【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】   作:主(ぬし)

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 ゴルゴ令嬢が育てた、CIAでありMI6でありSASでありSRRでありグリーンベレーでありネイビーシールズでありフォースリーコンであり海兵隊であるゴルゴ軍団VS中世ファンタジー世界の最強近衛騎士団との戦いをお楽しみくださいませ。



悪役令嬢(ゴルゴ13)が平民を精鋭兵士に育てて近衛騎士団を圧倒する話 6話

総指揮官(アクチュアル)、こちらデルタ観測班(スポッター)。敵集団、目標制圧位置に到達』

確認したわ(アファーム)、デルタ観測班(スポッター)。フォックストロット指揮官(シックス)、迫撃砲“極地点(ポーラー)”射撃任務に備えなさい」

『こちらエコー射撃統制(ファイアズ)特別緊急報告(フラッシュ)特別緊急報告(フラッシュ)特別緊急報告(フラッシュ)。デルタチーム数名が着弾点に近い。危険範囲(デンジャー・クローズ)繰り返す(リピート)危険範囲(D・C)

『こちらフォックストロット指揮官(シックス)危険範囲(D・C)了解。総指揮官(アクチュアル)の認証まで射撃を保留(スタンバイ)

『こちらデルタ先任下士官(パパ)。自分の小隊は心配無用です。総指揮官(アクチュアル)、どうぞ認証して下さい』

「こちら総指揮官(アクチュアル)(デルタ)(チャーリー)の実行を許可します。迫撃砲、準備。デルタ観測班(スポッター)、射撃要求数値を伝達」

『デルタ観測班(スポッター)命令を受領した(ウィルコ)

『こちらフォックストロット指揮官(シックス)、デューク総指揮官(アクチュアル)の認証を確認。観測班(スポッター)より射撃諸元(ファイアリング・データ)を受領。危険範囲(D・C)任務の準備完了』

よろしい(アクト)第3段階(・・・・)を始めなさい」

 

 

 

 

………

 

 

 

 

「女を敬え、ユーリ」

 

 父親の口癖だった。ユーリは、それが大嫌いだった。

 

「女は強い。身体は早く成長し、精神は早く成熟する。病気に負けず、痛みに屈せず、長生きもする。観察力に長け、思慮深く、大胆で、肝っ玉が据わっている。人間としてもっとも完成されている」

 

 誰よりも強いはずの父親とは思えない台詞だった。騎士のなかの騎士と讃えられる男とは思えない台詞だった。悔しくて、認めたくなくて、幼いユーリはこう反論した。「しかし女は男より腕力に劣ります」。父親は幼い怒り顔に微笑みを向けて、こう諭した。

 

「だから我々は女を護ってやれるのだ。彼女たちを護ることを許されているのだ。護ることすら出来なくなったら、我らの存在意義はない。騎士道とは、あけすけに言ってみれば、ただ男が女を護るためにあるのだ」

 

 「お前にもきっとわかる日がくる」。納得しかねて頬をふくらませるユーリの頭を撫でながら、若き日の父親は優しく言った。その後ろではモスコーが春のように穏やかに笑っていた。ユーリには、結局、わからなかった。

 ユーリは強かった。まだ騎士として叙勲される前だというのに、並の騎士では歯が立たないほど強かった。それはひとえに、「力が強いだけでは駄目だ」としつこく諭してくる父親への反発故だった。自ら家を出奔して魔物の森で武者修行を行ったかと思えば、治安の悪い酒場に殴り込みをかけて腕に覚えのある悪漢を半殺しにすることもあった。どんなに強面の用心棒にも一歩も引かずに勝利を勝ち取ってきた。父親に当てつけるような無茶を何度もしでかした。

 

「女にこんなことが出来るか?たった一人で魔物や悪漢無頼に立ち向かえるか?出来やしない、絶対に。出来るのは男だけだ。俺だけだ」

 

 ユーリは増長していた。不幸にも、彼は増長が許されるだけの天賦の才を備えていた。さらには戦いの才能だけでなく、容姿端麗という二物をも持っていた。これが良くなかった。彼の周囲の女性は、彼を表面上でしか評価しなかった。ストイックな美人顔の少年はいつの時代も女心を惹く。家柄と容姿という甘い匂いに惹かれて自身に(たか)ってくる年増の香水臭い女たちを、ユーリはいつしか嫌悪の対象として見るようになっていった。

 

「騎士道とは、こんな奴らのためのものなのですか?顔を突き合わせては部屋の隅で誰かの陰口を叩いて悦に浸るような奴らを護ることに、なんの意味があるのですか?俺にはわかりません」

 

 父親は悩んだ。自慢の息子になるはずだったのに、どこでどうして掛け間違えたのか、強情なまでに捻くれてしまっていた。優しく嗜めるはずだった母親はユーリが物心つくまえに天上に旅立っていたので、母親の代わりをどうしてやればいいのかわからなかった。彼は近衛騎士団の団長として優秀だったが、父親としては未熟だった。

 あまりに頑なな息子を見かねた彼は、自分で諭すことを諦め、ユーリを貴族学校へ編入させることにした。そこには貴族家出身の女子生徒も大勢が通う。成績優秀かつ身辺がしっかりとした者ならば、平民の子も特例で通うことができる。国王が名君としての最盛期に肝いりで作らせた貴族学校で視野を広めれば、ユーリの青臭く生硬い性根も次第に治ってくれると期待し、父親はすでに肩の荷が下りたとばかりに安心してさっさと送り出した。

 それに、貴族学校にはあの令嬢(・・・・)も入学する予定だった。10歳の時、背中に近付いてきた幼女趣味の変態司祭をはり倒して危うく殺しかけたという公爵家の少女がいる。噂によると、背後に立たない限りは彼女の逆鱗に触れることはなく、普段は極めて聡明で壮麗な淑女(レディ)であるらしい。彼女を見れば、女を下に見ようとするユーリの意識も変わるだろう。上には上がいる、と知ることになるだろう。不幸なことに、この選択はもっと良くなかった。

 

 ユーリは出会ってしまった。決して女に媚びない男───フリードリッヒ王子に。

 

 彼は女を見下していた。見下したくて仕方がなかった。騎士道など彼の辞書には載っていなかった。「力こそ全てだ」と平然と豪語し、男は女を蹂躙するものだと躊躇いもなく口にしていた。王子もまた、“女”に対してなにかしら敵愾心のような、複雑に捻くれた悪感情(トラウマ)を抱いていた。

 ユーリとフリードリッヒはまたたく間に友人となった。ユーリは、身分の違いを越えて心根を通わせられる初めての友を見つけられた。フリードリッヒは、腕っぷしの強い脳筋な配下を得られた。認識のズレはあっても、お互いがお互いを必要としていたのは間違いなかった。権威を笠に着た傲慢な態度で周囲から辟易される王子の姿も、ユーリから見れば「女に媚びない一人前な姿勢だ」と好感を抱かせるものだった。

 だから、「俺は許嫁と離縁する」と意を決して椅子から立ち上がったフリードリッヒを見ても、「女をやすやすと切り捨てられる立派な男だ」と無責任に褒めて何も知らないままに背中を押した。「も、もう少し様子を見たほうがいいのでは」と青い顔で自重を促す眼鏡の側近を「弱腰な奴だ」と鼻で笑いもした。婚約破棄を突きつけるフリードリッヒの膝がなぜか震えていることにも気が付かなかった。その許嫁という女が誰なのか、どんな人物なのか、世間知らずのユーリは知る由もなかった。エリザベートのことを知ったのは、顔面の約半分を破壊され、併発した感染症による高熱によって生死の境を3度も彷徨った末に、父親が手配した最高級の医者の熱心な治療によってようやく峠を越えたあとのことだった。

 鏡を見たとき、かつての美人顔の少年の面影はなかった。死にかけたことで髪からは健康なメラニンがごっそりと抜け落ち、完璧だった顔面のパーツバランスは子どもの落書きのように歪んで、見るも無残な醜男(ぶおとこ)を晒していた。そんなこと(・・・・・)は問題ではなかった。問題なのは、女に敗北したという事実だった。自分が手も足も出なかったという事実だった。

 その日から、ユーリは修羅となった。全身を襲う激痛を物ともせず、騎士団の精鋭である近衛騎士を相手に毎日のように訓練に身を捧げた。あまりに苛烈な修行の様子を心配した父親が縛り付けてでも休息をとらせようとしたが、それを引きちぎってまで彼は己を研ぎ澄ますことを選んだ。復讐の鬼と化した息子が“騎兵合戦”に最前列で参加させてくれと願い出てきたとき、父親は、ただ頷いて願いを叶えてやることしか出来なかった。どこで息子は間違えてしまったのか。その原因は自分ではないのか。父親は手で目を覆って苦しんだ。

 そんな父親の苦悩など、ユーリは知る由もなかった。彼はフリードリッヒとの約束で頭がいっぱいだった。“騎兵合戦で俺が勝利した暁には、エリザベートをお前の好きにしていい”。この約束が果たされた時、ユーリの屈辱は晴らされるのだ。傷の痛みの何百倍も心を蝕む屈辱を帳消しにできるのだ。そのために、ユーリは密かに魔術まで習得した。もともと素質はあったが、剣のほうが性に合っているからと見向きもしなかった魔術を必死に修練し、ファイアボールで敵を火だるまにできるほどまで高めた。ユーリほど優れた剣技の持ち主が魔術まで行使できるというのは前代未聞だった。

 

「見ていろ、エリザベート!男を舐め腐った売女め!この力でお前の陳腐な公爵軍をなで斬りにして、その顔を恐怖と絶望に歪ませてやる……!!」

 

 悪鬼のような顔の映る鏡を素手で殴り割る。騎兵合戦前夜、ユーリは気が狂ったような高笑いを響かせていた。騎兵合戦が始まる直前までユーリの気分は絶好調だった。今はもう、違う。

 

 

(どういうことだ───こんなはずでは───)

 

 

 酸素不足に陥った頭の中では、その二文節のみが繰り返されるばかりだった。視界の両端にいたはずの護衛の近衛騎士はいつの間にかいなくなり、振り乱される自分の両腕だけが映っている。荒い呼吸で木々の間をすり抜けながら、王子軍団長であったユーリは今、なにか(・・・)から必死で逃げ惑っていた。

 どこから、どうやったのかはわからない。そのなにか(・・・)は、最初に騎士団から20人を排除した。無作為ではなく、明らかに意図して、指揮官や次席指揮官、そして経験豊富な猛者を狙っていた。お節介な副団長(モスコー)のジイさんが殺され、すぐ隣にいた団長であるはずの自分が狙われなかったのは腑に落ちないと思いかけたものの、殺されるよりずっとマシだと思い直した。なにか(・・・)はお飾りの自分ではなく、実質的な指揮をとれる者を真っ先に排除した。強力無比な戦闘集団を、ただの一瞬で烏合の衆にしてしまったのだ。

 激情してはいても、ユーリは自身に将の才がまだ伴っていないことを承知していた。だから、鬱陶しいほどに心配性の父親から「モスコーをつけてやる。忠言に耳を傾けろ」と言われても、渋々それを了承したのだ。

 その父親は今、王子の背後の観戦席で身を乗り出して驚愕しているに違いない。息子の醜態に目を覆っているに違いない。その様子を想像してしまい、己の情けなさに思わず顔がうつむき、足が太ももから重くなる。自分はいったい、何をしているのだろうか。

 

「ゆ、ユーリ団長!お待ち下さい、ご指示を、ご指示をくださフパっっ」

「ひいいいっ!?」

 

 歩みが遅くなったユーリにようやく追いつくことができた騎士の顔面が突如、血の霧と蒸発してユーリに降り掛かった。彼の後頭部に無遠慮に侵入した小さな何かが、脳みそのなかで散々暴れまわった末に前頭部に皿ほどの穴を開口して飛び去っていったのだ。ミンチ肉となった頭部から垂れ下がった下顎がブランコのように前後に振られたあと、騎士は支えを失った棒のように大地に身体を預けた。永遠に。

 

「ひぎゃっ!」

「ア゛ッ!?」

 

 背後から、ユーリを追い立てるように誰彼かの最期の悲鳴が散発する。貴族家の紋章が施された分厚い鎧に、直前まで存在しなかった鋸歯状の穴がガパッと開き、大輪の赤い華が咲く。空気中には鉄の臭いが満ち、思わず胃液が逆流しそうになる。

 

なにか(・・・)に、いや、誰か(・・)に狙われている!しかも待ち伏せだ!)

 

 遅まきながら、ユーリはようやく事実に気がついた。この森こそ狩り場(・・・)だったのだ。混乱を抑えるために森に隠れて態勢を立て直そうとすることはやすやすと見抜かれていた。いや、そうするように仕向けられた。自分たちと相対(あいたい)していた80名の平民兵士の本隊こそ実は囮であり、獲物を追い立てるための狩猟犬であった。本物の本隊(ハンター)は伏兵として自分たちのすぐ近くにずっと潜んでいたのだ。

 手の甲で血に塗れた顔を拭い、文字通り必死の思いで思考を回転させる。眼前には、雨季には小さな池が出来るのであろう開けた場所がある。囲まれている状況で、焦って平静を見失った兵に出来ることはユーリには一つしか思いつかなかった。

 

「ぜ、全周防御!あの開けた場所で防衛戦だ!盾持ちは外周を固めろ!槍持ちはその後ろだ!急げ、早く、早く!グズグズするなウスノロ共!」

 

 特権を振りかざして年上だろうとかまわず尻を蹴り上げる。爵位の高い者に従順に従うという貴族の習慣が染み付いた近衛騎士たちは狼狽しながらもその指示にならい、自らを肉の壁と化す。大盾で外周を覆い、長大な槍をその隙間から外に向かって突き出すことで攻防一体の防御陣を形成していく。さすがの鉛玉も分厚い鉄の盾を貫くことは出来ないらしく、虐殺の連鎖をいったん食い止めることに成功した。しかし、それまでだ。

 本来、このような防御陣は救援が駆けつけるまでの時間稼ぎでしかないのだが、もはやここにはそれを指摘できる経験者はいなかった。よろよろと、しかし現時点での彼らに可能な限りの早さで、ユーリを取り囲むように人間の城壁が築かれた。中央にはユーリのみならず、盾を持たない者や負傷した者が肩を寄せ合って、いかにも気息奄々としている。

 

「これだけか?100人も残っていないじゃないか」

 

 ほうきで掃き寄せられたかのように虚しく集まった近衛騎士たちは、すでに100名を割るまでその数を減じられていた。当初の三分の一だ。しかも、その内2割は怪我をしたり、武器をなくしたりして役に立ちそうにもない。

 

「ゆ、ユーリ団長!どうしましょう!?」

 

 貴族としても、肩書の上でも、最上級の爵位を持つ指揮官であるユーリに、生き残った全員の視線が縋り付く。ユーリはその目をまともに見返すことができずに顎を引いて臍を噛んだ。どうしましょうかと聞きたいのはこっちの方だった。

 死にものぐるいで習得した剣も魔術も、なんの役にも立ってくれなかった。そもそも、戦争の常識が違っていた。戦力の次元が違っていた。戦争に関しての理解度(・・・)が違いすぎていた。子どもの(いくさ)ゴッコに大人が乱入してきたような理不尽な大人気なさすら感じる。エリザベートは、いったいどこでどのようにしてこんな非常識な戦い方を学んできたのか。思いつくことができたのか。

 

「な、なあ。ちょっと上から覗いてみてるんだけどさ、敵の姿がどこにも見えないぞ。もしかして撤退───」

「ば、馬鹿野郎ッ!」

 

 「不用意に頭を出すな」という仲間の注意は遅きに失した。彼の兜には実家の特産物である闘鶏を模した派手な羽根飾りが施されていた。「どうぞ撃ってくれ」と言っているようなもので、事実、彼の兜は持ち主の頭蓋骨ごと後方の空にバラバラに飛び散った。血肉を浴びせられた男たちの情けない悲鳴があがり、色とりどりに染められた闘鶏の羽根が儚く舞い落ちる。

 これでは、誰に殺されたのかもわからない。戦人(いくさびと)の誇りのカケラもない。まるでヒトを人間(ひと)と見ていない戦い方だ。少なくとも、自分たちは“武人”として戦場(ここ)に立っていた。だが、これはたが(・・)の外れた戦い方だ。奴らは、敵を人間として認識してはいない。敵は“ひとの形をした物体”であり、死ねば“地面に転がった物体”でしかない。

 

(や、奴らにとって、俺たちは、同じ人間とも思われていないのか……!?)

 

 この戦場における一つの真実にようやく思い至り、ユーリは己の末路を予想して全身から冷や汗が噴き出した。名誉も誇りもなく、ただの死体となって打ち捨てられる最期など、想像したこともなかった。

 こんなはずではなかった。本来なら、エリザベートの軍をやすやすと打ち破り、配下の騎士たちの期待と称賛の雄叫びを一身に浴びながら、悔しがり絶望するエリザベートを抱きかかえて王都に凱旋するはずだった。こんな、勝てるはずの戦いで無様に追い詰められるなんて、あってはならないことだ。

 そうだ、あってはならないことだ。あるべきではないことだ。だったら───なかったこと(・・・・・・)にすればいい。

 ユーリの醜い顔がことさら醜く歪んだ。悪鬼のような陰惨な笑みだった。彼は、なけなしの誇りをも捨て去ることを決めた。近くにいた近衛騎士から通信球を力づくでもぎ取り、暗く淀んだ声で囁く。

 

「王子殿下、いや、フリードリッヒ。我が友よ、俺に名案がある」

『おお……おお、そうか!さすがだ、ユーリ!それで、どんな名案なんだ!?』

援軍(・・)を寄越してくれ」

 

 通信球の向こう側で、フリードリッヒがぽかんと口を開ける気配がした。それも無理はない。相手より圧倒的に大勢の戦力を用意したうえで追い詰められているのに、さらに加勢を寄越せと言っているのだ。負けを認めたに等しく、恥知らずな要求に聞こえるかもしれない。しかし、それしかもう現状を打破する方法はなかった。現状を無理やり塗り潰すにはこれしかなかった。

 

「フリードリッヒ、聞いてくれ。俺はお前たちほど頭は良くないが、それでも字は読めるし覚えられる。騎兵合戦の法律には“援軍を用立ててはならない”なんて決まりはなかった。そうだろう、メガネ野郎」

『それはたしかにそうだが……』

 

 側近の青年が端切れ悪そうに答える。顔は見えないが、ユーリはフリードリッヒが悩んでいることがわかった。

 

「歴史は勝者が作るものだ。どんな過程を経ようと、ようは勝ってしまえばいいんだ。負けたらそこで終わりだが、どんな方法でも勝つことができれば選択肢はある。そうだろう、フリードリッヒ!」

 

 沈黙思考の気配が続く。だが、フリードリッヒが悩んでいるのなら、その意志はほとんど“イエス”で固まりかけているということをユーリはよく知っていた。あとひと押しだ。

 

「父上!そこには父上もいらっしゃるのでしょう!貴方の息子が卑しい平民どもに殺されようとしているのです!どうか急いで騎士たちのご手配を!どうか!」

『ユーリ……貴様、どれほど浅ましい姿を晒せば』

『近衛騎士団長、援軍は可能か?』

『で、殿下!?我が愚息の戯れ言など聞き入れられますな!いくらなんでも、それは卑怯です!この上恥を晒すような真似は……!』

『可能だよな?え、騎士団長。高邁たるお前が、まさか息子を見殺しになどしないよな?』

 

 目と歯を剥いて威圧するフリードリッヒの鬼気迫る声。しばしの重苦しい沈黙のあと、騎士団長の身体が萎むような諦めのため息が聞こえた。

 

『……可能です。王都の練兵場にいる配下の騎士たちに招集をかければ、騎馬兵200程度がここまで半刻程度でたどり着けるでしょう。しかし、それは王都防衛戦力のほぼ全てだということをよくよく心にお留め置きください』

『無駄口はいいから早く呼び寄せろ!』

『……畏まりました。そこの君、練兵場に繋がる通信球を準備してくれ』

 

 通信球の向こう側では小間使いの「はい、ただいま」という声変わり前の返事がかすかに聴こえた。いい兆候だ。

 

『聞こえたな、ユーリ!半刻だ、半刻堪えろよ!』

「ああ、任せてくれ!これで形勢逆転だ!」

 

 任せてくれもなにも盾槍を支えているのはユーリではないのだが、そんなことはお構いなしだった。自分に向けられる不平不満の視線を感じることすら出来なくなったユーリは、騎士たちを鼓舞するために腕を振り上げる。

 

「よおし、あと半刻だ!ちょっとの辛抱だからな、そうすれば───」

『ゆ、ユーリ!何かされる(・・・・・)ぞ、気をつけろ!』

「───はあ?なんだそれは?」

 

 あまりに抽象的な注意喚起に思わず不敬極まりない生返事が漏れる。王族に対してさすがに目に余る口の悪さに周囲の騎士がギョッと剣呑な表情を浮かべたが、彼らにそれ以上の衝撃が降り掛かってきたことでウヤムヤになった。精神的な衝撃ではなく、肉体的な衝撃(・・・・・・)によるもので。

 盾だったものが木っ端微塵に砕け散り、空中を無数の小さなブーメランとなって飛び去っていく。人間がぬいぐるみのように空中に飛び上がる光景がひどくゆっくりと見えた。まるで巨大な手にはつられたかのような痛みを全身に満遍なく知覚する。左右どちらかの鼓膜が破れたらしく、残ったほうの耳もキンキンと耳障りな異音を再生するだけで何も聴こえてこない。狂乱する三半規管をかろうじて制御しながら、ユーリは努めて何が起こったのかを把握しようとする。

 

「な───なにが───?」

 

 防御陣の一角が、まるでワンホールケーキから一人分を分けとったかのように削り取られていた。その一角にいたはずの近衛騎士たちはすでに存在していなかった。グチャグチャに捻り潰された筋肉と骨と内臓が散らばり、血の池に浮かんでいた。腕や足がなくなった男たちが大きな傷口を押さえて地面を激しく転がっている。弾け飛んだ石礫や鉄片に切り裂かれたのか、首の裂傷から多量の血を流して絶命している者もいた。むせ返るような血の臭いが充満している。

 想像を絶する地獄の光景を前に、ユーリの思考は真っ白になった。聴力がだんだんと回復するにつれ、断末魔と阿鼻叫喚の怒号が洪水のように鼓膜に流れ込んできて、彼の混乱は拍車をかけて悪化した。

 

 ヒュルルルルルル

 

 尾を引くような鋭い音が聴こえた気がして、ユーリはハッと上空を見上げた。その場にいるユーリただ一人だけには、その正体が理解できた。理解できて、絶句した。彼が剣技と合わせて体得した攻撃魔術、ファイアボール。それが、数え切れないほどの凶悪な輝きを見せ付けながら、ユーリたちの頭上へと降り注ごうとしていた。

 そして、それらは炸裂した。容赦なく。呵責無く。慈悲もなく。




 ファイアボールも、通信球も、使いようによっては現代兵器よりチート武器として使いうると思うんです。ファイアボールなんて、擲弾発射機や迫撃砲を持ち歩かなくても、人間がその代わりができるわけで。きっとゴルゴもそう考えるんじゃないかな、と思って、そう書いてみました。
 さてさて、そろそろ次回で終わりでしょうか。綺麗にまとめられるようにがんばりますので、温かく見守って頂ければ幸いです。頑張れ王子。フリードリッヒって名前をつけてたことを忘れてたのは内緒だぞ。
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