ガバ転生メイリンによる「こずみっくいら」再現物語   作:めんりん

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第三十五話 : 少女の願い (後編)


「すまないね、今は誰もこの部屋には入れないよ」

 

 

彼女が眠っているだろう病室の前で、軍医の人にそう言われた。あの時、ラクスの危機を察知して飛び出したミーアを救った、一発の弾丸。

 

それを放ったのが、今も扉一枚隔てた向こうで眠る彼女…メイリンだ。おかげでラクスもミーアも無事だ、今はラクスやフラガ少佐の声もあってミーアも一時的にだがアークエンジェルで保護ができることになった。

 

…これで話が終わってくれたら、よかったんだが。

 

 

「…やはり、駄目ですか?」

 

 

俺の言葉を聞いた軍医は、とても難しい表情になる。

 

 

「駄目だよ。今の彼女は…そうだな、溜め込んでいた心の負担を、一気に破裂させてしまったようなものだ」

 

 

心の負担…。ラクスの言葉をなぞるなら、目の前で起こる戦火、その全ての責、ということか。今まで積み重ねていた罪の意識を、あの弾丸が崩してしまった。

 

そういう…ことなのだろうか。

 

 

「人間が一度に耐えられる心の負担には限度がある。だが彼女は、おそらくその遥か数倍の負荷を知らず知らずのうち自分の心にかけてしまっていた。それが勢いよく決壊したんだ、精神崩壊を起こしている可能性も十分にありえる」

 

「そんなっ!?」

 

 

精神、崩壊…? 嘘だ、それではもう……っ!!

 

 

「本当なら、こんなところではなく今すぐに専用のメンタルケアが受けられる病院に入れるべきだ。それができたとしても、回復の見込みがあるかは…正直半々、と言わざるを得んがね」

 

 

……嘘だ……そんな、そんなっ!!

 

 

「君も戻りなさい。…彼女だって、今の姿を君に見られたくはないだろう」

 

 

その言葉を最後に、彼は俺から視線を外し手に持った…おそらくは彼女のカルテか何かに目を通して始めた。

 

…本当に、これで終わりなのか? 何も守れず、為しえず、彼女の心を取り戻すこともできず。カガリやキラとの約束すら果たせず、俺は……俺はっ!!

 

 

「…くそっ!!」

 

 

悔しさから流れた涙とともに、壁に拳を叩きつける。だが、いくら待ってもくるはずの痛みがやってくることはなかった。当然だ、体の痛みなんかよりもはるかに痛みを感じてるものが、俺の内にあるのだから。

 

 

「…アスラン」

 

 

心配そうに肩に手を置いてくれるキラには申し訳ないが、今は言葉を返せる気がしない。

 

なんて、なんて無力なんだ、俺は。なぜいつもこうなる、なぜいつも間に合わない。……俺はいつも遅すぎる。為すのも、決めるのも、何もかも。

 

 

…俺は…彼女を……守れなかったんだ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

上も下もわからない真っ暗な空間に、私は立っている。風の音も、地に足をつける感覚もない場所に、一人で。

 

 

「…ここ、は?」

 

 

何もわからず、見えず。ひたすらに裸足の足で歩くこと少し。足の裏が、なにかを踏んだ。

 

グチャリと生々しい音に足元を目を向ければ、そこには血塗れになった誰かの顔がある。踏みつけた私の足に歯を突き立て、憎悪を滾らせているかのような血走って真っ赤な眼球を私に向けながら。

 

 

『イタイ、イタイ、イタイ』

 

 

苦しみを訴える声、悲痛な叫びに思わず耳を塞いで駆け出そうとした私の両手両足にかけられる、血塗れの腕。

 

 

『タスケテ、タスケテ』

 

『シニタク、ナイ。シニタク、ナイヨ』

 

 

必死に振り払おうとしても、彼らは決して私を逃がそうとはしない。当然だ、だって彼らを殺したのは私なのだから。世界のため、あるべき結末のため。ただそれだけのために、私が見捨てた数多の命。

 

 

『ナンデ、タスケテクレナカッタ』

 

 

だって、それが世界のためだから。

 

 

『オカアサン、オトウサン。イヤダ、アイタイ、シニタクナイ』

 

 

仕方ないじゃない、私に救えるものには限りがあるの、全部を守れるわけなんてないじゃない。

 

 

『デモ、タスケタ』

 

 

…っ!? それは…それはっ!! 目の前で、手の届くところに、

 

 

『ワタシタチ、ミステタ。デモ、タスケタ』

 

 

…うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!

 

 

『オマエ、ニゲタナ』

 

 

…私は、わたしは……わたし………は………。

 

 

『ユルサナイ。ゼッタイニ、ユルサナイ。ワタシタチハ、オマエヲユルサナイ。ヒキョウモノ、ギゼンシャ、ノオマエヲ、ゼッタイニユルサナイ』

 

 

一生許さない。その言葉にゆっくりと足元を見た時、ようやく私は今自分がどこに立っているのかが分かった。私が踏みつけている()()の屍、それを頂上にした、()()()()

 

血塗れの屍のみで構成された赤黒い巨山。それが、今私が踏みしめているものの正体だ。そしてこの巨山こそ、私が今まで見捨てて踏みにじってきた命と罪に他ならない。

 

千、二千、万。そんなものでは到底到達できない罪過の果て。それが今私立っている場所の正体だ。

 

 

「…あ、あ、あ、あああああ…っ」

 

 

これが、私の罪。永遠に消えることなく積み重ねられた命の数。私が殺し、見捨てた命達の成れの果て。怨嗟を叫び、痛みを叫び、ただひたすらに私を犯さんとする亡者の群れ。

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

…死んでしまえ、消えてしまえ、メイリン・ホーク。己が都合で切り捨てられた者たちの怒りを知れ。永遠に苦しめ、悠久に続く罪過の重みを背負いながら、ひたすらに苦しみ抜いて死んでいけ。

 

顔も名前も知らない彼らに、罪人の私はそう告げられた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

想像を絶する悪夢の中、叫びとともに体を起こす。冷や汗で薄い患者服や長い髪が肌に張り付いて不快なことこの上ないが、残念ながらそんなものに気を回していられる余裕なんてない。

 

 

「いや、いや、いやっ!! 触らないで、来ないでっ!! いやぁぁぁっ!!」

 

 

誰かが私の肩に手を置いている、誰かが私の足を掴んでいる、誰かが私の髪を引っ張っている、誰かが私の服に手をかけ破ろうとしている、誰かが私の首を絞めている。

 

あるはずのない無数の影に犯された私の体は、錯乱してやたらめったらに手足を振り回す。壁を殴りつけベッドの支柱を蹴り付け、髪の毛を掻き回しひたすらに叫びを上げる。

 

 

「大丈夫、大丈夫だからっ!!落ち着いて、ねっ?」

 

 

私の体を押さえつけ、抱きしめながら耳元でそう囁く女性の軍医さんが極度の錯乱状態にある私を必死に抱き留め、暴れ回る私の爪に首元を引っ掻かれながらも決して彼女は私を離さない。

 

 

「…あ、あ……。は、は、はあ…はあ…」

 

 

やがて、肉体的に限界を迎えた私の体は急激に消費した酸素を補充するために活動を停止する。それを見た軍医の人はそっと私を離して何やらカチャカチャ背を向けて弄り出した。

 

けれど、

 

 

「…っ!?」

 

 

彼女の背中に、さっき夢で見た顔が写っている。あの血塗れでグチャグチャになった、誰かの顔。…うそだ、夢から抜け出してまで私を殺しに来たんだ、彼らは。

 

そう思い至った私の体は、そっと立ち上がって腕から伸びる点滴スタンドを手に取った。そしてそのまま、私は私を睨み付ける顔目掛けて振りかぶった点滴スタンドを振り下ろす。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

苦悶の声とともに私の目の前に倒れる女の人と、いつの間にか消えたあの顔。逃げないと、そう思い至った私の体は、病室を抜け出してひたすらに廊下を覚束ない足取りで駆ける。

 

やがて、壁伝いに触れていた右手が空を切った。見れば、人の存在を察知して扉が開いたらしい。

 

そこは、明かりの消えた食堂。明るくて人の声に溢れたいつもとは違い、まるで全てを飲み込む真っ暗な闇に、私の体は吸い込まれるように消えていく。

 

そして、気づけば私の右手には一本の食事用ナイフが握られていた。ああ、そうか、これなら。

 

 

「…これなら、()()()()()

 

 

そうだ、これを喉に突き立てればいいんだ。そうすれば終わる、この長い長い苦しみも、私を追い詰める影からも、全部終わりにできる。

 

もう無理なんだ。あの一発の弾丸ではっきりとわかった。私は今まで罪を背負ってきた、背負ったつもりでいた。己の都合で見棄てた命の死とそれに伴う罪を背負って、一人で汚れたつもりでいた。

 

でもそれは誤りだった。私はただそうやって罰を受けたつもりになって逃げていただけ。悲劇のヒロインを気取り、ただ自分で自分を哀れんで目を背けていただけだけの卑怯者。

 

それを、あの弾丸が教えてくれた。あれが、命の重み。誰かを殺すという行為の痛み。それがあといくつ、私の肩に乗ってるの? 吹き飛ばされたヤヌアリウスにいた人たち、オーブでジブリールを巡って戦った兵士の皆んな。

 

アーモリーワン、ユニウスセブン、オーブ、レクイエム、ヤヌアリウス、ステラ、シン、レイ…お姉ちゃん…。

 

どれだけの罪が私の肩にあるのだろう。どれだけの悲しみを私は生んだのだろう。

 

耐えられる人がいるなら教えて欲しい、何千何万という命を切り捨て、そこに生まれる数多の人の嘆きに耐えて生きていく方法を。

 

私には…それができそうにない。それだけのことをして、後で「ハッピーエンドだやったー」なんて…どう考えても狂ってる。

 

だから、これで終わり。私の戦いはこれまで、後は皆んながなんとかしてくれる。…これ以上、私は私のこれまでに耐えられそうにない。

 

 

シン、レイ、アスランさん、お姉ちゃん…。ごめんなさい、私は…メイリンは……もう、()()()()

 

 

いっぱい振り回してごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。私なんかが……生きていてごめんなさい。ごめんなさい、本当にごめんなさい、

 

 

 

()()()()()

 

 

 

その気持ちを最後に、涙を流して私は両手で握った刃を自分の喉に向かって突き入れようとする。でもその時、

 

 

 

 

「メイリンっ!!!」

 

 

 

 

誰かが、私の名前を呼んだ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

キラと軍医の人に促されて部屋に戻った後。俺はどうしようもないやるせなさからひたすらにベッドに座り込んで頭を抱えていた。付き添おうとしてくれたキラやラクスをなんとか追い返し、今は絶賛一人無様に黄昏れているというわけだ。

 

精神崩壊、回復の見込みは良くて五割。先程突きつけられた事実に、正直打ちひしがれていた。今のこの状況下でそれは、限りなく可能性がゼロに近いことを物語っている。

 

彼女は一度、プラント最高評議会の議長に命を狙われたのだ。どこに彼の息がかかったものがいるかわからない。そんななかで彼女を一般の医療施設に預けるわけにはいかない。

 

唯一、オーブなら何とかなるかもしれないが…今そのためだけにオーブにアークエンジェルで向かう、なんて事もまた不可能な話だ。

 

また、だ。また俺は守れなかった。守ると言っておきながら、カガリとキラと大層な約束までしておきながら。結局俺は彼女に何もしてやれなかった。ただ一発の弾丸ですら、彼女に引かせてしまった。

 

なんだ、なんなんだ、俺は。どうしてこうも無力なんだ、どうしていつも間に合わない、届かない。俺には…誰も救うことなどできないと、そういうことか?

 

いくら足掻いたところで、俺は目の前の敵を斬り伏せることは出来ても、孤独に罪を背負おうとしている少女一人救えないと。お前に殺すことは出来ても、何かを守ることなど出来はしないと。

 

 

そう言いたいのか、運命とやらは。

 

 

「アスランっ!!」

 

 

そんな時だ、キラのやつが血相を変えて部屋に飛び込んで来たのは。

 

 

「彼女がいなくなったっ! 今みんなで艦内を探してる、君も早くっ!!」

 

「…っ!?」

 

 

メイリンが、いなくなった? 面会すら不可能だった彼女が? ……馬鹿な、今の彼女はっ!!

 

 

「早く見つけてあげないと…なんだか、取り返しのつかないことになるような気がして」

 

 

だろうな、間違いなくお前のその想像は正しい。残念ながら、俺も同意見だ。

 

 

「僕は一度甲板にいく、ラクスたちも探してるから。君は艦内をっ!」

 

「ああっ!」

 

 

飛び出していくキラを追って、俺もできる限りの速度で廊下を走る。取り返しのつかないこと、精神崩壊、この二つだけで容易に想像がついてしまう最悪の未来。お願いだメイリン、どうか早まらないでくれっ!!

 

 

「アスランっ!!」

 

 

向こうから駆け寄ってくるラクス…ではないな、ミーアか。彼女も随分と慌てている、もしかして彼女もメイリンを探しているのか?

 

 

「アスラン、えっと…聞いたわ、色々と。それで、その…私、あの子を見たのよ。…フラフラになりながら、壁に寄りかかるように歩いてた」

 

 

……っ!? 本当かそれはっ!!

 

 

「あっち、多分食堂…よね? 明かりが消えてたからよく見えなかったけど…」

 

「ありがとうミーアっ!」

 

 

聞くや否や、何かを叫ぶミーアの声を待たずに俺は駆け出した。食堂はすぐこの先だ。頼む、間に合ってくれ。

 

これ以上、彼女に悲劇を背負わせないでくれ。その一心で食堂にたどり着いた俺が目にしたのは、薄暗い室内の中、今まさに己の喉にナイフを突き立てようとする彼女の姿だった。

 

 

「メイリンっ!!!」

 

 

カウンター裏にいる彼女目掛けて、限界を超える速度で駆け寄る。テーブルに飛び乗りカウンターを飛び越え、彼女の持つナイフを強引に奪い取る。

 

 

「何をしているんだ、メイリンっ!!」

 

 

彼女の肩を掴み、そう怒鳴りつける。感情的になっては不味いと思ってはいたが、それでも止められなかった。俺が止めなければ、後一歩遅ければ…今ごろ彼女は血みどろになってここで死んでいたのだから。

 

 

「…アス…ラン、さん……?」

 

 

……っ!?……なんて、なんて目をしているんだ。瞳孔が開ききった虚な瞳…メイリン、君は今…本当に俺が見えているのか?

 

 

「…とめ、ないで」

 

 

そうして彼女は緩慢な動きで俺が彼女から奪い取ったナイフを再度手に取ろうとする。

 

 

「ふざけるなっ!! やめろ、こんな馬鹿なことっ!!」

 

「……っ!? ……ばかな、こと……?」

 

 

直後、彼女は信じられないほどに強い力で俺の体を突き飛ばす。そして、自らの体を抱きしめ、腕に爪を突き立てながら俺を見る。

 

 

「…なにが、ばかなこと…なんですか? なにも知らないくせに……っ! わかってないくせにっ!!」

 

「…メイリン…?」

 

 

まるで心が引き裂かれるかのような叫びが、彼女の口から漏れ出でる。

 

 

「私の気持ちなんか……なにもしらないくせにっ!! 私がどれだけ苦しんだのか、罪に汚れたのか……あなたに一体何がわかるっていうんですかっ!!」

 

 

………君の、気持ち…。

 

 

「なにも、知らないくせに…分かってなんていないくせにっ!! 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

…見た、こと………。

 

 

「みんなして私に押し付けるっ!! 私だけに背負わせるっ!!」

 

 

……………メイリン……君は……。

 

 

「…なんで? どうして()なの? どうしてラクス様じゃないの? ヤマトさんじゃないの? アスランさんじゃないの? なんで………なんで…っ! なんで私なのよっ!!!」

 

 

…痛々しい、まるで自身や世界そのものに対する怒り、憎しみ……そして、悲しみ。……そうか、それが君の苦しみか、メイリン。

 

 

「なにも出来ないのにっ!! なにも持ってないのにっ!! 私には……力も何もないのにっ!! なのに……なのにどうして私を選んだの……? …そんなの…できるわけないじゃない……」

 

 

……気づいてあげられず、すまなかった。俺がうじうじと悩んでいる間にも、君はただ一人で背負い続けていたんだな。何かを背負うには、あまりに小さく華奢なその両肩に、背負い切れない罪を抱えてここまで来たんだな、君は。

 

爪を突き立てた腕からは、既に患者服に滲むほどに血が出ている。自らを抱きしめ、そして痛め付けて膝を折る彼女に、俺はゆっくりと歩み寄る。

 

 

「…もう無理なの、耐えられないの……。もう、私、いなくてもいいから。…あとはみんなだけで大丈夫だから」

 

 

…いいや、それは違う。君がいなくては意味がないんだ、たとえこの先、どれほど幸福な未来が待っていようと、そこに君がいないのなら…そんな未来に価値はない。

 

君という光がない世界なんて、俺はいらない。

 

 

「…あとは、私が背負うから。ちゃんと、死ぬから…。汚い私は、ちゃんといなくなるから…だから…っ!?」

 

 

死なせない、絶対に死なせない。なぜなら君は、

 

 

「いいや…それは違う、メイリン」

 

 

震える彼女の体を抱きしめ、そう誓う。

 

そうだ、簡単なことだったんだ。なのに俺は、ラクスに諭され、カガリとキラに背中を押されて、そして君のこんな痛々しい姿を目にするまで、俺は気づかなかった。

 

馬鹿だな、俺は。最低で、最悪の大馬鹿野郎だ。

 

 

「…君が罪に汚れていると言うのなら、俺も一緒に汚れよう。背負った罪に耐え切れないと言うのなら、俺も一緒にそれを背負う」

 

 

自分の気持ちに、こんな土壇場まで気づかないなんて。本当に、救いようのない馬鹿野郎だ。

 

でも、だとしても。ようやく分かった、気づけたこの気持ちは、決して無駄なんかじゃない。…無駄になんて、するものか。

 

 

「…いや…はなして、ください…。わたし、汚れて」

 

 

…いいや、離さない。もう決して、君を離したりなんかしない。

 

 

「…俺も一緒だ。君が罪に塗れていると言うのなら、俺も一緒に塗れる。君が罪人だというのなら、俺もその道を共に歩こう」

 

 

たとえ君が咎人だとしても、消えぬ罪を背負っているのだとしても。それでも俺は、君に生きていて欲しい。

 

一人では背負いきれない罪だとしても、世界中が彼女を許さぬとしても、皆の憎悪と悲しみに晒されて消えたくなったとしても。

 

俺が支える、俺が彼女の手を握り続ける。何が立ち塞がるとしても、俺が必ず彼女の前に立つ。

 

それが俺の示す、俺だけの正義だ。独善と罵られようと、偽善だと謗られようとも構わない。彼女を脅かすというのなら、容赦なく俺が斬り伏せる。

 

…何が来ようと、何が相手だろうと、彼女をこれ以上傷つけるというのなら、例外なく全て叩き潰す。それが、俺の背負う罪であり、覚悟であり、掲げる正義。

 

 

だから、

 

 

「俺が支える、絶対に君を一人にはしない……約束する」

 

 

 

ー君は、俺が守るー

 

 

 

呆然と目を見開く彼女の唇に、唇を重ねた。

 

 

 

* * * *

 

 

新たなる覚悟とともに重ねた唇を離すと、青年の前には虚ながらも感情に揺れ動く少女の瞳があった。それはかつての無邪気なそれではなく、しかし全てを突き放す氷のそれでもない。

 

久方ぶりに顕となる少女の感情に、戸惑いを隠せぬ少女。そこへ、

 

 

「アスラン、メイリンさん」

 

 

暗き食堂に光を灯しながら、一人の女性が騎士を伴って歩み寄ってくる。平和を謳い、かつて迷う彼らに真に進みたいと秘めた道を示した姫が、罪と温もりに戸惑う少女の前に降り立った。

 

膝を折り地に伏す彼女に合わせ、同じく地に膝をつけ目線を合わし、姫は戸惑う少女の手を握る。

 

 

「メイリンさん。聞こえますか、私の声が」

 

 

聞くもの全ての心を浄化するような慈愛の声に、少女の肩が震える。

 

 

「…いいえ、聞こえるはずです。貴方を心から思い、守り寄り添うと誓ったアスランが穿った小さな穴…今の貴方にならば、私たちの声が聞こえているはずです」

 

 

硬く閉ざされた氷の壁に、確かに青年は穴を穿った。青年の掲げる覚悟と正義が、少女を思う真っ直ぐな思いが、開かずの壁を貫いたのだ。あとは、壁の中にいる少女がこちらを見れば、

 

 

「ですから…顔を上げ、私を見なさい、メイリン・ホーク。今し方、貴方は聞いたはずです、彼の覚悟を、思いを。貴方を思い、全てと戦うと誓った、彼の言葉を」

 

「……っ!?」

 

 

だが、そんな甘えは許さない。姫の言葉に、俯こうとしていた少女は、弾かれたように顔を上げる、上げさせられる。

 

 

「…大丈夫ですわ、メイリンさん。貴方はもう、一人ではありません。ここには私が、キラが、皆が……そして何より、アスランがおります」

 

 

今し方、彼女のために全てを捧げ戦うと誓った青年が、彼と志を同じくする姫が、それを守る最強の騎士が。その全てが、いま彼女に手を差し伸べている。

 

 

「ですから、どうか教えてください。貴方の願いを、思いを。その傷ついた心の底にある、貴方の本当の気持ちを」

 

 

手は差し伸べられた、あとは彼女がその手を取るのみ。だが、

 

 

「…わた、し…は…。ぎちょう、とめて……みんな、の……みらい、を」

 

 

少女は、まだ気付かない。己の心、その奥底に眠る真実に。当然だ、今まで少女は遠くばかりを見てきた。彼方に浮かぶ光だけを目指し、なにに目をくれることもなく歩んできた。

 

だからこそ、気づけなかった。足元に転がる小さな願いに。誰もが抱いて当たり前な、そんなありふれた願いに。

 

 

「いいえ、違います」

 

 

だが、今彼女の目の前にいる姫は決して見逃さない。彼女の本当の願いを、気持ちを。かつて迷う者たちに彼ら自身が進みたいと願う道を示してきたこの姫に、そんな誤魔化しは通じない。

 

 

「それは、私たち皆の願いです。今世界に生きる全ての人々が抱く願いです。貴方一人が背負うものではありません」

 

 

みんなの、世界の。そんな大層なものではない。もっと単純で簡単で、それでいて、難しい。

 

だがそれでも、姫は言う。その願いを言えと、それが少女のすべき選択であり、それこそが未来に繋がる道であるが故に。

 

 

「だから、貴方だけの、貴方のためだけの願いを教えてください。…さあ、メイリンさん。貴方を縛るその鎖、解き放つのは今なのです」

 

 

閉ざし、突き放し、そして縛り付ける。その呪縛を断ち切るのは、今において他になし。

 

 

「大丈夫ですわ、貴方は一人ではありません、貴方は孤独ではありません。貴方には……私たちと…そしてアスランが、共におりますでしょう?」

 

 

暖かな微笑みとともに、姫は握る少女の手を彼女の前に掲げる。一人ではないのだと、自分たちがいるのだと、擦り切れた少女の心に届かせるために。

 

やがて、

 

 

「……わ…を………け……」

 

 

掠れた声で、聞き取れぬほどの小さな声で、少女が口を開く。

 

 

「……………」

 

 

姫は動かない。もう語る言葉は尽くした、後は少女の心が決めること。ただじっと、彼らは少女の発する小さな声を待つ。

 

 

「……たし……て」

 

 

震える声で、震える唇で、震える肩で。己にそれが許されるのかと、少女は咎人たる己に問い掛ける。

 

だが、

 

 

「…メイリン」

 

 

そんな少女の小さな肩に、大きな掌が乗せられる。今し方彼女を守ると誓い、彼女のために全てと戦うと決意をした青年の手だ。

 

やがて、その時は訪れる。小さな声だった、掠れた声だった。聞く者が聞けば、憤慨するような願いだったのかもしれない。それでも、彼らは少女の願いを聞き入れる。

 

世界を背負い、罪を背負い、咎に汚れた少女の、そのあまりに小さな願いとは、

 

 

「……わた、し…………わたし、を……」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

愚かな願いなのかもしれない。数多の命を切り捨て、見捨て、手の届く命をだけを掬い上げてきた少女の、あまりに傲慢な願いなのかもしれない。身勝手なのかもしれない。

 

だが、その消え入りそうな声を聞いた英傑たちの答えは、とうに決まっていた。

 

 

「はい」

 

姫も、

 

「うんっ」

 

騎士も、

 

 

「ああっ…っ!」

 

そして、何に代えても少女を守ると誓いを立てた青年も。皆一様に、一切の迷いなくその言葉を口にした。

 

 

「貴方の願い、確かに聞き届けました」

 

 

瞳に涙を溢れさせる少女に、姫は静かに語りかける。優しく、暖かく、柔らかな微笑みとともに。

 

 

「これまで…よく一人で耐え抜きました、戦い続けました。もう大丈夫です。これよりは私が、私たちが

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

その言葉が、最後だった。大粒の涙を流し泣き崩れる少女を、姫はただ優しく抱きしめる。幼子をあやすように、ゆっくりと胸に抱きしめ頭を撫でる。

 

 

「……ぁぁぁぁぁ………っ!!…はぁ、は、…う、うぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」

 

「大丈夫、大丈夫ですわ」

 

 

慈愛の限りを尽くして、姫は少女を抱きしめる。泣きじゃくる少女をあやし、背中をさすり、頭を撫でる。

 

 

「ごめんなさい…っ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい………っ!!」

 

 

姫の胸の中で、少女はひたすらに嗚咽とともに懺悔する。救えなかった命に、見捨てた命に、切り捨てた命に。そして、今生きて彼らに悲しみを捧げる全ての人たちに。

 

それでも、背負った罪が消えることはない。この重さは、痛みは、生涯彼女の心に残り続けるだろう。だがそんな少女の隣には、常に一人の青年がいる。

 

彼女に寄り添い、支え、守ると誓った青年が。彼女を脅かすもの全てと戦うと決意を秘めた青年が。そして、彼を絶対の仲間とする最強の騎士と、平和を謳う姫君が。

 

 

この日、たしかに少女は救われた。降り注ぐ雨のなか、ただ蹲りその身を血で染めるしかなかった少女に、一人の青年が傘を差し出した。

 

小さな傘だ、一人を守れば一人は濡れる。だがそれでも、青年は彼女を雨から守るだろう。たとえ己の肩を濡らしても、彼は決して彼女を雨の下に置くことはない。

 

 

それが彼の誓いであり、戦いなのだから。

 

 

 

 


 

 

今更だが、これは悲劇の物語ではない。

 

罪を知り、過ちを知り、後悔を知り、苦難を知り、絶望を知り、己を知る。

 

だが、それでも何かを求めて前へと進んでいく物語である。

 

 

消えた光は灯された。これより先に悲劇は要らぬ、絶望は要らぬ。ただ明日に輝く光を求め突き進むのみ。

 

 

さあ少女よ、今こそ始めよう。

 

 

全てを取り戻し、真なる未来を紡ぐ戦いを。

 

 

 

次話より、" 終章 エターナル " 編

 

 

 

希望の光、届かせろ。()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サラッと章の名前変えてるのは許してください(涙)

と、言うことで。ここまでお読みの皆様、本当に、ほんっとうに、ほんっっっっっっっとうにお疲れ様でした。

いかがでしょう? 鬱々とした気分になっていただけましたか? 胸を締め付けられるような気分を味わっていただけましたか? 私はそうでした。

これより、再び一週間ほどのストック作成期間をいただきます。彼女の物語、その終幕まであと少し、お付き合い頂ければ幸いです。

迎えるべき結末のため。皆さまと一週間ほど先の未来でまたお会いできますことを、切にお祈り申し上げます。
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