【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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 最近、なろう原作の異世界転生漫画を読み漁ってまして、その影響を大いに受けてます。現代知識で無双するのって面白いですよね。
 火薬ではなく魔法の力で弾丸を発射できるのなら、火薬の爆発音はしないから消音器いらずだし、弾丸の火薬部分もいらないからより多くの弾を持ち歩けるんじゃないかなと考えました。ファイアボールも、使い方次第ではグレネードランチャーや迫撃砲として使えます。ゴルゴがこれに目をつけたら……と思うと妄想がはかどりますね。


悪役令嬢(ゴルゴ13)が平民を精鋭兵士に育てて近衛騎士団を圧倒する話 5話

 この世界ではない別の世界。エリザベート公爵令嬢がかつて生きていた世界にて。

 アメリカ中央情報局(CIA)───関係者には、本部所在地を示す“ラングレー”もしくは“ザ・カンパニー”と称される世界有数の巨大諜報組織である。この組織における一番の花形である資産(アセット)───スパイの隠語───となるためには、高度な戦闘術はもちろん、あらゆる諜報技術(トレードクラフト)や、外国語習得プログラムに従って様々な言語を身に着け、さらには各国の知識、常識、所得層別の教養を徹底的に叩き込まれ、それらすべてを完璧に習得しなくてはならない。候補生は何度となく困難に晒されるが、最大の関門は最後に待ち受けている。それこそが、尋問耐久訓練である。

 ノースカロライナ州に世界最大の広大な施設を構えるフォートブラッグ陸軍基地に連れて行かれたスパイ候補生は、容赦を知らない陸軍の強面訓練員たちによって実に6日間、地獄のしごきを受ける。強烈な暴力に晒され、差別的な罵倒を浴びせられ、眠ることも食事を摂ることも許されず、激しい疑似尋問に晒される。恐ろしく不潔で狭小な空間に詰め込まれ、普通の人間が一生に経験することはないほどの屈辱を舐めさせられ、精神の限界まで追い込まれる。この地獄の訓練を乗り越えることができた極一握りの猛者だけが、諜報活動の最前線で活動する最前線現場工作員、すなわち『オペレーション・ケース・オフィサー』の資格を与えられるのだ。

 彼らは自国の敵対組織や敵対国に勇敢に潜入していく。映画のような銃弾や爆発が乱れ散る華々しく派手な冒険活劇はまずありえない。泥と汚物とノミにまみれ、何も口にしないまま敵の拠点を何日間も見張ったり、潜入した現地の労働者に交じって粗末な食事をとり、奴隷のような重労働に明け暮れることもある。彼らの任務の第一義は“情報を得る”ことであり、そのためには空気のように目立たず、その場に溶け込まなければならない。

 そんな彼らが任務中にもっとも苦痛だと感じることはなにか。肉体的な疲労や苦痛か、あるいは正体を見破られる恐怖か、もしくは悪臭極まる未開の地の生活環境であるかと思いきや、意外にも、「決まった時間に食事ができないこと」だと彼らは口を揃える。身体が規則的な食事と休息に慣れてしまっているからだ。

 長い時間をかけて染み付いた習慣は、己が自認する以上に己の肉体を縛っている。習慣に従った行動がとれなければ、人間は多大なストレスを受ける。決まった時間に起きて、決まった時間に食事をし、決まった時間に眠る。規則通りの動きをしていれば、何かが狂えばすぐに異常を発見できる。一定のリズムを保った生活は、人間を適度にリラックスさせ、個人と集団のパフォーマンスを常に一定に維持する最善の方法である。

 逆に言えば───そのリズムは、襲撃者にとっては隙をつく絶好の機会となる。オペレーション・ケース・オフィサーは、まさにそういった敵の習慣(・・・・)を探るために密かに目を光らせているのだ。

 

 

 

 

 

 

 13(・・)時になった。

 俺はなるべく鎧をガシャガシャとうるさく鳴らさないように、しかし精いっぱい慌てて持ち場の階段前へと急ぐ。昼飯をたらふく食ったばっかりだからいつもより胃が重い。ムカつく近衛騎士にいびられることがないと思うと、つい気分がよくなってパンを頬張りすぎたせいだ。鐘鳴らし係の坊主が尖塔にある大鐘を力いっぱいに叩く音が耳障りに響く。今日の鐘鳴らしは見習いだったろうか。なんだか鐘の音が重複して聴こえた気がした。下手くそめ、神官の爺さんにまた絞られればいいんだ。

 

「おい、なにしてるんだ、早く来いよ!」

「わかってる、わかってるよ!ったく、なんで非番の俺がこんなこと。近衛騎士どもめ」

 

 最後の愚痴は口のなかでモゴモゴと言ってみただけだ。だだっぴろくて天井も高い王城の廊下はただでさえ静かなのに、今は人数が少ないせいで余計にシンとしているから、ちょっとした独り言も廊下の先にまで聴こえてしまう。

 

「聴こえたぞ」

「げ、マジか」

「ったく、まあいいけどよ。どうせここには俺たちしかいない。うるさい近衛騎士の連中がいなくてよかったな」

 

 長年の相棒の言葉を信じないわけではないが、一応、首を伸ばしてぐるりと自分の目でも確かめてみる。ゆるやかに湾曲した、先が見通せないほど長い廊下にも、背後の大階段にも、人気(ひとけ)はない。驚いたことに、だだっ広いこの区画にはどうやら俺たち二人しかいないようだった。正門側ではなく王城の裏手に位置しているとはいえ、こんなことは衛兵になってから今までなかったことだ。普段は威張り散らした近衛騎士の連中がこれ見よがしに紋章の入った鎧を見せつけて歩き回っているはずなのに。

 ほっと一安心して、俺は少しだけ声のボリュームを上げて、しかし響かないようにトーンは落として、隣で装飾過多な槍を面倒くさそうに左手から右手にヒョイヒョイと持ち替える相棒に言葉の応酬をかける。

 

「全然、よくはねえよ。近衛騎士の連中がみんな急に招集されたせいで俺たちが呼び出される羽目になったんじゃねえか。今日は非番だったんだぜ」

「仕方ねえよ、フリードリッヒ王子殿下が近衛騎士を全員連れてくって言い出したんだから」

 

 「あのバカ王子め」とはさすがに口にはしなかったが、どちらも実際に口にしないだけでしっかりと相手の心の声は聴こえていた。あれはバカだ。バカ王子だ。あのくらいの年頃なら斜に構えて粋がるのもわからなくはないが、さすがに国王陛下も甘やかしすぎだ。バカ王子の好き勝手を許しているせいで国王の求心力まで落ちている。とはいえ、バカ王子が規則や規律にうるさくどうこう言わないおかげで楽ができているのだから、必ずしも王城付き衛兵の俺たちには悪いことばかりじゃないんだが。

 誰も見てないことをいいことに、鉄の穂先を抜いた槍(・・・・・・・・・)をプラプラと振って遊ぶ。ただでさえ長いうえに飾りがジャラジャラと後付けされているせいで、王城付き衛兵の装備はひどく重い。どうせ脳みそまで筋肉の近衛騎士がわんさかいる王城に攻めてくるようなバカもいないということで、仲間内では穂先を取り外して鞘だけをつけることで少しでも装備を軽くすることが暗黙の了解になっていた。これも助け合いというやつだ。

 

「“騎兵合戦”だっけか?そういやあ、俺の爺さまの爺さまが勝った伯爵軍側で参戦したことがあるっつってたな。開催されたのは後にも先にもその第一回だけだったんだとさ。殺した相手の領兵の身ぐるみ剥いで売っぱらったおかげでしばらく裕福な生活ができたそうだ」

「へえ、羨ましい話だな。俺も参加したかったぜ。んで、記念すべき第二回目は王子殿下と公爵家の間で行われてるってわけか」

「ああ、まあ、例の件(・・・)アレ(・・)でな」

例の件(・・・)アレ(・・)か」

 

 これもやはり口にはしないが、婚約破棄を突きつけた王子がとんでもない恥を晒して、その復讐を願っているということは周知の事実だった。箝口令も敷かれてはいるものの、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、城下でもその噂で持ちきりだ。不敬罪を問われてもおかしくはない噂だが、取り締まると事実だと認めてしまうようなものだし、本当にそうすると牢屋がいくらあっても足りない。

 

「合戦相手はエリザベート公爵令嬢だっけ?美人だって聞いてたけど、気の毒になあ」

「ああ。まず勝てんだろうな。近衛騎士の奴ら、威張ってて気に食わない連中だけど、態度もでかい分、図体もでかいし、実力は本物だしな」

「騎士団長の息子だって、顔を大怪我する前も強かったのに、怪我から復帰したあとは気が狂ったみたいに修練に打ち込んでてさ。モスコー副団長の旦那も驚いてたよ。単騎なら、近衛騎士でも勝てる奴はいないんじゃねえかな」

「そこまでかよ、たまげたな。まだ18歳だろ」

「ああ。だがな、ありゃあもう狂戦士だな。気が触れちまってるよ。強いけどな。しかも王城付きの魔術師まで連れていくときた。公爵軍は終わりだぜ。この世のどんな兵隊を連れてきたって、王子軍には敵わねえよ。明日には公爵家も潰されちまって、令嬢はどっかの人売りに売られちまうかもな」

 

 魔力持ちなら、訓練を積めばファイアボールといった基礎的な魔術は普通に使うことが出来る。火球をポンと放り投げる程度の威力で、日常的な火起こしとしても使える。それが魔術師ともなると、アイスランスやサンダーフォールといった見た目も派手な魔術を複数行使できる。この世界では、一つの魔術を極めることはあまり推奨されていない。というより誰もやらない。一つのことしか出来ない魔術師なんて役に立たないからだ。むしろ、いかに多くの種類の魔術を使えるかで魔術師のランクが決まると言われる。王国トップの魔術師にもなると8つの魔術を覚えているそうだ。“魔術師一人で衛兵100人分の戦力になる”というのは、衛兵を嘲るときによく言われる言葉だ。腹が立つが、まあ事実だろう。

 

「じゃあさ、エリザベート公爵令嬢様もいつかは娼館に売られちまうかな?」

「おお、かもな。そうなったら、お可哀そうな元令嬢様に恵みを与えてやりにいこうや」

「おう、お優しい俺たちのぶっといお恵み(・・・・・・・)を咥えこませてやろう」

 

 いかがわしい酒場で交わす下品な会話を楽しむ。本当は酒場でやるように腹を抱えてゲラゲラと笑いたいが、さすがに場所は弁えておいた。クビにされてはたまらない。こんな割の良い仕事、他にはないからだ。“背格好と見た目が良い”ことが王城付き衛兵になるための絶対条件で、俺も相棒もそれに見事に合っていた。おかげで俺たちはこうして楽な仕事ができて、夜の街でも引っ張りだこだ。

 やんごとなき王家の方々を始め、お貴族様といった(みやび)な人間たちが行き交う王城は、夏は魔法で涼しいし、冬になったら各所で暖炉が焚かれる。城壁の歩廊や胸壁を守っている連中は暑さや寒さ、風雨に晒されるが、俺たちには無縁だ。ただ階段の前に突っ立っていればいい。決まった時間になったら、あっちを見回ってこっちを見回って、昼飯を食ったあとの眠気を堪えていれば一日が終わる。たまにある御前試合だって、八百長で誰を勝たせるかは決まってるから、頑張っているふりをすればいい。実際に戦うことなんかありえない俺たちが必死こいて武芸を磨く意味なんかない。ここを辞めるときになればある程度金も貯まっているだろう。そのくらいになったら、遊んでいる女の誰かを選んで嫁にしてやって、王都で気ままに暮らしていけばいい。

 エリザベート公爵令嬢も俺の嫁候補にしてやってもいいな、などとニヤけ顔を浮かべていると、相棒が俺の横腹を肘で小突いてきた。顎で促された方向に目をやると、王城に相応しくない見窄らしい格好をした男がヨタヨタとおぼつかない足取りでこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 

「おい、見ろよ。ウンコ(・・・)が来たぞ」

「おっ、今日はいつもみたいにくせえ臭いをさせてねえじゃねえか、ウンコ好きな農夫さんよぉ。昼飯食ったあとに来やがって、このクソ(・・)野郎が」

 

 城の肥溜めの回収係を任された農夫だった。王城にはいくつか便所が設置されていて、上階から落とされた排泄物は一階にある肥溜め室に溜まっていく。近衛騎士たちは大飯食らいだから溜まっていく糞尿の量は半端ではなく、週に一度は王城に出入りすることを許可された専門の農夫が回収に来るのだ。いつもと同じ時間、いつもの同じ農夫が来る。王城では誰が何時にどこでなにをしていなければならないか、きちんと決められている。面倒くさいことだ。

 農夫が薄汚れた桶を片手に近づいてくる。柳みたいに痩せこけてヒョロヒョロとしている。1年前から出入りするようになった男の年齢は俺たちと同じくらいで、20代半ばだろう。「あんな仕事はしたくないもんだな」と相棒がわざと農夫に聞こえるような声量で言う。俺も同意見だった。俺も農家の出だ。美味いもんを食ってる贅沢な奴らの糞尿が良い肥料になるということは理解できるが、衛兵の生活を知ってしまえば二度と戻りたいとは思わなかった。それに、自分は誰かより上の存在で、自分より価値の低い人間がこの世にいると思いたがるのが人間のサガだ。実際、俺たちだって近衛騎士の連中から毎日のように嫌味を吐きかけられている。俺たちが同じことを他人にやって悪い道理はない。

 いつもやるように憂さ晴らしで小突いてやろうと、俺は槍をこれ見よがしに勢いよく振ってみせる。どうせ抵抗はしない。抵抗をすれば王城に入れなくなるから、こいつは何をされてもヘラヘラと黙っているだけなのだ。自分が意地の悪い笑みを浮かべていることは自覚している。それでも、開き直ることができるのが俺たちの特権だ。農夫の前に立ちふさがり、俺は槍を振りかぶって、

 

「えっ」

 

 いつもの気弱な農夫の顔はそこにはなかった。暗く冷徹な狩人の目がこちらを睥睨していた。桶から何かを取り出す。手斧くらいの鉄の筒。艶のない黒で塗られた筒の先端の穴がこちらに向けられる。

 そこで思考は途切れた。

 

パスッパスッ

 

 鼓膜はたしかに音を捉えたが、理解するための機能がすでになかった。情報信号は神経を虚しく走ったあと、行き止まりである穴の空いた脳みそで立ち往生し、やがて呆気なく消えた。

 

敵は排除した(クリアード)安全を確保(グリーン)進め(ゴー)

(ログ)

 

 農夫───オペレーション・ケース・オフィサーの冷徹な声が、懐に隠した小型の通信球に静かに吸い込まれた。彼の目の前で、急激に弛緩していく衛兵二人分の肉体が壁に背を預けたままずるずると床に崩れ落ちていく。彼は電光石火の早撃ちで一秒の間に二人の衛兵を処理(・・)したのだ。ぶちまけられた赤とピンクの肉片がなんともおぞましいロールシャッハテストの色彩を壁面に描いたが、この程度の景色は、信奉する公爵令嬢(ビッグマム)による地獄の訓練に比べればちっぽけな羽虫の死体を見るに等しく、不快感にもならなかった。

 二人同時に仕留められなかった場合に備えて手首の袖口に隠していたナイフを流れるような動作でスネ裏のナイフホルダーに収納する。次の瞬間、彼の背後の物陰から、緑色の戦闘服に身を包んだ12人の男たちが足音も立てずに姿を現し、猫のような静寂かつ迅速な足取りで階段を登っていった。どちらも顔を合わせようともしなかった。その必要がないからだ。上階の目的地に向かって突き進んでいく友軍の背中を見届け、ケース・オフィサーは緊張を緩めないままにふっと小さく息を吐いた。

 これで、しばらくぶりに規則正しい食事と休息にありつける。




 CIAの描写については、クライブ・カッスラーの『オレゴンファイルシリーズ』の作品数冊及びフレデリック・フォーサイスの『ザ・フォックス』から情報を頂きました。
クライブ・カッスラーは、今年に亡くなられた、僕が大好きな海洋冒険小説家です。あなたの作品に出会えてよかった。ありがとう、クライブ・カッスラー。あなたが実際に生きていた時代と僕が生きていた時代が重なっていた、その奇跡に感謝します。

 なお、次回からは再びエリザベート公爵令嬢と王子軍との戦いに戻ります。ユーリくんが頑張ります。集中射向束、用意!効力射!

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