廃工場より北1㎞地点、灯雁不動産ビル屋上。
夜の闇の中、二つの影がある。
「……」
一つは裸の上半身を黒い衣で包んだ長身の男────アーチャー。手には弓を持ち、禍々しい魔力の残滓を纏っている。
「アーチャー、手ごたえは?」
そのアーチャーへと話しかけるのは黒の礼服を来た中肉中背の男。アーチャーのマスターである。
「…間一髪で防がれたな、あれは。もう一射当たれば仕留めきれるとは思うが」
「ふむ、見たところ無理そうかな。完璧な奇襲だったはずだけど」
「神霊の子、神話の英雄とはああいうものだ。忌々しいが」
アーチャーはそう吐き捨てる。
「一先ずはセイバー、ランサーの真名が分かった分良しとしよう。
ライダーやアサシンに奇襲されても不味い。ここらが引き際かな」
追撃に矢を2,3度撃ち込むアーチャーへと礼服の男が撤退を指示する。
「引き時の見極めは狩りの基本だ。次は確実に仕留めるとしよう」
「ああ、狩りの続きはまたの機会に」
「だが、少し遅かったようだ」
アーチャーが口を開く。
瞬間、現れた騎士の白銀の槍が閃いた。
「ほう?」
「
礼服の男が後ろへ下がる。
アーチャーは弓で槍を受け止めていた。
「今のを防ぐか。やはり余程の英霊と見える」
「下馬もせずの不意打ちか?騎士らしくもない」
「今の私は
アーチャーの言葉にライダーは真剣な表情で返す。
二騎の英霊は、互いの攻撃の勢いを利用して距離を取る。
ライダーの乗る白馬がブルル、と鼻息を立てる。
「…独り、か」
礼服の男は独り言ちる。近くにマスターの姿はない。単独で襲撃してきたのだろう。
「成程、様子見に来たという事か」
「ああ、そして今のと先程のランサーへの一射で大体の実力の目測はついた」
「ほう?ではこのまま尻尾を巻いて逃げると?」
アーチャーが弓を引き絞る。
わざわざ目の前に現れた獲物を逃さぬよう。
「ああ、それが我が主の命だからな」
ライダーの身体が魔力の輝きを纏う。
すぐそばには姿なき気配。
(……獣?)
アーチャーからすれば嗅ぎ慣れた匂い。しかしそれでいて聖なる何かを纏うような気配が、ライダーのすぐ傍に控えている。
「悪いが、退かせてもらうぞアーチャー」
「狩人が獲物を逃すと思うたか?ライダー」
ぶつかり合う二騎の英霊。
そのすぐ傍で見守る礼服の男は、やれやれと頭を振って近くの影へと姿を隠した。
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廃工場内部
「ランサー!」
石動郁が叫ぶ。満身創痍のランサーの身体は、光の粒子となって姿を消していた。
「ランサーは…死んだ?」
『いや、霊体化しただけだ。あの状況では動くのもままならんだろうからな』
真宜に念話で話しかけながら廃工場に開けられた穴から追撃の矢を斬り落としつつセイバーが下りて来る。
石動郁の方を見れば、再び姿を現したランサーが彼女の横に座り込んでいた。
左手は千切れかけ、左わき腹には大きな穴が開いている。
「
あの異常なまでの筋力といい、やはり肉体に神霊の手が加わってると見ていいだろう。肉体だけならトップクラスの大英雄だ」
着地し、アーチャーの追撃を警戒しつつ真宜の前へ立ったセイバーが讃辞を口にする。
「ハッ、貴様のような騎士の王にそうも称賛されるとはな。
俺も捨てたものじゃないらしい」
口から血を垂らしつつも口角を上げるランサー。
「ランサー……すみません、私が枝乃真宜を早く仕留めていれば狙撃される隙なんて」
唇を噛み締める郁。自らの無力を恥じるように体を震わせていた。
「気にするなマスター。戦い方を選んだつもりはないが、奇襲のつもりが真っ向からの接近戦などとやつの得意に引きずり込まれたのはこちらの落ち度だ。
それに幸い霊核に損傷はない。いくらでも立て直せる」
「……分かりました。ここは退くとしましょう」
石動郁が立ち上がる。
「……セイバー」
「今は無理だマスミ。こちらも退くべきだろう」
「……そうね。アーチャーに後ろから撃たれるかもしれないし」
「そういうことだ…っと!」
セイバーの口から火が噴き出す。火は煙となり、工場内部を蔓延して二人の姿を覆い隠した。
煙の中をセイバーと真宜は進む。
ランサーとそのマスターも廃工場の奥へと姿を消していた。
「さて、どう逃げたものか」
「こういう工場なら大体地下の水道があると思う。だから……」
気配を消しつつ入り組んだ工場の中を奥へ奥へと進む。
そしてその末に、下水道へとつながる道へと辿り着く。
「取り敢えず、これをつたって逃げるとしようか」
「そうね。まあ少なくとも」
真宜はハァ、とため息をつく。
「今夜の宿は見つかったかもね」
かくして聖杯戦争の初戦を飾った両雄の戦いは幕を閉じた。
しかし、これはまだ戦いの始まりに過ぎない。この戦いを契機とし、様々な戦闘がこの街で繰り広げられるだろう。
その脅威が如何ほどのものかは、完膚なきまでに破壊され、ボロボロになった廃工場が物言わずとも告げていた。
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灯雁某所、神殿内部
暗い部屋の中、椅子にふんぞり返るように座った金髪の男が受話器を手にした。
白のスーツを身に纏い、宙の色のような青のマントを僅かに入り込んだ風が撫でる。
部屋の中に光源は一つ。男の前に浮かぶ天球儀が、四角いディスプレイのように映像を空中に浮かべていた。
「ハッ、これが伝説の英雄というヤツか。出鱈目じみたバケモノだな」
吐き捨てるように男は言う。
ディスプレイには、セイバーとランサーの戦いの一部始終が映されていた。
『あなたのその頭脳もそれに匹敵する怪物ですがね。キャスター』
「当然だ。最も、いかに私の頭脳と言えどあんなバケモノどもに襲われればどこまで通用するかはさっぱりだがな!
計算によれば5秒もたん。まあ、この私ですらそうなのだから他の俗物どもはそれ未満だが」
キャスターと呼ばれた男は尊大な態度で受話器の向こうにいる男────オーウェンルークへやけに自信たっぷりと語る。
「特にあのセイバーは最悪だ。こちらがどんな策、どんな大魔術を弄そうと、あの炎を一度食らえばすべて焼き消されるぞ?ごり押しの極みというやつだ。もはや笑うしかあるまい」
『笑い事ではありませんがね…
ところでキャスター、アーチャーの方は?』
「戯けが、そう焦るな。観測中だ」
オーウェンルークに対しキャスターが吐き捨てる。
そしてキャスターが映像を撫でたかと思うと、今度はアーチャーとライダーの戦いの様子が映し出された。
「あのアーチャーのマスター、相当なやり手らしい。まさか妨害でこの私が観測に手古摺るとはな。
もしやあいつが此度の聖杯戦争の首謀者やもしれぬぞ?」
『それほどの魔術師とは。これは注意する必要がありますね』
映像の向こうではアーチャーの矢によってライダーが追い詰められていた。
損傷こそないものの、矢の牽制と動きの見切りにより着実に動きの選択肢を封じられていくライダー。
「おおっと、これは早くも一騎脱落か?」
キャスターが笑う。
瞬間、ライダーの前方へと閃光を纏うような獣の影が舞い降りた。
獣が一声吠える。
強烈な閃光が飛び散り、それによって映像にノイズが走ったかと思えば、気が付けばライダーの姿は消えていた。
「……ほう?これは」
『ライダーの宝具、でしょうか』
「ああ、そして相当高位の幻想種だろうな」
幻想種。
伝説や神話にて時に英雄たちを助け、またある時は英雄たちの前に立ち塞がるように姿を現す、幻想の中にのみ生きる者。その在り方そのものが魔術を凌駕する神秘であり、その存在が一つの奇跡といってもいい。
キャスターの見立てによれば、先ほど目にした幻想種は千年単位で生きながらえている幻獣。幻想種の中でも高位といってもいいものであり、その中でも魔法と同格の神秘と言っていいだろう。
通常であればここまでの幻想種が地上に留まっていることはあり得ない。世界の裏側へと魂のみで移住し、とうにその肉体は石油にでもなっていることだろう。故にその影すら目の当たりにすることはないだろう。
しかし、英霊の宝具は時にその奇跡をも再現する。ライダーの宝具は、そこまでの幻想種を召喚し、使役する奇跡だという事だ。
「ハッ、こいつらを計算に入れねばならんとは、どうやら我らが主は余程貴様の悲願に試練をお与えくださるようだぞマスター!」
キャスターが笑う。
『まったく、そう簡単には勝ち上がらせてはくれませんよね…やれやれ』
オーウェンルークがため息交じりの声を漏らす。
『キャスター、一先ずは監視を続けてください。
「言われずともだ」
マスターの指示を受けてキャスターは電話を切る。
「さて、この聖杯戦争がどのような結末を辿るか」
闇の中、キャスターは一人笑みを浮かべる。
「面白い解となればいいがな」
遅くなりましたが第10話です。
セイバーとランサーの戦闘が終わり、一先ずサーヴァント達は散っていきます。
サーヴァント達はどれも個性豊か。書き分けをしっかりしつつ、丁寧に描写ができるようになりたいです。
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