「……納得できない」
「その話は何度もしただろ」
「でも……!」
「でももだってもない。白雪が決めたことだ」
林檎が卒業してからというもの。
レオと夢美は毎日のようにレオの部屋で喧嘩をしていた。
夢美は林檎を救えなかったという負い目があるため、にじライブを卒業するという林檎を今でも連れ戻そうとしている。
それに対してレオは、過去に自分が事務所を退所したときの気持ちを思い出し、林檎を無理に連れ出すのは悪手だと考えていた。
「レオはこのままでいいの!?」
「……事務所と本人が何度も話し合って出した結論だ。白雪は卒業する直前まで俺達には何も話してくれなかった。俺達にもうできることはない」
「レオのバカ! 冷血漢! ヘタレ! 李徴!」
夢美は目に涙を浮かべると、レオを罵倒しながら部屋を飛び出していく。この光景もここ最近では毎日繰り返されている光景だった。
「李徴って悪口なのか? いや、悪口か……」
夢美の言葉に苦笑すると、レオは表情を引き締めてある人物へと連絡を取った。
「……悪いな夢美」
林檎を強引に連れ戻す気はない――けれど、レオだって諦めるつもりは毛頭なかった。
『今から会えるか?』
『いいよ! いつもの喫茶店で!』
かつてレオと共にアイドルとして活躍していた仲間、高坂慎之介はレオの呼び出しを二つ返事で了承した。
レオの住んでいるマンションから近くにある喫茶店。
そこには既に慎之介の姿があった。
「急に呼び出して悪いな」
「いいんだよ。それより結構大変な感じの相談?」
「まあ、な。実は同じ事務所のユーチューバーの話なんだが――」
それからレオは自分達がライバーだということをぼやかしつつ、林檎が卒業するまでに至った顛末を慎之介へと話した。
「そっか引退しちゃったんだ」
「だけど、あいつの表情は次の目標に向けた晴れ晴れとしたものじゃなかった。まるで、逃げるようにグループを抜けて引退した俺みたいでさ」
拓哉が慎之介に相談した理由は単純である。彼こそ、自分がグループを脱退するときに一番強く引き留めてくれた人間だったからだ。
「知恵を貸してほしいんだ。何かこう、いい方法はないか? あいつだって本当は辞めたくないはずなんだ。あのまま辞めたらきっと俺と同じように後悔することになる。だから、何か引退した人間を連れ戻せるような方法があれば――」
「こんなことは言いたくないけどさ……そんな方法があったら僕が知りたいよ」
言葉に怒気を含ませて慎之介は拓哉の言葉を遮った。
基本的に常時笑顔を浮かべている慎之介が怒ったところを初めて見たレオは、自分の失言に気が付いた。
拓哉がSTEPを抜けるとき、誰が一番辛かったか。それは彼を尊敬してやまなかった慎之介だったのだ。
林檎を連れ戻すことに必死になり、かつての仲間への配慮を怠ったことでレオはバツが悪そうな表情を浮かべて謝罪した。
「悪い……無神経だった」
「あはは、こっちこそ意地悪言ってごめん。でも、拓哉君がそれだけ必死になって連れ戻したいその子が羨ましいな」
どこか寂し気な表情を浮かべると、表情を引き締めてレオに問いを投げかけた。
「拓哉君はSTEPを抜けるとき、どんな気持ちだった?」
「……お前らの足を引っ張るような惨めな自分が許せなくて、一緒にいるのが辛いから逃げたんだ」
「拓哉君はいつでも僕らを引っ張ってくれたもんね。でもさ、僕らも拓哉君の力になりたかったんだよ。良樹君や三郎君だって拓哉君の愚痴ばっかり言ってたけど、本気で心配してたんだ」
当時を思い出して一瞬だけ辛そうな表情を浮かべると、慎之介は林檎の現状に関する推察を述べた。
「きっとその子が拓哉君やもう一人の同期の子に相談しなかったのは、いや――できなかったのは、君らと一緒にいられない何らかの事情があったからじゃないかな」
「何らかの事情?」
「拓哉君で言えば、僕らといることで惨めさを感じるから、って具合に何らかの事情があるはずさ」
ギターを背負うと、慎之介は会計の半分の額を置いて席を立った。
「それじゃ、僕はバンドの方の練習があるから」
「忙しいとこ、ありがとな。その……良樹や三郎にもよろしく」
慎之介は声優としての活動以外にも、アーティスト活動の一環として拓哉を除くSTEPのメンバーでバンドを組んでいた。ちなみに、慎之介はまだ拓哉とこうしてちょくちょく会っていることは、まだ良樹と三郎には話していない。
「あははっ、それは今度、僕らのライブを見にきたときに直接本人に言ってよ」
「約束する。絶対見に行く――今の仲間を連れて」
「うん、
慎之介の激励を含んだ言葉に感謝しつつ、レオは自室へと戻った。
「おかえり」
「ただいま――じゃなくて、夢美、どうして」
反射的に返事を返したレオだったが、つい先刻口論になったばかりの夢美が部屋にいることに違和感を覚えた。
「……一人で考えてもどうしようもないからさ」
対する夢美は気まずそうに呟いた後、レオの目を真っ直ぐに見据えて言った。
「あたしがまた暴走して、炎上騒ぎに繋がったりするのを心配して巻き込まないように林檎ちゃんを連れ戻す方法を探してたんでしょ」
「いや、それはだな――」
図星だったレオはポーカーフェイスで取り繕うことも忘れて、しどろもどろになりながらも言い訳の言葉を紡ごうとした。
「格好つけないでよ!」
それを夢美は真っ向から一蹴した。
「一人で悩んでうじうじするくらいなら相談してよ。そうやって今まで一緒にやってきたじゃん……嘘でも偽物でも設定でも、あたしはあんたの幼馴染でしょ? あたしが暴走したらあんたが止めてよ! 代わりにあたしが立ち止まるあんたの背中を蹴っ飛ばしてやる!」
「夢美……」
「だから、二人で林檎ちゃんを絶対助けるんだよ!」
ああ、こいつはいつもそうだ。
心にかかった靄を力ずくで振り払ってくれる。
夢美の言葉で迷いを振り切ったレオは、獰猛な笑みを浮かべて夢美の言葉に答えた。
「ああ、当たり前だ!」
こうして、レオと夢美はどうしたら林檎を救えるのか、改めて話し合うことにした。
「まず、前提として白雪の卒業には二パターンの理由がある。本人が言っていたように〝やりたいことができた〟か、卒業したくなくてもせざるを得なくなったかだ」
「やりたいこと、か。そっちだとしたら〝ゆなっしー〟に戻って好きなゲームを自由に実況するためとか?」
以前、林檎は自分の実況したいゲームが権利の関係でプレイできないことに不満を抱いていた。
「それはないな。卒業から二週間が経っているけど、ゆなっしーの活動は再開されていない。前向きな気持ちで卒業したのなら、前もって何か準備してからやめるはずだ。特に配信活動に関して一切の妥協をしない白雪なら尚更のことだ」
「林檎ちゃんってああ見えて配信活動に関しては真面目だもんね」
林檎は社会を舐めているだけで、配信活動に関しては誠実だった。
動画編集の知識や、どういう配信が伸びるのか、度々相談に乗ってもらっていたレオと夢美は、林檎の知識量や配信者としての姿勢を純粋に尊敬していた。
初めて会ったときのような不真面目な面も段々と見受けられなくなっていたため、二人からすれば林檎は真面目に配信活動に取り組むライバーでしかなかった。
「俺がカリューさんや三島さんと話している間、白雪の様子はどうだった?」
「最初は塞ぎ込んでたけど、あたしが見る限り大丈夫そうだったよ……まあ、あたし基準だから何とも言えないけど」
「次の日会ったときも、どこか吹っ切れた表情だったから、その印象は間違っていないはずだ」
仲の良い同期のライバーといえど、毎日顔を合わせるようなことはまずない。
レオと夢美の状況が特殊なだけである。
「どこだ、どこで白雪の様子が変わったんだ……」
「次の日から一切会ってなかったもんね……」
二人共、悩んだ末に頭から捻りだした答えは一つだった。
「やっぱり、カリューさんを酷い目に遭わせた負い目がぶり返してきたのか……」
「やっぱり、カリューに裏切られた辛さがぶり返してきちゃったのかな……」
「「え?」」
同時に反対のことを言ったレオと夢美は怪訝な表情でお互いの顔を見合わせた。
この二週間、口論ばっかりで碌な会話が成立していなかった二人は、お互いの認識がズレていることに気が付いていなかったのだ。
それから、レオと夢美はカリューと林檎のそれぞれから聞いた話を総合して、ある結論を出した。
「……二人共嵌められたってことだよね、これ」
「……だよな」
二人がすれ違うことになった原因は、間違いなく林檎の取り巻きとカリューの友人達しかいない。
その事実を認識した瞬間、夢美は怒髪天を衝くかの如く怒り狂った。
「絶対に許さない! 個人情報特定して人生はめ――」
「夢美、落ち着け。これは推測に過ぎない。それにそうだったとしても、報復する権利があるのはカリューさんと白雪だけだ」
冷静なレオの言葉を聞いたことで、夢美の怒気は見る見るうちに霧散していった。
「……ごめん、つい熱くなっちゃった」
「お前よく今の一瞬で冷静になれるな」
急に落ち着いた夢美の様子を見たレオの脳内に、有名な漫画のネタ画像で「うわぁ! いきなり落ち着くな!」と叫ぶ眼鏡の中年男性が思い浮かぶが慌てて、それを振り払った。
「レオの言葉って沈静効果含まれてるんじゃないの?」
「ははっ、あったとしても夢美限定だろうな」
軽口を叩き合うと、レオと夢美は話を元に戻した。
「問題はこの事実を白雪が今更知ったところでなんだよな」
「だねー。林檎ちゃんの自己嫌悪は筋金入りだし」
林檎が当時嵌められたことを知ったとしても、自分がカリューを信じられなかったことが原因だと、自分を責め続けるのは目に見えていた。
「カリューのとこまで連れてって本音をぶつけ合わせるってのは?」
「残念ながらカリューさんは今頃メキシコだ」
「何でまたメキシコ?」
「ホオジロザメを生け捕りにして、生の鮫肌でわさびは摩り下ろせるのかって企画をやるらしい」
「クレイジー……」
アイドルがやるとは思えない壮絶な企画に、夢美は困惑して呟いた。
「ダメだ。やっぱりパズルのピースが足りないな」
「きっと、あれから何かがあった。それはあたし達に相談できないような内容で、それがきっかけで林檎ちゃんは卒業せざるを得なくなった」
「多分、やらなきゃいけないことがあるのは本当だろうな。ただそれがやりたいことではないのは白雪の様子を見ていればわかる」
堂々巡りの状態の中、レオの携帯に着信があった。
『お世話になっております、亀戸です。茨木さんもいらっしゃいますよね? お二人に会ってほしい方がいます』
それは、パズルの最後のピース――亀戸からの電話だった。
早くみんなで楽しく配信しているような話を書きたい……。