Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【シバタク】王の帰還を告げる咆哮

 

 アイドルグループSTEPの中でもひときわ存在感を放つ存在シバタク。

 当時、その名を知らぬ者はいないほどに彼は輝かしいアイドルだった。

 ドラマ、バラエティー、歌番組。

 テレビを付ければどこにだって彼の居場所があった。

 シバタクこと司馬拓哉の人生は順風満帆だった。

 小学校の頃は運動神経抜群、成績優秀でクラスの人気者。

 疎遠になってしまったが、初恋の相手である幼馴染、森由美子との約束もあり、中学になった拓哉は姉である司馬静香が勝手に応募した男性アイドル事務所〝シャイニーズプロ〟の審査に通り、アイドルデビュー。

 元々見た目も良く、ダンスも歌も何でもできた拓哉はすぐに事務所内で実力のあった高坂慎之介、村雲良樹、若穂囲三郎とSTEPというグループでデビューすることが決まった。

 拓哉は歌唱力も、ダンスの腕前も、演技力もずば抜けていた。

 先輩への気遣いもでき、周囲からは一目を置かれていた。

 

 それ故、増長した。

 

 小学校のときから拓哉は周囲から持て囃されて生きてきた。

 もし拓哉を真っ向から否定してくれる人間が傍にいれば彼もここまで増長しなかっただろう。

 その可能性があった二人の幼馴染は、周囲の悪意によって関係を引き裂かれた。

 後に残ったのは拓哉を必要以上に持て囃す人間だけだった。

 そんな周囲に拓哉が辟易していたことは想像に難くないだろう。

 それは中学生になり、芸能界に入っても同じだった。

 マナーの悪い出待ちなどをしていたファンへは容赦なく塩を撒き、現場に遅刻してきた共演相手を容赦なく叱咤して泣かせたこともあった。

 

 特に泣かせてしまった共演相手は子役上がりかつ、当時人気の女優〝朝月李(あさつきもも)〟だったため、事務所間の問題まで発展し、STEPのマネージャーである三島はストレスのあまりゲッソリ痩せてしまうほど苦労をした。

 しかし、拓哉は大言壮語と思いきや、言ったことはやり遂げる有言実行の人間だった。そんなプロ意識の塊である彼を慕う人間も少なからずいたのだ。

 何度かドラマで共演した手越武蔵は拓哉を「彼はただのアイドルではない。立派な俳優だ。あの年の子でここまで将来が楽しみな人間もそういないだろう。ただ、共演者への配慮だけが足りないがね」と評した。

 どんなに態度が悪くても、その実力だけは一級品だったのだ。

 そんな周囲の評価もあり、拓哉は実力さえあれば自然と周囲も付いてくる。そう勘違いしてしまったのだ。

 たとえどんなに実力があろうとも、酷い振舞いをしてもいい理由にはならないのだ。

 

 そして、気がつけば拓哉に居場所はなかった。いや、居場所をなくしたのは拓哉自身だった。

 司馬拓哉との共演にNGを出す芸能人が続出したのだ。その被害はグループで活動している以上、STEPのメンバーにも及んだ。

 自分がメンバーの足を引っ張った。その事実を許容できなかった拓哉は常にメンバーと距離を取り続け、最終的にはSTEPを脱退。一年後には事務所を退所した。

 

 そこからの拓哉の人生は、彼にとって意味のない毎日の繰り返しだった。

 成績の低下から始まり、大学を留年、就職活動に失敗。

 実家にも帰らず、フリーターとして決められた動作をコピーして貼り付けたような退屈な毎日を繰り返し、拓哉の心は死んでいった。

 落ちぶれた彼にとって救いだったのは、漫画やアニメなどのサブカルチャーだった。

 つまらない日常の中でも、バカ話ができる友人〝園山栄太〟がいた。

 くすんだ人生に色を塗ってくれる〝竹取かぐや〟という存在がいた。

 拓哉はアイドル時代、ファンがどうしてそこまできゃーきゃー騒げるのか理解できなかったが、竹取かぐやという〝推し〟が出来たことで、初めて彼女達の気持ちが理解できた。

 レオにとって園山とかぐやは生きる上で、数少ない楽しみを作ってくれた大切な存在だった。

 

 そして、その二人がきっかけで司馬拓哉は、獅子島レオとして今再び夢を追い始めた。

 

 にじライブ三期生として、茨木夢美、白雪林檎と共に駆け抜けてきた四ヶ月間。

 それは怒涛の日々だったと言えるだろう。

 同期の茨木夢美とは幼馴染設定でデビューすることになった。

 自分の歌に自信が持てなくなって迷走し伸び悩んだ。

 夢美が自分のためにした行動で炎上して、それを二人で乗り越えた。

 同期の白雪林檎とのコラボが段々と増えていき、三期生での絆ができ始めた。

 林檎が卒業してしまったときは、一致団結して林檎を救いだした。

 夢美とのトラブルで炎上しかけたときは林檎に救ってもらった。

 にじライブ剣盾杯ではまひるとサタンの複雑な姉弟関係を林檎が解決するのを信じて見守った。

 夢美が塞ぎ込んだときは自分の気持ちを曝け出してでも、彼女の心に寄り添った。

 夢美が自分の初恋の幼馴染、森由美子であることを知り、もう一人の幼馴染である布施真礼との関係も修復できた。

 実家に帰省したときには、両親とも和解することができた。

 夏祭りに行ったときは、夢美とお互いの気持ちを理解しつつも、今の関係でいて欲しいと懇願された。

 

 そして、レオは頑なな夢美に対して宣戦布告をした――待つつもりはない、夢美の理想の状況にすぐに持っていくと。

 これから歩むべき道にどんな壁があろうともそれを壊して進む覚悟がレオにはあったのだ。

 

「……飯田さん。本気ですか?」

「ええ、本気も本気です」

 

 飯田の作成した資料に目を通したレオは息を呑んで答える。

 にじライブの会議室でレオと飯田は今後の活動方針について話し合っていたのだ。

 

「本当に、いいんですね?」

「ええ、諸星さんの許可も取れました」

「……今更ですが、事務所に迷惑をかけるのは避けられないのに、よく許可してくれましたね」

「リスクがないとは言いません。ですが、明らかにリターンの方が大きいですし、万が一の対処法もありますから」

 

 飯田はそう言うと、真剣な声音で念押しをした。

 

「まず、大事なのは〝公式の発表ではない〟ということです」

「それはそうですよね。Vtuberの〝魂〟が気になる人は大勢いますが、進んで知りたいと思う人はいない。むしろ、嫌悪する人の方が多いですからね」

 

 Vtuberはあくまでもバーチャルな存在だ。

 たとえ、にじライブがリアルに近い現実に生きている身近さを感じられるライバーを売りにしている事務所だとしても、超えてはならないラインがあった。

 

「あくまでも、勝手に燃やしにかかる連中が〝獅子島レオはシバタクだった〟と声高に叫ぶような状況を作る。それに尽きます」

「こっちはそんな情報一言も言っていないというスタンスを貫くわけですね」

「今まで理不尽に悪意ある切り抜きを作られてきたんです。今回くらい、いいように使って潰してやりましょう」

 

 悪戯っぽく笑う飯田に釣られるように、レオも笑顔を浮かべた。

 

「でも、前世バレはリスクが高すぎませんか。前世バレで燃えなかったのなんてアイノココロさんやイルカさんくらいじゃないですか」

「もちろん、獅子島さんが嫌ならこの案はなかったことにします。でも、そもそもの話ですが、獅子島レオに前世なんてないんですよ」

「はえ?」

 

 飯田の言っている意味が分からず、レオは間抜けな声を零した。

 

「考えてもみてください。獅子島レオの設定を」

 

 レオは公式ページに書かれている自分の設定を思い出す。

 

【傲慢な態度が原因で人間関係をこじらせて引退した元アイドル。その傲慢さが原因でライオンの獣人になってしまい、元に戻るために謙虚な姿勢で一から歌配信を始めた】

 

「嘘が、ない?」

「そうです。さらにいえば、ライオンの獣人になったという部分ですら噓じゃない」

「いやいやいや! 俺は人間ですよ!」

「いや、獅子島レオはライオンの獣人でしょ?」

 

 飯田の言葉を脳内で反芻し、レオはようやく飯田が言わんとしていることを理解した。

 

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなら嘘じゃない……?」

「そういうことです。付け加えれば、配信上で獅子島さんが言った『獅子島レオはライオンになってからつけてもらった名前』という部分も噛み合ってます」

 

 獅子島レオは、元アイドルが傲慢さ故に芸能界を追われ、ライオンの獣人になったという設定だ。その状況はまさにそっくりそのままレオの現状と何一つ相違がなかった。

 

「Vのリスナーは嘘を嫌います。たとえ、それが設定だとわかっていても、それを公にしてほしくないという思いがあるんです。でも、あなたは違う。司馬拓哉というアイドルの延長線上に獅子島レオは立っているのです。そもそも転生なんてしていないんですよ」

 

 レオは飯田の言葉を聞いて、かつて自分が林檎にかけた言葉を思い出した。

 

『手越優菜がいたからこそ白雪林檎が生まれたんだろ? 今までの全部が全部悪いものじゃなかったはずだ。俺だってそうだ。司馬拓哉として生きた過去があるから獅子島レオとしての今がある』

 

 アイドルとしての司馬拓哉がいたからこそ、今の獅子島レオがいる。そのことをレオは改めて心に刻んだ。

 

「だから、燃やし方だけ気をつければ問題はありません。何せ獅子島さんには今までの実績があります。同期のお二人だけでなく、先輩ライバーや、他企業ライバーとも深い交流を持っているあなたならこの程度の障害何とでもなりますよ。それに袁傪達だってついています。そして、何より――この僕がいます」

「ははっ……そう言われて俺はあなたを信じないわけがないじゃないですか。背中は預けますよ、マネージャー」

 

 Vtuberカラオケ大会のときのように拳をぶつけ合うと、レオと飯田は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

「「それじゃいっちょ盛大な茶番を始めるとしますかねぇ!!!」」

 

 

 




伝染するライオン化(いい意味で)

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