ディンブラ。と、昔の名前で呼ばれた私は頬を引きつらせながら壁にもたれかかった。
そして額の古傷を隠す長い前髪をかきあげる。
一つ溜息をつき、こちらを見続けるダージリンに視線を向けた。
「いいように見える?」
「ええ、とっても」
彼女はにこやかな笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていなかった。
私はウっと息を詰まらせる。
こういう時のダージリンはとても怒っているのだ。何かやらかしたかな……?と記憶を手繰ってみるが、まったく何も思い至らない。
彼女が呆れたように溜息をついた。
「はぁ……。私が何で怒っているのか、想像もつきませんの?」
「残念なことに、まったく」
「どうして転校したりしたの」
彼女の目が私を射抜くように鋭くなる。その声は低音で、威圧感があった。
しかし、私も元はといえGI5の長官を務め、ディンブラとして彼女のそばにいたのだ。この程度のことで慄きはしないが、それでもなぜここまでダージリンが怒り心頭なのかが分からない。
かしこまった内容なので、少しばかり口調を改める。
「言ったはず。貴方の改革を自由にするためですよ、ダージリン。コメットを配備したにもかかわらず負けたことの責任を取るために、私はOG連の傀儡になるしかありませんから。事実、私がもみ消しはしましたが、そのような文書が届いていたのです」
私があの手この手を使って派閥の強いOG連から黒森峰のドイツ戦車に対抗できる巡航戦車コメットを勝ち取ったはいいものの、前大会の準決勝で敗北し、その責任を取らざるを得なかった。
当初はダージリンがその責任を取らされるはずだったのを、連中は私が正体を隠し、学院を去ることで手打ちにすると言う取引を持ち掛けてきた。
当然私は、聖グロの戦車道を改革しようとしていた彼女を守るために転校を選択し、大洗に転校してきたのだ。
「なるほど。良く分かったわ。全て私達のことを思ってのことだったのね?」
「ええ、もちろん。当時の私の望みは、貴女が、聖グロリアーナの戦車道を改革すること。それだけでした」
納得したのか、ダージリンは深く目を閉じ、斜め後ろに立つアッサムが「不器用な子ね」とそっぽを向いてつぶやいた。
すでに怒りの出所が消え、何時もの表情に戻ったダージリンが、
「でも、転校先ぐらい教えてくれてもよかったのではなくて?」
「う……」
「探すのに苦労したんですのよ?GI5を総動員して痕跡を隠ぺいするし……なかなか苦労したわ」
「でも良く気づいたね、私が大洗にいるって」
「私の力をフル活用しましたから。貴女を見つけられるのは、私だけだと自負しておりますので」
「アッサム……」
そう言って、ダージリンの後ろにいたアッサムがタブレットを掲げながら前に進み出た。
確かに、私のGI5の情報処理に追随するのは、彼女のGI6くらいのものだろう。私としては、私の部下たちが負けたようで非常に悔しいのだが。
アッサムがふふんと鼻を鳴らす。
「貴女のこれまでの行動パターンでプロファイリングし、最も該当項目が多い生徒がここに転校する書類を提出していたのを確認しました。色々と偽造したようですが、『私を見つけてくれ』と、悲しそうに言っているようでしたわよ?」
「へえ、ディンブラったら、戦車の腕は私達のだれよりも上なのに、意外と可愛らしいところがあるのね」
私の頬が羞恥に赤くなる。
確かに書類を偽造する時にそう思いはしたが、こういうのを面白がるダージリンの目の前でバラす必要はないじゃないか。
アッサムがニヤリと笑った。
コイツ……わざとやりやがった。かつてなら少しぐらい腹が立ったが、今はそんな感情が微塵もわかなかった。たぶんだけど、まだ一か月しかたっていない、この懐かしい感じがうれしいんだ、私は。
自分の選択は間違いじゃない。
そう思っていても、目から涙が込み上げてくる。
「あら、泣いてしまったわ。これはきっとアッサムの所為ね」
「そんなことありません!黙って出て行ったディンブラが悪いのです!言ってくれれば、送別会の一つでもしましたのに……」
アッサムが顔を赤くしてそっぽを向く。
それを見て、ダージリンが楽しそうに笑った。
「で、貴女はどうしたいのかしら?この学校に戦車道が復活したようだけど、貴女、平気なの?」
「平気なわけないでしょう?!いろいろ溜まってるんですよ」
「ふふ、牙は抜かれていても、心はそのままのようね。私の狼王さん。なら、貴女にもう一度、牙を与えましょう」
そう言って彼女は携帯でメールを打ち込んだ。
その突然の行動に首をかしげていると、聞きなれたエンジン音と振動が背後から近づいてきた。
思わず振り向くと、
「コメット……」
「ええ、貴女が勝ち取った、貴女のコメットよ。ディンブラ」
「ディンブラ様ぁ!」
「ペコ?!」
私の目の前でコメットが停車し、操縦席からペコが飛び出してきた。私はそれを抱きとめる。
ペコは装填手が本職だが、当然戦車の操縦もできた。
彼女は目に涙を浮かべて私の胸に顔をこすりつける。
「ペコったら、貴女がいなくなってニ三日は呆然としていたのよ」
「ディンブラ様は私の目標とする戦車乗りの一人なんですから、仕方ありません。ダージリン様の装填手を務めさせていただいていますが、ディンブラ様の装填手を務めたかったです!」
「あら、ペコったら欲張りね」
「年下は欲張りなぐらいがちょうどいいのです」
ペコが私の胸に頭をうずめたまま話してるから、なんかすごく擽ったい。
……て、そんなことはどうでもいい。
「何でコメットが?!私が転校した時に廃棄したんじゃ……」
「廃棄される前に隠しておいたのよ。エンブレムもそのままだし、整備も当然してあるわ」
アッサムが言った。
私のエンブレム。赤ずきんをかぶった狼が、懐中時計を銜えたエンブレム。それが夕日に赤く輝いていた。
「でも、私、OG連に戦車道はしないって……」
「あら?『戦車道の無い』学校に行くことは条件だったはずだけど、その学校の『戦車道が復活した』ことに問題はあるのかしら?」
「あ」
「全く、律儀なんだから。そもそも、転校した時点で、OG連の影響圏ではないはずだけど」
ダージリンが可笑しそうに笑う。
確かに、戦車道が無いところに行くことは条件だったけど、転校後に復活したのならそれは違背にはあたらない筈。少しばかり律儀すぎたかなと思うと同時に、私の中に渦巻いていたどす黒い感情が一気に霧散した。
「そっか、してもいいんだ……私」
私がぽつりとつぶやくと、ペコが私の手を引いてコメットの中から金属板のようなものを取り出した。それは戦車の装甲で、戦車道部員の寄せ書きが所狭しと書かれていた。
「これは……」
「寄せ書きです!みんなのこれまでの感謝と、これからの応援が書かれてます。ディンブラ様、受け取ってください」
私はそれを黙って受け取り、抱きしめた。
もう、大丈夫だ。
○○○
時間ギリギリになって、私、西住みほは学園艦に戻ってきた。
練習試合をリクさんが見てくれなかったのが心残りだったけど、会わなかっただけで、テレビとかで見てくれたのかもしれない。
階段を上がると、兎さんチームの一年生たちが集まっていた。
「西住隊長」
「え?」
「戦車を放り出して逃げたりして、すみませんでした!」
「「「「すみませんでした!」」」」
確かに兎さんチームのみんなは試合中に戦車から降りちゃったけど、初めての試合でああなってしまうのは仕方ない。私は怒ってなんてなかったけど、彼女達は心から謝罪しているのだ。誠心誠意受け止めなければ、彼女達が自分を許さないだろう。
「先輩たち、カッコよかったです!」
「すぐ負けちゃうと思ってたのに……」
「私達も、次は頑張ります!」
「絶対頑張ります!」
兎さんチームのこの意志が折れない限り、もっと強くなれる。私はそう確信した。
「これからは作戦は西住ちゃんに任せるよ」
「うぇ?!」
角谷さんの言葉に河嶋さんが耳を疑っています。
そしてそれ以上に、次に続く言葉はびっくりするものでした。
「あと、今日から新入部員が入るから」
「?」
「誰ですかね?」
優花里さんも私とそろって首をかしげていると、角谷さんの後ろから赤いリボンと長い三つ編みが目立つリクさんがあらわれました。
「リクさん?!」
彼女は目の前までやってくると、手に持っていたバスケットを私に手渡してくれました。
バスケットを開けると、中に茶葉と手紙が入っていました。
手紙を読むと、
『今日はありがとう。貴女のお姉さまとの試合より、面白かったわ。また公式戦で戦いましょう?追伸:ディンブラのことをよろしく』
「聖グロリアーナは、好敵手にしか紅茶を贈らない。おめでとう、みほ」
「う、うん」
いや、問題はそこじゃない。
確かに好敵手と認められたことは素直にうれしいけれど、それを何故リクさんが持ってきたのかが疑問だ。それに、ディンブラをよろしくって……。
私がリクさんの顔を見上げると、彼女は悪戯っぽく笑った後、
「そう、私がディンブラ。コメットを駆る『彗星の狼王』さ」
あまりに突然のことだったので、私と優花里さんは驚愕のあまり口をパクパクさせている。
リクさんは悪戯が成功した子供のように、そして、胸の奥のつっかえが取れたかのような晴れやかな顔をしていた。
○○○
『大洗女子学園。8番!』
全国大会のトーナメント抽選会。そこでみほは8と書かれたカードを引き当て、対戦校がサンダース大付属高校に決まった。
遠くのほうで、サンダースの生徒たちが喜ぶ声が聞こえる。
「サンダースか……」
「それって強いの?」
沙織が聞いてきた。私の代わりに優花里が応える。
「優勝候補の一つです」
「ええ?大丈夫?」
「確かに強いが、やりようはある。いくらでも……ね?」
私は片目を閉じ、もう片方の目でサンダースの生徒たちを見た。
だが、今優先しなければならないのは、コメットの乗員だ。付け焼刃でも、まっとうに乗れるものを集めなければならない。
どこかで、何かの歯車が動き出す音が聞こえた。
私の戦車道が再び幕を開ける。
コメットはリクの所有物扱いで大洗で運用されることになります。
次回にキャラ紹介して、その後に仲間集めですね。