結局、私以外の二人が揃って言い方は悪いだろうが敵に回ってしまったみほは、帰り道でずっと肩を落としながらフラフラと歩いていた。いや、帰る方向が同じな私が引っ張っていかなければずっと立ち尽くしていただろう。
何か言葉をかけようにも何も思いつかず、ただただ黙って家路につくだけだった。
私はみほをしっかりと寮室に送り届け、
「じゃ、気が進まないだろうけど、また明日」
「……」
「ちゃんと夜ご飯食べて、よく寝るんだよ?」
「……うん」
そう、みほはか細く応え、ゆっくりと鍵を開けてとぼとぼと入っていった。
私はちゃんと閉じるのを確認してからため息をつき、自分の寮室の鍵を開けて中に入る。
そしてベッドにリュックを放り投げ、電気をつけてそのまま端に座って倒れた。左手を伸ばし、天井の照明を隠すように視線に重ねる。
(彼女、不器用そうだからなぁ。プラスとマイナスなら、マイナスの方を優先しちゃうんだろうな……)
内心そう思いながら、腕を頭上にとさりと落とす。
寝転がったまま目線を上に向けると、枕元に置いてあるクマのぬいぐるみ、『ボコられグマのボコ』が目に入った。
私は微笑みを浮かべながらボコの頭を鷲掴みにし、わきの下に手を通すようにして正面にまで持ってくる。
懐かしい。
私の高校入学祝いに妹がプレゼントしてくれたものだ。あまり見目はよろしくないが、妹が一生懸命に手作りした世界で一つだけのボコ。
私はあの子と距離を取りたかったが、どうしてもと言うので渋々持ってきてしまった。
その時のことを思い出して微笑みが苦笑いに変わる。
思わず歌を口ずさんだ。
「やってやる やってやる やってやるぜ イヤなあいつをボコボコに……」
少しだけ歌って自然と笑みがこぼれた。
私は、ボコの顔にグーパンを叩きこんで殴り飛ばしたものを再びキャッチ。そしてぎゅっと押しつぶしながら、反動を利用して勢いよくベッドから起き上がる。
やりようはいくらでもある。
「まずは、気分を切り替えるか!」
そうと決まれば動くだけだ。
私は押しつぶしていたボコをベッドに放り投げた。
赤いリボンを外して髪を解き、制服を脱いでシャワーを浴びる。そして適当な材料で作った夕食を済ませ、準備を始めた。
「生徒会には……ちょっと痛い目を見てもらおうっかな……」
準備と言っても、とある道具を一つ用意するだけだ。
私は、聖グロ時代に使っていたものを棚の中から一つ取り出して、リュックのサイドポケットに入れる。
必修選択科目は……まあ、明日決めればいいでしょ。出来ればみほと一緒のことしたいし。
今日出された課題を適当に済ませ、今日は眠ることにした。
○○○
朝、支度をして寮室を出ると、昨日と同じようにみほとばったり鉢合わせした。
私はほんのり笑って、
「決めた?」
と聞いた。
すると、みほが俯いたまま、コクリと頷く。
「そっか。で、何にしたの?」
「香道……」
「なら、私もそれにするよ」
「ありがとう……リクさん……」
「なんてことないよ。戦車道から逃げてきたもの同士なんだから」
また、みほが頷いた。
私達の間にそれ以上の会話はなく、周りの生徒たちが和気藹々としているのを見て、少しの場違い感を覚えた。
教室に入ってすぐに私達は席に荷物を置き、沙織と華を呼んだ。
私は俯くみほのそばに立ち、話を切り出すのを見守る。
昨日と同じようなか細い声でみほが、
「ごめんね……私、やっぱり……どうしても戦車道したくなくて、ここまで来たの……!」
沙織たちは顔を見合わせて、
「分かった」
「ごめんなさいね、悩ませて」
そう言って悩むことなく戦車道の枠に入れた丸に斜線を入れ、私達と同じ香道に丸を入れた。
華は何故か筆で丸を入れたのだが、机に滲んでいないかが心配だ。
戦車道をやめ、香道に丸を入れた二人にみほが顔を上げ、戸惑っている。
そんなみほをよそに、沙織が応えた
「私達もみほのと一緒にする」
「そんな!二人は戦車道選んで……!」
「いいよ!だって一緒がいいじゃん!りっくんもそうなんでしょ?」沙織が顔を近づけた。
「まあね」
顔を向けられたので自分の用紙を見せて証明する。
華も沙織と同様に顔を近づけ、
「それに、私たちが戦車道をやると、西住さん、思い出したくないことを思い出してしまうかもしれないでしょう?」
「あぁ……私は平気だから……」
「みほ」
「リクさん……」
「好意は受け取っておくべきだよ」
「でも……」
みほはまた俯くが、そこに華が追撃した。
「お友達に辛い思いはさせたくないです」
「私、好きになった彼氏に趣味を合わせる方だから大丈夫~」
沙織が笑ってピースし、はさみのようにチョキチョキ動かしている。
みほの緊張の糸が緩んだのか、嬉し恥ずかしなのか、頬が赤くなった。
そして私たち四人は、全員香道を選択して提出した。
授業を順調に終え、昼休みに入った私達は食堂のテーブルについていた。周りに座る生徒たちの話題は、新しく——厳密には復活した——戦車道の話題で持ちきりだ。
そんなまわりで聞こえる話を耳にしながら、沙織が話題を変えた。
「ああ帰り!さつまいもアイス食べてく?」
「大洗は、サツマイモが名産なんですよ」
「あ、知ってる。干しイモとか有名だよね」
「一部では乾燥芋っていうらしいよ」
「でもアイスかぁ~。初めて食べるかも!」
昨日行けなかった帰りの話題で盛り上がっていると、全校放送のアラートがなった。
(来たか……)
と、私は思った。
内容は、やはりというか、予想通りの物だった。
『普通一科、二年A組西住みほ。普通一科、二年A組西住みほ。至急生徒会室に来ること。以上』
放送が終わり、案の定みほが震えだした。
「どうしよう……」
「私達も一緒に行くから!」
「落ち着いてくださいね」
私達は安心させるようにみほの手に手を重ねる。
そして私は席から立ち上がった後、
「先に教室寄らせて」
と言って一度教室に戻り、リュックのサイドポケットに用意していたものを取り出してスカートのポケットに忍ばせた。
「何それ?」
「大切なモノだよ」
沙織の質問を受け流し、遅れた分を取り戻すように速足で生徒会室に向かった。
やはり内容は、みほが戦車道を受けていないということだった。
沙織と華がみほの左右に並んで手を繋ぎ、私は壁にもたれながらポケットの中に入れたモノのスイッチを押した。
モノクルが選択用紙をつきつける。
「これはどういうことだ?」
「何で選択しないかなぁ……」
生徒会長がつぶやき、モノクルが彼女の方を向く。
「わが校、他に戦車経験者は皆無です」
その台詞を聞いて、私は部下がよく働いてくれていたことを確認する。ここにきて真の意味で、後任が問題なく動けていることを確信した。
モノクルの隣に立つ、いろいろ大きいやつが大袈裟に言う。
「終了です!わが校は終了です!」
「勝手なこと言わないでよ!」
「そうです。やりたくないと言っているのに、無理にやらせる気なのですか?」
「みほは戦車やらないから!」
「西住さんのことは諦めてください!」
沙織と華が反論するが、目の前の生徒会長の態度は不遜なままだ。
ちょっとお灸をすえてやるのもアリかもしれない。
彼女は頬杖をついたまま、やる気のない口ぶりで、
「そんなこと言ってるとアンタたち、この学校にいられなくしちゃうよ?」
明らかな脅迫だった。
「お?!」
「脅すなんて卑怯です!」
「脅しじゃない。会長はいつだって本気だ」
「そーそー」
「今のうちに謝った方がいいと思うわよ?ね?ね?」
「ひどい!」
「横暴すぎます!」
「横暴は生徒会に与えられた特権だ」
……うわぁ、出るわ出るわ。やっぱり、持ってきて正解だったかな、コレ。
そろそろみほが何かしらの決断をすると判断し、私はもう一度ポケットの中にあるモノのスイッチを押した。
みほが大きく息を吸い、宣言する。
「あの!私!」
「?」
生徒会三人の意識がみほに集中した。
少しためらいを見せたみほだったが、勇気を出し、
「戦車道!やります!」
「……」
「「えぇぇぇっ?!」」
「よかったぁ!」
「うん」
「ふっ」
みほが「やる」と宣言したおかげで、私達は解放された。彼女自身が選択したのだから、コレにはもう用はない。
「先に行ってて」
「うん、わかった」
少しばかり晴れやかなみほを送り出し、扉が閉まるのを確認する。そして生徒会長の前まで歩を進め、ポケットの中から持ってきていたモノを机の上に放り投げた。
「ホラ」
「?」
モノクルが空中でキャッチする。
私のあまりに突飛な行動に、三人とも呆気に取られている。
何せ私が渡したものは、
「ボイスレコーダー。その中にさっきの会話の内容が全部入ってる」
「な?!」
「こうすればただの言葉でも法的拘束力を持つんだ。覚えておくといい」
私は踵を返し、後ろ手に手を振りながら生徒会室を後にした。
結局のところ、みほと一緒に沙織と華も戦車道を履修することに決めたそうだ。
自由に戦車道が出来る彼女たちが、少しばかり、羨ましかった。
はようチームメンバーを出したいでゴザル。