交戦 ~剣と嵐
灯雁郊外にて。
『しかし、まさか決まった寝床がないとはな』
「悪かったわね」
中心部からだいぶ離れた寂れた町中。夕方に差し掛かった無人の路上でキャリーバッグを引きながら、真宜は霊体化したセイバーの言葉に口をとがらせる。
『別に悪いとは言っていない。俺もかつては何も考えずキャンプの用意もなしに飛び出して、あとで我が師にこっぴどく叱られたものさ。
それにしても、普段から君はそうなのか?マスミ』
「そうよ、寝床なんて身を隠せたらなんだっていいもの。私は魔術師じゃないんだし」
『成る程、拠点を転々とできるのは我々の強みだな』
真宜の言葉にセイバーは納得したようだ。心なしかうんうん、と相槌を打つ様子が目に浮かぶ。
セイバーを召喚した夜は一先ず教会の地下でそのまま休んだのだが、体力が回復次第神父によって追い出された。
セイバーは真宜をマスミと呼び、軽く崩れた口調で呼びかけるようになっていた。王様なのにそれでいいのかと真宜が聞けば、こういうものだと笑って答えた。
そして、そのまま適当に食事をとりつつ寝る場所を探して今に至る。
通常、魔術師は工房を構えてそこを拠点とする。
それはこうした魔術師同士の戦いでも同様で、どこかに臨時の工房を構えて利用することが多い。
魔術師によってはホテルの1フロアをまるまる借りてそこに大工房を築きあげる場合もあると聞く。
しかし、真宜は魔術師ではない。魔術を行使できるとはいえ根本的には代行者だ。
これまで転々としてきた魔術師のような異端との戦いでは野ざらしで仮眠をとることも多くあった。今回もそれで問題はない。
そう考えながら、一日間真宜たちは宿を探して郊外をさ迷い歩いていた。中心部に入ればセイバーが色々なことに興味を示して拠点探しの邪魔になるように思えたため、セイバーの好奇心発散の為にも一先ず落ち着ける場所を探す方を優先することにしたのだった。
しばらく歩き、巨大な廃墟の前で足を止める。そこには不況時代に廃業し、そのまま放棄された廃工場があった。
『ほう、なかなか大きな建物だな。かなり寂れてはいるが』
「ここなら、雨風は凌げるでしょ」
『やれやれ、豪気なものだ。流石は我がマスター』
「それ、褒めてる?」
『勿論だとも』
暗くなる前に廃工場へ身を隠す。
人の目のない夜は聖杯戦争の時間だ。
今はまだこちらから打って出るには情報が足らない。拠点を転々とするのだからあちらから所在地を見破られる心配は少ない。
廃工場を選んだのは気まぐれだが、今夜はここで一晩を過ごそう。
結論から言えば、これが甘かったのだと真宜は後で後悔することとなる。
廃工場の奥へ足を踏み込んだ真宜が真っ先に覚えたのは、何かが風を切る音だった。
「────ッ!」
続けて、ガキン、という音とともに音を超える速さで飛来した棒状の何かがセイバーの剣の一撃によって撃ち落とされた。
咄嗟に躱す動きはしていたものの、もしセイバーが止めていなければ今頃挽き肉にでもなっていたかもしれない。
「セイバー!」
「マスミ、俺の後ろへ!」
黄金の鎧の後ろへ姿を隠す。
「…罠を貼ってたようだな」
おそらく、襲撃者は町中の工房として使えそうな場所という場所を監視していたのだろう。魔術師同士の戦いに手慣れている。
「ごめん。ちょっと甘く見てた、かな」
真宜とて魔術師との戦いには慣れている。魔術師同士の戦いに割って入ることもあった。
しかし彼女はあくまで代行者である。魔術師同士が魔術師のために貼った罠は考慮できていなかった。
よくよく感知してみればこの工場、霊脈としては悪くはない。
考えが甘かったと言わざるを得ない。
「反省は後だマスミ。今はやつの対処を」
「分かった。気を付けてセイバー、あいつ多分かなり強い。筋力とか人間じゃないみたい」
セイバーが飛来した武器を落とす時、真宜は飛来した方向に影が一つ見えた。
おそらくはそれが襲撃者であるサーヴァント。
一瞬しか見えなかったが、それでもその影が出鱈目な能力を備えた英霊であることは理解できた。
マスターはサーヴァントを一目見ればそのステータスを確認できる。
表示のされ方はマスターが最も分かりやすい方法でされる。真宜の場合は6つの焔として目に映った。
例えばセイバーの場合、魔力以外を示す焔は強く燃え、その魔力も普通程度の勢いはある。そして強く燃えている中でも動きの敏捷性やその宝具の強力さを示す焔は一際強く燃え、力強さを示す焔は色が他と異なり、時折それを上回る勢いで燃えることを示していた。
これは、セイバーが彼女の思った通りの大英雄であったことを示している。
しかし今さっき見えた影はそれ以上のもの。すべての焔が強く燃え盛り、中でも頑強さは激しく燃え盛り、力強さに至っては規格外の業火。ランクで言えば
スキルによるものか宝具によるものか、おそらくは身体に神の手が入った神話の英雄。その中でも飛び切りのもの。
こと怪力で言えば彼に勝る者はないだろう。
「……神話の英雄、無双の剛力。相手にとって不足はない」
セイバーの頬に汗が流れる。
つかの間の静寂が訪れた。
気を張り巡らし、いつどこから襲い来るか知れぬ攻撃に備える。
そしてそのまま十数秒が経過して、
「────そこっ!」
風を切って再び飛来した鉄の棒をセイバーが手に持った黄金の剣でそのままそっくり弾き返す。
瞬間、セイバーが跳ぶ。目にもとまらぬ速さで襲撃者へと襲い掛かった。
(…遅い!)
襲撃者の影は弾き返された鉄棒を躱し、一瞬のみだが動きを止めていた。
だが、その一瞬をついてこそ
回避の遅れた襲撃者の心の臓へ、黄金の剣の切っ先を、力の限り突き付ける。
だが
「……ッ!やるじゃないか」
(逸れた⁉)
確かに心臓を貫くはずだった剣先は胸元へ到着する直前で逸れ、鎧に受け流されてその二の腕の内側に切り傷を作ったに過ぎなかった。
想定外の事態に驚きながら、刀身を捉えられる前に距離を取る。
「……風の鎧、か」
「理解が早いな。流石は最優のセイバーといったところか」
襲撃者は黒髪と褐色の肌の男だった。
筋骨隆々とした肉体を、金と黒の鎧と緑の意匠の入った白い衣で包んでいる。そしてさらにその上から体を覆う様に凝縮された風を身に纏っている。
先程の一撃は、この風の鎧によって逸らされたのだろう。
それだけでも脅威なのだが、この男にはさらに特異な点があった。
白い手袋を纏った右手が持つ、男の獲物である。
それは、真っ白な棒の先に丸い板が二つ、その根元に細長い四角の板が一つ取り付けられ、そこにそれぞれ40、斜線、矢印が刻まれた────道路標識、と呼ばれるものであった。
威風堂々とした肉体を誇る神話の英雄、そしてその英雄が獲物のように構える道路標識。
一見して非常にアンバランスであり、絵面としては間抜けに映る。
だが、セイバーにはそれを笑う余裕はない。
先程の二撃でセイバーはこの男の持つ凄まじい怪力を実感した。恐らくあれで様子見程度の威力を抑えた攻撃だったのだろう。
その怪力で振るえば、なんであろうと必殺の一撃へと変わる。たとえサーヴァントだろうとまともに食らえば死に至る。
問題は道路標識がその怪力に耐えられるかであるが、恐らくはこの英霊のスキルか宝具により耐える程度の耐久力を付与されているのだろう。
何しろ、先ほどの投擲攻撃も投げていたのは変哲のない鉄パイプだった。それが魔力を纏っていたとはいえセイバーでも弾き返して攻撃に転用できるほどの強度を誇っていたのはまず間違いなくこの英霊の能力によるものだ。
おそらく、セイバーの眼前に佇む男は、有り合わせのものを武器として活躍した逸話を持つ怪力の英霊。
スキルも宝具もその英霊が持つ逸話や伝説、その在り方が昇華されたものである。
宝具とは英霊を象徴する物質化した
一騎のサーヴァントが原則一つ持つ生前築きあげた伝説が形となったもので、使えば正体の露見する切り札でもある。英霊が生前所持した伝説のアイテムが宝具となる場合が多い。
対するスキルはサーヴァントが有する技能であり、サーヴァントの特徴を表すもの。
英霊個人の逸話に由来する保有スキルとクラスという枠に則って割り振られたクラススキルがあり、保有スキルは英霊の数ほど存在するといってもいい。
この英霊の場合は、逸話が保有スキルか宝具へ昇華され、どんなものでもその英霊の武器となる能力を得たのだろう。
「それがお前の
「…名乗った覚えはないが」
セイバーの言葉に、ランサーと呼ばれた男は驚きの表情を浮かべる。
「その剛力と獲物でアサシンやキャスターは無理がある。見たところアーチャーやライダーという柄でもない。そしてバーサーカーにしては理性的…となれば、後はランサーしかあり得まい」
「確かにそうか」
ランサーが手の持つ獲物をセイバーへ向ける。
道路標識は風を纏い、必殺の武器と化していた。
「その通り。そしてこれがお前を叩き切る必殺の
「何であれ手に取れば獲物というわけか。恐ろしいな」
「そういうことだ」
セイバーも剣を構える。
互いに常人では気絶するほどの殺意を向けあい、じりじりと間合を測りながら相対する。
そしてその緊張がピークを迎えた瞬間。
「そこっ!」
「ハッ!」
黄金の剣と風を纏う槍が衝突した。
7話です。
昨日の晩にTRPGのシナリオを1つ書き上げた勢いでついつい筆が走って思った以上に早めに仕上がりました。
さて本編ですが、セイバーが早速交戦しました。ランサーも登場しましたね。
戦闘描写は稚拙なものですが、これから腕を磨いていきたいと考えています。
感想や批評、質問があれば是非ともお願い致します。