【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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書いてると楽しくて、ついつい長くなってしまいました。きりのいいところで投稿します。
200名の兵士のうち、王子軍との戦いに参加してるのは半分と少しです。あとの残りはどこに行っているのかというと………乞うご期待!


悪役令嬢(ゴルゴ13)が平民を精鋭兵士に育てて近衛騎士団を圧倒する話 3話

 時は少しさかのぼり、丘の上にて。

 

「王子殿下、エリザベート様、騎兵合戦の準備はようございますか?」

「万端だ!」

「………いつでもよろしいですわ」

 

 好戦的な視線で敵意丸出しに睨みつける王子に対し、エリザベートは彼のことなど眼中にないと言わんばかりに眼下の戦場(フィールド)を俯瞰して小揺るぎとてしない。まるで実験を観察する学者(・・・・・・・・・)のような超然とした横顔に、プライドを傷つけられた王子のこめかみに怒りの血脈が刻まれる。

 合戦審議官が始めの合図を発するより前に、己の通信球を掴み上げた王子が感情に任せて指令を大声で吹き込んだ。

 

「始めろ!今すぐ!やってしまえ!真正面から轢き潰せ!!」

『は、はい!ただちに伝えます!』

 

 直後、大笛(ラッパ)の悠々と間延びした音が鳴り響き、ユーリとモスコーを先端とした総勢311名の精鋭騎士が前進を開始した。ほとんどの者が騎馬であり、ファイアボールやアイスランスといった攻撃魔法の達人を乗せたチャリオットが中央と左右に配置されている。かき集められたばかりの騎士たちは、整然とした立派な見栄えの行進は出来ないまでも、堂々とした足取りで大地を揺らしながら勇ましく前進していた。

 鎧の大男たちが地を踏みしめる重奏音が腹の底を心地よく揺らす。奴らが味方でよかった、と王子は心から満足した。たとえ数を倍する敵であっても、奴らならやすやすと勝利を掴み取るに違いない。その勇姿に、王子と側近たちの心には例えようもないほどの安堵感が満ちていった。

 

(さあ、エリザベート!どうする!?)

 

 さすがのエリザベートも騎士団の威容には感じるものがあるに違いない。自分たちとは反対に、自らの兵士たちの末路を想像して怯えているに違いない。王子はニヤニヤと勝ち誇った表情をそのまま隣にぐるりと回して、

 

『デューク総指揮官(アクチュアル)、こちらデューク・エコー指揮官(シックス)。全チーム位置についた(インポジション)

 

 エリザベートの通信球から発せられた聞き慣れない用語の羅列に顔を曇らせた。エリザベートの妙なる女声が淀みなく応える。

 

「エコー指揮官(シックス)最終確認(チェック)。作戦遂行に支障は?」

支障なし(ポジティブ)

よろしい(アクト)。それでは、第一段階(・・・・)を始めなさい」

(ログ)

 

 そして、虐殺が始まった。最初の被害者は、モスコーだった。

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 パスパスッ。

 茂みから聞こえてきたのは、風船から空気が抜けるような奇妙に間の抜けた音だった。それに気付いたのは、騎乗していない若い騎士の一人だった。兜の目庇を少し持ち上げると膝の高さほどに伸びた雑草の平野に目を転じる。正午の強い日差しを浴びた緑の平野は、先ほどまでと変わらないのんびりとした景観を広げている。煮染めたような濃厚な草花の匂いが鼻腔に吸い込まれる。その長閑な風景を見渡して、思考が一瞬、故郷に飛んで帰りそうになる。彼の実家は子爵家であったが、三男坊の彼は当主になる教育を受けさせてはもらえず、もっぱら領主の城の裏庭で同年代の領民たちとチャンバラを楽しんでいた。

 

(こんな楽勝な戦争ごっこなんか早く終わらせて、久しぶりに家に帰りてえな───)

 

 そんな呑気な思考は、突然自分の上に倒れ込んできた重量物の衝撃によって中断された。

 

「……モスコー副団長?」

 

 先ほどまで馬上から自信満々に王子軍を指揮していた頼れる男が、自分の背中に全体重を預けて寄りかかっていた。分厚い鉄の鎧を軽々と着込んでいた筋骨隆々の戦士が、まるで風を失った旗のようにぐったりとしている。馬から滑り落ちたのだろうか。この母親の腹の中にいた頃から騎士だったかのような勇者には似合わない失態だ。そんなことが今まであっただろうか。

 

「しっかりしてくださいよ、もういい歳なんですから」

 

 茶化した騎士につられて幾つかの笑いが散発する。が、一向にモスコーは起き上がる気配を見せず、次第に彼らの笑顔は不安に取って代わられることとなった。

 

「副団長?どうされたんですか?」

 

 骨太なモスコーの身体を受け止めた子爵の騎士がその顔を覗き込む。ガラス玉のように見開かれたモスコーの目は、青空を湛えたままこちらを見ようともしない。

 

「───ひいいっ!?な、な、なんだよこれぇっ!?」

 

 ここに来てようやく、彼はモスコーの後頭部が兜ごとごっそりと抉られて消失していることを理解した。モスコーは、彼自身が自覚することなくすでに絶命していたのだ。心理的な衝撃に喉ががばっと開き、絶叫がほとばしる直前、

 

「うわァ──ッ!?中隊長が!中隊長が死んでる!誰か、誰か助けてくれぇっ!」

「え、え、えっ!?」

 

 自分よりも先にあげられた悲鳴が覆いかぶさるようにして平野に響き渡った。

 

「ぼ、ボイエンズ中隊長!?ボイエンズ中隊長が息をしていないぞ!血が出ている!」 

「シャリン小隊長の血が止まらない!死んでる!誰だ、誰がやりやがった!?」

「敵兵とはまだ接触もしてないぞ!矢が飛んできたのを誰か見たか!?」

 

 虚ろな表情のまま首を回してみれば、あらゆるところで混乱が生じていた。次々と仲間の誰かが死んでいるらしかった。

 その内、彼はある共通点に気がついた。突如倒れ始めた騎士たちは、全員がなんらかの階級と責任を帯びた指揮官だった。集団の頭となるべき男たちが次々と馬から力なくずり落ちて、周囲に己の落命を伝えている。彼らは死んだのではない。狙って殺された(・・・・)のだ。

 

「なんてことだ」

 

 彼は絶望の呟きを落とした。なぜなら。

 

「し、小隊長(・・・)!俺たちはどうすれば!?」

 

 すがりつくように顔を寄せてきた若い騎士を愕然と見返す。他でもない彼自身もまた、小さな集団の長であり、上の者が命を落としたら自動的に次席指揮官になる立場の者だったからだ。

 彼がはっとして茂みに生じたわずかな違和感を視認するのと、彼の眉間に風穴が穿たれるのは、まったく同時だった。

 

 

 

 

………

 

 

 

 

『小隊長が死にました、いいえ、殺されました!頭に穴が開いてます!王子殿下、我々は何者かの攻撃を受けています!ここには指揮官がいません、指示をください!!』

「な、何を言っているのだ?要領を得ないぞ。ユーリは?いや、ユーリはいい。モスコーは?モスコーはどうした?こういう時のためにあのジジイがいるんだろう」

『ユーリ団長は無傷です。しかし、副団長は戦死されました!指揮官全員もです!ここには一般の近衛騎士しか残っていません!』

「は……?」

『至急ご指示を頂きたい!我々はどうすれば!?』

 

 「嘘だろう」と身を乗り出して自軍を注視した王子は、目を疑う光景に開いた口を塞ぐことができなかった。さっきまで勇壮に行進していた王子軍が、踏み潰さんとする幼児の足から逃れるアリの群れと化して右往左往していた。混乱する男たちの怒号と悲鳴が空気を震わせながらここまで伝播してくる。息子のユーリが無事であることにホッとした騎士団長を除き、取り巻きたちの顔面から生気がガラリと抜け落ちる。明らかに異常極まる事態が起きていた。

 何をされているのかわからない。わからないが、原因は間違いなく隣の女だ。王子が凄まじい形相でエリザベートを睨みつけるも、彼女は最初から微動だにしないまま戦場を冷ややかに俯瞰するのみだ。その横顔からはなんの思考も読み取れない。

 この女はたしかに“第一段階(・・・・)”と言った。つまり、目の前で起きている事態は、事前に考えて準備していた作戦ということだ。そこまではわかる。そこまでは。だが、何をされているのかがわからなければ手の施しようがない。だてに次期国王としての英才教育を受けてきたわけではない王子は、頭に叩き込まれた過去の戦訓書を脳内でめくって似たような事例を探すも、参考になりそうな知識が己のなかに無いことに気がついて呆然とした。

 

「なんだ───いったい何が起こっているんだ───」

「王子!早急に兵たちに指示を!公爵軍が迫ってきています!ものすごい速さです!」

「なにいッ!?」

 

 ギョッとして側近の青年が指差した方向に視線を飛ばせば、80名の平民兵士たちが全速力で王子軍へと走り迫っていた。恐ろしく速い。重心を低く保った姿勢は、到底疾走には向いていないだろうに、雑草をかきわけながら───というより草木と一体化しながら───蛇のような俊敏さで王子軍との距離を詰めていた。鎧も剣も盾もないからこその常識はずれな進軍速度はまさに目にも止まらず、しかもただ一人とて落伍者はいない。肩で息をする様子も、息を切らせる様子もなく、80名がまるで分身体であるかのようにまったく同じ移動速度を見せつける。どれだけの演練を積めばこんな芸当ができるのか、想像もつかない。

 

『て、敵が来ているぞ!弓が得意な者は射て!射て!魔術師はなにをしているんだ!』

 

 通信球の魔力を切り忘れているらしく、狼狽する騎士たちの声が手元から聞こえてくる。

 慌てた近衛兵が弓矢を放つも、冷静さを著しく欠いた投射は明後日の方向に飛んでいく。弓矢は面での攻撃で威力を発揮するのであり、散発的かつろくな狙いもつけていない矢には、公爵軍を威嚇するほどの力もなかった。ファイアボールやアイスランスについても同様だ。魔法もまた弓矢のように放物線を描く。着弾点を計算していない魔法など子供だましに過ぎない。だが、それでも先んじて排除すべき脅威と判断されたらしい。

 

『おい、どうしてチャリオットが動きを止めるんだ───ああ、クソッ!魔術師が死んでる、死んでるぞ!どうなってるんだ!』

『デューク総指揮官(アクチュアル)、こちらデュークエコー指揮官(シックス)機動力撃殺(モビリティ・キル)敵兵排除(エネミーダウン)目標掃討完了(ターゲットクリア)

よろしい(アクト)、エコー。擾乱攻撃を続けなさい(キープシューティング)

(ログ)

 

 混乱を極める王子軍と反比例するように冷静かつ単調な公爵軍の通信が鼓膜に忍び寄る。堂に入った応答は短いながらも完璧な意思疎通ができていて、否が応でも練度の差を思い知らされる。

 

「お、王子、このままでは」

 

 側近が呻くのも無理はない。彼我の距離がどんどん詰められていく。悪鬼の手のように忍び寄る得体のしれない敵の姿は、王子軍にも王子にも多大なプレッシャーを与えていた。公爵軍の兵士が抱える、一切の艶のない鉄の筒が王子の注意を引く。

 

(魔法の力で鉛の小粒を弾き出す道具!鉛の小粒にそんな威力があったとは……!)

 

 種が分かったからといって今すぐどうにか出来るわけもない。もともと、現場指揮官(モスコー)ありきで編成された王子軍は、モスコーがいなければ組織だって動かすことは出来ないのだ。エリザベートはそれを見抜いていた。さらには、招集された騎士団の顔ぶれを事前に調べ、最初に殺しておくべき騎士を選んでおいた。そして、合戦の火蓋が切られたと同時に刈り取った。だから、お飾りでしかないユーリは生残しているというわけだ。頭のなかでパズルが組み上がれば、自然の帰結として、騎士たちを襲ったものの正体にも行き着いた。

 

「そうか、伏兵(・・)か!合戦が始まる前にこちらの近くに伏兵を忍び寄らせていたのか!卑怯だぞ、公爵殿!」

「はて、騎兵合戦の条項には、どこにも“事前に伏兵を忍ばせてはならない”など書かれておりませんが。そもそも、別働隊(・・・)は昨晩からずっと茂みのなかで待機しておりましたが、そちらの騎士たちはまったく気がつく様子もございませんでした。鍛錬が足りていないのではないですかな。ああ、それと、殿下のお相手をさせて頂いているのは我が愚女であります故、異論がある際はこの娘にどうぞ」

「ぬうう、っく……!!」

 

 父親から水を向けられたエリザベートが、その澄明な眼球だけを爬虫類のようにギョロリと向けてくる。王子は目を合わせることを早々に拒絶し、二の句を告げずに押し黙るしかなかった。ジロリと審議官を睨めあげるが、公爵の話は本当のようで、(かぶり)を降って「公爵の言うとおりです」と口の動きだけで伝えてくる。そもそも「“両者が同じ兵力でなければならない”という条項など無い」と強弁して圧倒的な戦力差をお膳立てしたのは自分であるだけに、同じ論理で相手を責めることができなくなってしまっていた。王子は憤然として椅子を蹴り飛ばす。

 

(くそっ、くそっ!どうすれば………ん?)

 

 ふと、自覚している以上に周章狼狽している王子の目に、中規模の森が映り込んだ。騎士たちから見て真横に立ち並ぶ、立派なモミの木の群生林。鬱蒼としていて身を隠すことも出来る。そうだ、そこに一時撤退して、一旦騎士たちに冷静さを取り戻させたら、奴らは態勢を勝手に整えられるだろう。指揮官たちが殺されたとはいえ、まだ300名近い数が残っている。まだ3倍の戦力差がある。戦いは数だ。それに、お互いが接近するのはむしろ僥倖だ。

 

「し、心配するな。しょせんは寡兵の悪足掻きよ。先手は譲ってやろうではないか。だが、まだ戦力差は天と地ほども離れている。騎士たちもちょっぴり混乱しているだけだ。頭を冷やしてやればすぐに立ち直る。それに、騎士たちはもとより接近戦のプロだ。剣での戦いなら、小癪な仕掛けや卑怯な戦法など鎧袖一触にできるに違いない」

「おお、なるほど」

 

 自分の機転の良さと饒舌さに惚れ惚れしつつ、王子は垂れ下がっていた腕を持ち上げて、通信球に口を近づける。

 

「全員、近場の森に一時後退せよ!態勢を立て直し、応戦の準備を整えよ!敵が迫っているぞ!ただし、相手は剣を持っていない!この意味がわかるな?」

『は……はっ!承知しました!さすが王子殿下です!』

「なあに、しょせんは膨大な戦力差を埋めようとする必死の抵抗に過ぎない!こちらの圧倒的勝利は間違いないのだ!接近戦に持ち込め!ユーリ団長にもそう伝えよ!」

『ユーリ団長も隣で聞いておられました!同じ意見だそうです!騎士たちを鼓舞して元気づけておられます!』

 

 さすがユーリだ。騎士団長の息子なだけはある。根っからの武人だ。友人として誇らしい。勝利の暁には褒美を取らせよう。エリザベートを押し付けてやる。

 友人と意見が一致したこともあり、王子はほっと息をついて額にじっとりと浮かんだ汗を服の袖でぬぐった。大丈夫だ。接近戦となればこっちのものだ。鉛の小粒は、木々に阻まれて届かないに違いない。木々をすり抜けてくるものは盾で防御して、剣の間合いまで入ってくればこっちのものだ。

 自身を元気づける理論を必死に構築した王子はなんとか精神を持ち直すと、どうだと言わんばかりに皮肉な笑みをエリザベートに向けて、

 

『デューク総指揮官(アクチュアル)、こちらデューク・デルタ指揮官(シックス)。敵本隊が隠蔽壕(コールドポジション)接近中(インカミング)戦闘(コンタクト)準備よし(ポジティブ)

よろしい(アクト)、デルタ。作戦を第二段階(・・・・)へ。攻撃開始(クリアードホット)

お任せを(ウィルコ)総指揮官(アクチュアル)

 

 いまだ自分がエリザベートの手のひらの上で踊らされていることに、絶望を味わった。




まだだ、まだ終わらんよ

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