ただし、正直であることが最善の策である、とは限らない。
坊主頭にランニングシャツの素朴な男が泉のほとりでおにぎりを食べていました。
「ぼ、ぼくはツナマヨのおにぎりが、す、好きなんだなぁ」
ところが運悪く、おにぎりは泉へ転がり落ちてしまいました。
男がガッカリしていると突然泉の中から光り輝く女神が現れます。
「貴方が落としたのは、この金のおにぎりですか? 銀のおにぎりですか? それとも普通のおにぎりですか?」
「ぼ、ぼくは普通のお、おにぎりが食べたいんだなぁ」
男が言うと女神はにっこりとほほ笑んで言いました。
「正直な方ですね。このおにぎりを全て差し上げましょう」
男は女神から金のおにぎりと銀のおにぎり、そして普通のおにぎりを受け取りました。
女神が泉へ姿を消そうとする寸前、男は話しかけました。
「ちょ、ちょっと待って欲しいんだなぁ。あ、あの……お礼を」
女神が不思議そうな顔をしていると、男はリュックサックからスケッチブックを取り出し、何かを描き始めました。
「こ、これをあなたに、あげるんだなぁ。お、おにぎりをたくさん僕に恵んでくれて、あ、ありがとう」
女神は男から一枚の絵を受け取ります。
淡い色の色鉛筆で描かれた泉と女神の姿。後光が差し光り輝く女神のまなじりに、一滴の涙が描かれていました。
「これは……?」
「ぼ、僕はずっと旅をしてるからいろんなところへ、い、いけるんだなぁ。だからいろんな人に会って、いろんな絵を描けるんだなぁ」
男はまた、絵を描き始めます。海、街、朝焼け、夜の帳など。
男は泉の女神が知らない景色を、一心不乱に描いていきます。
「ぼ、僕の好きな風景を、たくさん描いたんだなぁ。これ、ぜ、全部あげるんだなぁ」
泉に向かって、男はスケッチブックから無造作に破ったいくつもの絵をばら撒きました。
「あなたは……どうして私にそこまで?」
女神は目を丸くして問いかけます。
「お、おにぎりを拾ってくれたお礼、なんだなぁ」
男はズボンをはたいて立ち上がりました。
「も、もうこんな時間なんだなぁ。そろそろ行かなくちゃ」
「待ってください」
星空がきれいな空を背に、女神は男を呼び止めます。
「いいものを、見せましょうか」
女神がそう微笑むと同時に、彼女の後ろから光と音が合唱を始める。花火大会が始まったようだ。
「あれは星ですね」
「うん! す、すごく、綺麗、なんだな!」
男と女神が会話を交わしながら花火を鑑賞していると、時の流れを忘れてしまいます。
仕掛花火があがった時は、字や絵の形が出来て居て美しくて面白いです。
いつの間にか花火大会も終盤に差し掛かっていて、大きな花火が連続して打ち上がっていました。
天に昇っては地面に向かって降り注ぐ鮮やかな光。
このまま時が止まってしまえばいいのにと願うも、フィナーレの花火は続々と打ち上がっていきます。
そして赤色の特大花火が打ち上がった時、耳元で女神の囁き声がしました。
「奇麗ですね」
花火の音が言葉を掻き消してしまうのは、きっと創作の物語の演出でしかないのかもしれません。
「そ、それって……」
「あ……、聞こえてましたか」
女神の照れ笑いを見ていると、男もつられて笑います。
「き、奇麗だから、書いたんだなぁ」
男はいつしか、花火の絵を描き上げていました。それも女神に渡しました。
「……ありがとうございます。あなたの気が向いたら、またここへ来てくれませんか。そしてその時は……新しい絵をどうか」
女神の頬が茜色に染まっていましたが、きっと花火が反射していたのでしょう。
男は静かに頷き、リュックサックを背負い、歩き出しました。
女神は後ろを振り返り花火の様子を眺めます。
最後を締める花火が次々と夜空に咲いていきます。会場から離れているからか、音は遅れて来ます。
咲いては消えていく光の花。
遠くから聞こえる破裂音。
それが、ちくりちくりと胸を突きます。
「……ニブチン」
そう呟いた女神はその絵を鍋敷きとして使いました。
その男が、絵描きとして名を轟かすのは、また別のお話。