北の海。流氷の漂う冷たい海を航行しているプラウダ高校の学園艦に私、ダージリンは招待されていた。
今はプラウダの戦車道部の隊長であるカチューシャと向かい合い、広々とした応接室でロシアンティーを頂いている。前にも頂いたことがあるが、カチューシャを支える副隊長、ノンナの淹れるロシアンティーは絶品だ。……久しぶりにディンブラの紅茶が飲みたくなったわ。彼女とノンナ、どちらがお茶を入れるのが上手いのだろう? 少し気になる。
そんなことを考えていると、お茶請けの焼き菓子とロシアンティー用のジャムを用意したノンナがそれらを銀のトレーに乗せ、こちらにやって来た。
「準決勝は残念でしたね……」
「去年カチューシャが勝ったところに負けるなんて」
「勝負は時の運というでしょう?」
「どうぞ」
「ありがとう、ノンナ」
「いいえ」
ノンナが紅茶の横にジャムを置いた。
しかし、カチューシャの煽りを返したはいいものの、実のところ自分でもかなり気にしている。ディンブラが抜けた穴というのは意外に大きかったのだろうか? 一応はチームによる戦い方が出来るとはいえ、基本的に彼女は単騎での運用が最適だ。だから、私は彼女を最初から戦略という囲いに入れることはせず、かなり自由にさせていた。となると、もっとチーム戦略を考える必要がありそうね。
……でもそうなると、前のサンダースとの一回戦、そしてその次のアンツィオとの二回戦も、ディンブラの動きはおかしかった。初心者チームというのを加味したとしても、彼女の動きはどこか重い……いえ、まるで別人のように弱くなっていた。サンダース戦で見せたアレが最も分かりやすいところだろう。ペコは感嘆していたが、私達のところに居た時の彼女ならば一撃で沈めていたところを、二射した上に一撃をもらっている。
何かあったのだろうか……そう考えながら、スプーンでジャムを掬い、紅茶に入れようとすると、
「違うの!」
カチューシャに止められてしまった。そういえば、前に頂いたときも同じことをしてしまった気がする。考え事をしていたとはいえ、二度も同じ失敗をしてしまったのはあまりよろしくない。
「ジャムは中に入れるんじゃないの。舐めながら、紅茶を飲むのよ」
そう言って彼女はスプーンで掬ったジャムを舐め、紅茶を飲んだ。舐めるのが下手なのか、それとも口が小さいのか、口元にジャムがついている。ノンナは自分の口元を指さし、
「付いてますよ」
「余計なこと言わないで!」
「Пиложная Кальтосикаをどうぞ。Пекинも」
ノンナの作ったお茶請けの焼き菓子はどれもおいしそうだ。ロシアンティーはなんかもう面倒になったので、普通に紅茶として頂くことにする。
そうだわ、あのことを知っているかは分からないけれど、一応忠告しておくとしましょう。
「次は準決勝なのに、余裕ですわね? 練習しなくていいんですの?」
「燃料がもったいないわ」
この返しで確信した。如何やらカチューシャはあのことを知らないらしい。
「相手は聞いたこともない弱小校だもの」
彼女は両手を横に広げ、肩をすくめるジェスチャーをした。勝ちを確信した、余裕の表情だ。もっとも、去年の優勝校であり、決勝戦常連校だ。その余裕も無理はない。
「でも、隊長は家元の娘よ? それも西住流の」
「えっ!? そんな大事なことを何故先に言わないの!?」
「何度も言ってます」
「聞いてないわよ!」
カチューシャがノンナに怒っている。しかしその内容はノンナが何度も伝えていたらしい。彼女は子供のように怒りっぽいが、同時にプラウダを率いるカリスマ性を持ち合わせているのだから不思議だ。
少し面白かったので、一つ種明かしだ。
「ただし、妹の方だけれど」
「え? なんだ……」
あからさまにほっとしている。
「黒森峰から転校してきて、無名の学校をここまで引っ張ってきたの」
「そんなことを言いにわざわざ来たの? ダージリン」
「まさか。美味しい紅茶を飲みに来たのと……美味しい茶葉を届けに来ただけですわ」
私はポケットの中から小さい茶葉の入った缶詰を取り出し、テーブルの上に置いた。カチューシャは身を乗り出し、英語で茶葉の名前が書かれた缶詰をまじまじと眺めている。
茶葉の名前とその意図に気づいたのだろう。ノンナがはっとした後、ニヤリと口角を上げた。
「何よ、これ」
「なるほど、そういう事ですか」
「どういう事よノンナ!」
「これはディンブラという茶葉です。それを今ここで出してきたという事は……」
「まさかとは思うけど、あの子がいるの!?」
カチューシャが顔を青くしてこちらを向いている。みほさんのことはともかく、ディンブラのことは非常に警戒しているらしい。もっとも、彼女は何度かプラウダとの試合で大暴れしてるから当然だけれど。
「ええ、そのまさかよ」
「ノンナ!」
「はい、今すぐ招集し、練習開始ですね」
「悪いけどダージリン! お茶会はここまでよ!」
「お見送りできず、申し訳ございません」
「いえいえ」
と言って飛び出して行った。
ノンナは一度こちらにペコリと一礼してからカチューシャの後をついて行った。
○○○
四号は長砲身に換装し、ルノーB1には風紀委員が搭乗することに決まった。麻子とみどり子が言い合っている。この場合みどり子が麻子に教えを乞う立場なのだが、何故かみどり子の方が偉そうだ。
そしてルノーがカモに似ているから……という安直な理由で、風紀委員たちはカモさんチームに決まったらしい。
「次はいよいよ準決勝! 相手は去年の優勝校、プラウダ高校だ! 絶対に勝つぞ! 負けたら終わりなんだからな!」
「どうしてですか?」
「負けても次があるじゃないですか」
「相手は去年の優勝校だし」
「そうそう、胸を借りるつもりで……」
「それでは駄目なんだ!」
桃がいきなり怒鳴った。
私としても、初心者だらけのこのメンバーでここまで来ただけでも十分凄いと思うのだが、如何やら彼女はお気に召さないらしい。彼女だけじゃなく、生徒会全員がそうだ。というか、何かを隠している。……私が言えたことじゃないんだけれど。ポケットの懐中時計をぎゅっと握った。
その怒声で空気がしいんと静まり返る。
そして、杏がこぼした。
「勝たなきゃダメなんだよね……」
「西住、指揮」
「あ、はい! では、練習開始します!」
そろって返事をし、戦車に乗り込もうとしていると、
「西住ちゃん、黒畑ちゃん。あとで、大事な話があるから生徒会室に来て」
「?」
「何だろうね……?」
私達は顔を向かい合わせ、首をひねった。
次は鬼滅か呪術かハリポタか