Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【緊急会議】発生したトラブルと生活習慣の向上について

 かぐやからのメッセージ後、レオはすぐにかぐやに電話をかけた。

 

『夜分遅くにすみません、諸星です』

「お疲れ様です。獅子島です」

 

 ワンコールと待たずに出たかぐやの声は酷く平坦な声音をしていた。冷や汗をかきつつも、レオは通話をスピーカーモードにしてテーブルに置く。

 

『茨木さんもそこにいますね?』

「ひっ……お、お疲れ様です。茨木です……」

 

 自分のせいで放送事故が起きた自覚がある夢美は、怯えながらもかぐやへ挨拶をした。

 

『何があったか聞かせていただけますね?』

「はい……実は――」

 

 レオは正直に先程の配信で起きた出来事を正直に話した。

 かぐやは飯田からの報告で夢美の部屋のガスが止まっていることは把握していた。

 何となく隣に住んでいるレオに風呂を借りていることも察してはいたが、こんな事故が起こることは予想外だった。

 

『はぁぁぁ…………ホンマ何しとんねん……』

 

 事情を聴いたかぐやは盛大なため息をつく。口調もすっかり素の関西弁に戻っていた。

 

「「申し訳ございません……」」

 

 レオと夢美は通話だというのに、床に正座してスマートフォンに向かって頭を下げる。

 

『あんたらやなかったら炎上してたで? 林檎に感謝やな……』

「いや、本当にそうですね……」

「林檎ちゃんがいなかったらヤバかったなぁ……」

『あの子は配信歴自体は長いからなぁ。炎上回りに関してはウチよりも詳しいまであるで』

 

 かぐやは今でこそ登録者数八十万人を超えるライバーだが、配信歴自体は三年である。林檎はゆなっしー時代を入れれば四年以上だ。しかも炎上を何度も経験しているため、対処方法も熟知している。

 そんな経験から配信を見ていた林檎は、レオと夢美の放送事故の気配を敏感に感じ取っていたのだ。もちろん、普段から二人と仲が良いため違和感を覚えたということも大きいが。

 

『とにかく、バラギの現状は早急に何とかせなあかんから。四谷も今日イギリスから帰ってきたとこやし、明日事務所で会議するで。二人共予定は空いてるか?』

「配信も夜なので、問題ありません」

「あたしも大丈夫です!」

 

 かぐやの様子から怒っているわけではないことを理解した二人は、安心したように明日の会議を承諾した。

 そんな二人にかぐやは申し訳なさそうに告げる。

 

『あと、すまへんけど朝の八時でも大丈夫やろか? 明日は四半期総会があってな……』

「あー、明日なんですね。俺は問題ありません」

「えっ、早――何でもないです。大丈夫です!」

 

 朝の八時に事務所に集合。起床時間を逆算した夢美は不満げな声を上げようとして、慌てて訂正した。

 

『ほな、明日はよろしく頼むで』

「「こちらこそ、宜しくお願い致します」」

『ふっ……やっぱりあんたら仲ええな』

 

 最後にくすっと笑うと、かぐやは通話を切った。

 

「じゃ、じゃあ、あたしもう寝るから」

 

 かぐやとの通話が終わり、夢美は目を泳がせながら部屋を出ようとしていた。

 

「夢美」

「ひゃい!」

「その……悪かった」

 

 レオは夢美に向かって深々と頭を下げる。そんな彼を見て夢美は怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうしてレオが謝るのさ」

「……事故だろうと女性の裸を見た以上、謝罪もしないのはダメだろ。お前に嫌な思いもさせちゃったし」

 

 バツの悪そうな表情を浮かべるレオを見て、夢美は先程までの恥ずかしさを一瞬忘れることができた。

 

「気にすんな、なんて言えない。やっぱ恥ずかしいし……」

「だよな……」

「でも!」

 

 夢美はそこで言葉を切ると、レオの顔を掴んで自分の目線の高さまで持ち上げる。

 

「あたしのせいでレオが炎上するくらいなら、恥ずかしいくらい何でもない――だから、罪悪感なんて感じんな!」

「夢美……」

 

 夢美の真っ直ぐな強い意志を秘めた瞳がレオの瞳を捉える。至近距離で見つめ合えば普通は目を逸らしたくなるものだが、レオは夢美から目を離せなくなっていた。

 

「「っ!」」

 

 しかし、さすがに顔が近いことに気が付いた夢美が慌てて距離をとる。そんな夢美を見て、レオも顔を逸らした。

 

「とにかく! 明日はよろしくね!」

「お、おう」

「それじゃ、おやすみ!」

「おやすみ」

 

 バタバタと部屋を出ていく夢美の背中を見送りながら、レオは顔を赤くして自分の口元を手で覆った。

 

「っぶねー……ちょっと冷静になろう」

 

 レオはひとまず冷水で顔を洗うことにしたのであった。

 ちなみに部屋に戻った夢美はというと、

 

「……………………死にたい」

 

 今度こそ自分のベッドに顔を埋めるのであった。

 

 

 

 翌日、早起きして身支度を済ませたレオと夢美はにじライブの事務所を訪れていた。

 かぐやが怒っていないということがわかっていた二人は昨日よりも軽い気持ちで会議室に入った。

 

「失礼します」

「お疲れ様で、す?」

 

 会議室に入った二人はその空気の重さに戦慄した。

 そこには、会議室にいる全員が息を呑むほどの怒気を放っている人物であるかぐや――ではなく、亀戸がいた。その両脇には飯田と四谷が気まずい表情を浮かべて座っていた。

 

「おう、お疲れさん。それじゃ始めるで」

 

 そんなマネージャー陣には触れずにかぐやは会議を始めた。

 

「まず、二人共昨日の配信についてやけど――林檎が炎上した」

「はえ?」

「ホア?」

 

 かぐやから聞かされた衝撃の事実にレオと夢美は間抜けな声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 何で白雪が炎上してるんですか?」

「そうですよ! 炎上するとしたらあたし達じゃないですか!」

「林檎は『私考案のドッキリは楽しんでもらえたかな』って言ったの覚えとるか?」

「まさか……」

 

 レオは思い当たった可能性に顔を青ざめさせた。

 

「せや。あんたら()()のファンが心配のあまり事を大きくして、物申す系のVに目をつけられてしまったんや」

 

 今回のバラレオバスタオル事件はレオと夢美が思っている以上に大事になっていた。

 レオと夢美が幼馴染であることは配信上の会話や仲の良さから信じている視聴者が多い。

 しかし、基本的にVtuberの設定を信じていない者は二人の仲の良さを〝仕事上のもの〟と理解した上で楽しんでいた。

 自然な距離感で仲の良い二人を見ることが好きな層からして見れば、今回の一件は度を越えていると感じてしまっていたのだ。

 ある種の〝匂わせ〟を感じるこのドッキリは、事務所側ないしは林檎に無理矢理やらされたと感じている層がいた。

 そして、批判は文句を言いやすい林檎へと集中してしまったのだ。

 さらには、こういったネタをすぐに嗅ぎつけて再生数を稼ごうとするVtuberやユーチューバーに目をつけられ、三期生の配信を見ていない二期生の視聴者達なども〝自分の推しがこんなことをやらされていたら嫌だ〟という気持ちで林檎を批判し、林檎は炎上してしまったのだ。

 もちろん、林檎はまったくといいほど気にしてはいなかった上に、炎上も夢美のときと比べれば大したことはなかった。なんなら炎上というのも烏滸がましい〝ボヤ〟レベルの騒動のはずだった。

 

「林檎がカリュー・カンナさんとコラボ予定だったのは知ってるよな?」

「はい、林檎ちゃんも喜んでましたよね」

「その話が延期になった」

「なっ」

 

 レオと夢美は目を見開いて亀戸の方を見た。亀戸は唇を噛んで俯き、二人の方を見ようとしない。

 

「林檎を今日呼ばなかったのは、わかるな?」

「白雪……」

「そんな……せっかく仲直りできたのに」

 

 林檎とカリューの関係性を知っている二人は林檎のことを思い歯噛みする。

 そんな二人を励ますようにかぐやは努めて明るい声で告げる。

 

「この炎上騒ぎが収まるのも時間の問題や。カリューさん側の事務所も『落ち着いたら企画を詰めましょう』とは言ってくれてるから、あまり気に病まないようにな」

 

 問題はこれからや、と言ってかぐやは空気を変えるように両手をパンと叩いた。

 

「バラギの生活習慣の改善。これが目下一番の課題や。四谷」

「はい、今後について私から提案させていただきますね」

 

 そう言うと、四谷は用意していた資料を全員へと配った。

 四谷から渡された資料を目にした夢美は怪訝な表情を浮かべて聞いた。

 

「この〝ライバーライフ(仮)〟って?」

「今、開発チームに依頼しているライバーの生活習慣向上アプリだよ」

「ヴェッ!? アプリ!?」

 

 アプリ、という単語を聞いた夢美は久々にカエルが潰れたような声を上げて驚いた。

 

「にじライブでは今後もライバー募集をするからね。そのとき、夢美ちゃんみたいなだらしな――不健康な生活を送っているライバーも入ってくると思うの」

「今だらしないって……」

「だから、夢美ちゃんだけの特別対応じゃなくて今後を見据えたものだから、あんまり重くとらえないでね?」

「ちなみに、アプリ化がうまくいけば個人勢や他の企業Vにも使えるようにして有料配信する予定ですね」

 

 補足するように飯田が説明を付け加えると、レオは納得したように頷いた。

 

「要するに、夢美はテスターってことですね」

「せや。あと二期生のルリリもやな」

「ああ、瓜町先輩もなんですね」

 

 四谷がマネージャー業務を引き継ぐことになる瓜町瑠璃もたまに食事を忘れたり、エナジードリンクばかり飲んで疲労を誤魔化して配信をしたりしている。

 夢美と瑠璃は今回のライバー向けアプリのテスターには持ってこいの人材だった。

 

「とにかく、今回の件で〝何が放送事故に繋がるかわからない〟って意識が社内でも芽生えた。後はウチらの腕の見せ所や」

「お願いですから諸星部長は適度に休んでください。僕も頑張りますので」

「そうか? 頼りにしてるで」

 

 心配する飯田の言葉にかぐやは笑顔を浮かべて答える。

 

「それと、二人共。今後も変わらない様子で配信できるか?」

「と、言いますと?」

「お互いを意識して変な空気になるくらいなら、いっそのこと大々的に付き合ってることを公表した方がええと思ってな」

「「はぁ!?」」

 

 かぐやの言葉を聞いたレオと夢美は素っ頓狂な叫び声をあげる。

 

「あれ、まだ付き合ってへんの?」

「付き合ってないですよ! 前にも言ったじゃないですか!」

「そうですよ! あたし達そんなんじゃないですから!」

 

 以前から、事務所内でも付き合ってると噂されている二人だったが、かぐやにすらもうさすがに付き合っているだろうと思われていた。

 

「いやいや、ただの同期であの距離感はおかしいやろ。事務所に遠慮せんでもええんやで?」

「いろいろなことが重なっていつの間にか距離が近くなってただけですよ! 夢美は確かに女性としては魅力的ですけど、あくまで同期のライバーですから!」

「レオのことは心から信頼してますし、普通に好きですけど、恋愛感情はないですから!」

 

 無意識のうちに告白まがいの言葉を叫ぶ二人に、かぐやは呆れたようにため息をついた。

 

「ま、気づいてないならそれでもええか……」

 

 時間の問題やしな、と呟くと、かぐやは資料をまとめ始めた。

 

「すまへんけど、そろそろ総会の準備をせなあかんから、会議はここまでや」

 

 かぐやの一声で急遽行われた会議は終了した。

 結局、会議中に亀戸は唇を噛むだけで一言も言葉を発しなかった。

 会議が終わった後、黙々と会議室のテーブルを拭いている亀戸に、レオと夢美が声をかけようとする。それをかぐやが止めた。

 

「亀ちゃんのことは今はそっとしといてな」

「でも……」

「あの子もあんたらには感謝しとるんや。せやから、今回の騒動について何も言わんのや」

 

 亀戸は林檎が待ち望んでいたカリューとのコラボのために意気込んでいた。また林檎が以前より笑うようになったため、亀戸自身もそのことを心から喜んでいた。

 亀戸は林檎が()()()批判の矛先が自分に向くように動いたことを理解していた。

 だからこそ、そんな林檎にそんな選択を取らせてしまった二人に少しばかり腹を立てていたのだ。

 とはいえ、不甲斐ない自分や林檎を救ってもらった恩もあるため、亀戸は何も言わなかったのだ。

 

「……炎上騒ぎが収まったら亀ちゃんも含めて焼肉いくか」

「もちろん、あたし達の奢りでね」

 

 二人はこれからはトラブルが起きないように気を付けることを固く心に誓ったのであった。

 




関西弁って難しいですね……聞く機会は結構あるんですが、実際文字にしてみるとこれがなかなか……。

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