薔薇は朱い氷を飾り、白い空には翡翠色の星が輝く。いたずらに吹く風は私の白いローブをそっと脱がし、短く切り揃えられた真っ白な髪を露にさせる。飴色の瞳を閉じて秘密の言葉を囁けば、風は静まり私はローブで顔を再び顔を隠す。そっと氷の上を歩き目の前に聳え立つ白く冷たい金属質の塔を登ると、目の高さに翡翠色の星々は輝いている。私は手を伸ばし愛おしい恋人の手を握る様に星を握る。するとまるでおばあちゃんが孫にくれる飴の様に、暖かく優しい気持ちをくれる。それは決して与えられることがなかった人の温かさ。私は夢を見ている。赤い氷と真っ白な空を飾る翡翠色の星、そして白い塔が聳え立つ世界の夢を。私はこの夢が好きだった。現実では得られない暖かさも、
私は星を4つ手に取ると、1つを口に含んだ。瞬間、口を甘さが支配し微かに感じる石鹸の匂いが鼻腔を擽る。不思議な味だけど、どこか東洋で食べた金平糖というお菓子に似ている気がする。それから残りの3つを一気に頬張ると、目を閉じ手を広げた。先ほどから感じる背後の人の気配に対して。それが誰なのか知らないけど、1つ知っていることがある。それはその気配の主が私をこの塔から突き落としてくるということ。でもそれは怖いことじゃない。塔から落下して、重力と氷が私の頭を砕いた瞬間目が覚めるから。そして私は直感的に知っている。それ以外にこの夢から覚める方法は無いと。だから私は何故氷が朱いのか、何故昔は白かった薔薇が赤くなっているのか考えないようにしている。さぁ私を突き落として。背後の気配の主よ!!人は永遠に夢を見ることなど出来ない。生きるために奉仕し、奉仕するためだけに生きる役畜にすぎないのだから。
どすっと私の背中が背後から押される。でも私の望みが叶えられることはなかった。何故なら私の背中を押したのは突き落とさんとする手ではなく、離さないぞと強い意志を感じる包容だったからだ。不思議に思い首を肩越しに向けると、身長が私の腰くらいしかない少女が抱きついていた。私は困惑して、引き離そうとすると少女はだめっと言って私に抱きついてくる。引き離しては抱きつかれを繰り返しているうちに私は疲れを感じ、ふらっと後ろに倒れそうになる。あっと少女が漏らした声で理解する。足を滑らしたと。そう塔から落ちたのだ。良かったこれで目覚められる。少女は遠くなり、赤い朱い氷の大地が迫ってくる。深紅ではない淡い朱色の大地はどこか美しい。と感想を抱きながら、自嘲気味な微笑を浮かべ私の意識は暗転した。
これで目が覚め退屈で空虚な日が始まる。と思っていた私の目に映ったのは白い空と翡翠色の星々だった。そう私はまだ夢から醒めていなかった。落下し朱い氷に身体を打ちつけられた状態のまま私は夢の中で覚醒した。私は未だ夢の中だ。どうしてだろうと思いながらも痛む身体を起こそうとすると、小さな手が私の肩を掴みそっと寝かした。視界に映った少女の顔を見て、自分が膝枕をされていることに気付く。先ほど私の腰に抱きついてきた少女は膝枕されている私を頭を優しく撫でると母親に似た慈愛の笑みを向けた。私は少し恥ずかしくてローブを深く被ろうとしたが、いたずらな風がまたしてもローブをそっと脱がせてきた。あっと思った瞬間、私の短く切り揃えられた真っ白な髪を露になりしまったと思った。私はこれが原因でアルビノ体質が原因で常に虐めのターゲットになっていた。クラスメイトだけではない、教員も、両親も、叔母も皆な私を忌み嫌い暴言を吐き拳を振るった。でも彼らを憎むことは出来なかった。おかしいのは私の体質であって、彼らは正常なのだ。異常なのは私だ。だから私はこの髪が嫌いだった。そして白い素肌も嫌いだった。自分の身体、何もかも嫌いだった。そして遂に手首を切って死のうとした時、初めて私は心の拠り所を感じた。手首から流れる血は赤かった。アルビノ体質で人とは違う生き物のような気さえしていた私とって、血が赤いという共通点は異常かもしれないが人間であると肯定されているようで嬉しかった。
綺麗な髪...。声の主に少女に意識を向ける。少女は私の髪を触り、優しく微笑んでもう一度言った。
「本当に綺麗な色...」
そこで私は信じられないものを見たような目で少女を見た。少女もまた異質だった。ルビーのような深紅の瞳と淡い桃色の長髪。身長から察するに10歳くらいだろうか。しかしその目と纏う雰囲気はどこか大人びていた。一頻り私の髪を弄った後、少女は名を名乗った。
「私の名前はテヴィ。貴女は?」
そして私も返した。
「私の名前はルイクナール・アルアスよ」
素敵な名前と少女は言って私の頬にキスをした。それから私のことをルイと短く呼ぶと、テヴィは私にもう少し眠って身体の痛みが収まるのを待つことを提案した。私は早く目覚めて登校しなくてはと思いながらも、初めての夢の中での出会いからの感動かその提案を受け入れた。
ゆっくりゆっくり意識を手放していくとテヴィは誰に聞かせるわけでもなく、独り言のように言った。
「パンディアちゃんからなるべく早く連れてくるように言われたけど、落下の原因を作ったの私だからね...ゆっくりおやすみリークス・アルアスの妹よ」
パンディア。確か満月の女神だった筈。ローマ神話におけるルナであり、ギリシャ神話の...ここで限界だった。私は睡魔に負け意識を手放した。優しく頭を撫でられる感触に安堵を覚えながら。
〈Another view -テヴィ視点-〉
ルイクナール・アルアスが眠り、膝枕をしている私の横に1人の女性が立っていた。いつの間にそこにいたのか?いや最初からいたのだ。彼女は幸運、その擬人である。
「女神ならぬ貴女が此処に何の用かしら?」
桃色の髪が寝ているルイに当たらないように気を付けながら、彼女の方を見やる。すると彼女はただ微笑を浮かべ、去っていった。彼女は求める者、問う者、そして知る者を嫌う。此処に私の膝で眠る彼女の夢の中に羊飼いの幻想の居場所はない。ご退場願おう。
ううんっと唸り眠たげな目を開くルイ。彼女は誰と話していたの?と聞いてきたが、私は顔を横に振った。誰も来ていないよと。大きなあくびをすると彼女はすっと起き上がり、私に視線を浴びせる。私は意図がわからず首をかしげた。すると彼女は私の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。少し混乱したが彼女がお母さん...と小さく呟いているのを耳にして、寝ぼけているのだと理解した。とは言え私は彼女のお母さんではない。だから突き放すべきなのだろう。しかし私は彼女をそっと抱きしめた。彼女の、ルイの母親はもう
(もう夢から醒める必要はないの...)
私は口にするとことなく、心の中でそう彼女に言い聞かせた。いくら彼女の母親がルイ自身に暴言を暴力を振るっていたとはいえ、彼女にとっては唯一無二の母親なのだ。
〈Another view -ルイ視点-〉
私にされるがままに抱きしめられているテヴィの顔を見ると、どこか辛そうな表情をしていた。でも私は気付かないフリをして、代わりにもっと強く抱きしめた。異性にしろ同性にしろ抱き合うことに若干の抵抗がある人が多い。私もその1人だった。でも東洋の国で出会った彼に助けられ、安堵のあまり抱きしめられた時、私は初めて人肌と体温の温かさと安心を知った。彼は私が無事だったことを泣いて喜んでいた。血の繋がりもない、人種も違う赤の他人なのにだ...。だからだろうか私はこの夢の世界を彩るものの1つ。白い空に浮かぶ翡翠色の星を、まるで彼がくれた金平糖のような星を、毎度求めて塔を登り手に取り口に含む。その甘さと温かさはいつも私を癒し安心させてくれた。
そして不思議なことに彼が纏っている雰囲気をテヴィも纏っていた。それに加えてテヴィには母性に似た慈愛を感じさせるところがあった。だから私は寝ぼけているフリをして抱きしめ続けた。私が満足するまで。
それから私とテヴィは塔の側を離れ、地平線が続く朱い氷の大地を進んでいた。私は一度も塔から離れたことがなかったため、不安はあったがテヴィが一緒なら大丈夫だと思い、手を繋いで歩いている。どこまでも続く地平線。もしかしたらこの世界には薔薇と朱い氷、白い空と翡翠色の星々、そして金属質の塔しかないのではないだろうか?とさえ思えてくる。それでもテヴィは真っ直ぐに前を見つめ進み続ける。まるで私に見えない何を見ているように、深紅の瞳で何かを見据えているようだった。
完
片道3時間かけて妹の初仕事を見てきた帰りに書いたものです。
オチがなくお話としては破綻しているようにも思えますが、私的にはまたルイとテヴィたち本人すら何処に向かうべきなのかわかっていない印象を受けました、何処に行けば良いのか、目的地は不明。だけどもうこれ以上ここに留まるべきではない。だからテヴィはルイの前に姿を現した...そんな気がします。
個人的にルイちゃんが墓守の姫ことリークスちゃんの妹という事が気になりますね。
どうして作者が理解してないんだよと思う方も多いとは思いますが私の場合、何かの衝撃で無意識に物語が紡がれ、それを観賞するという形で小説を書いています(汗。プロットによる執筆も試しましたが、まあ500文字越えた辺りで登場人物たちが自立して動き始めると言うオチです。なので今回は完全に自分の無意識に任せて書いてみました。なので夢の世界の雰囲気だけでも楽しんでいただければ幸いです。