突然泣き出した真礼だったが、さすがに客が入ってくるとまずいことに気がつき、乱暴に涙を拭うと、慌ててレオと夢美を家に上げて店の方へと戻っていった。
少ししてアルバイトの女性が来ると、少し抜けると告げて真礼はレオ達の元へときて昔の話を始めたのだった。
「――私のせいで森さんのいじめは悪化したし、司馬君とも疎遠になった。全部私のせいなの」
全てを語り終えた真礼は力なく俯いた。
それに対して、拓哉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言った。
「いや、俺のせいだろ……」
自分の影響力も考えずに行動していたレオは昔の自分の行いを恥じた。
裏で真礼がどんな苦労をしていたかも知らずに、レオは自分の思うがままに行動していた。それが真礼も夢美も傷つけていたとは思ってもみなかったのだ。
人間、都合の悪いことは忘れるものだ。
レオにとって小学生のときの思い出は、夢美との初恋の綺麗な思い出がほとんどだったのだから。
「本当にごめんな。布施の気持ちに気づけなかっただけじゃなくて、俺のせいで迷惑ばっかりかけて……」
「司馬が謝んないでよ。私も周りの女子も勝手にあんたを好きになっただけなんだから、非はこっちにあるわ」
昔のような強気な口調でそう言うと、儚げに笑った。
そんな真礼を見て、先程から黙って考え込んでいた夢美は静かに口を開いた。
「あのお節介ちゃん、か……ホントあたしって都合の悪いことばっかり忘れちゃうんだよなぁ」
顔を顰めてため息をつくと、夢美は真礼を真っ直ぐに見据えた。
「真礼」
「えっ、な、何?」
初めて名前を呼ばれた真礼は動揺しながらも恐る恐る夢美の顔を覗き込んだ。
その表情は、
「ありがとう」
一点の曇りもない笑顔だった。
「え?」
「あたし、あんたに助けられてたんだ。人の悪意しか見なくてあんな態度しか取れなくて……そんなあたしを真礼はずっとフォローしてくれた」
「それは私の評価のためにやった打算的な行動で――」
「関係ないよ。だって、気持ちがこもっていようといなかろうと、結果は一緒だったから」
「森、さん?」
「あたし今幸せなんだ。憧れの人や大切な人達と一緒に自分のやりたいようにやりたいことができる。そんな環境にいられるのは真礼、あんたのおかげなんだ」
夢美は小学校のときのことがあり、中学時代、高校時代は周囲に合わせて角が立たないように過ごした。
親友と呼べるような人間こそできなかったが、それなりに楽しく過ごせる友人ならば何人かできた。
どうやったら角が立たないように過ごせるか。それは全て真礼から学んだことだった。
ライバーになってからも夢美がうまく立ち回れているのは、真礼の教えがあったからだ。
夢美はお節介な子が口うるさく注意してきて、それを破ったから惨めな思いをした。という記憶はあったため、真礼の〝女子のルール〟は心に刻み込まれていたのだ。
「手紙のことも誤解だったのなら、あたしが真礼を恨む理由はないよ。むしろごめんね? あたしが攻撃的なせいで迷惑ばっかりかけちゃって」
「何で森さんが謝るの……そんなの、全部、私が……」
「自惚れないで!」
いまだに罪悪感に囚われている真礼に、夢美はピシャリと言い放った。
「確かに真礼は立ち回りは上手かったかもしれない。でもね、一人でできることには限界がある。だから、あんた一人の責任なんてことは絶対ないの!」
夢美は不思議な気分で真礼に語り掛けていた。
以前だったら、絶対真礼のことを許すなんてできなかっただろう。
池袋で林檎とカリューの話を聞いたとき、夢美は思った。
自分を攻撃してきた人間、そのきっかけになった人間。そんな者に会ったとしても、知らない人の振りをする。関わり合いたくもない。
そう思っていたはずだったのに、夢美は真礼に対して憎しみは沸かず、ただただ感謝の気持ちしか湧かなかったのだ。
「あたしが困ったときに拓哉を頼るように、拓哉が立ち止まったときにあたしが背中を蹴っ飛ばすように――真礼も助けを求めなよ。今度はあたしが助けてあげるからさ」
「森さん……!」
「もう森じゃないから、由美子って呼んでよ」
「あっ、そうだったね……うん、由美子!」
こうして長い年月を経て二人は友人になることができた。
そんな微笑ましい光景を見ながらも、レオは微妙な表情を浮かべながら真礼の勘違いを訂正することにした。
「あー、一応言っておくけど、俺と由美子は結婚するわけじゃないからな」
「あれ? 違うの?」
両親へ挨拶、もう森じゃない、などなど誤解を招く発言を続けた夢美のせいで、真礼はすっかり祝福モードだった。
真礼は驚いた表情を浮かべながらも夢美へと視線を移す。すると、夢美の方も驚いた表情を浮かべていた。
「えっ、そんな誤解してたの!?」
「いやいやいや! どう考えても誤解するでしょ!」
至極まっとうな反応をする真礼に、レオはこめかみに手を当ててため息をついた。
「何か俺達が事務所で付き合ってるって誤解されがちな理由がわかった気がする……というか、このトロフィーとか賞状は?」
レオは家中に飾られているトロフィーや賞状に言及した。
「あー、それはパリに留学してた頃にコンクールで取ったやつ」
「「パリに留学!?」」
まさかの海外留学。
真礼が予想外の人生を歩んでいたことに、レオと夢美は揃って驚愕の声を上げた。
「あー、まあ、日本にあまりいたくなくてね」
「そのままパリで店を出そうとは思わなかったのか?」
「その選択肢もあったんだけどさ。身内贔屓かもだけど、やっぱり実家の味が一番だから、お店は継ぎたくてね」
夢美への罪悪感や慣れない海外生活からくるストレス、パリの絶品スイーツ、それらが加わったこともあり、パリで真礼は元の可愛らしさが消し飛ぶ勢いで激太りした。
日本に帰国して実家を継いでからは、ヘルシーなケーキの開発に勤しみ、これでも痩せた方なのだ。
そこでふと、自分のことばかり話していた真礼はあることが気になった。
「そういえば、二人は今何やってるの?」
「「スゥッ――――……」」
どうする、と一瞬の内にレオと夢美の視線が交錯する。
夢美が瞳に力を込めると、レオは力を抜いて笑った。
それを見た夢美は、今の自分達の職業を告げた。
「あたし達、今Vtuberやってるんだ」
「Vtuberって、アイノココロとか板東イルカとかあの?」
「やっぱ知らない人達からするとVって言ったらそうなるよな」
真礼が有名なVtuberの名前を出したことで、レオは苦笑した。Vtuberが好きな者達からしてみればレオも夢美も化け物でしかないのだが、サブカルチャーに疎い一般人からしたら知らなくて当然の存在なのである。
「あたし達ってことは、まさか司馬も?」
「アイドル辞めてから燻ってた気持ちに火が付いてな。そこで由美子と再会したんだ」
「何その運命の再会……」
やっぱりこの二人はお似合いだな、と感じた真礼は半ば呆れたように笑った。
「あのシバタクがVtuberやってるなんて友達に言っても信じなそうね」
「おかげ様でギリギリ身バレせずに済んでるよ……」
「真実が一番信憑性がないってどういうこっちゃって話だけどね」
いまだにレオがシバタクだったというネット上での噂は憶測の域を出ない。それほどまでにレオの性格や雰囲気がアイドル時代と違い過ぎるのだ。
真礼は二人がVtuberとして活動しているところが全く想像できなかったため、二人のライバー名を聞くことにした。
「そうだ、司馬、由美子。Vtuberってどんな名前でやってるの?」
「〝茨木夢美〟だよ。そんでもって、拓哉は〝獅子島レオ〟って名前でやってる。高評価、チャンネル登録よろしく!」
「さりげなく、高評価とチャンネル登録を催促するあたり抜け目ないな……」
自慢げに自分達のチャンネルを教えた夢美に対して、レオは呆れたようにため息をついた。
夢美にライバー名を教えられたことで、U-tubeのアプリで二人のチャンネルを検索した真礼は表示された登録者数に目を見開いた。
「どれどれ……は!? 登録者数二十三万人!? 二人共!?」
「はえ?」
「ホア?」
予想外の登録者数爆増にレオと夢美も固まった。ちなみに、先日3D化配信を終えた林檎は現在登録者数二十六万人である。
「うっそ、今朝の時点ではそんなじゃなかったのに!」
「まさか俺達の実家騒動が原因か?」
「炎上はしてないみたいだけど、話題にはなってるね……」
事務所が公式にレオと夢美は幼馴染で、現在同じマンションの隣の部屋に住んでいるという発表をしたため、SNS上では二人の話題がネットニュースになるほどに取り上げられていた。
さらに、いつもは敵の物申す系のVtuberなどが、レオと夢美の味方をしたことも大きいだろう。
彼らは極めて冷静に、レオと夢美が同じマンションの隣の部屋に住むことの必然性を語っていた。
ちなみに、物申す系Vにはしご外しをされて、レオと夢美を批判していたユーチューバーやアンチの動画投稿主は漏れなく炎上していた。
それからある程度お互いのことを話したレオと夢美は、真礼にケーキを用意してもらってレオの実家に向かうことにした。
「じゃあ、今日はありがとな。また来るよ」
「うん、そのときはまた由美子も一緒にね」
レオにだけ見えるように口パクで「ウェディングケーキは任せて」と真礼が言うと、レオは照れたようにそっぽを向いた。
「……お前なぁ」
「あんまり待たせないでよ?」
「ま、頑張るわ」
レオの言葉に笑顔を浮かべる真礼。そこには嫉妬や罪悪感に囚われていた頃の面影は一切なかった。
「由美子、これ」
「これって……」
真礼は長年大切に保管していた〝手紙〟を夢美へと手渡す。
一切劣化した様子もなく綺麗に保存されていた手紙を見て、夢美は驚いたように顔を上げた。
「次は絶対邪魔されない場所で渡しなよ?」
「うん! ありがと、真礼!」
こうしてレオと夢美は真礼に別れを告げた。
この後に会うのはレオにとって気まずい相手である両親だ。
しかし、レオはもう臆してなどいなかった。
改めて購入したケーキの箱を持ち直すと、レオと夢美はしっかりとした足取りで司馬家へと向かうのであった。
ちなみに、布施さんはパティシエとしては結構な腕を持っております。
実家のケーキ屋は立地が悪いので、客足はそこそこといったところですが、中には結構セレブなお客さんも来たりします。
あと、捕捉ですがレオと夢美が来た時点で客がいなかったのは、ほぼ開店凸状態だったからです。