デビューからたった二ヶ月ちょっとで白雪林檎が卒業する。
その事実にファンだけでなく、事務所内も騒然としていた。
二ヶ月で登録者数10万人という快挙を成し遂げたのに何故?
誰もがそんな想いを抱いていた。
この件で一番苦労したのはマネージャーの亀戸である。
一度マネージャーを外されてから担当に復帰した途端に担当ライバーの卒業。
社内での彼女の評価は著しく下がり、彼女とは関りの浅い部署からは陰口すら叩かれる始末である。
元々林檎が態度以外は優秀なライバーであったことも手伝い、亀戸は社内で肩身の狭い思いをすることになった。
しかし、亀戸は林檎を責めず、ただひたすらに林檎の今後を心配をしていた。
林檎は最後の最後まで亀戸に謝罪をした。
そんな彼女に、亀戸は強気な笑みを浮かべて言った。
「謝るくらいなら卒業撤回してもらえます? それができないなら頭なんて下げないでください……いつまでも待ってますから」
「亀ちゃん……ありがと」
いつまでも待つ。その言葉に林檎は顔を歪めながらも礼を述べた。
林檎の発表した卒業理由は〝やるべきことができた〟という抽象的なものだった。
当然、この発表にレオと夢美は林檎に詰め寄った。
「どうして卒業なんて……!」
「やっぱり池袋でのことか?」
「ううん、狩生さんは関係ない……ただ、私にはやらなきゃいけないことができたんだ。それは教えられないんだけどさ」
寂しそうに言うと、林檎は精一杯の笑みを浮かべた。
「もー、最後くらい笑って見送ってよー。二人のてぇてぇが私の生きがいなんだからさ」
事務所の廊下を歩いていく林檎の背中を見ながら、レオと夢美は何も声をかけることができなかった。
林檎が卒業するという話を聞き、レオや夢美だけではなく多くのライバー達が悲しみを覚えた。
竹取かぐやは、過去の傷を思い出し、自分には出来ることがなかったのかと後悔した。
白鳥まひるは、長い間一緒に時間を過ごした彼女を救えなかったと涙を流した。
吉備津桃華は、あんなに仲の良かった三期生の間に何かがあったのではと訝しんだ。
名板赤哉は、あんなに楽しそうに配信していたのにどうして……と困惑した。
他のライバー達も、ほとんどが林檎とコラボしたことがあったため、突然の悲報に悲しみを覚えていた。
そして、ほとんど配信を行っていない狸山勝輝と、卒業してもにじライブのライバー達を見守っていた竜宮乙姫も、かぐや達と同様に林檎の卒業を惜しんでいた。
そんなにじライブのライバー達から愛されていた林檎は今日、卒業する。
二十一時からプレミア公開された林檎の最後の動画。
そこには林檎の視聴者――小人達を含めた多くの視聴者達が集っていた。
[白雪ィィィィィ!]
[来るぞ……!]
[卒業するときの歌が最初の歌動画になるなんて……]
[卒業おめでとう。お元気で ¥50,000円]
[卒業おめでとう! またいつか会おう ¥20,000円]
[ありがとうな、白雪! ¥10,000円]
動画のイントロが流れ出した瞬間から、既に高額のスーパーチャットが飛び交う。
そして、曲が始まると林檎の可愛らしい歌声が流れ始めた。
『また体育館に~♪ みんな~の余韻~♪ 孤独な~足音~♪ 涙~こらえる♪』
[白雪って歌ってたらこんなに可愛かったのか]
[もっと早く知りたかった……]
[こんなに綺麗な歌声だったんだ……]
いつもの人を煽ってくるクソガキ感の強い白雪林檎はどこにもいなかった。いたのはただ感謝の思いを込めて歌う一人の心の清らかな女性ライバーだった。
『ありがとう~は言わないよ♪ さよな~らになる♪ 桜色~卒業~笑顔でまた会おう♪』
[また会おう! ¥10,000円]
[また会おうってことは復帰あるか!?]
[ねえよ……ねえよ(血涙)]
普段から林檎に辛辣な小人達は、林檎の卒業という事実に耐えられない者もいた。
それでも何とか受け入れようとして痛む胸を抑え、かろうじて前向きなコメントを書き込もうとしていた。
『別々の道でも~心はひとつ~♪ 桜色~卒業~未来へ進もう~♪ 一人~じゃ、ないから~♪』
[泣いた]
[画面が見えねえよ!]
[ホントに卒業しちゃうんだよなぁ……]
[今まで本当にありがとうございました]
曲のアウトロに入ったとき、林檎と関わりが深かったライバーからのメッセージが流れ始めた。
『林檎、卒業おめでとう――なんて素直に言えるかボケェ! あんたの席は空けておく! 戻ってきたくなったらいつでも戻ってくるんやで! ……そんときはたっぷり可愛がったるわ』
[バンチョーが言うと言葉の重みがヤバイ]
[どんだけ辛い思いすれば済むんだこの人は]
[強がってるけど声震えてるぞ]
かつて同期の卒業という悲しい出来事があったかぐやは、強がりながらも林檎がいつでも戻ってこれるように叫んだ。
『林檎ちゃん、二ヶ月間お疲れ様! 卒業しても連絡が取れなくなるわけじゃないから……また、連絡して! 絶対だよ!』
[まひるちゃん、よく泣かずに最後まで言えたな]
[お姉ちゃんとしては辛いよな……]
[ダメだ、泣いてしまう]
まひるは最後まで涙を堪えて、林檎のこれからを応援するために前向きな言葉を残した。
『白雪ィィィ! このままお別れなんて絶対嫌だからな! マリカやるときは絶対誘えよ!』
[そういえば、桃タロスはマリカのガチンコ勝負でボロ負けしてたな]
[さんざん煽られた挙句勝ち逃げされたな]
[いろんな感情が綯交ぜになった叫び声だ……]
桃華は半分私怨が混ざった激励の言葉をかけた。
『白雪さん、卒業おめでとうございます。いつでもいいので、桃華さんとリベンジマッチしてあげてくださいね。あなたのこれからに幸せな未来があることを祈っております』
[こんなときまで桃タロスのフォローwww]
[さすがはにじライブの保護者代表]
[あったけぇなぁ]
赤哉は桃華のメッセージのフォローを入れつつ、林檎のこれからを祝福した。
『正直、素直に祝福は出来ない。それでも、白雪が前を向くために必要なことなら俺は全力で応援するよ。いつでも連絡して来いよ! リクエストがあればいくらでも歌うからな!』
[レオ君だ!]
[約束された聖なる獣]
[レオ君も辛いよな……]
[三期生のてぇてぇをもっと見たかった]
レオは大切な同期が卒業する苦しみを堪え、池袋で林檎が自分のリクエストでピアノを弾いてくれたときのお返しとばかりに、リクエストでいくらでも歌うことを約束した。
『林檎ちゃん、あたしは――ううん、あたしもレオもみんな、何があってもあなたの味方だから! 絶対に辛くなったときは連絡して! また一緒に遊ぼうね!』
[バラギィィィィィ!]
[一番仲良かったもんな……]
[白雪もバラギ大好きだったから辛い……]
[いつも秒で切り抜き作られてたもんな]
[白雪に届くようにこれからもレオ君と仲良くするんやで]
林檎を救うことができなかった夢美は、林檎を引き留められなかった後悔と共に、何があっても自分が味方であることを告げた。
今まで描かれたファンアートを集め、アルバムのように見せる動画は視聴者の感動を誘った。
多くの視聴者達が涙を流して彼女の卒業を惜しむ。
――それでも結局、最後まで林檎は配信上でピアノを弾くことはなかった。
久々の配信回がこれである……。