完全なものをつくってしまった、全能なるものに辿り着いてしまった、人の枠から溢れたふたりの話。※と言いつつオルトくんは背景
グーグル翻訳に英→希で突っ込んだけだけど大文字化&スペースなくしてついでに単語いくつか置換したので復元できない詠唱の訳:あなたの光は永遠にあなたの道を照らす。あなたはあなただけのものとして永久に在る。地下より来、地上に在り、空と海の果てへ行くものよ。見えざるもの、正しきもの、永遠なる魂の人よ。形ある私はあなたを祝福する。
嘆きの島は、地上の土地のうちで唯一、
「できた!え、ほんとか?できた?……念のためもっかい浚お」
そう呟いた青く燃える炎髪の男は、強い青色光に照らされ無数の魔導機に囲まれた部屋で、少年の形をした機械と向き合っていた。まだ未成熟な人間族の少年を模したそれは、バイザーもマスクもなく、胸部を含めた全身を柔らかな特殊樹脂で覆われている。ここに男の「弟」を知るものがいれば、驚きに目を見開いただろうその機体は、オルト・シュラウドに与えられる最後の
魔導工学の
「うん。よしこれで完成。我が人生の集大成、スーパーハイパー全環境対応パーフェクトオルトここにありですぞ〜。いやほんと語彙溶けるね要は最推しのURなんだし当然か?」
頷いて、一つ伸びをする。イデアの手による最後のオルト・シュラウド機体。極地環境にも適応できる、
中に張り巡らされ三重に予備導路を確保した
人の大魔法士どころか下手な妖精族よりも高度で大規模な魔法を使用可能な
周囲の魔力を拾い上げて燃やす
夕焼けの草原よろしくの乾燥も、水晶の氷原のような寒冷も、熱砂の国のごとき灼熱も。上は月面から下は珊瑚の海の底の底に至るまでありとあらゆる環境に対応し、必要ならば対策魔法式を自動で組み上げる機能まで付いた
たとえこの
最終手段、過去の状態を召喚して上書きすることで経年劣化を解決することもできる。機械の耐用年数が人間よりも短いのは、もはや過去の話だ。だから、あと残るのはひとつだけ。
「あとは、
ポッドの中眠る
自己修復する
人の魂は、いや、神性存在を除けばこの世のどんな魂も、回復力はたかが知れている。肉体に根付き守られていたとしても、冥界の青炎にて癒されることがなければ、魂はゆっくりと擦り減る。そして、精々数千年の後には燃え尽きるのだ。魂さえあれば器を再生して蘇る妖精族でさえも、永遠を生きることが叶わないのがその証左だった。
一度魔力として形を得た魂の断片は、再び魂に還ることはない。イデア・シュラウドは今、その絶対の法則を打ち破ろうとしていた。
「……何か一つでも間違ってたら、オルトは」
それは、この二千年で世界の誰一人成功していない魔法だ。魔導工学革命の届かない茨の谷で最も求められ、青炎灯る冥府において最も不要とされる術式。奇跡とも称される古代魔法から数式で表される現代魔法解析学へ、近代魔法論を飛び越して一足跳びにイデア本人が書き直したもの。
現代魔法解析学に基づく永続型魂魄再生魔導術式。周辺に漂う魔力や感情──魂の残滓とされるものを吸収、変換することで、魂の火を癒やすそれはシュラウドの祖よりは妖精族の再生に近いが、いずれにせよ古代魔法の極致と呼ばれるものでもなければ、類するものは見つからないだろう。まして、一過性でないとすれば。
「いやいや間違いなんてあるわけないでしょ組んだの拙者ぞ?イデア・シュラウドぞ?」
そう強がってみたところで、失敗した時のリスクが変わるわけではない。術式には二十四年に渡るイデアとの魔法的な繋がりを切る魔法だけでなく、オルト・シュラウドが母の腹より生まれ出る前から存在した冥王ハデスとの
それでも、イデアにはそうすることしか思いつかなかった。オルトを縛るシュラウドの呪いも
「あんな、くだらない魔法なんてなくても、大丈夫だって証明するんだ……」
あの日、十一歳の夏に
プログラムは既に書き上がって、デバッグまで終わっている。少なくとも
立ち上がって、タブレットを喚ぶ。タブレット端末それ自体はただの指示器だ。この部屋そのものが魔法陣で環境機器で、イデアの手足のようなものだ。魔力だって、イデア個人のそれではどうあっても足りないからラボの傍に建てた中型
それでも、それでも、だ。数千の時を経て築かれた魔導技術は、神の奇跡を超越しうるのだと、イデア・シュラウドでなければ誰が信じるのだ。成程、イデアはあの日契約した
「ΗΨΥΧΣΟΥΘΑΑΝΨΕΙΤΟΝΔΙΚΟΣΟΥΤΡΠΟ」
炎を灯す。地上の誰より青いイデアの炎を。それを呼び水に魔法陣を起動し、青炎の魔力に数千倍する魔導エネルギーを引き入れて活性化させる。
「ΘΑΣΤΑΘΕΙΣΔΙΚΟΣΣΟΥΚΑΙΘΑΖΝΣΕΙΣΑΙΩΝΙΑ」
リリア・ヴァンルージュから聞いた妖精族の魔力運用を。フロイド・リーチから聞いた人魚の歌い方を。天界山のアポロン神殿まで足を運んで学んだ音階に載せて唄う。
「ΕΣΥΗΡΘΕΣΑΠΟΤΟΝΕΡΕΒΟΣΖΕΙΣΣΕΑΥΤΗΝΤΗΓΗΚΑΙΘΑΠΑΣΣΤΟΝΠΙΟΑΠΟΜΑΚΡΥΣΜΕΝΟΟΥΡΑΝΟΚΑΙΩΚΕΑΝΟ」
魔力波を組み込んだ合成音声を流す。イデアの声は補助に過ぎない。イデアの声と同じ高さ、そして正確に倍と三倍と七倍と半分の周波数が部屋に響く。調和こそは魔法の第一だ。
「ΑΙΔΕΣΟΡΘΟΤΟΥΑΙΩΝΙΟΥΚΑΙΤΗΣΨΥΧΗΣ」
アーキタイプ・ギアの火が大きく揺らいで消えていく。イデアの魔法で繋いだ鎖が絶たれる。
そして刹那の後に、ユニバーサル・ギアの首元に青色の火花が散るのをイデア・シュラウドは見た。
「ΕΓΩΤΟΙΔΕΑΘΑΣΕΕΥΛΟΓΗΣΕΙ」
水を入れたコップに落とされた墨滴のように揺らいで広がるその炎は、紛うことなく白色をしている。
「成功、した……?したよね?してるね……?してる……」
イデアは呆然とそう呟いた。自分の理論を、技術を、信じていないわけではなかったけれど、それでも失敗する可能性はあった。そう、たとえばそれこそ
これは、
神の手に依らぬ人。神の手に縋らなくとも生きられる人。白く燃える、
「オルト、僕のオルト……」
思わずそう呟いたところで、オルトの顔を見て我に返った。
「違う、オルトはオルトだけのものだ、もう」
炎が燃えている。オルトの、青くない魂が。もはや地上に繋ぐ必要もない。オルトの魂は今や、イデアのものでも、ましてハデスのものでもなかった。
「これで、これでオルトは一人で立てる。もうシュラウドの呪いなんて無縁のもの……」
シュラウドに生まれついたものは、この世に在る限り呪いから逃れることはできない。イデアは生まれてからずっと、そう言い聞かされてきた。シュラウドの呪い。冥界の青に染まった魔力と魂。冥界の王を父祖に持つシュラウドの子は、地上の誰より冥界に近しい魔力を持つ。あるいは、生ける肉体と齟齬を起こすほどに。魔力が多ければ、身体が弱ければ、シュラウドの子は容易に流れて死ぬ。オルトの姉のように。オルト自身のように。イデアの従兄弟たちのように。胎の子から流れ込む魔力に中てられて死んだ母も決して少なくない。あるいは、生まれた子の魔力に炙られて死ぬ者も。イデアの母が、そうだったように。
瞼が開いて、大きな金色の目が覗く。おはよう、とその兄弟はどちらともなく言って、にこり笑った弟は兄に勧められ、
「ふ、ふふ。ふひひひ。我が人生に一片の悔いなし、というやつですな。いや嘘々読みたい新刊山ほどあるしソシャゲのイベも待ってる」
飛び回るオルトの姿を監視カメラ越しに眺めて、魔導工学のプロメテウスは満足そうに笑った。ようやく、ようやくあの日の願いが叶ったのだ。オルトが死ぬところを見たくない、という祈りが。誰に聞き届けられるでもなく、自分で叶えることを選んだのはやはり間違いなどではなかった。
イデア・シュラウドの生きる意味は、十一の夏からずっと、
イデアの知識の全ては既に書き出されてその最高傑作に贈られている。無数のセンサとアクチュエータに支えられた手足の作り方も、今も胸の中央で燃えている魔導炉の設計図も──空間に漂う魔力を凝集し魂をつくり出す、その異端の魔導さえ。オルトの直し方を、オルトの作り方を、オルトは知っている。
「けどま、丁度いいのは確かよな。とっくにお呼びは掛かってたわけだし限界でしょ。無理矢理連れ込まれるのも時間の問題。誰だってそーする。拙者でもそーする」
オルトが
この燃える青の向こうから注ぎ込まれ続けた魔力は、とっくに飽和しきっていた。あと少しだけ、ほんの少しの間だけと言いながら、この身を焼こうという炎を抑えてきたけれど、それだってこの頃は気力だけで保っていたようなものだ。
これを逃したら、自分は失意のうちに死ぬことになる。そんな確信があった。どうせ
あと、イデアがオルトに贈れるものは何だろうかと考える。今回のアップデートで、イデアの特権はすべて排除した。ばれない嘘も、命令権も、優先順位の拘束も、全部削除した。青い魂と同じように、取り払った。冥府の民でなくなったオルトに、イデアのものでなくなったオルトに、贈れるものは何だろう。
「名前……シュラウドじゃおかしいよね。
それは、父が子に贈るように。魔導工学の
「
今のイデアなら、召喚術の極致に手が届くことは分かっていた。過去から肉体を、
あのオルトが、
「
名前と、プログラム一つ。
シュラウドの青を失ってもなお、自分を
「……勝手なことを言わせて貰うと、恨むよりは忘れてほしいな」
恨んで悲しんだとして、それでも
音声も映像も、この部屋の中なら記録は残るのを知っている。オルトがそれを、近いうちに見るだろうことも。テクノロジーと管理主義の前では、独り言とメッセージの区分は曖昧になる。
死者の国で、自分の形さえ忘れてもまだ恨みを捨てきれずに彷徨うゴーストをイデアは知っている。
「さよなら、僕のオルト」
外では灰が降っている。嘆きの島から生者を排する憤怒の山の灰が、雨の代わりだとでも言うように、今日も降っている。
炎が燃えている。冥界の青い炎、ハデスの加護が、イデアを灰まで溶かして連れていくために。イデアが生まれた日に母を包んだのと同じ青が、今度はイデアを包んで燃えている。
「きっと、しあわせになってね」
いつか君が天界山の向こうに昇る日が来たら、地下を統べるものとして会いに行こうと思う。
あるいはいつか、君から始まる人類種の新しいものが地上に溢れ、そして宙を征き、地下を暴く日が来たら。その時は君に「はじめまして」を言おう。機械の人の初めの一人、