コミケの打ち上げ場所つまり……!
「さて、みなさんお疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
イベント会場がある国際展示場近くの温浴施設。
そこでは浴衣を着た四人の男女がビールジョッキを掲げて乾杯をしていた。
にじライブの企業ブースは大盛況のままに終了した。
限定グッズも多く取り扱っていたこともあり、にじライブブースの売り上げは好調だった。
ちなみに一番売れたのは〝竹取かぐや等身大抱き枕〟である。
「ぷはぁ……!」
「あー……体に染み渡る」
「一仕事終えて、温泉入って、ビールで乾杯なんて最高……!」
「いつも以上にビールがおいしく感じますね!」
ジョッキに注がれたビールを一口で半分以上飲み終えた四人は、心底幸せそうな表情を浮かべた。これが料理漫画ならば服が弾け飛んでいたことだろう。
「いやぁ、ホンマに……本当に今回は助かりました。それに休日だというのに、仕事に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
つい素の口調が出そうになるのを抑え、かぐやは改めて窮地に駆け付けてくれた飯田、四谷、亀戸に礼を述べた。
「そんな頭を上げてください!」
「そうですよ!」
「僕達がやりたくてやったことなんですから!」
上司、それも役員に頭を下げられたことで、三人のマネージャー達は慌てふためく。
そんな三人の様子を見て、かぐやは口元を緩ませた。
「それでも、です。あなた達がいたからこそ、待機列のトラブルも最高の演出に変わり〝神対応〟と呼ばれることになった。誇ってください。あなた達は人のサポートを生業とする人間として最高の仕事をしたのだと」
「「「部長……!」」」
普段から手放しで人を褒めるようなことはしない諸星に絶賛されたことで、三人は感激のあまり目尻に涙を浮かべていた。
「別に役職で呼ばなくていいですよ。というか、いい加減壁を感じるので普通に〝諸星さん〟と呼んでください」
いつまでもかしこまった様子の三人を見て、かぐやは苦笑した。
三期生の担当となり、うまくいかないことばかりから始まったマネージャー業務。
レオに意見をうまく言えずに、彼が伸び悩む結果になってしまった飯田。
夢美にやらかしを期待し、軽い気持ちで日本酒を渡して炎上の原因を作ってしまった四谷。
林檎に怯えて碌なサポートもできず、担当マネージャーを一度外された亀戸。
この三人が今や社内でも群を抜いて将来有望と評価されている社員だと、誰が信じられようか。それほどまでに三期生のマネージャー三人は成長していた。
それが上司として、ライバーとして、何よりも嬉しかったのだ。
「そういえば、諸星さんって、その……当時からマネージャーなしで活動してたんですか?」
「ええ、当時は〝テスター〟だったということもあって、活動方針は全てこちらに一任されていました。同期二人とはよく飲みながら会社の愚痴を言い合ったものです」
昔を懐かしむ様にかぐやは寂しげな表情を浮かべた。
かぐやは狸山勝輝、竜宮乙姫と共にライバーとしてデビューした当時は、本当にただのテスターとして配信をある程度して、そこでお役御免になるはずだった。
それが、かぐやの爆発的人気によって、会社の方針が変わったことで結局はそのままの体制でライバー活動を続けることになったのだ。
二期生にマネージャーが付いて活動していく中、社員だからということでサポートを後回しにされた一期生三人は苦労の連続だった。はっきり言って、当時のにじライブのサポート体制はとても外には公表できないような有様だったのだ。
「三人で力を合わせて頑張っていこう。そんな風によくお互いを励ましあったものです。まあ、結果はご覧の通りですが」
「諸星さん……」
自嘲する様に呟いたかぐやに、三人は痛ましげな表情を浮かべる。
湿っぽくなった空気を振り払うようにかぐやは笑顔を浮かべると、話題を四谷の担当している〝にじライブEnglish〟の方へと変えることにした。
「何か湿っぽい空気になってしまいましたね。話題を変えましょうか。四谷、プロジェクトの方は順調ですか?」
「ええ、明日には引っ越し準備が終わるので、具体的なデビュー時期や宣伝などはこれから詰めていくところです。ケイティさんも留学中の身で不安もたくさんあると思うので、これからも引き続き手厚いサポートをしていく予定です」
「もうあだ名で呼ぶ仲になったんですか。さすがですね」
「いえ、向こうが明るい性格で接しやすかっただけですよ」
「そうですか……業務量に関しては大丈夫ですか?」
四谷はプロジェクトリーダーと並行して、海外ライバーの担当マネージャーも兼任する予定だった。夢美以外にも生活面でのサポートが必要なライバーの担当をしているため、四谷の負担はかなりのものである。
かぐやは三期生の中で四谷のことを特に心配していた。
業務量の増加によって四谷の残業時間は増えている。体調管理に関しては問題ないようで、いつも元気に振舞ってはいるが、内心彼女がどう思っているか気になっていたのだ。
「ええ、慣れればもっと業務時間は短縮できると思います。それに、こんな大役を任されてわくわくしていますよ」
「四谷さん、ずっと外国語をもっと生かしたいって言ってましたもんね!」
「僕は英語とか全然話せないから本当に凄いよ」
同期二人に褒められて四谷は楽し気な笑顔を浮かべたが、その笑顔はどこか無理があるものだとかぐやは気がついた。
「なら、いいのですが……」
この場ではそれについて言及はしない。ただし、今後はもっと注意深く見ていてあげる必要がある。そう感じたかぐやは改めてこの三人を大切に育てていくことを決意した。
「あ、すみません。少し席を外します」
スマートフォンに着信があり、かぐやは席を外した。
かぐやが席を外すと、マネージャー三人は担当ライバーと同じように仲良く談笑し始めた。
それを見てまた口元を緩めると、かぐやは電話をとった。
「はい、諸星です」
『お疲れ様です。内海です……話はだいたい企画部の方達から聞きました。大変でしたね。大丈夫ですか?』
着信は総務部の内海からだった。
人のいない場所へと移動すると、かぐやは口調を元の口調に戻して内海に答えた。
「ああ、こっちは問題ない。今ちょうど三人と一緒に飲んでたところや」
『飲みに行ける元気があるなら大丈夫そうね』
「まあ、鍛え方が違うからな。それより休日出勤申請の処理の件、すまんかったな」
『たまたまアプリに通知が来たのを確認して、処理しておいただけよ。気にしないで』
あ、でも、と呟くと、内海は釘を刺すようにかぐやへと告げる。
『これが当たり前だって意識は絶対持たせないでね? 特に亀戸さんなんてあなたの影響モロに受けてワーカホリック気味なんだから』
「うっ、それは、その」
最近の亀戸は休日も家で仕事をしてばかりなのは、かぐやも把握していた。
残業こそしていないが、見えないところで仕事をしているのだ。
もちろん、業務内に行わなくてはいけないものではなく、他ライバーの配信内容の把握や動画配信を伸ばすための勉強など、自主的な業務ではあったため、注意することはできない。
これは本来ならば好ましいことだからだ。
しかし、プライベートな時間も全て仕事に染めてしまうのは、あまりいい傾向とはいえなかった。仕事でスランプに陥ったときに発散できるものがなくなってしまうからである。
『いい? ライバーが幸せでもマネージャーの負担が大きかったら結局意味ないんだからね?』
「……わかっとる」
内海の言っている内容を身をもって知っているかぐやは、バツの悪そうな表情を浮かべて内海の言葉に頷いた。
『それじゃ、打ち上げ楽しんでね』
「ああ、わざわざありがとうな」
電話を切ると、諸星は暗い感情を振り払うように頭を振って、三期生のマネージャー三人の元へと戻っていった。
「お待たせしました。さて、今日は私の奢りなのですから遠慮せずに飲んでください」
「「「ごちになります!」」」
それからかぐやの過去や仕事のアドバイスなど、ビジネストークに花を咲かせていた四人が温浴施設を出る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
「終電の時間には間に合いそうですか?」
「タクシーで帰るから大丈夫ですよ」
「僕もです」
「私もです」
「あなた達、さっき終電の時間は確認したでしょう……」
こめかみに手を当て、かぐやは呆れたようにため息をつく。
そんなかぐやを見て、マネージャー三人は慌てて言い訳を述べた。
「いや、だって諸星さんと飲める機会なんてそうそうないですし!」
「そうですよ!」
「このチャンス逃したらなかなかお話を聞くことなんてできないと思ったらつい!」
役員との飲みで話を聞くチャンスを逃さんとする姿勢。その貪欲さ自体は評価できるのだが、人の心配を無にしないで欲しい。
困ったように笑うと、かぐやはタクシーを呼ぶためのサイトを開こうとして固まった。
「ん? ……は!?」
開きっぱなしだったツウィッターのトレンドには〝バラレオ同棲疑惑〟〝Vtuber結婚RTA〟などという単語が並んでおり、そこには〝獅子島レオ〟〝茨木夢美〟というライバー名も並んでいた。
何が起きたかそれとなく察したかぐやは、天を仰いで顔に手を当てると、申し訳なさそうに飯田と四谷に声をかけた。
「はあぁぁぁ………………飯田、四谷まだ動けますか?」
「「も、もちろんです……」」
「二人共……お疲れ様です」
かぐやと同様に何が起きたか察した飯田と四谷は顔を引き攣らせ、亀戸は同情するような表情を浮かべたのだった。
前に友人と大江戸温泉物語に行ったのですが、遊ぶとこも多くてなかなか楽しかったですね。