黒鉄さんちのラスボス姉ちゃん   作:マゲルヌ

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9話 ね、簡単でしょ?

「お兄様ッ!?」

 

 ――気が付けば、一輝は駆け出していた。

 昨日の傷はまだ癒えておらず、一歩進むごとに全身に痛みが走るが、そんなもの全てどうでもいい。背後からかけられる妹の声も置き去りに、観客席の階段を全力で駆け降りていく。

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ! ……姉さんッ!」

 

 昨日、珠雫の魔力が封じられたのを見て、自分には分かっていたはずだった。

 いくら姉が強いといっても、それはあくまで“伐刀者としての”強さ。

 桁外れの腕力も、目にも止まらぬスピードも、決して傷付かぬ頑強さも、全ては膨大な魔力による外付けの力に過ぎない。

 ゆえに、ひとたびそれらが封じられてしまえば、伐刀者の前では狩られる対象でしかなくなってしまう。

 

 そんなことは……分かっていたはずなのに。

 

 

 ――あの姉さんなら大丈夫。

 

 ――何か考えがあるんだろう。

 

 ――自分如きが口出しするなんて、烏滸がましい話だ。

 

 

 ……そんな、尤もらしい理由を並べ立て、心配するような素振りだけ見せ、死地へ赴く姉の背を、素知らぬ顔のまま見送ったのだ。

 

(僕は……なんて軽率な真似をッ!)

 

 仮に一輝が何か言ったところで、あの唯我独尊の姉が聞き入れてくれたかは怪しかったろう。

 ……しかしそれでも、何かやれることはあったはずだ。

 完全に止めることはできなくても、命の危険が伴う行為だけはなんとか思い留まってくれたかもしれない……。少なくとも必死で懇願すれば、あのような無茶な条件の内、一つや二つは無くすことができたはずだ。

 

 ……なのに自分は最初から動こうともしなかった。

 もしや心のどこかで、『負けた悔しさを晴らしてもらおう』などと暗い期待でも抱いていたのだろうか?

 だとしたら一輝は、自分で自分を殴り倒したくて堪らなかった。できることならこの場で地面に頭を叩き付け、額をブチ割ってやりたいくらいだ。

 

(ッ――いや、そんなのは全部後だ! 今は一刻も早く――!)

 

 歯噛みしながらも一輝は前へ進む。

 後悔も自己嫌悪も今は全て後回し。

 己の弱さで夢を諦めるだけならまだしも、他者に苦痛を肩代わりさせるなど、騎士以前に人として失格だ。

 今、自分が何を置いてもなすべきこと――それはこの試合を止めること!

 

 そのためならば、憎き赤座に土下座もしよう。

 靴を舐めろと言われれば、喜んで這いつくばろう。

 服従しろと言われれば、文句も言わず従おう。

 

「そのくらいのことをしなきゃ、姉さんに申し訳が立たないんだッ!」

 

 密集する観客の合間を駆け抜け、試合場を隔てるフェンスに足をかけると、一輝は躊躇いなく宙へ飛び出した。

 真後ろで見ていた客の一人が悲鳴を上げる。

 

 地面までおよそ5メートル。

 魔力が乏しい一輝にとっては危険な高さ。

 着地の衝撃とともに何かが割れる音が周囲に響く。――が、そんなもの構うものか。

 血濡れになった姉と比べれば、この程度の傷などどうということもない!

 

 

 

 ――『依然として赤座選手の猛攻が続いております! しかし刹那選手、これを全て凌ぐ、凌ぐ、凌ぐううーーッ! 力勝負では分が悪い中、なんとか剣技だけで全ての攻撃を受け流しています! さすがは天才少女、すごいのは魔力だけではありませんッ! ――とはいえ、さすがにそろそろ苦しいか、足が止まってきたぞおッ!!』

 

 

「……ッ」

 

 遠目に姉の痛々しい姿が見える。その有り様はモニター越しに見た光景とは比べものにならない。

 身体はどこもかしこも血濡れの状態。目に見えて折れ曲がった左腕は言うまでもなく、身体の至るところが変色し腫れ上がり、両脚の挙動も明らかに怪しくなっている。

 もはや“重傷”などというレベルの話ではない。間違いなく命にかかわるほどの大怪我。今すぐにでも試合を止め、医者のもとに連れて行かねばならない。

 

「姉さんッ!!」

 

 一輝は全速力でリングサイドまで走り寄った。

 しかし――

 

「待ちなさい」

「ッ!?」

「悪いが、ここから先は立ち入り禁止だ、一輝くん」

 

 舞台へ上がろうとした一輝の前に、見覚えのある顔ぶれが立ち塞がる。

 過去に何度か道場で会ったことのある、黒鉄の主だった門弟たち。彼らはリング周りに警備員のように並び立ち、姉のもとへ行こうとする一輝の行く手を阻んでいた。

 強行突破したくとも、彼らは全員が経験豊富な伐刀者。今の一輝が敵う道理などなく、少年は焦燥のまま必死に頼み込むしかなかった。

 

「そこを通してください! 早く止めないと姉さんが……!」

「ダメだと言っているだろう? 君の姉さんと赤座さんとの間で、すでに話はついているんだ。どちらかが倒れない限り、途中でこの試合が止められることはない。……たとえそれで“不幸な事故”が起こったとしてもね」

「ッ!」

 

 不幸な事故。不吉な単語から連想される未来に一輝の顔が蒼くなる。

 そこへ追い打ちをかけるように、横合いから粗野な声が上がった。

 

「おいおい、怖がらせるようなこと言うなよ。まだ逆転の可能性は残ってるぜ? ま、ゴミみたいなもんだけどよ」

「ここから神様にでも祈ったらどうだ、坊主? あんなバケモン、助けてくれるかどうかは疑問だけどな」

「おいおい、聞かれたら殺されるぞ?」

「へ、聞こえやしねえよ。もうボロボロじゃねえか、あのガキ。『魔力なしで戦う』とか言って調子に乗るからああなるんだ。いい気味だぜ」

「ッ、あなたたち……!」

 

 連中のあまりな物言いに、一輝は割れんばかりに奥歯を噛み締めた。

 

「おい! 余計な口を利くな、お前ら! ――とにかく、君が行ってもできることは何もない。分かったらここで、大人しく見ていなさい」

「――ッ、そんなこと、できるわけがないでしょうッ!!」

 

 過去に自分自身を罵倒されたときとは比べものにならない。それほど脳内が沸騰していた。

 中には同情的な視線を送る者もいたが、それに気付く余裕もないまま、一輝は怒りに任せて右腕を突き出す。

 

「来てくれ、《隕鉄》!!」

「ッ! 一輝くん!」

 

 通してくれないのなら是非もなし。

 もはや激情に任せ、一輝が霊装を抜いて押し通ろうとしたそのとき――

 

 

 

 

 

「――止めなさい、一輝」

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 それを冷たい声で押し止めたのは、舞台中央で戦っていたはずの姉本人だった。

 先ほどまで赤座に追い込まれ、足も止まりかけていた刹那は、いつの間にかあっさり攻撃を振り切り、一瞬で一輝の目の前までやってきていた。そうしていつも通りの無表情のまま、彼女は弟に向かってクイと顎をしゃくってみせた。

 

「……ここは……お前の出る幕じゃ……ない。……邪魔だから……さっさと、すっこんでて……」

「……ね、姉さんッ」

 

 大怪我を負っていることなど全く感じさせない。弟が必死の想いで止めに来たことなど、心底邪魔としか思っていないような視線と態度。

 その超然とした雰囲気に一瞬気圧されかけるも、一輝はなんとかそこで踏みとどまる。

 ――今この場で引いてしまったら、ここまで来た意味が何もない!

 一輝は唾を飲み込むと、舞台下から刹那へ向けて叫んだ。

 

「姉さん、もうやめて! これ以上続けたら死んでしまうよ!」

「…………」

「どうして……どうしてこんな無茶をしたんだ! いくら赤座さんに腹が立ったからって、こんな命にかかわる真似をする必要はないじゃないか! 姉さんが何を考えているのか、僕には全然分からないよッ!!」

「…………はぁ。……うるさい、な……」

 

 必死の懇願にも姉が応じることはなく……。

 それどころか煩わしそうに一輝を一瞥すると、周囲の大人たちへぞんざいに手を振った。

 

「あなたたち。……それが……上がって来ないよう……押さえておいて……。横槍で反則負けは……ドッチラケ、だから……」

「……え?」

 

 まさか話しかけられると思っていなかった男たちは、間の抜けた顔で刹那を見返す。

 対する返答は、さらに冷たい視線だった。

 

「…………聞こえなかった? 早くしてって、言ったの。…………それとも、……陰口を叩く仕事が……そんなに、忙しい……?」

「ッ!? い、いえッ、了解しました! ただちにッ! ほら、こっちに来いッ!」

「! や、やめッ、放してください! ね、姉さん、なんでッ!?」

「……言った、でしょ……? お前なんて……お呼びじゃ、ないの……。分かったら……大人しく、引っ込んでて……」

 

 もはや視線すら向けず、刹那は面倒臭そうに踵を返した。その横顔からは、弟に対する一片の興味すら感じ取れない。

 

「姉……さん」

 

 初めて姉から受ける明確な拒絶。

 冷然としたその態度に一輝の胸がズキリと痛む。

 

 ――赤座に無様に負けたことで失望されたのか?

 ――昨日の妹への態度を見て呆れられたのか?

 ――或いは、胸の内の諦めの感情を見抜かれ、ついに見限られたか……。

 

 何れにせよ……、自分の声はもう二度と、姉に届くことはない。

 その事実に一輝は項垂れ、伸ばしていた手を力なく下ろしたのだった……。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

「……そこで、見ていて……」

 

 

 

「――え?」

 

 聞こえてきた柔らかな声に反射的に顔を上げる。

 視線の先にいる姉は僅かだけ振り返り、その闇色の瞳で一輝を見つめていた。

 

「……“見ること”が……唯一の取り柄、なんでしょ……? なら、目を逸らしちゃ……ダメ。……たとえ、目を背けたくなっても……、最後までちゃんと……その目で、見ていて……」

「ね、姉さん……?」

 

 突き放したかと思いきや、今度は導くかような穏やかな物言い。

 姉の意図するところが全く分からず、一輝はただ困惑するしかない。

 

「い、一体……何を言って――」

「分かったの!? 分かってないの!? どっち!!」

「ッッ! わ、分かりましたッ!! ここでちゃんと見てますッ!!」

 

 思わず聞き返そうとしたところへ、今度は落雷のような怒鳴り声。

 初めてのとき以来の姉の大声に、一輝は条件反射的に背すじを伸ばし、戦いを止めに来たことすら忘れて傾注の姿勢を取った。

 

「よ、し……」

 

 刹那はそれ以上話すこともなく前へ向き直ると、一足に戦場へと戻っていってしまった。結局姉が何を言いたかったのか分からず、残された当人としてはますます困惑するしかない。

 

 けれど……、けれど勘違いでなければ……、

 最後にチラリと見えた横顔には、確かに弟を想う温かさが感じられて……。

 

(も……もしかして、姉さんは……)

 

 

 

「僕に何か……見せようとして、くれている……?」

 

 

 不安と疑問と恐怖と、そして……、ほんの少しの希望を持って……、少年は遠ざかっていく姉の背中をジッと見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方……、冷たく弟を突き放した姉本人は、と言えば――

 

 

 

「……フ……フフ……フ。……んフフフフッ」

 

 

 

 リング中央へ戻りながら、こみ上げてくる笑いを必死に押さえていた!

 

 

 

 ……端的に言えば超浮かれていた。

 

 

 

 ・赤座が意外な底力を発揮してくれたこと。

 ・試合が予想以上に盛り上がってくれたこと。

 ・そして、伐刀者の力を大衆に分かり易く伝えられたこと。

 

 理由としてはいくつか挙げられるが、

 最も大きかったのは言うまでもなく――

 

 

 

(フ……フヘヘッ……。い、一輝が……一輝が私を……心配して、くれたッ)

 

 可愛い弟が、自分を心配してここまで駆け付けてくれたこと――これに尽きる。

 先ほどは厳しい態度を見せた刹那であったが、その内心は言うまでもなく真逆。頭の中身までスキップする勢いで、上機嫌に歩みを進めていく。

 なにせ嫌われている――少なくとも怖がられている――と思っていた弟が、あそこまで必死になって己の身を案じてくれたのだ。これまでの落差も相まって、今の刹那はまさに天にも昇る気分であった。

 周囲に人の目があるため、意識してあえて冷たく接したが、果たしてあれで誤魔化しきれたかどうか……。

 

「お、や……?」

 

 

 ――お兄様! お一人で突っ走らないでください! 生身であんなとこから飛び降りて、大怪我したらどうするんですか!

 ――ご、ごめん、珠雫。さっきはつい、頭が真っ白になって……。

 ――むぅぅ。……そりゃあ、お気持ちは分かりますけど……。

 ――フン。俺か珠雫に頼めば問題なく着地できただろうに……。だから愚弟だと言うんだ、お前は。

 ――あ、兄さんも……。心配してくれて、ありがとうございます。

 ――ッ……フン、勘違いするな。俺はあの阿呆の末路を近くで見に来ただけだ。お前の方はあくまでついでだ、ついで。

 ――ツンデレ乙。

 

 

「お、おお……ッ」

 

 さらには遅ればせながら珠雫と、そして、一番自分のことを嫌っていそうだった王馬までが駆け付けてくれたではないか。

 もちろんメインは一輝を心配してのことであろうが、ときおりこちらの方にも目を向けながら、チラチラと心配そうな視線を送ってくれている。

 刹那はもう、それだけでご飯三杯はいけそうだった。

 

(ン、んフフフフッ……。も、もしやあの子たちは……、姉を……嬉死(うれし)させる、つもりなの……?)

 

 ――この後刹那がやろうとしていること。

 試合後のことを考えると、さすがの彼女も少しばかり躊躇していたが、もはや欠片の憂いすらなくなった。

 為すべきことはただ一つ。目の前にいる怨敵を、ただ全力でブっ潰すだけだ!

 

「さあ……! 続きを、やろうか……赤座さんッ!」

 

 戦場に舞い戻った刹那は赤座の前で刀を掲げ、意気揚々と構えを取った。

 身体も刀もすでにボロボロ、体力は削り取られ、歩行すらも覚束ない満身創痍。どこから見ても敗北寸前であることに変わりはない。

 しかし――

 

「……ッ!」

 

 目に見えるほどに漲る少女の戦意。全身から溢れるその凄絶な剣気は、余裕の態度で待ち構えていた赤座を一歩後退させた。

 

 絶対的優位のこの状況で、死にかけの少女の覇気に圧倒されてしまった。

 ――直後、その事実に赤座は憤る。ともすれば、昨日弟にも同じ反応を見せてしまったことを忌々しく思ったのか?

 それとも、先ほど刹那の動きを見失ってしまったことに、一抹の不安でも感じ取ったのか……?

 

「ッ……フ、フン! いいんですか、刹那さん? せっかく弟さんが止めに来てくれたのに無下にして。ここらでやめておいた方が身のためなんじゃありませんか? フハハハッ!」

 

 子どもを恐れた事実を振り払うように、赤座は霊装をリングに叩き付けると、無理矢理に笑みを浮かべた。

 

 対して、刹那の返答は――

 

 

 

「……クヒッ。…………まだ、……怖いんだ……?」

「な……なにッ?」

「……試合前と……いっしょ、だね……? ……どんなに、有利でも…………安心、できない……。絶対の、保証がないと……子どもを虐めることさえ……満足に、熟せない。……権力が、通用しなければ……一対一で……戦う勇気すらない……臆病者……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホント……どこまで情けないの、あなた……?

 

 

 

「ッ~~こ、この小娘があッ! ちょっと優しくしてやれば図に乗りおってッ!!」

 

 吊り上がった口元から発される純度100%の煽り文句。

 強かに図星を突かれたことで赤座の恐怖心は見事に霧散。そこからの強烈な揺り戻しは、この日最高の怒りを彼にもたらした。

 

「いいでしょうッ! 今後部下として使い倒すためにも、ここらで一度分からせておくのも悪くない。iPS再生槽さえあれば、多少の傷も問題なかろうッ!」

 

 赤座が両手でバトルアックスを掲げ、身体中の魔力を注ぎ込んでいく。

 

「精々即死しないよう、気を付けることですねッ!!」

 

 溢れんばかりに注がれる魔力によって赤座の戦斧が明滅する。ただでさえ強力なCランク騎士の霊装が、さらに強く・凶悪になっていく。

 武器の硬さと鋭さをひたすら強化するという、どこまでも単純な、それゆえに防御の難しい一撃。

 攻撃力だけで言えば、すでにBランクにも匹敵する凄まじい威力。生身の人間が食らえばどうなるかなど今更言うまでもない。

 

「さあ、刹那さん。――――覚悟は、よろしいですね?」

「…………フン」

 

 しかし、刹那の顔に動揺の色はなかった。

 命の危機に瀕している中、どこまでもいつも通り、鷹揚に、尊大に、上から目線で言い放つ。

 

「……御託は……いい。……さっさと、来て――――この、チキン野郎」

「~~ッ、後悔しなさい!!」

 

 ――ドッッ!!!

 

 直後、赤座の姿が掻き消えた。

 高密度の魔力を用いた踏み込みは、人体に許された限界速度を容易に飛び越え、赤座の身体を音速の世界へと(いざな)う。

 リングがひび割れる音が聞こえるより早く、赤座は刹那の眼前へと肉薄した。

 

 影すらも置き去りにする突進。

 刹那の意識はなんとかその動きに追従していたが――絶望的なまでに速さが足りなかった。

 躱すことは愚か、武器を打ち合わせることすらできていない。

 全てがスローモーションに見える高速の世界の中。

 刹那はなんとか反撃を届かせようと右腕を伸ばすも、それが赤座へ到達するより早く……、

 振り下ろされた戦斧は容赦なく、躊躇なく……、

 

「これで終わりですッ!!」

「……ッ」

 

 

 ――グシャアッッ!!

 

 

 少女の肩口へ直撃したのだった。

 

「ッゴ……プ……ッ」

 

 悍ましい水音が響き、刹那の口から赤黒い血塊が溢れ出る。子どもの小さな身体へと、戦斧の厚い刃が深々と食い込んでいく。

 荒事に慣れている黒鉄の者たちですら、思わず目を逸らしてしまうような凄惨な光景。

 刹那は咄嗟に刀の鞘を掲げることで、なんとか両断される事態だけは防いだ――――が、それが今の彼女の精いっぱいだった。

 着弾と同時に解放された魔力は刹那の体内で激しく荒れ狂い、彼女の身体機能を次々に損傷させていく。魔力ゼロの生身でそれに抗う術はなく、やがて限界に達した少女の身体は、力なく宙を泳ぎ……、

 

 

 

 

 

 

「……グ、が……ッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

 

 

 

 

 

 ――『お、おおーっとオーー!? これはどうしたことだ!! 戦斧の一撃を受けた刹那選手ッ、ついにダウンを喫してしまいましたが、なんと正面の赤座選手も同時に倒れているッ!! 一体何が起こったんだああ!!?』

 

 

「か、かハッ!? ……な、なに……ッ……、ど……どう、して……ッ!」

 

 実況が驚きとともに叫ぶが、誰より混乱しているのは赤座本人であったろう。両膝をリングに着き、口の端から血を流しながら、訳も分からぬままに息を荒げている。

 

 魔力を練り上げた渾身の一撃は、確かに刹那の身体へ命中していた。

 彼女は左肩付近を深く切り裂かれ、間違いなく致命傷を負っていたはずだ。仮にあそこから悪足掻きで反撃したとしても、十分な威力が発揮できたはずがない。

 ……いや、そもそも刹那が万全だったとしても、すでに彼女の攻撃は赤座には通用しなくなっていたのだ。こうして彼が地に伏す状況など、この試合中に有り得るはずがなかった。

 

「ッ!? い、一体何をしたんだ、お前はアアッ!?」

 

 恐慌状態の赤座に対し、同じく膝を着いたままの刹那は薄く笑みを浮かべて答える。

 

「――第二秘剣・裂甲」

「な、なに……?」

「……一輝と一緒に……開発中の技……。……剣を使って放つ……いわゆる、“寸勁”ってヤツ……。……それをカウンターで……あなたの心臓に、直接打ち込んだの……。割と……効いた、でしょ?」

「なッ」

 

 

 ――『えー、ただ今先ほどのリプレイ映像を確認しております。赤座選手が斧を振り下ろした後の……ここ! ……うっぷ! す、少しばかりショッキングな光景ですので、皆さんご注意を……。……、えー、はい、確かに刹那選手が右手の刀でカウンターを打ち込んでいますね。シビアなタイミングにもかかわらず、ドンピシャリで心臓にクリーンヒット! 凄まじい技量です――――が、しかしこれは……』

 

 

 

「ゲホッ、ゴホッ! ――そ、そうです! 有り得ません!」

 

 戸惑い気味の実況に同調するように、赤座が声を張り上げる。

 

「仮にあのとき、あなたが捨て身の覚悟で反撃を成功させていたとしてッ、私の防御を突破するのは不可能だったはず! 外側だけでなく内臓にだって魔力は通っているんです、衝撃が届くわけがない!!」

「うん……そう。……悔しい、けど……今の私じゃ……あなたの、魔力は……貫けない」

「な、なら――ッ」

「……だから赤座さんには……思いきり頑張って、もらったんだよ……」

「は、ハア…?」

 

 言葉の意味が分からず、赤座の口から頓狂な声が出る。その表情からは微かに恐怖の感情が見え隠れしていた。

 

「……な、何を……何を言ってるんですか、あなたは……?」

「? 分から、ない? 単純な……話、だよ?」

 

 未だ血が流れ出る肩の傷をなぞりながら、刹那は続ける。

 

「……魔力が分厚くて……防御が、貫けないなら…………使い切ってもらえば……いいだけ、でしょ……?」

「ッ!?」

 

 ――魔力とは決して、おとぎ話に出てくる魔法の力ではない。いかに強固でも物理的な壁であることに変わりはなく、それ以上の力をぶつければ競り負けてしまうのが道理。

 

 試合開始直後、二人の間で交わされたこのやり取り……。

 あの場では“強度”についてのみの話だったが、当然、“持続性”についても同様のことは当てはまる。

 どれほど強固な壁であろうとも、所詮は一個人の有限の魔力から生み出されたものに過ぎない。リソースを他に割り振れば、当然その壁は薄く脆くなってしまう。

 

 赤座が刹那を攻撃し始めて10分以上。

 長々とペース配分もなく攻め続け、さらにはトドメのために大量の魔力を振り絞ったのだ。肉体の防御に使用できる残存魔力など、不足して然るべきであった。

 

「あ……あなたッ! そのために私の攻撃を受け続けたのですかッ!?」

「……ン。……即死、しないように……苦労した……」

「ま、まさか、あの挑発の類も……ッ」

「加減を、無くさせるために……、悪口……頑張ってみた……」

「あ、足が止まっていたように見えたのもッ!」

「攻撃を……連発して、もらえるよう…………動きを、止めてた。……うまく釣れて、良かった……。もうちょっとで……死ぬとこ、だったけど……フヘヘ」

「……あ、有り得ない……。……有り得ないッ!!」

 

 無意識の内に、赤座は後ずさっていた。

 目の前の得体の知れない生き物から、少しでも遠くへ離れようと……。

 

「あ、あなたッ、正気なんですかッ!?」

 

 ……当然の反応であった。

 魔力が切れるまで生身で伐刀者の攻撃を受け続けるなど……、そんなもの、『どうぞ殺してください』と言っているようなものだ。

 

 事実、刹那はこうして、目を覆わんばかりの重傷を負っている。

 直撃を受けた傷口は10cm以上肉を抉られており、後少しで心臓に達するほどに深い。防御に使った左腕は衝撃で半ば千切れかけ、今も断続的に血を噴き出し続けている。体内で荒れ狂った魔力は身体のそこかしこから皮膚を切り裂いて溢れ出し、もはや全身で朱くないところを探す方が難しい。

 先ほどまでの怪我など比べるべくもない。まさに死一歩手前の様相だった。

 

 ――にもかかわらず、刹那の顔には恐怖も緊張も全く浮かんでいない。

 致命傷を負い、あと幾ばくもなく死にそうに見える少女は、幼い顔に薄い笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がった。

 

「あ……。……でもこれじゃ……失血死、しちゃうね。――――フンッ!」

「ッ!?」

 

 そして刹那は、いまだ血を吹き続ける左肩に力強く右拳を叩き付けた。衝撃を受けた肩口は波打つように蠢くと、やがて収縮した筋肉によって傷口は完全に覆われてしまう。

 魔力も道具も使わない、強引にもほどがある止血方法。

 尋常でない痛みも感じているはずなのに、刹那はそれを微塵も見せることなく、それどころか、『これでもうしばらく戦える』と言わんばかりに喜色を浮かべる。

 その異常極まる行動に、赤座の身体は目に見えるほどに震え上がった。

 

「ッ……あ、あなたッ、頭おかしいんじゃないですか!? それだけの力があれば、いくらでも安全に、確実に、勝ち組として楽に生きられるのにッ! な、なぜこんな、進んで命を投げ出すような真似を!? い、一体何がしたいんですか、あなたはッ!!」

「?? ……おかしなこと……聞くね、赤座さん?」

 

 心底不思議そうに刹那は首を傾げる。

 

「……信念に、従って……命がけの戦いに、身を投じる……。勝敗の見えない、強敵と……力の限り、ぶつかり合う……。伐刀者として……これ以上ない……喜びじゃ、ないの?」

 

 それはまるで、誰かに伝え聞かせるようで……。

 

「……たとえその過程で……負けたとしても……それは、次に勝つための……大切な、財産……。AランクでもFランクでも……変わらない。……勝って、負けて……悔しくて、泣いて……それでもあきらめずに……また、立ち上がっていく。……そうしてずっと……一生、戦っていくの。……それが伐刀者っていう……生き物、でしょ……?」

 

 会場全体へ向け、謳うように語りかけ……。

 そして最後に刹那は、赤座へ穏やかに笑いかけたのだ。

 

「……だからね、赤座さん? ……試合が終わるまで、あと少し……、変わらず本気で……全力で、殺しに来てね? ……そうすれば私……もっと強く、愉しく、なれるからッ!」

「ッ……い、イカれてる……。全く理解できませんッ! そ、それで結局死んでしまったらどうするんですかッ!?」

 

 真っ当な人間として、当たり前の赤座の問い。

 対する刹那もまた、当然のように答えたのだった。

 

 

 

 

「――決まってる……。それこそ……本望、でしょ? ……クヒッ」

 

 

 

「ッ! こ、この狂人めがぁッ!!」

 

 嫌悪と怯えの入り混じった視線。

 幾度となく受けてきたそれを今さら気にすることなく、刹那は腰を落とし刃を構える。

 

「さあ……お喋りは、ここまで……。……決着、つけようか。――――赤座、さんッ!」

 

 ――ドッッ!!

 

「ヒッ……!」

 

 瞬間、刹那は駆け出していた。

 その動きのキレは、先ほどまでとまるで段違い。

 万全の状態……、いや、明らかに以前よりも速くなっていた。

 

 少女は本能的に理解する。

 ――なるほど、これが命の危機に際しての成長か。

 追い詰められ、血を流し、死の淵まで突き落とされたことで、何が何でも生き抜こうと、彼女の身体が次の段階(レベル)へと移行したのだ。

 

「……フフッ!」

 

 思いがけないレベルアップに刹那は嗤う。

 ――ああ、そうだ。人間死ぬ気になれば、どこまでだって強くなれるんだ。

 ランクや魔力なんて、強さのほんの一側面。決して絶対的な指標なんかじゃない。

 そのことを教えてやるためにも、自分はただの人間のまま、この男に勝ってみせる!

 

「……精々死なないようにッ……気を、付けて……!!」

「ッひ、ヒィイイイ!? 来るなッ! くるなあアアアーーッ!!」

 

 迫り来る“死”に恐慌をきたし、赤座は無我夢中で霊装を突き出した。残り少ない魔力を注ぎ込み、戦斧の先から大量の魔力弾を発射する。

 ……ますます防御が薄くなることは理解していた。しかしそれ以上に、あの化け物を自分に近づけたくない!

 その一心で繰り出された魔力弾のつるべ打ちは、Cランク騎士の名に恥じない凄まじい弾幕を形成する。

 

「クヒッ」

「ッ!」

 

 ――が、それも彼女の前では無駄。

 純粋な体術と速度のみで、刹那は襲い来る魔力弾のことごとくを躱していく。

 間違いなく魔力の類は使っていない。

 それなのに……当たらない!

 音速を超える弾幕を足捌きのみで掻い潜り、弾き飛ばし、見る見る内に赤座へ近付いていく!

 そして――

 

「――第四秘剣、蜃気狼ッ!!」

「そ、その技ッ!?」

 

 叫ぶと同時、刹那の身体が複数に分裂した。

 昨日の戦いで一輝が見せた足技――その完成版である。素早く細かいステップで残像を発生させ、相手を幻惑する高速歩法。

 その総数、実に10以上。本物と寸分違わぬ幻影が、上下左右から次々と赤座へ襲い掛かっていく。

 

「う、う゛あ゛あ゛あ゛あーーーッッ!!?」

 

 現実離れしたその光景を前に、ついに赤座は霊装を掻き抱き、完全防御の姿勢を取る。

 先ほどの刹那の一撃が効いたのか……、それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 鳩尾を中心に残りの魔力を掻き集め、全力で胴体部を守りにかかった。

 

 

 ――必然、()は全くのガラ空きとなる。

 

 

「ほら、ね。……あの子が積み上げたものは……無駄じゃ、なかった……」

「ッ!?」

 

 赤座の目の前……、彼の記憶にあるよりやや上の位置で、刹那が刀を引き絞っていた。

 慌てて赤座が霊装を引き上げようとするも、もう遅い。

 何より、魔力の移動が間に合わない。

 

「……あなたが見下した……弱者の“力”。…………その身で存分に、味わえッ!」

 

 霊装にも魔力にも守られていないガラ空きの頭部へ向け、全ての勢いを集約した一撃が狙い放たれる。

 

「第一秘剣――《犀撃》ーーーーッ!!」

「ゴ、ガァッッ!!?」

 

 神速の突きが人体の急所である喉元へと撃ち込まれた。

 全体重を乗せた一撃は、僅かに残った魔力防御など容易く打ち砕き、その下にある人体に着弾する。果物を磨り潰すような破砕音とともに、赤座の身体は天高くまで打ち上げられ――

 

 

 ――ドゴォオオオオオンッ!!

 

 

「……ゴッ……ハ……!」

 

 やがて重力に従い、硬いリングへ叩き付けられたのだった。

 

 

 

 ――『あ、赤座選手ダウウウウンッ!! 凄まじい一撃が入りました! 刹那選手、目にも止まらぬ突進からの全力の突き技! 赤座選手の身体が高く宙を舞いました! こ、これは大丈夫かッ、果たして意識はあるのかああッ!?』

 

 

 

「……ゲ、ゲフッ!? ……エふぉあッ! ……あ……あがぁッ」

 

 地に落ち、身体をくの字に丸めて痙攣する赤座。声を出して苦しんでいることから、まだ命も意識もあるのは間違いない。

 ――が、その有り様は決して“無事”とは言えなかった。

 “犀撃”を受けた喉元からは、両手で覆われた状態でも分かるほど大量の血が流れ出ていた。おそらく表面だけでなく、気道も潰れかかっているのだろう。苦しげに息を吐く度に、壊れた笛のような音が何度もか細く漏れている。

 寸勁のダメージに落下の衝撃も重なり、もはや満足に呼吸もできていない。放っておけば間違いなく、遠からず危険な状態に陥るだろう。

 

 

 ――カッ!!

 

「ヒッ……!?」

 

 その顔のすぐ傍に、刹那はヒビだらけの刀を勢いよく突き刺した。震えながら己を見上げる男を無表情のままジッと見下ろす。

 

「……さ、赤座さん……立って?」

「……ぇ、……ぁ?」

「……まだ……意識ある、でしょ? ……()()、やろう?」

「ッ! ……ァ……ぁ、あぁ……ッ」

 

 何かに気付き、赤座は腹這いのまま逃げようとする。

 しかし叶うはずもなく、刹那はその襟首を掴むとギリギリと吊り上げていく。

 

「ぅ……ぎ……ッ!」

「……試合時間……残り10分……。耐え抜けば……あなたの勝ち、だよ? ……見て? さっきのでまた……肩の傷、開いちゃった……。全身も、こんな血みどろ……。判定になれば、きっと……赤座さんの、勝ちだよ……?」

「ぅ、あぁ、あッ……た、助……け……ッ」

「どうした……の? 逃げ回れば……それで、勝ちなんだよ? ……ううん……その前に私……失血死、するかも……。それか……あと一撃でも、食らえば……その場で、死ぬかもしれない……。勝ち目はまだまだ……十分、あるよ?」

「……む、無……、もぅ、動け……、や、やめ……ッ」

「……大、丈夫……。どんなに、弱くたって……たとえ、死にかけてたって……、諦めない限り……チャンスは、あるから……。戦いに生きると、決めたなら……これくらい根性で……克服して、みせて……。あの子は何度も……見せて、くれたよ?」

 

 そして刹那は、最期に赤座と至近距離で目を合わせると、凄絶な笑みを浮かべ言い放ったのだ。

 

「さあ、頑張って……! 限界を超えて、赤座さん……ッ! 私も地獄の底まで……付き合って、あげるからッ!!」

「――――ッッ……こうッ…………ます!」

「ン? 何ッ? 聞こえない、よッ!」

 

 

 

 

「……ごッ……ごうざん゛!……ごう参、しまずッ! ……わ、わだじのッ……ま゛、まげですうううッッ!!」

 

 

 

 

 ――ドサリッ!

 

「……そっ……か。……残、念……」

 

 赤座の身体をリングに投げ落とすと、刹那は心から残念そうに呟いた。

 

 

 

 

 ――ビィイイイイーーーッ!! 勝者! 黒鉄刹那ッ!!

 

 

 同時に、無機質な機械音声が少女の勝利を高らかに告げる。

 

 

 

 

『し、試合終了オオオオーーッ!! 信じられない結果です! 刹那選手勝ちました! 全身血まみれの大怪我を意にも介さず、その身を犠牲に攻撃を耐え続け――――ついに! ついに八歳の少女がッ、魔力なしでCランク騎士を打ち破りましたーーーッ!!』

 

 

 

 

 ――この瞬間、『魔力を持たない只人が、高ランク騎士を打倒する』という、史上初の偉業が達成されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 対赤座戦、これにて決着です。いかがだったでしょうか?

 当初は『覚醒からの無双』という展開も考えていたのですが、やはりここは“人間のまま”勝ちたいなということで……、こんな感じの泥臭い、地味目の決着となりました。
 刹那の第二形態(?)を期待して下さった皆様、誠に申し訳ありません。
 弟に道を示すためには、魔力でなく人間としての強さを見せないといけませんからね。



 ……成人男子を素手でブっ飛ばせる幼女は“人間”じゃない?

 ダイエット目的で世界最強になった露出系痴女がいる世界だし、これくらい普通普通。





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