ガバ転生メイリンによる「こずみっくいら」再現物語 作:めんりん
『来たようだ、彼らが』
レジェンドのコックピット内に響くギルの声音には、ほんの僅かな焦りも見られない。それもそのはず、流石に中継ステーションの攻防だけで奴らを仕留め切れるとは考えていない。むしろそれそのものには質量以外の防備のない中継ステーションよりも、本隊と防衛設備の整っているメサイアとレクイエム付近に来た奴らを挟撃した方が戦いやすい。
『それと、どうやらハイネがあちらに付いたらしい。特に問題はないとは思うが、一応は気をつけてくれ』
「了解です」
自分でもよくすんなりとその事実を受け入れられたとは思う。だが少し考えれば当然のことだ。ヘブンズベース攻略戦後に彼がミネルバから離脱していった時点で、なんとなく予想はしていた。
恐らく彼は気づいたのだろう、アスランと彼女の脱走の裏に隠された陰謀に。いや、疑問を確信に変えるために、あの日彼は授与式の後にギルを呼び止めた。そこで答えを得たからこそ、今行動を起こしたのだろう。
…どうだっていい、今更。たしかにデスティニーが敵となることは厄介ではあるが、既に代わりはいる。この上ないほどに奴にとって致命的で、どうしようもないほどに残酷な代わりが。
「…ん?」
出撃シークエンスに入ろうとしたレジェンドのコックピットに、小さな通信要請。相手は…コアスプレンダーか。
「どうした、ルナマリア」
『……あ……っ……』
…噂をすれば、と言うやつか。おそらくその様子だと半分無意識で呼びかけてきたのだろうな。
「…心配するな、すぐにシンが迎えにくる。それまで大人しく待っていろ」
半分事実で、半分嘘だ。たしかにシンは彼女を迎えにやってくるだろう、だがおそらくそれはここメサイアに、ではない。戦場で、だ。だからこそ、全てを見越しているからこそ、ギルは今の彼女に
心を無くし、光を失い、それでもなお彼女は戦わなければならない。戦う哀れな人形でなければならない。脆く儚く、傷だらけの存在であらねばならない。シン・アスカという最強たりえる戦士の護るべき存在であり、何よりの弱点であるために。
じきに彼女にも出番がやって来る。今の彼女は、ハイネだけでなくアスランにとっても致命的なカウンターになり得る。そこにあの力があれば…あるいは奴らを撃つのは、シンではなく彼女になるのかもしれない。
『……シ…ん……』
…頃合いだな。じきに奴らが射程に入る。それが済めば…そこからはほぼ耐久戦だ、ただ物量にものを言わせて凌ぎ切ればいい。奴らさえ、フリーダムとジャスティスを俺たちで押さえておけばそれでいい。押さえる、などと甘ったれたことをするつもりはないがな。
「そろそろ出撃する、切るぞ」
『…あ…っ…う……?』
…どうやら、ネオ・ジェネシスが発射されたらしい、出るなら今だろう。
「…
ささやか過ぎる別れを告げ、何かを言いかけたルナマリアの言葉を待つことなく通信を切る。…これで、もう二度と俺が彼女と言葉を交わすことはないだろう。友と呼んだ者にするにはあまりに呆気ないとは思うが、それでいい。
俺を友と呼ぶ必要はない、俺を仲間とする必要はない。お前を、お前たちの運命を狂わせたのは他ならぬ俺だ。お前の光を奪い、心を弄び、そのツケを全てシンに押し付けた。
そうまでしても、俺はこの道以外を選ぶことはできなかった。俺に違った未来を見せようとしてくれた可能性を切り捨て、変わることを拒んだ。結局俺は、ギルを裏切れなかった。俺たちという存在の結果にいる奴の存在を忘れられなかった。
なればこそ、その選択の結末をもたらそう。今日、ここで、全てを終わらせる。フリーダムを…奴を撃ち、全ての過去に決着をつける。
「レイ・ザ・バレル。レジェンド、発進する」
新たな世界に、俺たちは存在してはいけない。二人がこれ以上何も失わぬ未来に、俺たちは必要ない。……消えてもらうぞ、世界から、未来から、俺とともに。
* * * *
デスティニー…シンによる鬼神の如き猛攻を受け、全機大破という甚大な損害を被ったトルーパー隊の三名を艦内へ収容、医務室へ直行させた。裂傷、打撲、骨折、その他諸々、三者三様の大怪我を負っていたものの、生命活動に関わる内臓までは傷ついておらず、命に大事はないらしい。
かと言って再出撃など言語道断。三人の中で唯一意識があり機体の損傷が比較的軽微なヒルダさんは出ると言っていたけれど、ラクス様と軍医さんからのダブルパンチにより断固禁止。
出始めから旗艦防衛の要であったトルーパー隊を失ったのは痛過ぎるものの、その穴は今しがた決死の攻防でシンを退けてくれたヴェステ…ハイネさんのデスティニーが引き継いでくれることに。
これでひとまず中継ステーションはクリア、このまま勢いに乗ってレクイエムを…と意気込んだのも束の間。
闇夜を切り裂く巨大な雷撃が、私たちの艦隊を貫いた。
「くそっ!! あんなものまで伏せていのかっ!!」
悪態をつくバルトフェルドさんに、私も唇を噛む。ネオ・ジェネシス…来ると分かっていても、出所不明な情報で私の素性に理解のあるラクス様ならともかく、艦隊全体を混乱させるわけにはいかないと黙っていたことを、今更ながら後悔する。
……また、まただ。私は救える命を切り捨てた。
「……っ!!」
込み上げる罪悪感を封じ込めるように、唇を噛み締める力を強め、そのまま皮膚を破る。ひりつく痛みを熱に変え無理やり頭と身体を動かす。
前方には、月面の後方から姿を現した巨大要塞<メサイア>に、目下最大目標の殺戮兵器<レクイエム>、そしてそれらを守る膨大な数の艦隊とMS群。
そして後方には私たちエターナルとアークエンジェルを追撃せんと迫るミネルバはじめ中継ステーション防衛部隊。
しかも、
「…………レジェンド……」
メサイアから大量に出撃してきたザクやらグフの最前列でレジェンド……レイが、信じられない強さでキラさんのフリーダム、そしてアスランさんのジャスティスの二機を相手に足止めしている。
ドラグーンの猛攻で二人…特に近接を得意とするジャスティスを近づけず、フリーダムからの射撃には回避と防御で応戦。
…徹底した足止め、時間稼ぎ。けれどこれは彼が勝ちを諦めているわけでは毛頭ない。
なぜか、それは。
「後方よりミネルバ、及びデスティニー、来ますっ!!」
彼が…シンが来るから。それも原作時とは比べ物にならないくらいに強い…恐らくは持ち得る力の全てを限界まで発揮出来る状態で。
ここに来てまだお姉ちゃんのインパルスが出てこないのはかなり気がかりだけど……。反応がない以上、今は戦場には出ていないって信じるしかない。
「不味いぞラクス、これではっ!!」
「…………っ」
先のネオ・ジェネシスの攻撃で、レクイエムの攻撃に向かうためのオーブ艦隊に甚大な被害が出ている。しかもレクイエム発射口には超大型の陽電子リフレクターが装備されていて、おそらく<ローエングリン>じゃ突破できない。
あれを破壊するには、どうしても原作同様にMS…それもこちらの主力機が必要になる。けれど、その問題をクリアするにはまず目の前の困難をどうにかしないといけない。それもレクイエムの次発のチャージと中継ステーションの再配置が終わる前に。
でないと…………オーブが撃たれてしまう。
原作ならここでキラさんがエターナルと一緒に足止めを買って出て、アークエンジェルとアスランさんが先行して結果的にデスティニーとレジェンドを各個撃破することに成功した。
……でも多分、それじゃダメ。あの時とは状況が違う、いくらハイネさんでも一人でトルーパー隊と同じ働きはできないし、現に今もエターナルを包囲するMS群の減りが先程より緩やか。
味方を撃つ。恐らくは断腸の思いで今ハイネさんは戦ってくれている。それでもやはり、数の差は如何ともし難い。
レクイエムを破壊するためにはどうしてもアークエンジェルとアカツキ…ロアノークさんに加えてアスランさんを先に行かせないといけない。でもこの状況下でそれをして、万が一シンとレイがこちらに留まった場合、その瞬間にこちらが詰む。いくらキラさんでも、今の二人を一度に相手取るのは無謀すぎる。
忘れてはいけない、レクイエム云々よりに加え、エターナルが堕ちても私たちは負ける。ラクス様を失ったりでもしたなら、反デュランダルの火は消えてしまう。
オーブも、カガリ様も、ラクス様も。なに一つ失えない、失いたくない……もう何一つ。
だから……何か、何かないの……っ!? シンとレイを確実に分断出来て、なおかつ迅速にレクイエムを破壊する方法は……っ!?
「………え?」
考えがまとまらず、思わず自身の赤い髪を掻きむしりそうになった時。一本の通信が、エターナル、アークエンジェルの両艦へと響き渡った。
* * * *
「ちぃっ!?」
ミーティアを取り外し、接敵したレジェンド…レイと交戦を開始すること数分。キラと二人がかりだというのに、まるで近づけない。
勝てない、ではなく押し切れない、と言った方が正しい。ドラグーンを縦横無尽に操り、本体は牽制と回避に専念。
……乗せられた。これではエターナルとアークエンジェルがミネルバとデスティニーに後ろを取られる。ハイネも奮闘しているが、一人で艦を守りながらさらにシンまで相手をするのは不可能だ。
……ジリ貧だな。ドラグーンの光の雨を掻い潜りながら、俺は頭の中でそう結論づける。半壊同然のオーブ艦隊だけでは、おそらくレクイエムを迅速に破壊することは不可能だ。
エターナルを守りつつ、レクイエムを迅速に破壊し、そのためにデスティニーとレジェンドを双方から引き離さなければならない。
……一つだけ、考えがある。メイリンの話によれば、レイはキラに対して並々ならぬ思いがあるという。…クルーゼ隊長と同じ遺伝子を持って作られた彼は、なんとしてもこの戦いでキラを葬ろうとするはずだと。
そこに状況が重なれば……おそらくは。シンの相手は…言うまでもないさ。……それは、俺の役割だ。
ならば、取れる手段はこれしかない。
「キラ、先にいけ、ラミアス艦長も。ここは……俺とエターナルで抑える」
『アスランっ?』
エターナル、アークエンジェルの両艦に通信を繋げ、俺はそう提案する。
「このままではこちらがジリ貧だ。今は何としてもレクイエムを破壊しないと。……だから」
『………………』
『で、でも。それじゃエターナルが』
『行ってください、マリューさん』
躊躇うラミアス艦長の声を、ラクスの優しく、厳かな声が押しとどめる。
『この艦よりも、オーブです。あの国はプラントに対する最後の砦…失えば、世界は飲み込まれます。絶対に護り抜かねばなりません、そのために今私たちはここにいるのです』
…………ラクス。
『だから行ってください、キラ、ラミアス艦長』
『で、でも』
『俺もそれに賛成ですかね』
ハイネ? 長距離砲でザクとグフを薙ぎ払いながら、デスティニーがこちらの通信に割り込む。
『今、こっちにザフトからの援軍…まあアスランの馴染みが向かってます。ソイツらの助けがあればエターナルだって暫く持たせられるはず、そっちは早いうちに行った方がいい』
…馴染み…なるほど、あの二人がまた協力してくるのか。それならエターナルの防衛力は申し分ない、あとは俺があいつを抑えられれば…。
『…わかった。アスラン、あとで必ず』
「ああ。……そっちは頼む、キラ」
レクイエムを、とは言わなかった。それでも、全て分かっていると言うようにモニター越しに頷いたあいつは、フリーダムを旋回させレクイエムへ向かっていく。それに伴い、アークエンジェルとフラガ少佐の駆るアカツキもまた戦線を離脱。
『………………』
……そして、こちらを一瞥しつつもレジェンドはそれを阻止せんと同じく離脱、凄まじい速度で彼らを追撃していく。
『アスラン』
「…ああ、わかってる」
エターナルの後方、守るべき母艦はアークエンジェルの追撃に向かったと言うのに、やはりあいつはこちらにまっすぐに向かってくる。ここからでも確認できる奔流のような薄紫の光。
その力の源は、抑えきれない俺への憎悪、だろうな。
『エターナルは任せろ。………だから行ってこい、どうせこれが目的なんだろ』
「……すまないな、付き合わせて」
ああ、そうだ。レクイエムを破壊しなければならない、それもある。オーブを守る、もちろんそれもだ。…だが、果たして今この瞬間にあるものがそれだけかと言われれば、否だ。
個人的な都合だ、分かってる。それでも、叶えたいと思ってしまった。叶えると、誓ったんだ。
取り戻すと、必ずあいつらを再び彼女に会わせると、他ならぬ彼女と俺自身にそう誓った。
「…………っ」
罪悪感もある、不甲斐なさだって感じている。俺がもっとしっかりしていれば、違うやり方があったのかもしれないと。
……それでも、それでも今は、今この瞬間だけは。
「いくぞ、シン。…全力で、お前を撃つっ!!」
『アスラァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁンっ!!』
微塵もフェイントをかけず一直線な突貫のままに降り下ろされる巨剣を、ジャスティスのスラスター出力を全開にしてシールドで受け止める。モニター越しに目にしたあいつの顔は、これ以上ないほど黒い激情に満ち溢れ、その赤い瞳に映るのは憎き仇の姿のみ。
…いいさ、受け止めてやる。その上で、力ずくでお前を捩じ伏せる。お前を縛る憎悪という名のその鎖、全部纏めて叩き斬ってやる。
お前たちが彼女に会うのに、そんなものは一つたりとも必要ない。
* * * *
彼女にとって、妹は全てだった。もちろん喧嘩も言い争いもたくさんしたし、趣味も好みも違うし、性格など似ても似つかない。
それでも、幼少期から軍属に至るほぼ全ての時間を共有し、ともに歩み支え合ってきたことは何にも変え難い事実であり、彼女自身の心の支えでもあった。
年齢不相応に幼く純粋で、それでいて人見知りなところがまた可愛い。
守ってあげたいと、心から思った。自分が幸せになるのは妹がそうなった後でもいいと本気で思った。もちろん、生中な馬の骨に妹を任せるつもりなど毛頭ないけれども。
妹が好きだった、この上ないほどに愛おしかった。いくつになっても『お姉ちゃん』と人目も憚らず背中をついてきて手を繋ぐことをせがむ妹が何よりも愛くるしかった。
妹さえいればいいと思った。妹さえいれば、自分はなんだってやれるし、何にだってなれる。最愛の家族を守る為ならば、どんなこともすると己が胸中に誓ったつもりでいた。
『ルナマリア』
だが、それほどまでに愛した妹は、もういない。あの日、生まれて初めて妹に突き放された雷雨の夜に。彼女の愛する妹は彼女自身の親友たちの手によって帰らぬ人となり暗き海へと消えた。
彼らを恨まなかった、とは言えない。いかに命令とは言え、彼ら自身もまた断腸の思いだったとは言え。それでも、何故妹を殺したんだと叫ばずにはいられなかった。
彼らを憎んだのも、おそらく嘘ではない。それを命じた者もまた、この上なく恨んだことだろう。
だがそれ以上に、世界を憎んだ。そんな世界を作り、自らの私腹を肥やし妹を死に追いやる根源を作り出した存在を憎んだ。
『ルナマリア、出撃だ。シンがロゴスの残党に襲われている。君のその新たな力で、彼を助けて欲しい』
「……っ!? シん……ろ、ごす……」
だが皮肉なことに、それは全て造られた憎しみだ。彼女の妹を危険視した者によって植え付けられた偽りの真実と、偽りの憎悪。しかし、甘い毒に仕込まれたそれらを見抜くには、彼女の心は傷つき過ぎていた。
それはやがて彼女の心を犯し、彼女を支えんとした一人の少年をも黒き憎悪で蝕んだ。
『すまない、だがシンを救えるのは君しかいないんだ。出撃してくれるかな? ルナマリア』
「…シん……たす、ケル。わたし、が。シン、ま、もる」
壊された心で、光すら映さぬその瞳に宿すは、彼女に寄り添う一人の少年を守らんとする心と、
「ロゴ、す……っ!……コロスっ!!!」
植え付けられ、もはや少女の心の根幹にすら根を伸ばしたひたむきな憎悪のみ。
「あああああアアアアアアアァァァァァァッ!!」
狂乱の雄叫びを上げ、彼女の機体が……インパルスが灰色の装甲を蒼く染め上げ飛翔していく。
『ルナマリア機、発進を確認。チェストフライヤー及び四号機シルエット、射出』
彼女の機体を追従するように、要塞内からそれら二つが射出される。コックピット内にてその声を聞いた彼女は殆ど無意識にコンソールを打ち、シークエンスを開始。
インパルスの上半身が切り離され、追従してきた新たなる身体とバックパックを装着。機体色をさらに暗く変化させたその機体は、
「……シん……まも、る……ろご、す……コロスっ!!」
全ては、自身から最愛の妹を奪った者たちを殺し尽くさんがために。