色々と書き直していたこともあり、書き貯めしていたのはここまでなので、次回から更新が遅れます。
莫大な魔力の行使による疲労から膝をついた郁の目の前に現れたのは、褐色の青年だった。
筋骨隆々とした肩は召喚陣の残光に照らされ黄金に輝き、その均整の取れた美しき体を金色の装飾に彩られた黒い鎧と、緑色の意匠が象られた白衣で包み込んでいる。
風に揺られた短く黒い髪、同じく黒い瞳の双眸、そして実際の何倍もの巨体と見紛うほどの凄まじい威圧感の前に、郁は圧倒された。
瞬間、郁の手の甲に痛みが走る。
見れば、刻まれた令呪は円形を基本としたはっきりとした形へと姿を変えていた。
震える膝を制して立ち上がり、目の前に佇む
英霊召喚の奇跡は成され、アニムスフィアの報告が虚偽でないことは証明された。となれば、後はただ戦い抜くのみ。
「……全く、俺を呼びだすとは、これはまた奇特な魔術師がいたものだ」
オペラの歌手のように澄んだ、よく響く声がした。
それが彼女のサーヴァントの第一声。
威風堂々とした彼へ、見えない線のような何かが繋がるような感覚とその方向へ魔力が流れていく実感がある。
奇跡の契約はここに結ばれた。
この瞬間から、彼女の聖杯戦争は始まったのだ。
白銀と黒の鎧に身を包んだ騎士であるその
対象は目の前に立つ白い女。即ち彼のマスターである。
「お久しぶりですね、
そして当の女は、サーヴァントの浮かべた表情に対して親しみを込めた言葉を返す。
彼女の顔に浮かんだのは再会への喜びと、自らのサーヴァントの狼狽を楽しむかのような微笑。
それを見て、騎士はやれやれ、と頭を振る。
「────ああ、本当に久しい」
「あら、私はずっとずっと待っていたのですよ?」
「そうだったのか。それは済まなかった」
「いいえ、こうして会えただけで十分です」
「そうか」
そして、騎士は自らのマスターの手を取り、半月のような赤い紋章の浮かんだその甲に口づける。
「では改めて、サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上した。
此れより我が剣、我が槍はマスター、貴女とともにある」
「……気恥ずかしいですね、こういうのは」
主人のその言葉に、ライダーは苦笑する。
「それにしても不思議なものだ。私が
「ええ、全くです。最も、あの頃もそうたいしたものでもなかったとは思うのですが」
その言葉にライダーは苦笑し、女ははにかんだ。
「それにしてもライダー、か」
「最優のセイバーでお呼びできなかったのは残念です」
「いや、いい。
「彼、ですか…成程、これはまた懐かしい」
女が遠い昔を懐かしむ様に目を細める。
「……さて、
「…そうですね、本名で呼んではあなたの真名も露見してしまいますし」
サーヴァントは基本的に英霊の一部を切り取った枠組みであるクラスの名で呼ばれる。
これはその英霊の正体である真名が露見し、弱点やその手の内を知られないようにするための戦略である。
そしてそれと同様に、ライダーのマスターであるこの女は自らの名前すらその正体の露見につながると考えたのである。
通常ではあり得ない話ではあるが、この主従に限って言えばそれが十分考えられるものであった。
女は虚空を見つめ、僅かに思案する。
「では、ルーナと」
「────いい響きだ。貴女に実によく似合う」
ライダーの言葉に、ルーナと名乗った女は顔をほのかに赤くして、
「……まったく、敵いませんね」
と、諦めたように首を振った。
「ところでライダーさん、あなたの願いはやはり奥様との……?」
「……まあ、そんなところだ。最も、君が望むならば私情は捨てるが」
「心配いりませんよ、ライダーさん」
ライダーに対し、女は満面の笑みを浮かべる。
「私の願いもまた同じようなものですから」
九曜の前に姿を現したのは、白衣の女性だった。
人種は日本人。しかし顔色は青ざめ、目はうつろでひたすら何かを呟いている。
そしてその後、マスターと何の会話を行うこともなくその姿をかき消す。
「……やれやれ」
一見して異様な光景ではあったが、当の九曜からすれば計画通りといったところだ。
辺りの空気に充満するのは召喚の儀式によって溢れた膨大な魔力と、霊体化した英霊の気配。
そしてそのどちらとも違う、蛇の腹の中のような最悪の居心地とでも言うような最悪の感覚。
九曜の頬を冷たいものが縦に横切る。
胃の中の酸っぱい何かが喉までせりあがる。
深く息を吸う。吐いた息が凍り付く前に。
確信があった。このサーヴァントこそが彼にとっての最大の切り札であり、魔術としても飛び切りの異端であるという確信が。
「とんだ混ぜ物に仕上がったもんだ。
……だが、こうでもなきゃ勝ち抜けないんでな。悪く思えよ」
かくしてこの聖杯戦争における最大のイレギュラーが世界の中で道を外れた魔術使いによって生み出された。
このイレギュラーという波がどう聖杯を揺るがし、この戦いにどのような災厄をもたらすか。
……もしくは、どのような奇跡をもたらすか。
その答えは、今はまだ、誰も知らない。
────そして、その騎士は現れた。
真宜は思わず焼くような眼の痛みを忘れ、その騎士に見惚れていた。
自分がここまで惹きつけられるものがあることに驚くほどであった。
栗色の双眸が影の中から覗く。
身に纏う鎧は黄金。金髪の巻き毛とはまた違う輝きを放つ。
齢は二十を超えたほどだろうか。
我を忘れて呆然とする真宜へ、その英霊は凛とした声で告げる。
聖杯を求める他の英雄たちと同じように、それでいてどの英雄にも負けぬ堂々とした声色で。
「サーヴァント、セイバー。その呼び声に応じ推参した。
────問おう。貴女が俺を呼んだ
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「先程、セイバーの召喚を確認した」
暗がりの中。
薄い月の光だけが差し込む空間に、二つの影がある。
一つは先程声を発した中肉中背の男。礼服に身を纏い、手の甲には鳥の羽根を象ったような赤い紋様──令呪。
もう一つは背の高く、黒衣に身を包んだ鋭い眼光の男。
「これで六騎か。早いものだな」
「ああ、アーチャー。聖杯戦争の幕開けは近い」
アーチャーと呼ばれた鋭い眼光の男は肯く。
「五騎目の時は驚いたが、数を揃えるだけであれば不足はないと見える」
「……それは分からない。聖杯は未だ不安定なままだよ」
中肉中背の男が首を振る。
「成る程、7騎目がどうなるかは未知数、という事か」
「そうだね。分霊板の反応は注視する必要がありそうだ」
その時だった。
分霊板に最後の灯火が宿る。
しかしそれはこれまでのどの反応とも違うものだった。
「……噂をすれば影、だったかな」
聖杯は揺れる。
本来はあり得ざる術式によって歪んだ器は、呪を内包した召喚によって揺らぎ、傾き、そしてこれまたあり得ざる英霊を呼び出そうとしている。
「……どうする。マスター」
「一先ずは様子見かな。何が呼ばれたにせよ、我が悲願の成就には問題は無いはずだからね」
主人の言葉に弓兵は肯く。
そして二つの影は立ち上がる。
一つは歩いて扉を開けて空間から去り、一つは光の粒子となって空間に溶ける。
後には静寂だけが残っていた。
────そして、『彼女』のもとにソレは舞い降りた。
目の前にあるのは酷く虚ろな影。真っ当な人の形すら保てていない。
血に塗れたナイフを握り、腰を抜かした『彼女』は目の前の影をただ見上げる。
困惑する『彼女』へと、影は囁く。
『彼女』を運命へと駆り立てる言葉を。
「────分かり切った事だが、折角だし聞いておくとしよう」
「お前が、マスターか?」