エペル×監督生
むかしむかし、と言うほど昔ではないけれど、あるところに、寮長にエレガントさを身に着けよと命じられ、ミルフィーユを美しく食べようとしていたエペル・フェルミエがおりました。
見かねた監督生が「こうするといいよ」と言って近づいたことをきっかけに、人目につかないところで“挨拶”という名のキスを交わす仲になりましたとさ。
「エペル――!!!」
元の世界に戻る方法がわかり、真っ先に向かったのはエペルの元だった。
彼は中庭のベンチに佇んでいた。
瞬間にごうっと風が吹いて、木から花びらが勢いよくひらめいた。柔らかな日差しを受けて、きらきらと光の雨が降り注いでいるように見える。
水色に透けたエペルの瞳が、監督生を捉えた。
「あの、あのね、エペル」
「帰れるみたいだね」
息も絶え絶えで、うまく声にならない。言葉が紡げない。せめて魔法が使えたなら、何か彼に自分の想いを伝える術があるのに。
「それは、そうなんだけど」
そうじゃない、聞いてほしい言葉は、君を想うこの気持ちなんだ。
「よかったね、これでお別れだ」
そう言ってエペルは、監督生との距離を詰めた。そしていつものように、そっと顎に手を添えて、唇を重ねる。
「お別れの挨拶、かな」
「エペル、そうじゃなくて――!」
監督生はエペルが伸ばした腕を両手で掴んだ。その儚げな外見からは想像がつかないくらい、引き締まった筋肉質を感じる。やっぱり男の子なんだなあと、ふと意識する。すると、驚いたように見開かれていたエペルの瞳が、ふわりと弧を描いた。
「おめは相変わらず変わってんなぁ。林檎みでぐ赤ぐなって」
ふっと息を漏らした彼の声に、何故かぐっと胸が締め付けられる。
もう二度と、
この声と、この表情と、
会えなくなると思うと。
無理だった。
「帰らない。元の世界には、帰らない。」
「えっ?」
「エペルのいない世界に帰ったって、意味ない」
監督生の手の震えに気づいたエペルは、その手に自分の手を重ねた。
「本当に、それでいいの?」
黙って頷く監督生。
「後悔しない?」
再び頷く。
「じゃあ、俺とここで、ずっと一緒にいてくれる?」
監督生の目からはボロボロと大粒の涙が零れていた。その言葉を聞いて何度も頷き、
「ずっとエペルと一緒にいたい……!」
と、声を絞り出した。
どちらからともなく抱き締め合う。
ずっと想い合っていたのに、素直になれず、言葉にできなかった。キスで縛り付けて、それ以上に踏み込むことを恐れた。少し順番を間違えてしまったけど、これからは――
「好きだよ。初めて言葉を交わした時から、君のことが、ずっと。」
エペルは監督生の髪に頬を寄せ、頭を撫でながらそう呟いた。
* * *
それからどれほどの時が経ったのか、とある世界で、漫画や小説のなかの空想上の人物とされる魔法士は、現実に存在したとされる文献が見つかった。
豊作村という、現在では存在しない村に、妻とされる女性と暮らしていたという。
その名は、エペル・フェルミエ。
名門の魔法士学校を卒業した後、彼らは末永く幸福に暮らし続けたとさ。
めでたし、めでたし。