自分よりも年下の子がすごいことやってると猛烈な嫉妬心を抱くよね。
今日の練習は休みだったのだが、2試合分の経験値がない私達は休暇返上で練習に励んでいた。
機関銃手兼通信手に入ってもらう予定の子がまだいないが、必要なのはチームプレー等の連携が必要な場面なので、そもそもの腕を鍛えるのにあまり関係はない。
まずは戦車を動かすのに必須な操縦手、颯にコメットに慣れてもらうことから始める。
颯はコメットの装甲をよじ登り、操縦席に入っていった。
私も車長席に座り、上から颯を見下ろす。
「そこにマニュアルがあるはずだけど」
「いーや、こういうのは体で覚えるほうが早い」
「えぇ……」
そう言って颯はマニュアルには一切目もくれず、手さぐりで計器やボタン、レバーの位置を確認し始めた。
いろんな乗り物を操縦してきた経験からだろうか?
そのあたり、私は良く分からない。ただ、体にしみこませるのが結果的に一番早くなることは理解できる。
よく見ると、昨日見た颯の耳で揺れていた銀色のピアスが無くなり、代わりにゴーグルと革の手袋をはめていた。彼女なりの真剣にやるという意思表示、もしくは自分にスイッチを入れるルーティンなのだろう。
10分ほど周囲を触りまくっていた颯は手を引っ込め、
「よし。大体わかった。視界は狭いけど……ミッションと似た感じかな?なら簡単だ」
と言ってイグニッションを入れた。
搭載された600馬力のロールスロイス・ミーティアMk.III 12気筒ガソリンエンジンがうなりを上げる。慣れた振動がお尻から伝わって、私は少し懐かしい安心感を覚えた。
私が転校してからも整備されていたようで、颯は滑らかにシフトレバーを操作する。
「いいねぇ……」
「どうかした?」
「いや、この子、とても愛されてたみたいだぜ。素直ないい子だ」
「なら……車長みょうりに尽きるかな」
私は頬が熱くなるのを感じながら、指でポリポリと掻いた。
そこから非常に慣れた手つきでコメットを発進させた颯に任せ、適当に動かしてもらう。まずは戦車に慣れてもらうのが大事だ。
前進、右旋回、左旋回、後退、自由に走ってもらう。
これまた20分ほど動かしてもらうと、段々と手慣れてきたのか操作の一つ一つが早くなっている。
そろそろ砲撃の練習もしなくてはならないため、戦車を動かすのをやめてもらった。
「次、砲撃の練習するから、そろそろね」
「了解だ」
短く返事をした後、ピタリと射撃練習場に停車した。
これだけで戦車乗りとして標準点をクリアしている。
颯は左右にあるブレーキレバーから手を離し、ググっと背伸びをした。そして肩をくるくると回しながら、
「ハンドルかレバーかの違いだな。回転させるか引くかの違いだけでやってることは変わらん」
「一応履帯が外れた時用にハンドルも用意してある」
「ああ、真ん中の穴はそれか」
「そ。本来は出来ないんだけど、改造したからね。出来るようになった」
本来のクリスティー式サスペンションを使ったイギリス戦車はレバーでの走行しか出来ないようになっているのだが、私のコメットはハンドルでも走行できるように改造している。
履帯装着時はレバーで、非装着時はハンドルで操作するのがクリスティー式サスペンションの特徴なのだが、履帯が片方だけ外れた時は走行できなくなるというのが欠点だった。
そこで私は履帯を修理するよりも、もう片方の履帯を外した方が早いと考えてどちらでもできるように改造してもらったのだ。
「へぇ、いいじゃん。そう言う改造車とか好きだよ、アタシ」
颯は満足げに笑うと、ポケットから棒付きの飴を取り出して包装を剥がし、口にくわえた。
次は砲撃の練習だ。
「じゃあ、行きますよ!林檎先輩!」
「おっ下ろしてくださいぃ~」
砲手である林檎と、何故か彼女を小脇に抱えた装填手の暁が装甲をよじ登ってそれぞれの場所に座った。
やっと下ろしてもらえてホッとしたのか、林檎がへにゃあっと力なく項垂れている。
「大丈夫?」
「いっいいえ!やっやることはしっかりやります!」
私が声をかけると跳ねるように背筋を整える。そして砲塔旋回用ペダルに足を添え、照準器を覗いて撃発レバーを握った。
林檎がしっかりと構えられたのを確認した後、私は暁の方を向いた。
「で、暁は何でさっきまで林檎を抱えてたの」
「林檎先輩って猫みたいなので、つい」
「ついじゃない。それに林檎が猫なら暁は犬だ」
「ワン!」
「吠えんでよろしい。で、練習したんだろ?砲弾装填」
「はい!」
暁は慣れた手つきで砲弾を装填する。
それなりに重い砲弾なのに、重さを感じられなかった。見込んだ通り、かなりのパワーがある。
一日しか練習には参加していないが、初心者故に色眼鏡なしに技術を吸収できたのだろう。
砲弾の装填が完了し、私は再び林檎の方を向いた。
「砲弾の装填が完了したから、今度は撃ってみようか。最初は停車したまま、あそこにある的を狙って打ってみよう」
「はっはい!」
「まずはベンチレーターのスイッチを入れて」
「こっこれですね」
「よし。じゃ、好きなタイミングでどうぞ」
停車はしているが、エンジンはかかったままだ。
この状態で、どれだけ狙えるか……。
私は砲塔から体を出し、目視で確認する。
かちりというトリガーを引いた音が聞こえてくると、すぐに砲弾が発射された。やはりと言うか、砲弾は的の手前に着弾している。
私は体を引っ込め、おたおたと慌てている林檎に声をかけた。
「どうだ、凄い音だろ?」
「はっはい!でっでも、外したことの方がショックです……」
音よりも外したことがショックか。
なるほど、凄い集中力があるとみた。手前に着弾したとはいえ、砲身の角度は少し上に、重力による弾の弾道の変化も考慮されている。しかも、そこまでの動きが初心者とは思えないほど速かった。
ただまあ、流石に弓と戦車とじゃ勝手が違うか。
「弓道をやっているからか、砲身が若干上を向いている」
「はっはい、弾は重力で曲がるので……」
「おしいな。次はシュトリヒ計算を考慮してやってみようか」
「シュトリヒ計算……ですか?」
「そう。照準の中に三角形があるだろ?真ん中の大きいのが高さと幅が4シュトリヒの三角。横の線は2シュトリヒ。それぞれの空きは1シュトリヒある。で、1シュトリヒの角度が、1000メートル離れると1メートルになる」
「は、はい?」
林檎は頭がこんがらがっているようだが、確か林檎は物理が得意のはずだ。公式さえ教えればある程度は出来るようになるだろう。
視界の端では暁が黙々と次弾を装填している。
「要は距離=対象の大きさ÷シュトリヒ×1000だ。これをレンジに合わせて……」
「あ、真ん中の三角が下がりました」
「なら、その分砲身を上げる」
「はい」
林檎からどもりが無くなった。
集中すると冷静になって余分な焦りが消えるのだろう。こうしてみると、弓道部で『孤高のエース』と呼ばれたのも納得できる。
彼女の集中は自分の内から余計なものをそぎ落としているように見えた。恐らく彼女の頭の中にはシュトリヒ計算の公式と狙ってトリガーを引くことしかないだろう。
これじゃあ猫ではなく、狩りのために身を顰める肉食獣だ。
「少し待って」
再び私は砲塔から身を乗り出し、
「いいよ~」
合図を送ると再び砲弾が発射された。
今度は的に命中したが、横に50センチずれている。するとゆっくりと砲塔が回転し、止まった。
再び発射され、今度こそど真ん中に命中する。
「さっきみたいに照準器は少しずれてるから、それを考慮してね」
「分かりました。ふぅ~……」
「休んでる暇はないぞ。今度は戦車を横に向ける。颯」
「あいよ」
ゆっくりと颯がレバーを操作し、車体を横に向けた。
大きな動きはなく、なめらかに車体が横を向いた。
「じゃ、どうぞ」
「はい」
再び発射体勢を整え、今度はもっと早く的を捉えて発射。砲弾はど真ん中を撃ち抜いた。
「次は動きながら!」
「はい!」
行進間射撃だ。高等テクニックで、強豪になれば必須のテクニックだ。
私の乗員ならば、これぐらいできてほしい。
初心者に高望みは禁物だが、やっておくだけやっておこう。
すると、これまた的のど真ん中に命中した。
流石にこれには舌を巻くしかない。
「すっごい。これ、結構な高等テクニックだぞ?!」
「いえ、馬よりも揺れないし、的が大きいので。矢が落ちる可能性がない分、こっちの方が簡単です」
「はぁー」
照準器を覗いたまま、林檎は何でもないように答えた。
集中状態に入っていると、少しぶっきらぼうになるらしい。戦車道をやっていると、こういった仲間の知らない面を知れるのもいい。
しかし、馬に乗りながらというと、流鏑馬という奴だろうか?
確かに林檎の感覚からすればそうだろうが、凄いとしか言いようがない。というかWW2の戦車ではほぼ不可能なのをやってのけている。
試合ではどうなるか分からないが、練習でできないものが実戦でできるわけないので、この結果がわかっただけでも十二分だ。
なら、後は狙う場所だ。
「戦車を撃つときは可能なら側面を狙う。とはいってもこれは状況次第で、常に側面が取れるとは限らない。正面から狙うなら砲塔下部。ここが一番弱い。次は車体。これが無難な撃ち方」
「正面に撃てばいいという訳ではないんですね」
「そういう事。正面は一番硬いからね。出来るだけ狙っちゃ駄目。あと、榴弾を撃つときは、相手戦車の手前に撃つこと。そうすれば地雷みたいにできる」
「地雷……」
「で、ものによってはそれでも撃破できないから、斜面を利用して厚みを薄くするか、接合部を狙う」
「分かりました」
「あとは偏差射撃だけど……流石にこれは相手がいないとね。今日はここまでにしようか」
すでに夕日が空を照らしている。
私は颯に命じてコメットを車庫入れし、今日の練習を終了した。
しかしながら、全員初心者のはずなのに教えることが林檎のシュトリヒ計算ぐらいで何と言うか……別に今日休んじゃってもよかったような気がしないでもない。
いや、そんなことはないか。
「今日はここまで。明日からは普通にチームで練習するからね」
「あいよ~」
「きっ緊張します!」
「大丈夫ですよ。みんないい人ですから!」
「だっ抱き着かないでくださいよぉ!りっリクさぁん!助けてくださぁぁい!」
「ふははは!」
「何?!速さで負けるわけにはいかんのでなぁ!」
操縦席から降りた颯は後ろ手に手を振って、暁は林檎を戦車に乗るときのように抱えて帰っていった。暁がとてつもない速度で走りながら消えていく。その後を颯が追いかけ、追い抜いて行った。
林檎が暁の拘束を解こうとじたばたと暴れているが、まったく振りほどけていない。
うちのメンバーはキャラが濃い。私が一番薄いまである。
「あはは……。ん?メールだ」
携帯を確認すると、メールが1通届いていた。如何やら明日通信手を連れてきてくれるらしい。
携帯を閉じてポケットに入れ、ググっと背伸びした。オイルの匂いが鼻孔をくすぐる。
「ふう……私も帰るか」
一息ついてから、車庫の中に置いてあったリュックを背負った。
どんな子が来るのか楽しみだ。
そろそろサンダース戦ですね。