司馬拓哉はクラスの人気者だった。
運動神経抜群、成績優秀。それに加えて容姿端麗。
誰にでも気さくに話しかけるリーダーシップ溢れる男子。
そんな彼に想いを寄せる女子生徒は多かった。
バレンタインデーにもらうチョコの数は下駄箱から溢れ出るほどで、甘党の拓哉は一年で一番好きな日と聞かれればバレンタインデーと答えるくらいだった。
これだけ女子から人気ならば、男子からの嫉妬も凄いと思うかもしれないが、彼を慕う男子も多かった。
リーダーシップがあり、どんな人間でも長所を見つけて褒めてくれる。そんな人間が人気にならないわけがなかったのだ。
「ねえ、司馬。今日二組に転校生が来るんだって!」
「へえ! 友達になれるといいな!」
「ほーんと、司馬はそればっかりね」
吊り目が特徴的な女子生徒、布施真礼に話しかけられた拓哉は楽しそうに笑った。
拓哉が男子のトップならば、真礼は女子のトップともいえる存在だった。
人気のケーキ屋〝Myosotis〟の娘であり、料理やお菓子作りが得意。おまけに容姿端麗となれば、男子からの人気は相当のものだった。真礼の場合は一部の女子から嫉妬されることも多かったが、彼女に勝てるようなスペックの女子はいなかった。
真礼は自分に自信があった。
料理も勉強も何でもできる自分が誇らしかった。
そして、何よりも拓哉の隣に居れることが嬉しかった。
「おっ、今日も夫婦一緒じゃん」
「夫婦だ夫婦―」
「誰が夫婦だ!」
お調子者の男子達に揶揄われた真礼は、怒りながらも満更でもない表情を浮かべている。
拓哉と真礼はクラスの男女の中でもとりわけ仲が良かった。
二人をお似合いだと揶揄する声も少なくはなかった。
そんな状況も真礼にとっては、恥ずかしくも嬉しいものではあったが。
「からかうなって」
拓哉は怒りながら男子を追いかける真礼を見て、呆れたように苦笑する。
この年頃の男子ならば女子と一緒にいるところを揶揄われることを嫌うものだが、拓哉は大して気にしていなかった。
なぜなら、拓哉は真礼を揶揄っている男子が真礼のことを好きだということを知っているからだ。
拓哉としても、別に真礼のことは仲の良い友達程度にしか思っていなかったため、むしろ彼女に好意を寄せる男子に同情的な気持ちの方が強かったのだ。
いつもと同じように騒がしい光景を眺めながら拓哉は思う。
「転校生、か……でも、クラス別なんだよなぁ」
拓哉はふと話題に出た転校生に思いをはせる。
拓哉達の通う三桜小学校には、他クラスの教室には入ってはいけないというルールがあった。
これはトラブルを最小限に抑えるために、行動範囲を制限するために学校側が設けたものだ。
やんちゃな年頃の小学生は特に目を離せばすぐどこかへ行ってしまう。
担任の教師が何かあった際に迅速に対処するため、こういったルールが設けられているのだ。
しかし、そんな子供の安全に配慮したルールも遊び盛りな小学生からしてみれば、友達との交友を狭める厄介なものでしかなかった。
拓哉は転校生が自分のクラスに来ないことを不満に思いながらも、授業の準備をするのであった。
ひとしきり男子を追いかけまわし、退屈そうな拓哉を横目で見ていた真礼はため息をついた。
女子の中では一番仲が良い方だと思う。それでも、今以上に拓哉との距離が縮まる気がしなかった。
二つ上の学年には拓哉の姉である静香もいるが、会いに行く理由もないため、外堀を埋めることも難しい。
ため息をついた真礼は少しでも拓哉のためになればと、こっそり二組の方へと足を運ぶことにしたのだった。
昼休み。
給食の時間も終わり、仲の良いグループが校庭で遊んだり、教室で仲良くおしゃべりをする時間。
真礼は周囲を見渡して教師がいないことを確認すると、二組の教室へと入っていった。
「あれ、真礼ちゃん?」
「珍しいね。教室の中まで来るの」
「他のクラスに入ったら怒られるよ」
「バレなきゃ大丈夫だって」
仲の良い女子達にそう言うと、真礼は目的の人物について尋ねた。他クラスにもこうしてたくさんの友人がいる辺り、真礼の交友関係も拓哉に負けず劣らず広かった。
「今日、転校生来たんでしょ。どこにいるの?」
「「「あー……」」」
転校生、という単語を聞いた途端に女子達は嫌そうな表情を浮かべた。
とても転校生が来たとは思えないような反応に、真礼は首を傾げる。
そんな真礼の様子を見て、友人の一人が教室の後ろの方の席を指さした。
「あそこにいる気持ち悪いのだよ」
「え?」
友人が指を差した方へと視線を動かせば、そこには長袖の上からひたすらに腕を掻きむしっている暗い表情を浮かべた女子がいた。
髪もボサボサで、よく見てみれば靴下には掻きむしった影響か血の跡まで付いている。
確かに一見、気持ち悪いという印象は抱かれてもしょうがない見た目である。
「ダメでしょ? そんなこと言っちゃかわいそうだよ」
汚いものを見る目で転校生を見ている友人を窘めると、真礼は笑顔を浮かべて転校生の元へと歩み寄っていった。
「こんにちは、私二組の布施真礼。初めましてだね、転校生さん」
「……は?」
女子にしては低い声で返事をした転校生の様子など意にも介さず、真礼は続けた。
「良かったら友達になってあげよっか?」
「友達?」
「そ、友達。一人じゃ寂しいでしょ?」
本音を言えば、真礼は転校生のことなどどうでも良かった。
もちろん、孤立していてかわいそうだという思いもあった。
ただそれ以上に、拓哉へ〝転校生ともう友達になった自分〟を自慢したかったのだ。
真礼が友達になりたいと言って断られたことなど一度だってありはしない。
「いらない」
「えっ」
「あたしは一人の方が好き。ほっといて」
だから、即答で友人になることを拒否されたことを真礼は理解ができなかった。
せっかく私が友達になってあげるって言っているのに、こいつは何で断ったの?
本気でそんなことを思っていた。
「ちょっと森さん。それは酷いんじゃない?」
「そうだよ。わざわざ真礼ちゃんが友達になるために他のクラスまで来たのに……」
「謝りなよ」
真礼と同じことを思った友人達からも援護射撃が飛び交う。
「いや、ルールは守れよ。友達以前の問題じゃん……」
そんな女子達に、転校生――森由美子は心底呆れたようにため息をついた。
「えっと……」
困惑して言葉の出てこない真礼へ由美子は告げる。
「わざわざなってもらわなくていいよ、友達なんて」
「っ!」
前髪で隠れて見えづらいが、どんよりと濁った瞳が真礼を捉える。
心の内を見透かされた気がした。
汚いという印象を受ける女子に、自分の心の汚い部分を指摘された気がしたのだ。
「ご、ごめんね? 何か偉そうだったよね……」
「うん、すっごく。わかったら、自分のクラスに戻って」
「じゃあまたね、森さん」
終始冷たく真礼に接する由美子。
彼女のクラスでの評価が下がったのは言うまでもないことだろう。
由美子としては、前の学校でも最低だった自分の評価がどうなろうと知ったことではなかった。どうせ地獄なんだ。それなら周りに合わせるなんてバカバカしい。そういう風に思っていたのだ。
「何よあいつ、ムカつく……!」
怒りに表情を歪めながら教室へと戻ると、真礼は乱暴に自分の席へと腰掛けた。
「おっ、転校生どんな奴だった?」
転校生に興味深々の拓哉は、二組に行ったという真礼に目を輝かせて話しかけた。
そんな拓哉に対して、真礼は声を荒げて答える。
「めっちゃ性格の悪い子だった……! マジで最悪!」
「お、おう……」
拓哉は真礼が不機嫌そうに鼻を鳴らしたのを見て、しばらくは転校生の話題に触れないことを心に誓った。
このころの夢美は父親が亡くなって、肌荒れが悪化してストレスマッハの状態ですね。