シャイニーズプロダクション。通称シャニプロ。
男性アイドルのプロデュースに力を入れているアイドル事務所で、男性アイドルといえばシャニプロというほどに業界では最大手の事務所だ。
そんな業界最大手の事務所は、最近では若手アイドル〝STEP〟のプロデュースに力を入れていた。
そんな今乗りに乗っているアイドルSTEPのメンバー達は、東急フレンドパークという番組収録のために控え室へ集合していた。
東急フレンドパークは様々なゲームに挑戦し、クリア条件を満たすとメダルがもらえるという体を使ったバラエティだ。
今日の収録は、最近個々の仕事が増えていたSTEPのメンバーにとっては、久々に全員集合して行う収録だった。
「おはよう!」
「……おはよう」
「よう」
三者三様の挨拶をして控え室に三人の少年が入ってくる。
控え室の中には、真剣な表情でドラマの台本を読み込んでいる少年が既にいた。
「お疲れ」
チラッと、三人に目線を移すとSTEPのメンバーである司馬拓哉は再び台本に目を通し始めた。
「んだよ、相変わらず感じ悪ぃ」
「……僕も台本チェックしよ」
「僕は宿題やる!」
感じの悪い対応にメンバーの一人である村雲良樹は顔を顰めるが、若穂囲三郎は興味なさげに、高坂慎之介は気にしていない様子だった。
グループで活動してから早二年。
STEPは自分達の冠番組以外では個別の仕事をすることが多かった。
拓哉はドラマ、良樹はスポーツ番組、三郎はバラエティ、慎之介は子供向け番組、といったようにお互いの得意分野が分かれていたことも大きいだろう。
拓哉に関しては、ドラマへの出演が多いだけで、基本どの分野においても活躍できるポテンシャルを秘めていたため、マルチタレントのような活躍をしていた。
メンバーの中で誰が一番忙しいかと言われれば、間違いなく拓哉だろう。
メンバーが個々で別々のことをし始めたため、モヤっとしていた良樹は不満そうに全員に語りかけた。
「なあ、久々に全員集まったのにこれはなくね?」
「仲良しごっこがしたいなら余所でやれ」
「んだとてめぇ」
台本から目を離さずに冷ややかな言葉をぶつけてくる拓哉を睨み付けると、良樹は怒りを露わにして拓哉の方へと歩いて行く。
「ねぇねぇ、この前のライブ最高だったよね!」
そんな二人の間に割って入り、慎之介は慌てて話題を明るいものへと変えた。
慎之介の気遣いを感じ取った三郎も、彼に乗っかって先日行った事務所主催のライブについての感想を述べた。
「……うん、悪くない気分だった」
「ま、なかなか良かったんじゃねぇか?」
慎之介の話題転換によって、険悪になりかけていた控え室の空気が和む。
「チッ、くだらない……」
しかし、和んだ空気を拓哉は舌打ちと共に再び壊した。
「先輩のおこぼれでもらった出番で満足してんじゃねぇよ。あんなのは俺達のライブじゃない。ただの引き立て役だ。大事なのは、あそこからSTEPを知ってくれた人達にどうファンになってもらうかだ」
「それはそうだけど……」
「はっきり言って完成度も低かった。良樹はサビに入る前のターン半回転多かったし、三郎はCメロ終わりのジャンプで高さが足りてなかった。慎之介に至っては歌詞間違えてる始末だ。あのレベルで俺達を知らない人間に興味を持ってもらえると思ってんのか?」
拓哉はライブでの自分達のパフォーマンスに不満を覚えていた。
これからまた伸びるための大事なチャンスだと気を引き締める場面だというのに、ぬか喜びしているメンバーに苛立っていたのだ。拓哉からしてみれば、自分達のライブではない時点で、ライブそのものは喜べるようなものではなかった。
実力もあり、事務所も売り出していこうとしているアイドル。そんな自分達が事務所主催のライブに出演するのは当然だと拓哉は思っていたのだ。
「ライブを無事終わらせるのは、プロとして最低限の義務だ。ミスなく終わらせるのは当たり前のことだ。それすらできないで何が最高だ。最低の間違いだろ」
吐き捨てるようにそう言うと、拓哉はメンバー全員を睨み付けて戒めるように告げる。
「俺達は事務所からの支援を受けて、お客様から金もらってステージに立ってんだ。自己満足で終わるなら学校の友達とカラオケでも行ってろ」
「誰もがてめぇみたいに完璧に出来ると思うなよ!」
盛り上がっていたところに冷や水を浴びせられた。
仲間への気遣いなど皆無の拓哉へ、良樹は感情のまま怒声をぶつける。
それに対して、拓哉は呆れた様子で返答した。
「言い訳は少しでも完璧に近づける努力をしてから言ったらどうだ」
「俺達が努力してないってのか!?」
「結果が全てだろうが。それとも何か? お前達の実力はこれが限界なのか?」
だとしたら失望したぞ、とため息をつくと、拓哉は冷酷に告げた。
「俺から言わせてみれば、お前らは最低限の努力しかしてない怠け者だ」
「っ! もっぺん言ってみろや!」
激高した良樹が拓哉へと殴りかかる。
それを拓哉は最小限の動きで躱して、カウンター気味に腹へと拳を突き立てた。
「かはっ……!」
「何度でも言ってやる。お前らは最低限の努力しかしてない怠け者だ。足手纏いはいらない。やる気がないなら辞めろ」
「拓哉……てめぇ……!」
殴られた腹を押さえながらも、立ち上がろうとする良樹。拓哉も反撃のために拳を構えたところで、控え室の扉が開いた。
「お疲れ様ー……ちょっと、あなた達何やってるの!?」
一触即発の状態の控え室の様子に、血相を変えた三島は慌てて二人の間に入るのであった。
結局、最悪な空気のままスタジオ入りすることになってしまったSTEPの四人だったが、そこは彼らもプロである。
見かけ上は仲良く振る舞い、STEPのメンバーの結束力を見せつけて全てのゲームをクリアした。とはいえ、結局は拓哉がメンバー全員をフォローして大活躍をしただけとも言える結果ではあったのだが。
東急フレンドパークの収録も終わり、次の現場へと向かう車の中。
三島は助手席に座っている拓哉に、深いため息と共にうんざりしたように告げた。
「もういい加減にしてよ……」
「……悪かったよ」
自分は悪くない。
そう思いつつも、疲れた表情を浮かべる三島に罪悪感が湧いた拓哉はそっぽを向いて謝罪する。
そんな拓哉の態度に再びため息をつくと、三島は窘めるように拓哉へ言葉をかけた。
「拓哉君はもう中学三年生でしょ? 来年には高校生になるんだから、あなたが大人な対応しなきゃダメでしょ?」
「先に手を出したのは良樹だ」
「だからって殴って良いことにはならないでしょ」
「顔は殴ってないんだからいいだろ」
「違う、そうじゃない……」
配慮の方向性がズレている拓哉に三島は頭を抱えた。
それから三島は今日のスケジュールを確認するついでに、再び拓哉へと釘を刺した。
「この後は〝JUMP〟の収録ね。今日の収録、共演相手はあのタケさんなんだから、変なトラブルを起こさないでよ」
「当たり前だ。相手は芸能界の大先輩だぞ。俺がそんなヘマするわけないだろ」
「まあ、そこに関しては疑ってないわ」
拓哉は仕事に関してはどこまでも完璧を求める。
そんな彼が大物芸能人に対して失礼な態度を取るとは、三島も欠片も思っていない。
スタジオに向かって運転をしながら三島は思う。
デビュー当時はあんなに純粋で可愛かったのに、いつからこんなに可愛げがなくなってしまったのだろうか。
増長した思春期の少年をどうすれば止められるのか。
なまじ実力がある分、注意の仕方がどうにも難しい。
「はぁ……」
何度目になるかわからないため息をついた三島は、暗い気分のまま現場まで拓哉を連れていくのであった。
スタジオに到着して、三島が駐車の手続きを終えると、そこにはコーラを持った拓哉が待っていた。
「その……運転お疲れ様……」
ぶっきらぼうにコーラを手渡してくる拓哉に、三島はつい吹き出しながらも礼を述べた。
「ふふっ、ありがと」
悪い子じゃないのよね。
三島は迷惑をかけられても、拓哉のことは他のメンバーと同様に大切に思っていた。
スタジオに到着すると、拓哉は息を吸い込み、頭を下げて勢い良く挨拶をした。
「本日は宜しくお願い致します!」
学園青春ドラマ〝JUMP〟。
交通事故に遭ってしまった教師が、赴任するはずだった中学の生徒に転生してしてしまい、様々な問題を抱えた少年少女達と触れあって成長していく物語である。
拓哉はそのドラマで主役である清泉京司役を務めている。
拓哉がスタジオ入りしたことで、スタッフは自然と笑顔を浮かべた。
拓哉はドラマ収録で一度もNGを出したことがない。彼が一人いるだけでも収録がスムーズにいくのだ。
またスタッフへの気遣いもでき、収録現場を円滑に回すためならば、雑用だって手伝うほどだ。
少なくともスタッフ達は司馬拓哉というアイドルを好意的に受け止めていた。
「はあ……シバタクとの共演か」
「うぅ……胃がキリキリする」
「しかも今日は監督のお気にの李ちゃんもいるし……」
それとは対照的に、共演する俳優陣達は辟易したような表情を浮かべていた。
それから収録の時間になったが、トラブルが発生した。
「李ちゃんがこない?」
「はい、どうやら前の現場が長引いているようで……」
メインヒロイン役である朝月李の到着が遅れていたのだ。
現場への遅刻。出演俳優達は拓哉の機嫌が悪くなっているのではないかと、恐る恐る拓哉の方を窺っていた。
しかし、拓哉は仕事にトラブルはつきものだということは理解していた。
多忙な身ならこういうこともある。
自分も多忙な身であるからこそ、仕方ないこともあると受け止めていたのだ。
だが、それは一時間以上遅刻してきた朝月李の態度を見て変わった。
「ごめんなさい! 遅れてしまいましたぁ!」
一見申し訳なさそうに見える謝罪。
そこに周囲に媚びるような雰囲気を感じ取った拓哉は、不快そうに顔を顰めたのであった。