バスタオル事件以来、林檎は相も変わらず毎日楽しそうに配信を行っていた。
林檎からしてみれば今回の炎上はボヤ程度のもの。
アンチの発言などまったく気にせずに配信を行う林檎の様子に、小人を含めた三期生の視聴者達は安堵していた。
今回の炎上騒ぎ。林檎は全て予測した上でレオに通話をかけた。
自分が炎上することも、カリューとのコラボが延期もしくは中止になることも、全て理解していたのだ。
それでも、林檎はレオと夢美を守りたかった。
白雪林檎も、手越優菜も、まとめて救ってくれた二人が林檎は大好きだった。だから自分に出来ることは何でもしたかったのだ。
だからといって、前のように無計画に自分を犠牲にするつもりは毛頭ない。それでは救ってくれた人達を裏切ることになってしまうからだ。
コラボを持ちかけてくれた親友であるカリューや、自分のために日頃から頑張ってくれている亀戸に申し訳なさは感じていたが、林檎はこれが最良の選択だと思っている。
そして、今日の林檎はいつも以上に楽しそうな様子で外出していた。
「ふふふふ♪ ふふふふ♪ ふっふっふん♪」
レオと夢美のおかげで笑顔の増えた林檎は、鼻歌交じりにスキップをしながら街を歩いていた。先日炎上したばかりとは思えない上機嫌振りである。
待ち合わせの場所に着くと、林檎は待ち合わせの相手を見つけて目を輝かせた。
「ごめん待ったー?」
「ううん、全然。私も今着いたところよ」
待ち合わせの相手であるカリューは林檎の言葉に笑顔を浮かべて答える。
「それじゃ、行こっかー」
林檎とカリューは目的地であるおいしいと評判のイタリア料理店へと向かった。
店内に入り席に着くと、開口一番に林檎はカリューに謝罪した。
「コラボの件はごめん。せっかく誘ってくれたのに延期になっちゃって」
「いいのよ。あの状況じゃ仕方なかっただろうし」
普段から三期生の配信を見ていて、林檎からレオと夢美の仲の良さを聞いていたカリューは大体の事情は把握していた。
「それにしても優菜は凄いわね。もうすぐ二十万人でしょ?」
「まあねー」
復帰後から林檎の登録者数は爆発的に伸びていた。今回の炎上騒動で普段林檎の配信を見に来ない層も気になって彼女の配信を見に来た結果、白雪林檎というライバーにハマった層も一定数いたのだ。
結果、今回の炎上は案件の延期という事態を引き起こしてしまったものの、多くの人間を〝三期生の沼〟に落とすことに成功していたのだ。怪我の功名という奴である。
「どうせなら登録者数二十万人のタイミングでコラボしない?」
「おっ、いいねー。どうせそのタイミングには鎮火してるだろうし、亀ちゃん――マネージャーに相談してみるよー」
林檎もカリューも転んでもただでは起きない人間だった。トラブルだろうと、次に高く飛ぶための踏み台にする能力を彼女達は持ち合わせていた。
「てか、環奈はスケジュール大丈夫なの? ドラマの収録と海外ロケで忙しいでしょー?」
「あら、こっちもあなたと同じで優秀なマネージャーが付いてるのよ?」
「そっか、環奈のマネージャーって拓哉の元マネージャーだったっけ」
カリューのマネージャーである三島は忙しいカリューが体を壊さないように、絶妙なスケジュール調整を行っていた。持ってくる仕事も基本的にNGはないが、他の仕事との兼ね合いを考え、何でもかんでも引き受けているわけではなかった。
「怪我とかしたりしてない? この前だって、電気ウナギを薄っぺらいゴム手袋だけで掴んで生け捕りにしてたし、危ないこと結構してるじゃん」
「ちょっと痺れただけよ。心配ないわ」
心配そうな林檎の様子を見てカリューは嬉しそうな表情を浮かべる。
もっと早くこんな関係になりたかった。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、カリューは頭を振って浮かんだ後悔の念を振り払った。
時間はかかったが親友になれた。それでいいじゃないか。
心に残った寂しさを紛らわすため、カリューは話題を変えることにした。
「それにしても、あの二人って幼馴染だけじゃ済まない仲の良さよね。事務所に報告してないだけで結婚してるって言われても納得なんだけど……」
「私も常日頃からとっととくっつけばいいのにとは思うよー。ま、ライバーとして活動してるせいか自然と恋愛対象から外れちゃってるんだろうねー」
林檎はレオと夢美の関係が歪なものであることは理解していた。
幼馴染設定、部屋が隣同士、夢美の食生活改善のための半同居状態、静香や由紀という身内との繋がり、それらは二人の距離感を縮めるのには充分過ぎる要素だった。
「ベストはあの二人がお互いをきちんと恋愛対象として認識することなんだけど、二人も幼馴染って言葉に甘えてるところあるからねー。幼馴染なんだからこれくらいいいだろうってさ」
「とっくにそのラインは超えてるのにね」
「たぶんライバーじゃなかったらとっくに結婚してたと思うよー」
呆れたように笑いながら林檎とカリューは、レオと夢美の関係性について語り合う。飯田と四谷ばかり目立つが、この二人も結局はカプ厨なのである。
提供されたイタリアンに舌鼓を打ちつつ、しばらく談笑していた二人だが、カリューがふと林檎について聞いた。
「優菜はいい人いないの?」
「私ー? 私はいないよー」
「じゃあ、好きなタイプとかないの?」
「うーん……私が一人になりたいときは一人にさせてくれて、一緒にいて欲しいときは一緒にいてくれて、趣味が合って、家族関係で面倒なことにならない人かなー」
「ハードル高いわね……」
カリューは林檎の提示した男性の条件を聞いてゲンナリとしていた。友人との恋バナというものをしてみたかったカリューとしては、林檎の条件は望んでいた回答ではなかったからだ。
「ライバーって出会いとかないの?」
「まあ、箱内だと相手は限られるし、他の企業のはややこしいことになりそうだからねー。それこそ拓哉と由美子みたいに無意識のうちに恋愛対象から外しちゃうだろうねー」
林檎は他企業Vで絡みのあったサタンの顔を思い浮かべる。
あれはないな、うん。
根はいい奴だけど、恋愛対象としてみるには自分にとって
仮に自分がライバーじゃなくても付き合おうとは思わないだろう。
林檎は顔を顰めた後に、カリューの方へと話を振った。
「そういう環奈はどうなのさー」
「私もそういう浮ついた話はないわね。一応これでもアイドルだし」
カリューはカリューでアイドルという立場上、恋愛をする気にはなれなかった。カリューは見た目こそ可愛いが、平気で虫やサソリを食べたり、狂暴な生物と戯れているイメージが強いせいで、そこまでガチ恋勢と呼ばれる層はいないので、恋人を作ろうと思えば作ることはできるのだが。
「……何か環奈って十年後くらいに番組スタッフとくっついてそうなイメージだわー」
「えー、さすがにないわよ」
それから二人はしばらく談笑しながら食事を楽しんだ。
会計を済ませて店を出ると、車で販売しているクレープの屋台が林檎の目に入った。
中学時代、初めてカリューと寄り道したときのことを思い出した林檎は、笑顔を浮かべるとカリューにクレープを食べることを提案した。
「環奈、クレープ食べようクレープ!」
「ふふっ、懐かしいわね」
カリューも初めて寄り道したときのことを思い出したため、柔らかい笑みを浮かべて林檎の提案を承諾した。
「ねえ、今度は私がクレープ買ってシェアしない?」
「別に二人で買えばいいんじゃなーい?」
「私だってあなたにあげたいのよ。これでも稼ぎはあなたよりあるつもりだけど?」
「ほほー、言うようになったじゃーん」
かつて林檎が購入したクレープを二人で分け合ったように、今度はカリューの購入したクレープを二人で分け合うことにした。
「はい、一口目どうぞ」
「それじゃ遠慮なくー……はむっ」
林檎は口を限界まで開いて差し出されたクレープに思いっきり齧りついた。
「ちょ、食べすぎじゃない!?」
「あれれー? 昔どっかの貧乏臭い誰かさんも思いっきり齧ってた気がするなー?」
「あんた、まだあのときのこと根に持ってたのか!」
態度では怒ってみせるものの、カリューの口元は嬉しさで吊り上がっていた。
こうして林檎と再びこんなやり取りを出来ることになるとは思ってもいなかったからだ。
カリューは改めて、林檎を救ってくれたレオと夢美に心の中で感謝する。
そして、二人に幸せな未来が訪れるように心から願うのだった。
この二人の組み合わせは「カリュりん」でも「ゆうかん」でもお好きな方をどうぞ