では、こんなことをすべきでないと分かっていた。

 相手が語るに任せて時間を稼ぎ、できるだけ体力を回復させる。それがこの場における最善だ。整えた呼吸を乱した上に敵愾心を呷るなど、何の益もない愚かな行為。それを分かっていてなお、一輝には黙ったままでいることなどできなかった。

 

「でも……! 姉さんは決して、僕を玩具扱いなんてしなかった! 皆が僕を“いない者”として扱う中、真っ直ぐに僕と向き合って、全力で鍛えてくれた! 今僕がこうして立っていられるのは、間違いなくあの人のおかげなんだ! その恩人を侮辱するような発言、断じて聞き捨てなりませんッ。今すぐ撤回してくださいッ!!」

 

 ――ビリビリビリッ……!

 

「ぬぉ、ぉ……ッ」

 

 それは、とても七歳の子どもに出せる覇気ではなかった。胆力の弱い者なら思わず怯んでしまうほどの威をたたえており、事実、赤座の引き連れていた黒服たちは軒並み気圧され、その場を後退(あとずさ)っていた。

 

「ち、ちぃ……、情けない奴らめッ」

 

 しかし腐っても伐刀者の端くれ。リーダーたる赤座だけはすぐさま精神を立て直し、忌々しい子どもを睨んだ。そして、一瞬気圧されかけた事実を払拭するかのように侮蔑の笑みを浮かべる。

 

「フンッ、落ちこぼれが一端の口をききおって! 私は何も間違ったことは言ってませんよッ。――Fランクを鍛える? ハッ、成長も期待できないクズに構うなど、まさに愚かの極み! 時間をドブに捨てるようなものです! そんな当たり前のことも分からぬ小娘を、馬鹿だと言って何が悪いッ!」

「…………ッ」

「ほらほら、どうしたんですッ? 図星で何も言い返せませんか、落ちこぼれのFランク君! 反論できるものならしてみなさいな! クハハハハ!」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

「じゃあ――――僕が伐刀者に勝てば、撤回してもらえるんですね?」

 

 

「…………なんですって?」

 

 ピクリ、と赤座の眉が動く。一輝は気にせず淡々と続ける。

 

「ですから……、落ちこぼれの僕が伐刀者を倒せたら、先ほどの発言は撤回してもらえるのか、と。そう聞いているんですよ、伐刀者の赤座さん」

「……ク、クフフ……フ……。面白いことを言う子ですねぇ?」

 

 これ以上ないほどに分かり易い宣戦布告だった。

 今この場にいる伐刀者は黒鉄一輝と赤座守の二人のみ……。戦うのだとすれば当然、彼らが刃を交えることになる。

 つまり、このFランクの落ちこぼれ少年は、成人した伐刀者に対してこう言っているのだ。

 

 ――今からお前をぶっ倒すから、さっきの発言を撤回しろ――と。

 

「ンッフッフ~~! いやはやなんとも、威勢が良いのは大変結構なことですが…………。少々、調子に乗り過ぎではないかね、一輝くん?」

 

 それは彼がここに来てから初めて見せる、明確な怒りだった。

 確かにこの赤座という男……、伐刀者として何か突出したものがあるわけではない。

 騎士としての位階はCランクと高めだが、死に物狂いで鍛錬してきたわけでもなく、魔術や体術の腕も全体で見れば精々中の上くらい。倫理委員の職に就いてからは戦場に出る機会も減り、昔よりさらに腕は落ちているだろう。

 

「Fランクの君が私と戦って勝てると、……本気で思っているんですか?」

「ええ。思ってなきゃこんなこと言いません」

「……ッ」

 

 ……しかしそれでも、彼とて一端の伐刀者である。曲がりなりにも現場を経験してきた意地もあるし、戦う者としての矜持もまだ辛うじて残っている。落ちこぼれの子どもに侮られて、笑って流してやるほど心は老いてはいなかった。

 

「……いいでしょう。子どもの思い上がりを正してやるのも大人の務め。…………後悔するんじゃありませんよ、この落ちこぼれが!!」

 

 そう言って赤座は、右手に霊装を展開した。

 金色に光る長大なバトルアックス。一輝にとって、家族のもの以外で初めて見る霊装だ。幻想形態ではあるものの、赤座の高い魔力量も相まって凄まじいポテンシャルを感じさせる。まともに食らえば、おそらく一撃で昏倒させられるだろう。

 

「来てくれ、《陰鉄》!!」

 

 しかし、今更その程度で臆する一輝ではない。なにしろ彼は普段から、これとは比べものにならないモンスターに追い回されているのだ。

 動揺することなく黒刀を正眼に構え、正面の赤座をジッと見据えた。

 そして――

 

「――行きますッ!!」

「フンッ、そんなナマクラでッ!」

 

 挑発を聞き流し、一輝は弾けるように駆け出した。

 地力が大きく離れている以上、長期戦は不利。鍛えた脚力で勢いに乗り、そのまま一気に正面から突っ込む――

 

「ハアッ!」

「ぬッ!?」

 

 ――と見せかけ、右斜め前へ跳んだ。

《隕鉄》を軽く打ち付けながら、赤座の左手側へ素早く駆け抜ける。そのまま利き腕とは逆側へ位置取り、相手の視界から外へ逃げるよう、反時計回りに大きく旋回していく。

 まだ幼い彼は、体格でも腕力でも大きく赤座に劣っている。特に、伐刀者の要である魔力に関しては平均の十分の一という少なさだ。正面からまともに打ち合ったところで、力負けすることは目に見えていた。

 勝ち筋があるとすれば一つ。素早い動きで相手を翻弄し、無防備な急所に最大の一撃を叩き込むしかない。

 

「チィ、猪口才な!!」

「遅い!」

「ぐ、ぬ!?」

 

 見え見えの大振りを、余裕をもって躱す。予想通り一撃の威力は高いが、その動きは鈍重の一言。閃光のような姉の攻撃と比べれば、まるで蠅が止まるような鈍さだ。

 インターバルのおかげで僅かに体力は回復しており、まだしばらくは余裕があった。一輝は正面から鍔迫り合うことはせず、霊装を受け流しながらひたすら回避に徹した。当たりそうで当たらないギリギリを維持し、涼しい顔で剣を振りながら隙を窺い続ける。

 

「フッ……、はあッ……!」

「ええいッ、ちょこまかと!!」

 

 必然、激しやすい赤座はイラついてくる。元々の大振りはさらに大雑把になり、ますます躱しやすくなっていく。ときおりこちらからも軽く斬りかかり、冷静さを回復させないように攻撃を繰り返し……。

 そして攻撃を繰り返すこと数分、いよいよ赤座のイラつきが最高潮に達したところで――――少年は勝負に出る。

 円運動の勢いをそのまま突進に乗せて、一輝は最大速度で赤座へ突っ込んでいく。

 振り返った赤座はその姿を見て、嘲笑の笑みを浮かべた。『ついに我慢できずに突っ込んできた。正面から叩き潰してくれる!』と。

 

「愚か者め! くらいなさいッ!!」

 

 散々焦らされてイラつき、ようやく訪れたチャンス。赤座は罠だとは微塵も疑わず、考え無しの一撃を叩き込んだ。

 躊躇も加減もなく、勢いよく振り下ろされる金色の斧。技術的には拙い限りだが、威力だけは伐刀者の名に恥じないもの。まともに受ければ技もクソもなく、刀ごと切り伏せられて終わるだろう。

 

 ――だからこそ少年は、そこに勝機を見出した。

 

 霊装が身体に振れる寸前、一輝は満を持して奥の手を繰り出す。

 姉の指導の下、伐刀者と渡り合うため編み出した新たな技。

 魔力による伐刀絶技ではなく、身体能力のみで繰り出す純粋な体術。

 その名も――

 

「第四秘剣、《蜃気狼》!!」

「ッ、なにッ!?」

 

 赤座の目の前で一輝の身体が()()()

 素早いステップで緩急を付けて相手を幻惑する、彼独自の足技だ。まだまだ完成には程遠い出来だが、ペースを乱した赤座にはこれでも充分な効果を発揮した。

 全力の振り下ろしを難なく掻い潜り、目の前には無防備な赤座の胴体。一輝にとって最初で最後、絶好のカウンターチャンスだった。

 疾走の勢いに加えて魔力も発動し、身体中の力全てを切っ先に集約。そのまま一気に――前方へ突き出した!

 

「第一秘剣、《犀撃》ーーー!!」

「ぐ、がぁッ!?」

 

 全ての力を《隕鉄》に乗せ、胴体へと叩き込む。雷速の突きは狙い過たず赤座の鳩尾に直撃し、くぐもった呻き声が上がった。

 冷静さを失わせ、新技で隙を作り、最大の一撃を急所へ叩き込む。

 全てが彼の狙い通り。ミス一つない、完璧な試合運びだった。

 

「――が…………かッ……く…………」

 

 

 だが――

 

 

「――――く…………ク、ハッ」

「……え?」

「クッ……ハ、ハハハ! 弱いッ……なんとも、弱いですねえッ!!」

「なッ!?」

 

 信じがたい光景が広がっていた。直撃したはずの隕鉄の切っ先は、赤座の身体に触れることすらなく、数センチ手前で停止していたのだ。

 

「今度はこっちの番ですッ!!」

「! しまっ――がぁッ!?」

 

 動揺し、動きを止めてしまった一輝を、斧による薙ぎ払いが襲う。

 咄嗟に隕鉄を差し挟んで防御したものの、小さな身体はまるで蹴られた小石のように吹き飛んでいく。固い地面を何度も転がり、身体の節々を打ち付け、最後に広場の端の樹に激しくぶつかったところで、ようやく一輝の身体は停止した。

 傷口からは赤く光る血光が舞い、実際に斬られたような激しい痛みが身体全体を襲う。

 

「ゴホッ……。な、なん……で……。今、確かに……当たって」

 

 一輝の内心は、痛みよりも激しい疑問に支配されていた。

 刃は間違いなく急所に届いていたはず。それなのになぜ赤座は無事だったのか?

 何か特別な秘策でも用意していたのか?

 攻撃を受けた瞬間発動する、防御型の魔術でも仕込んでいたのか……?

 

「ンッフッフッ。なぜ防がれたのか不思議ですか、一輝くん? 完璧に攻撃が決まったはずなのに、どうして私にダメージが入っていないのか、と」

「……ッ」

「いいでしょう。では、頭の足りない君のために教えてあげます。…………あのねぇ、一輝くん? 君は――」

 

 

 

 

 ――魔力量が低すぎるんですよ。

 

 

 

 

「…………は?」

 

 一輝は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。

 ――魔力量に乏しいFランク(落ちこぼれ)

 そんなことはこれまでに散々言われてきたことであり、今ここでわざわざ言い直すような話ではないのに……。

 

「おや……まだ分かりませんか? では、もっと分かり易く言い換えましょうか。…………要するにね、一輝くん? 君のそのナマクラ刀は、私の魔力を貫くには足りなかった、と。……ただそれだけの話なんですよ」

「――ぇ」

 

 思わず一輝は、息を呑んだ。

 赤座の言葉が脳に浸透するに連れ、理解を拒否するかのように身体が震えてくる。

 馬鹿な……そんなはずがないだろう……。

 だってその口ぶりでは……まるで……ッ。

 

「そんな……、そんな、ことが……ッ」

「クフフフッ、あるんですよねえ、これが! 君が勝つために練り上げた渾身の刃は、私の無意識の防御すら破れなかった! そういうことなんです!」

「――ッ」

「分かりますか、一輝くんッ? これが現実です! 残りカスのような魔力しか持てなかったFランク騎士の、どうしようもない現実なんですよ!」

 

 伐刀者が生まれ持った魔力量は、生涯変化することはない。

 魔力の訓練をいくら繰り返しても、制御技術が向上するだけで、保有量そのものは全く変わらない。それが現在の定説だ。

 つまりそれは……、

 

 

 それはッ――

 

 

「あぁそうそう、一輝くん。君にもう一つ伝え忘れていたことがありました」

「……え?」

 

 絶望的な事実が頭を過る間際、赤座が思い出したように陽気な声を上げた。

 落ち込みそうな姿を見て、元気付けてくれた? ――否、そんなわけがない。

 赤座は建物の陰に目を向けると、下卑た笑みを浮かべながら手招きをした。

 

「お前たち! 彼女をここへ!」

「はっ! ……さあ、こちらです」

「い、いや! 離して!」

 

 赤座の指示に従い、黒服たちの手によって連れて来られた人物。

 それは――

 

「お、お兄様ッ!!」

「ッ!? な、なんで……!」

 

 壁際から手を引かれて現れたのは、一輝の大切な妹・珠雫であった。彼の視線の先で、なんとか黒服たちから逃れようとその身を捩っている。

 幸い、一輝のように殴られたりはしていないようだが、自分の意志に反した状態であることは明白だった。

 

「あ、赤座さん! どういうことですか! なんで、珠雫にこんな……!」

 

 このときばかりは動揺すら忘れ、一輝は赤座に食ってかかった。

 ――なぜ……どうして珠雫が捕まっている? 自分のような酷い扱いなど受けるはずないのに……。

 ――それに珠雫はBランク。非伐刀者による拘束くらい、簡単に振り払えるはずなのに。

 ――いや、そもそも権威主義のこの男が、大切にされている本家の娘にあんな真似ができるわけが……。

 

「は、離して! 離しなさい! あなたたち、こんなことをしてタダで済むと思ってるの!? このことは全てお父様へ報告しますから! この場にいる全員、厳しい処分を覚悟しておきなさいッ!!」

 

 その言葉通り、珠雫は優秀な伐刀者として父に大切に扱われている。このような不当な扱いを受けたとなれば、当事者は確実に処分されることになるだろう。

 ――にもかかわらず、赤座は笑みを崩さない。……むしろ、珠雫の言葉を待っていたと言わんばかりだったのだ。

 

「ンフフ、わざわざ報告する手間なんて取らせませんよ、珠雫さん? …………だってこれらのことは全て――

 

 

 

 

 ――その御当主様の命令なんですから。

 

 

 

 

「…………は?」

 

 それはどちらの声だったのか。

 思考を巡らせていた一輝も、抗議を続けていた珠雫も、想定外の言葉にピタリと動きを止めた。

 

「…………ど、どういう……こと、ですか……?」

「ンン? どういうも何も、そのままの意味ですよ?」

 

 掠れた声で問う一輝に対し、赤座は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「あのですねぇ、一輝くん。大変申し上げにくいのですけれど、御当主様曰く――『いい加減、あの落伍者に騎士の道を諦めさせろ』ということでして……」

 

 ………………。

 

「…………え?」

「ああ、もちろん、抵抗すれば力尽くで構わないという許可も頂いていますよ? 『多少の負傷なら構わない。さっさとあいつの心を圧し折れ』とね。いやはや、さすがは黒鉄本家のご子息、なんとも厳しい教育方針ですなあッ」

「…………え、……ぁ……ぇ……?」

 

 当て擦りのような嫌味の言葉にも、一輝は碌に返事も返せなかった。先ほどから予想外の事態が連続し、すでに脳の処理限界を超えてしまっていた。

 代わりに問い質したのは、焦った様子の珠雫だ。

 

「ど、どういうことですかッ!?  これまでは何の干渉もなかったのに! お兄様が暴力を振るわれたときだって、あの人は守ろうともしてくれなかったくせにッ。それをなぜ今になってッ!」

「おやぁ、何を言ってるんですか、珠雫さん。そもそもの話、今回の事の発端はあなたなんですよ?」

「は……? な、何の話ですか。誤魔化さないでください!」

「ンフフフ、いえね? 刹那さんが一輝くんで遊ぶだけなら、別に放っておいても良かったんですよ。……こう言ってはなんですが、彼女は黒鉄家においては“はみ出し者”。非常識な行動もすでに内外に知られていますし、今さら外聞を取り繕ったところでどうにもなりません。ならば最低限仕事さえ熟してもらえれば、後はもう放置で良いだろうと、そういう結論が出ていまして……。落ちこぼれに多少関わったくらいで、あの人の腕が落ちるとも思えませんしねえ?」

 

 そこで赤座は一旦言葉を切り、困惑する珠雫へ嗤いかけた。

 手負いの獲物をじわじわ追い詰める、肉食獣の如き笑みだった。

 

「ですが……、あなたは別ですよ、珠雫さん? あなたはいずれ黒鉄の看板を背負って立つ方だ。Fランクに合わせて訓練などして、成長が阻害されては困ります。――それに何より、黒鉄の汚点である彼と関わって、あなたの経歴に傷が付いては困るのですよ」

「ッ!」

 

 事の真相を知ったことで、珠雫の顔が青ざめていく。

 

「フフフ、ご理解いただけましたかね?」

「……そ、んな。……じゃあ、これは全部……、私の……ッ」

「まあそういうわけで、御当主様は私に『珠雫を一輝から引き離せ』と……、そしてそのために『一輝に騎士の道を諦めさせろ』とお命じになったのです。珠雫さんが下手に抵抗しないよう、魔力封じの腕輪まで渡してね?」

「! ……そ、れは……ッ」

 

 赤座が、珠雫の手首に嵌められた腕輪をコンコンと小突き、一輝は驚愕に目を見開く。

 それは魔力の使用を阻害する、対伐刀者用捕縛器具だった。治安維持にあたる騎士に対し、国や公的機関から貸し与えられるものであり、個人が簡単に用意できる代物ではない。

 ……それこそ、正式な使用許可を出せるとすれば……、国防を担う黒鉄の長くらいしか心当たりはなく。

 つまり……、今ここで赤座が述べた内容は、全て――

 

「…………ッ」

「ハハハハッ! 分かりましたか、一輝くんッ、これが現実ですよ! もしかして、“頑張ればいつか認めてもらえる”とでも思っていましたかッ? ……フフ、残念! 君がFランクである以上、そんなことはあり得ません! 今日まで御当主様が君に何もしなかったのは、ただ“どうでも良かったから”! 今回君を処断したことも、ただ“妹の邪魔になって目障りだったから”! そこに君個人に対する情なんてビタ一文ありません! まさに君は、黒鉄家の“いない者”! 努力しても何ら意味ない“落第騎士”! Fランクとして生まれた時点で、君の居場所なんてどこにもないんですよ! アッハハハハッ!!」

 

 赤座が何か叫び続けているが、すでに一輝の耳には聞こえていなかった。

 水の中で前後不覚となっているかのように……。

 妹からの呼びかけも、赤座の吐き出す哄笑も、全てがこもった雑音のようにしか感じ取れなかった。

 

 

 

「…………父……さん……」

 

 

 

 ――ピシリ。

 

 一輝の心の中で、何かがひび割れる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………な~んて。まあ、ほとんど嘘なんですけどねぇ?)

 

 膝を着き、虚ろな表情を浮かべる一輝を見下ろしながら、赤座は心中で舌を出した。先ほどこの男が得意げに語っていた内容……、実はその半分以上が、ただの出まかせであったのだ。

 彼が厳から命令を受けてここへ来たのは事実だが、その際命じられたのは、『珠雫が一輝のもとへ通う頻度を減らせ』ということのみ。

 彼女が本家で受けている教育が少々滞ってきているため、あまりサボらないように釘を刺せ、という程度の話であり、一輝の処遇に関しては(一見すると冷たい態度にも思えるが)話題にすら上がらなかった。

 

 赤座はこれを、“厳にとって一輝はどうでもいい存在だから”と解釈した。

 彼にとっては、いや、黒鉄に連なるランク至上主義者にとっては、至極当然の発想と言えるだろう。

 ――Fランクが鍛錬に励む姿は目障りだが、所詮は落ちこぼれの悪足掻き。加えて、指導に当たっているのはあの化け物なのだ。いずれは鍛錬の厳しさに音を上げるか、もしくは才能の差に絶望して諦めることだろう。ゆえに、それまでの間はあの危険な姉のお気に入り(玩具)として、精々ご機嫌取りの役に立ってもらおう。

 赤座は、厳がこのように考えていると解釈したのである。

 

(ならばここは一つ、私の役に立ってもらっても良いですよねえ?)

 

 そこで赤座は、愚かにも一計を案じた。言われたことをただ熟すだけなら子どもの使いと変わらない。自分はそんな無能どもとは違う。

 珠雫をただ連れ戻すだけでなく、目障りなFランクに騎士の道を諦めさせ、さらにはあの(化け物)さえも、コントロールできるようにしてみせよう。その考えのもと、赤座は一輝を必要以上に痛めつけ、才能の無さを突きつけ、最後に捏造した父の言葉をぶつけたのだ。

 途中、部下を倒されたり、自分が決闘をすることになったり、最後の一撃でいくらかダメージを貰ったりと……、予想外のことは多々あったが、なんとか狙い通りの展開まで持ち込めた。

 

 後は少し時間を置いてから、自分が手を差し伸べてやれば万事解決だ。

『騎士の道は駄目だったけれど、君には別の道で生かせる才能がある。将来私の下で働きませんか?』などと甘い言葉を囁けば、傷心の子どもなどコロッと転ぶことだろう。

 そのまま少しずつ懐柔していき、やがてはこちらの手駒として育成していく。刹那のもとで鍛錬に励み続けているように見せかけ、日常の中でさり気なく『○○してほしい』ということを伝えさせれば良い。

 そうすれば、頭の足りないあの小娘のこと、多少は気に入っている弟からの頼みならば、よほどの無茶でない限り聞いてくれるだろう。

 

(ククク、何も私が表立ってあの化け物と関わる必要はありません。相手が気付かぬ内に、都合のいい駒として使い倒す。これぞまさに、一流の策士の仕事というものです!)

 

 一輝は騎士の道を諦めて自分の配下に。

 珠雫は悔しくは思うだろうが、兄に居場所ができるとなれば、負い目から何も文句は言わないだろう。

 そして刹那は現在、“特別招集”の真っ最中。

 先ほど一輝に対して嘯いてみせたが、実は刹那の不在も赤座の策略によるものだった。一輝への工作を妨害されないよう、本家を介して彼女に任務を言い付けたのである。

 倫理委員会が以前から把握していた、まだ壊滅していないテロ組織の情報。国の治安部隊に知らせればすぐにでも解決できるこの事案を、赤座はいつか有効活用するために放置していた。

 そして今朝方早く、本家からの命令として刹那を現地へ派遣したのだ。任地は遠く大阪、ここから500km先の彼方。こちらの情報を彼女が知る術はなく、あと数日は現地で掛かりきりになるだろう。その間に全ての工程を完了すれば、何もかもが自分の思い通りとなる。

 

(あの怪物を手駒にできるとなれば、もはや私に不可能などなくなる。こんな汚れ仕事はさっさと返上して、上へのし上がるとしましょうか。フフ、そしていずれは、長官の地位さえも……)

 

「ク……クククク……、クハハハハッ……」

 

 抑えようとしても湧き上がる哄笑が、口の端から漏れ出す。

 バラ色の未来に思いを馳せる赤座は、自分が最高の仕事をしたと思い込んでいた。

 ――傷付けられた相手に服従する者など滅多にいないし、珠雫が父に改めて訴えれば嘘はバレるし、最終的に刹那に知られれば全てが終わるのだが、得意の絶頂にいる彼は、自分が薄氷の上に立っていることにも気付かない。

 

「さて、では一輝くんの懐柔は…………夜にでも行いますか。まだ時間はありますし、フフフ、仕上げはじっくり行いましょう」

 

 ゆえに、彼は気付かない。

 少年の策を力で粉砕したのと同じことが、自分の身にも起こり得るということを……。

 そう――――小人の賢しい策略など、圧倒的な力によって粉砕されるということを……。赤座は全くもって、考えもしていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 ……ふと、彼は違和感に気付いた。

 先ほどから誰の声も聞こえない。……いやそれどころか、衣擦れの音すらも聞こえないのだ。自分の取り巻きは指示しない限り勝手に動かないが、それでも全くの無音ということはあり得ない。

 

「ふぅ……、無能どもが。まだ彼ごときの威圧にビビッているのですか?」

 

 溜め息を吐きながら、赤座は背後の部下たちへ振り返ろうとした。

 その瞬間――――突如それは起こったのだ。

 

「さあ、早く珠雫さんを連れて戻ります――ヨ゛!?」

 

 

 

 

 

 ――――ドクンッ!!

 

 

「ッな゛! ……なんッ……ごれ、はッ……ガァ!?」

 

 赤座の巨体が大きく跳ねた。調子よく機能していた心拍が乱れ、次いで足腰が揺れ、ついには身体全体が震えだす。

 自重を支えることもできなくなり、赤座は崩れるようにその場に膝を着いた。両手両足を地面に投げ出し、深く呼吸を繰り返し、しかし身体は楽になるどころか辛くなる一方。

 

「……あ……あ゛あッ……、ごれ……わ゛ッ」

 

 重力が何倍にもなったかのような圧の中で、赤座はふと思い出す。

 ……そうだ。以前戦場へ出たとき、自分はこれと同じ症状に見舞われたことがあった。

 

 経験による虫の知らせ? 第六感による危機回避?

 

 ――否! これは違う。断じて違う!

 脳が危険を察知して、回避すべく警鐘を鳴らしているわけではない!

 ただただ純粋に、人が持つ当然の機能として、

 

 

 ――死の恐怖を前に、身体が悲鳴を上げているだけだ……!

 

 

「……あ……、あぁぁ……ッ」

 

 気付いたときには、すでに遅かった。望まず地面を見つめる赤座の視界を、暗い影が覆いつくしていた。赤座の身体の半分ほどしかない小さな影。しかし今は、それがどんな化け物よりも恐ろしい。

 絶対に見上げたくない。しかし、見ざるを得なかった。

 なぜなら、自らの首に()()が巻き付き、強制的に上へと引っ張り上げていくのだから。

 

「……ぁ……あ゛…………あがあ゛……ッ」

 

 首が軋み、呼吸ができなくなるのもお構いなしに、赤座の首は身体ごと吊り上げられていく。

 その過程で徐々に明らかになっていく全容。

 周囲に倒れ伏す部下たち。呆然と見上げる子どもたち。

 溢れ出る魔力の奔流。視界を走る幾千もの白銀の鎖。

 

 そして――

 

 

 

「…………赤座…………何を、やっている……?」

 

 

 

「ひ、ひぎィイいいあッ!!?」

 

 

 ――深淵が、彼を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作での捏造設定。

・赤座さんのランク
 調べてもランクが分からなかったので、本作ではCランクとしました。CかDかで迷ったのですが、“低ランクを見下す”という設定上、Dだとちょっと弱いかなと思いまして……。結果、そこそこ高ランクの嫌味キャラが誕生しました。噛ませ犬には最適です。

・赤座さんの強さ
 技術的には平均ぐらいですが、ランク相応の魔力はあるので結構強い設定。成長した一輝なら普通に倒せるでしょうけど、今の段階だと素の能力差で押し切られてしまいます。
 原作では一輝が下位ランクの生徒を圧倒したりしていますが、あれは10年に及ぶ弛まぬ鍛錬の結果だと思いますので、今回は残念ながらこういう結果に……。
 カッコいい主人公の活躍が見たい人は、ぜひ原作を読もう!(ステマ)

・魔力封じの腕輪
『非伐刀者の黒服が珠雫を拘束する』という話の都合上誕生した、ご都合便利アイテムです。腕に嵌められると魔力がうまく練れなくなり、下手な伐刀者だと一般人以下まで弱くなってしまいます。
 どこかのエ○漫画にありそうな設定ですが、本作は健全作品ですので、女の子に無理矢理嵌めて『抵抗できないだろ、グヘヘ……』なんて展開はありません。ご安心ください。




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