私は適当に香道の授業を済ませた後、一人で寮室への帰路についていた。
聞くところによると、ここの学園艦のどこかにある戦車たちを探し、運用できるところまで整備するのが今日の活動らしい。
まあ、戦車道を履修していない私には関係のないところだ。
終了の時間が合わなくなるだけで、みほや沙織、華との関係性が悪くなるわけではない。時と場合にもよるが、アドバイスすることもあるだろう。
でも、自分の意志で戦車に乗れるみほが、少しばかり――ただそう思いたいだけかもしれないけれど――羨ましかった。
私だってやりたいが、「戦車道のないところに行く」という約束で転校してきたのだから。つまり、「戦車道はできない」ということなのだ。
ただ……、
「戦車のこと考えてたらおさまりが悪くなっちゃった」
乗りたい欲求は別なことで昇華するに限る。
なので私は、この学園艦に唯一存在する戦車道のお店、『せんしゃ倶楽部』に足を運ぶことにした。
流石に戦車そのものは売っていないが、転輪などがバラ売りで並んでいる。しかし、戦車道が無かったこの学園艦で、よくもまあ経営が維持できたものだと感心する。
何せついこの間まで『戦車』が話題にも上らなかった学校だ。キーホルダーや雑誌等は売れるだろうが、戦車のパーツなど誰が買うのだろうか?
そんなふうなことを考えていると、入り口あたりから聞いたことのある声がした。
「すごいですね……」
「でも、戦車ってみんな同じに見える」
「違います!全然違うんです!どの子もみんな、個性というか特徴があって……動かす人によっても変わりますし!」
最初は華と沙織だったが、最後は誰だろうか?多分、というか絶対戦車道を履修している子だろう。何というか、オタクという感じだ。
誰だろうかと気になって顔を出してみると、もじゃもじゃな天然パーマな子だった。
「あ!りっくん!」
「ここに居たのであれば連絡をくださればいいのに」
沙織と華に見つかってしまった。
別に隠れる必要も無いことを思い出し、普通にみんなの前に姿を現す。
そして初めて見る子の前に歩を進め、
「私、黒畑リク。聖グロから来たんだ。よろしく」
「わわ?!えっと……秋山、優花里です……」
優花里という子は、引っ込み思案なようだ。
自己紹介を済ませた私は、このお店においてある戦車のシミュレーターのような筐体にお金を入れ、扱い慣れた『コメット』を選択して暴れまわる。
「りっくん上手い!」
「すごいですね」
「おぉ~!コメットをまるで手足のように!」
「慣れてるからねぇ」
「でも、顔、怪我したくないなぁ」
「大丈夫です!試合では実弾も使いますけど、十分安全に配慮されてますから」
「実弾使って安全ってすごい矛盾を感じるけどね。実際、戦車の中で頭ぶつけたりするし」
初めて乗った時は、慣れるまでよく頭をぶつけたものだ。
「そう言えば黒畑殿」
「なに?」
「ディンブラ選手って知ってますか?」
「誰なの、それ?」
戦車道のことを全く知らない沙織が聞いた。
「搭乗戦車とその実力、エンブレム、そして彗星のように現れて去っていったことから『彗星の狼王』と称えられる選手の事です!」
「ふぅん」
沙織が分かったのか、分かっていないのかどっちとも取れぬ返事をした。
「前にそれ、みほに聞かれたよ」
「何と応えたんですか?」
「それを言わないことを理由に転校してきたんだから、言わないって」
取り合えず、このお店の最高スコアを叩きだした後、モニターを見上げて俯いたみほが目に入ったのでみんなと一緒に彼女の元に向かった。
どうも、姉が映っていて、そのインタビューを聞いて落ち込んでいたらしい。
人命よりも栄光を取り、その挙句無様を晒した女が何か言っているが、称賛されるべきはみほの方だ。と、私は内心毒づく。
とはいえ、このままでは気分が悪い。
「ねえ、みほ。一週間後って決めてたアレ、今日やろう」
「え?」
「ナイスアイデアだよりっくん!みほの部屋でいいかな」
「私もお邪魔したいです」
「うん!」
するとおずおずと優花里が手を挙げ、
「あ、あのぉ……」
「優花里もどう?一人増えたって変わりないよ」
「ありがとうございます!」
帰り道にマーケットで食材を揃え、みほの寮室に向かった。ホストだと言っておもてなししたかったのだが、今回ばかりは致し方ない。
私は一度自室に戻って荷物を置いて着替えてからお邪魔する。髪を解き、ポニーテールに括りなおしていた。
入ってすぐに目に入ったのが、私の部屋にもあるボコのぬいぐるみだった。
「へぇ、ボコだ」
「知ってるの?!」
「え、うん。嗜む程度だけどね」
みほが目を輝かせて私を見つめる。
実家の自室には、ボコのDVD、ブルーレイが三つずつ。全国津々浦々のぬいぐるみがあるが、その程度だ。本気のボコラーからすれば、スタートラインに立ったぐらいの物だろう。
沙織が腰に手を当て、
「良し!じゃあ作るか!華はジャガイモの皮、剥いてくれる?」
「はい……」
「私!ご飯炊きます!」
優花里が勢いよく手を挙げ、自衛隊が使うようなバックの中から飯盒を取り出した。……野営でもする気だろうか。
彼女は鼻歌を歌いながら、意気揚々と準備を進めている。
「何で飯盒?……いつも持ち歩いてんの?」
「はい。いつでもどこでも野営できるように」
する気だった。
「優花里、ここは室内だよ……」
「うわ?!」
「今度は何……」
台所から華の悲鳴が聞こえた。
少し呆れながら向かうと、包丁で指を切っていた。
「すみません……花しか切ったことないもので……」
ならなぜピーラーを使わない。
後ろでみほが絆創膏を探してあたふたしている。
私と沙織は顔を見合わせて、
「「よし」」
意気込んで夕食を作り始めた。
因みに私は母さまがなかなか家に帰ってこないので自炊スキルが上がったのだ。最初は偏ったものしか作れなかったので私も妹も偏食になってしまったが。
肉じゃがをメインにした夕食が出来上がり、食卓を囲む。
五人でそろって手を合わせ、
「「「「「いただきます」」」」」
夕食はとても出来が良く、特に沙織が調理した肉じゃがは絶品だった。
「美味しい!」
「いやあ、男を落とすには、やっぱ肉じゃがだからね」
「落としたこと、あるんですか?」
「何事も練習でしょぉ?」
「というか、男子ってホントに肉じゃが好きなんですかね?」
「都市伝説じゃないですか?」
「一説には、肉と野菜を一緒に食べれるからどうとか」
「だよねだよね!男子に人気だよね?!」
「それは知らない」
私達が肉じゃが談議で盛り上がっていると、みほが食卓の中心にある、華の活けた花を見つめ、
「お花も素敵~」
「ごめんなさい、これぐらいしか出来なくて……」
「ううん!お花があると、部屋がすごく明るくなる!」
「ありがとうございます!」
食事を終え、使った食器を洗って片づけた私達は、少しばかり談笑した後、沙織たちを見送る。
「それじゃあ、また明日!」
「おやすみなさい!」
「おやすみなさーい!」
「また明日ね!」
三人が帰っていくのを見届けると、隣でみほが私の方を向いて、笑顔で言った。
「やっぱり転校してきてよかった!」
「そっか」
ウキウキ気分で階段を上っていくみほを後ろから見上げながら、私もゆっくりと階段を上っていく。
「じゃあ、お休み」
「お休みなさ~い!」
彼女は笑顔で鍵を開け、そのまま中へ入っていった。
私も鍵を開け、中に入る。そしてスリッパを脱ぐことなく、扉に背を預けてそのまま座り込んだ。少しばかり疼く額の大きな傷跡を撫でる。
自分の意志で戦車に乗り、楽しそうに笑う隣人が羨ましくてたまらなくなった。それが悔しくて、私の頬を暖かい液体が流れた。
2時間ほどそのままだった私はシャワーを浴び、泥のように眠った。
何時ものように早起きした私は、赤くはれた顔を何とかして学校に登校する。
昨日まで一緒に登校していた隣人は、その道中にも、一瞥することすらなかった。
だけど、これが私の選んだ選択なのだと強引に片づけ、納得することにした。まだまだモヤモヤが、胸の奥で渦巻いている。
リク視点のお話だから割と飛び飛び