【賛美歌13番】もしも悪役令嬢に○○○○○が転生したら【完結】 作:主(ぬし)
……タイトルの超短編を外したほうがいいのだろうか。
雷神が天上から鉄槌を振り落としたというのか。否、その怒号は大地から発せられていた。そして、その鉄槌を落とした神は、王子の隣に泰然と座る少女、エリザベートに他ならない。
「な……なにが、起きて……」
王子の呟きをかき消す轟きが津波のように大地を伝播していく。見下ろす森の一点から、噴火の如く土くれが巻き上がり、灰色の煙の塔が天をつくように立ち上がる。驚いた鳥の群れが一斉に飛び立って雲霞のごとく一帯の上空を逃げまどい、キイキイと甲高い悲鳴をあげている。無数の翼が乱れるバサバサという音と大気を揺るがす轟音が不気味な
その場にいる全員が、何が起きたのかは理解できなくても、悪いことが起きたに違いないことは理解出来た。
一様に顔を青ざめさせて重く静まり返る王子たちの陣営をよそに、無表情を保つエリザベートの通信球からはプロフェッショナルの会話が途切れることなく続く。
『こちらデルタ
『こちらエコー
『こちらデルタ
『こちらフォックストロット
再び地表で雷光が炸裂する。鼓膜を聾する爆音が大地を波紋のように伝わってくる。豪奢な椅子の脚が折れんばかりに振動する。揺さぶられ、胃が喉まで持ち上がってきたような錯覚に青ざめる王子をよそに、呵責のない攻めはなおも続く。
『こちらデルタ
『フォックストロット
エリザベートの最高等級の陶器を思わせる白い繊手が通信球をそっと持ち上げる。
聞いたこともない言葉ばかりで、彼女が何をしようとしているのかなど見当もつかない。この世界の住人は、“効力射”が『正しい射撃諸元を得たあとに行われる本格射撃』ということなど知らないからだ。知らないが、それが無慈悲な攻撃の合図であることは今までのことから嫌でも予想がついた。エリザベートは今、トドメを刺そうとしている。なんの呵責もなく、遠慮もなく。顔も知っているだろうユーリを、極めて無関心に、路傍の雑草を刈り取るかのような心の籠もらない表情で、この世から消し去ろうとしている。
「こちら
森の周囲の茂みから次々と眩しい光球が打ち上がった。ほとんど垂直に打ち上げられたそれらは、攻撃魔法のファイアボールだった。一つ一つは見慣れたものだが、そこにこめられた魔力の圧縮濃度は誰も見たことがなかった。とてつもない破壊力が凝縮されたファイアボールの大群が太陽に負けじと激しく燃焼し、青空に脈打っている。
それらは個々に違った放物線を空中に描いた。だが次の瞬間、驚くべきことが起きた。ファイアボールは森のなかのある一点を目掛けて、まるで意思を持っているかのように寄り集まり、落下のタイミングを合わせ始めた。それは度重なる訓練によって極限まで高められた練度による弾着タイミング調整の成果だったが、王子たちの目には魔法か奇跡にしか映らなかった。
「ユーリ───」
赤ん坊の頃から今までの息子の姿が走馬灯のように頭をよぎり、たまらずに歯の間から漏れた騎士団長の悲痛な呟きは、稲妻のような爆音にかき消された。
皿のように見開かれた彼らの目に、再び爆炎が写り込む。今まで誰も目にしたこともない、世界を捻じり切らんばかりの大爆発だった。今度の轟音は度を超えて凄まじく、王子の頭上では天幕の生地が音波によってビリビリと振動し、ところどころに音を立てて切れ目が生じた。反射的に噛み締めた顎がガクガクと震えて激痛が走る。視界に映る平野全てから鳥たちが弾けるように一斉に飛び去る。DNAレベルで経験したのない大地の大激震に王子の取り巻きたちが腰を抜かして尻もちをつくも、エリザベート側には魔法の障壁が最初から張られていたらしく、風のそよぎすら感じていないようだった。彼女の手にする紅茶の水面には
着弾点にあった太い木々がバキバキと音を立てて根本から傾き、先ほどよりも激しい土煙の柱が立ち昇る。まるで火山の噴火のようだった。数拍ほど遅れて、平原を激しく波立たせながら突風が殺到してきた。破れた天幕を石礫がバタバタと叩きつけ、隙間から大量の土塊が降り落ちてワイン瓶や菓子を叩き潰す。
それは衝撃の度合いを連想させ、爆心地にいたユーリたちの末路をも容易に連想させた。王子はあんぐりと口を開けて硬直している。風に混じって、生臭い臭気が漂ってきた。動物の血と内臓の臭いだ。側付きの女が「酷すぎる」と呻いて眼下の惨状から目を背け、背中を丸めて足元の野原に嘔吐し、そのまま硬直した。
もはや、これは対人魔法などではない。この攻撃には正々堂々という思想は一切介在していない。騎士道精神も、武人としての情けも、すべて欠如している。今までこの世界の誰も考えたことのない、敵の集団をこの世から完膚無きまでに抹殺し尽くす、世紀末の終焉を覗き込んだ世界の残虐極まる戦術だった。
「……おい、誰か返事をしろ。この俺の命令だぞ。王子だぞ。返事をしろ……おいっ!返事をしろよ!」
手が白ばむほど通信球を握り締めた王子が唾を飛ばす。しかし、通信球は無言を返すのみで、その沈黙が向こう側の様子をなによりも如実に伝えてきた。返事が出来るような生命は、もう残っていないのだ。
見るに耐えない醜態を晒す王子を見兼ねて肩に手を掛けようとした騎士団長に、不意に王子がサッと振り返る。多量の脂汗にまみれた顔は狂人のような怪しい笑みに乗っ取られている。
「ふ、フリードリッヒ殿下……?」
「騎士団長、お前の息子は無駄死にじゃなかったぞ。最期に活路を開く策を残してくれたのだからな───おいっ!援軍はまだか!通信球はまだ繋げられないのか!?」
なんと、王子はまだ潔く敗北を受け入れる覚悟を決められていなかった。ここに来てなお、卑怯な手を使ってでも勝とうとしていた。道を違えたとはいえ、たった一人の愛息子の命が犠牲になったというのに、王子の心境はなんら変わってはいなかった。ユーリの命がなんら役立てられることなく無駄になった事実を突きつけられ、騎士団長は怒りを覚えると同時に巨大な虚しさに襲われ、喉を詰まらせた。
一方、援軍の要請をするために騎士団練兵場に連絡を取るよう言いつけられた小姓は、王子の口汚い叱咤をぶつけられて涙目になりながら、必死に通信球に魔力をこめていた。
「そ、それが、練兵場にまったく繋がらないのです。予備の通信球も何度も試したのですがどうしてか反応がなくて───」
「言い訳をするなっ!早くしろ!さもないと貴様もたたっ切るぞ!」
「ひいっ!?も、申し訳ありません!」
…………予備の通信球が?
遠くから聞こえてくるような王子たちの会話の意味を遅まきながらに理解して、騎士団長は眉をハの字にして訝しむ。騎士団練兵場は王国騎士団の本部であり、備品はすべて最新のもので統一されている。特に通信球は騎士団長である彼自身の命令によって、つい先日に予備も含めて新しい魔術を付与したばかりだ。なにより、今朝も通信球を使って練兵場と連絡をとったばかり、なの、に───
考えが及ぶに連れ、思考が尻すぼみになっていく。胸中に最悪の予測を導き出してしまった騎士団長の顔面が見る見る蒼白になり、どっと頭から滝のような汗が流れ落ちる。
“エリザベートの戦術には、騎士道精神も、武人の情けもない”。先ほどそう論評したのは、自分ではないか。
操り人形のようなぎこちない動きで、彼はエリザベートの氷像のような横顔に見開いた目を向ける。
「……エリザベート公爵令嬢、我が騎士団に、何をした?」
氷のような殺気をケープのように纏うエリザベートは、彼の言葉が耳に入っていないかのように泰然として何も応えない。しかし、彼女の背後に立つ老公爵の喉が緊張にグビリと上下したことが明確な答えになった。答えになってしまった。後ろ手に手を組んでピンと顎を上げ、一見すると平然を装っている公爵のシャツの襟首は、じっとりと汗に濡れていた。王国有数の傑物である公爵が緊張と後悔に恐れを抱くほどの行為が、この合戦の背後で行われたのだ。いや、そもそも、この愚かな騎兵合戦そのものが“
「まさか……」
「お、おい、騎士団長。いったい何の話をして───」
「小僧、貴様ッ!王子殿下の御前であるぞ!無礼であろう!」
「至急!至急の伝令なんだ!頼みます、通してください!通してください!」
背後から怒号が飛んできて、騎士団長の追及は乱暴に中断された。エリザベートと公爵を除く全員が驚いてそちらに視線を転じれば、まだ騎士叙任前の年若い少年が馬から転がり落ちて、護衛の騎士を押しのけてこちらに駆け寄ってきていた。全速力の鞭を入れ続けられたのだろう馬は臀部に痛々しい血が滲み、ヒューヒューと喉から苦しそうな息を吐いている。
騎士団長はこの少年に見覚えがあった。騎士団練兵場で騎士見習いをしている、14歳の少年だ。武に優れ、特に馬の扱いに長けた将来有望なこの侍従は、実家が大領主であることを鼻にかけて増長しやすいところが玉に瑕な美少年だった。それが今や見る影もなく、見開かれた眼球の瞳孔は死人のように開いて上下左右に激しくブレている。
必死の形相には護衛の騎士を思わずたじろがせるほどに鬼気迫るものがあり、護衛たちが
果たして、現実はその予感を遥かに上回って、
「
ゴルゴの魅せ場、長距離狙撃は次回!異世界版アーマライトM16が火を吹くぜ!