にじライブ剣盾杯の開催に視聴者達は大いに沸いた。
何せ、にじライブに所属しているライバー全員参加の企画である。
にじライブの歴史の中で大型コラボ企画は今までに何度もあったが、全員参加というのは一度もなかった。
事務所側も気合が入るというものである。新体制になったことで発足した〝企画部〟社員も全力でサポートする気満々だった。
そんな中、レオは今――
「オープニングを歌ってくれとは言われてましたけど、まさかスタジオで収録するとは思いませんでしたよ」
にじライブの収録スタジオにいた。
レオはにじライブ剣盾杯のオープニングを歌ってほしいという依頼を受けていた。
レオとしては願ってもないことだったため、その依頼を二つ返事で了承した。
そんなわけで、いつものようにスーツを着たかぐやに連れられて、レオはスタジオに来ていたのだった。
「ま、大規模コラボやからな。ウチとレオでオープニングを録るなんてビックリしたで」
「はえー……随分と気合入ってま――はえ? 今、何て?」
「せやから、ウチとレオでオープニングを撮るんや」
かぐやから告げられた内容に、レオは思考回路がバグった。
〝どうぐ〟の七番目でセレクトボタンを押されたような状態のレオに、かぐやは悪戯っぽく笑う。
「驚いたやろ?」
「アネ゙デパミ゙」
「あかんバグっとる……」
すっかり混乱してしまったレオの頭を、かぐやは持っていた書類で軽くはたく。
衝撃で脳が再起動したレオはかぐやに詰め寄った。
「……いや、そんな大事なことは先に言ってくださいよ! こっちだって心の準備が必要なんですから!」
「元アイドルなら、こういうのは慣れっこやろ?」
「推しと好きなコンテンツの曲でデュエットするということは、致死量の尊さだということをあなたは知るべきです!」
「相変わらず直球やな……」
かぐやはレオの言葉を聞いて苦笑しながら照れたように頬を掻いた。
レオがかぐやに憧れてライバーになったことは、他ならぬかぐや自身が一番理解している。
何せ、面接で二時間も自分の好きなところを延々と語られたのだ。
精神的ダメージを受けていたのは、かぐやも同じだった。
「それで、何を歌うんですか? めざポケですか?」
「いくつか案はあったんやけど剣盾杯やし、ちょうど今アニポケでやってるオープニングがええんちゃうか?」
かぐやが提案した曲は、現在アニメで流れているオープニングテーマだった。
このシリーズを最初から遊んでいる者にとっては刺さる歌詞が多い曲であり、主人公の声優や他の有名アーティストではなく、いわゆる〝歌い手〟と言われる動画投稿サイトを活動の主体としているアーティストが歌ったことも話題を呼んだ曲である。
「あー、あの曲いいですよね。GB時代の音、結構入ってたりしますし」
「特にウチは初代がガッツリ世代やからな。実はあの曲大好きなんよ」
「俺もです! それに二人で歌ってる曲ですし、パート分けもしやすそうですから、凄くいいと思いますよ」
何を隠そうかぐやもこのシリーズのゲームのファンだった。
ライバーになってからは案件のゲームばかりやっていたが、何だかんだで新シリーズが出るたびに、激務の隙を見つけてプレイだけはしていたのだ。
「そういえば、何でこんな中途半端な時期に開催したんですか?」
剣盾杯の開催は八月だ。
発売日からはそれなりに時間が経っているうえに、ダウンロードコンテンツの配信日もとっくに過ぎている。次回のダウンロードコンテンツは10月後半配信予定と言われている以上、一番話題にならない時期なのである。
レオのもっともな疑問に、かぐやは神妙な表情を浮かべて答えた。
「これはあくまでもウチの予想や」
そう前置きすると、かぐやは今回の剣盾杯開催の経緯を語り出した。
「今回の剣盾杯。主催者はまひるなのは知っとるな?」
「ええ、伺ってます」
基本的に、にじライブではライバーの主体性を大事にしているため、こういった大規模企画でも発案者は一人のライバーであることが多かった。
まひるは発売日にこのゲームをプレイしていたが、タイプ相性が覚えられず紙で印刷して手元で確認しながらゲームを進めていた。その様子が視聴者にウケており、彼女の剣盾配信は好評だった。まあ、一度出会ったモンスターは技に相性が表示されるため、相性表の意味はなくなってしまったのだが。
そんな彼女がこのタイミングで剣盾杯を開催しようと思った理由。それにはレオも心当たりがあった。
「俺達三期生が同時に剣盾の配信を始めたからですか?」
「ま、半分正解ってとこやろな。レオ、この大会の優勝者は魔王サタン・ルシファナへ挑戦権を得ることができる。この意味が分かるか?」
にじライブ剣盾杯の優勝者は、このゲームで世界一位をとったことのあるVtuberであるサタンと対戦することができる。ある意味、レオと林檎がサタンと仲良くなったからこそ実現できた内容とも言えるだろう。
「……繋がりのない他企業Vとのコラボ権が得られるってことですか?」
「それだけやない。魔王様は元々まひるとのコラボはNGだったVtuberなんや」
「えっ、どうしてまた? サタン君って魔王軍の中でもコラボは割としている方だと思いますけど」
サタンは他の魔王軍四天王と呼ばれているVtuberと違って、それなりに対戦ゲームで他企業のVtuberとコラボをすることはあった。
しかし、にじライブ側からコラボを申し込んだ際に、一度だけまひるとのコラボにNGを出されてしまったのだ。
「まひるはサタンとコラボがしたい。せやけど、向こうが一対一のコラボはNGを出す。だから、事務所全体を巻き込んだんやろ」
「でも、それって優勝しなきゃ意味なくないですか?」
サタンと彼の所属する〝バーチャルリンク〟が今回の件を了承したのは、企画の規模が大きかったことと、まひるではどうせ優勝できないだろうと高を括っているからである。実際にまひるが優勝したとあれば、事務所で受けてしまっている話である以上、断ることはできない。
そもそも、レオの実力を知っているサタンからすれば、最有力候補はレオなのだ。まひる一人を気にして断る理由はない。
「最近まひるはランクマッチの耐久配信ばっかりやっとるやろ? つまり、そういうことや」
まひるは頭を使うゲームが得意ではない。
特にタイプ相性が複雑なゲームであるこの育成ゲームの対戦は彼女の苦手分野と言えるだろう。
そんな彼女にも得意分野がある。
それはパターンを覚えて攻略するタイプのゲームである。
とにかく反復練習を繰り返し、攻略法を見付ける。
配信中にどんどん成長していく様子は実況者〝まっちゃ〟だった頃から好評だった。
まひるは指さばきが生かせる格闘ゲームが一番得意だったが、今回はそれが生かせない。
しかし、本気になったまひるが対戦環境を学べば、高レベルなプレイヤーの少ないにじライブ全体で見れば優勝も十分に狙えるだろう。
「でも、どうしてそこまでして……」
「ま、あの子にもいろいろ事情があるんやろ。ウチはライバー全体で楽しめる企画が出来ればそれでオッケーや」
口ではこんな風に言っているが、その実かぐやはかなりまひるのことを心配していた。
かぐやにとってまひるは、かつての同期であった乙姫なき現在の相棒とも言えるライバーだ。厄介な事情が絡んでいることは理解していても、珍しく見せるまひるの真剣な表情に何も言えなくなってしまったのだ。
何か問題が起きそうなら全力でフォローに回ればいい。今は思うがままにやらせてあげよう。かぐやはそう結論付けてこの大規模企画の話を進めたのであった。
「それより、レオ。喉の調子は問題ないな?」
「ええ、バッチリですよ!」
スタジオに入り、一通り準備を済ませた二人はマイクの前に立ち、ヘッドフォンを装着した。
「ほな、全力でいくで!」
「俺も本気で歌いますよ!」
こうしてレオとかぐやが全力で歌ったレコーディングでは、スタッフも圧倒されて無言になるほどのクオリティの音源が出来上がるのであった。
剣盾杯、案外ただの配信回ってだけじゃなかったりする