黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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7話 まずはブッ飛ばす。話はそれからだ

 その日、久しぶりに家から命じられた“特別招集”のため、刹那は朝早くから大阪を訪れていた。

 任務内容は解放軍――――の下部の、下部の、そのまた下部の小さな犯罪組織の捕縛。繁華街に数人、伐刀者らしき怪しい連中が潜伏している可能性があるので、それを一網打尽にせよというものだった。

 ……ぶっちゃけ、テロリストとは名ばかりのチンピラ集団で、わざわざ彼女が派遣される必要があるのかは疑問だったが……。

 

 まあご近所付き合いとか面子とか、その他諸々あるのだろうと、刹那は深く考えることなく了承した。『普段好き勝手やらせてもらっているんだし、たまの任務くらいは家の顔を立てようか』という殊勝な態度である。

 いろいろと暴走しがちな少女であるが、こういうとこで我が儘は言わない辺り、意外と常識的な性格なのだ。…………ただちょっとその“常識”が世間とズレているだけで、本人なりに真面目に生きようとしている点は、どうかご留意いただきたい。

 

 その証拠に、自分で飛べばほんの数分で着くところを、えっちらおっちら新幹線で三時間かけて大阪までやってきた。

 現地の騎士さんとの顔合わせも面倒臭がらずにちゃんと行ったし(『ん……』とか『そう……』しか言ってないけど)、昔お世話になったベテランさんへの挨拶も、敬意を持ってきちんと行った(『ども……』とか『しゃす……』しか言ってないけど)。

 

 そして入念な打ち合わせの末、いよいよ始まった捕縛任務。

 刹那が外から建物を精査し、刹那が外からトラップを無効化し、刹那が外からテロリストを鎖で捕らえ、そこへ大阪の皆さんが突入して敵を制圧。

 ……神妙な雰囲気で始まった対テロ作戦は、開始から僅か2分で終了した。

 

(……私……来る必要……あった?)

 

 ――などと思いつつも、早く終わるのならばそれに越したことはない。

 その後は戦闘専門の刹那は特にやることもなく、さりとて勝手に帰るわけにもいかず、犯人の移送や物品の押収をボヘーっと観察していたのだが……。

 

 ふとそのとき、彼女は弟たちのことが気になった。

 ちょくちょく忘れられがちな事実であるが、この子重度のコミュ障なため、知らない人と積極的に話すなんてことはできず、アウェイで一人待っている時間が少々苦痛になってきたのだ。

 そこで刹那は、『ちょっとあの子たちの様子でも見れないかなぁ?』と思い立ち、手元から()()()()を取り出した。

 

 それは家族との連絡用スマホ――――ではなく、小さな白い(もや)……、魔力の塊であった。刹那がそれを地面へ垂らすと、不定形の塊はアスファルトを通り越して大地へ浸透していき……、やがて、地下深くに存在する魔力の層と接触した。

 

 ――キ…………ン……ッ!

 

 瞬間、周囲の一般人は愚か、伐刀者たちにも気付かれない程度に魔力が励起し、刹那の視界の半分が別の風景へと切り替わる。

 遠くの方では慌ただしく動く伐刀者たちの姿が……、そしてすぐ目の前には、片眼を閉じて座っている彼女自身が映っていた。

 

(…………ン。……感度、良好。……久しぶり、だけど……よく、見える……)

 

 ――実はこれ、刹那がかつて日本中に張り巡らせた、“対テロリスト用広域探査網”である。闇に潜む犯罪者を炙り出すため、彼女は自身の魔力を長い時間かけて大地に染み込ませ、文字通り日本全土に網を張ったのだ。

 これを励起した瞬間、刹那はその場にいながら日本のありとあらゆる場所を観測できる。中でも特に、未登録の魔力や、それが複数集まった場所には殊更強く反応するため、怪しげな違法伐刀者など日本へ入った瞬間即御用となる。

 結果、ここ数年で解放軍が計画したテロは全て未然に防がれ、この国から大規模犯罪組織は一掃されることになったのだ。

 

 ……その後、手間暇かけて作ったのを消すのも勿体なかったため、これは刹那専用の観察・情報用ツールとして、今もこうして一部が残されている。無論彼女は常識人なので、一般の方のプライベートを覗き見るような不埒な真似はしない。

 残しているのは、誰でも入れる公共施設と、黒鉄の敷地の中でも個人のプライバシーを侵さない範囲のみ。それも常時発動しているわけではなく、何らかの必要に迫られた際に、年に数回用いる程度だ。

 

 そして今現在、彼女は弟たちに会いたくてたまらない禁断症状……。

 つまりは紛うことなき、“必要に迫られたとき”なのであった!

 

 

 ――閑話休題。

 

 

 刹那は遥か遠く、黒鉄の土地を目指して地下の魔力網を辿っていった……。

 

 ……京都。

 ……名古屋。

 ……浜松。

 ……静岡。

 ……横浜。

 ……そして、東京。

 

 久しぶりの使用で大分起動に手間取ってしまったが、ついに刹那の視界は黒鉄の本宅まで辿り着く。

 

 ――ああ、これでようやくあの子たちの顔を見られる。

 そうしたら気持ちを切り替えて、あともう一踏ん張り任務を頑張ろう。

 残りの仕事をきっちり熟して……、人間関係も少しは改善して……、最後まで行儀よく良識のある行動を心がけよう。それがいつかきっと、あの子たちを守ることにも繋がるだろうから……。

 そんな穏やかな考えのもと、刹那は視界に映し出された映像を、嬉々として覗き込んだのである。

 

 そして――

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

「…………赤座………………コロス」

 

 

 

 次の瞬間、刹那は常識なんぞブっ飛ばし、東京・大阪間を30秒で駆け抜けたのであった。

 

 

 ――以上、回想終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「……で? ……何が……あった、の?」

 

 大阪から急ぎ飛んで帰り赤座(下手人)を捕縛した直後、刹那は弟妹たちに詳しい事情を訊ねていた。姉が地面に正座して座り、その対面にこれまた二人が正座して向かい合っている状態だ。

 ……ちなみに、まず真っ先に尋問すべき対象は、三人の横で白目をむいて倒れている。弟たちを助けるために首ごと吊り上げたは良いものの、つい勢い余って力を入れ過ぎてしまい、そのまま意識をオトしてしまったのだ。

 ゆえに仕方なく、まずは二人から事の顛末を聞こうとしているのだが……。

 

「………………」

「………………」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

(……どう、しよう。……空気が……重い……)

 

 何があったのか尋ねても、両名とも一向に口を開いてくれなかった。珠雫は時おりこちらを見ては気まずそうに視線を逸らし、一輝に至っては、虚ろな表情で地面を見たままだ。試しに顔を覗き込んでみても、碌に反応も返してくれない。

 ここまでノーリアクション状態が続くと、もしや自分の方が何か間違えてしまったのでは?と不安になってくる。

 例えば……、先ほどの光景は別にいじめではなく、ただ普通に模擬戦をしていただけだったとか? そういえば霊装も幻想形態だったし、もしかするとこの状況も、ただ模擬戦に負けて落ち込んでいるだけなのだろうか?

 だとしたら、赤座が目を覚ましたら謝らなければならないが……。

 

 ……謝る? ……あの赤座に?

 

「………………」

 

 なんか……、……すごく……嫌だ……。

 

 ……理由? ……だって赤座だもん。

 

 

「……あ、あの……ッ」

「ン?」

 

 刹那が嫌な想像に唸っていると、珠雫の方がようやく口を開いてくれた。その表情は多少強張ってはいるものの、恐怖などの感情より決意の方が上回っているように見える。

 これは正直予想外だった。珠雫からはずっと怖がられ、避けられていると思っていたため、説明があるとしたら一輝本人からだと考えていたのだ。

 

「私から話しても…………いい、ですか?」

 

 ――とはいえ、好意的になってくれたならありがたい話。これならスムーズに事情を聞くことができるし、もしかしたら助けなども求めてくれるかもしれない。

 もしそうなったら姉として全力で応えてあげよう。刹那は無表情の下でやる気と決意を強く固めた。

 

「ん……、話して……みて……?」

「は、はい! ……じ、実はさっき、この男がお兄様に――「珠雫」――え?」

「…………話さなくて……いいから……」

「お、お兄様……?」

 

 意を決して語られ始めた言葉は、被害者本人の手によって止められていた。

 一輝は珠雫の腕に軽く手を添えたまま、その先を語るのを制止していたのだ。言葉の穏やかさとは裏腹に彼の表情は厳しく、真っ向からそれを受けた珠雫は思わず息を呑む。

 だが、それでも兄への心配と、そして疑問が勝ったのだろう。酷く困惑しながらもおずおずと一輝を問い質した。

 

「な、何を言ってるんですか、お兄様? ……は、話さなくていいって……一体どういう……?」

「そのままの意味だよ。姉さんに話す必要はないし、助けを求める必要もない」

「ッ!?」

 

 思いもしなかった言葉に珠雫は目を見開く。

 

「な、なんでッ! そりゃすぐに解決とはいかないでしょうけど、姉さんが動いてくれれば、きっと何か変化が……ッ」

「いいんだ。……もういいから……、珠雫ももう、何も言わないで……」

「で、ですから! それがなぜなのかと理由を聞いて――」

 

 

 

 

「何も変わらないからだよッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 普段の一輝らしからぬ怒鳴り声に、珠雫の言がピタリと止む。

 声を荒げる一輝を見るのはこれが初めてではない。しかし、彼女の記憶の中にあるものとそれは明らかに違っていた。諫めるためでも諭すためでもなく、今の一輝はただイラつき、煩わしそうに言葉を吐いていたのだ。

 

「……君も聞いただろう? 今回の赤座さんの行動が、父さんの指示だってことを」

「ッそ、それは……」

「そうである以上、何をやったってこの状況は変わらないよ。黒鉄の当主が、『アレはもう要らない』と口に出して宣言したんだ。誰が何を訴えたところで、もうどうしようもない」

「そ、そんな……みんなで考えれば……まだ何か、良い方法が――!」

「それと珠雫……、君はもう、ここへ来ちゃいけない」

「……ぇ? …………ど、どういう……意味ですか?」

「これも、そのままの意味だよ。もういっしょに訓練をすることはできないし、僕に会いに来てもいけない」

「! な……ッ、なんでですか!?」

 

 突き放すような兄の言葉を受けて、ついに珠雫は立ち上がった。視線だけこちらに寄越す一輝を見下ろしながら、珍しく非難するように真意を問う。

 それでも一輝の態度は変わらない。温度のない瞳と硬い口調のまま、妹に事実を突き付けていく。

 

「当たり前の話だろう? 君がここに来ることを父さんが禁止して、ついに部下を使って実力行使までしてきたんだ。このまま同じことを続けていたら、次はもっと酷いことになるかもしれない。……だったらもう、僕たちは会わない方が良い。分かるだろ?」

「……ッ……ぁ……」

 

 状況も呑み込めないまま押し付けられる拒絶の言葉に、珠雫はまともに言葉を返すこともできないでいた。

 兄と離れ離れになってしまう恐怖……、そして、嫌われたかもしれないという恐怖で身体が震え……、最後になんとか絞り出せたのは、ただの一般論でしかなかった。

 

「で……でもッ……私……お兄様のことが心配で……! お、お気持ちは分かりますけど、そんな風に自棄(やけ)にならないでくださいッ! 私が尊敬するお兄様は、こんな理不尽なんかに負けないッ……すごく強くて、立派な人で……ッ!」

 

 

 

「…………心配? …………気持ちが、分かる……?」

 

 だがそれは、一輝をますます意固地にさせる結果しか生まなかったのだ。

 

「本当に……心配しているの?」

「……え?」

「本心では君も、僕を落ちこぼれと見下しているんじゃないの? ……無駄な努力をしている愚か者だって、心の中で笑っているんじゃないの?」

「お、お兄様……? 何を言って……」

「姉さんと兄さんは言わずと知れたAランク。そして君も、世間では十分に天才と呼ばれるBランクの神童なんだ。……分かるかい? 姉弟の中で僕だけが、何の取り柄もないFランク(落ちこぼれ)だった。黒鉄の歴史上類を見ない、何の価値もない残りカスだったんだッ」

「! そ、そんなッ……ちが……」

「そんな僕のことを、君が心配している? 気持ちが分かる? あまつさえ、尊敬しているだって? ――信じられるわけないだろうッ!!」

「ちがッ…………わ、私は……本当に、お兄様のことを――ッ!」

 

 言葉は心へ届くことなく、ついに一輝は妹に背を向ける。

 

「お、お兄様……」

「もういいから、放っておいて……。今は……僕を一人にしてくれッ!!」

「! ま、待って……! 行かないで、お兄様!」

 

 そのまま走り出す一輝の後ろ姿を見ながら……、消えてしまいそうな兄の背を見送りながら……、

 珠雫はただ力なく、腕を伸ばすことしかできなかったのだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ……ストッ、プ!!」

「グベェえッ!?」

「……え?」

 

 ――だがここに、そんなシリアスなどものともしないKYA(空気読めない姉)がいた!

 刹那は一輝の眼前に一瞬で回り込むと、惚れ惚れするようなローリング・ラリアットを披露した。前も見ずに飛び出していた一輝は、見事それをカウンターで被弾! 空中で縦に三回転した後、脳天から勢いよく地面に突き刺さった。

 

「ゴブッふ!?」

「え……え……、えぇ……?」

「フシュゥゥ――」

 

 ヤバげな呻き声を上げる一輝と、膝をついたまま目を点にする珠雫と、そして、会心の一撃を振り切って大きく息を吐く刹那。

 三者三様の反応により、場には一瞬の空白が生まれていた。

 

「……ゴ、ゴホッ……ゲホッ……!」

 

 その状況から一早く脱したのは、最もダメージの大きい一輝であった。少年はふらつく頭を両手で押さえながら、何とか二本の足で立ち上がる。姉による日々の地獄特訓は確かに実を結んでいたようだ。

 

「ね……姉さん? ……い、いきなり何をすr――」

「シャラッ……プ!」

「ぐべぇッ!?」

 

 当然の疑問に答えることなく、刹那はクワっと目を見開き全身から魔力を放出した。まだ回復しきっていない一輝はその圧をモロに受け、再び後方へ引っくり返ってしまう。

 その間に姉は、ポカンと口を開けたままの妹を手招きする。

 

「珠、雫……。こっち……来て……」

「え? で、でも……」

「気にしなくて……いい、から……。……ほら、こっち」

「……あ。……は、はい」

 

 おずおずと妹が近付いてきたのを確認すると、刹那は地面に倒れたままの弟を上から覗き込んだ。見下ろす少女の表情には、言われなければ分からない程度に、僅かに怒りの感情が浮かんでいる。

 ……先ほどの二人の言い争いから、おおよそ何があったかは彼女も理解できていた。一輝がこんな風に捨て鉢になっている理由も、決して分からなくはない。

 分からないではないが……、しかし――

 

「……一、輝」

「な……何……ですか?」

 

 ビクリと震えた一輝に対し、刹那はスッと隣を指して告げる。

 

「……ショック、だったとしても……、……八つ当たりは……感心、しない……」

「え……ぁ」

 

 頑なだった一輝の態度が不意に解ける。姉が示した先で目に入ってきたのは、泣きそうな顔で震えている妹の姿だった。

 それに伴って先ほどの自分の言動を思い出し、さすがに頭が冷えたのだろう。言う必要のないことまで言ってしまった罪悪感から、一輝はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「はい……逸ら、さない」

「おぐフっ!?」

 

 だが今日の姉は甘くなかった。逆側を向こうとした弟の頭頂部を掴むと、そのまま180度回転させる。……首元から鳴った不穏な音については、今は無視だ。

 

「……ホ、ラ……言うこと……ある、でしょ? ……ちゃんと……謝、る……」

「おぁががガッ!?」

「ね、姉さんっ。わ、私は別に大丈夫ですから! と、というかそれ、お兄様の首が……ッ」

「い、いいんだ、珠雫。……ゲホッ」

「お、お兄様?」

 

 姉の手から解放された一輝は呼吸と佇まいを正し、妹に深々と頭を下げた。

 

「…………ゴメン。……さっきの態度は、僕が悪かった。……君が悪いわけじゃないのに……酷いことを言って、傷付けてしまった。……ホントに、ごめん」

「あ……いえ……。私は別に……その……気にしていないので」

「……いやホントに……全部、僕の心が弱いのがいけないんだ……。反省しています。許してほしい」

「……そ、それなら私だって……、勝手に押し掛けたせいで、ご迷惑をおかけして……」

「ううん。会いに来てくれたことは、素直に嬉しかったよ。今回のことで、君が責任を感じる必要は全くない」

「で、でも私……お兄様のことを、下に見て……傷付けて……」

「い、いやッ、あれは僕の勝手な嫉妬と言うか、勢いと言うか……。し、珠雫がそんなこと思っていないのはちゃんと分かってるからッ」

「で、でも……もしかしたら本当にお兄様の言う通り……無意識に失礼なことを考えていたのかも……。私、すごく性格悪いし……」

「そ、そんなことないよ! それならむしろ僕の方が……! 剣術オタだし……、陰キャ気味だし……」

「そ、それなら私だって……。排他的だし……、口悪いし……、若干ヤンデレだし……」

「いや、そこは僕が――」

「いえやっぱり私が――」

「いや僕――」

「いえ私――」

「「――――!」」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………あ……あれ……」

 

 言い争う(?)弟妹たちを見ながら、姉は少々焦る。二人を強引に仲直りさせたまでは良いが、今度は謝罪合戦が始まってしまった。

 どちらも年齢以上に賢い子だし、何より、互いを強く想い合う良い子たちだ。正面から話し合わせさえすればすぐに解決すると思っていたのだが、事態は思ったより深刻だったらしい。

 一輝は、言葉が過ぎて妹を傷付けてしまった罪悪感から……、そして珠雫の方も、自分が遠因で兄にケガを負わせた負い目から、ギクシャクとした空気が解消されない。卑屈な態度で互いに頭を下げ合っており、どうにも収拾が付かなかった。

 

「……姉さんも……手を煩わせてしまって……ごめんね」

「え……?」

「せっかく始めてくれた訓練だけど、もう、終わりにしても良いかな? ……このままだときっと、姉さんにも迷惑がかかるから」

「え……、ちょ、待っ」

 

 ついにはこちらにまで波及してきた! 一輝は力ない笑顔を浮かべたまま、訓練の終了を宣言したのだ。

 当然刹那としては、肝心なことを聞き返すが……。

 

「……き、騎士になる、夢は……どう、するの……? ――――諦める、の……?」

「ッそ、それは……、えっと……。…………ま、また、一人で頑張ってみるよ。……訓練のやり方はひと通り教えてもらったんだし、……うん、別に今までの状態に戻るだけで……心配なんて要らないよ、姉さん。……あ、あははは……はは……は」

「……ッ!」

 

 ………………。

 

 ……マズイ。これは本格的にマズイ。

 弟の心は想像以上に傷付いていた。

 消え入りそうな笑顔の中には姉への思いやりと、罪悪感と、……そして何より、大きな諦観が混在していた。

 

 この瞬間刹那は、一輝が直面するもう一つの問題に気付く。

 それは周りの環境ではなく、彼本人の心に起因する根深い問題だった……。

 すなわち――

 

 

 ――彼はFランクである自分に対し、“諦め”と、深い“自己否定”を抱えているのだ。

 

 

 ……もちろん普段は表に出て来ないし、それが彼の全てというわけでもない。一輝の想いと努力は本物だし、夢に向かって真っ直ぐ進んできた姿も嘘偽りない本当の姿だ。

 しかし同時に、負の感情は無意識下に確実に存在しており、自分でも気付かない内に一輝の心を責め苛んでいる。

 実際今も、せっかくの有効な訓練から自ら離れようとしたり、妹に対して思ってもいないことを言ったりと、無意識の内に、“諦め”や“自棄”という負の方向へ近付いていた。

 

 この傷をどうにかするには、今までのようにただ守るだけでは不十分だ。この子が自分で自分を守れるように……、何より、自分のことを肯定して、前を向いていけるように、手を引いて導いてあげなければならない。

 そして本来ならば、それが親の最も大事な役割のはずだった……。

 

 しかし一輝の場合その父が何もしないどころか、現状一番の敵として立ちはだかっている。母親も異を唱えることはなく、周りの大人も全てが父の言いなり。

 頼れる先達など一人もいない、完全な袋小路状態。幼い少年の心が悲鳴を上げて軋むことなど、当然の結果だった。

 

 

(ッ……なんで、ここまで……この子を……ッ)

 

 湧き上がる怒りに、刹那はギリと歯を食いしばった。

 誰か個人に対してではない。

 弟をこんな風に追い込んだ者たちと、彼を取り巻く状況全てに対してだ……。

 

 一輝が赤座に害されていると知ったとき、刹那はあの男を血祭りに上げればそれで済むと思っていた。二度とふざけた真似ができないように、消えないトラウマを刻み付けてやればそれでいい、と。

 しかし、事はそう単純ではなかった。誰か特定の個人をブッ飛ばしたところで、おそらくこの状況は変わらない。

 

 息子の道を阻もうとする父の意志と……。

 一輝を害そうとする者たちの悪意と……。

 そして何より、自分を否定する一輝自身の心……。

 

 これら全てを解決しなければ、状況は改善されないのだ。

 

(ッ……かと言って……どうすれば……あの子を、救える……? ……この、多少の腕力と……嫌われ者の評判しかない私が……、どうやって……あの子を……助ければ、良いッ?)

 

 解決法を模索して、刹那はなんとか知恵を振り絞るが……。

 結果は芳しくない。元々頭など大して使わない上、心の悩みなど経験したこともない少女だ。弟の心を救う方法などすぐには思い付かない。

 

 ――ランクという絶対の秩序。

 ――一人の子どもへ集中する悪意。

 ――魔力が足りないことへの葛藤。

 

 この現実を前に、自分に一体何ができるのか?

 初めて経験する悩みに対して、刹那は進退窮まり、頭を抱えるしかなかったのだ。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

「……じゃあ……姉さん、珠雫。……僕はもう……行くね?」

「ッお兄様、待って! ……ね、姉さんも、何か言ってあげて! お兄様を説得してください!」

「あ……でも、赤座さんをこのままにはしておけないね……。一応、医務室に連絡を入れておこうか」

「な、何言ってるんですか! こんな奴のことなんて気にする必要ありません! お兄様のことを散々見下して、私にこんなものまで付けて……!」

「あ、そうか。その腕輪も外してもらわないと……」

 

 

 

「んんッ?」

 

 そのとき、弟たちの会話を遠くに聞きながら、刹那の頭にいくつかの単語が引っかかった。

 

 

 ……Fランクの、一輝?

 

 …………魔力を封じられた、珠雫?

 

 ………………低ランクを見下す、赤座?

 

 

 ………………。

 

 

「…………あ」

 

 瞬間、彼女の胸にストンとそれは落ちてきたのだ。

 

(……ああ、なんだ。……お誂え向きに……あるじゃ、ないか……)

 

 魔力が足りない一輝の悩みも……、

 息子に対する父の妨害も……、

 右へ倣え、な親族どもの悪意も……。

 そして、弟を傷付けてくれたこの野郎への報復も……。

 

 全て丸ごと解決する、たった一つの冴えたやり方が……。

 

「う、う~ん……、う~~んッ。……く、鎖が……鎖が、たくさん迫ってくるぅぅ……ッ」

「……よ、し!」

 

 そうと決まれば善は急げだ。さっさとこの男と話をつけよう。

 刹那はすぐ横で安らかに寝ている男に、容赦なく拳を振り下ろした。……その右腕全体に、眩いばかりの雷光を纏わせながら。

 

「アッカザさあああんッ! 起ぉおきいぃてええええーーッ!!」

「んえ? あびゃびゃびゃびゃああああーーーーッ!!?」

 

 全身に強めの電気マッサージを受けた赤座は、気持ち良さそうな声を上げて勢いよく起床する。

 さすがは高ランク伐刀者、なんとも元気が良くて素晴らしいことだ。刹那は満面の笑みで赤座の顔を引っ叩――じゃなかった、優しく叩いて気付かせてあげた。

 

「フンッ!」

「へぶウッ!? ――え? な、なにッ? え? 鎖……いっぱい? 身体? 痺れ……て……?」

「赤座……さん。……こっち、こっち」

「――ッ!? せ、刹那ッ! さんッ!?」

 

 視界に刹那を捉えた赤座は、横たわった体勢で一メートルほど飛び上がり、そのまま五体投地へと移行した。

 

「――もももッ、申し訳ありませんん! わたくし先ほどは、調子に乗っておりましたあ!! もう二度とあんな真似はいたしませんので、どうかお許しを!!」

 

 額を地面に擦りつけ、謝罪を繰り返す赤座。

 なんとも見事なジャパニーズ土下座。これなら今から行う提案も、きっと快く受けてもらえるに違いない。

 刹那は穏やかな笑みを浮かべながら、赤座の左肩に手を添えた。

 

「……そっか。……じゃあ……お願い……聞いて、くれる……?」

「はい! なんなりと! ………………え゛?」

「ん? 今……なんでもするって……言ったよ、ね……?」

「い、いやその……な、“何でも”……とまでは……――ヒギィ!?」

「大、丈夫……、大丈夫。……ちょっとした……簡単な、頼み事……だから」

「ひぃぃぃ……ッ。……い……一体……何をすれば、よろしいのでッ?」

 

 這いつくばったまま唾を飲み込む赤座へ、刹那は優しく、その冴えたやり方を伝えてあげたのだ。

 

 

 

 

 

「……私と……模擬戦……しよう、か?」

「……は?」

 

「……一般にも……公開で、ね……?」

「「……はッ?」」

 

「……あ……私は……魔力、使わないから……安心、して……?」

「「「は、はあああああッ!?」」」

 

 

 

 三人分の叫び声が、快晴の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 一輝くんの感情が爆発してしまう回でした。
 原作の彼は穏やかで紳士的な若者ですが、さすがに七歳で父から『要らない』と言われたら(赤座の嘘だけど)、少しは荒れちゃうかな、と。
 解釈違いと感じる方もいらっしゃるかと思いますが、本作での設定としてご容赦ください。


 そして、赤座さんの勇姿は次回へ持ち越しです。










おまけ:オリ主の技紹介

・魔力で編んだ鎖
 刹那が最も多く使用する攻撃技。本気で殴ると相手が死んでしまうため、負傷させず捕縛できる手段としてとても重宝している。用途によって細かく使い分けもできるので、大変便利。

(例)相手が抵抗するときは振り回して地面にドン。
   強敵相手なら複数使って袋叩き。
   たくさん敵がいるときは、数百本展開して範囲内を一掃。……etc.


・魔力の盾
 3話で登場。見たまんま、魔力を板状に固定する防御技。百メートル以上に広げることも、球状に展開することも可能。
 ただ作ったは良いが、本人に魔術防御など不要であったため、最近はもっぱら跳躍用の足場として用いられている。攻撃こそ最大の防御なり。


・飛行(音速超え)
 圧縮した魔力を勢いよく放出し、ロケットのように空を飛ぶ高速移動技。音速の壁を超えて衝撃波が発生するため、市街地での使用は大変危険。
 ゆえに、これを使うときは一旦上空まで跳び上がり、目的地近くまで飛行した後、最後は自由落下で到着している。
 目撃者からすれば完全に飛び降り自殺。トラウマです。


・魔力による気配察知
 魔力を薄く広く展開することで、範囲内の敵の位置・力量・感情などを探る解析技。平たく言えばH○NTER×H○NTERの“円”。
 最大展開半径は50kmほどで、上記の高速飛行の際にはこれを前方へ延ばして衝突などを防いでいる。


・広域魔力探査網
 いくら捕まえても減らない違法伐刀者に辟易し、刹那が開発したチート技。どんな伐刀者が潜り込もうと瞬く間に捕まえてしまうため、一時期日本政府には『どうやったんだッ、方法を教えてくれ!』という問い合わせが各国から殺到した。しかし本人以外は真相など知らないため、担当者たちは対応にとても苦慮したという。
 最終的に、『日本には今でもニンジャがいる』という結論に達し、この騒動は沈静化した。それで納得するのか、諸外国。




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