魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。   作:へっくすん165e83

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第十話「死ぬ時にわかるんじゃないかしら」

「あ、妖夢さんこっちです」

 

 比叡山を降りた妖夢たちをホテルで待っていたのはスーツに身を包んだ藍だった。

 藍は黒塗りのセダンの横で妖夢に対して軽く手を振っている。

 

「お、藍さんだ。今日はここまでのようですね。そういえばお金は今払えばいいんです?」

 

 妖夢は運転席の方に身を乗り出して運転手の青年に尋ねる。

 

「あ、はい。社長からは二万円と伺っております」

 

 妖夢は財布を取り出すと、クレジットカードを運転手の青年に手渡す。

 運転手の青年はクレジットカードをカードリーダーに通しながら遠慮がちに言った。

 

「明後日ですが、連絡を頂けたらすぐに車を出せるように社長の方に伝えておきます。ご利用の際はご連絡ください」

 

「それはどうも。でもまだなんともわからないのでまた連絡しますね」

 

 妖夢は帰ってきたカードを財布に仕舞い直し、領収書にサインをする。

 青年は名残惜しそうに領収書を受け取ると、後部座席の扉を開けた。

 

「本日はありがとうございました。それでは」

 

 妖夢は運転手の青年に一礼し、藍の元へと駆けていく。

 

「あっ…… 妖夢さん!」

 

 そんな妖夢を運転手の青年は慌てて呼び止めた。

 

「リュック忘れてます!」

 

 運転手の青年の言葉を聞いて急停止した妖夢は、若干顔を赤くしながらタクシーへと戻った。

 

「いやはや、すみません。ありがとうございます」

 

 妖夢はリュックサックを受け取ると、今度こそ藍の元へと向かう。

 藍は黒塗りのセダンの助手席のドアを開けると、自分は運転席のほうへと回り込んだ。

 

「もう忘れ物はないですか?」

 

 藍が茶化すように言う。

 妖夢は少し頬を膨らませながら答えた。

 

「荷物はこれだけです。この車で幻想郷に向かうんですか?」

 

「あ、いえ。小移動するだけですよ。逆に何処か寄りたい場所あります?」

 

 藍は車のエンジンを掛けると、まるでレールに沿って進んでいるかのような動きで車を発進させる。

 今日一日タクシーに乗っていたからこそ、妖夢は藍の運転があまりにも無機質なことに気がついた。

 

「取り敢えず今のところは大丈夫です」

 

「じゃあそのまま幻想郷に向かいますね」

 

 藍はしばらく車を走らせると、機械式立体駐車場へと車を滑り込ませる。

 

「ん? もう到着ですか?」

 

 場所的にはホテルから数分ほどしか離れていない。

 藍は駐車場の機械を操作しながら言った。

 

「車はここに置いていきます。流石に幻想郷には持ち込めないので」

 

「なるほど。ではここから先は歩きですね」

 

 妖夢はリュックサックを持って車から降りる。

 それと同時に、自動的に車は建物内へと運ばれていった。

 

「あれ? どこかに持って行かれてしまいましたが……」

 

「ああ、あれでいいんです。あとは機械が勝手にやってくれます」

 

 藍はそのまま建物の中へと進んでいく。

 妖夢はしばらく運ばれていく車に気を取られていたが、慌てて藍を追いかけた。

 

「あ、そうだ妖夢さん。携帯電話を預かりますね」

 

 妖夢はポケットを探って携帯電話を取り出すと、藍に手渡す。

 藍は受け取った携帯電話を開きデータを確認すると、不思議そうに妖夢に聞いた。

 

「新しいアドレスが増えてますね。どなたかと交換なされたんですか?」

 

「あ、そういえば京都駅で女性の三人組と連絡先を交換しました。そのあと連絡は取りあっていないですが」

 

「おお、なるほど」

 

 藍は納得すると、妖夢の携帯電話をポケットの中に仕舞いこむ。

 そしてどこにでもあるような何の変哲もない事務所のドアを開いた。

 

「お先にどうぞ」

 

「あ、どうも」

 

 妖夢は促されるままに真っ暗闇な部屋に入る。

 藍も妖夢の後を追って部屋に入ると扉を閉め、部屋の明かりのスイッチを入れた。

 

「ん?」

 

 パチンという軽い音とともに辺りが明るくなるが、妖夢は目の前に広がる光景に目を見開く。

 そこは木々が生い茂る山の中だった。

 空を見上げると夕焼けで紅く染まっており、既に日が沈みかけていることがわかる。

 

「もう幻想郷です。現在地は……妖怪の山のふもとですね。白狼天狗の警戒範囲外なので追いかけまわされることはないと思います」

 

 妖夢は藍の方を振り向くが、藍はいつの間にかスーツ姿からいつもの着物へと姿を変えていた。

 

「現在地が妖怪の山で、太陽の位置があっちということは……冥界は向こうの方向ですね」

 

 妖夢は少し飛び上がり、木々の上へと出る。

 

「次はまた白玉楼から出発で大丈夫ですか?」

 

「ええ、白玉楼で大丈夫です」

 

「それでは明後日の正午前に白玉楼にお迎えに上がりますね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 妖夢は深く頭を下げると、冥界の方向へと飛ぶ。

 真っ赤に染まった夕日を横目に、暗くなる前に白玉楼へ帰ろうと妖夢は帰路を急いだ。

 

 

 

「幽々子様ー? ただいま戻りましたー」

 

 妖夢は白玉楼の庭に降り立つと、普段幽々子が良く桜を見ている縁側の方へと歩いていく。

 妖夢の予想通り幽々子は縁側に腰かけており、大福を頬張っていた。

 

「あ、幽々子様、またこんな時間にお菓子食べて……もう夕食の時間になりますよ?」

 

「あらー? もう一週間も経ったかしら」

 

 幽々子は口いっぱいに頬張っていた大福をお茶で流し込むと、人差し指の腹で唇についた片栗粉を拭う。

 

「いえ、両親の墓の位置がおおよそ判明したので、墓参りの準備をするために帰ってきたんです」

 

「あら、そうなの」

 

「はい、そうなんです」

 

 妖夢はリュックサックを縁側に置いて幽々子の隣に座る。

 幽々子は無造作に妖夢の頭の上に左手を置くと、そのまま半霊を引き抜いた。

 

「う、うひゃあぁ!」

 

 妖夢はいきなりの出来事に身を震わせて飛び上がる。

 

「ぬ、抜くなら抜くって言ってください」

 

 妖夢の髪が元の白色を取り戻していく。

 妖夢は体温が落ちていくのを感じながら名残惜しそうに半霊を胸に抱えた。

 

「あまりその状態に慣れないほうがいいわ。今は一時的に体内に半霊を入れているだけだけど、そのうち元の魂と癒着して引き剥がせなくなるから」

 

「そうなった場合、どうなってしまうのですか?」

 

「普通の人間になる……とは言い切れないわね。妖夢の半霊は霊と名がつくだけあって死んでいるわけだし」

 

 まあ、いいことがないのは確かよ、と幽々子は付け足した。

 妖夢はやや暖かい半霊を抱えながら呟く。

 

「お師匠様は後天的な半人半霊であったと聞きましたが、半身を殺された時、どのような感覚だったんでしょう」

 

「そうねぇ……もう半分死ぬ時にわかるんじゃないかしら」

 

 妖夢と幽々子は縁側に座りながらぼんやりと散りゆく桜を眺める。

 白玉楼の桜は未だ満開に咲き誇っており、もう少しの間花見が楽しめそうな様子だった。

 

「……さて、それじゃあご飯にしましょうか。妖夢の分あるかしら」

 

「お米とお味噌があれば十分です」

 

「冗談よぉ。私のおかず半分分けてあげる」

 

「ありがとうございます。食事の前に着替えてきますね」

 

 妖夢は小さく頭を下げると玄関口に回り靴を脱いで屋敷の中へと入る。

 そして自室に荷物を置くと、いつもの洋服へと着替えた。

 

「……魂魄流剣術の後継者、か」

 

 妖夢は刀掛けに置かれている白楼剣を手に取る。

 写真に写る妖夢の父親は白楼剣と楼観剣を帯刀していた。

 ということは少なくともこの刀は一度両親の手に渡っていたというわけだ。

 

「ずっとおじいちゃんの持ち物だと思っていたけど、実際は両親の形見だったわけね」

 

 妖夢は白楼剣の刀身を鞘から引き抜く。

 錆一つない綺麗な刀身は行燈の光を受けて淡く光を放っている。

 妖夢は白楼剣を元の場所に戻すと、給仕の幽霊を手伝いに台所へと向かった。

 

 

 

 

「えっと、何が必要なんだっけ? 五供っていうのは覚えてるんだけど……」

 

 妖夢が幻想郷に帰ってきて一晩明けた昼。

 妖夢は墓参りに必要なものを買いに人里に来ていた。

 

「お花とお線香は必要だよね? これで二つ。あと三つ……」

 

 半人半霊として長い時間を生きてきた妖夢だが、墓参りに行った経験はなかった。

 冥界にはそもそも住民が殆どおらず、一時的に滞在する幽霊たちも既に死んだ後の存在だ。

 故に妖夢は親しいものと死別した経験が殆どなかった。

 

「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うしお線香屋さんで色々久けばいいかな」

 

 妖夢は活気に満ちている人間の里を鼻歌交じりに散策する。

 普段よく行く和菓子屋や小物屋の場所はよく知っていたが、法事に使うものがどこで手に入るかは妖夢はよくわかっていなかった。

 

「あ、西行寺のところの従者さん。お買い物ですか?」

 

 あてもなく里をふらふらしていた妖夢だが、不意に後ろから声を掛けられる。

 

「およ? 貴方は確か……月の異変の時の……」

 

 妖夢が振り返った先には里で寺子屋を営んでいる半妖、上白沢慧音が立っていた。

 

「この里で寺子屋を運営している上白沢慧音です」

 

「あ、これはどうもご丁寧に。私は白玉楼で剣術指南役兼庭師として従事している魂魄妖夢です」

 

 以前の異変の時は敵として対峙した二人だが、その時とは打って変わって丁寧な挨拶を交わす。

 

「なるほど、庭師の方でしたか。よく里には買い物に来られるんです?」

 

 妖夢と慧音は往来の邪魔にならないよう、少し道の脇に寄る。

 

「そうですね。幽々子様の指示でたまにお菓子等を買いに来てます」

 

「なるほど、菓子ですか……最近は洋菓子を取り扱う店も増えてきましたよね。ご存じです? この通りを少し行った先に最近カフェができたんですよ」

 

「カフェですか……噂には聞いたことがありますね」

 

 妖夢は昨日行った京都のカフェのことを思い出す。

 

「もしお時間あれば、少しお茶していきませんか?」

 

 慧音の提案に、妖夢は少し考える。

 急ぎではないにしても、時間が無限にあるわけではない。

 だが、どこで線香を買えばいいかすら検討のついていない現状、慧音とお茶をしながら店の場所を聞いた方が早いと考え直し、妖夢は首を縦に振る。

 

「いいですね。是非行きましょう」

 

「良い返事が貰えてよかった。こちらです」

 

 慧音は少し安堵したような顔を見せると、妖夢の手を取って歩き出す。

 妖夢は手を引かれたことに少々驚いたが、特に何も言うことなく慧音の横を歩き始めた。

 

「いやぁ、実をいうと前々から興味はあったのですが、なかなか一人で入る勇気がなかったんですよね」

 

 慧音は開いている手で頭を掻く。

 そんな慧音に、妖夢は少し意外そうに言った。

 

「あれ? そうなんですか? てっきり常連なのだとばかり……」

 

「稗田家にお呼ばれされることはよくあるのですが、それ以外ではほとんど家で済ませてしまうもので……」

 

「稗田家……」

 

 妖夢は稗田家が何だったか必死に思い出す。

 少し考えて、確か里にある名家の一つであるということは思い出した。

 

「職業柄よく話を聞きに行くんですよ。っと、ここですね」

 

 妖夢は慧音に案内されたカフェを観察する。

 周囲の建物と同じような日本建築だが、内装は洋風になっており、京都で入ったカフェを思わせた。

 

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 

 店員の女性が妖夢と慧音を二人掛けのテーブルに案内する。

 妖夢は椅子に座ってテーブルを指で撫でた。

 

「へえ、かなり拘ってますね。テーブルも全て統一されていますし」

 

 外の世界から流れてきたものを使用する場合、よっぽど運がよくないと同じものが複数手に入ることはない。

 テーブルや椅子が全て統一されているということは、全て里の職人に頼んで特注したものだろう。

 

「わかりますか? テーブルを揃えるの結構大変だったんですよ」

 

 店員はにこりと笑うと、二人にメニューを差し出す。

 

「めにゅ……お品書きを置いておきますね。ご注文がお決まりになりましたらこちらのベル……鐘でお知らせください」

 

 店員はそういってテーブルに置かれた卓上ベルを指し示した。

 

「ここを押すと音が鳴るようになっていますので」

 

 そういって店員は卓上ベルを数回鳴らす。

 その音色は法具のお鈴を少し高くしたような澄んだ高音だった。

 

「なるほど……いい音色ですね」

 

「でも、こればっかりは拾い物なので全部同じものというわけにはいかなかったんですけどね」

 

 そう言われて妖夢はほかのテーブルを見る。

 ほかのテーブルの上には紐のついた鈴が置かれていたり、それこそ法具のお鈴が置いてあるテーブルもあった。

 

「まあでも音色でどのテーブルかわかるので、これはこれでいいのかなとも思ってます」

 

 それではごゆっくり、と店員は頭を下げてテーブルから離れていく。

 妖夢は向かいに座る慧音にも見えるようにメニューを横向きに開くと、内容を確認した。

 

「飲み物はコーヒーと紅茶、それとお茶ですか。あと軽食が少しとお菓子が少しって感じですね。どうします?」

 

 妖夢はメニューを確認しながら慧音に聞く。

 慧音は少し悩むように唸ると、コーヒーを指さした。

 

「私はこの珈琲とやらを試してみます。実はまだ飲んだことがないんですよね」

 

「じゃあ私もそれにします。あとはお菓子ですが……」

 

 メニューにはクッキー(洋風せんべい)と大福、団子と書かれている。

 

「クッキーがあるみたいですね。それにしますか」

 

「ほう、洋風せんべいですか。どのようなものなんでしょうね」

 

 妖夢は軽く二回卓上ベルを鳴らす。

 客の数がそこまで多くないためか、店員はすぐに二人の元までやってきた。

 

「ご注文をお伺いします」

 

「えっと、コーヒー二つに、クッキーをお願いします」

 

 妖夢はメニューを指さしながら注文をする。

 

「コーヒー二つにクッキーですね。少々お待ちください」

 

 店員は注文を復唱すると、店の奥へと消えていった。

 

「そういえば、寺子屋の運営を行っているという話でしたが、本日は授業のほうは?」

 

 店の内装に興味深そうに眺めている慧音に妖夢は話を振る。

 慧音は少し我に返ったのか、軽く咳払いをして話し始めた。

 

「寺子屋といっても毎日開いているわけでもないんです。五日に一度ほどの感覚で休みの日を設けています」

 

 妖夢にはその頻度が多いのか少ないのかはわからなかったが、妖夢自身の感覚では比較的多い方なんじゃないかと思った。

 

「まあ、全ての授業に参加している生徒は殆どいません。各人来れる日の来れる時間に授業に出席しているような感じですね。家の仕事等もありますので」

 

 外の世界でならまだしも、幻想郷では子供は立派な労働力だ。

 子供であっても暇ではないということだろう。

 

「なるほどですね。どのようなことを教えているんです?」

 

「幻想郷の歴史や算術、あとは読み書きでしょうか。特に算術や読み書きは習得すれば生活を豊かにできますので、特に力を入れています」

 

 それを聞いて妖夢は祖父である魂魄妖忌から教育を受けていた時のことを思い出す。

 読み書きは勿論のこと、簡単な算術等も妖夢は妖忌から教わっていた。

 

「確かに読み書きは大切ですよね」

 

「よく使う漢字、使わない漢字を取捨選択して教えるのは大変ではあるんですがやりがいもありますね。ある程度大きくなるまでには大体の書物を読める程度には教えています」

 

 幻想郷の識字率は意外と高く、現代日本と比較することはできないが、殆どのものが読み書きができる状態にある。

 人間の里自体そこまで大きくはないということもあるが、識字率の高さはひとえに慧音の頑張りの結果であるとも言えた。

 

「そういえば貸本屋等もありますもんね。私自身あまり本は読まないですが……」

 

「あら、そうなのですね。里の貸本屋は外来の本なども取り扱っているので一度訪れてみるといいかもしれませんね。これぐらいの小さな少女が良く店番をしてますよ」

 

 外来の本と聞いて妖夢は少しその貸本屋に興味が湧いてくる。

 また時間のある時にでも立ち寄ってみようと心にとめた。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 

 妖夢と慧音が他愛もない会話をしていると、店員がコーヒーとクッキーを運んでくる。

 慧音はカップに入ったコーヒーの色に少々警戒しているようだったが、妖夢が先に一口飲むと慧音も恐る恐る口にした。

 

「ふむ……ふむ? うん。これは……」

 

 慧音は目を白黒させながら首を傾げる。

 妖夢は味を確かめるようにもう一口飲んだ。

 

「おお、凄いですね。相当こだわってるんじゃないですかこれ。向こうで飲んだものと遜色ないですよ」

 

「ありがとうございます。焙煎から店内で行っているんですよ」

 

 妖夢自身あまりコーヒーには詳しくないのでそもそもコーヒーとは何なのかすらわかっていない。

 だが焙煎ということは何かを炒っているんだろうと当たりをつけた。

 店員は小さく一礼すると、店の奥へと消えていく。

 慧音は恐る恐るもう一口飲み、また眉を顰めた。

 

「これは何とも……少々苦くないですか?」

 

「そうですか? こんなものだと思いますが……あ、クッキーは甘いと思いますよ」

 

 妖夢自身外の世界でクッキーは食べていなかったが、幽々子の親友である紫がよく持ってくるため食べたことがないわけではなかった。

 

「クッキー……これですね。どれ……」

 

 慧音は小さなクッキーを一口で口の中に入れる。

 

「おお、これはいいですね」

 

「クッキー美味しいですよね。私もあまり頻繁には食べないのですが、たまに主人のご友人が持ってきてくださるのですよ」

 

 妖夢も白い皿に並べられた小さなクッキーをつまんで口に入れる。

 甘さは控えめだが、しっかりとバターが効いており、若干の塩気もあった。

 

「西行寺家のお嬢様ともなれば、交友関係も広そうですね」

 

「案外そうでもないんですよ? 冥界は閉鎖された空間ですので」

 

 交友関係と言われて、妖夢は改めて幽々子の交友関係を考える。

 親友である八雲紫にその従者の八雲藍、あとは仕事の関係で閻魔だろうか。

 だが、今こうして妖夢が慧音とお茶をしているように、異変で知り合った者たちも交友関係に入れてしまってもいいのかもしれない。

 だがこれ以上幽々子の話を幽々子の許可なしにすることもできないので、妖夢は話を変えることにした。

 

「あ、そういえばなんですけど、お線香って里のどの辺で売っているかわかりますか?」

 

「お線香ですか?」

 

 慧音は少し首を傾げたが、すぐに答えを返した。

 

「そうですね。職人から直接買うこともできますが、霧雨店で小売りしてますよ」

 

「霧雨店?」

 

 妖夢は予想外のところで聞いたことのある名前が出てきたため、ついそのまま慧音の言葉を繰り返していた。

 

「はい。里ではかなり大手の道具屋です。様々なものを取り扱っているので利益率が低い商品等も取り扱っていて他で買うより少し安く手に入ったりします」

 

「道具屋ですか。いや、すみません。聞きなじみのある名前でしたので」

 

 妖夢の言葉に、慧音は合点がいったように頷いた。

 

「ああ、それでしたら関係がないわけではありません。あの魔法使いの実家でもありますので」

 

「なるほど。てっきりあの白黒は木の根元から生えてきたものとばかり思ってました」

 

 彼女も人の子なら、親がいるのは当たり前かと、妖夢は改めて認識する。

 幻想郷には浮世離れした人間が多いが、人間であれば親はいるのだ。

 

「寺子屋には通ってはいませんでしたが、小さい頃は里で何度か見かけたことがあります。まあ、方向性の違いから今は家を飛び出して魔法の森で生活しているようですが」

 

「なるほど。変わり者だとは思っていましたが、やはり相当な変わり者ですね。大手道具屋ということはかなり裕福な家庭でしょうに」

 

 人間の里自体極端な貧富の差はないものの、それでも上流階級というものは存在する。

 実際霧雨家は稗田家には及ばないものの、里の運営に関わる程度には発言権もある家だった。

 

「私もそれに関しては不思議に思っていたんですが……まあ余裕があるからこそ色々と考える余裕があるということでしょう」

 

 そういって慧音はもう一口コーヒーを口にする。

 もう苦さには慣れてきたのか、苦そうに顔を顰めることはなかった。

 

「それにしてもお線香ですか……」

 

「はい。あとはお花と……五供ってあと何でしたっけ?」

 

 妖夢の疑問に、慧音はスラスラと答えた。

 

「五供は香、花、灯明、水、飲食の五つですね。香はお線香、花は菊が一般的です。灯明は蝋燭等でよいでしょう」

 

「ふむ、なるほどなるほど……」

 

 妖夢は藍からもらったノートにメモを取る。

 

「五供……ということはお墓参りですか? もし差支えなけばどなたのお墓参りに行くかお聞きしても?」

 

「ああ、えっと。私の両親です。私が小さい頃に戦争で亡くなったみたいで。最近になって墓の位置がわかったんですよ」

 

 妖夢は外の世界の話は伏せつつ、ここ数日の経緯を説明する。

 慧音は相槌を打ちながら妖夢の話を聞いていた。

 

「なるほど、それでお線香を。非常に良いことだと思います」

 

「まあといっても私の記憶にない程度には昔の話ですので。大体六十年ほど前らしいです」

 

 六十年という言葉を聞いて、慧音は少し驚いたような顔をする。

 だが、軽い咳払いとともにすぐに元の表情に戻った。

 

「六十年前といえば、花の異変が起こった時ですね。あの時は幻想郷中の花が一斉に開花したのでかなり異様な光景でしたよ」

 

「へえ、花の異変ですか」

 

 幻想郷で起こった騒動のことを幻想郷の住民は異変と呼んでいるが、慧音の話の通りちょうど六十年ほど前に幻想郷中の花が一斉に開花するという異変が起こった。

 

「どうも外の世界から大量の幽霊が幻想郷に入り込んだらしく、あの時はあの世も相当混乱していたという話を聞きました」

 

「なるほど、外の世界から幽霊が……」

 

 帰ったら幽々子様に当時の話を聞いてみようと、妖夢は心にとめた。

 

「っと、話がだいぶ逸れましたね。お墓参りでしたらお花も必要でしょう。この時期ですので自分で摘むこともできますが、霧雨店の向かいに花屋がありますのでそちらで買われるのが良いと思います」

 

「えっと、菊の花……でしたっけ? 何か理由があったりするんですか?」

 

「単純に長持ちするというのが一つ。あと菊は邪気を払うとされているのでそのためでしょう。また、お墓にお供えする際は奇数が良いとされています」

 

「なるほど……」

 

 やはり教師という職業柄知識は豊富だと妖夢は単純に感心する。

 もっとも妖夢自身無知というわけでもなく、今まで知る機会がなかっただけだが。

 その後二人は小一時間世間話を交わし、またお茶をしようと約束して別れた。

 妖夢は慧音に教えられた店に向かって人里の通りを歩く。

 人里自体そう広くないこともあり、目的の店にはすぐにたどり着くことができた。

 

「ここがあの白黒の実家か」

 

 妖夢は少し遠目に里の大手道具屋、霧雨店を観察する。

 店構えはいたって普通で、店内には所狭しと商品が並べられている。

 中では気のよさそうな男性が商品を熱心に客に説明していた。

 

「お客さん目の付け所が鋭いねぇ! この商品は他の店のものとはものが違うよ!」

 

 妖夢は変に顔色を変えないようにしながら店内へと入る。

 中は思ったよりも広く、魔術的な何かかと妖夢は思ったが、単純に奥に広いだけだった。

 妖夢は店の商品を眺めながら目的のものを探す。

 展示の仕方が良いためか、目的の商品はすぐに見つかった。

 

「あった」

 

 妖夢は数種類ある線香の中から、一番高い商品を手に取る。

 物の善し悪しがわからない場合、取り敢えず一番高いものを買っておけばよいというのは、妖夢が数十年生きてきて見つけた一つの真理だ。

 と、妖夢は思っている。

 

「すみませんこれください」

 

「はいよ! 三銭ね」

 

 妖夢は財布を取り出すと、中を開けて少し固まる。

 財布の中には外の世界のお金が少しとクレジットカード、免許証が入っていた。

 

「えっと、こっちの財布じゃなくて……」

 

 妖夢は財布を一度仕舞い、幻想郷のお金が入っている巾着を探す。

 数回その場でジャンプし、音を頼りに妖夢は巾着を引っ張りだした。

 

「三銭三銭……っと」

 

 妖夢は巾着から一銭銅貨と二銭銅貨を取り出して店主に渡す。

 店主は銅貨を受け取ると、線香を手早く紙で包んで妖夢に渡した。

 

「まいどー! 今後とも御贔屓に!」

 

 店主に見送られて妖夢は道具屋を後にする。

 妖夢は店を振り返り少し考え事をした後、そのまま次の目的地へと歩を進めた。

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

 もう日も暮れるという時間帯に妖夢は白玉楼の門を潜った。

 玄関で靴を脱ぎ、買ったものを自室に置くと、ついでに買った茶菓子を置きに台所に向かう。

 

「あ、すみません。ちょっと通りますよ」

 

 屋敷中の行燈や灯篭に火をつけて回っている幽霊の横を通り抜け、台所がある土間へとたどり着いた。

 台所では既に熟練の幽霊が料理を行っており、既に美味しそうな香りが周囲には漂っていた。

 

「あ、すみません。これまたいつもの場所にお願いします」

 

 半透明でぼんやりとしか実体がない幽霊に妖夢は饅頭の入った包みを渡す。

 幽霊は妖夢から包みを受け取ると、棚の奥の方に包みを置いた。

 

「さて、私は自室で明日の準備をしてきますので、料理のほうはよろしくお願いします」

 

 妖夢は深く頭を下げると、台所を出て自室へと戻る。

 白玉楼に仕えている者の中では妖夢は一番の若輩者のため、妖夢は屋敷に仕えている幽霊には自然と敬意を払っていた。

 現在白玉楼には妖夢の他に二体の幽霊が幽々子の世話や屋敷の清掃、料理などの家事を行っている。

 大きな屋敷に対して家事を行う幽霊が二体というのは少ないように感じるが、冥界にある白玉楼では、そもそも溜まる汚れというのも少なく、一番大掛かりな庭の手入れは妖夢が全て行うためそれほど仕事があるというわけでもないようだった。

 

「さて、必要なものは……」

 

 妖夢は今買ってきたものを畳の上に並べる。

 線香に菊の花、お供え物の煎餅にそれを置く半紙、蝋燭。

 水やそれを入れる桶は向こうで借りればいいだろう。

 

「あとそれと」

 

 妖夢は箪笥の奥に入っている正装用の紋付袴を引っ張り出す。

 黒一色のそれは半霊の紋が入っており、祖父である妖忌から冠婚葬祭用にと渡されていたものだった。

 

「虫食いとかは……まあ冥界に虫はいないか」

 

 妖夢は穴が開いていないか一通り観察すると、畳の上に並べる。

 

「お墓参りに行くだけだし、向こうの服装に合わせる必要はないよね?」

 

 そもそも妖夢自身外の世界の喪服がどのようなものかはわかっていなかったが、黒色の紋付袴は外の世界でも十二分に通用する喪服だった。

 

「さて、忘れ物もなさそうだし……」

 

 妖夢はもう一度畳の上に並べられたものを確認し、幽々子の様子を確認しに自室を後にした。




人里
 幻想郷で人間が集まって生活している里。逆に言えば、人里に住んでいない人間は大体普通じゃない。

上白沢慧音
 人里で寺子屋の教師をやっている半妖。人間と白沢のハーフであり、歴史を隠したり創造したりする程度の能力を持つ。また人柄もよく頭も良いため、里の人間からも慕われている。だが授業は難解でつまらないらしい。

稗田家
 幻想郷にて幻想郷の歴史を調べ、それを幻想郷縁起という書物として編纂している。また、その編纂作業を行うため、当主である稗田阿求は転生者であり、初代である阿礼から始まり阿求で九代目となる。

カフェの店員
 ここだけの設定だが、カフェの店員は幻想入りした外来人。

人里の貸本屋
 本居小鈴という少女が店番を行っている貸本屋。東方鈴奈庵という名前で書籍化されている。

霧雨店
 人里の大手道具屋であり、霧雨魔理沙の実家

霧雨魔理沙
 東方projectの主人公の一人。白黒の魔女服に身を包み、箒で空を飛ぶこてこての普通の魔法使い。

花の異変
 今現在花の異変というと東方花映塚の際に起こった異変を指すことが多いが、その異変が起こったのは2005年の五月。作中は2005年の四月のため、まだ起こっていない。ここで話している花の異変というのは六十年前に起こったものを指す。

幻想郷の貨幣価値
 ここでは明治時代の貨幣価値を適用。

白玉楼に仕える幽霊
 白玉楼には現在二体の幽霊が仕えており、妖夢が覚えている限り、増えたり減ったりすることなく、ずっと同じ幽霊が家事を行っている。
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