Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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さて、そろそろか。


【お盆休み】前へ進むために

 

 林檎の3D化配信が終わり、次に3D化するのは自分。

 覚悟を決めた夢美は、より一層自分のスキルアップに熱を入れていた。

 毎朝、早朝に起きて和音と体力作りと発声練習。

 昼や夕方には林檎から動画編集について学んだり、個人勢である友世からはコラボ時の立ち回りのコツを聞いたり、とにかく自分のスキルの底上げを図っていたのだ。

 そして夜にはいつも通り配信。

 

 結果、夢美は体調を崩した。

 

 急に不慣れなことをしたためである。

 テスターとして使用しているアプリ〝ライバーライフ(仮)〟では高評価を貰っていたが、そもそも疲れているときは入力すら適当に行っていたこともあり、正確な判定がされていなかった。

 体調不良自体は数日休んだことで回復したが、和音からは少し休んだ方がいいと言われ、結局レオの世話になることにしたのだ。

 いろいろあって一時的に気まずくはなったが、自分の気持ちをはっきりさせたからか、夢美はもうレオといる時間を気まずいとは思わなかった。

 そんな夢美の内心を知らないレオとしては、気を持たせるような行動ばかりされてやきもきしていたりするのだが。

 

 夢美の体調も完全に回復したある日。

 

「レオ、頼みがあるんだけど」

「いいぞ」

「まだ用件言ってないでしょうが……」

 

 即答するレオに呆れたように嘆息すると、夢美はいつものように味噌汁を啜る。

 器を置いて、ふぅ、と一息つくと、夢美はレオに頼みごとの内容を告げた。

 

「男の人へのプレゼントって何がいいのかわからなくて相談に乗ってほしいの」

「はえ……?」

 

 夢美が男性へプレゼントを選ぼうとしている。

 あまりの衝撃に、レオは口を開けたまま放心して箸を落とした。

 

「そんなに驚くようなことでもないでしょうが! 父親用だよ……」

 

 聞き取れないほど小さな声で〝今のね〟と呟くと、夢美は続ける。

 

「前職が前職だったから酒好きなおっちゃんの好みしかわかんなくてさ。頼める男の知り合いってレオくらいなんだよね」

「ちなみに、親父さんって年齢いくつなんだ?」

「……あれ、何歳だったっけな。確か四十台後半だった気がする」

「おい」

 

 嫌いではないが今の父親に興味がなかった夢美は、父である中居正紀の正確な年齢を把握していなかった。

 

「まあ、とりあえず出かけていろいろ見て回るか」

「ありがとね」

 

 こうしてレオと夢美は、久しぶりに二人っきりで外出することになったのであった。

 レオと夢美がやってきたのは有楽町にある商業施設だった。

 近場でいろいろと物が揃っているとなると、ここが一番無難だと判断したからだ。

 そして、商業施設に到着した二人は、

 

「うん、このフレーバー好きかも!」

「バニラフレーバーの紅茶ありだな。俺ちょっと買ってくる」

「ねえ、見て! このマグカップ可愛くない?」

「いや、いいデザインだとは思うけど、前に一緒に買ったマグカップまだ使えるだろ」

「じゃあ、自分の部屋で使う用にする」

「それ、分ける意味あるのか」

「それより、これやってみない?」

「ティーバッグの鷲掴みか……コスパはいいけど、好きじゃないフレーバーばっかだったらやだな」

 

 本来の目的を忘れて買い物を楽しんでいた。

 もはや完全にデートである。哀れ中居正紀。娘にとって目的だったはずのプレゼント選びは、意中の男とのデートの口実になってしまっていたのであった。

 とはいえ、夢美が正紀のプレゼントを選ぼうと思っていたことも事実。むしろ、それは夢美が一歩踏み出すためには大事なことだった。

 

「そうだ。プレゼントを選ばなきゃ!」

「……何かお父さんごめんなさい」

 

 レオと過ごす時間が楽しくて忘れかけていた夢美は本来の目的を思い出し、レオはまだ見ぬ夢美の父に謝罪していた。

 気を取り直すと、レオは真剣にプレゼントを選び始めた。

 

「腕時計とかは気に入ってるブランドじゃなければ微妙かもしれないな」

「何か高そうな腕時計してたわ」

「お前、父親の扱い雑過ぎないか?」

「家族の扱い雑過ぎな拓哉に言われたくないんだけど」

「うぐっ……」

 

 それからレオと夢美はひとしきり商業施設を回り、プレゼントは万年筆にすることに決めた。

 

「とにかく決まってよかったよ」

「マジでありがとね。助かったわ」

 

 万年筆が入った袋をぶら下げると、夢美は安心したように笑った。

 

「それにしても何で親父さんにプレゼントを?」

 

 地下にあったドーナツ屋で一息ついているとき、レオはふと疑問に思ったことを聞くことにした。

 

「今の父親ってお母さんの再婚相手なんだよね。あたしにとっての父親は死んだお父さんただ一人。そんな風に思ってたから、ずっと気まずくて距離をとってたんだ」

「そう、だったのか……それが何でまた?」

 

 予想外に重い話が出てきたため、レオは動揺した。それでも、少しでも夢美のことが知りたかったレオは先を促した。

 

「いい加減ケリをつけようと思ってさ。そうじゃないと前に進めない気がしてね。何話していいかわからないし、とりあえずプレゼントでも渡そうかなって」

「そっか」

 

 レオは夢美の家庭事情をそれとなく察した。

 夢美が家族を好きなのは本当だろう。由紀と一緒にいるところを見れば一目瞭然だ。

 しかし、由紀といるときに夢美はどこか遠い目をすることがあった。

 異父妹である由紀にどこか思うところもあったのだろう。

 湿っぽい雰囲気になることを嫌った夢美は、笑顔を浮かべるとレオに告げる。

 

「ま、今日からお盆だし、タイミング的にもちょうど良かったのが大きいけどね」

「はえ? お盆?」

 

 夢美が告げた言葉にレオは間抜けな声を漏らす。

 この男、実家を出てから一度も帰省していないことと、長年変化のない日々を送っていたことによって祝日やイベントなどの感覚が一切なかった。自分の誕生日ですら普段から忘れている始末である。

 

「あんたまさかまた帰らないつもり?」

「い、いや、今年は帰るつもりだった! だけど、そっかお盆か……ガッツリ耐久配信の予定入れちゃったんだよなぁ」

「あたしの幼馴染がマジで李徴な件について」

「ラノベのタイトルみたいなのやめろ」

 

 レオは静香に釘を刺されたこともあり、今年こそは実家に帰るつもりだった。結局はお盆自体を忘れていて配信の予定を入れるというお粗末なことになってしまったが。

 

「というか、由美子は今日帰るのか?」

「うん、夜中にね。夕方に軽く一時間くらい配信して帰る予定」

 

 夢美は雑談配信をしてから、実家に帰るつもりだった。妖精達にはその場で実家に帰るため、配信を数日休む旨も伝える予定である。これらのことは既にマネージャーである四谷にも連絡済みだ。

 お盆自体を忘れていたレオと違って夢美はしっかり配信スケジュールを組んでいた。これも四谷の適切なサポートのおかげである。

 そう全て計画的に進んでいるはずだった。

 

 つい興が乗ってしまい、雑談配信が長引き、妖精に指摘されて終電の時間に気がつくまでは。

 

 

 

「ヴェアァァァァァ!? 電車の時間ヤバイじゃん!」

 

 

 

[とんでもない叫び声出てて草]

[だからあれほど時間を気にしろと]

[これはやらかしたな……]

 

「お前らとの雑談が楽しかったのが悪い!」

 

[人のせいにするなwww]

[これは嬉しい責任転嫁]

[まあ、責任はとらんがな!]

[とりあえず、配信切って実家に帰りなさい]

 

「ごめん、実家帰るからおつゆみ!」

 

[おつゆみ!]

[おつゆみ!]

[おつゆみ!]

[気をつけてなー]

[レオ君も帰るのかな?]

[レオ君はこの後耐久配信の予定だぞ]

[帰る気ゼロで草]

 

 ちなみに、後日この動画の最後の部分は〝【バラギ切り抜き】妖精との雑談が楽しくて終電を逃しかけるバラギ【にじライブ】〟という切り抜き動画としてあげられることになるのであった。

 

 夢美は慌てて身支度を済ませると、隣の部屋のレオの元へ顔を出した。

 

「レオごめん、あたしもう出るね!」

「お前、まだいたのかよ! 早くしないと終電間に合わなくなるぞ!」

 

 ゆったりと耐久配信の準備をしていたレオは、夢美がまだいることに驚いてすぐに駅に向かうように促した。

 

「いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 慌てて駆け出していく夢美の背中を苦笑しながら見送ると、レオは冷蔵庫にあるビールなど耐久配信で飲んだりするものを確認していた。

 ゲームをやりながらお酒を飲み、袁傪達との会話に興じる。レオは長時間の配信をあまりやらないため、これからする配信を楽しみにしていた。

 鼻歌交じりに機材やゲームの確認を行っていたレオだったが、あることに気がついた。

 玄関に、今日夢美が買ったはずの万年筆が入った紙袋が置いてあったのだ。

 

「あのバカ……!」

 

 夢美はレオに声をかける際、一度玄関に持っていた紙袋を置いた。

 慌てていたこともあり、そのまま駅の方へと向かってしまったのだ。

 

「ったく、しょうがないな!」

 

 レオは紙袋を掴むと、猛ダッシュで夢美を追いかけ始めた――財布も携帯も持たず、ただ改札内に入るためのICカードだけを持って。

 




財布忘れてスイカだけで会社行くとお昼に絶望感が味わえますよ(白目)

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