【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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悪役令嬢(ゴルゴ13)が平民を精鋭兵士に育てて近衛騎士団を圧倒する話 4話

 

 この世界ではない別の世界。エリザベート公爵令嬢がかつて生きていた世界にて。

 大英帝国(イギリス)の特殊部隊として有名な部隊に、業界の者に“連隊(ザ・レジメント)“と呼称される特殊空挺部隊(SAS)がある。極めて厳しい訓練を受けた彼らの名は世界中で知れ渡っているが、そんな彼らを隠れ蓑のようにして、もう一つの特殊部隊が存在することはあまり知られていない。SASと同じヘレフォードシャー州に基地を置く特殊偵察連隊(SRR)である。

 彼らはSASと同レベルの高いIQ及び強力な戦闘能力を有しているプロフェッショナルだが、SASとの大きな違いは、SRRは敵地への潜入と破壊工作において極めて高度な技能を誇る点である。“女王陛下の空き巣軍団”とも称されるこの恐るべき連隊は、一人残らず『近接目標偵察(クローズドターゲットリコネンサス)』と『敵地侵入術(メソッドオブエントリー)』の特別な技術を骨の髄まで叩き込まれている。

 彼らは、誰にも見咎められず、誰にも怪しまれず、隠密を保ったまま敵の拠点に忍び寄ることが出来る。そして、その時(・・・)がくれば、彼らのもう一つの特技(・・・・・・・)が火を噴くのだ。

 

 

 

………

 

 

 エリザベートと王子による騎兵合戦が行われる前日、王都。

 にぎにぎしい城下町を侍らせる中心に、巨大な王城が鎮座して、その磨き抜かれた白璧で陽光を鏡のように燦然と反射している。

 馬車と船。陸路と海路から、それぞれ屈強な男たちが王都の地へ降り立った。長旅で身体が強張ってしまった人々のなかで、男たちだけが素早い身のこなしだった。

 日焼けし、なめし革のように分厚くなった(いか)めしい顔貌を目深にかぶった帽子のツバで隠した彼らは、一人ひとりが最低限の荷物を軽々と肩に背負うと別々の場所を目指して歩みだした。傍から一見する限りでは、ただの使節であり、旅人であり、遍歴商人であり、冒険者だった。荷物袋も、衣服も、なんら変哲のないものだった。彼らはまるで目的があるかのようにしばらく王都を歩き回ると、やがて示し合わせていたように、夕方の同時刻、同じ酒場のテラス席で落ち合った。

 もしも彼らを見ていたのが、少し離れた席で日が暮れる前から酒をかっ食らう酔っぱらいでなかったなら、少しばかり疑問を抱いたかもしれない。男たちは4人だった。別々の服装をしていて、別々の仕事をしているらしい。しかし、奇妙に似ていた(・・・・)。盛り上がった肩の筋肉から、贅肉を極限まで排除した腰回りといった強壮な身体つきや、襟足までばっさりと切った刈り上げ(クルーカット)の髪型はもちろんだが、何より似通っていたのは、その雰囲気(・・・)だった。決然としていて、岩のように揺るぎない意思の強さが全身から滲み出ていた。

 彼らが、数分前に注文した麦藁色のピルスナー・ビールを飲み干すと、そのタイミングを見計らっていたかのように一台の中型馬車(キャリッジ)が到着した。彼らはそれぞれが代金を陶器製のビールマグの下に差し込むと、先ほどまでと同じように一言も発さないまま馬車に乗り込んでいく。

 

「おぅい、若いの!良い飲みっぷりだな!」

 

 この店ではすっかり顔なじみになった常連の酔っぱらいが赤ら顔でビールマグを持ち上げる。男たちの一人が振り返り、いかにも人好きのする表情を形作ると、相手が親しみを感じるような会釈をした。そして若いウェイターに手振りで合図をすると、銀貨を一枚、彼に向けて親指で弾いて渡した。すかさず酔っ払いの手元に上等なピルスナー・ビールが届けられ、酔っぱらいの赤ら顔は満面の笑みで蕩けそうになった。エールではなくピルスナーを呑めるのは3年ぶりだった。

 

「若いの、いい心がけだな!そうだ、年輩者は敬え!それと国王陛下もだ!偉大なる国王陛下、万歳!!」

 

 この酔っぱらいの戯れ言のなかで、誰もが反応を示すのはこの掛け声だけである。「国王陛下、万歳!」。若いウェイターからカウンターバーの奥にいる店主まで誇らしげに声を張り上げる。王都では、このフレーズが頻繁に飛び交う。名君である国王を称えているのだ。たとえ、今ではすっかり耄碌して尊敬と求心力を失いつつある国王だったとしても、単純に語呂のいい掛け声として利用されているとしても、この王国に住まう者たちにとっては聞き馴染みのある言葉だった。

 馬車に乗り込む寸前だった男たちも、男らしいバリトンの声音で国王への敬愛の文句を口にした。耳にすると尻穴が思わず力むような堂に入った勇ましい声に、酔っぱらいは感じ入って嬉しそうに破顔するとビールを喉に流し込み始めた。酔っぱらいの意識がそちらへと移ったことを鋭い観察力で確かめると、男たちは速やかに馬車に乗り込み、窓の遮光布(カーテン)を下ろした。決して夕日を嫌がったのではなかった。

 間髪入れずに出発した馬車は、太陽がしっかりと眠りにつくまで何度か回り道をしたあと、ある目立たない空き家で止まった。5秒間だけ止まり、そして鞭を入れて出発した。2頭の馬を巧みに操るプロの馭者は、男たちが降りたことを確かめるために振り返ろうともしなかった。さらに直後、まったく同型の馬車が2台到着し、やはり躊躇うこと無く早々に立ち去った。馭者たちはこの後、馬と馬車をきちんと処分し、ほとぼりが冷めるまで身を隠すという次の仕事に集中しなければならなかった。

 空き家はそれなりに立派で大きかったが、1年ほど前から近所の住人の知らない誰かによって購入されたまま放置されていた。カーテンが締め切られていたが、たまに修理屋らしき人間が道具を手に入っていくし、隣家と接する広い庭の雑草も定期的に処理していたので、新しい持ち主は王都への引越し前に改装をのんびりやっているのだろうと誰にも不審に思われなかった。

 屈強な男たちは12人になっていた。彼らは再会を喜んで抱擁し合うようなことはしなかった。一人の男が馬車のフロアマットの下に置いてあった鍵を使って滑るように空き家に入ると、すでに役割分担を終えていた彼らは、訓練で叩き込まれた習慣に従って2名態勢で各部屋の安全を確認していく。その必須作業を粛々と完了させると、今度はリビングの中央に置かれた色あせたテーブルを横にずらし、敷いてあった埃っぽい絨毯を丸めて部屋の隅に放り投げ、隠されていた地下収納庫への扉を露わにする。樫製の重厚な扉を開くと、そこには彼らが使い慣れた鉄筒型の武器や、緑色の戦闘服、丸兜(ヘルメット)、頑丈な長靴(ブーツ)、鉛の小粒が詰められた革のポーチ、その他諸々の装備が整然と並べられていた。

 ここで初めて、男たちの顔に表情らしい表情が灯った。ゾッとするほどに凄みのある、好戦的な鋭い笑みだった。

 

 “国王陛下万歳”?冗談じゃない。俺たちが心の底から信奉するのは、この世でただお一人だけだ。俺たちを魂から鍛え直してくれたビッグマム───我らが麗しの公爵令嬢(・・・・・・・)ただお一人だけだ。

 

 彼らは各々に割り当てられた装備を点検しながら、薄っすらと開けたカーテンの隙間から目標(ターゲット)を見上げる。その白璧でもって星灯りを明々と反射する巨大な王城を見上げている。王子の指示で近衛騎士が残らず引き抜かれ、護りが極端に薄くなった王城が無防備な(わき)腹を晒している。彼らが潜伏する空き家は、王城の目と鼻の先だった。

 彼らは灯りもつけない状況にありながらまたたく間に装備を身につけると、思い思いの場所に陣取って腰を下ろし、個人携帯食料(レーション・バー)───チョコレート、麦、砂糖、バターを棒状に固めた簡易食料───を齧る。そうして滋養の補給を手っ取り早く済ませると、鉄筒を赤子のように大事そうに抱えてそのまま目を瞑った。彼らは意識を保ちながら肉体を休ませることができる特殊な技能を持っていた。それを見回して満足気に頷いた男が懐から通信球を取り出してそっと声を吹き込む。

 

「こちらデューク・チャーリー指揮官(シックス)。“トーゴーは裏切りを許さぬ”」

『こちらデューク・アルファ指揮官(シックス)。“トーゴーは一人の軍隊である”』

『こちらデューク・ブラボー指揮官(シックス)。“トーゴーは握手をしない”』

 

 打てば響くような反応で通信球から合言葉が返ってきた。男は事前に定められていた通りの合言葉をしっかり確認すると「受信した(コピー)」とだけ返した。それ以上のやり取りの必要はなかった。世界で一番厳しい訓練によって魂の繋がりを結ぶに至った彼らは、徹底的に刷り込まれた同じ思考法に従うことで、離れていてもお互いが考えていることがわかるのだ。

 男たちのチームに割り当てられたコールサインは『デューク・チャーリー』。この瞬間、彼らとまったく同じことをして、違う目標を密かに見つめているチームが2つあった。

 『デューク・アルファ』の12人は首都に常駐する兵力が一挙に集まる騎士団練兵場を。

 『デューク・ブラボー』の12人は治安維持の役割を担う衛兵詰め所及び傭兵詰め所を。

 

 『近接目標偵察(クローズドターゲットリコネンサス)』と『敵地侵入術(メソッドオブエントリー)』の技術を骨の髄まで叩き込まれた彼らは、敵の拠点に気づかれること無く接近していた。あとは、もう一つの特技───恐るべき殺しの技術を披露する時を待つだけだ。

 チーム・デューク・チャーリーの指揮官は、これまで何百回と繰り返してきたように頭のなかでこれから実行する作戦の内容を確かめる。細部まで残らず暗記していたそれを最初から最後まで綿密にシミュレーションし、どんな状況に陥っても対処できるとようやく納得すると、周囲の男たちと同じように分厚い壁の近くに腰を下ろし、肉体を活性状態に置いたまま、その時(・・・)が来るまでレーションバーを齧りながら静かに休むことにした。

 

 その時(・・・)がくるのは、翌日の午後───時間で言えば、13(・・)時ちょうどのことになる。




 日刊ランキングで『起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない』より上位にしてもらえる日が来るとは思ってもいませんでした。大変に光栄なことです。あの作品は大好きです。もう3回読み直しました。ジーク・ジオン。ジーク・マ。

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