【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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悪役令嬢シリーズの漫画を読んでたら思いつきました。


【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【超短編】

「え、エリザベート公爵令嬢!今日をもって、お前との婚約を破棄する!」

 

 貴族学園の庭園に若い男の声が広がる。彼こそ、この王国の次期国王であるフリードリッヒだった。彼は許嫁である公爵令嬢より、学園で知り合った平民出身の可憐な少女との初々しい恋を優先しようとした。彼の周囲を取り囲むのは、彼を慕う学園の生徒会役員たちだ。フリードリッヒを始め、誰も彼も美男ばかりであった。しかも、彼らの家柄は高く、宰相の息子や騎士団長の息子といった重要な役職者の血筋に連なる者ばかりだった。彼らは自分たちの子分たちを連れてきており、この庭園で孤立しているのは椅子に腰掛けているエリザベートただ一人だ。

 さすがのエリザベートもこれにはたじろぎ、泣いて許しを請うだろう。フリードリッヒは無理やり頬を歪めて笑ってみせた。

 だが。

 

「………用件は………それだけかしら………」

 

 ぞおおおおおおっっっ!!

 ひと睨み。ただのひと睨みで、その場にいる全員の総身を原初の恐怖が襲った。肉食動物の牙を前にしたネズミの記憶が蘇る。紅茶のカップに薄い唇で触れる金髪美貌の可憐な少女は、少女にまるで似合わない鋼のような眼差しでフリードリッヒを睥睨する。何の価値もない石ころを見るような目に怒りが沸き立つも、恐怖という冷水を浴びせられて脚がすくむ。

 

「そ、そ、そ、それだけ、とは、ど、ど、どういうっっっ!!??」

 

 声が声となって出ていかない。蝶よ花よと育てられた令嬢とは思えない、何百人もの人間を無慈悲に血祭りにあげてきたような冷酷な視線に突き刺され、フリードリッヒの喉は無様に震えるだけで声を形作ろうとはしなかった。

 

 不意に、学園のどこかから、場違いに軽やかな賛美歌が聞こえてきた。魔力による蓄音機から奏でられるどこか機械的な音曲。それは神秘的な音色のはずなのに、なぜだか血生臭いような謎めいた不安な響きが脳髄をざわざわと微震させる。

“我がすべてを主にささげ、罪ととがにうち勝ちて、悩みの日に主を覚え、御心にぞそいまつらん”

 

「これは───賛美歌13番(・・・・・・)?」

 

 教養のある誰かがつぶやく。と、それを追うようにやおらエリザベートがその場からぐんっと立ち上がった。思わずギクリと後ずさりをした生徒会一同に一瞥も与えず、まるで何事もなかったかのように彼らに背を向ける。その態度に、もっとも短気でこの場では一番の新顔のユーリがこめかみに青筋を立てる。

 

「待て!女のくせに、王子に向かってなんだ、その態度は!こいつ───」

「ゆ、ユーリ、ダメだ!エリザベートの背中に近寄るな(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 騎士団長の息子であるユーリが激情にかられてその長駆を高く跳躍させ、エリザベートの背後へと一挙に迫る。フリードリッヒは、その行為がユーリにどんな結末をもたらすかを身を以て知っていた。次の瞬間には顎を砕かれたかつての美少年が地面に転がっている。

 果たして、結果はそれ以上に酷いものだった。ユーリは顎と鼻の骨を完膚無きまで粉砕され、血反吐を噴き出しながらフリードリッヒの足元に転がってきた。美丈夫だった顔面はもはや元には戻らないだろう。白目を剥いた意識のない眼球がフリードリッヒを見上げている。

 

「………邪魔を………しないで頂けますか………?」

 

 拳で殴ったのか。はたまた足で蹴ったのか。もはやそれすらわからなかった。ひるがえるスカートすら視認できなかった。このなかでもっとも戦闘能力の高いユーリですら、手も足も出せずに半殺しとなってしまった。この場にいる者全員が理解した。誰も、彼女に敵わないことを。

 エリザベートは、いつからか背後に人が立つことを極端に嫌うようになった。ワガママな公爵令嬢ではなくなった幼少期から、背後に人が立つたびに凄まじい形相で暴力をふるい、叩きのめすようになった。誰に握手を求められようと決してその手を握ることはしなくなった。

 

『利き腕を……他人に預けるほど……わたくしは自信家ではありませんわ……』

 

 どんなに年上の、どんなに階級が上の人間に対しても決しておもねることをせず、むしろ悪魔のような気迫で圧倒してみせた。生物としての本能が、己が彼女に匹敵し得ないことを如実に伝え、威厳高き国王ですら数秒と堪えられずに気絶した。

 彼女は、知性は極めて高く、この世界の誰も知らないような知識を秘め、身体能力はずば抜けて高く、魔力による攻撃において狙った標的を外したことは一度もない。誰にも負けたことはなく、誰にも己の内を明かすことはない。

 

「え、え、え、エリザベート!おおおおおおおおお、お前はいったい、なんなんだ!?」

 

 彼女を敵に回してしまったことの恐怖に歯をかち鳴らすフリードリッヒの絶叫じみた問いかけに、エリザベートは顔だけでぐるりと振り返る。肩越しに見据えられた途端、フリードリッヒの股間は温かな小水を派手に漏らした。受け止めきれない恐怖に目の前が真っ白になり、彼はついに泡を吹いて卒倒した。残された者たちには、次期国王の醜態を笑う余裕もなければ、助ける余裕もなかった。地に膝をついて頭を抱えて許しを請う少年少女たちを、やはり何の価値もないものを見る究極の無関心の目で一瞥すると、エリザベートはハイヒールで地を鳴らしながらその場を後にした。

 

 依頼人が、待っている。




完全に勢いで書いたものです。誰かに楽しんでもられば幸いです。

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