魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。 作:へっくすん165e83
過去作との繋がりは全くなく、完全に暇つぶしの一環で書き始めた純粋な東方projectの二次創作作品ですが、どうか最後までお付き合いいただけたらと思います。
また、各話の最後には東方projectの用語解説を挟みますので、東方projectをよく知らない方も、これを機に東方projectという作品に触れていただけたら幸いです。
昔々あるところに、幻想郷と呼ばれる人里離れた辺境の地があった。
その土地には妖怪が多く住みついており、普通の人間は妖怪を恐れて幻想郷に近づくことはなかった。
だが、そのうち妖怪退治を生業としているような人間が住み着き始め、次第に勢力を広げていったという。
明応9年、今から約五百年ほど前。
このままでは人間の勢力が強くなりすぎることを恐れた妖怪の賢者が幻想郷に特殊な結界を張った。
その結界の名は「幻と実体の境界」。
この結界は物理的に幻想郷を覆うものではなく、幻想郷の外を実体の世界、幻想郷の中を幻の世界とすることで、幻想郷の外から妖怪を幻想郷内に呼び込む効果があるものだった。
この結界によって人間と妖怪のパワーバランスは保たれ、幻想郷は妖怪達の楽園としてひっそりと日本の山奥に存在し続ける。
時は流れて明治時代に入ると、産業革命によって妖怪や神など、非科学的なモノは否定されていき、そのような存在は消滅の危機に晒された。
事態を重く見た妖怪の賢者達は幻想郷で強い勢力を持っている神社の巫女とも相談し、幻想郷全体に外の世界との往来を遮断する強力な結界を張ることになる。
「博麗大結界」と呼ばれるこの結界は別名「常識の結界」であり、外の世界で非常識とされているものを幻想郷の常識に、また、幻想郷で非常識とされているものを外の世界の常識に置くことによって、実質的に外の世界と幻想郷の往来を遮断している。
これも物理的な結界ではないが、その力は強力で、妖怪でも簡単に通ることはできない。
世界から隔離された妖怪達の最後の楽園、幻想郷。
物語は、そんな世界から始まらない。
穏やかな風が吹き、満開に咲いた桜の花びらを散らす。
広大な日本庭園に植えられた桜は、辺り一面を綺麗な桜色で包み、この世のものとは思えない光景を作り出していた。
いや、「この世のものとは思えない」などというのは正しい表現ではない。
この壮大な日本庭園は、実際にこの世のものではない。
ここは閻魔に裁かれた幽霊が転生や成仏を待つ場所、冥界である。
そしてその冥界に存在している広大な日本屋敷、白玉楼には多数の幽霊の従者とともにこの冥界の管理人である亡霊、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)が暮らしていた。
「今年も綺麗に咲いたわねぇ」
桜の花と同じ淡いピンク色の、肩口まで伸ばした髪が風に吹かれて静かに揺れる。
薄い空色の着物を纏う幽々子の顔はまだ少々幼さが残るが、幽々子は随分昔、それこそ幻想郷に結界が張られるずっと前に死亡しており、この冥界で亡霊として千年以上の時を過ごしていた。
一般公開されている屋敷の外の庭とは違い、中庭は一般公開されていない。
静かでのんびりとした時間が流れる屋敷の中庭を眺めながら、幽々子は隣に置いてある湯飲みに入ったお茶を少し飲んだ。
「よーむー、おまんじゅうなぁい?」
幽々子が甘えるような声で屋敷の中に声を掛ける。
決して大きな声ではなかったが、そもそもこの白玉楼には生きているものが1人に満たない。
静かな屋敷に幽々子の声はしっかりと響き、目的の人物に伝わったようだった。
「お饅頭ですか? この前人里で買った大福ならありますけど……」
長い廊下の角から顔を出した少女の名は魂魄妖夢(こんぱくようむ)。
この白玉楼で剣術指南役兼庭師として働いている半人半霊であり、文字通り半分人間、半分幽霊という特異な体質をしている。
その為、顔を出した妖夢のすぐ横には、大きな霊魂が浮いていた。
ボブカットの白い髪をリボンのついた黒いカチューシャで止めており、服装は主人である幽々子とは違い洋風で、半袖のバフスリーブのシャツに緑のベスト、緑のフリル付きのスカートを穿いている。
「大福でいいわ」
「わかりました。ただいまお持ちいたします」
廊下の角の妖夢の顔が引っ込み、数分もしないうちに上品な皿に懐紙と黒文字とともに盛り付けられた大福が妖夢に運ばれてくる。
妖夢が運んでいるお盆には、湯気が立っている急須も置かれていた。
「本日はこちらでゆっくりなされますか?」
妖夢が幽々子の隣に給仕をしながら正座で座る。
幽々子は懐紙で大福を包み込むと、結構な大きさのある大福を一口で頬張った。
「そうねぇ……それもいいかもしれないわね。今日は来客の予定もないでしょう?」
「はい。今のところ来客の予定は入っておりません」
「妖夢は今日これから何するの?」
幽々子は視線を庭の桜から妖夢へと向ける。
妖夢は自分の事を聞かれると思っていなかったのか、少し戸惑いつつも正直に答えた。
「いつも通りといえばいつも通りです。剣術の鍛錬をして、そのあとは庭の手入れでも、と」
「いつも通りねぇ」
「はい、いつも通りです」
ああ、でも……と妖夢は言葉を続ける。
「良い天気なので、久々に蔵に空気を通すのもいいかもしれません」
幽々子は庭の隅に建てられている蔵に目を向ける。
あの蔵には普段使わないものなどが随分乱雑に仕舞われている。
普段開けることは殆どない為、妖夢は勿論のこと、千年以上をここで暮らしている幽々子も中に何が入っているか完全には把握していなかった。
「あの蔵、最後に開けたのいつだっけ?」
「去年の今頃じゃないでしょうか。と言っても宴会道具を出しただけなので奥の方までは入っていませんが」
「これを機に一回中身を整理するのもありかもしれないわねぇ。妖夢、適当に整理しちゃって?」
「私が、ですか?」
「ええ、妖夢が要らないと思うものは捨ててしまって構わないわ。例え大切なものなのだとしても、使うこともないものなど無いものと同義よ」
幽々子は妖夢の肩をぽんと叩く。
妖夢は多少不可解な顔をしながらも、幽々子の言葉に頷いた。
「わかりました。それではある程度私のさじ加減で整理致します。最終的に捨てるものを一度幽々子様に確認してもらってもよろしいですか?」
「ええ、そうしなさい」
妖夢は一礼すると、先ほどまで大福を載せていたお皿とお盆を持って立ち上がる。
そしてその辺にいた給仕の幽霊にお盆を片付けるようにお願いすると、倉庫の整理をしに中庭へと向かった。
「やーすーまずに妖夢♪ はたーらくよ妖夢♪ うちーの庭にー全てたーりるまで〜♪ へーこらひー♪」
小さな声でよくわからない替え歌を口ずさみながら妖夢は蔵の中にあるものを一度庭に並べていく。
手前の方に置いてある宴会道具はそこそこ綺麗な状態だが、奥の方に古くから放置されている箱などは凄まじい程に埃を被っていた。
妖夢は箱の中身を一つ一つ確認しながら、既に使い物にならなさそうなものを避けていく。
既に修復が不可能なほど壊れた剣術用の防具や、古びた掃除道具、使うのを躊躇うほどに汚れた食器など、妖夢の思っていた以上に要らないと思われる物は多い。
「これは結構すっきりするかもしれないわね。……およ?」
不意に妖夢の手が止まる。
妖夢が開けた古びた箱の中には、何やら写真や小物が乱雑に入っており、見た限りでは誰かの私物のように感じられた。
「幽々子様の私物……なわけないか。そもそも幽々子様がこの蔵に入ることなんて殆どないし」
幽々子様の私物でなければ、過去に勤めていた使用人の誰かの私物だろう。
妖夢は悪いとは思いつつも、中に入っている写真を手に取る。
そこには夫婦と思われる男女と、女性に抱かれた赤子が写っていた。
「これは……」
妖夢は写真と共に入っていた手紙を手に取る。
手紙には宛名は書いていなかったが、書かれている文章から祖父であり剣術の師匠でもある魂魄妖忌(こんぱくようき)に宛てたものだとわかった。
妖夢はもう一度写真の方に目を向ける。
写っている夫婦に見覚えはないが、その正体を察することは容易だった。
腰に差している刀は妖夢が所持している楼観剣と白楼剣だ。
伊達に剣術家と名乗ってはいない以上、自分の刀を見間違うことはない。
夫婦、赤子ともに白髪であり、写真には写ってはいないが、きっと横には半霊が浮かんでいることだろう。
「これはもしや私のご両親?」
妖夢に両親の記憶はない。
物心つく頃には白玉楼におり、身の回りの世話は祖父である妖忌が面倒を見ていた。
妖夢は箱を漁り他に写真が入っていないか探す。
しばらく探すと妖忌が集めていたのであろう小さなアルバムが見つかった。
妖夢はそれが師匠である妖忌の持ち物であることも忘れてアルバムをめくる。
どうやら、妖夢の両親は定期的に妖忌に写真を送っていたらしい。
お腹が膨らんでいる女性の写真、産まれてすぐの赤子の写真、赤子が元気に地面を這っているのであろう写真。
「これは……自分のことながら可愛いですね」
妖夢は写真に写っているのが自分であると半ば確信し、アルバムを閉じる。
妖夢はアルバムを丁寧に横に置くと、興奮さめやらないまま、まだ何かないかと箱の中身を漁った。
そして、よくわからない小物に紛れて箱の底に張り付いていた一枚の紙を見つける。
妖夢はその内容を確認し、そして欲をかいたことを半分後悔した。
それは正式な書類ではなかったが、とある軍人から妖忌に宛てられたもので、魂魄家の当主とその夫人が亡くなられた旨が記載してあった。
「私の両親は既に死んでいる……」
妖夢自身、半人半霊という体質上、生きることへの渇望も、死ぬことへの欲望も普通の人間より薄い。
そして妖夢自身、自分の両親が既に死んでいるのではないかということは、考えたことがなかったわけではなかった。
妖夢は箱に入っていた両親の写真を勝手に懐に仕舞うと、箱の中身を詰め直し必要な物の方に置く。
妖夢にとって両親が死んでいるという事実ははショックを受けるほどのことではなかったが、死んでいるなら死んでいるで墓参りの一つでも行かなくてはと思った。
「たーんと吹けかーぜーよ♪ じーんたいのそーらーに♪ はーたらけにーわーし♪ やーすまず妖夢〜♪」
またよくわからない歌を歌いながら蔵の整理に戻る。
両親の墓が何処にあるかは妖夢にはわからないが、幽々子に聞けば何かわかるかもしれない。
今日の夕食の後にでも聞いてみようと妖夢は心の片隅に記憶した。
夕食も終わり食後のお茶の時間。
妖夢は早速ことの経緯を説明し、両親の墓の位置を幽々子に尋ねていた。
「難しいんじゃないかしら。だって貴方のご両親、外の世界の住民ですもの」
お茶を飲みながら幽々子は妖夢の問いに答える。
「外の世界……ですか?」
「ええ。妖忌自体はずっと私の世話を焼いてくれていたけど、貴方のご両親は都で暮らしていたと記憶しているわ。孫ができたと妖忌から報告を受けたのが大体七十年ぐらい前だから……」
幽々子は何かを思い出すように扇子を手に取り、先端で小さく円を描く。
「都……というと江戸——」
「じゃなくてその前だから京の都ね」
外の世界の京都。
確かに幻想郷の住民がおいそれと行ける場所ではない。
妖夢が今いる冥界は厳密には幻想郷の結界の外ではあるが、冥界から自由に行き来ができるのは幻想郷ぐらいしかなく、かといって幻想郷経由でも妖夢は外の世界には行けない。
幻想郷に張られた結界が、妖夢を幻想郷側の常識と認識しているため、妖夢は結界を越えることが出来ないのだ。
「まあ紫に頼めば何とでもなると思うけど……」
「いえ、そんなどうしても行きたいというわけでもなくてですね。ただ……その……」
妖夢は自分の気持ちが上手く表現できず、言葉を詰まらせる。
幽々子はその様子を見て何かを察したのか、柔らかい笑みを浮かべた。
「まあ、親の墓を一度も尋ねていないというのもアレでしょうし、紫には私から話をつけてあげるわ」
妖夢は幽々子のそんな言葉に目をパチクリさせると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「そうねぇ……折角だし少しゆっくりしてくればいいんじゃない? ほら、貴方最近働き詰めでしょう?」
白玉楼には妖夢の他にも幽霊の従者が数人おり、妖夢一人に大きな負担が掛かっているわけではない。
だが、冬から春にかけての時季になると、必然的に庭師の仕事が忙しくなる。
今でこそ少し余裕があるが、桜が散り始める時季になれば仕事量は倍増するだろう。
「白玉楼の桜が散るまではゆっくりしてていいわよ」
となれば今から一週間ほどは余裕があるだろう。
「そんなに白玉楼を空けて大丈夫ですか?」
「まあ別に家事をする者は妖夢だけじゃないし。別に問題ないと思うわよ?」
幽々子は空になった湯呑みを静かに机に置くと、妖夢がいる方向とは反対の方向を向いて言葉を続けた。
「というわけなのよ。お願いできるかしら?」
妖夢には幽々子が虚空に話しかけたようにしか見えなかったが、幽々子が話しかけた相手には伝わったらしい。
突如空間が裂け、妖夢も知っている顔が姿を現した。
「何が「というわけなのよ」よ。聞いてる前提で呼び出さないでくださる?」
空間の裂け目に肘をかけ、こちらに身を乗り出している女性の名は八雲紫(やくもゆかり)。
幻想郷の創始者の1人であり、幻想郷に張られている結界は彼女が維持、管理している妖怪の賢者だ。
ロングの金髪が空間と空間の境界に垂れ、中途半端に白玉楼側に垂れていた。
「でもちゃんと聞いてたじゃない」
幽々子は紫に対して冗談めいた笑みを浮かべる。
紫自身あまり人に好かれる性格ではなかったが、長年付き合いである幽々子とは親友のように親しくしていた。
「まあでも、聞いていたのは確か。で、ご両親のお墓参りのために外の世界に行きたいと」
紫は品定めをするように妖夢をじっと見る。
妖夢は背筋に薄ら寒い感覚が走るのを感じたが、じっと堪えて紫の目を見つめ返した。
「本当はあんまり良くないんだけど、他ならぬ幽々子の頼みだし……それに妖夢ちゃん別に妖怪ってわけでもないしね。今回は特別よ?」
ここだけの話だが、紫は幽々子と共に小さい頃から妖夢のことを見ている。
幽々子は妖夢のことを陰ながら実の娘のように可愛がっているが、紫もそれに負けず劣らず妖夢に甘かった。
もっとも、二人とも幻想郷では名の知れた権力者であり実力者であるため、そのような素振りはおくびにも出さないのだが。
「ありがとうござい——」
「ただし、勿論条件をつけるわ」
紫は妖夢の浮かれた心を嗜めるように妖夢の言葉を遮った。
条件と聞き、妖夢の顔が少し強張る。
幽々子が目線で何かを紫に訴えかけたが、紫は任せておきなさいと言わんばかりに幽々子に目配せすると、話を続けた。
「まず一つ目。藍を貸し出すから外の世界の講義を受けなさい。外の世界では幻想郷以上に守らなければならないルールが多いわ」
藍というのは紫が使役している式神の一人だ。
紫と共に外の世界に出ることも多く、外の世界に関してはかなり詳しい。
「二つ目。流石に半人半霊のままでは外の世界で目立つから、貴方には人間になってもらうわ」
「人間に……なる?」
紫の言葉に、妖夢の目が点になる。
それもそのはず、半人半霊が人間になれるなどという話は聞いたことがない。
「まさか私の半分成仏しちゃうんですかっ!?」
妖夢は反射的にそばに浮かんでいる半霊を抱きしめた。
紫はそんな妖夢の怯えた態度を面白がるように首を横に振った。
「違うわよぉ、そんなことしたら取り返しがつかないじゃない」
「そうだとしたら、どうするのよ。私も半人半霊が人間になるっていう話は聞いたことがないわよ?」
クスクス笑う紫に、少し興味ありげに幽々子が聞いた。
紫は裂けた空間の狭間に肘をつき、頬杖をつく。
「そもそも、半人半霊という種族について、どの程度知っているかしら。そう多くは知らないんじゃない?」
妖夢ははて、と首を傾げる。
祖父である妖忌から半人半霊という存在について説明を受けた記憶はあるが、あまり印象に残らない程度の内容だったはずだ。
「やっぱり。貴方の祖父は半人半霊という存在について多くは語らなかったようね」
紫は裂けた空間の隙間を広げ、白玉楼側へと足を下ろす。
そして妖夢に向かい合うように、幽々子の隣へと腰を下ろした。
「少し長話になるし、私にもお茶淹れてくださる?」
「あ、はい。ただいまお持ちします」
妖夢は少し慌てるようにして立ち上がり、空になった急須をお盆に乗せて調理場の方へと歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、幽々子は紫に尋ねた。
「危なくはないんでしょうね?」
「別にリスクのあるようなものではないわ。魂を元あった場所に戻すだけですもの」
幽々子の心配をよそに、紫は楽しそうに空間を裂き、その隙間に手を突っ込んだ。
そして引っ張り上げるようにその隙間から自分の式神を引きずり出す。
引きずり出された式神、八雲藍(やくもらん)は何が起こったのか理解できず目を白黒させていたが、次の瞬間には落ち着きを取り戻し、冷静に周囲を観察しはじめた。
頭に生えた獣耳がピクリと動き、辺りの音を拾う。
肩までの金髪を揺らしながらくるりと周囲を見回し、ここが白玉楼であることを理解する。
そして自分を引きずり出したのが主人である紫だと分かると、わかりやすいほどに大きなため息をついて畳の上に正座した。
「紫様、用事があるのでしたら普通にお呼びください。紫様からのお呼び出しでしたらどのような用事にも優先して駆けつけますので」
藍の腰から生えている九本の立派な尻尾が藍の機嫌を表すかのようにゆらゆらと揺れる。
紫はそんな藍を宥めるようにもう一つ空間を裂き、その隙間に声を掛けた。
「妖夢ちゃ——」
『うひゃぁ!!』
隙間の向こうから盛大に湯呑みや急須をひっくり返す音が聞こえる。
幽々子は吹き出しそうになる口を扇子で押さえて必死に笑いを堪えている。
紫はばつの悪そうに苦笑いを浮かべると、藍に目配せした。
「……はぁ。かしこまりました」
藍は立ち上がると勝手知ったるように迷うことなく調理場の方へと歩いていく。
十分もしないうちにお茶菓子と湯呑みを乗せたお盆を持った藍と、お茶菓子の乗ったお盆を持った少々お茶の香りがする妖夢が帰ってきた。
「さて、気を取り直して半人半霊という種族についての説明を始めましょうか。藍も良く聞いておきなさい」
全員に湯呑みが回ったところで、紫が場を仕切り直す。
妖夢と藍は真剣に、幽々子は新しく登場したお茶菓子のほうに夢中になっていた。
「まず妖夢ちゃん。妖夢ちゃんは半人半霊とはどのような存在だと認識してる?」
紫の問いに、妖夢は顎に手を当てて考え込む。
「えっと、人間と幽霊のハーフで、普通の人間より寿命が長くて……半霊を操ることができる?」
妖夢は妖忌から聞き及んだ内容と自分の経験からそう答える。
「まあ間違ってはいないわね。それと半霊は自分の一部なんだから操れて当然でしょうに……ここから先は昔話」
紫は湯呑みに入ったお茶を一口飲んでから話し始める。
「半人半霊の始まりは今から千年ほど前、一人の剣術家から始まったわ。その剣術家は厳しい修行の果てに、遂に人間の魂そのものを斬るまでに至った。けれど、剣術家はそれで満足しなかったの」
紫は懐かしむように笑みを浮かべる。
「さらなる高みへと至るため、その剣術家は時間を欲した。寿命を克服する術を求め始めた。そしてある日、不意にあることを思いつく。剣術家は一人の孤児を貰い受けると、その子供の魂のみを二つに断ち斬った。斬り離された魂は、半分は肉体に残り、残りの半分は死に幽霊となって肉体に寄り添った」
そう、剣術家は子供の魂の半分のみを斬り殺し、寿命が延びるかどうか実験を行ったのだ。
「剣術家の思惑通り、その子供は途端に歳を取らなくなった。いや、正確には普通の人間の何倍もゆっくり歳を取るようになった」
「それでは……」
紫の話に、妖夢は息を飲む。
「そう。半人半霊というのは人間の魂を半分斬り殺すことによって生まれる。実験に成功した剣術家は早速自分の魂も斬り殺そうとした。でも、上手くはいかなかったの」
妖夢はその理由がすぐに分かった。剣術というのは他人を斬る術であって、自らを斬るようには出来ていない。
刀で自らの命を断つことは出来ても、自らの魂を斬るほどの高度なことは不可能だろう。
「そう、剣術は自分を斬るようには出来ていない。その事実に気がついた剣術家はその子供を弟子として育て、自らの魂を斬らせることにした。そして、短くない時が経ち、遂に剣術家の弟子は魂を斬るほどにまで剣術を極めた。後は自分の魂を弟子に斬らせるだけ」
紫はそこでクスリと笑い口元を隠す。
「でも、そこで制限時間が来てしまった。弟子に自分の魂を斬らせる前に、剣術家は寿命で死んでしまったの。あとに残されたのは剣術を極めた半人半霊の少年ひとり。その少年は師である剣術家の形見の刀一振りのみを持ち、あちこちを放浪した。やがて、少年はその剣術の腕を買われてとある名家に用心棒として雇われることになった」
紫はちらりと幽々子の方を見たが、すぐに話を再開した。
「少年はその名家の当主から名字を授かることになる。歌聖とも呼ばれた当主はその少年にぴったりの名をつけた。「魂魄」とね」
「では、その少年が……」
藍の言葉に続けるように紫は続きを語る。
「そう、魂魄妖忌こそが半人半霊の始まりであり、魂魄家というのはそこから始まったの」
妖夢はぽかんとした顔で話を聞いていたが、不意に口を開いた。
「魂魄家って私で三代目なんですね。なんかもっと続いてるイメージありました」
「最初に出てくる感想がそれなのね」
紫は呆れたように苦笑いを浮かべる。
「で、その時の妖忌が形見として持ち出した刀が白楼剣と呼ばれているわ。魂魄家の当主である証明として妖忌から貴方の父へ、そして今は妖夢ちゃんの手元にある」
妖夢は自室に置いてある白楼剣のことを思い出す。
特殊な力を持つ刀だとは聞いていたが、まさかあれが魂魄家の証だったとは。
「じゃあ私も赤子の頃に魂を斬り殺されて半人半霊になったということですか?」
「いえ、貴方の両親はどちらも半人半霊。妖夢ちゃん自体は生まれた時から半分死んでいる生粋の半人半霊よ」
「紫、そろそろ本題に入ったほうがいいんじゃない?」
話が大きく脱線する前に、幽々子が話の続きを紫に催促する。
確かに、魂魄家の歴史に関しては本題ではなく、あくまで前置きに過ぎない。
紫はひとつ咳払いをすると、話を続けた。
「つまり半人半霊というのは本来魂を半分斬り殺された者のことだったのよ。その肉体自体にはひとつ分の霊が収まるスペースがある。亡霊や悪霊が人形や死体に憑依して動き出すように、半霊を無理矢理妖夢ちゃんの身体に押し込むことによって妖夢ちゃんは一時的に人間に近い存在になるわ」
妖夢は膝の上で抱いていた半霊に目をやる。
妖夢にとっては自分の半分が幽霊として存在していることに何の違和感もなく、それが当たり前だと思っている。
「でも、そんなこと出来るんですか? 半分とはいえ生きている魂と死んでいる魂を同じ身体に入れるなんて」
「そう。近づいた魂は片方に引かれる。この場合、生きている妖夢ちゃんのほうにね。一時的とはいえ、死んでいる魂も生きている魂と似た性質を持つようになる。ちょっと試してみましょうか」
紫は妖夢の真横の空間を裂き、隙間を作る。
妖夢はその隙間を覗き込むが、先を見通すことは出来なかった。
「このスキマは妖夢ちゃんの身体へと繋がっているわ。この中に半霊を押し込んで見なさいな」
「えっ……い、痛くないですよね?」
妖夢は恐る恐る抱いていた半霊をその隙間へと押し込む。
隙間が閉じると同時に妖夢の身体に変化が起こった。
身体が薄っすらと熱を帯びたように感じる。
頬を撫でる白い髪はやがて黒く染まり、肌も心なしか少し赤みがかったような気がした。
「これが、生きているということ……」
「正確には生きているように見せているだけよ。身体に入ったとしても死んでいる魂が甦るわけじゃないし半霊のほうの魂が生きている妖夢ちゃんの魂に引っ張られて生きているように見せているだけ。本質的には何も変らないわ」
紫はもう一度隙間を開き、その中に手を入れる。
その瞬間、妖夢は心臓を直接握られているような気分に陥った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私の中に手を入れないで!!」
気分が悪いどころの騒ぎではない。
妖夢は額から脂汗を流して紫を拒絶する。
「まあ、こうなるわよね。二つを合わせることは簡単なのよ。くっつけるだけですもの。でも引き離すのは少々大変。何せ自分の魂を自分の身体から引き剥がさないといけないんですもの」
「この状態自体にデメリットは?」
幽々子は妖夢の背中をさする様にしながら紫に問う。
紫は少し考えたあと、その問いに答えた。
「身体の外にあるか内にあるかぐらいの違いだけど……強いて言えば通常の人間と同じように歳を取るようになるわ。それと、勿論だけど半霊を使ったスペルカードは使えない」
「あまり長い期間半霊を身体の中に入れておかないほうがよろしいですね」
藍は妖夢の寿命を気にしてか、そう呟いた。
「えっと……結局元に戻る方法はあるんでしょうか?」
妖夢は落ち着いてきたのか、黒くなった髪をいじりながら紫に聞く。
紫はそんな妖夢の問いに答えるように幽々子の方を見た。
「魂の扱いなら第一人者がここにいるわ。幽々子、お願い」
「はーい。妖夢、ちょっとこっちにいらっしゃい」
幽々子は妖夢に後ろから抱きつくと、紫の力も使わずに妖夢の胸のあたりに右手を差し込む。
妖夢は一瞬身震いしたが、そんな妖夢を幽々子は優しく抱きしめた。
「怖くないわよー。よいしょー!」
ずるり、と音はしなかったが、そうとしか表現できないような形で妖夢の胸から半霊が引きずり出される。
半霊は混乱するように辺りをぐるぐる飛び回ったが、次第に落ち着いたのか普段と同じように妖夢の隣へ戻ってきた。
次第に黒く染まっていた髪は色を落とし、普段の白髪へと戻る。
妖夢は隣にきた半霊を掴むと、何かおかしなことになっていないか回したりひっくり返したりしながら確認した。
「なるほど。生の方に引かれていた魂を死へと誘って引っ張り出したわけですね」
藍が今行われたことを冷静に分析する。
幽々子は『死を操る程度の能力』というとてつもなく強力な力を持っている。
命あるものを死へと誘うことは勿論のこと、幽霊や霊魂までをも操ることができるため、閻魔から幽霊が集まる冥界の管理を頼まれている程だ。
「と、まあこんな感じで、身体に入れるのは私が。外に引っ張り出すのは幽々子がやればなんの問題もないわ」
「なるほど。で、外の世界で過ごすには人間の状態の方がいいと」
「そういうこと。まあ詳しいことは藍に聞きなさい」
紫はポンと藍の肩を叩く。
藍は訳がわからずぽかんとした顔で主人である紫の顔を見た。
「私まだ何も聞かされていないんですが」
「ああ、そうだったかしら」
紫はとぼけるようにそう言うと、藍の足元に隙間を開き、藍を何処かの空間に落とす。
そして自分はというと、普通に立ち上がりその隙間の方へと向かった。
「それじゃあ、明日にでも藍を迎えに寄越すわ。明日は藍とお勉強。出発は明後日以降にしましょう」
紫は幽々子と妖夢にそう告げ、藍が落ちていった隙間へと足を踏み出す。
そのまま下に落ちるようにして姿を消した。
妖夢は机の上に残された湯呑みやお茶菓子の残りを片付けながら幽々子に尋ねる。
「流れで色々と決まってしまいましたが、大丈夫ですか?」
幽々子は残っていたお茶を飲み干すと、湯呑みを妖夢に手渡した。
「まあ紫に任せておけば特に問題は起こらないでしょう。妖夢は外に出かける準備を進めておきなさい」
「かしこまりました」
妖夢は幽々子に一礼し、二つのお盆のうち一つを半霊の上に置いて廊下の奥へと歩いていく。
幽々子はそんな妖夢の背中を見送ると、満開の桜が咲き誇る中庭へと目を遣った。
どの桜の木も競うように花を咲かせ、中庭を彩っているが、その中で一際異彩を放つ桜の木がある。
花を一切咲かせていない巨大な桜の木は、花を咲かせていないにも関わらず、他の桜の木よりも人々を惹きつける。
西行妖と呼ばれているこの桜を幽々子は一度満開にしようとしたことがあったが、結局それは未遂に終わり、西行妖が満開になることはなかった。
幽々子はそんな西行妖を見つめながら、懐かしむように呟く。
「孫に何も教えないまま、一体どこに行ってしまったのかしらね」
書き置きのみを残し姿をくらませた元従者の顔を思い出す。
妖忌は、満開の西行妖を見たことがあるという。
それはそれは見事なものだったという話だが、幽々子自身、もう西行妖を咲かせる気は毛頭なかった。
「何にしても、この旅に何か得るものがあればいいんだけどね」
風が吹き、桜の花と共に幽々子の髪を揺らす。
第百二十季、日と春と土の年、卯月の初め。
白玉楼の剣術指南役兼庭師、魂魄妖夢の旅が始まろうとしていた。
幻想郷
結界によって隔離された陸の孤島。その名の通り、現代社会では幻想となったものが暮らす最後の楽園。東方projectはこの幻想郷を舞台に物語が進んでいく。
冥界
閻魔によって裁かれた幽霊が、成仏するか転生するまでの間を過ごす場所。幽霊や霊魂を操ることができる西行寺幽々子によって管理されている。
白玉楼
西行寺幽々子が従者の魂魄妖夢と暮らしている広大な日本屋敷。庭などは一般公開されており、成仏を待つ幽霊の観光スポットと化している。たまに幻想郷の住民を招き宴会が開かれることも。
〇〇な程度の能力
幻想郷では基本的に能力は自己申告制。
西行寺幽々子
千年以上前に死んでおり、今は亡霊となって白玉楼で冥界の管理を行なっている。「死を操る程度の能力」を持っており、命あるものなら問答無用で殺すことが可能というある意味チートじみた能力を持つお嬢様。性格はほんわか、飄々としており、つかみどころがない。幻想郷の管理者である八雲紫とは生前からの仲だが、幽々子自身生前の記憶を失っているため、幽々子としては死後からの仲。それでも既に知り合って千年近くは経っている。
魂魄妖夢
この作品の主人公。白玉楼に住み込みで働いている。幽々子の剣術指南役だが、どう考えても幽々子の方が強い。また、兼任で庭師の仕事もしており、白玉楼の広大な庭は実質彼女1人で管理している。半人半霊という特殊な体質の持ち主で、楼観剣と白楼剣というふた振りの刀を使いこなす。
妖夢の両親
原作に言及はない。二次創作においてもその作者次第で解釈が分かれる。この作品では、既に死亡している設定。
魂魄妖忌
白玉楼の先代の庭師であり、妖夢の祖父。剣術の師匠でもある。原作での設定は少ないが、この作品では色々設定を付け足している。
八雲紫
幻想郷を作り出した妖怪の賢者の一人であり、「境界を操る程度の能力」を持っている。この能力は境界と名のつくものなら何でも操ることができるというある意味チートな能力で、空間を繋げてワープを行ったり次元の壁を移動したりともはや万能に近い能力の持ち主。対策も防御法も一切存在しない、神に匹敵する能力と評されることもある。
この作品ではあくまで便利な移動手段。彼女が開く空間の裂け目を彼女はスキマと表現している。
八雲藍
八雲紫の式神であり、最強の妖獣である九尾の狐。高い演算能力と妖力を盛り合わせている実力者だが、抜けているところも多い。普段はサボり癖のある紫に変わって結界の管理を行ったり、主人である紫の身の回りの世話等をしている。また、藍自体も橙(ちぇん)という式神を使役している。この作品では便利な先生役&救援役。
半人半霊の人間化
この作品のオリジナル設定。実際にできるかは謎(紫なら出来そうな気はするが)
スペルカード
幻想郷では一般的にスペルカードルールという決闘方式が主流。俗にいう弾幕ごっこであり、実力主義を否定し、妖怪と人間が対等に決闘できるように工夫がなされている。この作品では弾幕ごっこが行われる予定はない。
西行妖
白玉楼の中庭に植えられている人を死に誘う妖怪桜。幽々子の生前から存在しており、幽々子の死体によって封印され、花を咲かせることはない。幽々子は自分の死体で西行妖が封印されているとは知らずに西行妖の封印を解こうとしたが、結局未遂に終わる(東方妖々夢)。なお、封印が解けていたら幽々子は消滅していたので、結果としては万々歳。
第百二十季 日と春と土の年
西暦2005年度。原作でいうと永夜抄が第百十九季(2004年度)の10月、花映塚が第百二十季(2005年度)の5月。この物語は2005年4月初旬頃の話。