私、オレンジペコは幹部クラスに与えられたクラブハウス、『バラの園』の一室で、敬愛するダージリン様とアッサム様と共に優雅なティータイムを過ごしていました。少し前まではここにもう一人、ディンブラ様がいらしたのですが、あの一件の後に転校なさってしまい、今は何処におられるのか見当すらつきません。
隊長であるダージリン様ですら把握していないのですから、ディンブラ様が長官を務めていた情報処理学部第5課。別名GI5の処理は完璧の一言だと確信します。
そんな時、少しレトロチックな電話のベルが鳴りました。
ダージリン様はその受話器を手に取り、耳を傾けます。
私とアッサム様は、ダージリン様の会話の妨げにならないよう、ティーカップから手を離しました。
「大洗女子学園?戦車道を復活されたんですの?おめでとうございます」
確か……ディンブラ様が搭乗していた『コメット』の乗員の一人が大洗に転校していたはずです。転校の条件は「ディンブラ様のことを口外しないこと」と「戦車道のない学校に行く」ことですので、時が来ればその方といずれ合うこともできるでしょう。
「結構ですわ」
急にダージリン様の声のトーンが落ちました。
恐らくですが、戦車道の練習試合を大洗の方が頼んできたのでしょう。想像していたよりも、以外にもその時が早く来たようです。
「受けた勝負は逃げませんの」
やはり、練習試合の申し込みでした。
ダージリン様は受話器を戻し、通話終了を示すベルが鳴りました。
そしてダージリン様はアッサム様に目配せし、
「準備、出来ているわね?」
「ええ、問題ありません。彼女が出て行った時から、すでに整えてあることです」
「ペコ。何が起きているのか分からない。という顔をしているから教えてあげるわ。『安きにありて危うきを思う、思えばすなわち備えあり、備えあれば憂いなし』よ」
左丘明の言葉ですが、私、そんな変な顔をしていたでしょうか?
私は自分の頬をほぐすように撫でまわしながら、首をかしげます。私のそんな様子を見て、ダージリン様は口元に手を当ててクスリと笑いました。
○○○
今日も今日とて、みほは戦車道の授業に邁進しているようだ。
教室で彼女の顔を――否が応でも――見たが、日に日に楽しそうに笑い、性格も明るくなっているように見える。
私はあの日からずっと心の中に黒い渦が渦巻いていて、額の古傷が疼きっぱなしだ。
みほは転校してきてよかったと言っていたが、私としては転校することなく、聖グロリアーナのいち生徒として残っていた方がよかったのかもと、今更ながら思うようになっていた。
私の中の戦車に乗りたい、という欲求を持つ自分を何度も殺し続けている。幸いというか生憎というか、私は上っ面を取り繕うことが得意だった。だから今も、誰にもこの内心はバレていない。
私はチラリと最近生き生きしているみほの方を向き、
「私も、ああいうふうになれたらな……」
「大丈夫……?」
「っ……ううん!平気!」
「そう?ならいいけど」
隣の席に座るクラスメイトに心配されてしまった。
私の事を常に見ているようなストーカーな人ではないから、偶々気付いたのだろう。つまり、私の顔は一目見ただけで具合が悪くなっているように見えるということだ。
もしかすれば、バレていないと思い込みたいだけかもしれない。私は、さっきまでの自分の思考を訂正する。
私は今度こそ誰にも気づかれないように自嘲気味に笑い、
「駄目だな、私」
と呟いた後、先生に気分が悪いことを伝え、保健室に向かった。となりの席の子には心配をかけて申し訳なかったが、もう限界だった。
みほと沙織、華もこちらを心配そうに見ていたが、あえて無視することにした。
彼女達を見ていると、本当にどうにかなってしまいそうだった。
(私って、何なんだろ。私が私でなければいいのに)
私は、私の中に渦巻くどす黒い嫉妬という感情と、心配してくれる彼女達を無下にしたという自己嫌悪で気が狂いそうになりながら、フラフラと廊下を歩いて行った。
そんな私の内情を知ってか知らずか、練習試合を組むそうだ。相手は、よりによって私の母校、聖グロリアーナ女学院だった。
○○○
『リクさんにも応援に来て欲しいんです!』
練習試合の前日の夜、私に来たメールだった。
ボコの顔文字が押され、かわいらしく彩られている。
今は練習試合当日の朝。
結局昨日は誰にも会わないように早退し、何もしたくないと若干自暴自棄気味に早く眠りについた。そして今、当日の早朝にこのメールの存在に気づいたのだ。
優しいみほのことだ。悪気があるわけではなく、元気づけようとしているのなんて容易く理解できる。だとしても、今の私には逆効果だった。
私は携帯を折りたたみ、乱暴に放り投げる。携帯はクッションに受け止められ、大した音はならなかった。
そして、ベッドわきに置いてある妹から貰った手作りのボコのぬいぐるみを引っ張りよせ、抱きしめながらうずくまるように二度寝した。
○○○
「流石に寝すぎた……」
目を覚ますと、すでに夕暮れになっていた。
当然、試合は終わり、七時まで各々の自由時間を過ごしている頃だろう。
「少しぐらい、地に足付けた方がいいよね」
私はベッドから雪崩のように崩れ落ち、私服に着替える。そして船から降りるには制服でないといけないことを思い出し、慌てて着替えて寮室を飛び出した。
学園艦の搭乗口には、この学校の風紀委員長である園みどり子がいた。年下に見えるが、先輩だ。
「あと3時間ほどで出航よ」
「ちゃんと間に合うようには戻りますよ」
「あなたに心配は無用だったわね」
「ええ、心配は無用ですよ」
「その髪型、似合ってるわよ!」
「?……ありがとうございます」
何時もの髪型のはずなんだけどな。
ともかく、にこやかに会話を交わし、出来るだけ人目のつかなそうなところに場所に走り出した。
しばらく走ったところで角を曲がり、少しばかり時間をつぶす。
すると一人の女子生徒が通りかかったので、右腕を引っ張って体勢を崩し、そのまま後ろ手にひねりながら押し倒した。
相手は聖グロの生徒だ。
「わっ?!」
「私を相手にするのなら、もう少しうまくやらなきゃ」
「流石です……」
「で、来てるんでしょ?ここに」
抵抗の意志はないとみなし、後ろ髪に違和感を持ちながらも私は女子生徒を解放する。そして振り向くと、少し奥から、ダージリンがアッサムを引き連れてやって来た。
アッサムが私を見て、
「腕、落ちたんじゃないの?」
「すぐバレるようなのを送り込んでおいて言う口かい?」
「二人とも夫婦漫才は後でしなさい。でも、腕が落ちたのは事実かしらね?」
「え……?」
ダージリンが私とアッサムのやり取りを強引に締めくくる。
『腕が落ちた』と言われた私がその理由を考えていると、彼女は笑い、
「髪型、私達と一緒にいた時のまんまですわよ」
「あ」
慌てて出て来てしまったために、手に馴染んだ聖グロ時代の髪型にしてしまったらしい。そりゃ簡単に気付くわけだ。三つ編みを巻きつける分、こちらの方が手間がかかるはずだが、慣れていた分そうは感じなかったらしい。
そして風紀委員長さんに言われたことと、後をつけていた聖グロの子を組み伏せた時の違和感の正体に今更ながら気づいた。これは「腕が落ちた」と言われてしまっても仕方ない。
私が髪に手を当てて呆然としていると、
「で、牙を抜かれた調子の方はどうかしら?狼王さん……いえ、ディンブラ。と、呼んだ方がいいかしらね?」
昔の名前でダージリンに呼ばれてしまう。
私が頬を引きつらせていると、ダージリンはティーカップを傾け、不敵な笑みを浮かべた。
何とリクはディンブラだったのです!(知ってた)