【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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悪役令嬢(ゴルゴ)シリーズとして書くか、新しい物語として書くか、とても迷ったのですが、中身がゴルゴの方が現代戦の知識とかあっても説得力があると思ったのでシリーズとして書くことにしました。一発ネタを続けるのは恐ろしいものがあります。楽しんでもらえれば幸いです。


悪役令嬢(ゴルゴ13)が平民を精鋭兵士に育てて近衛騎士団を圧倒する話 2話

 一ヶ月後、合戦当日。快晴の正午。

 

 小規模な森と平野がまばらに点在する盆地一帯。それらを見下ろす小高い丘の頂上に、2つの陣営が豪勢な観戦所を設けていた。一方は、勝ち誇った顔を浮かべる王子を中心とした、王国旗の翻る天蓋(テント)。もう一方は、彼に騎兵合戦という決闘を申し込まれて窮地に追い込まれているはずのエリザベートを中心とした公爵家の天蓋(テント)だ。

 互いに手を伸ばせば指先が届く程度の間隔をあけて、王子の隣には絢爛な革張りの総指揮官席にエリザベートが座り、すぐ傍らには彼女の父親である現公爵が佇んでいる。お付きの者たちを多く侍らせる王子と違い、エリザベート側はわずか二人のみ。

 

 王子の目論見に反し、エリザベートの顔貌には変化は見られない。さしもの鉄面皮も、実家である公爵家の存亡の危機とあれば歪みを見せると王子は当たりをつけていた。しかしながら、そこには悲哀などカケラも見て取れず、むしろ氷のような美貌の内で、瞳だけがギラギラと剣刃のような好戦的な輝きを放射している。その横顔は例えようもないほどに美しいが、皮一枚下に蠢いているのは恐るべき悪魔だ。自分は許嫁としてこの少女と接するようになってから悪魔の片鱗を何度も目撃していた。か細い肢体の見た目に騙されたユーリが頬骨と顎骨を粉砕されて生死の境を彷徨った半年前の出来事を思い出し、ブルリと背筋が震える。

 王子はその恐怖を乗り越えた。乗り越えた、と自分に言い聞かせた。エリザベートを自らの王国から排除するために知恵を絞り、こうして騎兵合戦を挑むことを決断した。卑劣漢?卑怯者?大いに結構。いかなる(そし)りを受けようと、自分の未来からエリザベート(あくま)を廃するためならどんな汚名も気にはしない。そのために、こちらは恥も外聞も捨て、国王陛下(ちちうえ)に頭を下げて玉座の足を舐めるが勢いでわめき泣きついてまで、精鋭中の精鋭である近衛騎士団を連れてきたのだ。しかも一ヶ月をかけて、国王や大臣が住む宮殿など王国中の重要拠点から屈強な近衛兵を引き抜いてきた。

 対して、公爵家はと言えば。

 

「兵士の数を御覧ください。こちらは総勢311名。相手はたったの80名です。間違いなく勝てるでしょう」

 

 王子の側近兼参謀役でもあり、学園では生徒会の仲間であり学友でもある眼鏡をかけた美形の青年が耳打ちする。耳打ちといっても、明らかにエリザベートに聞こえるような、あからさまに当てこすりをする声量だった。

 

「事前に得た情報ですと、エリザベート様は合戦を申し込まれてすぐに平民たちを集めたそうです」

「平民?そいつらを訓練したというのか?たかが1ヶ月で?」

「いえ。それが、まるでこうなることを予測していたかのように、すでに訓練が完了した様子の屈強な男たちが公爵家に参集する様子が目撃されています。全員が、支給されたらしい大きな緑色の円筒形雑嚢(ダッフルバッグ)を背負っていたと。総数は200名程度だったそうです」

 

 王子は黙したまま次の情報を待ったが、青年がそれ以上語を紡ぐ様子がないので「それだけか?」と怪訝な目つきで隣を見上げた。青年の父親は王国の誇る諜報機関の長官であり、息子であり次期長官である彼にも諜報機関の権能の使用権が与えられていたはずだ。

 

「エリザベートの兵士たちにスパイを何人か紛れ込ませると言っていたじゃないか。当然、あそこに紛れ込んでいるんだろ?」

「……殺されました」

「なに?」

「一人が報告にやってきた日、私の目の前で狙撃されました。締め切った窓に空いていたわずか指先ほどの隙間を狙って、6区画以上離れた建物の屋上から。脳みそが散らばって、即死でした」

 

 王子は思わず身体を捻って青年を仰ぎ、その表情が死人のように青ざめているのを見て、こめかみを冷たい汗が一筋、顎先へと伝い落ちていく。

 

「げ、下手人は?捕まえたんだろう?」

「狙撃されたことすら判明したのは今朝方のことです。そもそも、弓も魔法も届かない距離と隙間から誰かを狙って殺す方法があることすら知られていませんでしたから、とても下手人の捕縛など……」

 

 その通りだ。弓の狙撃でも指先ほどの隙間を狙うことはできないし、魔法の攻撃到達範囲は弓に遠く及ばない。6区画となれば、相手は点ほどの大きさにも見えないだろう。この世界のいかなる遠距離攻撃方法でも不可能だ。

 

「ほ、他にもスパイはいたんだろう?腕利きのスパイを何人も潜入させると言っていたよな?そいつらを使って公爵軍を混乱させると」

「全部で8人を潜入させました。敵国のどこにでも潜入できるような手練ばかりです。それが全員、沙汰がありません。以前から公爵家に潜入させていたスパイメイドも、難民を装って公爵領に浸透していた休眠スパイたちも、突如報告を途絶させました。おそらく、殺されています。こちらの工作はすべてバレていたのです。私の眼前でスパイが殺されたのは、警告の意味だったのでしょう。それ以降、どのスパイたちも怖がって公爵領への潜入を拒否するようになりましたので、最新の情報はありません」

 

 どちらからともなく、二人は揃って隣の椅子に腰掛ける少女に目を向ける。二人の視線に気が付かないのか、気付いていても歯牙にも掛けていないのか、エリザベートは常と変わらず無感情の双眸を正面に向けたまま妖艶な唇で紅茶を嗜んでいた。血のように真っ赤な紅を引いた唇がやけに鮮烈に目に焼き付く。わけもなく圧倒されて、王子の喉がゴクリと勝手に震える。それを押し隠して、彼はあえて傲慢な格好で椅子に深く腰掛けなおした。

 この王国は世界最強。そして近衛騎士団は王国最強。つまり、自分の軍は間違いなく世界最強の戦力だ。3分の1以下の相手に負けるはずがない。絶対に。絶対にだ。

 ひくつきかけた口元に全霊の力を込め、王子は傲岸不遜な表情で眼下の自軍を見下ろす。総勢311名。311名だ。相手は80名。3倍以上の差がある。3倍だぞ。

 きらめく王子軍の強壮な眺めに、彼の胸は一気に軽くなった。成人男性の平均身長を軽く超える偉丈夫たちが色とりどりの鉄鎧を全身に帯びて陽光を勇ましく反射している。近衛騎士になるためには、まず生まれながらの頑健な肉体はもちろん、家柄の格式も必要とされる。彼らはそれぞれ麗しい貴族家の出身であり、各家の権威を象徴するためにそれぞれの武器防具が細部にまでこだわった装飾と色彩を具えていた。まるで大地に広がる巨大なタペストリーであり、これほど見事な兵隊は世界広しといえど今この瞬間のここにしか存在しない。

 

「お、王子、心配いりません。役立たずのスパイなどいなくても十分勝てますよ。相手がいくら姑息な仕掛けをしていようと、力で押しつぶせば良いのです。ほら、公爵軍を御覧ください」

 

 促されるままに公爵家の用意した兵士たちに目線を流して、王子の気分はさらに急浮上し、笑みを取り戻すだけの余裕を得た。騎兵どころか騎士でもない。鎧すら着ていなかった。ただの男たちの集まりだ。ゴワゴワと硬そうな繊維でできた衣服は上下とも緑のまだら模様に染まっており、胸や肘膝に申し訳程度の軽鎧がついている。頭には見たこともない、装飾のカケラも施されていない濃緑色の丸兜(ヘルメット)。カカシのように身じろぎ一つしない彼らの姿は、しっかり目を凝らしておかないと背景の平野と森に溶け込みそうになるほど地味だ。

 

「は、ははは。弱そうだな。なあ、お前たちもそう思うだろう?」

「いかにも王子の仰る通り。なんて地味なのでしょう。華美さとは程遠いですな。さすがは平民を集めただけの寄せ集め。剣を揃える費用もなかったと見える」

「貴族家出身の近衛騎士の華やかさとは無縁ですな。武人としての気構えに欠けております」

 

 せせら笑う声が王子の背後でさざ波のように広がる。その台詞の通り、公爵軍の誰も腰には剣を帯びていないし、盾もない。馬にも乗っていないし、チャリオットもない。その代わり、全員が魔力で鉛の小粒を射出するという鉄製の筒を背に担いでいる。

 最近、公爵家で発明されたというその奇妙な道具は、少しずつ世に存在が知れ始めてはいたが、古式ゆかしく伝統を重んじる騎士たちはその有用性を聞く前から鼻で笑って手に取ることすら拒んだ。剣盾のほうが、女々しく弱そうな鉄筒の玩具よりよっぽど男らしく、勇壮であると。

 

 まさにそれを証明しようと躍起になっている男が、王子軍の先陣の馬上で目を血走らせている。真紅の兜で隠した顔に、頬と顎の骨を砕かれてから、かつての美丈夫の面影は見る影もない。“少女に一撃で惨敗した”という不名誉な事実によって後ろ指を指されることとなった騎士団長の息子───王子の学友でもある───ユーリが、復讐の炎を燃え上がらせて双肩を荒い息遣いで持ち上げている。見開かれた眼球は狂人のように血走っており、唇の端には興奮のあまり吹き出た泡がこびりついている。

 

“勝利の暁には、エリザベートを好きにしていいぞ”

 

 王子の約束が何度も頭に蘇る。学園の庭で、公衆の面前で受けた屈辱を何万倍にもして返すため、ユーリは父親である騎士団長に半ば脅迫する勢いで自らの参戦を願い、実現させたのだ。親の権力を利用した彼は、今、王子軍の団長として一際雄々しい巨馬に跨がって鼻息を荒くしている。

 彼自身は、単騎としての能力は高くとも300名にも及ぶ騎士の指揮など経験もなければ知識もない。それを心配した彼の父親である騎士団長は、息子を補佐するという名目で実質的な現場指揮官の役割を果たさせるために己の優秀かつ忠実な副官を送り込んでいた。成人前に騎士となってから初老に差し掛かる今までに2度の戦争と4度の紛争を経験した筋金入りの戦士であるモスコーである。

 

(おいたわしや、ユーリの坊ちゃん)

 

 ユーリの傍に控えるモスコーが気の毒そうな顔を彼に向ける。モスコーは彼のことを幼い頃から知っていた。それゆえに、プライドを砕かれたことの復讐に固執するユーリの姿は見るに堪えないものがあった。これも、貴族学院で仲の良かった王子が、許嫁であるエリザベート公爵令嬢ではなくそのへんの町娘と恋慕を結んだせいだ。ユーリは友人として王子を諌めるべきだったのに、よりによって王子に同調してエリザベート嬢を排除しようと実力行使に出た。それがこの哀れな若者の人生を分かつ分水嶺となったのは間違いない。

 モスコーはチラリと丘の上に厳しい視線を飛ばす。ユーリをこんなふうにしてしまったくせに、そんなことなど気にもせず椅子にふんぞり返る王子の態度に腹が立つ。それに、彼の背後に控え、その(おご)った態度を諌めようともしない騎士団長にも同じくらいに腹が立っていた。昔はまっすぐ過ぎるくらいまっすぐな人間だったというのに、子ども(ユーリ)可愛さか、今ではすっかり権威に尻尾を振る弱腰を見せるようになった。自分と同年代なのに、そうは見えないほどに老けた見た目も見るに堪えない。

 しかし、その騎士団長に渋々ながらも従うしか無い自分も偉そうなことは言えないと悟り、モスコーは周囲にわからない程度に頭を振った。

 

(とにかく、自国の平民への虐殺だけは止めなくては)

 

 彼自身の真の目的は、ユーリの補佐とは別にもあった。いざ戦いに出れば、ユーリの暴走を止めなければならない。かの有名な(・・・・・)エリザベート公爵令嬢が用意したとはいえ、しょせんは平民の集まりだ。どこで訓練したかもわからない烏合の衆がわずかに80名。それに比べ、こちらは最強の近衛騎士団である。しかも王宮や城や重要な各地の宮殿からかき集めてきた精鋭中の精鋭ばかりが総勢300名。歴史的に見ても、近衛騎士がこれだけの数、一箇所に集まったのは前例がない。その上、高位の魔術師を乗せたチャリオットも三台準備している。これでは一方的な大虐殺は免れない。

 ……少なくとも、ついさっきまではそう思っていた。

 

「……副団長」

「ああ」

 

 2度目の戦争から共に轡を並べた古参の騎士の押し殺した呟きに、モスコーは阿吽の呼吸で同意の頷きを返した。

 理性を失いかけているお飾り指揮官(ユーリ)は当然のように気がついていないし、“騎士の中の騎士”とおだてられてきて腕っぷししか能のない若い騎士たちも気付いていない。しかし、古つわ者の騎士たちは肌で感じ取っていた。

 平原を挟んで対峙する、エリザベート公爵軍の異質さ(・・・)を。

 

「装備が全員同じだ。顔にも緑色の塗料を塗っている。これではどいつが大将首かわからん。どいつが指揮官なんだ?」

「体格もだ。どいつもこいつもまったく同じ体格をしている。うちの若い連中よりよっぽど頑健そうだ。おそらく、全員が同じレベルの練度になるように徹底的に訓練されたに違いない。いったいどんな鍛え方をしたんだ」

「上半身がやけに大きい。剣を使うための筋肉じゃないな。あの魔法で動くという鉄筒か?」

「気付いたか。アイツら、一時間前に整列してからピクリとも動いてない。式典専用の騎士みたいに動かないぞ。気味が悪いくらいに躾けられてやがる」

 

 声を潜めて訝しがる騎士たちに、モスコーが威圧感を膨大に含めた一瞥を刺して居住まいを正させる。相手を過小評価するのはもちろん、過大評価することも、士気を低下させて戦いを不利にする結果に繋がるとわかっているからだ。だが、モスコーも内心では相手を不気味に思っていた。激しい戦闘を経験してきた彼の第六感が、「この戦いは違う(・・)」と金切り声をあげて叫んでいた。

 

(あの目つき(・・・)。あれはなんだ。我々騎士とは明らかに違う。あれはなんだ)

 

 緑色のペイントが施された公爵軍の平民兵士の顔に視力を凝らす。まだら(・・・)模様の塗料のせいで目鼻立ちどころか頭部の輪郭もボヤケて見えるが、そのギラついた眼力だけは見て取れた。戦いを前に、子供のように高揚して武者震いをしているこちらとは対照的な、獲物を静かに狙う老練の狩人(ハンター)のような眼力を向けられ、我知らず拳を握りしめる。

 

(俺としたことが、自分もまた相手を過大評価しようとしている。心配ない。大丈夫さ。ここには頼もしい武人たちがいる。“最強の近衛騎士団”の自負を持って正々堂々と挑むのみだ)

 

「ユーリ団長!モスコー副団長!総指揮官より、騎兵合戦を開始せよとの通信です!」

 

 水晶玉そっくりの形状をした通信球の操作を担当する騎士が声を上げる。再び丘を見上げれば、王子が大気を切るように片腕を大きく振り乱していた。同じくそれを見上げていたユーリが獣のような唸り声で歓喜を示し、血の気の多い若武者たちが王族の前で良い格好をして目をかけてもらおうと鬨の声を上げる。

 彼らがやりすぎないように諌めつつ圧勝しなくてはならない。難しいが、やってみせよう。百戦錬磨のモスコーの指揮能力は間違いなく王国最高に違いなく、彼自身もそれを驕りではなく実績として自覚していた。

 

「さて、気が引けるが、エリザベート嬢のお手並み拝見といこうか」

 

 モスコーは右手を平行に前に差し出し、それを今か今かと待ち望んでいた側仕えの騎士が大笛を音高く鳴らして王子軍を前進させる。

 

 そして───虐殺が始まった。

 最初の被害者は、モスコーだった(・・・・・・・)




さあ、現代戦を教育してやろう

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